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『光の拳士ミラクルメイリン 第52話(最終話)『輝けるシューターへ』(邪神ガタノゾーア 登場)』 作者: sako

光の拳士ミラクルメイリン 第52話(最終話)『輝けるシューターへ』(邪神ガタノゾーア 登場)

作品集: 20 投稿日時: 2010/09/16 17:29:26 更新日時: 2010/09/17 02:29:26
 うららかな日よりの午後。
 放物線を描き、一個のボールが紅魔館の窓ガラスを割って、館の中へ入っていってしまった。

「もう、ちゃんときゃっちしてよ」
「チルノちゃんがヘンなとこに投げるからでしょ!」

 館の屋根より一階分ほど、高い空。二匹の妖精が言い合っていた。チルノと大妖精だ。今し方、紅魔館の窓を割ったのは二人のボールだった。

「せきにんてんかはよくないってけーねセンセがいってたぞ!」
「責任転嫁してるのはチルノちゃんの方だよ」

 自分の大暴投を棚に上げ、大妖精につめよるチルノ。困った顔をしながら大妖精は自分の正当性を訴えるがチルノは聞く耳を持たない様子。頬を膨らませ「アタイはわるくないもんね」と。このままでは喧嘩になってしまうかも知れない。それは駄目だ、と根っからの善人…善妖精である大妖精は自ら折れ、チルノを諭すのをやめ、話題を別の方向へ持っていくことにする。長い付き合いだ。チルノのあしらい方も心得ている。

「そ、そんなことより、早くボール、取りに行こうよ」
「あ、そっか。あそこのぱっど? ちょう、すげぇ、こわいもんな」
「メイド長さんね。門番さんとかはお菓子くれたりして優しいけど、あの人間のお姉さんは確かにちょっと怖いよね」

 人間のくせに妖怪より怖ろしい紅魔館のメイド長の姿を思い浮かべぶるぶる震える二人。

「だ、だから、はやく取りに行こう。見つかる前に」
「うん、そうしよう」

 逸れかけていた話題を修正し、二人は頷きあうと館へ向かって手早く降りていった。

「ここだ。ほら」

 割れた窓を指さし、そこへ近づくチルノ。大妖精も後を追う。
 窓には簡単な鍵がかかっていたが、運良くと言っていいか、割れた部分は鍵が備え付けられた窓枠のすぐ近くだった。そこへ手を突っ込み、鍵を外そうとするチルノ。大妖精は気をつけてね、と友人に注意を促す。それを聞いているのかいないのか、チルノはぞんざいな動作で割れた腕をガラスの先に引っかけながらも何とか鍵を外す。

「はずれた。はやくいこう」
「う、うん」

 窓は小さかったが子供のような体型の二人はすんなりと通ることが出来た。
 窓から差し込む光に埃の粒子が浮かび上がってくる中、二人は真っ赤な絨毯の上へ着地する。ぱきり、とチルノの足が割れたガラスを踏みつけた。

「「しーっ!」」

 二人して顔を見合わせ、唇に人差し指を立てる。暫くその場でじっとしていたが、幸い、誰もその音を聞いて駆けつけてくる様子はなかった。

「ボール、どこかな」
「ふたてにわかれてさがそう」

 降り立った先は紅魔館が誇る大図書室だった。
 普通の家の二階まで届くような高さの本棚が立ち並び、まるで迷路のような様を呈している。だからか、二人はボールを早く見つけなければならないのに、何処か楽しそうに笑顔を浮かべながら探し始めたのだ。



「どこかな」

 下を向きながら大きな本棚の間を縫って歩く大妖精。赤い絨毯の上はしっかりと掃除されているのか塵一つ落ちていない。それでも、古びた本から漂ってくる埃や黴の匂いのせいか、あまり、図書室は清潔そうな印象を大妖精に与えていなかった。チルノと別れたから僅か数分だがその印象、そして、怖い人たちが住む家に勝手に忍び込んでいるという緊張に瞬く間に大妖精は恐怖を覚えていた。はやく、ボールを見つけてチルノちゃんと帰ろう。自然と足は早くなり、視線も落ち着かずさだまっていない。

 と、

「えっ…?」

 不意に遠くを見た視線が、本棚の向こうに消える影を捕らえたような気がした。誰か居たのか。それにしては闖入者の大妖精を咎めに来るようなこともしない。もしかするとネズミだったのかも知れない。

「……」

 否、ネズミであって欲しいと大妖精は心底願った。その妙に不整脈を奏でる心の臓に向かって。

「うう…」

 胸が痛い。全速力で走った後とは全く違う苦しみ。まるで心臓を動かしているコンピューターが狂ってしまい、アトランダムに鼓動を刻み始めた様な、右心室左心室左心房右心房の四部屋が出鱈目に伸縮を繰り返したような、軋むような痛み。ここにいてはいけないと理性と本能の両方が告げてくる。けれど、原因が分からない。どうして、どうして。足を止めて考え込むか、休もうとする。
 その前に、何かが消えていった場所の次のブロック、本棚の隅に大妖精は目当てのボールを見つけた。少しだけ、顔に明るさが戻ってくる。早くあれを取って、チルノを連れてこんな所からは逃げようと、大妖精は動悸を起こした心臓に鞭を打って足早にボールへ駆け寄った。途中、何かが消えた本棚の角に注意しながら。

「あっ、しまった」

 駆け寄った勢いのせいで、大妖精はボールを蹴飛ばしてしまった。本棚に当り跳ねて転がっていくボール。早く帰りたいのに、と大妖精はボールを追いかける。

「と…った」

 逃げるように跳ねていくボールにだけ視線を注いでその後を追いかけ、数メートルほど進んだところで跳ねたボールを中空でキャッチする。それがいけなかった。前を見ていなかった大妖精は本棚の前に立っていた誰かに頭からぶつかってしまったのだ。

「うわっ、ご、ごめんなさい」

 尻餅をつきながら条件反射のように謝る大妖精。
 けれど、背中に大妖精の頭の一撃をうけた誰かは抗議の声も恩赦の言葉も何も上げなかった。代わりに、そのまま倒木のように、腕を突き出すこともなく、倒れてしまった。

「わっ、だ、大丈夫ですか」

 お尻をさすりながら立ち上がる大妖精。慌てた様子で倒れた誰かに駆け寄る。その頭の中は言い訳と謝罪の言葉とで混乱の極みにあった。
 それが、

「え?」

 倒れたのが誰なのか、いや、何なのかを見知って真っ白に染まりきってしまった。

「何これ…石…像?」

 大妖精がぶつかり、誰かと思って謝ってしまったのは実は石像だった。
 砂岩を削りだして作ったような石像。けれど、材質の粗末さに相反し出来映えは怖ろしく精緻だった。細い指に流れる髪の毛。服の皺。まつ毛さえも彫り込まれているような神/或いは悪魔の手による仕業…そうと思われるほど、薄ら寒さを憶えるような精巧な石像だった。
 しかし、それも五体満足なら下せる評価だろう。大妖精がぶつかったせいで倒れた石像は無残にも壊れてしまっていた。腕がもげ胴体にひびが入り、首が折れてしまっている。他にも髪の毛の先やスカートの裾など細かな部分が欠けてしまっている。修理は出来るかどうか分からないがもう元には戻らないのは素人目にも明らかだった。

「ああ…」

 そんな精密な像を壊してしまったとすれば、下手をすれば窓を割ったことよりもなお怒られるかも知れない。けれど、大妖精の恐怖はそこにはなかった。それは全く別種の、おぞましい物を見たときに人が浮かべる恐怖に満ちていた。

「これって紅魔館の…吸血鬼」

 壊れた石像はそう、紅魔館当主レミリア・スカーレットを象った物だった。大妖精より拳一つ分だけ小さい幼い少女の姿をした西洋の大妖怪。ならば、この象はその示威の為に作られた物だろうか。けれど、大妖精はとてもそうは考えなかった。
 如何な計測か、寸分の狂いなく象られた精緻すぎる造りの石像。そして、何より、その精密さよりも頭部に刻まれた表情―――目を見開き、口を強ばらせ、首筋を引き絞ったその恐怖などという言葉ですら生やさしい絶意に満ちた顔は今にも動き出し、怨嗟と鬼哭の雄叫びを上げそうなほど生々しく作られていた。

「ひっ…」

 余りの像の生々しさに大妖精は悲鳴を漏らし、一歩後ずさった。
 その足が何かを蹴飛ばす。
 恐る恐る振り返れば、足下には別の石像が。その区画には数えられるだけで三つの同一の作者の手による作品と思わしき石像が転がっていた。屋敷で働く妖精メイドたちをモデルにしたもののようで、どれもが精緻の極みで、どれもが恐怖に顔を引きつらせている。

「ああああああ…」

 なんだこれは、なんだこれは、と大妖精は混乱する。ときどき、おかしな事をする屋敷の住人たちだがこれは余りにも悪趣味に過ぎる。今にも動き出しそうなほど精密な造りの、そして、無間地獄に堕とされた亡者もかくやという嘆きの顔を石像をこんなにも沢山作ってこんな通路の真ん中に並べるなんて。

 悪趣味きわまる石像を作った意図が読めず、あと、数秒で一目散に逃げ出してしまいそうに成る程震える大妖精。
 と、その耳が逃げるより先に甲高い、窓という窓を振るわせるような悲鳴にも似た雄叫びのようなものを捕らえた。
 その音は声で大妖精がよく聞き知っているものだった。

「チルノちゃん!」

 悲鳴はチルノのものだった。

 せっかく、取り戻したボールも放り投げ、大妖精は声のした方へ走る。すぐ近くだ。三つ本棚の角を曲がり、三区画を走り抜け、もう一つ曲がったところで大妖精はチルノの後ろ姿を見つけた。

「よかった、チルノちゃん、早く帰ろ…う?」

 肩で息をしながら歩み寄り、腕を伸ばし、肩に触れた指先の感触が冷たくざらつく石に触れたものと同じと憶え、大妖精は悲鳴を漏らし、腕を引っ込めた。

「チルノちゃん…じゃ、ない」

 友人が来ても振り返りも返事もしないチルノの前に大妖精は回り込む。
 ざらつく石になってしまった肌。同じく悪魔に魂を売った彫刻家が彫り込んだような精緻な造りの服。そうして、絶叫の表情のまま押し固まったような顔は先ほど本棚の間で見つけたレミリアや妖精メイドたちと同じ造りをしている。それはチルノを象った石像だった。

「ううっ」

 これも紅魔館の誰かの手によって作られた物なのだろうか。もしかすると自分の分もあるのか、と大妖精は眉を顰めながら考える。今度は壊さないよう、そっと、チルノの像に触れ…そうして、

「え、どうして…?」

 その腕に切り傷を象ったと思わしき筋彫りを見つける。
 鋭い切っ先で引掻いたような痕。あろう事かそれはチルノがここに忍び込むために鍵を開けるとき、割れたガラスで切ったところと全く同じ箇所だった。

 こんな大きさ石像、造るのにどれだけの時間がかかるのか想像はまるでつかないが数分やそこいらで造れる物ではあるはずがない。だというのにこの石像にはつい先ほど、チルノが引っかけてしまった傷が完璧な位置取りで刻まれているのだ。

「嘘嘘嘘…そんなっ」

 パズルのピースが嵌るよう、否、今の今まで意図的に無視してきた断片がここに来て明確な証拠を突きつけられ、がちりと強制的にはめ込まれる。

 生き写しのように精巧な石像。生きているように生々しい表情。そして、すぐに造ったとしか思えない腕の傷。
 その答は―――

「ああああああ…!!!!」

 背後で何か動いている気配を感じ、大妖精はゆっくりと振り返る。
 はたしてそこにい■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■













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「今の声は…?」












 その日は朝からぽかぽか陽気で実に心地よい日だった。
 気分が乗ったレミリアは妹のフランと一緒にお茶を飲んでケーキを食べるためにテラスにティーセットをメイド長の咲夜に用意させていた。
 大きなパラソルの下、優雅にお茶を楽しむレミリアと対面に座り、口の周りをクリームだらけにしながら美味しそうにケーキを頬張るフラン。傍らには咲夜が控え、門番の美鈴も休憩がてらご一緒させて貰っている。
 そんなうららかな日和に似つかわしい、幸せな時間が流れていた。

「もう、フラン。落ち着いて食べなさい」
「だって、お姉さま。咲夜の作ったケーキ、とぉぉってもおいしいんだもの」

 ほっぺたにクリームとスポンジの欠片をひっつけたフランを嗜めるレミリア。目配せをすると咲夜が頷き、まっさらなハンケチを取り出す。フランは顔を上げると笑みを浮かべたまま、咲夜がクリームを拭うのに任させた。

「はい、綺麗になりましたよ。フランお嬢さま、ありがとうございます」
「えへへ、こちらこそー」

 そう言って逆手に握ったフォークで苺を突きさし、食べるフラン。また、口の周りが苺の果肉で赤くなってしまったがそれも微笑ましい光景だった。

「やっ! はっ! とぉっ!」

 向こうのスペースでは美鈴が武術の練習をしている。流れる動作で型を作り、重い掌底や鋭い脚撃を繰り出している。

「わー、メイリンすごい」

 その動きを見てぱちぱちとフランが手を叩く。美鈴は視線だけをフランに向けて格好つけるよう、にひり、と笑むと更に動作を高速化。激流の早さで連続して型を繰り出す。右掌底を放ち、見えない相手の懐に飛び込む動作で左の肘を突き出し、続く動作で身体を右に捻り肩口からぶつかる。猛虎硬爬山。更に続けて美鈴は両腕を前後に繰り出し、コの字に曲げた右の手刀を振り下ろし、腰を落として水面蹴り。しゃがんだ体勢から起き上がる勢いを利用してアッパー。その勢いを殺さず、更に左右の足を交互に繰り出し、仮想の敵を高く蹴り上げる。そうして、とどめと言わんばかりに美鈴は空中で腰を捻り、必殺の脚撃を放とうとして…その勢いのままだとテラスから飛び出してしまう高さまで飛び上がっていた。

「あ、アイヤー!?」

 中国人っぽい吃驚の声を上げる美鈴。瞬##########################################間、時を止めて美鈴の後ろまで近づいた咲夜がその首根っこを捕まえて、叩きつける動作で宙に浮いた美鈴の身体をテラスへと引き戻した。

「あいたたた…咲夜さん、助けてくださるのはありがたいですけれど、もうちょっとこう、優しくしてくださいよ」
「おだてられたからって調子に乗った馬鹿を丁寧に助ける道理はないわね」

 そんな二人の様子を見てフランは咲夜もすごいね、と黄色い声をあげる。

「そういえば、パチュリーはどうしているのかしら。ねぇ、お姉さま」
「ん…さぁ? 誘ってみたけれど、何か実験があるとか言っていたわ」

 と、ひとしきり笑ったところでフランはこの場にいないもう一人の館の住人、もう、家族同様の姉の友人にして居候の魔女の姿が見えないことをレミリアに尋ねた。返ってきた言葉はそんな物で、続けて「何か召還実験らしいけれど、よく知らないわ」という素っ気ない物だった。

「こんなにいい天気なのにお部屋に引きこもってるなんてパチュリーって不健康ね」
「フラン、吸血鬼としてこのぽかぽか陽気を『いい天気』と評価するのはどうかと思うけれど、まぁ確かにそうね」

 そう言ってレミリアは読んでいた文庫本に栞を挟んでパタンと閉じた。

「いいわ。そろそろ、実験も終わりでしょうし、呼んでくるわ。もやしも日に当てないと大きく育たない話よ、って」

 立ち上がるレミリア。いつの間にかその後ろに立っていた咲夜が椅子を引く。

「咲夜、パチュリーのケーキを用意してあげて。私が呼んでくるから」

 かしこまりました、と咲夜。その言葉が聞こえたときにはもう咲夜の姿はない。トランプのスペードのカードだけが数枚、咲夜が立っていたところに残されているだけだった。レミリアが屋敷の中に消えようとすると私も行くと、フランも立ち上がり、姉妹は一緒に図書室の方へと歩いて行った。その後ろ姿を見送る美鈴。二人の姿が見えなくなった後、美鈴は真面目に拳法の練習を再開した。









 楽しい時間はそこまでだった。








 それから数十分経って、一通り、練習を終えた美鈴は握り拳に手のひらを押し当て、深く息を吐きながら礼をした。礼に始まり礼に終わるのは武道の基本だ。それは練習も同じ。火照った身体ではこの陽気は暑いぐらいと思いながらテラスに引っかけておいたタオルを取りに行く。

「あっ!」

 と、不意に強烈な風が吹いてきてタオルが飛ばされてしまった。アイヤー、と額に手を当てる美鈴。取りに行かないと、とテラスの縁に足をかけ、飛ぼうとする。
 その動作が―――

――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!



「!?」

 何か、この世ならざる悲鳴を耳にし、押しとどまる。

「なに、今の声…?」

 こんな暖かな陽気の日に似つかわしくない怖ろしい叫び声にシャツを貼り付ける汗の気持ち悪さも何処へやら。美鈴は訝しげに眉を潜め、屋敷の方へ振り返る。そう、あのほの暗い井戸へ突き落とされた時に上げるような悲鳴は屋敷の中から聞こえてきたのだ。

 どうしていいか分からず、狼狽える美鈴。
 いや、けれど、声には既知感があった。
 そうだ、練習をしているときにも確かに風に乗って同じような声を聞いた気がする。その時は自分以外の誰も反応してなかったので空耳かと思って無視していたが、記憶にある声色は確かに今の物と酷似していた。

「…そう言えば誰も帰ってこない」

 レミリアとフランと咲夜がテラスから屋敷の中に入ってから既に数十分は、経過している。大きなお屋敷とはいえ端から端まで歩いて行くのに十分もかからないような広さの屋敷だ。何かをしに屋敷の中へ入っていっても、これほど時間がかかるとは思えない。それに三人とも手間取らないようなことをしに行ったのだ。友人を呼びに、その付き添いに、ケーキを取りに。どれもすぐに戻ってきてもおかしくはない。けれど、テラスには未だ美鈴以外の姿は認められなかった。


 明らかな異変に美鈴は身体を震わせると、意を決したように拳を握った。
 美鈴は風に飛ばされたタオルのことは放って置いて、小走りに屋敷の中へと入っていった。すっかり冷めた紅茶と表面が乾いてしまったケーキだけが取り残された。












 屋敷の廊下を急ぐ美鈴。取り敢えずその足は図書室へと向けられていた。

「……」

 顔には焦燥、心には不安が浮かんでいる。まるで雷雲が近づいているように肌がぴりつき、産毛が立っている。どうにも落ち着かない気分。少しでも早く、と美鈴はほとんど走るような速度で図書室へと向かった。

「お嬢さまー、フランさまー、パチュリーさまー」

 扉をあけて声をかける。図書室は静かに―――、その鉄則を守るためか声は少し小さめだ。返事は、当然のようにない。

「どこですかー」

 声をあげながら建ち並ぶ本棚の間を闇雲に進む。
 やはり反応はない。図書室は酷く静かで美鈴の足音と声だけが広く薄暗い図書室にこだましているだけだった。人の気配は感じられない。誰もいないのだろうか。いや、美鈴の武道家としての気配察知能力は何者かが図書室の中にいることを確かに感じ取っている。

「レミリアお嬢さまー、フランさまー、パチュリーさまー。どちらですかー?」

 半ばヤケクソ気味に大きな声を上げる。それは三人が見つからないことに苛立ちを覚えたからではなく、むしろ心の不安を払拭するため、無理に強がりを見せようとした結果からだった。
 それが功を制したのか、美鈴は自分を呼ぶフランの声を遠くに聞いた。

「そちらですか」
「メイリン! メイリン! お姉さまが!!」

 小走りに声の方へ。近づくにつれ、フランの泣くような声が耳に届いてきた。レミリアに何かあったのだろうか。美鈴は走る速度が上げる。そして、仕切りの向こうにフランが立っているのを見つけ、何があったのか問おうと歩調を弱めたところで、向こうを指さし泣いているフランの体に“異変”が起こった。

「メイリン、アイツが…アイツがお姉さ―――――――――!!!!!!!!!!」

 美鈴の方から自分が指さしていた方向へ視線を移した瞬間、フランは千の硝子をひっかいたような甲高い悲鳴を不意にあげた。
 こんな小さな体からそんな音が出るのかと思わずにはいられない酷い叫び声だった。
 目は見開かれ、頬に朱が混じった涙が伝わり、口端から泡を吹いている。伸ばされた指は眼に見えない幾百もの鋼糸に引っ張られたよう痙攣し、癲癇、に近い猩猩なのかもしれないがそれの何倍も酷い症状にフランは見舞われていた。だが、それでさえも、目を背けたくなるようなフランの清算たる有様も続く怪異を前には掠り傷にも等しい出来事だった。

「あ、ガッ…!!?」

 びきり、と痙攣していた指がその動きを止める。それは続いて全身にも広がり、吸血鬼にしては健康的な色だったフランの肌が血の気が失せたように青色に、そうして、灰色というありえない色に変わっていく。肌だけに思われたそれはフランの黄金色の髪、それに着ているワンピースにさえも同じように広がっていく。


―――石化


 科学では説明しようのない残酷な変化がフランの身に起こっているのだ。

「フラン、お嬢、さま…」

 美鈴はその様子を為す術も無くただ、呆然と眺めているほかなかった。いや、駆け寄ったところで何が出来たことか。フランはものの数秒足らずで全身が石に変わってしまったのだ。

 いったい何が起こっているの、と混乱の極みにある美鈴。そんな彼女に危機が襲いかかってきた。
 がたん、と仕切りの向こう、フラン…石像に成り果ててしまったフランが指さしている方向にある観葉植物が何かに押されるよう、倒れてしまったのだ。続いて並べられていた椅子や机がガタガタと音を立てて揺れる。

「何、何かいるの!?」

 疑問はもはや確かめるまでもなく正解だった。
 フランは石になる直前、『アイツが』と叫んでいた。その何か、フランを石に変えてしまった、恐らくレミリアも、その何かが仕切の向こうにいて狙いを定めるハイエナのよう、今度は美鈴を獲物に定めて近づいてきているのだ。

「ひっ!」

 悲鳴。踵を返すが美鈴の動きは普段とからは考えられぬほどぎこちない。恐怖のあまり体中の自律神経さえもが混乱の極みにあるのだ。
 それでもなお走りだそうとしたのは拳士としての意地か、生を欲する本能故か。美鈴は走りだす。逃げ出す。けれど、仕切りの戸がぎぃぃと内側から押される音に美鈴はつい振り返ってしまい、そして…

「美鈴!」






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 前のめりに倒れる。
 そこは図書室ではなく、図書室前の廊下だった。

「危な…かったわね」

 傍らからかけられる声。はっ、と顔を上げればそこには美鈴が紅魔館の中で一番、信頼している仲間、そうして、唯一の人間である咲夜が肩で息をしながら立っていた。

「咲夜さん!」

 身体を起こし、自分の身に何が起こったのかを理解する美鈴。あの“何か”を目視するその直前、刹那と言っていいほどの短い時間、咲夜が時を止めて美鈴を図書室の外まで運んできたのだった。

「あ、あの、咲夜さん…フランお嬢さまが…それにたぶん、レミリアお嬢さまも…」
「知ってるわ。でも、今は一旦、逃げましょう」

 そう言って歩き始める咲夜。美鈴は慌てて追いかけ反論しようとして…止めた。

「――――――」
「……咲夜さん」

 咲夜は巌のように厳しい表情をしていた。唇を血が滲むほど噛みしめ、居抜き穿つような鋭い視線を廊下の先に向けている。灼熱の怒りを、暑く滾るマグマのような感情を身のうちに抑え込んでいるその様はまるで噴火前の活火山のようだったからだ。

 咲夜も石にされ図書室に残された三人を助け出したいのはやまやまなのだろう。けれど、激情に駆られ、闇雲に図書室に戻ったとしてもあの“何か”をどうにかする算段は丸でないのだ。いや、そもそもアレの正体も石化した皆を助け出す方法さえもまだなにも分かっていないのだ。そんな状況で戻っても返り討ちにあい石像の仲間入りをするのがオチだ。
 咲夜は煮えくりかえる腸を無理矢理にでも押さえつけ、ともすれば憤死してしまいそうな怒りを抱えながらも冷静に、否、冷静に行動せざる得なかったのだ。

 その意図を読み、美鈴は咲夜に並ぶように前に出る。

「―――兎に角、私たちだけじゃどうしようもないわ。癪だけれど巫女あたりに助けを求めましょう」

 忌々しげに吐き捨てる咲夜。完璧で瀟洒な彼女が他人に助けを求めるなど、何よりの恥辱であるはずだろうに、咲夜は背に腹は代えられぬと、他でもないレミリアのために苦渋の選択をしたのだ。
 はい、と重々しく美鈴は頷く。

 その後は二人とも殆ど無言だった。
 未だアレの正体が分からない状況では対策さえ立てようがない。いや、それよりも自分の胸の中の怒りを抑えるので精一杯と二人は黙したまま足早に廊下を進む。



 いや

「…咲夜さん?」

 気がつくと美鈴が先行していた。
 美鈴の方が咲夜より背が高いからではない。美鈴が足を止め振り返ると咲夜は壁に手をついて、苦しそうに俯き、明らかにおかしげな調子で呼吸を繰り返していた。

「咲夜さん!?」

 慌てて美鈴が駆け寄る。

「っ…そんな…『時の止った世界』での観測でもアウトなの…冗談、自分で言うのも何だろうけれど、物理の授業、きちんと受けてきたの…」

 苦しそうに何事かを呟く咲夜。その足はまるで鉄心でも入れられたかのごとく固くなり、呼吸も静かになり始めている。落ち着いているわけではない。その証左に咲夜の顔色は秒刻みで悪くなってきているからだ。

「大丈夫ですか! 咲夜さん!」

 美鈴が叫ぶが為す術もない。立っているのも辛いのか、咲夜はそのまま美鈴の方へ倒れてきた。慌てて受け止める美鈴。触れた身体は石のように硬かった。

「っ―――」

 そこへ追い打ちをかけるよう、今し方、自分たちが走ってきた道の方から何か邪悪な気配を感じる美鈴。アレが追ってきたのだ。美鈴は顔を青ざめさせ、一瞬、凍えるように震えたがすぐに頭をふるって気を切り替える。まだ辛うじて動く咲夜の腕を肩に回し、その体を支えるよう再び歩き始めた。

「しっかりしてください咲夜さん。とりあえず、永琳先生の所へいきましょう」

 あの宇宙人さんならきっと、と咲夜を励まそうと美鈴は声をかけるが返事はない。耳元に聞こえる咲夜の吐息は断続的で今にも止りそうな程、弱々しかった。肩に当たる咲夜の腕の感触も冷たい石のそれに代わり始める。重量が変わらないことが幸いだった。早くしないと、と美鈴は精一杯、石化し始めている咲夜の身体を気遣いながら、それでも出来る限り早く進もうとする。

「窓…あそこから出れば…」

 廊下の先に青々と広がっている世界を見いだす。自由と平和の象徴のような空。美鈴は咲夜を抱えたまま、神の子に救いを求める咎人のように腕を伸ばし、そうして―――

「ごめんなさい。何も出すわけにはいかないのよ」

 そんな絶望の声を聞き、一切の光を遮断し、真の黒に染まった窓を見た。

「あああっ!? 何コレ!? 窓、窓が開かない…?」

 窓枠を掴んで揺らす美鈴。鍵はかかっていないはずなのにいくら揺らしても窓はぴくりとも動かなかった。立て付けが悪い、などという話ではない。証左に美鈴は窓を破ろうと拳をガラスに叩きつけ、まるで分厚い鉄板でも殴りつけたような反応を拳に受けたからだ。無論、窓ガラスは割れるどころかひびさえ入らない。

「無駄よ。次元隔離結界をこの屋敷の周りに貼ったわ。ダメージレベル6以上の衝撃でもないと破れないわよソレ」

 そう窓が黒く塗りつぶされ、開かなくなった理由を説明する声が聞こえてくる。
 外界と完全な意味で分け隔てられた紅魔館は物理的な接触はもとより音波や光線からさえも届かない空間の離島になってしまっているのだ。宇宙が黒いのは黒い色で染まっているわけではなく、色になる光が届かないからだ。
 そんな強力な結界を、紅魔館に常設されているパチュリーの加護を無視して展開できる存在など美鈴は一人しか知らなかった。顔見知りと言うほどでもないが、その声にも聞き覚えがある。

「八雲――紫さん」

 振り返り、なんてことをしてくれたんだと、恨めしい目を向ける美鈴。いつの間に屋敷の中に入り込んだのだろう、スキマ妖怪はその底の知れない笑みを湛え鋭い視線を迎え入れてきた。

「なんで、こんなことを」
「だから言ってるでしょ。アレを外に出すわけにはいかないの」

 美鈴の質問に出来の悪い生徒を見る教師の態度で応える紫。

「アレは…まぁ、細かい説明は面倒だから省くけれど、遠い宇宙に存在している邪神なの。もう、分かっていると思うけれど、その姿を視た者は妖怪であれ人間であれ、石になってしまうとっても厄介なね。幸いなのは今顕現しているのがそのほんの一部で、人間で言うところの腕が死なずに這い回っているだけってことかしら。それでもその力は絶大だし、あんなもの、外に出せば被害は一桁や二桁じゃ済まないわ。だから、悪いのだけれどここを防波堤にさせて貰ったわ」

 まったく、CCDを召還すなんて、とかいつまんで説明する紫。話は辛うじて学のない美鈴でもついていける内容だった。

「さぁ、とりあえず出ましょう。残念だけれど、お屋敷の中でまともに生きているって言えるのは貴女だけだわ」

 紫の言葉に口惜しそうに奥歯を噛みしめる美鈴。やはり、パチュリーもレミリアも、屋敷で雇っている妖精メイドたちも全員、石にされてしまったのだ。うつむき、落ち込む美鈴を余所に紫はスキマを切り開き、外への出口を作る。

「あ、あの、咲夜さんやレミリアお嬢さまは…みんなを運ぶのでしたら私がやりますから」
「いえ、結構よ。貴女以外は誰も外には出さないわ」

 え、と小さく声を上げる美鈴。

「防波堤ついでで悪いけれど、ここを出た後、このお屋敷はあめ玉一つ分ぐらいになるまで圧縮させて貰うわ。そこまですればBig.Cの子供のお手々でもたぶん、死ぬでしょう」

 そう、殲滅作戦を示唆する紫。出来る出来ないの疑問は美鈴は浮かべない。目の前の大妖怪ならそれぐらいやりかねないからだ。それにそれよりももっと大事なことがあるからだ。

「そんな…みんなは…咲夜さんは? お嬢さま方は? 元に戻す方法はないんですか?」
「さぁ? 解呪とか出来るレベルの話なのかしらね、この石化って。それ以前に…まぁいいわ。出る出ないの選択肢は貴女にしか与えられていないわ。他の石になってしまった人たちはここに残しておくしかないの。で、どうするの? 貴女も一家心中みたく残るの? それとも―――」

 私と一緒に出て行くの、と選択を迫る紫。そんなもの選べれるはずがなかった。

「早く決めて。アレを一秒でもこの地上に置いておくだけで一体何が起こるか。コトは出来る限り早くすませたいの」

 急かす言葉に美鈴は紫の説得が無理だと思い知る。それでも、なんとか、と縋るように腕を伸ばし、情に訴えでる。

「そう、いいわ。ならば、疑似家族共々潰されてしまいなさい。どの道、救いなんて―――」


 あるはずがない、そんな言葉が紫の口から……………………………………………………

「え?」

…………………………………………………………………………………発せられなかった。

 話を途中で止める紫。目は見開かれ、顔には驚愕の色が能面のように張り付いていた。

「そんな…」

 声に絶望が混じる。開かれた目は一点、黒く染まった窓を凝視し、八雲紫はわなわなと震える。

「窓ガラス…鏡になって…?」

 何が起こったのかと美鈴は疑問と不安がない交ぜになった顔で紫を見つめる。ずるり、とその向こう、紫の背後で何かが動く物音を耳にする。まさか、と美鈴は身を小さくさせる。瞬間、怒りと共に膨れあがる紫の妖力と敵意。

「この私が…!? ああっ!? あああああああああ!!!」

 雄叫びを上げ振り返りながら廊下の向こうへ弾幕を放つ紫。破砕音に思わず美鈴は石化した咲夜の影に隠れるよう頭を抱えしゃがみ込む。


 そうして、何も音がしなくなった。

「……」

 その沈黙を汚す嫌らしい音。
 ずりずりと手足をもがれた達磨が這い回るような…もとより手足のない芋虫が動くような、否、腕だけのそれが這いずる音だった。

「ッ!!!!!!!」

 ずるずるずるずる。粘液を滴らせたモノが這い回る音。喩えることは出来ない。それだけがそんな音を奏でられるからだ。
 その音を聞かないよう、決して目にしないよう、恐怖から逃れるよう、美鈴は両腕で頭を抱え手のひらを強く耳に押しつけ、瞳を潰すと言わんばかりにきつく目蓋を閉める。ともすれば悲鳴を上げたくなる口を歯を食いしばることで押さえ、胎児のように丸まり、痙攣するよう身体を震えさせていた。
 ずるずるずるずるずるずるずる。
 何かが這い回る音は押さえた手のひら越しにまだ聞こえる。鼻にも一万匹の魚を汚泥の中で腐らせたような嫌な匂いが届いてきた。恐怖と嫌な匂いで内臓がひっくり返り、吐き気がこみ上げてくる。それを堪え、美鈴はただただ夜明けを待つように、物音が聞こえなくなるのを、アレが何処かに行くことを切に願った。
 そうして…




 それから、どれだけ時間が流れただろうか。五分? 十分?
 気がつくと光から隔離された紅魔館には沈黙が満ちていた。
 太古の地層から発見された化石のような沈黙。あるいは深海に沈んだ死んだクジラの骨のような沈黙。それは静寂でも無音でもない。かつての音を凍らせ絞殺し人知れぬ遠い場所に破棄したようなそんな音の無さだった。

 アレは何処かに行ってしまったのだろうか。耳から手のひらを離し、周囲を伺おうとする美鈴。確かにあの形容しがたい異様な音は耳には届かなかった。深海の汚泥のような匂いも薄れつつある。
 屋敷は陽光から切り離されているとはいえ、周囲の明るさに反応して自動的に灯が灯る燭台が幾つも設置されている。暗い今を夜と間違えたそれらが室内を薄明るく照らしていることだろう。だから、目を開けて周囲を伺えばアレがまだいるのかどうか、探る事ぐらいは出来る。

「っう」

 いや、そんなわけはない。一目見れば石にされてしまう相手を目で探すというのは一発だけ弾を抜いたリボルバーでロシアンルーレットをするようなものだ。いや、寧ろオートマチックでするようなものなのかも知れない。自殺行為に等しい。だから、美鈴は固く目蓋を閉じたまま目を開けることなくか細く、凍えるように震えていた。

 このまま、このままじっとしていれば石にされることはない。
 そう、ずうっと、眼を瞑ってじっとここに隠れていれば…

「そんなの…」

 咲夜やフラン、レミリアやパチュリー、紫や大勢の妖精メイドたちと同じ運命を歩まなくて済む。
 それは―――

「無理に決まってるじゃないですか」

 救いなどではなく、逃避でさえなく、他の犠牲者と同じ、石化の道を辿るのと一緒だった。

「…咲夜さん」

 美鈴は眼を瞑ったまま、傍らに立っているであろう、石化した咲夜に手を伸ばす。
 指先が固い物に触れる。冷たく、ざらつき、まるで棺桶の表面でも撫でているような気分にさせられる感触。ぎりり、とここに来て美鈴は初めて怒りの感情を露わに、奥歯を噛みしめた。

「私が、何とかしてみせます。みんなを助けてみせます」

 決意。今までの恐怖を焼き払い、奮起を促す心に宿った松明の炎を美鈴はかざす。
 軽く拳を握ると美鈴は肩を落とし、身体をなるだけ自然体にさせる。

 美鈴の力…気を扱う程度の能力。それは何も手のひらから波動拳を出したり、武空術で空を飛んだりするだけの能力ではない。いや、もとより気を攻撃や移動の手段に使うというのは中国武術の神髄、宇宙と心理一体合致するという教えの謂わば副産物に過ぎない。その極意は自然との一体化で周囲の気を身体の中に取り込み、また、周囲の気に自分のそれを溶け込ませるというものだ。魔術の極意にも同様のものがあり、一部、神格級の連中の力が物理法則や化学反応、純粋数学といった自然の摂理に直接働きかけることからもそれが一つの到達点であることはうかがい知れることだろう。
 美鈴ほどの達人ともなれば自分の気を周囲の気と同化させ、逆に周囲の気を飲むことで完全な闇の中にあっても何が何処にあるのか、どんな動きをしているのかを察することが出来る。今までそれが出来ていなかったのはたんに恐怖と混乱で僅かに自分を失っていたから、それだけのことだ。

 美鈴は軽く深呼吸すると周囲の気配を伺った。僅かに熱のようなものを感じる大きな塊が自分の周りに二つ、石にされた咲夜と紫だ。それ以外の気配は感じられない。廊下には紫の弾幕による破壊の跡が残されているだけで他には誰もいなかった。

「……」

 ゆっくりと目を開く美鈴。読んだとおりの光景が広がっていた。

 咲夜や紫の身体にぶつからないよう、気をつけながら立ち上がる美鈴。見慣れたはずの紅魔館の廊下は闇と不快な匂い、破壊の残滓のせいかまるで異界のような雰囲気を漂わせていた。

 壊れた燭台。ひびの入った壁。穴が穿たれた廊下。そこへ美鈴は何か黒いタールのようなものが擦り付けられるよう、伸びているのを目にする。かがみ込み、指を伸ばしてそれに触れようとして…ばっちいから止める。触れたくはないし、触れなくてもその正体は分かっているからだ。

 ここに逃げてくるとき、こんな汚らしいものはなかった。第一、きれい好きの咲夜がこんな汚れをそのままにしておくはずがない。だからこれは一連の騒動の最中にここに付着したもの。言うまでもなく、紫の弾幕で傷を負ったアレが流した血か体液か、そんな所だろう。擦り付けるようなタールじみた血の跡は蛇行しながら図書室の方へと伸びて行っている。それを見て美鈴は頷いた。

「血が出るなら…死ぬって事ですよね」

 拳を握り、敵に向ける鋭い視線を闇に向かって延びる廊下に投げかける。

「待っていてください咲夜さん。ぜったいにアイツをやっつけて、元に戻してあげますから」

 最後に敬愛する上司に視線を向けると、それを最後に美鈴は脇目もふらず図書室に向かって駆け出し始めた。

 戦い、勝ち、全てを元に戻すために。












――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――











 ソレは図書室に戻り、闇雲に這い回っていた。
 理由などない。もとより、理由などという物を考える脳に当たる器官がコレには付属していないからだ。いや、脳だけではない。他の内臓も、口も、目も、何かしらの器官と呼べるようなモノは一切なく、ただ僅かばかりの(※ 警告:この情報は閲覧禁止条項に抵触するものです。繰り返します。この情報は閲覧禁止条項に抵触するものです。 ※)があるだけだった。
 トカゲの尻尾がちぎれた跡も暫くのたうち回るように、コレも本体から切り離された後も意志を持っているように動き回っているのだ。
 それがこうしてものの数時間ほどで紅魔館に住む住人や迷い込んだ妖精たち、八雲紫を石化せしめたのは運が悪かったから…ではない。もとよりコレらが類する邪神の眷属は地上の如何なる倫理論理とも相容れない、他者に害を与えなければ気が済まないとしか説明できないような、我々には理解できない全く異質で邪悪な性質を備えているのだ。ある意味でコレはそんな明確な害意をもって紅魔館の住人たちを石に変えてきたのだ。紫がコレを外にだすわけにはいかないと判断したのも頷ける。

 それでも所詮は意志のない反射や痙攣のような行動でしかないのか。ソレはよく本棚にぶつかっては方向転換もせず、ひたすらに並べられた本に向かって突き進んでいた。流れ出る体液をなすりつけながら、ずるずると、ずるずると。

 だからか。いや、脳のない体の一部について愚かなと卑下するのは無駄なことだ。だから、コレは最後まで気がつかなかった。廊下と同じく図書室を薄暗く照らしていた自動照明が破砕の音と共に一斉にその輝きを失ったのを。





「あぁぁぁぁぁ!!!」



 そして、この勇猛なる裂帛の轟も。

 暗闇の中、ソレに向かって一直線に落下する影がある。
 それは崖の上より猛襲する隼だった。それは振り下ろされる断罪の剣だった。それは、それは図書室の三階テラスから敵めがけ大跳躍する紅 美鈴だった!

 寸分の狂いなく、三階の高さか全自重をかけた踏みつけを繰り出す美鈴。床板をたたき割り、絨毯をたわませ、図書室全体を震わせるその攻撃を受け、ソレは黒い墨のような血をまき散らしながら仰け反り震えた。もし、ソレに口があれば甲高い、耳をつんざくような悲鳴を上げていたことだろう。靴の下に冷たい爬虫類か軟体動物のような怖気振るう柔らかさを覚えながらも美鈴は後方へバク宙を決め距離を取り、返す刀の勢いでソレに走り寄るとボールのごとく、蹴り飛ばした。数メートルほどの距離を一直線に飛び、本棚にぶつかって床に落ちるソレ。その光景を周囲に巡らせた自分の気からのフィールドバックで薄ぼんやりと目で見るように感じ取り、美鈴はほくそ笑んだ。

―――これならいける…!

 図書室は真の闇に包まれている。一寸先は闇、などというレベルではない。照明をすべて落とし、外界から完全に遮断された図書室は一条の光さえも存在しえない暗黒の宇宙じみた空間になっている。
 無明の世界。一切の光がないこの空間は常人ならば、否、普段は暗がりに潜む妖怪たちでさえもものの五分と経たずに自分の立ち位置を忘れ、長く留まっていれば自分自身の存在さえ見失ってしまいそうな闇に包まれている。けれど、気の力によって周囲の状況を探れる美鈴にとってはこの闇の中でも薄闇の中にいるのと変わらぬ行動が取れるのだ。

 ここへ向かう途中、美鈴は一つ、賭に出た。
 それはこの敵が見た者を石化させる程度の能力を持っているというのならば、自分の気を操る能力を用いれば石化の能力を受けず、アレを追い詰めることが出来るのではないか、と言うことだ。

 図書室まで戻ってきた美鈴は注意しながら室内灯を動かしている魔術の起点を破壊。図書室を完全な闇に染め上げる。唯一の光源を失ったこのフロアではカッパの暗視ゴーグルでさえ役に立たないだろう。だが、美鈴なら問題なく動き回ることが出来る。あとは闇にしたその理由―――周囲の気からアレを認識しても自分の身体が石になってしまわないか、と言うことだけだったが、どうやら賭は成功だったようだ。

 



 アレがこの世界の存在ではないからか、本棚や椅子、石化した妖精メイドたちと違い、霞がかったように薄ぼんやりとしか認識できないが、蹴り飛ばすのに問題はない。むしろ、きちんと認識してしまったらそれはそれで『見た』事になるのではないか、と美鈴は考える。そこで美鈴は目に喩えるなら『凝視しない』程度に気を配り、アレの位置を周囲の状況を読み取る。

「やぁぁぁぁぁ!!」

 蹴り飛ばした先に走りよる。アレは人で言うところの不意打ちを受けて立ち上がろうとしている動作の途中だった。腰の高さほどに身体…と呼べるものを起こしたソイツに降り下ろしの拳を加える美鈴。べちゃり、と濡らしたタオルを床に叩きつけたような音が響き渡る。まだまだ、と美鈴は床にへばりついたソレに足蹴を加える。浮いたところへ更に殴打。連続で拳を繰り出し、徹底的に痛めつける。その一撃一撃の度に石にされ今もなお彫像のように動くことの出来ないお屋敷の仲間たち…家族の恨みを込めて。

「たぁ! やっ! はぁ!!」

 頂肘。崩拳。連環腿。
 大きな生の肉塊相手に演舞をやっている気分。相手が見えないことが別の意味でも幸いだった。一撃を貰う度にソレは血を飛び散らせ、肉片を散らし、徐々に弱っていく。美鈴の拳は活人拳などではなく歴とした殺人拳だ。気を乗せた鋭い一撃は時に熊をも屠る。それを何発も喰らってもまだなお動こうとするのは一部とは言え流石は邪神か。怖ろしい生命力である。それでも叩きつけた拳から、繰り出した足先から相手が弱っているのが分かる。このまま嬲り殺しにしてやる、と美鈴は連打の速度を、威力を上げる。そうして…

「トドメッ!!」

 つま先が自分の額より高い位置にくるほど、強力な蹴りを繰り出す美鈴。吹っ飛ばされたソレは四階の天井付近まですっ飛び、長い一刹那、無重力を味わう。そのタイミングで美鈴は深呼吸。丹田の辺りに気を練り上げ、渾身の一撃を放つ準備をする。やがて、重力に引かれソレは真っ逆さまに美鈴の目の前まで落ちてきて…

「破ぁッ!!」

 美鈴はソレに肩口から背中にかけての部位を叩きつけた。踏み抜いた足に図書館の床が大きく揺れ、放たれた一撃は大気さえも震わせる。

―――鉄山靠

 練り上げた気を接触の瞬間、一気に放つそれは煉瓦造りの家の一軒や二軒を容易く壊すロケット弾じみた威力を誇る勁の一撃だ。壁もないのに壁に叩きつけられたようにソレは中空で爆ぜ、遅れて思い出したように一直線に飛んでいく。本棚を五つ以上貫通し、壁際にぶち当たったところで書物の雪崩に巻き込まれることによってやっと床に落ちた。

「ふ―――っ」

 残心。鉄山靠の型から次の動作の体勢に移り、一拍の間を置いて深く息を吐き出す美鈴。如何ほどのエネルギーが蓄えられていたのだろう。構えを取ったまま動かぬ美鈴の身体からは蒸気が陽炎のように立ち上っている。






「ふぅ…」

 それから暫くして、美鈴は肩を落としやっと構えを解いた。終わったのだと、倒したのだと、テラスでタオルを風に飛ばされてからやっと美鈴は安堵のため息を漏らしたのだった。

「ううん、まだ…」

 そう、安堵するにはまだ早い。石にされたみんなはまだ元に戻ってはいないのだ。それに紫が張った結界のこともある。美鈴の力ではどちらも逆立ちしたって解決できそうにない。だからこそせめて自分が出来ることと単身、アレに挑んだのだ。美鈴の作戦が功を制したのか思いの外、容易く化物退治は出来たが、倒せばそれでみんなの石化が解けるというような生やさしいものではないらしい。図書室は未だに静かで美鈴は自分以外、生きている気配を感じとることは出来なかった。
 それに…

「どうにも胸騒ぎが…」

 きっ、と闇の向こう、見えない倒した敵の亡骸を睨み付ける。相手はよく分からないが一部だとは言え異次元の邪神だという。あれだけの攻撃を受けてもまだ動き出してくるかも知れない。ここは用心に用心を重ねて、一応、確認を取りに行こうと美鈴は壁際に向かって歩き始めた。壊れた本棚と崩れた本の山が確認できる。これは後でパチュリーさまに怒られそうですね、と美鈴は乾いた笑いを浮かべた。その場面、自分が怒られるという状況でさえも夢のような気分になる。ほんの半日前まではそんな出来事、日常の茶飯事だったのに。今は懐かしささえ憶える。なんとしてでも日常を、みんなを取り戻すんだとまた決意を固めながら美鈴は壁際の本の山まで歩み寄り、そして、

「え?」

 耳を劈くような破砕音を聞いた。
 何事と振り返り、見上げれば一条の光が美鈴の方へ差し込んできた。

「やっと破れたぜ」

 その時、美鈴は知るよしもなかったが紫が張った結界を壊し、屋敷の中へ入り込んできたのは魔理沙だった。偶然、付近を通りかがった魔理沙は屋敷中に張られた結界を異変と勘違いし、何とか自分の力だけで結界破りを行ったのだ。場所は奇しくもチルノと大妖精が割った窓がある場所。否、割れた窓があったからこそ、そこがほころびとなって魔理沙程度の力でも紫の結界を破ることが出来たのだ。

「っ、眩しい…!?」

 魔理沙が破った窓を起点に次々、ライトを灯すよう日の光が差し込んでくる図書室。久方ぶりの光に美鈴は目が痛むまぶしさを憶える。

 祝福するよう降り注ぐ光。けれど、少しばかり早い。魔理沙が結界を破って紅魔館の中に光を取り戻すのがあと十分、いや、五分でも遅ければ結果はまた別のものになっていたのかも知れない。けれど、そうはならなかった。そうはならなかったのだ。

 がさり、とうず高く積もれていた本の山が崩れる。
 このタイミングで。
 何も見えなかった暗黒の世界へ光が差し込み、全てを見通せる世界に変わっていく。
 このタイミングで。
 そう。
 邪悪な存在はその持ちえる運命さえもまた邪悪なのだ。
 このタイミングで、ソレは意識と呼べるような物を取り戻し、崩れた本の山からその身を這い出さしてきたのだ。


 ソレに意識があったのならばほくそ笑んだのに違いない。
 この悪趣味な逆転手。ただの運の悪さだけで美鈴の、紫の、咲夜の苦労が水泡に帰す最悪の王手。それをこの邪悪な存在が唇を孤月に、乱杭歯を覗かせ、凄惨に最悪に笑わない道理はない。

「……」

 目を潰すような強い光の中、美鈴は不意に聞こえた物音に再び振り返っていた。コンマゼロ五秒でしまったと後悔するが振り返りの動作は止められなかった。あと、一秒も経たずに美鈴は屋敷中にある石像の仲間入りをする。
 紅魔館中にある住人を象った石像。それが一体何なのか、屋敷の住人たちは何処へ行ったのか、今や説明できるのは美鈴だけだ。その美鈴が石になってしまえば後は紫が危惧した最悪の状況になる。原因不明の石化事件が発生し、何人もの、何十人もの人間や妖怪の犠牲者が現れ、そうして、神社の巫女がやっと重い腰を上げるまでその犠牲者の数は増え続けるのだ。立ち並ぶ苦悶と怨嗟と鬼哭の表情を浮かべた石像の間を這い回る一個の肉塊。そんな地獄のような絵面が想像される。

「―――」

 その場面を思い描き、絶望し、そうはさせてはならないと美鈴は刹那に想う。否、それさえも飛び越えて美鈴は行動していた。

「あああああ!!!!」

 固く目を瞑り、アレの姿を見ないようにし、それでもなお足らないと、美鈴は二指を広げると躊躇いなくそれを自分の目に突きさした。
 涙のような血を流し、雄叫びを上げる美鈴。

 ああ、今まさに逃げだそうとしていたソレが思わず身を強張らせたのはそのせいだ。

 逆転に次ぐ逆転。そして、完全な勝利と消滅のための一撃。
 美鈴は今まで周囲の気配を読むのに使っていた気さえも純粋な破壊力に変え全身全霊を賭けた極限大の一撃を見舞う!


―――八極とは即ち、大爆発


 先ほどの鉄山靠がロケット弾ならばこれは爆雷か。
 発生したエネルギーは太陽の輝きと熱量を持って爆心地を中心に一メートル以上の空間にある物全てを消し炭に変える。それは邪神の一部でさえ例外ではなく、寧ろ、中心部にいたソレは消し炭どころか分子の一片でさえも残さぬよう、極限の破壊エネルギーを前に擬似的に虚空の彼方に消し飛ばされてしまった。


 その輝きと衝撃波を受けて、吹き飛ばされながらもなんだ、と魔理沙は叫ぶ。
 終わったんです、と聞こえたのか、美鈴が返事し、そのまま彼女は倒れてしまった。
 そう、幻想郷に来訪した彼の邪悪なる眷属は美鈴の手によってついに消滅したのである。












――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――











「大丈夫か?」
「ええ、何とか。ありがとうございます、魔理沙さん」

 倒れた本棚を椅子代わりにそこに腰掛ける美鈴の閉じられた瞳の辺りに魔理沙が手をかざしている。手からは淡い燐光が。すっかり日も暮れ、室内灯を壊してしまったせいで窓から入り込む星と月の光だけが光源の薄暗い図書室。その緑色をした柔らかな光はある種の幻想のような様をみせていた。

 あれから魔理沙は目を怪我した美鈴と合流。その口からこの紅魔館で如何な凄惨無残な出来事があったのかを聞かされた。最初は冗談めかしていた魔理沙も疲れ切りボロボロになった美鈴の様と出来れば一生見たくないような怖気を催す恐怖の表情を浮かべたまま石になってしまったパチュリーを見て、冗談も口に出来なくなってしまった。

 まずはと異変解決の功労者を治療しなくてはと、魔理沙は余り持ち得ていないその手の知識と散らばった蔵書の中から回復魔法のテキストを見つけ、早速、美鈴の目を治すことにした。緑の燐光はその輝きだ。魔理沙の人間としては大きな魔力、それとなにげに強い美鈴の再生能力の影で十分ほど癒しの光を当てていれば薄ぼんやりとではあるが瞳は光を取り戻し始めていた。



 それから二人は手分けして屋敷中にある石にされてしまったみんなをここ図書室まで運んできた。石化を治すにしてもとりあえず安全な場所へ運ぶにしても一箇所に纏めておいた方が便利だと判断したからだ。
 場所は比較的、スペースが取れる最初の犠牲者、パチュリーの近くになった。

「しかし、災難だったな。いや、災難か。現在進行形で」

 全ての石化した館の住人+3名を運び終え、その頃にはもう魔理沙もいつもの調子を取り戻し始めていた。いや、調子を取り戻さなくてはいけないと、いつもの調子でパチュリーたちの石化を解決しなければいけないと思い始めていたのだ。魔理沙は美鈴から離れると可哀想に、魔方陣からあの異界の神の一部を喚び出したときの格好のまま、恐怖に顔を引きつらせたまさにその瞬間に石に成り果ててしまったパチュリーの元へと近づいた。
 その凄惨たる有様を見て魔理沙は眉をしかめる。否、顰めようとして無理にイタズラっぽく笑った。

「災難ついでに落書きしてやろうか。額に肉って、な」
「魔理沙さ〜ん」

 どうコメントしていいのか分からずそんな声を上げる美鈴。ははは、と笑ってみせる魔理沙。

「ま、けど、この石化はホント、すごいな。ほら、ここ、鼻毛まで石になってるぜ。わっ、枝毛みっけ」

 そう、石になったパチュリーに顔を寄せ、まじまじと観察する魔理沙。美鈴が止めてあげてください、と申し出るが聞く耳持たない。




 そこで、


「あ?」


 聞いておけば良かったものを。

 パチュリーの瞳を覗きこんだところで魔理沙は小さく、疑問符を交わらせた嘆息を漏らした。どうしたんですか、と美鈴が問いかけるが返事はない。ふらつくように二、三歩、後ろに下がると、両手で髪の毛を掻きむしるように頭を抱え、そうして―――


「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 テラスで美鈴が二度ほど聞いたあの人のものとは思えぬこの世ならざる悲鳴をその大きく開いた口から発した。

「魔理沙さん!」

 慌てて立ち上がり魔理沙に駆け寄る美鈴。手を伸ばすが遅い。魔理沙はどうしてか、バラバラになってしまっていたレミリアの横へ仰向けに、受け身さえ取る動作なく倒れてしまった。頭を掻きむしり、仰け反るような形で。今は体操のブリッジの形になっている。魔理沙の華奢な身体では数秒も続かないような無理のある体勢。けれど魔理沙はその体勢を美鈴が駆け寄るまで、駆け寄ってきてからもずっと維持していた。まるで鉄心でも入れられたように。身体が石のように石化してしまったかのように。

「なん…で?」

 訳が分からず、見た目こそ変わっていないがおそらくは石化してしまった魔理沙を前に呆然と立ち尽くす美鈴。

 その時、美鈴はふとパチュリーの足下に冊子が落ちているのに気がついた。
 いや、ここは図書館だ。本などいくらでも落ちている。それでもその冊子に注意が行ったのには理由があった。
 その冊子の持つ雰囲気が同じだったからだ。アレと。あのパチュリーが喚び出し、館の住人たちを悉く石に変え、そうして、多大な犠牲の下、やっと美鈴が撃ち倒したあの邪神の一部と。

「……」

 案の定、その古びた冊子はあの邪神を喚び出す為の魔導書の切れ端と、それに対する注釈文を纏めた物だった。魔導書そのものは美鈴はまるで読めなかったが、注釈はパチュリーが書いたものと思われ、そちらは何とか判別がついた。
 何かに急かされるよう、美鈴はその注釈を読み始め、中程までページをめくったところで絶望し、冊子を落としてしまう。

 要約するとその冊子には二つ、美鈴が知らなければいけないこと。知らなければ良かったことが書かれていた。

 一つは魔理沙までもが石化してしまった理由。これは単純だ。魔理沙もまたあの邪神の一部を見てしまったからだ。
 何処で?
 死人は死の直前の光景を網膜に焼き付けるという。パチュリーの見開かれたまま石になってしまった瞳を覗きこんだ魔理沙はその網膜に焼き付くよう記録されたあの邪神の姿を見てしまったのだ。或いは八雲紫はそれさえ見越して館ごとあの邪神をほお室生としたのかも知れない。ミイラ取りがミイラに、犠牲者が更なる犠牲者を生むこの悪魔の仕組みに。

「そんな、そんな」

 そうしてもう一つ、こちらの方がなお美鈴を絶望させた。
 その心を蝕む病のような事実を前に美鈴は立っていられなくなり、ふらつき、よろめいて、尻餅をついてしまった。
 丁度、可哀想ではあるが床に寝かせてある咲夜の隣へ。

「そんな、そんな、咲夜さん―――!」

 涙を流し、大好きだった彼女の名前を口にする。もう二度と息をしないその彼女の、メイド長の名前を。




 注釈にはこうも記されていた。


―――石化を解く術はかつて大西洋に存在していた巨大大陸に住むある賢者だけが会得していたが、彼は彼を疎ましく思う邪神をあがめる神官たちの奸計により、大邪神の石化の呪いをかけられてしまう。それから数万年。もはや、彼が会得した解呪の技法はその大陸と共に永久に失われてしまった。
 それともう一つ、ああ、こちらこそが残酷なことなのだが彼は石にされこそすれ、死んではいないのだ。厳密に言うなれば彼の身体の90%は指先から骨格、髪の毛から心臓に至るまで全てが石となり果ててしまったが、人体の器官の内、たった一つだけは意図的に過、それとも何らかかの邪悪な運命か、その石化を逃れている。
 その器官とは脳。人が思考し、憶え、おそらくは心という機能が収められた人体で一番重要な器官だ。
 そこだけは石化を免れ、なおかつ、邪神の魔力によるものか。脳は腐ることなく、滅びることなく、永劫にその機能を保ち続けることになるのだ。固い固い石に閉じ込められ、何も感じることなく、何も出来ることなく、ただただ永遠に。その器たる医師と化した頭蓋が砕かれるまで、永久に、永遠に、果てしなく。





「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 美鈴は怨嗟の声をあげ、震える手先で咲夜の冷たく固くなった額に触れた。ばしん、とピストルでも打ったような音が鳴り響き、咲夜の頭は割れ、中からどろりとした血糊と一緒に灰色の塊が零れ出てきた。

―――寸勁

 密着に近い状態で強力な衝撃を与える技。
 それでもって美鈴は咲夜の介錯をしてあげたのだ。


 残りはパチュリー、レミリア、フラン、紫、魔理沙、チルノに大妖精。それと大勢の紅魔館で雇っていた妖精メイドたち。



 美鈴は泣きながら立ち上がると彼女らに慈悲を、と拳を握った。二度と出られぬ棺桶じみた頭蓋に押し込められたまま、発狂し、摩耗し、その魂と心が潰え、朽ち果てる前にせめて安らかなる死を、与えてやるために。




END
立A→6A→(レバーN)→646C[鉄山靠](RC)→2C→3B→623B[連環腿]→(空中)421C[東方獄屠拳]

ゴクトをゲージ技の七星美鈴脚に変えれば更にダメージアップだ!


ところで手元にHPL全集の別巻(下)もウルトラ○ンティガも見たことがないのでアレの描写や設定が間違ってるかも。まぁ、キニスンナヨ
sako
作品情報
作品集:
20
投稿日時:
2010/09/16 17:29:26
更新日時:
2010/09/17 02:29:26
分類
美鈴
なんちゃってカンフーVS暗黒神話体系
紅魔館の決戦
石化
1. 名無し ■2010/09/17 02:48:52
この救いの無さがいい。大ちゃんの石像ください。

>或いは八雲紫はそれさえ見越して館ごとあの邪神をほお室生としたのかも知れない。
ほお室生→封じよう、でしょうか?

>人体の器官の内、たった一つだけは意図的に過、
→意図的にか、
2. 名無し ■2010/09/17 02:50:28
めーりんの介錯のおかげで妖精は復活できるとは思うが、紅魔館側が救われないなぁ
まあ魔理沙は心底d(ry
3. 名無し ■2010/09/17 06:15:58
あまりにも救いがなくて、涎が出てきた……
4. NutsIn先任曹長 ■2010/09/17 07:45:14
美鈴さん、あなたは良くやった。英雄だ。
更なる悲劇を回避するために、
最悪の中の最良の手段を行ったのだから…。
5. 名無し ■2010/09/17 09:49:04
一応永琳に見せれば解決したかもしれんのに
美鈴早まっちゃったなぁ
6. 名無し ■2010/09/17 10:05:15
辛い、辛すぎる。・゚・(ノД`)・゚・。
7. 名無し ■2010/09/17 18:27:53
この救いの無さこそ暗黒神話の真髄……!
暗黒神話ファンにはたまらない話をありがとうございます。
8. 名無し ■2010/09/17 19:22:54
安心のゆかりんクオリティ
9. 名無し ■2010/09/17 21:02:30
元々最悪な邪神の中でもトップクラスに嫌なガタノさん
しかし「永久より」でも司祭が可哀そうだったがこういう描写も辛いなぁ…
結末だけ見ると紫が美鈴と話をせず無理にでも助けて圧縮してしまった方が良かったのかもしれない…
10. 名無し ■2010/09/18 15:34:03
人間の医師であるBJ程度でも脳だけ別の人間の体に移せるんだし、永琳なら人間の2人は簡単に移植できそうだけどなー
レミフラは脳に電極ぶっ刺して現状説明すれば脳だけ蝙蝠になって復活しそうな気がする
紫は肉体と石像の境界をいじってストーンゴーレムとして復活しそうだw
11. 名無し ■2010/09/18 16:34:14
あとから実は永琳が救えましたみたいなオチは後味が悪すぎて嫌だなw
12. 名無し ■2010/09/19 12:53:41
雰囲気もクトゥルーっぽくていいなーw
しかし紫はなんか「そんな、この私が!?」って感じのセリフがすげえ似合う
13. 上海専用便器 ■2010/09/20 12:03:02
ゆかりんはやっぱり可愛いですな
14. 名無し ■2010/09/22 13:28:23
めーりんかっこいい!!!
ゆかりんざまあwww
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