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『同じ穴の狢たち』 作者: んh

同じ穴の狢たち

作品集: 21 投稿日時: 2010/10/17 05:51:55 更新日時: 2010/10/17 20:00:05
11月7日 17:55 幻想郷北端


「――で、私をこんなところに呼び出して、いったい何の用なのかしらね?」

八雲紫はドレスをなびかせながら、目の前に立つ少女へ薄気味悪い笑みを投げかける。
対峙する少女は、大きな黒い三角帽子の奥に表情を埋めながら、その挑発を受け流していた。冷たい風になびく柔らかな金髪の中に、緑のリボンで結わえた三つ編みのお下げが一本、寂しそうに揺れている。

ここは幻想郷の一番端、最果ての地のさらに最果てだった。賑やかな人妖はおろか、陰気な亡霊一ついない荒野、そこに二人の少女は向かい合うようにして立っていた。

「こんな結界を張って、まるで私を幻想郷の隅に追いやるように……魔法使いの結界なんてたかが知れてると思ってたけれど、これはそれなりによくできてるわね――藍が私を叩き起こすのも、まあ仕方ないか。」

そう言って八雲紫は虚空を撫でる。見えない壁を撫でる長手袋の動きは、さながらパントマイムのそれであった。

「ちょっと遊びに付き合って欲しくてな。」
「申し訳ないけれど、子供の遊びも度が過ぎるとお仕置きが必要なの。辞世の句ぐらいは聞いてあげるわ。プロポーズするなら今のうちよ?聞かなかったことにしてあげる。」

紫は口を引きつらせる。眉間に寄せられたシワは、彼女の機嫌を如実に示していた。

「ねぇ、最期に一つだけ確認したいことがあるのだけれど――」

二人を取り囲むような魔法陣を、魔法使いは紫の質問に対する回答の代わりとして展開する――アリ一匹通さぬほどの夥しい数の魔法陣を。




――貴方は一体だぁれ?









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4月3日

きょうはパパのおてつだいをしました
パパにほめられました。うれしかったです
ごほうびにあたらしいふくをかってもらいました

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11月7日 17:56 人間の里


「ひぃ、助けてくれ……お願いだなんでもやる、だからいの――」

その声は無慈悲に打ち砕かれた。レーザーで頭を打ち抜かれた庄屋の旦那は、脳漿と血とその他なんだか判らぬ破片をまき散らしながら崩れ落ちた。
そんなことを気にも掛けぬように、彼女は死体に向かって何度も何度もレーザーを撃ち続けた。レーザーを受ける度、打ち上げられた魚のように死体が小刻みに跳ねる。それがただ殺すための行為でないことは、部屋の隅で震える彼の妻と娘にも容易に理解できた。

一家の主だったモノが当にその原形をとどめなくなった頃、彼女はふと我に返ったかのように母娘の方へ顔を向けた。大きな黒い三角帽子を頭から外すと、二人の前に恭しく立て膝を付く。生命の危険を感じて本能的に後ずさる二人を気遣ったのか、「ああ失礼」と頬についた返り血を拭って、彼女はそっと穏やかに笑いかけた。

「大丈夫だ、お前達には何もしない。此処は魑魅魍魎の巣だ。くれぐれも強く生きてくれ。」

それだけ告げた彼女は、再び大きな三角帽子をかぶり直すと、立ち上がって黒いスカートにこびりついた組織片を軽くはたいた。目に涙を溜め、震える唇から声を上げることも、震える膝を引きずって家族だった肉片にすがりつくことも叶わぬ二人の女に背を向けて。

玄関に立てかけておいた箒を手に取り、彼女は血なまぐさい家を後にする。これで二人目。まだまだ行かなければならない所が彼女にはある。帽子を目深にかぶり直しながら、往来の視線を避けるように次の目的地に向かおうとした、その時、――彼女の前に一人の少女が立ち塞がった。
頭につけた赤いリボンを揺らし、肩口でセパレートした大きな袖をなびかせながら、無機質な表情を湛えた博麗霊夢を前にしてもなお、彼女にはゆとりが感じられた。

「思ったより早いな。」
「……変な霧が出てたから何となくね。それで里に来てみたら血の臭いがしたから。」
「霧は白狗天狗の千里眼対策だったんだが……そうか、やっぱり霊夢は勘がいいな。」
「理由は聞かないわ。もうやめなさい、でないと――」
「残念だが、ご免被るぜ。“あいつ”が悲しむからな。」

巫女の言葉を遮るように、彼女は七つの魔法陣を翼のように広げた。それは明らかな宣戦布告だった。

「またずいぶんと大仰な魔法陣ね?そんなものぶっ放したら里は塵になるわよ?」
「止めるさ、霊夢ならこれぐらい。」

彼女は躊躇無く七門の魔砲を一斉に放った。









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6月10日
きょうはマーガレットちゃんとイブちゃんとおともだちになりました。
あそんだあとはママのおてつだいです。ママはとってもすごいの。

わたしもいつかママみたいになりたいな。

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8月18日 博麗神社


「んっ!……あっ、……やっ、馬鹿ぁ……やめてよこんなところで」
「いいだろう別に、アリスだってこんなになってるし、私も我慢が、っん、あっダメ……!」
「魔理沙って本当におっぱいが弱いのね。……ほら、そんな声上げると向こうの連中に聞こえちゃうよ?」
「ば、馬鹿っ、やっ、やめ……んふぅ、ちゅぷ、んふ、はぁ……ん…」

人妖入り乱れての宴会はいよいよたけなわとなっていた。姫が舞い、鬼が吠え、吸血鬼が飛び、神々が笑い、酒瓶と弾幕と妖精とつまみが飛びかう。そんな乱痴気騒ぎの喧騒から離れた神社の境内裏に、霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイドがいた。
声を上げそうになる魔理沙の口をアリスの口が塞ぐ。漏れ出る吐息は怒号の中にふつりと消えた。二人は、まるで相手がさっき飲み干した酒を胃から啜り出すように、喉奥まで舌を絡め合う。

「はっ、ぷはぁ、ちょっ、ん、魔理沙、あんた、激しすぎ、んっ」
「だってぇ、はぁ、んむ、アリスの唾液甘いんだもん……」

魔理沙の舌を弄びながら、頭の一部がふと醒めていることにアリスは気づいた。別に楽しくないわけではない――癖なのだ。愛する人と体を重ねながら、どこか心の底まで真剣になりきれない自分を、彼女は前々から疎んでいた。
――それにしてもだ、「愛する人」という言葉が頭の中に浮かんだことに、彼女は自分でも驚きを隠せなかった。


彼女はなぜ魔理沙とこんなことをしているのかよくわからなかった。


切欠がなんだったか、記憶はあいまいだ。自分が誘ったのか、あの子に誘われたのか、そんなことすら思い出せなかった。それでも彼女は飽きもせず、こうした関係をだらだらと続けていた。会う度に互いの体を求め合う仲、そこに愛があるのか思いめぐらす暇もないほど、非生産的な行為を繰り返す日々。

「あん、いぃ……そう、そこ、もっと奥、ん……んちゅ、はっんぁ…あん♪」
「アリス、んっ、ここだろ?んむ……アリス…ぷはぁ、んん……アリスぅ…」

最近は魔理沙としかまともに付き合っていないのではないだろうか。
元々アリスは人付き合いが取りたてて多いほうでもないし、また好きな方でもなかったが、それでもたまに依頼を受けて里で人形劇をやってみたり、宴会があればなるだけ参加するようにはしていた。
だが、最近はそんな機会もめっきり減ってしまった。今日は久しぶりの宴会だったが、結局なんだか人混みがおっくうになり、魔理沙を引きずってここに来たのだ。

「やっ……あぁっ、あっあっ、あーー、や、ばぁ、激しすぎ……ちょ!んふっ、はん、あん、あーっ……ああん」

魔理沙はアリスの前に跪いてスカートの中に顔を埋めていた。肉襞を指でかき分けながら、赤く膨らんだ陰核を舌でねぶる。アリスは魔理沙の頭を支えにしながら、ようやく身を立たせていた。

「ひぃ、も、むりぃ……魔理沙ちょ、おさえああん!あはっ、あん、んん……まりさぁ……」
「抑えるって、んちゅ、無理だろこれじゃあ……れろ、んむぅ、ベチャベチャじゃん……れろれろ……」
「だって……魔理沙が準備の時ぃん!んあっ、はぁはああっ!……へんなことする、んん……からぁ……」


またあの日々に戻るのだろうか――そんな予感がアリスの頭をよぎる。こちらへ移り住んですぐの頃、誰とも会わず、まつろわず、人形だけと過ごしたあの日々――穴蔵に潜って身を潜める日々。


――魔法のためだろうか、性交は魔力を高めるんだった。


アリスは魔理沙に気付かれないように、小さく舌打ちをする。そんな考えが浮かんだ自分を心底軽蔑した。そこまで自分が枯れているとは、さすがに思いたくなかった。

「あっ、ああ!そう、いいぃ、んふぅ!……あはっ、んんぁっ!…イキそう、……あん、イクっ!……んっ、ぁ、あ……」

チリチリと頭を苛む雑念が消えていく。快楽に塗りつぶされていく――そうだ、これでいいのだ。こんな素敵なことはない。









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4月7日

きょうはおじさんのうちにおとまりしました
いっぱいごはんをたべました

このおじさんはいつもやさしくしてくれます
だからわたしはにんぎょうでなります

あのこはおともだちになってくれるのかな?こんどあそびましょう

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11月7日 18:02 幻想郷上空


「現在この船は妖怪の山上空を通過しました。目的地まではあと十五分ほどになります。それまでしばし幻想郷の空をお楽しみ下さい。」

操舵室の村紗水蜜はマニュアルにそって館内アナウンスを済ませると、小さな体を大きな椅子の中に沈めた。
横にある小さなテーブルに柄杓を放り投げると、一つ大きな背伸びをしながらため息をつく。
船長として慇懃な態度をとるのは当然のことだとはわかってはいても、やはりこういうのは自分の性ではないな、と彼女は思っている。


今日は命蓮寺の人気イベントである『聖輦船遊覧ツアー』である。
天狗の新聞が効いたのだろうか、この催しは評判に次ぐ評判を呼び、今では人妖問わず乗船の応募が殺到している。先日仕事熱心だがどこか抜けた主人の代わりにツアーの事務経理を任されたナズーリンが、「御主人達がくそ真面目に全員乗せようとしたせいで予約が半年先まで埋まってしまった、忙しくて死ぬ」、とかなんとか言っていたが、そんなネズミの嫌味もあながち冗談ともとれないような勢いを、彼女も確かに感じとっていた。
人妖が同じ船に乗って果たして大丈夫なのかと村紗は最初訝しんでいたのだが、命蓮寺の主である聖白蓮はこの催しを彼女の信条である「人妖平等主義」の足掛かりにしようと高らかに宣言し、俄然やる気を出し始めたので、彼女もそれに従わざるを得なかった。
しかし村紗が懸念したようなことは起こらず、彼女は改めて幻想郷の変わりように驚かされることになった。
結果として寺への信仰や喜捨も人妖問わず集まり、しかも自分は船長としての腕が存分に振るえると、悪いことは一つもなかった。


村紗はくつろいだ格好のまま足下の計器に目をやる。船乗りの腕などと格好いい事をいっても、船は全自動なので、やることといえばこうした計器のチェックぐらいしかないのだが、大事なのは雰囲気だ。この船独特の揺れのなかで、船長らしい振る舞いをこなすことが何より彼女には心地よかった。


バタン


椅子にだらしなく身を任せて航海を満喫していると、後ろのドアが小さな音を立てた。

「あら、あんたまた来たの?好きだねえ。」

先程までの口調とは打ってかわって、村紗ははすっぱな調子で話しかける。このざっくばらんな態度が素の彼女ともいえるが、その客人が馴染みの顔であるというのもあるのだろう。
後ろへ首を回し、椅子の背もたれ越しに後ろ側を覗き込むムラサの眼には、ゆらゆら揺れる黒い大きな三角帽子が映っていた。

「聖だったら今甲板でお客さんに説法してると思うよ。まあ魔法の修行もいいけど、あんたは少し聖から魔法以外の教えを受けて――」

天井が村紗の視界一面に広がる。馴染みの客人である魔法使いは彼女の目の前で逆立ちをしていた。黒いスカートの中の白いドロワーズがちらちらと顔を覗かしている。
一瞬何が起きたのかわからず動転した村紗が、ひっくり返ったのは自分自身であったと気付いた頃には、頭の上で仁王立ちする少女が放った光線は、既に彼女の腹を強かに捉えていた。


内臓が潰れる感覚と、口の中に広がる血と酸の臭いをじっくりと味わう間もなく、客人の追撃はムラサを椅子ごと部屋の隅にはじき飛ばす。
木っ端微塵になったテーブルの上にあった底の抜けた柄杓は、放物線を描きながら客人の足下へ滑り落ちた。まるでそれが山道の落ち葉であるかのように、かわいらしい黒い靴はその柄杓を踏みつぶした。木が潰れる乾いた音が、騒然とする室内に小さなアクセントとして響く。

お気に入りの椅子の残骸と一緒に投げ出されたムラサは、愛用の柄杓と引き替えにようやく現状を把握する隙を得た。客人と思っていた魔法使いを敵と認識する隙を。
敵へ錨を叩き込むために体勢を立て直そうとしたその瞬間、村紗は自分の周りに網が張り巡らされている事に気付く。それは糸のように細い、無数のレーザーだった。

「対舟幽霊用の特注品だ。いつもみたいに霊体化しても抜けられないぜ?」
「魔理沙……あんた何を?」
「動くな。じっとしてれば何もしない。」

自由を奪った船長にそれだけ告げ、彼女は計器の方へ踵を向けた。魔法使いの華奢な人差し指はパネルに並んだ色とりどりのボタンの上をしばし彷徨った後、先ほど村紗が押したボタンの上に着地する。それは船内アナウンスのボタンだった。

「――あーあー、乗員乗客に告ぐ。現時刻をもってこの船は私が乗っ取った。無駄な抵抗はせずにおとなしく指示に従うこと。
こちらの要求に従う限り、君たちの生命の安全は保証する。ただし、こちらの指示に従わない行動を取った場合、この船を爆破させる。そうなった場合、人間はもちろん妖怪の命も保証できない。
――繰り返す、この船は私が乗っ取った。無駄な抵抗をすれば直ちに船を爆破する。これから述べる要求におとなしく従うこと、君たちの賢明な判断を祈る。」









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6月12日

きょうはマリアちゃんとエバちゃんとあそびました。

マーガレットちゃんとはおわかれです。
ママのおてつだいをしてねました。ごりごりごり

あしたはだれとあそべるのかな。

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9月23日 魔法の森


最近の幻想郷は色々とあわただしい。特に命蓮寺が建立され、さらに聖輦船のツアーで信者の数を急激に拡大してからは、信者獲得に鼻息荒い守矢神社と金欠に喘ぐがやる気のない博麗神社を巻き込んだ神仏闘争が、妖怪達の大きな関心を集めていた。矢継ぎ早に催し物を打ち出し巻き返しを図る守矢に対し、博麗は馴染みの妖怪達に焚きつけられ、或いは博麗の名を借りた妖怪達の勝手なアイデアでもって対抗する。
空にはゴシップを求める烏天狗が揚々と飛び回り、話題に飢えた妖怪達が宴会を開いてはそれを肴にして暇を潰す。果たしてそれが信仰に繋がるのは別として、神社と寺の繰り出すイベントは妖怪達の心を満たしていたようだった。

だがそんな喧噪もこの魔法の森には届かないのだろう、相変わらず鬱勃とした重い空気がそこには立ちこめていた。実りの秋を控え、大きく育ったキノコが盛んに胞子をまき散らしている。薄暗い森の中に舞い散る白い胞子はまるで粉雪のようで、落葉樹の紅と針葉樹の青がそれを優しく受けとめる。揺らめく光と闇、色づき始める紅葉と新緑、まとわりつく湿気と粉雪、あらゆる季節と風景がここには混在していた。


そんな森に佇む洋館、そこにアリス・マーガトロイドは住んでいる。こぢんまりした洋館は、多彩なうつろいを見せる森を拒否するかのように常に小綺麗に整えられたまま、ひっそりと建っていた。


バァン!!!


そんな静かな館のドアは、にもかかわらず大きな音とともに蹴破られるのが日課となっている。


「アリス、いるか?」

アリスは玄関をすぐ曲がったところにあるダイニングで紅茶を飲んでいた。何日か続いた魔法の実験も一段落し、一息ついていたところだった。ほんの少し飛び跳ねた髪の毛と、サファイアのような青い瞳の下にあるクマを慌てて取り繕うそぶりをしながら、彼女はダイニングの入り口から覗かせた大きな黒い三角帽子に向かって、いつものように眉をひそめて毒を吐く。

「そういうのはドアを開ける前に聞きなさい。何?」

「まあ気にするな」といいながらずかずかと部屋に上がり込んできた霧雨魔理沙は、部屋の隅から椅子を引きずってくると、そのまま帽子も取らずにアリスに向かい合う位置に椅子を置いた。両手をスカートの上に置きながら、ちょっと内股でちょこんと椅子の上に腰掛ける。アリスを見上げる大きな帽子の向こうから、キラキラした笑顔が顔を覗かせている。それを見ると、嫌味を続けようとへの字にしていた彼女の口も思わずゆるんでしまいそうだった。

「いや、最近会ってなかったからな。お前実験で忙しそうだったし……」

ちょっと目をそらしながら、先ほどまでの威勢の良い調子を一変させ、聞こえるか聞こえないかというかぼそい声で魔理沙は呟いた。アリスはカップに残った紅茶を口に流し込むと、そっと魔理沙に顔を近づける。

「あんただって…ここに顔出さないで別のところに入り浸ってたんでしょ?」
「え、ん…ああ……」
「線香臭いのよあんた。またあの船?」
「あ……ごめん、でも、白蓮は色々教えてくれるし、それに――」

魔理沙の話をアリスの唇が塞いだ。アッサムの香りが魔理沙の口いっぱいに広がる。

「――ねえ魔理沙、しましょうよ?」
「え、でも私昨日徹夜してお風呂入ってない……」
「構わないわよ、私もここ三日実験続きだし、お互い様。」

逃げようとする魔理沙の上にアリスがもたれかかる。椅子に腰掛けた魔理沙にしなだれるようにしながら、右手を上着へ、左手をスカートの中へと落としていく。左手でドロワーズの上から軽く撫でてやりながら、右手の中指で魔理沙の胸の先端をなぞるようにねぶる。少し愛撫してやると途端にこいつはおとなしくなって嬌声を上げ出すことを、アリスはよく知っていた。

「ひゃぁっ、や…あん…ひぃん!くふうぅぅん!!!や、あ、アリス、いだっ、いひぃん……!」
「体はそんな風に見えないけれどね。ほら、これぐらいの方が好きでしょう?」

アリスは薬指と小指で器用に魔理沙のドロワーズをずり下ろしながら、陰核を指ですり潰すように刺激する。首筋に唇を這わせながら、小さく震える魔理沙を椅子ごと床へ押し倒した。衝撃で黒い大きな三角帽子が飛び、いたいけな表情が露わになる。柔らかな金髪に埋もれた頬をなで回しながら、口をだらしなく半開きにして瞳を潤ませる少女の耳元にアリスは囁いた。

「その臭いは嫌、大っ嫌いなの。だから私が消してあげる。私の臭いだけにしてあげる――」









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4月9日

きょうはちがうおじさんのいえにいきました
わたしはきたないこなのに
おじさんは     いいひとでした

ごめんなさい 

あなたもともだちになってくれるの?だぜさんはわたしのたいせつなともだち
あなたともあそびたいな

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11月7日 17:55 人里と魔法の森の間


夕刻が近づき、徐々に人間の時間が終わろうとしていた頃、上白沢慧音は霧深い道を抜け早足で里へと向かっていた。
空の赤も次第に黒へ変わっていく中、妖怪の呻きも妖精の騒ぎ声もないシンとした野道に彼女の足音だけが響いている。硬い表情のまま、時折歩みを止めて辺りを見回しては、頭を抱えるということを繰り返していた。
慧音をそうさせているのは、この霧である。一間先も見えぬようなこの霧に、彼女は自然現象以上の何かを感じ取っていた。最近騒がしい妖怪達による新しい異変かと、寺子屋の勤めを早く切り上げ方々を見回ってみるも、手がかりは見つからなかった。
明日にでも博麗の巫女に相談しよう、そう思ってとりあえず里にある自分の家へ戻ることにした。彼女の家は里の一番端、入り口近くにある。もし闇にまぎれて妖怪が里へ侵入してくることがあっても、この家の前を必ず通り過ぎることになる。

里を守ることが彼女の使命であり、全てであった。そのために自分ができることはなんでもするし、してきたという自負が彼女にはあった。

里に生きる半獣というのは微妙な存在である。ある意味妖怪にも人間にもなりえない。特に彼女のような後天的な半獣は、なおさらその立ち位置に苦悩せざるを得ない。だがしかし、彼女は自分が人間の側に立ち、里で生きていくという事に何ら迷いを抱いていなかった。彼女は自己について強い信念を抱いていた。逆にいえばそれが彼女を支える全てであったのかもしれない。

今の慧音が見せている険しい表情はそこに基因していた。里に起こるいかなる小さな変化にも彼女は気を尖らせ、率先して動いた。帰路の途中に里を一回りして、結界の簡単なチェックをするのが彼女の習慣だった。もちろん本職の巫女や八雲の連中には及ばないが、するとしないでは全く違うだろうというのが彼女の考えであった。
そうした積み重ねが里に住む人の信頼に繋がっていた。慧音は自分が彼らから絶大な信頼を得ていることを自覚していた。だからこそさらになお信頼を勝ち得ねばならないと、きまじめな彼女はそれを心がけていた。

もっとも、最近は妖怪が里で良からぬことをすることも減っている。もちろん妖怪の本分として里に来て人を驚かすという程度のことはするのだが、それ以上に里に遊びに来る方が遙かに多い。それは慧音の知る歴史とは大きく異なる姿だ。悪い変化ではない。それでも、彼女は自分の役割を捨てられなかった。


気付けば霧の向こうに、うっすらと自分の家が見えてきた。そしてその前に立つ人影にも、慧音はまた気付いた。

「なんだ、お前か。珍しいなこんな所に。」

その人影に慧音は声を掛ける。それは人間だった。それも見知った顔だった。その特徴的なシルエットは霧の向こうからでも容易に判別できた。

だからその人間が突然牙を剥いてきたとき、慧音は反応できなかった。

「がはっ!!」

霧の中を乱反射しながら迫ってきたレーザーに土手っ腹を射抜かれる。もんどり打った慧音は、霧に紛れて飛び回っている“何か”に気付く。それは使い魔のような、小さな浮遊物の群れのようだった。濃い霧に囲まれて、慧音は形状はおろかその数すら把握できない。


                   未来「高天原」


彼女はあわててスペルを切った。赤と青の光線が慧音を包むように広がっていく。相手はそれに動じることもなく、彼女お得意の魔砲によって応じた――ただしそれはいつもの真っ直ぐな一本の光ではなく、複数の角度から一斉射撃。なのにそれぞれの威力はいつも以上に凶悪で、慧音が放った赤と青の光はその前に無慈悲に蹂躙される。
態勢を立て直す間すら稼げなかった慧音に、再びレーザーが迫る。完全な死角から放たれたそれは、彼女の両足をきれいに射抜いた。その威力には弾幕ごっこの雰囲気は微塵も感じられなかった――あるのは明確な殺意。
続けて放たれたレーザーの網に、回避のための道など一切用意されていなかった。半ば自棄になって撃った彼女の反撃は、ことごとくその網の中へと呑み込まれていく。

声もあげる暇すら与えられず、手負いの体を引きずりながら慧音は逃げ回った。しかしその動きを先取りするように、小さなレーザーが彼女の進路にまとわりつく。殺すという目的に特化した、派手さのかけらもないその質素な光線は、しかし彼女の体を先の方から少しずつ削り取っていった。

「が、がはっ……ひぃ、がはぁ!!――おい!!、なんだ、いったいなんなんだ!?」


やっとのことで絞り出した声は歯牙にもかけられない。水色の長髪と共に、耳が吹き飛んだ。既に20本の指の大部分は焼き落とされ、気付けば左の肘から先もなかった。慌てて逃げ道を探そうと顔を上げたその時、慧音の右眼を光線が抉る。絶叫を上げながら彼女は再び地面を転げ回った。

血酔いの彼女はもはや這いずるのがやっとであった。吹き出す血が、彼女の這い回った道にそって溜め池を作り、黒い染みへと変わる。裾に青海波をあしらったスカートにその面影はなく、ズタボロになった服に本来の青はなかった。スカートの中にあるはずの脚も、その有無は明らかではなかった。


「あ゛、あ゛あ゛あ゛ぁ――――まさかお前、あれか、記憶が戻ったのか?」


錯乱の中、慧音は“あれ”を思い出す。忘れていたのではなかった――忘れたかった、忘れようとしていたのだ。
それ以外にこの魔法使いに命を狙われる理由が思いつかなかった。霧の向こうにおぼろげに立つ少女は答えない。無言でこちらを見下ろしながら、ただゆっくりと命を弄ぶためにレーザーを撃ち続ける。

「き、聞いてくれ、あ、あれは仕方なかったんだ、里を守るためにはああするしか、ぎひぃっ!!」

いつ仕掛けたのだろうか、真下から吹き上がるレーザーの束に射抜かれ、慧音の体は土埃と共に舞い上がった。泥と血にまみれた顔を上げて、彼女は必死に声を上げる。それはもはや懇願だった。彼女には霧の向こうの相手がどこにいるのかすら最早わからなかった。

「い゛い――い゛い゛っ!!……ひぃ……わかった、わ、私が何とかしよう!お前の望むように歴史を創る、だから、命だけは、お願いだたすけて――」

虫の息を上げる慧音に返ってくる声はなかった。代わりに小さな足音が、少しずつ、大きくなってきていた。それが止めを刺すためであることは容易に理解できた。


              不死「火の鳥 ―鳳翼天翔―」


薄暮を焼くような炎が辺りを煌々と照らす。魔力を帯びた霧はたちどころに蒸発し、大きな黒い三角帽子がくっきりと姿を現した。帽子の主は後ろに身を翻して横から飛んで来た炎弾をかわす。それによって慧音と魔法使いとの間にできた空間に、駆けつけた藤原妹紅が飛び込んできた。

「妹紅!妹紅か、助かった、あいつが訳もなく突然襲ってきたんだ、助けてくれ!」
「血の臭いがするから来てみれば……何してんだお前?」
「そこに転がってるクズを殺しに来たんだよ。」

彼女は初めて問いに答えた。口元をこれでもかとつり上げながら、妖怪のような、いや妖怪でもできないような笑みを浮かべて。

「何を言ってるんだかわからないけれど、妙なことはやめときな、魔理沙。」

妹紅は紅蓮の翼を纏った。熱風に帽子が吹き飛ばされそうになるのを押さえながら、その威圧に微塵も動じること無く、箒に跨った彼女もまたまばゆい光を纏った。









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6月14日

やっぱりイブちゃんもだめでした。
だからママのおてつだいをしました。
イブちゃんはぎゃあぎゃあわめいてましたでもわたしがてつだったらしずかになったのでママにほめられました。
あしたはエバちゃんかな、マリアちゃんかな。

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9月13日 香霖堂


「おう、邪魔するぜ香霖。相変わらず暇そうだなここは。」

空飛ぶ船の異変が解決して少し経ち、幻想郷に新たな住人が増えたにもかかわらず、この香霖堂には相変わらず開店休業状態だった。
外から引っ越してきた神様、頭の悪そうな天人、河童のエネルギー革命、寺の建立――商売の種になりそうな事件はたくさんあるにもかかわらず、ここの店主はそんなものになんの興味もないようだった。やって来た客へ無愛想な顔を振りまきながら、訳のわからないことを宣って閉口させるのが、彼の揺るぎない営業スタイルだった――最も、唯一上客になりそうだった鼠に無駄にふっかけて信用を失ったことは、多少気にしているようだったが。

そんながらくた小屋を訪れる数少ない常連――正確に言えばこそ泥の常連である霧雨魔理沙の声を聞いて、店主の森近霖之助はがらくたの中からのっそりと顔を出した。来客を示すドアに付いたベルの音は、彼女の快活な声に掻き消される。

「なんだい、今日は休みだよ。」
「休みなら休みと書いておけよ。」
「魔理沙が来たから休みになったのさ。」

霖之助の嫌味を気にすることもなく、魔理沙は何に使うのかわからない上面ガラス張りの箱の上にあった急須を手に取った。以前店主に聞いたところによると「いんべーたーげーむ」という弾幕ごっこの道具らしいのだが、こんなものでどうやって弾幕ごっこをするのか、魔理沙にはさっぱりわからなかった。仕方ないので店のテーブルの一つとして今この玩具は腕を振るっている。
魔理沙は商品棚の奥に隠してあった茶筒を取り出すと、勝手にそれでお茶を淹れ始めた。この店の物の配置も店主が物を隠す際の癖もよく知っていた魔理沙は、丁寧に二人分の茶を椀へ注ぐと、その嫌味に答えるように一つの茶碗を霖之助の前に置いた。この無愛想な男にとって、嫌味は挨拶のようなものであることを彼女はよく理解していた。

「そんなことよりさ香霖、この間頼んどいたやつなんだが――」
「欲しけりゃツケをまず払ってくれよ。」

魔理沙は思わず口を尖らせる。ツケの話なんぞそれこそ正に挨拶代わりの代名詞であったが、こんなにもつっけんどんな口調で言われることは魔理沙にも余り覚えがなかったからである。椅子代わりの「こんぴゅーたー」から跳ね降りた少女は、差し出したお茶に口も付けずがらくたの中に身を潜める霖之助へと詰め寄った。

「おい、どうしたんだよ香霖?なんだ、忙しいんなら私が手伝って――」
「少し黙っててくれ!!」

茶碗の水面が揺れる。店主の大声に続いたのは長い沈黙だった。

魔理沙の顔から笑顔は消えていた。彼女はそれ以上霖之助に近づくこともできず、かといって元の場所に座ることもできず、ただおろおろと居場所を求めて眼を泳がせていた。

「こ、香霖……どうしたんだよ。」
「なんでもないさ、今日は本当に忙しいんだ。帰ってくれないか。」

霖之助の声は変わらず突き放すようだった。魔理沙の心ははきちれそうだった。ここは最早彼女のよく知る香霖堂ではない。

「……香霖、ごめん、ごめんよ…………怒っちゃやだよ、ねえ、香霖、ごめんなさい。ごめんなさい――」

魔理沙は真っ青な唇をわなわなと震わせながら、堰を切ったように必死に許しを乞うた。

「ツケならさ………こっちで払うからさ………だから、ねえ?そんなこと言わないで、私を……見捨てないでよ…」

少女の柔手が無骨な男の掌をそっと掴む。筋張った男の指を嘗め回すように這いずる華奢な少女の指。魔理沙は掴んだ霖之助の手を自分の胸に引き寄せた。妙に甘ったるい、媚びた声、掌から感じるまだ青いふくらみ――激しい吐き気を覚えた霖之助は、その手を、彼女を思い切り払いのける。


「魔理沙、約束したはずだ。この森で暮らすのならそういうことはもう二度としないと。自分を粗末に扱うんじゃないと。」

その声が届いた様子もなく、魔理沙は尚も震えながら必死に謝罪の言葉を並べていた。誘惑するような、憂いを帯びた眼――彼女が生き残るために身につけたその眼に一杯の涙を溜めながら。
その壊れた玩具のような姿に、彼は口の中一杯に苦い液体を含んだような苦痛に苛まれた。久しく見なかった彼女の発作に、忘れようとしていた忌まわしい記憶が蘇る。

「……ごめん、悪かった、魔理沙。魔理沙を見捨てたりしないよ。僕は魔理沙の味方だから。最近少しイヤなことがあってね、機嫌が悪かったんだ。君が悪いんじゃない、だから大丈夫。」

それでもなお狂ったように謝り続ける魔理沙を席に着かせ、その頭を霖之助はそっと撫でた。手が触れた直後は大きく飛び退いた魔理沙だったが、霖之助は慣れた様子でゆっくりと繰り返し諭す。

「本当だから。道具はあとで届けるから、だから今日はもう帰りなさい。今日は僕が悪かった。落ち着いたらまたおいで。」

それでもなお何度も頷きながら、掠れた声で「本当?本当?」と繰り返す魔理沙へそう告げると、霖之助は床に転げ落ちた大きな黒い三角帽を拾って彼女に被せてやった。眼鏡越しの穏やかな視線に、魔理沙はようやく落ち着きを取り戻し始めた。




互いに声もなく、二人はしばらく顔を背けあっていた――どれほどの時間が経ったのか、魔理沙はいたたまれぬ身を逃がすように、ドアのノブに手をかけた。霖之助は部屋の真ん中に立ったまま、静かに手を振って答える。
乾いた顔で小さく会釈をして、魔理沙はそのまま戸の向こうへ消えていった。ドアに付いたベルがカランと、寂しい音色を上げる。

誰もいなくなった店の中、霖之助は眼鏡を取り椅子へ身を沈めた。眉間を親指と人差し指で思い切り絞りながら、魔理沙が淹れた茶を一気に飲み干す――それはとうに冷え切った、苦い味だった。





香霖堂を出て家に戻ろうとした魔理沙は、ドアの前で一人の少女と鉢合わせした。アリス・マーガトロイド――色鮮やかな服に身を包みながら人形を横に従わせて、行儀良く戸を叩こうとしていた彼女は、不意にドアから飛び出してきた小さな少女を目を丸くして見つめていた。
その視線に気付いた魔理沙は、泣きはらした顔を隠すように帽子を目深にかぶり、顔を横に向けて、必死に自分を取り繕った。

「ア、アリスか……なんだよこんなところで……」
「ま、魔理沙…いえ、ちょっと霖之助さんに話があって。どれより魔理沙、貴方どうしたの?」
「なんでもないよ……それよか香霖と話ってなんだよ!?」

魔理沙は明らかに不機嫌そうにそう問うた。

「ん、いやたいしたことじゃないのよ。それより魔理沙、貴方泣いてるん――」
「泣いてない!!」

魔理沙の眼にぱっと灯がともった。突然アリスに飛びかかると、彼女を近くの木陰に引きずり込み、その体を木に押しつけた。

「ばっ、魔理沙、こんなところで何してんのよ!?霖之助さんに気付かれちゃう…!」
「うるさい!、だまれっ!!いいじゃないか、誰に見られたって、誰に知れたって!――私のこと好きだろ、好きなんだろ!?」

そのままアリスの服を引きちぎるように剥きながら、彼女の胸に思い切り吸いついた。乱暴にずり下ろされたスカートのボタンが爆ぜるように宙を跳ねる。

「イヤっ、やめっ……ぅん、あん、っぁ…いきなり指なんか……ぅ、んっ…んはっ」

スカートからはだけるショーツの奥へ、魔理沙は強引に指を押し滑らす。腰に巻き付けたもう片方の腕でアリスを抱え込みながら、魔理沙は不乱に相手の体を貪った。まるで溺れた人が藻掻くように、そうしなければ死んでしまうかのように。
帽子に隠れた魔理沙の顔を、アリスはうかがうことができなかった。小刻みに震える帽子を払うように脱がすと、アリスはむせぶ魔理沙をそっと抱き寄せて、歪む唇に舌をねじ込んだ。

「なあ、アリスは私のこと好きだよな?私を見捨てないよな?ずっと私と一緒にいてくれるよな?」









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4月20日

このあいだもらったふくをやぶったらパパにおこられました
なんどもなんどもおこられましたなんどもなんどもなんども

でもね、だぜさんがたすけてくれるの!
だぜさんはとってもつよいんだよ


あなたはわたしとおともだちになってくれるの?

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11月7日 18:08 人間の里


霊夢は忍耐を強いられていた。

霊夢は考慮しなければいけないことがたくさんあった。人里のど真ん中での戦闘だというのに、相手はそれを一顧だにせず重厚な全包囲攻撃を繰り出してくる。自分が弾を避けるだけでなく、周囲の人家への被害を最低限に抑えるため、広範囲に飛散した弾幕を掻き消さねばならなかった。
そして弾消しに片手間を取られながら戦えるほど、この魔法使いの攻撃は生やさしいものでもなかった。故に霊夢は防御に専念せざるを得ず、攻撃の機会はほとんどなかった。
しかもこの相手は、そんな霊夢の行動を予め見越した上でこの戦術をとっているのだ。霊夢はそのやり方に激しい怒り、そしてそれ以上に底知れぬ恐れを感じていた。

「霊夢、いつもの威勢はどうしたんだ?」

相手は多くの使い魔を使役していた。魔砲陣のような形をしたそれは高速で飛び回りながら絶えず大量の弾をまき散らしていく。本体からの攻撃と加え、あらゆる角度から襲いかかってくる弾幕に霊夢は対処する必要があった。
散々見慣れた星弾が、魔法使いの手から空一面へと散りばめられていく。それと同時に彼女が使役する使い魔が全包囲弾を放った。洪水のような弾幕が不規則に交叉しながら霊夢に牙を剥く――迫る弾の海へ、意を決したように彼女は潜った。

「ああくそっ、めんどくさい!」


                     霊符「夢想封印」


ぎりぎりまで弾幕を引きつけてからスペルを使い、流れ弾を打ち消す――しかしそれがやっとであった。夢想封印をもってしても、向こうが繰り出す弾量に押され、相手までは届かない。
霊夢は当初、長期戦になればこちらに分があると踏んでいた。大がかりな魔法であればあるほど、魔力の消耗も早い。しかしその目論見も空しく、立て続けの猛攻をどれだけやり過ごしても、向こうの魔力が切れる様子は一向になかった。

「逃げてばっかりじゃあ、勝ちは来ないぜ!!」

夢想封印によって次々と掻き消されていく星弾、その星屑の向こうから突然、高速で使い魔が迫る――それは体当たりによる自爆。

霊夢はまるで予期していたかのように陰陽玉でそれを叩きつぶす――迫りくる使い魔は霊夢と全速力とほぼ同じ速さだった。

使い魔、本体それぞれの弾幕をかいくぐりつつ、不意の体当たりを捌きながら流れ弾を潰していくという離れ業を、彼女は視界の悪い霧の中でずっと続けていた。それは博麗の巫女としての天性の勘と幸運なしではありえない動きであったろう。


しかし攻撃がやむことは一時たりともない。魔法使いの周りを飛び回る使い魔達が、無数の星弾をばらまきながらさながら惑星のように規則的な円運動を開始する。

「せいぜいがんばりな。その使い魔、当たったら爆発するぜ?」

陰陽玉の相殺による爆風を推進力に変えながら、霊夢は使い魔達と同じ軌道で回り始めた。爆風によるスピードを保ちながら、慣性を一切無視した蛇行を繰り返して星屑をくぐり抜ける。しかしビットの速度は霊夢と同程度――いやほんの少し上。畢竟追いつかれることは明らか。

その見立て通り、半周ほど回ったところで束ねた霊夢の後ろ髪に使い魔が触れる。衝突は間近―――

「っっしゃぁ、間にあった!!」


                 無題「空を飛ぶ不思議な巫女」


霊夢の前から、横から、後ろから、陰陽玉と共に夥しい量の符が津波のように魔法使いへと迫る。そう、霊夢はあの攻撃を耐えしのぎながら、それでもなおこの一撃のための“仕込み”を四方八方に仕掛けていたのだ。

「ちぃっ!!」

予想を完全に上回る反撃に、魔法使いは巫女を追いつめていた使い魔達の軌道を、己の周囲へと収束させる。主の周りを囲むように配置された十五の使い魔が、魔砲を一斉に撃ち放った――押し迫る符と、それを押し返そうとする閃光。
その二つはぶつかり、押し合い、混じり合い――そして消えた。

巫女のとっておきの切り札を凌ぎきった――魔法使いは勝利を確信した、その時――、

「よおーっやく、お近付きになれたわね。」

霊夢は一瞬の隙に賭けるしかなかった。だから布石を打ったのだ。相手が防御のための詠唱に魔力を集中し、意識をそちらへ回すこのわずかな時間を狙って。


                    夢符「夢想亜空穴」


使い魔の壁を越え、時空の向こうから魔法使いの膝下へ飛び込んだ霊夢は、あらん限りの符をゼロ距離で叩き込んだ。博麗の巫女渾身の一撃。黒衣の少女は炸裂音と共に後ろへ吹き飛んだ。

「ふぅ…はぁ…とりあえず、私の勝ちってことでいいかしら?」

粉々に砕けた右肩は、キラキラと破片を宙に浮かしながら、乾いた音を地面に落とした。

「――さぁ、だからそろそろ終わりにしましょう、ねえ、アリス?」









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4月20日

エバちゃんはうえから。マリアちゃんはしたから。

ごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごり

ままはとってもたのしそうです。きょうもおともだちを5にんつれてきました。なまえはききませんでした。

どうせおぼえてもむだだし。


つぎはわたしかな。

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11月7日 18:05 聖輦船甲板


「――アリスさん、これはどういうことなのでしょうか?」

聖白蓮は穏やかな口調でゆっくりと問いかけた。

目的の人物は船尾の隅の目立たないところで、手すりにもたれながら物憂げに空を眺めていた。金色の髪は千切れんばかりに夜風になびき、首に巻いたピンクのチョーカーは行き場を無くしたようにはためいている。白蓮に問いを投げかけられたアリス・マーガトロイドは、一つ大きなため息をついた。

「どういうって、今放送で魔理沙が言った通りよ。魔界へ侵攻するための通路を確保してさえくれれば、誰にも手を出すつもりはないわ。早く乗客を艦内へ誘導して下さらない?早く侵略通路を構築・維持する術式の準備に取りかかりたいの。」

アリスは、能面のような貌を白蓮の方へ向けることもなく淡々と答えた。白蓮の後ろでアリスを見ていた寅丸星は、彼女のそんな態度に思わず声を荒げた。

「貴方は自分が何を言っているのかわかっているのか!!」
「星、落ち着きなさい。」

アリスは何も答えない。まるで答える必要がないとでも言いたげな顔だった。ほんの少しの沈黙が三人の間に流れる。その静寂を縫って、甲板の上の人々のざわめきが、こちらにまで聞こえてくる。
放送を聞いた乗客達は激しい動揺に包まれていた。「犯人を説得しに行く。それまで冷静に落ち着いて」という白蓮のとっさの言葉がなければ、騒ぎはもっとひどくなっていただろう。今は雲居一輪とナズーリンが彼らの側についていた。

「私は爆弾を持ってないわ。でも、魔理沙は爆弾を持ってる。私が死んだら爆発するようになってる。魔理沙が死んでもその瞬間爆発する。」

相変わらず、アリスは顔を逸らしたまま横柄な態度で言葉を並べる。それがこちらをなじるためのポーズであることは明らかだった。

「――わかりました。星、指示通りに乗客の皆さんを船内へお連れしなさい。」
「聖、彼女の言に従うのですか!?」
「聞き分けが良くて助かるわ。じゃあさっさと乗員乗客を船内へ誘導しなさい。後ろの虎さんもね―――上海、この虎さんについていって。少しでもこいつらが変なマネをしたら近くの人間もろとも自爆するのよ。ああ、それと後もう一つ、白蓮さん、貴方はここに残りなさい。貴方には協力してもらう。」
「ふざけるな、聖に何をさせる気だ!!」
「……わかりました。私はここに残りましょう。ただし、こちらからもお願いがあります。ムラサが無事か一応こちらとしても確認しておきたい。ナズーリンを操舵室へ向かわせてもいいでしょうか。もちろん、手は一切出させません。連絡と監視に行動を制限させます。」
「……まあいいわ、こちらも船長さんに手を出すつもりもない。貴方が懸命な判断をしさえしてくれればね。ネズミも好きになさい。ただし操舵室への入室は許可しない。」
「わかりました。星、早くナズーリンを。」
「聖!!」
「星、貴方は何を見ているのです?彼女は嘘を付いていません。だから早く。これは彼女の指示ではない――私の指示です。早く皆さんを船内へ誘導しなさい。」

星はそれでもまだ納得していなかった。彼女は白蓮を案じていた。またこの人が、いらぬ何かを背負ってしまうのではないか、そんな嫌な予感がしたからである。振り向いた白蓮の顔を見た星は、自らの懸念に確信を持つとともに、自分の意見を引っ込めざるを得なかった。その顔には説得の余地など、微塵もなかった。

「……わかりました。聖、どうか無茶だけはなさらぬよう。」

白蓮の眼光に射抜かれ、蹴落とされるように顔を伏せた星は、一礼をしてその場を去っていった。



「話が通じる相手ってのはやっぱり気楽で良いわね。」

気付けば太陽はその半分以上を地平線の下に隠していた。二人の位置からは薄暮の幻想郷が一望できる。
左手には赤光の空を背景に鋭い輪郭を見せる山が、徐々にその堂々とした姿を大きくしていた。中腹には天狗や河童の住処が見える。地底の太陽による文明の灯が、太陽の代理であるかのように煌々と輝き、そこだけが薄闇を完全に掻き消していた。
山の右手にはうっそうと茂った森が見える。朱色、緋色、赤銅色、朽葉色、鶸色、萌葱、山吹色、黄土色、深緑――多種多様な植物があるがままの形で共存する原生林は、言葉が足りなくなるほどの様々な色を着飾っている。その混沌としたまだら模様は、茜色の空すら一つの色として取り込もうとしているように見えた。
その隣りには灰色の霧に包まれて、人里の光がちらちらと瞬いていた。もうもうと立ちこめる霧の中に、時折鋭い閃光が響き渡る。さながら雷雲のようなその光景は、里で繰り広げられている激しい戦いの様子を船上のアリスに伝えていた。



「魔界への連結ポイントまではあと十分ほどかかります。だから、準備が整う前に一つだけ教えて下さい。一体あなた方は何のためにこのようなことを?」

アリスはその顔を初めて白蓮へと向ける――それは気怠い、それでいてひどく冷え冷えとした、哀しそうな貌だった。

「――白蓮さん、貴方のこと、やはり好きになれそうにないわ。線香の臭いに混じって、あの大地の、忌まわしい女の臭いがするんですもの。」









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4月28日

きょうもみんなにおこられました わたしはきたないこです やくたたずです ごみです
なんでもいうことをききます ごめんなさい ゆるしてくださいごめんなさい
だぜさんはないていました まじょさんはおこっています あなたはどうしてこちらをみているの?あなたはわたしとあそんでくれる?あなたはどうしてかなしいかおをしているの?あなたはいっしょにいてくれる?あなたはにんぎょうみたいだね


絶対に負けるものか。私は彼らを絶対に許さない。必ず呪い殺してやる。必ずだ。何度でも何度でも。
必ずいつか。絶対に負けるものか。絶対に許さない。私たちは負けない絶対に絶対に負けるものか許さない負けるものか絶対に絶対に必ずいつか必ず絶対に殺してやる殺して許さない絶対にだ殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる絶対に殺してやる負けない負けない殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる絶対に負けない負けない絶対に殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる負けない殺して殺して絶対に許さない許さない許さない殺してやる殺してやる殺してやる絶対に殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる


わたし きたないこ

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10月6日 アリス邸


魔法の森にあるこじんまりとした洋館にもやはり朝は訪れる。

森を包む湿気が最も穏やかな時間が、朝であった。夜明けと共に一年中闇に包まれる森の中にもほんのわずかに光が差す。舞い散る胞子に反射した木漏れ日は、キラキラと輝きながらアリスの住む館を照らしていた。

「アリス、ただいま。」

その館のドアを開けて、霧雨魔理沙は家に忍び込んだ。ドアを蹴破ることも大声を上げることもなく、そろりと。
彼女は泥棒家業の際も正面から堂々と入ることをポリシーとしている。だから魔理沙がこういった本当の泥棒のような仕草をすることはほとんどないことだった。

確かに、これは不法侵入でも、家捜しでもなかった。ここ最近魔理沙はアリスと同棲生活を送っていた。どちらが言い出したわけでもなかったが、最早一日一度は肌を重ねなければ違和感を覚えるほど依存しあった二人にとって、それは自然な成り行きと言えた。魔理沙の家は家主本人が寝起きするのも困難な有様だったため、アリスが向こうへ移るという選択肢もありえない。故にこの状態は当然の帰結であったのだろう。
魔理沙がこのような行動を取ったのは、実験明けで仮眠をとっている同棲相手を起こしたくなかったからなのだ。彼女は徹夜の実験明けに必ずいつも軽い仮眠をとる。昨晩魔理沙が図書館へ行く前に彼女は実験室へ向かったのだから、丁度今頃はベッドの中でぐっすり休んでいることだろう――魔理沙はそう考えた。押しかけ女房のような同棲生活の中で、アリスの生活パターンにもすっかり慣れつつあった。

起きがけの食事でも作っておいてやろうとキッチンへ向かったそのとき、魔理沙は妙なことに気付いた。廊下の先に、物が散らばっていたのだ。大方物を散らかすのは自分の役目だが、廊下に物を放り投げた記憶はなかった。よしんばそんなことをしたとしても、きれい好きのアリスは人形を使ってすぐにそれを片付けるはずだ。

訝しんだ魔理沙は、ポットの火を止めて廊下の奥へと進んでいく。

その違和感は奥に進むにつれ不安に変わっていった。散乱は一層激しいものになった――本が、食器が、家具が倒れていた。アリスにとって最も大事な人形達さえ、ゴミのように床にうち捨てられていた。

魔理沙は無意識のうちにアリスの寝室へ駆けだしていた。

「おい! アリス……どうしたんだよ?」

混迷の最奥にアリス・マーガトロイドはいた。服がところどころ破れ、惨めったらしく髪を乱しながら、彼女は家財道具の破片に囲まれてベッドの隅に蹲っていた。彼女の周りに、昨晩までの面影を残すものは一切ない。アリスは魔理沙の呼びかけに答えず、顔をうっぷしながら、なにがしかをひたすら呻き続けていた。
うち捨てられた人形達をかき分けながら、あわてて駆け寄った魔理沙がアリスを抱き寄せ揺すって呼びかけても、彼女の焦点は空を漂ったままだった。ボトリと、赤いカチューシャがずり落ちる。

「あは、魔理沙、もう終わりよ……もう終わりなのよ。」

彼女がやっと絞り出した言葉は、これだけだった。とうに涙も枯れたのか、今や彼女が漏らすのは乾いた嗤い声しかない。
魔理沙はアリスの手に何かが握られているのに気づいた。彼女は引き抜くようにして手の中のものを奪い取る――それはクシャクシャに丸められた新聞だった。




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――文々。新聞.10月5日 「魔界ツアー大盛況!!魔界神も近く乗船か!?」

 弊紙でも度々取り上げている、「聖輦船魔界ツアー(主催:命蓮寺)」だが、その勢いは一向に留まることはなく、むしろ益々加速する様相を呈している。

 前回の記事でも、その人気故半年以上予約が取れないことを報じたが、この過熱する人気にツアーの受け入れ側である魔界も熱い視線を送っていることが今回の取材でわかった。
 魔界を統治する神綺氏は命蓮寺との業務提携を視野に入れ、人間界との関係強化を進める意向を明らかにしたのだ。神綺氏は、魔界の観光会社が企画運営する人妖向けの魔界観光と聖輦船ツアーを組み合わせることで、さらなる観光客誘致へと繋げたい考えだ。神綺本人が直接聖輦船に乗船し、観光ガイドを自ら行うという仰天プランもあるという。実現すれば目玉の一つとなりそうだ。
 また、幻想郷に在住する魔界出身者を観光大使として起用するというアイデアもあるようで、近く神綺氏が直々にこちらへ出向いて候補者へ協力を要請すると見られている。この件について神綺氏は……

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部屋の中に沈黙が流れる。その記事が意味することを理解していた魔理沙に掛ける言葉は見つからなかった。魔理沙もまた言葉の無意味さをよく理解していた。もしそんな言葉があったとしたら、彼女たちを掬いあげる言葉がもし存在するとしたら、互いの体を貪りあう、今のような堕落しきった関係はなかっただろう。

世界に押し潰されて隅で蹲る愚か者達が生きるには、せいぜい二つの道しかないのだ。




――穴倉の奥で互いの傷を舐め合うか、世界の全てに刃向かうか




「――アリス、話があるんだ。」

だから、魔理沙はもう一つの道を選ぶことにした。

「あいつらが、私を里へ連れ戻そうとしているらしいんだ――結局跡継ぎが見つからなかったとかなんとかでさ。この間香霖の奴が教えてくれた。あいつら香霖堂まで来てるんだ……」

穴倉の奥から引きずり出されそうな彼女には、もうその道しか残されていなかったから。

「だから、お願いだ。私の体をもらってくれ。これは私だけじゃない。『魔理沙』全員の希望だ。」
「魔理沙、あんたそれってまさか…」

虚ろだったアリスの眼に思わず光が戻る。魔理沙の顔は、今まで見た中で一番晴れ晴れしているように見えた。

「そうだ、魔法使い同士の『契約』としてだ。」







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11月7日 18:10 人間の里


「大・正・解」

博麗霊夢の眼前に一筋の亀裂が入る。そこからぬるりと、舐めるように一人の少女が飛び出した。

「――あら、思ったより早いわね。」
「紫、遅い。」

大の字で横たわる白黒の魔法使いと、土埃にまみれた紅白の巫女に正反対の言葉をかけられながら、八雲紫は霊夢の真横に降り立った。

「つれないわねえ、これでも頑張ったんだけどなあ……でもよく気付いたわね霊夢、あれの正体に。」
「戦い方が本質的に違うもの。自分は動かず使い魔頼みなんて、あいつのやり方じゃないわ。さあ、答えてちょうだい?そんな趣味の悪い人形使って何企んでるの?魔理沙はどこ?」

霧雨魔理沙の形をしたそれは、片腕を失ったとは思えぬ落ち着き払った様子で、ゆっくりと立ち上がる。吹き飛んだ右肩の中はがらんどうだった。

「うふふ、一番の自信作があっさりやられちゃって、里の私もこの有様かぁ〜〜……うーん、なかなか予定通りにいかないものね。」
「あら、あの魔理沙が一番強かったのかしら?それはわざわざどうも。」
「はぁ?あんたら何言ってんのよ。」
「こういうこと。」

頭の上に疑問符を載せる霊夢の前へ、紫は手に持っていたものを投げ渡した。

「これは……魔理沙の?」
「そう、魔理沙の右腕。私と戦った魔理沙に嵌め込まれていたものよ。」
「じゃあ、この魔理沙には……」
「左脚よ。」

衝撃で地面に落ちた三角帽子を拾い上げ、息を吹きかけて砂埃を払ってから、それをかぶりなおした魔理沙は、左足を揺らしながら霊夢の疑問に答えた。その余裕すら漂う落ち着き払った佇まいは、いつもの魔理沙が見せるふてぶてしさとは少し違うものに見えたが、しかし霊夢にはその仕草にどこか覚えがあった。

「ただ魔理沙を象ったものならば、ここまでの力は出せないでしょうね。魔理沙の体の一部を依代にして彼女の力を人形にトレースさせつつ、アリスの人形としての力も上乗せさせている。よく考えたわね。」
「ちょっと待ってよ、あんたと戦ってた魔理沙とこの魔理沙、両方ともアリスが操作していた人形だったとして、同時に遠隔操作したっていうの?いくらアリスでもこの出力であの距離を――」
「本物の人体を使ってね、半自律化させたのよ。」

魔理沙は帽子の位置を調整しながら、魔女の笑みを浮かべて誇らしげに言った。

「そう、四肢を通して魔理沙の意思までもトレースし、必要最低限の知能と意識を持たせている。といっても完全ではなく、一応アリス本人の操作が必要ではあるようだけど。」
「完全な自律人形なんて創るものじゃあない、みたいなこと言ってたわね、アリスは。けれど貴方はなんでもお見通しね〜〜。この遠隔操作システムも地底へ行った時にもらった通信装置の応用。本当にいくら感謝してもしきれないわ、紫さん。」
「ありがと。でも種明かしの時間はおしまいよ。早く降伏しなさい。それとも壊れかけの人形ひとつで、私たちの相手が務まるとも?」




 


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11月7日 18:07 聖輦船甲板 


「――魔界神には会ったことあるのでしょう?スペルカードのこと、魔理沙に聞いたわ。」

アリスは歯の隙間から、押し潰すように声を出す。それは魔法使いの呪詛にも似ていた。

「ええ確かに、神綺様とは法界にいた時にお会いしました。貴方についてもあの方から多少伺っています。」
「ああそう?へぇ、そうなの?それなのに理由を聞くの?」


アリスはけらけらと笑いだした。顔を上に向け、気味の悪いほど反り返りながら、憤怒の視線を投げつけるアリスを、白蓮は無言で受けとめつつ、その眼光によって続きを促す。


「そう――あいつはね、何を思ったか知らないけど、突然『人間』を創ろうと言い出したのよ。大方魔界の創造に飽きたのかしらね。私はその66番目の作品。そのあともあいつは毎日毎日、飽きることもなく人創りに励んだわ。でもね、人間は余りにも脆弱すぎた――あいつの手にも余る程にね。くれどもくれども満足いくものはできなった。」

「貴方もそうだと?」


白蓮は少しでも時間を稼ごうとしていた。博霊の巫女か、八雲紫がこの危機を察知することを期待したのである。勿論アリスが彼女たちを足止めしている可能性は高いが、彼女たちの力をすれば少しの時間でそれを突破できる、そう白蓮は踏んでいた。


「その中ではまともな出来だったのかな。それでもこの歳で魔法使いになれるような『力を持った』人間しか創れなかった。それが気に食わなかったようね。出来そこないは毎日毎日みんなで片付けた。それが私たち姉妹の日課。まともな子達は耐えられず次々と発狂したわ。それもお片付け。怖くて逃げようとした子もお片付け――昨日まで姉妹として暮らしてたやつらを次の日はバラバラにするのよ!それを毎日毎日……次は自分がああなるのかと震えながら毎晩毎晩ベッドに潜り込むのよ!!」


アリスの一人舞台は、次第に狂気を帯びていった。口元を歪めながら、時折大声で笑い出したかと思うと、突然小声で泣きそうなそぶりを見せたりするのだった。ソフィストのように口角泡を飛ばしながら自己の正当性を雄弁に唱えつつ、オイディプスのような悲劇性を纏いながら己の業を嘆いたりする。何かと戦うかのように猛々しく手を振り、目を剥き髪の毛をかき乱しながら踊るその様は、さながら人形劇だった。


「生き残るために必死に魔法の勉強をして、あいつの関心を引いた。機嫌を損ねれば挽肉だったからね。そしてある日、混乱に乗じて強力なグリモワールを手にした私は、その力を使って魔界を脱出した。そしてこの森に身を潜めて、必死に勉強して魔法使いになったの。あいつの影に毎夜怯えながらね――そう、人間を辞めればあいつは私への興味を失うと信じて!!」

「しかしあの方は貴方のことを忘れていなかった。先日の魔界ツアーの記事を読んだのですね。」

「あいつはニコニコしながら私に会いたいって!戻ってきてほしい、私に手を貸してほしいって!これっぽっちも悪びれることなく――そうなんでしょ??そう書いてあった!!今でもまだ夢に見る――あの臭い、あの感触……ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ――出来そこないをすりつぶすあの日々、またあの生活をしろと?――間違いない、あれはきっと笑顔で私に会いに来る。なんの邪推もなく、無邪気に、優しい親の顔をして、そうやって私の心を抉りにくるのよ!!!」







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11月7日 18:10 人間の里




―――閃光、そして爆音





八雲紫と博麗霊夢は不意の衝撃に為すすべもなかった。勝ち誇った紫の表情は爆風と共にどこかへ吹き飛んでしまった。
二人には人里の一番端の方、ここから離れたところの爆心地をただ眺めることしかできなかったのである。

二人がその方向へ気を取られていたわずかな隙をついて、魔理沙人形は素早く呪文を唱えた。それはいつもアリスが行う、グリモワールの詠唱に似ていた。


「あ〜〜あっちは終わっちゃったのね。こっちも早くしないと。」
「何、今のは?何をしたの?」


薄ら笑いを浮かべる魔理沙を痛罵するように、紫は激しい口調を浴びせる。その声には憤怒の色がありありと浮かんでいたが、そこに先程までの余裕はかけらもなく、虚勢に過ぎないことは傍目にも明らかだった――彼女はどこかアリスと魔理沙を軽く見ていたのだ。幻想郷に深刻な害を為すことを、この魔法使い達が行い得るはずがないと。

「気にしないで。他の私がゴミを一匹片づけただけよ。一人ちょっと予想外の巻き添えがでちゃったみたいだけど、あの子は死なないから大丈夫でしょ。」

問いへの答えと同時に、魔理沙人形は素早く魔法陣を展開する。その数は先程より更にまた多かった。

「紫、うだうだ言ってないでさっさと潰すわよ。でないとヤバイわこいつ。」
「同感。」

霊夢と紫は身構える。冷え冷えとした笑みを浮かべた魔理沙人形の周りには、無数の人形達が臨戦態勢を整えていた。

「……うふふ…兵力は殺ぎたくなかったんだけどね〜〜」


                   境符「四重結界」

                  境界「二重弾幕結界」

               「オーレーリーズ=グランギニョル」


続けざまの結界を魔理沙は問題なく押し返す。そして人形達を二人の元へ先行させつつ、箒で飛び上がった。二対一の戦いは全くの互角だった。魔理沙の星屑と同じ軌道を描く人形達がアリスのスペルを使うかと思えば、アリスの人形のような動きから、無数のレーザーが放たれる。それは幻想郷最強の結界使い二人にも引けを取らない、ほれぼれするような連携だった。
ぶつかり合う4人の弾幕は、霧に覆われた幻想郷の空を、明るく照らし続ける。


人形の連携に進路を阻まれた二人の上をとって、魔理沙がスペルを切る。


                 星符「ドラゴンメテオ」


「ああめんどい!!」
「霊夢しのいで!」


                  神技「八方龍殺陣」


降下する魔理沙とそれを受けとめる霊夢。紫はスキマを通して、押し合いを続ける魔理沙の背中へ回り込む。


                捌器「全てを二つに分ける者」

                 戦操「ドールズウォー」


そこには人形の一団が待ち受けていた。不意打ちを不意打ちで返され、紫は押し寄せる人形共を捌きながら、爆ぜるように上空へと飛び退き、活路を見いだそうとする。

だが、紫の周りに光はなかった。空が、黒い塊に塗りつぶされていた。


「知ってるかしら?むかぁし図書館で知ったんだけどね、人間の体って60兆の部品からできてるんだって。」


その塊は魔理沙だった。途方もない数の魔理沙の一団。黒衣が、一つの巨大な雲となって蠢きながら、里に残る光をすっぽりと呑み込んでいた。

「何よ…あれ…?」

弾幕に四方を囲まれているという状況にもかかわらず、霊夢は呆然としてそれを見上げていた。様々な異変を見てきたこの巫女にとっても、この光景は余りにも異様なものであった。

「ゴーレム…まさか…魔理沙の一部を仕込んだの?」
「正・解♪余った部分を使ってね。だから一つ一つはそんなに強くないんだけど……うふっ、これだけ数があるとこんなおもしろいことができちゃうのよ!!」

魔理沙はゆっくりと左手を天にかざす。闇に包まれた一帯を照らすように、魔理沙ゴーレムの一団が光を纏いながら急降下してきた。



                 「ストロードール=ブレイジングスター」



「あれって『ストロードールカミカゼ』……と、まさか『あれ』と混ぜるっていうの!?」
「くっそ…あんの大莫迦野郎共っ!!」


ほぼ同時に飛び上がった紫と霊夢は、ありったけの力を使って里全体を覆う防御結界を張った。魔理沙の形をしたモノが、激しい衝撃と共に結界に突撃しては潰れていく。その度に崩れる結界を、二人は幾度も幾度も張り直していく。張り直しては壊される――いつ果てるとも知れない流星群は、二人の力を、心を、そして結界を次々と押し潰していく。徒労は永遠のように感じられた。

「紫、もたない!」
「黙って巫女の根性出しなさい!」







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11月7日 18:10 聖輦船甲板





―――閃光、そして爆音




聖輦船を揺らす轟音によって、アリスの一人舞台は幕を閉じた。

白蓮はその衝撃にも一切表情を崩すことなく、代わりに視線だけを爆心地の方へと向け、その態度によってアリスに迫った。――今のは何かと。

「――慧音のところに送った人形が自爆したのよ。予定外の邪魔が入って思ったより時間がかかったけど、まあちゃんと殺せたみたいだからいいわ。」
「慧音さん……確か、里で寺子屋を開いている方でしたね?なぜ彼女を?」


「魔理沙はね……里にある商店の一人娘だった。」

アリスは白蓮の言葉には答えず、先程までの激情が嘘のようにとつとつと語り始めた。残照が、彼女の顔にさっと陰を落とす。

「男子に恵まれなかった霧雨家は魔理沙を跡継ぎにしようと男として育てたの。立派な『男子』になるようにそれはそれは厳しく育てられたと言ってた。男の格好をして男の振舞いを強い、少しでも女を覗かせたり反抗の色を見せたりすれば容赦なく暴力をふるわれた。近所の人が目を背けるほどにね。繊細な魔理沙の心がそれに耐えられるはずもなかった。」


アリスの話を聞きながら、白蓮は積み木細工を組み立てるように、少しずつ取り巻く状況を整理していった。まず、巫女たちの応援を待つという選択肢は捨てざるを得ないだろう。アリスの口ぶりから察するに当然人里にも彼女の手は伸びているはずだ。巫女がどちらへ向かうかなど、考えるまでもなかった。


「幼い魔理沙は自身を心の奥底へ封印し、代わりに数多くの人格を造りだした。例えば貴方がよく知っている魔理沙は、『魔理沙』を守護し、防波堤となるために生み出され、主に外界との接触役を務めている魔理沙。魔法が使えるのはもう一人いてね……ああ、貴方は会ったことないでしょうけれど――あんなにがさつでも男勝りでもない、もうちょっと女の子っぽい魔理沙よ。
 ――――初めて『魔理沙』に会った時は、感動したわ。あの子は誰にも姿を見せないから。本当に純粋可憐な女の子なのよ?――触ると壊れてしまいそうな、彼女の前にあらゆる者が自分の汚らわしさに恥じ入るような……そう、私だけが知っている、本当の『魔理沙』。」


その上で白蓮は目の前の人形遣いについて思案する。彼女はその証言や魔力の放出具合から見ても、その魔力のほとんどをこの船上以外の行動のために使っているように見える。
であれば、白蓮の前に立っている彼女はただの人間と実質そう変わらない。もし白蓮が本気を出しさえすれば、抵抗する間すら与えずアリスを粉々にできる、それが彼女の見立てだった。


「――でも、別人格の創造――身を守るため、本能的に編み出したその“魔法”が結果としてあの子を一層追い詰めた。あの家では魔法は御法度だったからね。しまいには勘当されて家を追い出されることになった。それだけなら幸せだったでしょうね。
 でもそんなことが里に知れたら霧雨家の看板に傷がつくし商売にも触る。だから奉公に出した様に見せかけて口の堅い仲間達の間をたらいまわしにされたの。奴隷として、玩具として、慰み者としてね。そのあまりの惨状を見かねた霖之助さんが、あの子を逃がして森へ匿ったのよ――自分が破門されるのと引き換えにね。」


そして操舵室の魔理沙。彼女たちの怨嗟の的は余りにも広範囲に存在しており、復讐を妨害しうる障壁もまた多い。即ち、あれが本物の「魔理沙」である可能性はかなり低い。他の仲間がいる様には見えない中、戦力をこの船に集中させるとは考えにくいからだ。人形であると考えるが最も合理的だが、それならばアリスを倒せば足りるはずだ。


「ああ、慧音のことだったわね――そう、あの先生はとんだ喰わせ者。魔理沙の逃亡で、裏で色々やっていたことが表に出ると焦った連中があいつに頼んで歴史を消させたの。魔理沙のおぞましい苦痛を、屈辱を、寺小屋に通うのと同じくらい小さな少女が味わった地獄を――里の歴史から一切全て。だって、白沢なんて所詮権力者の都合に合わせて歴史を創るだけの畜生。霧雨家は里の商いを牛耳ってるし、魔理沙を嬲った奴らは里の有力者ばかりだったしね。」


だが、いやだからこそ白蓮は動けなかった。


「だから、ね、私たちは“契約”を交わしたの。魔理沙は私に体を売って、私はその体に力を与え、魔理沙の願いを叶える。その代わりに魔理沙は私の願いに協力してもらう。」


もしあの魔理沙が人形、あるいはそれに準じたものであるという甘い推測の元に立ったとしても、アリスの死亡した後の人形達の振る舞いを白蓮に予測することはできない。船内に仕掛けたという人形爆弾が魔理沙人形による自爆すると考えれば、アリスの話をただハッタリと判断することはできない。ならば、攻撃を仕掛けることはできない。



「――さて、こんな下らない世間話はそろそろ終わりにしていいかしら?それとも私に説教でもして下さるの?私たちの行いを悪行として、断罪でもするおつもり?」







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11月7日 18:14 人間の里


「へぇ、なかなかやるわね。まあこのくらいは止めてもらわないとねぇ〜」

もうもうと立ちこめる噴煙の向こうで、幻想郷の守護者達は、息を切らしながらなんとかその身を立たせていた――彼女たちはなんとか耐え切ったのだ。あらゆるものをすり潰して。
這々の体でこちらを睨む二人に嘲笑を浴びせながら、魔理沙は止めの一言を告げた。

「今ので100体分よ。残りの私は9900体。さあ、まだやるかしら?」




「――降参降参。わかったわ、アリス、何が望み?」

肩をすくめて大きく息を吐きながら、紫は地面へ降り立った。先程までの傷跡が残る里の往来の上で、彼女は打ってかわった懇ろな態度で魔理沙に微笑みかける。
逆転の一手を求め、脳みそを目一杯かき回していた霊夢は唖然とした様子を見せると、紫を思い切りにらみつけた。

「紫、あんた何言って――」
「無理よ、さっきこいつは戦力を殺ぎたくないと言った。つまり兵隊はまだいるってこと。とっくに詰みだわ。」
「そうそう、こっちの要求を大人しく飲めばいいのよ。そうすればこんなことまですることなかったのに。」

魔理沙はかざしていた手を降ろすと、紫と霊夢の元へ悠然と降り立つ。まだ納得がいかないのか、霊夢は鋭い眼光で魔理沙をにらみつけていたが、魔理沙はそれを気にかけるそぶりすら見せなかった。

「で、要求って言うのは?」
「え〜っと、あ、これこれ。このリストにあるやつらを殺したいの。最初の二人はもう殺っちゃったけど。残りもこっちで殺っちゃうから、引き渡して下さらない?そしたら里にこれ以上危害は加えないから。」

魔理沙は胸元から紙切れを取り出すと、それを二人の元へ投げた。その紙には里の住人の名前が十名ほど並んでいた。里とのつきあいなどせいぜい祭事の時ぐらいで、人の名前を覚える事に意味を見いださない霊夢でも、見覚えのあるような名前の羅列だった。

「わかった――」
「霊夢、それは貴方が言うべきことではないわ。私から言います。」

しばし黙考していた紫に代わって覚悟を決めようとしていた霊夢を、紫が遮った。
霊夢にもよくわかっていた。それが最善の判断であることを。自分が守るべきはまず第一に「幻想郷」であることを。そして紫が自分のために泥をかぶろうとしていることを。

「あら……それは良い返事と思っていいのね?」
「ええ、この人間は確かにお渡しします。」
「うふ……うふふふ………きゃはははははっ!!『幻想郷の妖怪は里の人間を殺してはならない』、っていうのはどうなったのかしらねぇ〜、け・ん・じ・ゃ・さん?」
「原則として、ということです。この者達は里にとって必要であるかもしれませんが、幻想郷にとって必須ではない。大局のために些事を切り捨てることに何の問題が?これはこの楽園を守るための、最善の判断です。」







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11月7日 18:15 聖輦船甲板


「何が善い行いで何が悪い行いであるかなど、一介の凡夫に過ぎない私にどうして判断することができましょう。しかし――それであっても貴方は善人のように私には見えます。」


だが、白蓮にはもうひとつ、判断しかねることがあった。それこそ彼女を逡巡させていた一番の理由だった。


「親鸞は卑屈で嫌いなんだけど、私はやはり悪人よ。自分がどう足掻いても極楽へ行けないことぐらいは自覚しているし、だからといって善行を積む覚悟も意志もない。」
「しかしそれでもなお、貴方は己の悪行を持って極楽へ行けないと考えているという意味で、善行をもって極楽へ行けると考えている人々と同様善人なのです。それは我々の決めることではない。」
「へぇそう――まあ実際どうでもいいんだけどね、極楽にいけるかどうかなんて。幸せなんて記憶にないから、憧れる気持ちすら湧かないわ。」
「うちの寺においでなさい。貴方達の過去も宿業も全て受け入れます。貴方達を辱めた者たちから貴方達を守ります。貴方達が求めるのならば、彼らの業を全て白日の下に晒します。」
「言ったでしょう、線香臭いのは嫌いなの。それにもう祈るのはうんざりだわ。」


魔理沙が、慧音に、里の人間に向けたような殺意、憎悪を、己の体を売り渡してまで遂げようとした復讐心を、目の前の人形遣いは本当に持っているのだろうか。
彼女は本気で心の底からこの計画の成功を願っているのだろうか。


「さて、人質の収容は終了したわ。もうすぐ目的のポイントへ着く。貴方はどうするの?――協力する?それとも見せしめに誰かが死ぬのを見る?」


だから彼女はアリスに問うた。


「――では、貴方はどうしたいのですか?、アリス・マーガトロイド。」
「禅問答に興味はないわ。」
「聞きなさい。貴方は全て、自らの意思の元で行動しているように振る舞っていますが、肝心の判断は他人に、私に委ねているのではないですか?」
「だから言ったでしょう、この船を使って魔界へ十万のゴーレムを送り込み、あの女を殺すのが私の目的。だから貴方は転送術式の媒介役として魔力を供給――」
「それは選択肢を提示したに過ぎません。貴方は奇妙だ。その魔法は別に私がいなくても、あらかじめ準備しておけばできる。まるであらゆる選択肢を私の前に提示した上で、どの選択肢を選ぶかは全て私に決めさせるために、そのためだけに貴方は私と二人きりになって“協力”を仰いだように見える―――だから問うのです。貴方はどうしたいのですか?貴方がこの問いに答えるのなら、自分に真摯に向き合うのなら、それに対して私も最大限の誠意で答えましょう。」



二人の間に完璧な沈黙が流れる。残照は完全に闇に溶け、月だけが二人を見下ろしていた。
すうっと、立冬の夜風が通り過ぎる。白蓮のマントがふわりと宙を泳いだ。月光に照らされて、きらきらとなびいた彼女の髪は、一層神々しさものに見えた。



「――ふっ、ふふ……あははははは、あははっ、あはははははは!!……そう、ああそう……ふふっ、さっきはあんなこといったけど、なんだか貴方のこと好きになれそうな気がしてきたわ。」


腹の底から捻り出すような、ひどく満ち足りたアリスの嗤いを全身で受けとめながら、白蓮は右の手を差し出した。
慈愛――そんな言葉ではおよそ表現しえないような、圧倒的な迫力を纏う彼女の姿を見て、アリスは差し出されたその手を、しっかりと、強く握りしめた。


「そうね、そう――私は、魔理沙と一緒にいたい――いつまでも……二人で静かに、愛するあの子といつまでもずっと――そのためにこんなことをしようと思ったんだもの。」










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11月15日 紅魔館


「パチュリー様、お客様がお見えになりました。」

紅魔館のメイド長である十六夜咲夜のノックに続いて、一人の女性が図書館のドアをくぐった。

「いらっしゃい、お待ちしていたわ。」

図書館の主は来客者を丁重に迎える。

「はじめまして、聖白蓮と申します。貴女が――」
「ええ、パチュリー・ノーレッジ。貴方と同じ、魔法使いよ。」

軽く会釈したパチュリーに対して白蓮は静かに合掌をした。パチュリーはにっこりとほほ笑むと客人に腰掛けるように促す。

「こちらが魔導書を収集しているという大図書館ですか。お噂は以前からかねがね。」
「ええ、古今東西、魔法に関する書物はあらかた押さえてあるわ。貴方ほどの大魔法使いであれば、いつでも見学しに来ていただいて構わないわよ。」

書庫の方へ眼をやる白蓮を、突然蝙蝠の群れが囲んだ。彼女はそれにたじろぐことなく、静かに会釈をする。
蝙蝠は黒い塊となりながら、向かい合うように座る二人の横にある椅子へ群がっていった。

「あら、レミィどうしたの?」
「失礼しました。館の主に挨拶もなくお邪魔してしまいまして。」
「構わないよ。大切な友人の客だ。」

白蓮の対応に満足したように、蝙蝠から人型へ姿を戻したレミリア・スカーレットは、柔和で尊大な笑みを客人へ返した。

「私はパチェにこれを届けに来たんだ。さっきまで部屋で読んでてさ。」

レミリアは手に持っていた物をテーブルの上に放り投げる。それは新聞だった。
自然に皆の視線がその新聞へと向かう。気付けば新聞が置かれたテーブルの上には、湯気を上らせたティーカップが三脚並んでいた。
友人の悪趣味な心遣いに苦笑しながら、パチュリーはその笑みをカップの中の液体と一緒に呑み込もうとした。だが口の中に広がる不可思議な味に彼女は次の瞬間さらに顔をしかめる事となった。眉間にシワを寄せた表情はそのままに、横に立つ十六夜咲夜をギロリと睨む。

「何これ?」
「尼さんがいらっしゃるのにいつもの紅茶はよくないかなと思いまして…美鈴に教わった径山茶だったんですが、お口にあいませんか?」
「さくやぁ〜、これ砂糖何杯入れるの?」
「私のことはおきになさらず、白湯で十分です。」

思わぬ不評に咲夜は小首を傾げる。なぜ尼が来ると中国茶なのか、そこに居合わせた誰もが彼女の考えを理解できなかったなかったが、誰もそのことには詮索しなかった。続けて自信満々に差し出したとっておきの「般若湯」もあっさり却下され、しぶしぶ紅茶を淹れ直す咲夜を余所に、レミリアは持ってきた新聞を広げながら、載っている話題を上機嫌に白蓮へ振る。それは大抵、彼女たちが暇を潰すためのたわいもないゴシップについてだった。白蓮はそれに対して淡々と私見を述べる。益々乗ってきたレミリアは、余興と称してやおら椅子の上に立ち上がり、その新聞の一面記事をもったいぶった調子で朗読し始めた。




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文々。新聞.11月15日 「幻想郷同時多発テロ事件 新たな真実と残るナゾ?」

 先日幻想郷を揺るがした、アリス・マーガトロイド氏による同時多発テロの全貌が少しずつ明らかになってきた。

 犯行に用いられた人形は、八雲紫氏が破壊したものと上白沢慧音氏を爆殺したもの(共に全壊)、そしてマーガトロイド氏死亡直後に里と聖輦船の操舵室で機能停止したもの、それぞれ一体ずつ、計四体が明らかとなっている。
 機能停止した二体にはそれぞれ左脚と左腕が嵌め込まれおり、八雲氏が破壊したものは当人の証言から右腕が、上白沢氏を爆殺せしめたものは先日の現場検証から右脚が使われていた可能性が高く、マーガトロイド氏は霧雨氏を殺害した後、彼女の体を分割し、人形に四肢を嵌め込むという残忍極まりない方法で人形を制作していたと考えられている。
 また、それ以外の余った体の部分を用いたと見られるゴーレムが魔法の森のマーガトロイド邸周辺から大量に発見された。最終的な数についてはまだ判明していないが、捜査関係者の意見を総合すると少なくとも10万体以上製造されていたと思われる。ゴーレムの中からは霧雨氏の組織片が発見されており、全くもって鬼畜の所行と言うほか無い。
 
 そのマーガトロイド氏が聖輦船にて死亡したことで結局凶行は未遂に終わったが、彼女の死が自殺であった可能性が極めて高いことが今回の取材により明らかになった。彼女と交渉に当たっていた聖白蓮氏は「この船もろとも自爆すると突然騒ぎだし、こちらに攻撃してきたので、反撃したところ船から身を投げた。」と証言している。この証言を裏付けるように、同時刻多くの人妖が空中での爆発を目撃しており、マーガトロイド氏が追いつめられて自爆したのはほぼ間違いないと思われる。

 しかしその他の詳しい経緯については聖氏を始め、当時乗船していた人妖も沈黙を守っており、大量のゴーレムを一体何に使うつもりだったのか、或いは犯行の動機は何だったのかという点については依然として闇に包まれたままである。弊紙記者がその点について命蓮寺に突撃取材したところ、「話すことはない」の一点張りであった。
 命蓮寺は次第に以前の落ち着きを取り戻しつつあるが、事件に巻き込まれる形となった「魔界ツアー」は今後一切行わないと発表している。犯人のマーガトロイド氏以外に犠牲者や怪我人が一人も出なかったことなど、聖氏を中心とした命蓮寺関係者の今回の対応を非難する声はほとんどないにもかかわらずである。これも彼女なりの禊ぎということなのだろうか。
 一方でツアーの再開を望む声は依然止まず、魔界を統括する神綺氏もこの決定について「再開を望む」という趣旨の声明を出している。

 同様に里で人形を食い止めた八雲紫氏と博麗霊夢氏も事件については証言を避けている。消息筋による情報を総合すると、犠牲者は上白沢氏を含め三名程度と見られているが、その犠牲者名すら市井の人妖には公表されていない。
 また空中での爆発によって遺体が広範囲に細かく散らばったと見られているため、マーガトロイド氏の組織片は殆ど見つかっていない。そのため彼女はまだ生きているのではないかという、よからぬ噂が一部に広がっている。

 このような不確実な情報に基づいた荒唐無稽な噂は世間の混乱を招き、真相を曇らせるばかりであろう。今後もこの『文々。新聞』は、この事件について徹底的に追究していく所存である。

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「……やはり私を呼んだ理由はこれですか?」
「少々誤解があるようね、別に動機やら経緯やらを詮索する気はないわ。私はただこの記事について貴方の意見を伺いたかっただけ。魔法使いとしてね。」
「魔法使いとして……ですか。」

白蓮は話を反らすように白湯を口に含んだ。

「レミィはどう思う?これを読んで。」
「この私の名前が載っていないことが面白くないね。」
「ふふっ、レミィらしいわね。」
「なら、パチェはこれのどこが面白いんだ?」

淹れ直された紅茶へ砂糖をつぎ込みながら、レミリアはパチュリーに問いかけた。径山茶の残り香とダージリンの香りが混じり合う。

「だって人形がこの四体しかないのよ?」
「…ああ、そういうことか…くっくっく、なるほどねぇ。つまりだ、人体の中で最も強い依代となる――」
「頭でしょうか?」

答えたのは咲夜だった。パチュリーはメイド長にニヤリと笑いかける。

「50点。あと、心臓ね。」
「確かに、魔術の依代に最も適しているのは、その術式にも寄りますが、一般的には頭部、次いで心臓です。」
「そう、白蓮さんの言うとおり。それもこんな大がかりな術式に頭部や心臓を使わず四肢だけを使うのは余りにも不自然。どうやらこの記者はそれらを『余った部分』と考え、刻んでゴーレムに使ったと思っているようだけど、そんな不合理で愚昧ことをする魔法使いはいない。もちろん、天狗は魔法には明るくないでしょうからしかたないでしょうけれど。」

カップに視線を落したままの白蓮へ向かって、パチュリーは跳ねるような口調で答えた。彼女には珍しく、その声は熱を帯びているように見える。

「――貴方はとても変わっています。事件を解明したいのではなく、考察したがっているように見える。」

沈んだ調子のまま、白蓮は言葉を返した。

「当然よ。これは二人の魔法使いが綿密かつ周到な準備・計画の元、実行した大規模な魔法実験。同じ魔法使いとして考察せずにはいられないわ。貴方は違うのかしら、白蓮さん?」
「これは痛ましい出来事であったと思います。こんな事を引き起こしてしまった己の至らなさにただ責任を感じている、それが全てです。」
「あら、魔法は厳格で精緻なルールをそれ自体に独立して内在化し、あらゆる価値や慣習を超越した位置に存在する最高級の知的活動よ。そこに浅薄な倫理や道徳が入り込む余地など、存在するはずもない。」

親友の言葉を聞いたレミリアは満足げに笑い出した。白蓮は主人のその笑いには答えず、静かに言葉を続ける。その眼はどこか遠くを見ているようだった。

「おっしゃる通り、法理をよるべとするならば、俗世の人倫が定める善悪に意味などありますまい。事の善悪の判断は阿弥陀の手の中にあるのであり、それを問うことは凡夫たる我々には過ぎた行いといえます。――しかしパチュリーさん、知が私達を真理へと導くとは限らないのです。識ることは執着を生み、しばしば人を迷わせます。」
「あら、私は仏に成る気はないけれど、ひたすらに知識を探求することが魔法使いにとって最高の修行であるとは思っている。」
「多くの上人がそう考え、私もかつてそれを試みました。しかし、それは詰まるところ最も狭く最も遠い隘路なのです。針の穴に駱駝を通すような。」
「そうかしら、今も貴方は智慧を語り、多くの信徒を得ている。それは修行の成果でしょう?」
「智慧は私の中にあるのではなく、智慧をもたらす法の中に我々は最初からいるのです。そしてその法を彼らは慕っているのであり、私を慕っているのではありません。」
「私にはその考えが謙遜を纏った不遜のように見える。現に先程貴方はあの事件について『責任を感じる』と言った。それは貴方があの子達の業を負うだけの力を持っていると、自負しているからではなくて?」
「彼女たちの行いはひとえに業縁によるものでしょう。世の行いは因と縁、全ての相互作用の結果です。しかしそれは余りにも摩訶不思議、煩悩具足たる我々に、その因果の絡み合いを完全に理解することは到底叶わない。故に我々は絶対無限の妙用に身を託し、阿弥陀の誓願にすがるほかなく、そしてそれがいかなるものであれ、ある行いの責任を特定の何者かに帰することはその誓願に背くことです。
――しかし、また同時に私たちは世界を貫徹する因縁の法を、私たちはそれぞれの中に包摂している。しかるに、我々一人一人は、この宇宙で起こる宿業の責任をあまねく引き受けねばならない。不完全であるが故に無責任であらざるを得ず、同時に完全であるが故に、我々は全責任を負わなければならないのです。」

鏡に映したように、二人の魔法使いは同時にカップを手に取る。彼女たちに挟まれるように座っていたレミリアは、頬杖をつき、そっと耳を傾けながらこのお茶会を堪能していた。




「――御話というのは、これだけなのでしょうか?」
「いえいえ、違うのよ。もう一つ、大事な話があるの。」

そう言ってパチュリーは視線を横へ向けた。山積みになった魔導書は彼女たちを静かに見下ろしている。

「貴方の方はどうだったか知らないけれど、魔理沙はよくここへ来ては断りもなく本をかっぱらっていったのよ。『死ぬまで借りる』なんて言いながらね。とんだ冗談だと思ってたけど――でも案外律儀な子だったのね。先日家へ行ったら丁寧に分類して玄関口に積んであったわ。此処にいる人妖なんて、死んだら約束なんて平気で反故にする薄情者ばかりだと思ってたんだけど。」

「あの紅白のようにね」とパチュリーはぼそりと付け足した。レミリアはまた大笑いしながら「あのスキマもだな」と言葉を重ねる。たまらずもらい笑いをしたパチュリーはレミリアをこづく。
白蓮はその軽妙なやりとりに相づちを打つこともなく、積み上げられた本の山をただ見上げていた。

「――ああごめんなさい、今日貴方に来てもらったのは他でもない、この本についてなのよ。無事本が全て返ってきたと喜んでいたんだけど、後で司書に調べさせたらなぜだか一冊だけないの。非常に高度かつ難解な魔導書で、相当修業を積んだ魔法使いでないと扱えないものだったから、彼女たちにはまだ無用の長物だと思ってたんだけどね……記されていた魔法はたしか――愛し合う二人、彼らの体のそれぞれ同じ部位を依代にして、広範囲かつ長期間にわたって強力な呪いをかける方法――うちの図書館の中に所蔵されている禁書(グリモワール)の中でもかなり危険な代物。」

生粋の魔法使いは、妖艶な笑みを相手へ投げかけた。

「――でね、貴方ならもしかしたらと思って。その本、どこにあるかご存じでないかしら?」

遠い昔に人間を辞めた魔法使いは、真っすぐ相手へ視線を向けた。

「残念ですが。御役に立てず申し訳ありません。」

「……そう……そうね、本当に残念だわ。」





「貴方は、御二人と仲がよろしかったのですか?」
「…まあそうね、魔法使いの仲間なんて、なかなかいなかったから。」
「御二人の亡骸は、先日私どもの寺にて手厚く葬らせて頂きました。無縁仏ゆえ、もし貴方が墓参りに来て下さるのなら、彼女たちも浄土の向こうから貴方へ慈愛をもたらすでしょう。望むのであれば、私が責任を持ってお墓までご案内いたします。」
長いわ、場面はころころ変わるわ、ひじりんは何言ってるかわからないわと、ここまで読んでいただいた方、ありがとうございます。本当は外道夢子ちゃんもどっかに書きたかったんだけど…

最初ただ「ストロードールブレイジングスター」って強そうじゃね?と思いついただけだったんですが、白蓮についてあれこれ考えてるうちに、主役が誰だかわからなくなりました。
彼女を僧侶っぽく書こうと思うと自分の知識のなさが出て辛いです。清沢満之は相性いいかなと思ったけどよくわからんな。
んh
作品情報
作品集:
21
投稿日時:
2010/10/17 05:51:55
更新日時:
2010/10/17 20:00:05
分類
アリス
魔理沙
白蓮
パチュリー
慧音
霊夢
霖之助
75kb
1. NutsIn先任曹長 ■2010/10/17 15:26:14
歪んでいて、真っ直ぐな恋路。
二人添い遂げたい。その願いを叶える為に、政治的判断が必要とされるとは……。

ここでは、愛と呪いは同義語。
2. 名無し ■2010/10/17 20:52:46
45分かかった。(読むのに)
白蓮の言ってることが分かりにくい。白蓮に限らず、みんな言ってることが論理的でいいね。
理系の俺には読みやすいけど、現国の教科書を読んでるみたいな感覚になる部分があるね。

ま、あのバカ二人が死んでめでたしめでたし、ってことで。けーねはちょっと残念だけど。愛とか超下らねえし。


あと、おぜう!お前ウザイよ?茶化すな!
3. 名無し ■2010/10/17 21:07:28
日記の人物、魔理沙に見せかけてアリスかなと思ったら両方とは…
この二人の呪いはどこまでが範疇なのか
世の中全部呪ってもおかしくないな

キャラクターそれぞれに色々な面があって面白かったです
4. 名無し ■2010/10/17 21:29:55
*2                                     おまえ「罪と幻想の果てに」で理系について言ってたやつと同一人物じゃないのか?ちなみにおれは、そのときいた5の名無しです。           
5. 名無し ■2010/10/17 21:38:54
霧雨の家ってクソだったんだな。
魔理沙ェ・・・・・
6. 名無し ■2010/10/18 01:16:29
読むのにえらい時間かかった。だが最後まで読ませるものがこの作品にはあったよ。
7. 名無し ■2010/10/18 02:25:34
どうとでも取れるオチがいいな
魔理沙と一緒にいたいと願ったアリスに、見つからない頭部に、アリスの死が確定したとはとれない描写に、グリモワールに
それに加えてなんか今まで読んだ中で一番聖が偽善じゃない聖人らしいや
ちゃんと僧侶っぽいですぜ
8. 名無し ■2010/10/18 06:21:28
パッチェさん素直じゃないな
最後まで読み応えのある作品でした
9. 名無し ■2010/10/19 00:23:39
確かにひじりん何言ってるかわからんね。やっぱ俺の読解力のなさのせいかなぁ?

ちょっとコメ4!それ俺じゃない。
10. 名無し ■2010/10/21 23:22:54
>ストロードール=ブレイジングスター
トランザム祭りを思い出した
11. 名無し ■2010/10/24 08:52:53
神綺様こえー
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