アナタ好みのワタシに…

作品集: 20 投稿日時: 2010/09/12 09:00:12 更新日時: 2010/09/14 03:38:00
.











 僕が変わってゆくところ 是非とも 君には見て欲しい then you're gonna see












――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――










「だから、言ってやったんだ。『アルファがベータしてイプシロン』だってな」
「ふーん、面白いじゃないの」

 魔理沙の話に頷いて、霊夢はグラスを回し、氷が溶けて薄くなった焼酎を嘗めるように吞んだ。顔はほんのり紅く、多少酔いが回っているが魔理沙ほどではない。霊夢の前の椅子に座り、大きな手振りと声で何か本人にとっておもしろおかしい話をしている魔理沙はすっかり酔ってしまっているようだ。テーブルの上には食い散らかされた料理と空いたジョッキ。魔理沙はなみなみと麦酒が注がれているジョッキの柄を『これは私のだぞ』と誰かに盗られるのを危惧するようにしっかりと握り、会話の間々にぐびぐびと煽っている。

「おい、妖精メイド。おかわり。でさ、そっからがまたおかしくって」

 料理や酒をのせたトレイを手にふよふよと急ぎ飛び回っている女中服姿の妖精の一匹を呼びつけ、また、会話に戻る魔理沙。その声は大きく、対面に座る霊夢の耳には五月蠅いほどだろう。けれど、対面の霊夢がつまらなさそうなのはさておき、五月蠅そうにはしていない。それは魔理沙以外にも五月蠅い連中が数多くいるからだ。


 ここは吸血鬼の根城、紅魔館。今日は当主のお嬢さまの気まぐれでパーティが開かれているのだ。体育館ほどの広さのホールには人間や妖怪、たまに神さまなど数多くの幻想郷の住人が集められている。各々、テーブルに並べられた和洋折衷様々な料理に舌鼓を打ち、銘酒や珍酒に顔を赤くしている。BGMとして幻樂団の騒霊三人が楽器を鳴らしているが誰も聞いてはいない。いや、聞こえないといった方が確かか。酔いと美味しい料理ですっかり上機嫌になった来客たちは声を大きく、知人友人、時には敵対組織の連中と肩を並べ馬鹿話に花を咲かせたり、大きな声でリズムがてんで出鱈目な歌を唄ったりしている。会場はどこもかしこもそんな様子で霊夢が魔理沙の大声を咎めないのもそのためだ。もっとも、咎めたところでこの黒い魔は黙ることなどないだろう。




「傑作だろ! なぁ、なぁ!」
「そうね、そうね」

 魔理沙の話にぞんざいに相づちを打ちつつ、片肘を突いてぼうっと会場を見回す霊夢。何故か涙を流しながら杯を交わし合っている半霊庭師と通訳の尼。向こうの席では酔った妹紅がスピリタスでヨガフレイムを実演して慧音に後ろから殴られ、その対面の席では呑めもしない酒を無理矢理吞まされ顔を青くした守矢神社の早苗が「トイレに…トイレに…」と亡者よろしく…あ、戻した。

 そんな感じで会場はどこもかしこも盛り上がっている。企画者のレミリアも満足しているのか、上座の席で偉そうにふんぞり返って、ワインをラッパ飲みしている。

「あー、思い出し笑いしてたら喉が渇いた。おーい、早くお代わりを…」

 そう言って魔理沙は空になったジョッキを手に立ち上がろうとする。瞬間、ぐらりと傾く身体。間髪、反応は遅れ気味だったが、何とかテーブルに手を突いて事なきをえた。

「吞み過ぎよ」
「むぅ、かもな」

 額に手を当て、ふぅ、と酒気の混じった吐息を吐く魔理沙。すっかりアルコールは体中のバランスを壊してしまっているようで視線も今一、定まっていない。

「ちょっと、夜風に被弾ってくるぜ」
「残機潰しで稼ぎ? スコアラーね」

 そう言って魔理沙はふらふらしながらテラスの方へ歩いて行った。何故か空のジョッキを手にしたまま。
 その後ろ姿をつまらなさそうに眺める霊夢。やっと酔っ払いから解放されたことに安堵を覚えたのか、はぁ、とため息をつく。

 そのまま霊夢はすっかり薄くなってしまった焼酎を吞み干し、お代わりを戴こうと妖精メイドの姿を探し、会場を見渡す。
 けれど、妖精メイドはどれもこれも自分の仕事に手一杯そうで霊夢が呼びつけても、来るまでには相当時間がかかりそうに思えた。魔理沙が頼んだ麦酒が未だに届いていないのもそのせいだろう。

「仕方ないわね」

 呟いて立ち上がる霊夢。こちらは魔理沙のようにふらついていない。空になったグラスを手に自分で注ぎに行こうという腹づもりだ。



 喧噪と行交う妖精メイドを避けてホールを横切っていく。確か端にカウンターが用意されていたはずだ。
 それはそうと…と、霊夢は少し、顔をしかめる。

「五月蠅いわね、みんな」

 独白は、しかし、自分の耳にさえ届かなかった。
 テーブルの上に乗ってどちらがより多く呑めるか吞み比べをしているチルノと萃香。それを囃したてるStage.1 Boss共。向こうの席では狐と狗が自分のとこの娘がどれだけ可愛いのか、熱弁を振るい合っている。どこもかしこも有頂天。天人を台にいじめっ子と龍宮の使いがツイストを踊り、地獄鴉と白狼天狗が肩を組み合って肉を食い荒らしている。乱痴気騒ぎとはこのことか。霊夢は軽い頭痛を憶えたが酔いのせいではないのは明白だった。

「私も外へ逃げようかしら…」

 はと、魔理沙と同じように外に出ることを考える霊夢。そんなことをとりとめもなく考えている内に酒の発射場であるカウンターの所へついた。

「門番、お代わりを…」

 そうバーテン姿の美鈴に告げようとしたところで、霊夢はカウンターに座って一人、酒を煽っている姿を見かけた。
 陶器のグラスを美鈴に預け、霊夢はその人影に近づく。

「一人酒? こんな場所で?」

 霊夢が声をかけるとその人影はカクテルグラスの柄をつまんだまま、少し驚いたように視線を向けてきた。サファイアを思わせるブールーの瞳に霊夢を写したのはアリスだった。カクテルは同じ色をしていた。

「ええ、そうよ。こんな場所だからよ」

 五月蠅いでしょう、と肩をすくめ、軽く鼻で笑ってみせるアリス。なるほど、と霊夢は頷いて、美鈴が注いでくれた新しい焼酎を受け取った。

「賢い考えね。真似したいところだけれど、先客がいるんじゃどうしようもないわね。それじゃあ」

 感心したよう微笑を浮かべ、霊夢は踵を返そうとする。それを、

「別に先客がいてもいいんじゃないの」

 そう止める声をアリスは入れた。右に三十度、回りかけた身体を止めて霊夢は思案。結局、受け取ったグラスをテーブルの上に置き、椅子を引いてアリスの隣に座った。

「まぁ、こんなに椅子が空いているのに、使わない道理はないわね」
「そうやって、空いてるからって、そちらに移っていくと今度はこっちが満席になって、あっちが空いてくるんじゃないの」

 違いないわね、と霊夢は注ぎなおして貰った焼酎を一献。殆ど、ボトルから注いだままの焼け付くような強い酒が舌の上に広がる。僅かに霊夢は顔をしかめて、ふぅ、とアルコールに熱せられた熱い吐息を吐く。

「きついお酒飲んでるのね」
「まぁ、氷溶かしながら吞むものだし。そっちのは?」

 アリスの前に置かれたカクテルグラスを視線で指し示す霊夢。

「ラムベースの…って、こっちのもそこそこ度数高かったわ」

 グラスを霊夢に見せるように持ち上げ、一口。小さなグラスなのでそれだけで容量の半分がアリスの口の中に消えてしまう。

「貴女もどう?」

 テーブルの上に置いたグラスをすぅーっとスライドさせて霊夢に勧めるアリス。霊夢はグラスとアリスの顔を見比べた後、アルコールのせいか、赤くなった顔で肩をすくめ、

「洋酒はちょっと。好きじゃないのよね、あんまり」

 そう応えた。その言葉を真実にするように、霊夢は多少、薄くなった焼酎を二口ほど吞む。

「ふぅん、霊夢は洋酒、駄目なのね」
「ダメって言ううか、そもそも、洋酒なんて吸血鬼の館にでも来ないと呑めないものだしね」

 そう言って一献。まぁ、ここには洋酒も焼酎も麦酒もテキーラだってあるのだが。バーテンが頻りに「老酒もあるアルよ」と進めてくるが霊夢は無視。こくこく、と焼酎をあおる。

 と、

「吞みたいの?」

 アリスがそのグラスにじっと視線を注いでいるのに気がついた。霊夢はグラスから口を離すとそうアリスに尋ねる。

「い、いえ、別にそんなつもりは…」

 慌てて手を振るアリスを余所に霊夢は自分のグラスをその前に置く。

「自分の方は断っておいて何だけれど、どう?」

 そう口にする霊夢。酔っているのか、その瞳は潤いをおびている。その霊夢と目の前に置かれたグラスを交互に見やり、アリスはアルコールのせいか、顔を赤くする。

「…せっかくだから、いただくわ」

 一瞬ぐらいの迷いの後、アリスは差し出されたグラスを手に取った。両手で包み込むようにグラスを持つとアリスはそれをそのまま口へ。おい、と霊夢が止める間もなくコクコクと結構な量を嚥下する。
 結果は当然―――

「けほっ、えほっ…」

 涙目で嘔吐き始めるアリス。ああっ、もう、そんなに勢いよく吞むから、と嗜めるような言葉を口にしながら、霊夢は飾り気のない絹地のハンケチを取り出す。

「ごめん…なさい、けほっ、ちょっと、私にはキツイ、みたい」
「うーん、辛口系だからね」

 霊夢から受け取ったハンケチで口元を拭いながら涙目で応えるアリス。

「私はこれが一番、美味しいと思うんだけどね」

 合わないなら仕方ないか、と霊夢はアリスが吞み残したグラスを下げた。氷がすっかり溶け、汗が浮いたその陶器のグラスを取ると、霊夢はそれの残りを吞もうとして…

「おおおおお、ここにいたのか霊夢ぅ♪」

 ぶはっ!

 不意に後ろから抱きついてきた魔理沙に邪魔をされ、霧吹きのように口に含んだ焼酎を吹き出してしまった。カウンターに立っていた美鈴が避けきれず被弾する。

「寂しかったじゃんかよ〜」
「ちょ、魔理沙、アンタって、酒臭っ!? 酔い覚ましに行ったんじゃないの?」

 へべれけに、霊夢にもたれ掛かるよう抱きついてくる魔理沙は酒乱の極みだった。口から毒気を含んだ紫色の吐息を漏らし、顔は真っ赤に、目はぐるぐると螺旋を描いている。手には陶器の酒瓶。じゃぽじゃぽと魔理沙の動きに合わせ揺れるそれは葡萄酒のようだった。外へ涼みに行った帰りに貰ったのだろう。魔理沙はそれを瓶の口から直接、喉を鳴らして嚥下している。

「ほら、霊夢も、呑めやぁ」
「わっ、ちょっと…」

 と、魔理沙は酒瓶を無理矢理、霊夢の口に押しつける。たまらず霊夢は葡萄酒を飲まされる羽目になる。
 いきなりアルコールを吞まされたせいか、顔を赤く、ケホケホと咳き込み、後ろの魔理沙を睨み付ける霊夢。

「そりゃ、河岸変えようぜ〜向こうに珍しい酒いろいろ置いてんだ〜」

 その無言の訴えを無視して魔理沙は霊夢の身体を引きずって行く。こうなるともはや酔っ払いという生き物は自然災害も一緒だ。霊夢は為す術もなく、されるがままだ。

「ごめんなさいアリス。この通りだから向こうで吞んでくるわ。
 ……貴女もどう?」

 少し迷った後、霊夢はアリスにも誘いをかけるが、人形遣いは机に座ったまま静かに首を振るっただけだった。

「今日はいいわ。また、今度。これが呑めるようになった時にね」

 そう言って別れの挨拶代わりに、空になってしまった霊夢の陶器のグラスを掲げてみせるアリス。




 その日の宴会は明け方近くまで続いたが、アリスの姿は宵の早々に消えてしまっていた。











――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――








換装箇所

◆ … センサーシート × 1
◆ … 濾過機 × 1










――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――










「…やれやれ」

 長椅子に腰掛け、片方の足をもう片方の足の上にのっけて、それを肘掛け代わりに、霊夢は仏頂面で店内をぼうっと眺めていた。
 ここは集落の一つにある服の仕立屋。幻想郷では珍しい洋物を扱っている店だ。店内も畳を引いて反物一枚一枚をお客に合わせる呉服屋と違い、土足可の板張りの部屋に大きな姿見や三面鏡などが置かれ、部屋には大きな木製の作業台が鎮座している。その上に適当に置かれたメジャーやペン、裁ち切り鋏などはどれも使い込まれており、職人の店であると言うことがうかがい知れた。
 そして、店の主人、その職人は自分の作品の出来映えをみて満足げに頷いていた。

 大きな姿見の前、作りたてのまだほころびの一つもない真新しい服を着た金髪の少女が立っている。恥ずかしいのか、嬉しいのか、どちらとも取れるどちらとも含んでいる表情でほんのり顔を赤く、微笑を浮かべている。
 くるり、とその場で回ってスカートの裾を広げて見せたのは魔理沙だった。

「へへへ、どう、かな」
「んー、まぁ、いつものアレンジだしねぇ」

 はにかみながら問いかける魔理沙に霊夢はそんな感じでつまらなさそうに答えた。

「酷っ! 私のせっかくのおニュー衣装見て感想がそれかよ! 霊夢の目は節穴か何かだな!」

 憤りながら、霊夢に迫るよう近づく魔理沙。シルク地の純白のブラウスに厚めの生地の黒いエプロンドレス。裾や袖からは大気の流れを思わせるフリルが頭を覗かせ、エメラルドやルビーなどをはめ込んだ金のカフスボタンがそれにアクセントを加えている。ブラウスは余計な引っ張りがなく、どんな姿勢でも無理なくとることができ、黒地のエプロンドレスは上空の冷たい風でも防ぐような分厚さを持っていた。一流の仕立屋だけがくみ上げられる人機能を追求した最上の衣服。それが魔理沙の新しい服だ。

「いや、あんまり前のと変わらないし」

 それを霊夢は事もなさげに斬って捨てた。
 ごふ、と血を吹いて倒れたのは仕立屋。渾身の出来映えの衣装はけれど、楽園の素敵な巫女に『いつもと変わらないと』斬って捨てられたのだ。職人のプライドがそれに耐えきれず、吐血となって滲み出てくる。
 おやじさん、おやじさん! と倒れた仕立屋に魔理沙が慌てて駆け寄る。

「この外道…よくもおやじさんを…!」
「あー、いや、まぁ」

 流石に無下に言い過ぎたか、と霊夢は自分を睨み付けてくる魔理沙から顔を逸らしつつ、ポリポリと頬をかいた。バツが悪い。何か言わなければと口をもごもごと動かし、そうして、

「まぁ、似合ってるわよ。可愛いから、魔理沙」

 ごとん、と鈍い音を立てたのは魔理沙の手から離れた仕立屋の頭だった。









「えへへへ、えへへへへ」

 仕立屋を後にした二人は、せっかく、集落まで出て行ったんだからご飯でも食べて帰ろうと話合い、日が落ちかけ、仕事帰りの人たちでごった返し始めた大通りを歩いていた。
 先行く魔理沙は上機嫌だ。絶えず笑みを張り付かせ、春度を満開に、頭の中へ花でも咲かせているようだった。それから遅れること二歩、後ろからついて行く霊夢は『うわぁ、なにこのキモい生き物…怖っ』と顔を引きつらせながら、精一杯、他人を装っている。

「おっ、霊夢、あそこにしようぜ」

 そう言って魔理沙が指さしたのは一件の大衆居酒屋だった。赤提灯に灯が灯り、見ている間にも数人、常連客と思わしき人たちが暖簾をくぐっていく。こじんまりとはしていたがなかなかに繁盛していそうなお店だった。
 他人を装うのを諦め、悪くないわね、と霊夢は魔理沙に並び、店へと足を進めた。


 暖簾をくぐると外で予想していたとおり、店の中は客でごった返していた。串を焼く煙が僅かに天井に籠もり、それに客たちの煙草の煙が混じっている。店内はどこもかしこも騒がしく、けれど、先日の紅魔館のパーティほど混沌とはしておらず、ある種の調和を保っていた。日常の延長だからだろうか。

 二人はさて、どうしようかと入り口付近で立ちんぼをしていると、らっしゃい、と威勢良く町娘姿の店員が声をかけてきた。つづいて、魔理沙と霊夢が二人連れの客であることを見取って、僅かに眉を下げる。

「ごめんなさい。今、机は満席で。カウンターでも大丈夫ですか?」

 Okよ、と頷く霊夢。店員に案内され、店の奥へ。途中、別の客が頼んでいた皿に盛られた鳥串や揚げ物に食欲をそそられ、アレを頼もうとお腹を鳴らす。

 通された場所は店の最奥。カウンターの端から一席分だけ横にずれた場所だった。左隣には赤ら顔の農夫が二人、一つの熱燗を分け合いながらゲラゲラと笑い合っている。そうして、右隣には…


「ちょっと狭いんですけれど…大丈夫ですかね」

 店員の質問に二人は答えられない。思わぬ人物がそこにいたからだ。

「あら、霊夢と魔理沙じゃない。こんばんは」

 陶器のグラスを手にそう挨拶をしたのはアリスだった。
 目の前には食べかけのアスパラのベーコン巻きとつきだしのごま和えが置かれている。それを肴に一杯、やっていたようだ。

「こんばんわ」

 すぐに返事したのは霊夢だった。つづいて、店員にここでいいから、と告げ、アリスの隣の席に腰を下ろすが、魔理沙の方は立ったままで、何故かアリスに敵意の籠もった視線を投げかけている。

「なんで、お前がこんなとこにいるんだよ」
「あら、いちゃ悪いの。私だってたまには大衆居酒屋で吞んだりするわよ」

 挨拶もなしにそんな会話を交わし始める魔理沙とアリス。頭痛を憶えるように霊夢はこめかみを押さえ、適当に店員に注文する。
 魔理沙が真新しいスカートの裾に余計な皺を作らないよう、気をつけて腰を下ろしてから暫くして、つきだしのゴマ和えとやっこ、それに頼んでおいた酒が来た。

「かんぱーい」

 三人三音でグラスを打ち鳴らし、中身を嚥下する三人。霊夢とアリスは一口で、喉を潤すだけだったが、魔理沙はごきゅごきゅと喉を鳴らし、たった一息でジョッキの麦酒全てを吞み干してしまった。

「アンタ…ペース配分ってものを」
「何を。いつも最初は一気吞み。それが私の全力全壊だぜ」
「全壊は誤字じゃなさそうね」

 呆れる霊夢と我関せずのアリス。お代わり、と店員を大きな声で呼びつける魔理沙を尻目に二人は自分の楽なペースを守って呑み始めた。
 と、

「あれ、アリス。そのお酒…」

 霊夢の視線がアリスが吞んでいる大きな氷の塊が浮いているそれに向けられた。無色透明のそれはアリスが好きそうな洋酒ではなく、僅かに鼻に届く香りに霊夢は憶えがあった。

「うん、あの焼酎よ」

 そう言ってグラスを掲げてみせるアリス。あの、とは先日の紅魔館のパーティの時、霊夢が吞んでいたもの、そして、アリスが自分には合わないと咽せたあれ、という意味だ。

「へぇ。何? 再チャレンジ?」
「ううん。あれから何回か家とかこういうお店とかで吞んでみたらけっこう、美味しく呑めるようになってね。今じゃ貴女に続いてこれのファンよ」

 証明するようにアリスはまたグラスに口をつける。こくこく、と二口ほど吞む。すっきりとした味わいの無色透明の液体はアリスの頬の内側や舌の上の細胞に火をつけるように浸透。喉を流れていき、そこへ初春に突然訪れた快晴のような暖かさを与えていく。炉心に灯が灯るよう、胃に流れ込んだ熱は徐々に身体全体に広がり、アリスのその白い肌を朱に染める。

「ふぅ」

 熱い吐息が漏れる。

「へぇ、何。いけるじゃないの」
「ええ、向こう―――魔界じゃ洋酒メインだったからどうかなと思ってたんだけれど、吞んでみればコレも美味しいわね」

 そう言って微笑むアリス。顔は赤く、瞳は潤いをおびている。

「だったら、こっちの酒なんかも美味しいわよ。栗で出来てるらしいんだけど」
「マロン? へぇ。珍しいわね」

 カウンター上に置かれた酒のメニュー表を手に霊夢はアリスに肩を寄せ、これはどこそこの酒で辛口、こっちは南方の酒で度数がキツイの、と新しい友人を得たように説明し始める。それに耳を傾け、うんうん、とアリスは興味深げに頷いている。

「………」

 そんな二人をつまらなさそうに眺めているのは会話に参加できない魔理沙だ。魔理沙は酒と言えば麦酒か葡萄酒ぐらいしか吞まず、しかも銘柄などにはこだわりがない。呑めて楽しく酔えればいい、がモットーで、どこそこのなにがしという銘酒珍酒がああだこうだという話には参加できないのだ。

「ちぇっ…」

 いや、つまらなさそうなのはそれ以外も理由がありそうだが。
 ずずず、と魔理沙は新しく運ばれてきた麦酒を今度はお茶でもそうするようにすすり吞んでいる。ゴマ和えをつまむ箸先も乱暴だ。その顔は置いてきぼりを喰らった子供のようで、拗ねているのは誰の目にも明らかだった。

「あっ、これも美味しい」
「でしょ。うん、吞み仲間が増えて楽しいわ」

 萃香もいける口だけど、いけすぎて追いつけないのよねぇ。ソーマとか言われても吞んだことないっーの、と霊夢は運良くここにはいない居候について一言申す。それがおかしかったのか、それともすっかり酔いで気分が高揚しているのか、アリスは口元に手を当てたまま笑う。

「で、こっちのが…店員さん、コレも頂戴!」

 メニュー表を指さしつつ、百五十本もの焼き鳥を大皿に載せていた店員がはぁい、と振り返りつつ応える。焼き鳥の山…そこはかとなく肉が突き刺された大量の串がヴラド公の串刺城塞都市を思わせるそれをどこかの大食らい亡霊とその従者の庭師の前に置き、店員はペンと伝票を手に霊夢の所へ駆け寄ってくる。

「えっと、追加でコレを…」
「ごめん、霊夢。私、帰る」

 と、新しく酒を注文しようとした矢先、やってきた店員と入れ替わるように魔理沙が席を立った。その表情は険しく、どこか近寄りがたいものがあった。店員もその空気を読んでか、伝票にペンを添えた形で押し固まっている。

「何? どうしたの魔理沙?」
「いや、ちょっと…なんていううか…」

 怪訝そうに魔理沙を見上げる霊夢。対して魔理沙は、自分自身でもどうしていいのか分からず、言葉を探しているようだった。勢い余って帰ると言って立ち上がってしまったが、その理由も言い訳も思いつかない、そういう様子だ。

「もう酔ったの? だから、一気吞みみはよせと言ったんだ。お酒は楽しく吞むものよ」

 諭すような霊夢のセリフに、けれど、魔理沙は眉をしかめる。
 霊夢はそれで魔理沙は席に戻ってくれると思って、その表情を見ず、コレでこの話題は終わりと言わんばかりに手元にあった酒を吞んだ。それは最初にアリスが吞んでいた焼酎と同じものだった。

「楽しく…ない」

 絞り出すような声。え、と霊夢が顔を上げるとそこには睨み付けるよう、自分を見下ろしている魔理沙の顔があった。

「楽しくないって言ったんだ。なんだよ、二人して酒の話ばっかりで。霊夢、私と遊びに、服を取りに来たんじゃ…」
「服?」

 囃したてるような魔理沙の言葉に割ってはいる声。アリスだ。凛とした音は居酒屋の喧噪さえも超える魔理沙の大声にかき消されそうではあった、けれども、誰の耳にも届くテレパシーのような確かな声として二人の耳に届いていた。

「ああ、新しい服を仕立てたのね魔理沙」

 そこでやっと魔理沙の服が真新しいいつもと違うものであることに気がついたようにアリスは言葉を発した。靴の先から頭のてっぺんまで、値踏みするように眺め、ふぅん、と思わしげに頷いてみせた。

「似合ってるじゃないの。可愛いわ、魔理沙」

 険悪になりかけていた空気を壊すような、けれど、柔らかく楽しそうな声。そして、いつか聞いたような言葉に魔理沙の険も削がれてしまう。

「ねぇ、霊夢。貴女もそう思わない?」
「ん、まぁ…」

 続く言葉で霊夢もそうお茶を濁すような言葉を吐き出すしかなかった。もう、これ以上、誰も立ち上がっていきなり帰ろうとした魔理沙に何かを言うことは出来ない。

「ねぇ、魔理沙。それ、何処で仕立てて貰ったの?」

 えっと、向こうの通りの、と魔理沙が説明しだしたところで少しだけバツが悪そうに視線をそっぽに向けていた霊夢が呟くよう、提言した。

「とりあえず、座ったら」

 む、と唇を尖らせてそのまま腰を下ろす魔理沙。これで何もかもが元通りになった。
 霊夢は困ったように立ち尽くしていた店員に予定通、酒の追加注文をし、魔理沙はアリスに仕立屋の場所や雰囲気などを事細かに説明している。

「へぇ、あんな隠れたところに仕立屋なんてあったのね」
「隠れてるからな。紹介がないとテンチョーもまともに取り合ってくれないしさ」

 苦労したんだぜ、と新しい服を褒められすっかり上機嫌の魔理沙。こちらもお代わりした麦酒を吞み始めている。

「じゃあ、紹介状、書いてくれない。私もそこで一着、仕立ててみたいから」
「おお、いいぜ。何枚でも何十枚でも書いてやるよ」

 顔を赤く、どん、と薄い胸を張って応える魔理沙。ありがとう、とアリス。

「どんなのにしようかな」

 そうグラスを手に両肘をテーブルについて考えを巡らせ始めるアリス。ああでもない、こうでもないと彼女の頭の中にはいろいろイメージがわき出ているようだった。

「魔理沙みたいな黒いのもいいわね」

 そう考えあぐねているとアリスは、ふと思いついたように魔理沙に視線を投げかけそう口にした。
 いやいや、これは私のトレードマーク? 正装? バリアジャケットだから駄目だぜ、とそんな感じで茶化すように応えようとする魔理沙に先んじるように口を開いたのは霊夢だった。

「駄目よ。アンタ、けっこうタッパあるから、こういうのは似合わないわよ」

 そう、グラスの氷を鳴らしながら告げる。

「………」

 謎の僅かな沈黙の後。

「そう。そうね」

 アリスはそう応えた。


 その日、三人は夜遅くまで吞んでいた。











――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――








 ごりごり、ごりごり。

 金属鑢で余計な部分を削る。
 
 ごりごり、ごりごり。

 これで少しは短くなったかしら。

 後は、そうね、ここのジョイントも一つ、取っ払ってしまいましょう。

 ごりごり、ごりごり。







――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――











―――それからまた暫く


 魔理沙は神社へ、空路を急いでいた。
 いや、別段、急ぐ理由など何もないのだが、飛ぶときはチョン避けするとき以外は全速、がモットーが魔理沙なのだ。風を裂き、空を切り、雲を突き抜け…るほど高くは飛んでいないが、そのイメージで星屑の尾を引いて飛んでいく。

 神社へ向かっている目的も実のところ、あまりない。強いて言うなら暇だったから、が妥当か。魔理沙は暇つぶしに霊夢の所へ遊びに行こうとしているだけだった。
 と、

「あれは…」

 眼下、山の木々を切り裂くように伸びている石畳の長い長い階段を上る黒い影が一つ。魔理沙は神社へ向かって進んでいるその黒い影を見つけ、訝しげに眉を潜めた。

「魑魅魍魎の類かな。こんな天気のいい日にあんな黒い格好した奴なんて。まぁ、霊夢のトコの神社は人間より妖怪の方が沢山集まる神社だからなぁ」

 あんなヘンテコな妖怪も参拝にくるのだろう、と魔理沙は影の正体を自分で結論づけた。お参りしたければすればいい。信仰は自由だ、と白蓮が言っていた。信仰しない自由はありませんが、とも。
 そのまま魔理沙は黒い影の頭上を通り過ぎていこうと思ったが、ふと、何を思ったのか中空で急制動をかけ、制止した。

「………」

 蟲の知らせめいた予感を憶え、魔理沙はもう一度、神社に向かって階段を上っていく黒い姿を見る。そうして、やや躊躇ってから、ままよ、と魔理沙は急降下した。
 目指す先は階段。あの黒い影の目の前に出るような位置へ。

「おっと、そこまでだ。動くと鬱。いや、動いてるから躁なのか」

 土埃を巻き上げ、木々の枝葉をざわめかせながら魔理沙はギリギリで制止をかけた箒から飛び降りる要領で地上へと降り立つ。
 セリフと共に箒の柄をつきだして、そうして、

「あら、魔理沙じゃない。こんにちは」

 思わぬ返答になぬ、と疑問符を浮かべる。

「なんだぁ、お前、その格好は…アリス」

 飲んでいたミソスープに青虫でも入っていたように素っ頓狂な声を上げて魔理沙が指さす方向には…古くから付き合いのあるあの七色の、けれど、今は黒色の人形遣いの姿があった。

「なにって、この前、貴女が言ってた仕立屋に私も服を頼んでみたのよ」

 似合うかしら、とアリス。その格好はいつもの服装なのではなく、帽子こそ被っていないものの魔理沙のものによく似た黒いエプロンドレスとフリルのついた白のブラウスだった。

「似合うって…」

 さしもの魔理沙も言葉に窮する。いや、それは何もアリスが人まねの格好をしているから言葉を失った訳ではない。その理由は―――

「なにやってんのアンタら。人の家の階段のトコで」

 と、魔理沙とアリスが向き合っていると魔理沙の更に上の方からそんな声が投げかけられてきた。驚き振り返る魔理沙と、視線を上げるアリス。それを訝しげな視線で迎えたのは霊夢だった。先ほどまで境内の掃除をしていたのだろう。竹箒を片手に、仁王立ちするよう腰幅まで足を開いて会談の中腹に立っている。逆行を受けた姿は何故か神々しく見える。

「霊夢、こんにちは」
「こんにちは、って、アリス。何その格好?」

 アリスの格好に驚き、目を丸くする霊夢。ありすはまた、どうかしらと問いかける。けれど、今回はスカートの裾を超手でつまみ上げ、片方のつま先をもう片方のかかとの後ろについて、腰を捻り、小首をかしげたようなポーズをとって問いかけた。

「あーーー」

 返事に困ったのか、霊夢は視線を左右に彷徨わせた後、何か失態をしでかしたときのように頭を抱えながら呟く。

「前言撤回。似合うわね、そういう格好も」
「………」

 負けを認めるよう、そのセリフは絞り出すように出てきた。魔理沙が先ほど、絶句したのも同じ理由だ。
 似合っている。
 それも可愛らしい女の子が可愛らしい服を着ているから、などとぞんざいな言葉で説明できるレベルではない。この黒い衣装はまるでアリスのためだけに、一分の隙も一センチの狂いもなく彼女に似合うよう仕立て上げられているのだ。言うなればプロのスポーツ選手のためにワンオフで作られたシューズやウェアのようなもの。がちり、とパズルのピースが嵌っているように似合っているのだ。

 或いは逆、か。

「ふふ、ありがとう」

 微笑んで、お礼の言葉を口にするアリス。

「そ、それで、一体二人して何のよう?」

 腕を組みそっぽを向きながら問いかける霊夢。狼狽えた調子を見せ、顔をほんのり赤くしているのは可愛らしい女の子を前にして当然の反応か。

「えっと、まぁ、この服を見せに来たのと…それと、はい、お土産」

 そう言ってアリスは傍らに浮遊していた自分と同じ意匠の服を着た咒符「上海人形」がぶら下げていた袋を霊夢に手渡す。なによ、と仏頂面で受け取った霊夢の顔がその袋の中身を見てぱぁっと明るくなる。

「わっ、赤福じゃない。私、コレ好きなのよね」
「ええ、そう聞いたから」

 くれるの? とアリスの顔と袋に入れられた和菓子の箱とを交互に見比べる霊夢。瞳は星、口元はよだれ。心底喜んでいる様子だった。

「さっ、さっそく食べましょ。出がらしじゃなくて新茶を出してくるわ、新茶!」

居ても立ってもいられないのか、踵を返して神社への階段を昇り始めようとする霊夢。と、一段目を登ったところで振り返り、

「魔理沙、アンタも来なさいよ。三人でお茶しましょ」

 そう、思い出したように誘いの言葉をかける。
 魔理沙は少しだけ、目蓋を開けた後、視線を彷徨わせてから静かに首を振るった。

「いいよ、今日は…ちょっと、寄っただけだし。これから用事があるんだ」

 力なくそう断りの理由を説明…言い訳する魔理沙。霊夢は唇をへの字に曲げた後、小さく、そう、と頷いた。

「残念。まぁ、また今度、三人で吞みに行きましょう」

 そう言ったのはアリスだ。階段を上り、魔理沙を追い越し、霊夢の隣に並ぶ。

「………」

 左右に並ぶ紅白と白黒。何処かで見たことあるような、けれど、決して直接見たことがないその光景を魔理沙は歯がゆい思いを抱えながら眺めていた。

「……ん?」

 それに一抹の疑問が混じったが、手を振って別れの挨拶を告げて階段を上っていく二人の姿の前にそれは消え失せてしまった。
 その時は。












――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――









 400番のペーパーで荒削りし、600番から1000番で表面を滑らかに、コンパウンドで仕上げてここは完成。
 パテを盛りつけ形成。上からサフを拭いて下地にして、薄い色からムラにならないよう、丁寧に色をつけていく。
 最後にデカールを貼り付けて、つや消しを吹いて、各パーツを組み合わせて、さぁ、完成だ。

 彼女に見せに行こう。

 








――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――













 それから何度か、魔理沙は霊夢と遊んでいる黒衣の少女の姿を見かけた。
 神社で、集落で、空で、妖怪退治と異変解決の場で、弾幕ごっこの中で。
 魔理沙はそれを苛立たしげな面持ちで眺める。そこは私の居場所だったんじゃなかったのか、と。

 苛立ちは対面にも現れ、最近、アリスと仲がいいな、なんて事を言うことも出来ず、気がつくと魔理沙は霊夢と疎遠になってしまっていた。






「あー、うー、もー」

 うなり声を上げごろり、とベッドの上を転がる魔理沙。うずたかく積まれていた本が崩れ、床に落ち、埃を舞い上げる。

「えー、にゅー、がー」

 今度は逆方向。それを繰り返し、ベッドの上に積まれていた本はすっかり、床の上に落ちてしまった。

「人の本は大事にしなさいって親に教えられなかったの? 私は教えられなかったけれど」

 その本を拾い上げながらぼそり、と呟くように言葉を口にしたのパチュリーだった。ここは魔理沙の部屋…などではなく、図書館、紅魔館地下にあるパチュリーのテリトリーだ。その一角、ごろ寝をしながら読書するスペースで魔理沙は本も読まず、そんな風に腐っている様子。友人のパチュリーも呆れ顔でその様子を眺めている。

「きょー、ぇぇぇぇ、むがー」

 もはや、意味不明なうなり声を上げる魔理沙。これはこう言う生き物なのでは、とパチュリーは訝しげに瞳を細める。

「はぁ、そうやって、鬱入るのはいいけれど、自分の家でやって欲しいものね。もしくは銀河の遠いところで」
「つれないな−、パチュリーは」

 どっちが、と肩をすくめながら応えて、パチュリーは別途の脇に本を積み直し、椅子へ腰掛ける。

「ぐだぐだやってる間にどんどん距離は離されて行ってるみたいよ」

 ニュースペーパーを広げ、珍しくコーヒーを飲んでいるパチュリーはそう何の感情も込めずに言った。

「…う、後ろから追い上げて抜くのが格好いいんじゃないか。それに強者の余裕だぜ、これは」

 やっと、ベッドの上で転がるのをやめたものの魔理沙は悪びれた調子もなく応える。カメとウサギの話とか蟻とキリギリスの話とか知らないの、とパチュリー。

「まぁ、でも、マスコミはそう考えてくれないみたいよ」

 へ、とベッドから起き上がる魔理沙にパチュリーは今し方、読んでいた新聞を畳んで手渡した。それは山の天狗が発行している新聞で最大手の文々。新聞の唯一の対抗馬とされる大衆紙、花果子念報だった。

「『博麗の巫女、熱愛発覚…か!?』 なんだこりゃ!?」

 題字はその通り。白黒の写りの悪い写真には肩を並べて歩く霊夢とアリスの写真が映し出されていた。新聞を引きちぎらんばかりに大きく広げ、わなわなと肩をふるわせ目を見開いて紙面を眺める魔理沙。一語一句を見逃さないよう、しっかりと読んでいるが、本文はきちんと頭に入っていないようだ。

「ねつ造だーっ!!」

 と、叫び声を上げて紙面を引きちぎる魔理沙。遠くで本棚を整理していたこあが大声に驚いて脚立から落ちる。

「『発覚…か!?』って断定している訳じゃないから、ねつ造でもないんだけれどね」

 温くなったコーヒーを飲むパチュリー。だけど、と、言葉を続ける。

「大衆がわざわざそんな小さいところ、気にするかしらね」

 既成事実にされるかも、という言葉に魔理沙は顔を青ざめさせる。

「それとも事実かな」
「なんだとパチュリー」

 ベッドから飛び降りてパチュリーに詰め寄る魔理沙。

「だって、アリス。霊夢と仲良くなろうと思っていろいろと努力しているみたいじゃない。貴女の話を聞く限り。服の趣味を変えて、お酒飲めるようになって、お土産持って行ったりして。こんなところで腐っている貴女とは大違いね」

 千切れた新聞の一切れ、丁度、霊夢とアリスが並んで歩いている場面の盗撮写真を手にひらひらとさせながらパチュリーは友人の怠慢を指摘する。何も言い返せず、魔理沙は拳を振るわせるだけだった。

 と、

「あれ…」

 写真をつまらなさそうに眺めていたパチュリーは何か奇妙なものでも見つけたように片方の眉を上げて見せた。

「ねぇ、魔理沙。アリスってこんなに背、低かったかしら?」

 疑問符と共にパチュリーは俯いていた魔理沙に写真を見せる。え、と写真に視線を向ける魔理沙。破れ、しわくちゃになった写真には霊夢とアリスの後ろ姿が写っているが、確かにアリスの背丈は記憶より頭一つ分小さく見える。

「写真写りのせいとか…」

 考えられる予想を口にする。けれど、魔理沙の考えをパチュリーは頭をふるって否定する。どうかしら、と椅子から立ち上がりスクラップブックから一ページ、新聞の切り抜きを持ってくる。

「この前の文々。新聞の記事よ。花火大会の時の」

 河川敷に集まった人々を捕らえた一葉だ。そこにおそらくは偶然であろうが霊夢とアリスも写っていた。花果子念報に載せられていた写真と同じ背丈で。

「どういうことだ?」

 眉をしかめて両方の写真を見比べる魔理沙。
 アリスの背丈は確か魔理沙どころか霊夢よりも少し高かったはず。それなのにこれは―――

「……服装や趣味以外に好みまで霊夢に合わせたって事かしらね」

 そう結論づけるパチュリーではあったが、言葉には自分自身でも信じられないといった響きがあった。

「出来るのか? その…身体を小さくするなんて」
「そうね。若返りだとか縮小だとかは魔法の得意分野よ。私でも出来るわ。でも、アリスの場合は違うみたいね。体格の縮小。純粋な拡大縮小や時間軸のシークバーの移動じゃない。特定の仕組みに基づいた変形よ」

 どうやるにしろかなり高度な手法ね、とパチュリーは学術的興味を露わに説明してみせる。信じられないと表したのはその為だ。けれど、同じ魔道を進むものでありながら魔理沙の驚きは別種のもののようで、写真を手に震えている。

「……いくら、好きだからって、なぁ」

 呟きは、ある種、言い訳であった。
 そんな魔理沙の様子を見てパチュリーはつまらなさそうにため息を漏らす。

「好きだからでしょ。相手に振り向いてもらうためになら手段を選ばない。魔法使いなら当然の方法よ」

 続く言葉が魔理沙の胸に刺さる。

「貴女が未だに霊夢と『お友だち』なのはそれをしていないからなのかもね」

 言われ、驚愕に目を見開き、脅えた調子を見せ、そうして、魔理沙は走り出していた。まったく、何処が幻想郷最速なんだか、と肩をすくめるパチュリーに見送られ。












――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――









「ごめん、私、好きな人いるから」

 ある意味で予想通りの答。

 








――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――










 神社に向かった魔理沙はけれど、出鼻を挫かれた。
 大声を上げて出てきたのは神社の主ではなく、居候の小鬼だったからだ。

「あれ? また来たかと思ったら魔理沙じゃないか。どったの?」

 顔を赤らめ、徳利を手に、柱にもたれ掛かりながら気怠げに問う萃香。また、と魔理沙は眉をしかめる。

「うん、霊夢が誰かに遊びに行こうって誘われてたから。そん時、私、半分ぐらい寝てて、その誰かが誰なのかわかんなかったけど、ちっさい黒い影が見えたからてっきり魔理沙だと思って」

 魔理沙じゃなかったの、と聞き返す萃香に応えず、邪魔したな、と魔理沙は踵を返した。

 遅かったかも知れない。


 それでも走り出した足は止らず、魔理沙は今度はアリスの家へと向かった。








「……」

 魔法の森、自分の家から離れた位置にあるアリスの家の前に立ち、その扉をノックしようとしたところで、馬鹿馬鹿しい、いつも無断進入が私だろ、と腕を降ろす。
 そうして、無言のまま魔理沙は真鍮のドアノブを掴んで扉を開けた。中は薄暗かった。

「霊夢、アリス、いるか?」

 アリスの家は洋式なので土足のまま、家の中へ入り、そう、どこか遠慮しがちに声をかける。

「……」

 声を、かけて、どうするつもりなのだろう。
 もう、済んでしまったことなら。
 手を繋ぎ、肌を重ね合わせている二人の姿が一瞬、脳裏に浮かぶ。いや、もしかするとそれは現実にたった今、行われていることなのかも知れないのだ。だとすればそれを邪魔しに来た私は完全に悪人だな、と魔理沙は乾いた笑いを浮かべる。けれど、引き返すことも出来なかった。邪魔なら邪魔で結構。アリスが手段を選ばないのなら、こちらもそう出るしかない。もう、手遅れかも知れないが今からでも思いの丈をぶちまけて…そうして、玉砕するしかないのだ。

 それならそれで構わないと、魔理沙は暗い部屋の中、二人の姿を探して歩く。

 けれど…

「いない…のか?」

 アリスの私室や居間には二人の姿はなかった。
 何処かに行ったのだろうか。その証拠に冷たくなったティーセットが二つ分、テーブルの上に残されていた。けれど、僅かにではあるが人の気配らしきものを魔理沙は肌で感じていた。何処かに隠れでもしているのだろうか。

「物音?」

 それが真実であるように何かしら小さな音が耳に届いた。
 場所は…足下から。そうだ、と魔理沙は一部屋、自分が探していない場所があることを思い出す。地下のアリスの工房だ。

 ごくり、と唾を飲み込み、いつぞやか魔法の実験の手伝いをする際に通された場所へ足を向ける。

 家の一番奥、二階へ上がる階段の裏側。地面に水平に作られたような扉を天井に吊されたチェーンを使って開く。ぎぎぎ、と重い音を立てて床下への階段が口を開けた。それを少し訝しげに思う。魔法使いの工房などは家の金庫と一緒で厳重に鍵をかけているのが普通なはずだからだ。

「アリス…?」

 僅かに軽快しながら階段を降りる。
 地下室からは確かに人の気配…息遣いや衣擦れの音、それに何か固いものを削っているような音が聞こえてきた。

 壁に備え付けられた洋灯の弱々しい明かりだけを頼りに何とか階段をおり、そこにすぐ向き合うようつけられている古びた扉を開ける。物音はこの向こう。誰かがいるのは確かだ。

「アリス、いるんだろ」

 部屋の中は乱雑としていた。ナイフやすり鉢のようなツール、魔導書、各種マジックアイテムが乱雑に置かれ、天井からは作りかけの人形の手足がつり下げられている。洋灯の微かな光がそれに強い明暗を刻み、部屋は一種の異界と化しているようだった。依然訪れたときには覚えなかった感情、恐怖を胸に抱き、ともすれば逃げ出しそうになる足を必死に前に進め、魔理沙は部屋の中へ入っていく。

「なんだ、コレ…?」

 と、魔理沙はテーブルの上に何か妙なものが乗っているのに気がついた。
 分厚いゴムのようなものだが質感が妙に生々しい。表面は透いた肌色。裏面は毒々しい赤色で粘液に濡れているようだった。恐る恐る魔理沙はそれを手に取り、広げて―――思わずそれを悲鳴と共に投げ捨ててしまった。

「なっ、なんだ、なんだコレ!?」

 早鐘を打つように高鳴る心臓。瞳は見開かれ、全身の毛穴という毛穴は縮こまり、産毛を針のように立たせている。
 魔理沙に投げ捨てられ、床の上にべちゃり、と落ちたそれには大小五つの穴が空いていた。中央に小さく並んだ孔二つ。上部に楕円を描く穴二つ。そして、下部にその両方を足してもまだまだ大きさが足らないような大穴が一つ、空いている。その形を、その穴の空き方を魔理沙は知っている。知らずの内に自分のそこに触れてしまうほどに。

 床に落ちたそれは顔だ。顔の皮膚だ。
 中の穴は目、小さい穴は鼻、大きな穴は口。それは人の顔面から鋭利な刃物で縁を切り、丁寧に顔面の筋肉から引きはがしてきた皮膚だ。まがい物ではない。現に魔理沙の指についた赤色の液体は脂っこさと鉄臭さをもったまごう事なき血液だったのだから。

「なんなんだ、なんなんだよ、もう!!」

 訳が分からず狼狽える魔理沙。
 自分は霊夢に告白しに来ただけのはずだ。それがどうしてこんなお化け屋敷に紛れ込んだようになってしまっている? 理解が出来ない。理解が及ばない。こんな、こんな、こんな…

「っう、アリス…」

 否。ある意味ではこれは予想できていたことではないか。
 背丈を小さくしていたアリス。いや、背丈だけではない。髪質や体格、思い起こせば目の色までアリスは変えていたのではなかったか?
 霊夢のために。霊夢に振り向いて貰うために。霊夢の好みに合わせるために。

「………」

 あのフェイスマスクはおそらくアリスのもの。顔を作り替えるためにアリスは自ら自分の顔面の皮を剥いだのだろう。
 それははたして、涙ぐましい努力と言えるのだろうか。
 完全な狂気の沙汰では。目的のために手段を選ぶなとマキャベリは言うが、はたして、目的のために狂った手段をとる事はそも目的を果たすために言えるのだろうか。

 魔理沙は項垂れ、アリスの霊夢に対する想いに敗北以上の何かを感じ取っていた。

「っ、そうだ、霊夢に…」

 そこで魔理沙はアリスの狂気の想い先が誰であったのかを思い出したように踵を返した。アリスの想いはまっとうではなく深淵の縁からこちら側を除いてくるような名状しがたい暗黒のような感情だ。そんなものを内に秘める相手とまっとうな人間的な恋愛関係が築けるはずがない。どのような結末が待ち受けているのかは想像が及ばないが、この人体改造と同じく猟奇的な結末が待ち受けているに決まっている。
 まっとうな方法でアリスが霊夢に告白してOKをもらえたのならいつかは魔理沙も諦めがつくだろう…なんて話ではない。今はまだ友人と、そして、好きな人の身を案じて魔理沙は急ぎ、このことを霊夢に伝えようと思ったのだ。
 その足が、急いでいたせいか、無造作に床に捨てるように置かれていた人形のパーツを踏みつけてしまう。

 ぱきり、と軽い音が鳴り響き、けれど、魔理沙はそれに気づかず、代わりに…

「誰? 魔理沙?」

 アリスに気づかれてしまった。

 はっ、と足を止め、声がした方へ向き直る魔理沙。
 部屋の端に隠れるよう、向こうの部屋に通じる扉が見えた。その大窓からシルエットが浮かび上がっている。

「お、おう…私だ」

 足を止めずにさっさと去っておけば良かったものをつい魔理沙は返事をしてしまった。いや、そうしたところで答は変わらなかったかも知れないが。

「あ、あのなぁ、アリス…その、お前の身体のことなんだけれど」

 言葉を探し、何かを言おうとする魔理沙。けれど、狂人にかける言葉などあるのだろうか?

「魔理沙、あのね、私…私…」

 そう魔理沙が悩んでいる間に、先にアリスから声がかかってきた。いや、最初からアリスは魔理沙の反応など伺っていなかったのかも知れない。

「私…フラれちゃった…霊夢に…好き、だったのに…」
「え」

 すすり泣きを混じらせたアリスの言葉に今度こそ魔理沙は返す言葉がなかった。
 霊夢にフラれた? アリスが?
 それはあらゆる意味で魔理沙が願っていた結末だが…

「馬鹿よね、私…分かっていたのに。『アンタの気持ちは知ってたけれど、私には好きな人がいるの』誰だか分かる? それって貴女の事よ。ね、だから、私、貴女みたいになろうと思っていろいろ、努力したのよ。いろいろ努力して、骨を削って、背を小さくして、眼球を取り替えて、内臓もいい物に換えて…」

 涙声は自嘲の笑いに変わる。それに魔理沙は薄ら寒いものを憶え、背中に油のような汗をかき始める。そして、扉が開かれる。

「ここまで…頑張ったのに…」

 きぃぃ、と高い音を立てて開かれた扉の向こうから現れた姿は一糸まとわぬ生まれたままの格好だった。
 いや、その姿を見て誰も『生まれたまま』などとは形容しないだろう。

 筋肉や骨格が見え隠れする身体。生々しい縫合跡の残る肌。足は裸足で、血の足跡を残しながら進んでいる。
 と、三歩ほど進んだところでアリスの腕が中程からぶつり、と音を立てて落ちた。

「あ、縫合が甘かったみたいね」

 もげた腕からは血が滴り、骨が覗いている。ぶらぶらと揺れているのは筋肉か…いや、金属の輝きを持つワイヤーだった。
 見れば肌を剥いた箇所にも同じような煌めきが。ボルトやナット。内臓の位置には基盤や歯車などが見える。からん、と傷口から金属パーツが落ちた。



 そのこの世のものとは思えぬ凄惨たる光景に魔理沙は打ち震えていると近づいて来たアリスが狂気の笑みを浮かべたままこう言ってきた。

「だけど、駄目だったみたい。霊夢に言われたわ。『貴女は貴女のままでいいから、お友だちでいましょう』って。私のままじゃ、どうしたって霊夢の恋人になれないのに…」

 洋灯の下、明るみに出てきたアリスの顔はアリスの顔をしてなかった。
 魔理沙が恐らく一番よく見知っている顔。ただし、基本的に左右対称で。当たり前だ。魔理沙はその顔を鏡の中でよく見ているからだ。その顔は他でもない―――

「私の…」

 魔理沙の顔だった。

「貴女なら、貴女なら、霊夢の恋人になれるのに…だから」

 ざくり、と魔理沙は胸に何か衝撃を受けた。
 見れば服を突き破って鋭い険の切っ先が映えていた。血に濡れた切っ先から、赤い雫がぽとり、と落ちる。

「なんで…」

 膝に力が入らなくなり倒れる魔理沙。その最中に振り返り見た背中にはまるで今のアリスを暗示しているかのように組み立て途中の片腕下半身なしの上海人形が浮かんでいた。

 倒れ、浅い呼吸を繰り返そうとして血の塊を吐く魔理沙。その顔を自分の顔が覗きこんでくる。

「今日から、私が貴女になるわ。アリスが、魔理沙に。これで、私は霊夢と―――」


 闇に飲み込まれてしまった魔理沙の意識はアリスの台詞を、今や魔理沙となったアリスの言葉を聞くことは出来なかった。



 魔理沙が最後に見た光景は、笑う自分の顔だった。




END
タカトラバッタ!

pixivやり始めましたけど、ここで宣伝してもいいものかしら…
とりあえず、ここに載せたものとここには載せられないものとを投稿していくつもりです。
よろしければご覧になってくだちい。

ところで、ここには載せられないって…普通は逆じゃね。


10/09/14>>追記

HPアドレスをメルランに入れるというオモシロ失態をしでかす俺。
sako
http://www.pixiv.net/member.php?id=2347888
作品情報
作品集:
20
投稿日時:
2010/09/12 09:00:12
更新日時:
2010/09/14 03:38:00
分類
魔理沙
霊夢
アリス
三角関係
ヤンデレアリス
1. NutsIn先任曹長 ■2010/09/12 09:27:05
堪忍袋の緒方大作です!!

お洒落な作品です。
自分の作品でも書いておいて言うのもなんですけど、ワインはラッパ飲みするものではありません。
魔砲少女物は再放送の第2部しか見てません。
姐さん!!紹興酒をHOTで!!ザラメ入りで!!ステイすんなよ!!

いくらアリスが魔理沙になっても、
霊夢にとっては友達で、
最後には敵になってしまいましたね。
2. 名無し ■2010/09/12 10:30:39
またレイマリ厨か
3. 名無し ■2010/09/12 11:05:27
レイマリ可愛いw
魔理沙のリアクションがいちいち可愛すぎてツボにはまりましたw
何この可愛い生き物、そしてそんな子がひどい目に会うのがまたよし
4. 名無し ■2010/09/12 11:27:14
幕間がエグくていいですね

でもなぜだろう、酒の印象が一番強い。魔理沙は洋酒ダメなのに自作カクテルとか研究してそう。「スターダストレヴァリエ」とか
5. 名無し ■2010/09/12 13:21:07
宇宙ジョーク最高ですぅ
6. 名無し ■2010/09/12 14:34:31
すごい引き込まれました。魔理沙カワイソス
アリス怖ス
7. 名無し ■2010/09/12 17:42:52
空気を読まない霊夢、結局死ぬ魔理沙、いつもどおりのアリス
今日も幻想郷は平和です
8. 名無し ■2010/09/12 21:45:33
歌は気にするな
9. 名無し ■2010/09/14 22:02:28
うん、アリスの肉体改造シーンでガンプラを思い出したのは俺だけじゃないはずだ!w

そしてこれは正しくやんでれ
振られたからって霊夢を殺したりしないところがいいよなー
名前 メール
パスワード
投稿パスワード
<< 作品集に戻る
作品の編集 コメントの削除
番号 パスワード