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『素晴らしい君に相応しい姿を』 作者: 小鎬 三斎

素晴らしい君に相応しい姿を

作品集: 21 投稿日時: 2010/11/21 20:51:09 更新日時: 2010/11/27 12:27:25
「うふっ」
「うふふふふっ」

「んっ…うぅ……」
見渡す限りの黒以外は何もない、深く冷たい暗闇に、少女の二つの笑い声がやけに大きく響き渡る。
木とも石ともつかない硬い地の上。そこに倒れていたブロンドの少女は、
その二つの笑い声で目を醒ました。少女にとってそれは、十数年間生きてきた中で最悪の寝覚め。
ガンガンと鳴り響く頭を押さえてむくりと起きあがり、周囲の光景を見渡すと、
そこにあるのは延々続く闇の世界。ふと考える…一体自分はいつの間に眠ってしまったのだろう。
今し方自分を眠りの沼から引き摺り出したのは誰の笑い声だろう。いや、それよりも……。

(ここは…何処だ?)

少女が見渡す世界は何もかもが壁や天井までもが黒く塗りつぶされ、
先程まで倒れていた床の上には大きな二重の円と六芒星からなる奇怪な魔方陣が描かれ、
その周囲を紫色の炎が妖しく揺らめき、隙間無くぐるりと少女を取り囲んでいる。
魔方陣が描かれた硬く滑らかな木の床…それで最低限、ここが室内であるという事だけは分かった。
しかしここには窓というものが無いのか、炎以外に周囲を照らすものが何一つ無い。
ここはいったいどんな場所なのだろう。どこかの屋敷の地下室か、それとも辺鄙な山奥の小屋か。
真っ黒な空と紫の炎という、普段なら見ない二つのものが少女の目の前にある。
どうした事かその炎からは、世の炎というものが例外無く持っている熱さというものが、
全くと言っていいほど感じられない。
ただ、冷たい圧力に似た何かが、そこから絶え間なくビシビシと伝わってくるのだけは分かる。
暗く冷たい炎の壁。それに少女は完全に囲繞されていた。

“一体自分はどうしてここにいるのだろうか?”

真っ先に少女の頭に浮かんだのはその疑問だった。目を醒ましたばかりで
まだ覚醒しきっていない頭脳を無理矢理回転させ、記憶の糸を懸命に辿って行く。
あぁ、そうだ。そう言えば……。時間が経つに連れて記憶も鮮明になる。
確かあの時自分はすっかり日課になっていた紅魔館大図書館から新しい魔道書を調達するために、
いつものようにそこへ真正面から乗りこんで行き、めぼしい魔道書を持てるだけ持って、
魔法の森にある自分の家に帰る途中だった。今日の収穫はあまりいいものとは言えなかったが、
それでも手に入れた魔道書一式その他諸々は、大魔法使いという自分の夢の為に
大いに役立ってくれる筈だった。その途上、紅魔館の長く入り組んだホールウェイを
御機嫌で駆け抜けていた時。突如行く手を遮る様に壁から突き出してきた巨大な手みたいなものに
全身をがっちりと掴まれてしまった……全てがあっという間過ぎて抵抗する間もなかった。
そこで意識は途切れたのだ。幸いというかなんというか、辛うじてそこまでは憶えていた。
そして気がついたら自分はここにいた、というわけだ。
それはまだいい。しかしどうして今、私はここに居る?
考えられる要因ははただ一つ。巨大な手に握られて気を失っている間に、
誰かの手によりここに運び込まれたのだ。それにしても……。

(何で、私…裸になってるんだ)
気がついたら手元には大図書館から持ち逃げした本は勿論の事、
愛用の箒やミニ八卦炉、更には自分の服も何一つ無い。
帽子どころか靴下まで引っぺがされた、まさに生まれたままの姿を少女は曝している。
道理で何だか肌寒いと思った。これは誰の仕業だろうか。そして何のつもりなのだろうか。
いたいけな少女の衣服を眠っている間に残さず全部引ん剥くなんて、
悪趣味にも程がある。一体誰がこんな事を……!?
「うふふふふ……」
と、少女の疑問に答えるかのように、先程少女を眠りから引き起こした声が高く響く。
「何処に…いるんだ。姿を見せろ」
周囲を取り巻く闇の一部が一瞬ぼやけ、そこから二人のブロンドの少女が現れる。
「お久しぶりですわ…。霧雨、魔理沙さん……」
「…誰だ、お前」
「あら…随分冷たいのねぇ。まさか貴女、もう私をお忘れかしら?
 …私は片時も貴女の事を忘れた事なんてなかったのに」
「仕方ないわよ、姉さん。彼女の世界では私達は最早、人からも妖からも忘れられた存在だもの……」
二人の少女を改めてじっと見て、霧雨魔理沙は息を呑んだ。
彼女は、ようやく二人を思い出す。
「お前、ら…、あの時の……」
「その通り。私はあの日あの時、貴女に散々に打ち据えられた悪魔の幻月ですよ」
「……同じく、夢月」
悪魔のそれとはとても思えない、まるで天界の天使を思わせる白い翼と衣を持った、
冷たく暗き夢幻世界の住人、幻月。
青を基調としたドレスに白いフリルエプロンとカチューシャという
ステレオタイプのメイド服を身に纏った幻月の双子の妹、夢月。
かつて魔理沙がほんの暇潰しのつもりで乗りこんだ夢幻世界にいた悪魔の姉妹である。
「くすくす…いい格好じゃない、魔理沙さん。まるで穢れを知らない子供みたい……」
「お前等……」
全てはこいつ等の仕業か。私を拉致したのも、衣服を残さず引っぺがしたのも、
こんな奇怪な場所に閉じ込めたのも……!怒りが一気怒涛に込み上げる。
何のつもりかは分からないが、奴に一発食らわせてここから逃げよう、魔理沙はそう考え……

すぐに、思いとどまった。

かつて夢幻世界で二人と相対した魔理沙は彼女達の怖さはよく知っていた。
あの時に垣間見た、まだスペルカードルールが無い頃の、
真に気の触れた者だけが持ち得る高密度、超高速の二つの要素を詰め合わせた狂気の弾幕。
遊びとして成り立たないという理由で、今の幻想郷の名立たる弾幕使いの間でも
すっかり廃れた弾幕を、この双子は持っている。奴等を怒らせようものならばすぐにでも、
再びあの恐ろしい発狂弾幕の餌食になるのは自明の理だ。瞬間的に魔理沙の脳裏に、
あの弾幕がフラッシュバックした。
普通の方法ではこの二人には絶対に勝てない……。魔法使いとして幻想郷を、
あらゆる弾幕を光速で翔けた魔理沙の勘がそう告げている。パニック状態になりかけた頭で
一つようやく見出した、この状況を打開する術は一つ…。
そう、どうにか僅かな隙を見つけて逃げる事だ。ただの人間である魔理沙と悪魔の姉妹。
力の差は歴然だが、ほんの少しでもその身体を仰け反らせる程度のダメージを与えれば、
取敢えず逃げる隙は作れる。そこでもし大きな隙を作れずとも、
その間にまた次の策を弄するだけの時間は稼げる。兎に角、何かしなければ……。
魔理沙はそう判断し、よろよろと立ち上がって猛然と姉妹の元へ駆け寄った……
つもりだった。

「ぐっ!?」
何故だ?脚が一歩も動かせない。まるで鉄の杭か何かで強く打ち付けられているかのようだ。
駆け出すどころか立ち上がる事も侭ならない。
…どうやら眼には見えない鎖みたいなものでがっちりと縛られているのだろう。
同様に両腕もがっちりと不可視の鎖で縛られているらしい。無理矢理拘束を
引き千切ろうとしても、それは蟻の一歩にも及ばなかった。
「無駄よ。ここは私達の夢幻世界……ここでは私が常識であり、法律。
 私が解除しない限りその拘束も解けないわ。仮に拘束を外すことが出来たところで、
 貴女はこの結界から出ることは出来ない。要は何をしても無駄という事よ。
 大丈夫…これから一つだけ私の願いを聞いてくれればすぐに拘束は外すから」
それだけ聞いてすぐに魔理沙は悟った。これからどんな目に遭うのかは知らないが、
今から私は奴の為すが侭らしい。どうせ大した願いではないだろう、
ちょっとだけでも耳を傾けてやれば逃げられる……。
不本意だが、これが今の魔理沙にとって最良にして唯一の策。
「へぇ。…それで、これから一体何をするつもりなんだ」

強がりが見え見えの魔理沙の問いを聞いた幻月の口元に、ふっと笑みが零れる。
まるでその問いを待っていたかのように。
「そうねぇ。私つい最近、とある伝手を頼って最新版の幻想郷縁起を読んだの。
 貴女やあの“夢と伝統を保守する巫女”、いつかの夢幻館の主も事細かに書かれていた。
 実に読み応えがあったわ。だけど……」
「最新版の幻想郷縁起の何処にも、私や姉さんの項はなかった。
 それどころか悪魔のカテゴリー自体が存在していなかった。吸血鬼の項はあったけど、
 あろう事かそれにはあの湖の門番を務めていたくるみの名さえも存在しなかった……。
 その時私達は悟った。既に私達が、妖怪や悪魔の天下である幻想郷から
 忘れられつつある事を。 その時は流石に拙いと思ったわ。このままじゃ私達悪魔は
 この世界の歴史から、永久にかき消されてしまう…それは流石に我慢ならない」
「だから私は事を起こす。私達悪魔がこの夢幻世界から、今の幻想郷に覇を唱える…
 …貴女には、その為の尖兵になってもらうの」
「ハッ。幻想郷に覇を唱える?大した理想だな。で、何で私なんだ?
 ほんの少し魔法が使えるただの人間じゃ使いものにならないぜ?」
「大丈夫……魔族になればいいのよ」

あっさりと幻月は言ってのける。私を…人を魔族に?
幻想郷における魔族というものは、パチュリーやスカーレット姉妹のような
生まれついての魔性の者ではなく、儀式や悪魔との契約などによって
人間から魔性の者へと堕ちた者の事を指す言葉だ。捨食の術により魔界人から
妖に変じたアリスもその部類に入る。彼女達は魔理沙を魔族に、
そして下僕にするという。あまりに突拍子も無い事に魔理沙は思わず失笑した。
己の意志でその身を変じるのなら兎も角、人を半ば強制的に魔性に堕とすような無茶は
今の幻想郷ではまず許される事はない。そんな事をすればすぐにでも霊夢や紫が動くだろう。
その事実が魔理沙に幾許かの余裕を与える。
「なぁ…聞いていいか。どうして霊夢じゃなくて私なんだ」
「……どういう意味かしら?」
「私だけじゃない。霊夢もお前達を同じように叩きのめしたじゃないか。
 なのにどうして私に白羽の矢が立ったんだ。あの時の復讐のつもりなら、
 私一人を標的にするのは筋違いだぞ?」
自分の中では真っ当な理論を並べる魔理沙。そんな彼女を幻月はふっ、
という含み笑いだけで軽くあしらい、答える。
「面白い事言うのね、復讐だなんて。私達悪魔のような高貴な存在が、
 人間の下らない感情に囚われるわけが無いじゃないの。
 さっきも言ったでしょう?私は幻想郷に覇を唱えるって」
「妖怪の天下である幻想郷を支配する…そのための戦いに参ずる為に、
 私達はいっぱしに勢力を持つ必要があると思った。その足がかりとしてまずは
 強く邪な心を持つ人間を一人、私達の下僕とする。その為の素体として
 貴女は一番適していた……どう?納得したかしら?」
「いや、全然」
「ふぅん。ならば証拠を見せるわね。…これ、何だか分かるかしら」
そう語る幻月の手にあるのは、周囲が宝石その他で彩られた八角形の鏡だ。
「これは私達が作り上げた、閻魔が手にする浄玻璃の鏡のコピー品。
 それでも用途は本物と何ら変わりはないわ。見せてあげるわよ……貴女が犯した数々の悪行。
 そして、貴女が私達の下僕に相応しいという証拠をね」
鏡が妖しく光り輝き、そこに映ったのは…過去の魔理沙の様々な悪行だ。

幼い巫女を高々と十字架にかけて火をつける……魔理沙。
罪もない魔界人達を散々に打ち据える…魔理沙。
大図書館の壁を破壊し、有りっ丈魔道書を強奪して行く…魔理沙。
鏡は魔理沙の悪行をこれでもかこれでもかと映し出していく。流石の魔理沙も言葉を失った。
もしここが閻魔の裁きの場であれば、すぐさま彼女は地獄への直行便に乗っていた事だろう。
「や、やめろ!これ以上はやめろ……!!」
「最高ね…幻想郷広しといえどこんなにも邪な心に溢れた人間は珍しいわ。
 私の下僕として最高の素材。もしかしたら人間の今よりも才能を発揮できるかもしれないわねぇ」
「やめろ…、もう、やめてくれ……っ」
「それに魔理沙、貴女はあの時の戦いさえ暇潰し、遊びだと言った。
 だから…私も貴女の身体で遊んであげるわ」
幻月の双眸にはいつの間にやら、本来の悪魔としての禍禍しい輝きが燦燦と溢れている。
彼女の全身から襲い来る、言い知れぬ何かに絶えず圧迫されるのを魔理沙は感じた。
金縛りにあったように動けない。
「おい…!何をする気だ。ちょ、待てっ!」
「心配無いわよ……施術の一切は私達に任せなさい。貴女自身は一生に一度あるかないかの、
 甘美な快楽に身を任せていればいいだけ。そうして全てが終わる頃には貴女の身体は、
 その邪な心に相応しい姿と力を得ているでしょう。では早速……夢月、アレを用意して」
「はい、姉さん」

幻月の指示を受けた夢月は紫の炎の壁を躊躇い無くするり抜け、魔方陣の中に踏みこんでくる。
「ちょっと痛いけど我慢してね」
夢月の有無を言わさない勢いにたじろぐ魔理沙の薄い胸に夢月はその鋭い爪を当てて
一気に縦に走らせると、開かれた胸の傷口からドクドクと脈打つ魔理沙の心臓が覗く。
「あっ…あぁぁ……」
突然胸を裂かれたというショックにまともに声が出せない。夢月はそんな魔理沙をよそに
その小さな手を開かれた胸の中に突っ込み、そっとそれを…魔理沙の心臓を掴み、
胸に開けた隙間から勢い良く引き摺り出す。本来あるべき魔理沙の身体から引き離されて
なお鼓動を止めない心臓は夢月の手によって乱暴に握り潰され、
幻月お気に入りの青いメイド服が鮮やかな赤に染まった。
その全てが、魔理沙にとって、あまりに衝撃的な光景であった。
「ぅぁ、うわぁっ……!!」
「驚いたわ…心臓が無くなっても意識を失わない人間がいるなんて。
 ますますもって素晴らしいわね」
ひょっとしたらこの娘には、生まれながらに自分たちの想像を超えた心身共に邪なるもの…
魔族としての天賦の才があるのだろう。恐らく彼女は間違って人間に生まれたに魔族に違いない。
ならば、速やかに彼女を元の姿に戻してやろう。幻月はすぐさま第二段階に取り掛かる。
先程抜き取った心臓があった場所。そこへ夢月の手により拳大の赤い宝石が差し込まれる。
「これはね…私達の世界で広く採掘される炎魂石という特殊鉱物。そして貴女の新しい心臓よ。
 これが無事体内に収まれば貴女の全身を冷たい邪気に溢れた血が駆け巡り、
 あとは…分かるわね?」
説明が終わるや否や夢月の手の炎魂石が先程抜き取られた心臓があった場所に収まり、
心臓を取り巻いていた血管がそれに抵抗無く繋がると、
それは元からあった心臓と同様に激しい鼓動を始める。
夢月がそっと胸を撫ぜると、開かれていた傷はたちどころに塞がった。
その様子をただ、呆然と眺めていた魔理沙。既にその瞳は焦点をなくし、
口元から漏れる呼吸はか弱く、身体を支える四肢も力を失って、全身が恐怖による微細動を繰り返していた。
生きたまま胸を裂かれて、目の前で心臓を摘出され、
更によく分からない何かを代わりの心臓などと言って差しこまれた。

…出鱈目にも程がある。どうして霊夢じゃなくて私なのか。
どうして人間を辞めなければならないのか。
どうして私が悪魔の下僕になどならなければならないのか……!!
「うぁっ!!」
と、突然に魔理沙の身体の中から熱が込みあがった。そのあまりの熱さと衝撃に
彼女は一瞬身体を小さく動かし、腹を抑えて蹲る。
「始まるわよ…。脆弱な人の蛹を破り、その禍禍しき翼で大空を舞いなさい……」

歯を食いしばり、辛うじて自由を保っていた目で自分の手をじっと見て…
思わず、呼吸が止まった。
健康的なオーグルの肌は色素が無くなり、両方とも雪よりも白く細いそれになっている。
更に5本の指の先端にある爪は獣のように鋭くなり、今は邪気に溢れた冷たき血が
流れていると思われる腕の血管がはっきりと見える。
「なん、だよ、これ……っ」
声が明らかに上擦っている。いくら剛毅な魔理沙でも、
自らの身に起きたこの光景には恐れを禁じ得なかった。
「あぐっ!頭が、頭が痛い……!!」
だが、恐れている暇など彼女にはなく。今度は頭頂部の左右ニ方向から強烈な痛みが…
何かが内側から迫出して来るような痛みが襲ってきた。
実際、迫り出していたのだが。知らぬ間に自由を取り戻していた両腕をそこに持って行くと、
程なくして手がそれを捉える。何度も何度もそれに触れて、改めて息を呑んだ。

…大きな角が、そこにあった。
頭蓋骨の一部が変形して外に飛び出し、それがまた変化したのだろう。
一体私の体はどうなっているんだ?絶えず全身を巡る熱と痛みにパニックになりかける。
「ぐぁあ!こ、今度はなんだよ…っ!?」
次に異変が起きたのは背中だ。内側から何かが飛び出しそうな二つの感覚が、
断続的に背中を襲っている。ばきっ、ばきっという嫌な音が響くと同時に、
その感覚は段々と強まっていき、ついに背中の皮膚の張力が限界点に達すると…。
一気怒涛に黒い腕のようなものが二つ、魔理沙の背中から飛び出した。
黒く鋭い四本の指を持つ手と、その指の隙間を埋めるように広がる皮膜。
何処からどう見ても禍々しい蝙蝠の翼だ。悪魔のシンボルたる翼…
それが今魔理沙の背にある。この事実は彼女に惨酷な事実を告げていた。
……もはや魔理沙という無垢な少女は、人という殻を破る手前にいるという事実を。
「嘘だ…嘘だろ、こんなの……何で私が……っ!!」

打ちひしがれる魔理沙に追い討ちをかけるように、新たな痛みが今度は尾てい骨の辺りを襲ってくる。
例えるならば、内部から鋭く尖った何かが、腰の骨が変形した何かが背中の皮を突き破るような感覚だ。
断続的にそこを襲う痛み。何度かするとそれはすぐにそこから飛びだし、鋭く尖った尻尾の先端部分が覗く……
紛れも無い、悪魔の尻尾の先端だ。少女の前でみるみるそれは伸びていく……。
と、尻尾の成長が大体全長の約三分の一に達したところで、突然それは止まった。
「あらあら、この娘ったら…恥ずかしがっちゃってぇ。
 まだ人としての最後の理性が残っていたのね」
そう言って魔方陣の中に踏み入り、魔理沙の傍に立ったのは、
目の前の彼女の変化を終始眺めていた幻月自身だ。
天使のような悪魔はそれを…僅かに残った人間の理性に阻害され、その成長を阻まれた
魔理沙の尻尾をむんずと掴み、可愛げな口調と笑顔を崩さないまま、握る手に力を込める。
「うふふ、大丈夫…。今すぐにここから出してあげるから……ねっ!!」
程なくしてそれはそこから一気に引き摺り出される。最大級の快感が痛みと共に迸り、
魔理沙の中の人間は一息のもとに消し飛ぶ。
「うっ、うぁぁっ、ああああぁぁぁ!!!」
かつて無い大音量の咆哮を上げた少女はその場で力尽き、魔方陣の上に前のめりにどうと倒れた……。

……それからどれくらい過ぎただろうか。魔方陣に倒れ臥した魔理沙の元に、
おぼろげながら意識が戻ってくる。眼を醒ました魔理沙が最初に見たのは、
満面の笑みを浮かべながら小さな手を差し伸べる幻月とその妹の姿だ。
「お目覚めは如何かしら、魔理沙さん」
「う…うぅ……」
思わずその手を取って立ち上がり、頭を振って意識を少しでも回復しようと努める。
「うっ、あぁ…。私、一体どうなったんだ……」
最初に魔理沙の口をついて出たのはごく自然なその疑問だった。
「そう。自分がどれほど素敵な魔族になったのか知りたくてウズウズしているのね…。
 いいわ。夢月?」
「はい、姉さん」
と、夢月は脚の部分にキャスターがついた大きな姿見を持って現れる。
「ご対面」
その声と共に、姿見と魔理沙が相対する。
「あっ…あぁ………」
一瞬、呼吸が止まった。姿見が映す今の自分に、思わず少女は釘付けになる。 

成長期特有の細い身体を包む皮膚は病的な青みがかったそれになり、
四肢、腹部、胸、そして頬に、奇怪な刻印が浮かび上がっている。
弧を描きながら内側に彎曲した、山羊を思わせる左右一対の角。
先端が鏃のように鋭く尖った黒く長い尻尾。
同様に尖って横に広がった両耳。長い鉤爪を持った両の手足。
その小さな背中に生えた、一対の黒く巨大な蝙蝠の翼……。
そしてそれらを見つめる瞳も、爬虫類を思わせる切れ長のそれに摩り替わっていた。
まともな人間であればすぐにでも目を背けたくなる、禍々しい姿をした魔族の少女。
吸血鬼(ヴァンパイア)というよりは夢魔(サキュバス)に近いだろう…
それが今の霧雨魔理沙であった。
「こ…これが、私……」
「えぇ、そうよ…これが貴女の本来の姿。貴女は全能の神の過ちにより、間違って人に生まれた魔族。
 その邪なる心と魔力に見合わぬ人の殻と姿、それによる呪いに、貴女はずっと苦しみつづけてきた。
 だけど今こうして呪いは解け、貴女は真の姿を取り戻した。感じるでしょう?
 貴女の中に冷たい血と悪しき力が滾るのを……」
言われてみれば…その通りだ。ふと気付くと己の中の魔力の根源となる自分の胸の辺りから……。
あの赤い宝石を埋め込まれた今の魔理沙の心臓部分から、しゅうしゅうという音が聞こえてくる。
人間だった頃の魔力の滾る音とは全く違う音だ。その魔力は冷たく、鋭く、
そして何よりも…少なくとも人だった頃よりも……。遥かに、強い。
燃え立つ魔力は今もそのぶつけどころを求めて唸り声を上げている。
それが…絶大な力と悪しき心が今、自分の中にある……。
その事実が魔理沙のアイデンティティを、鮮やかな闇色に塗りつぶす。

「うぅ…っ。う、うふ、うふっ、うふふふふふふ……。きゃはっ、きゃはははははははは!!」
人ではなくなった、本来の姿を取り戻した愉悦感からなのか、突如狂った様に笑い出す魔理沙。
それに思わず姉妹はたじろぐが、すぐに彼女が心まで本来の姿…
紛れもない魔族に戻った事を認め、くすりと一つ笑みを零す。
「本当、私ったら…馬鹿みたい。一体どうして今日まで人の形に拘っていたのかしら…
 こんなにも素晴らしい力と姿が手に入るのなら、もっと早くに愚かな人間なんて
 辞めていれば良かったわ。きゃははは、きゃははははは……」
いつの間にやら魔理沙の口調は先程までの男勝りなそれから、
二人の知る年相応の少女のそれに変わっている。やはり彼女は生まれついての魔族なのだ。
最初は人でいたい、化物になどなりたくないなどと終始喚いていたのに、
いざこうして本来の魔族としての姿を取り戻したら…己の姿に酔い痴れ、
先程まで自分がそうだった人間を“愚か”などと見下すまでになった。
やはり自分の目に狂いは無かったと、満足そうに幻月は微笑んだ。
やはり…自分達の下僕、悪魔の尖兵として、最初から彼女は打って付けだったのだ。
やがて十分にそれを堪能したのか…。魔理沙は幻月の方に向き直り、恭しく跪いてその頭を垂れる。
「幻月様。私は…霧雨魔理沙は、貴女様の忠実なる下僕に御座います。
 私を人という脆弱な殻より解き放ち、相応しき身体を与えて下さいました貴女様への
 御恩に報いる為に、この私の一切を全て、貴女様に捧げます」
「くすくす…いい娘ね、魔理沙。では早速だけど、貴女に悪魔の尖兵としての最初の任を与えるわ」
「仰せのままに……」

「空気が騒がしいわね…」
幻想郷を見渡す東の果ての山の中、博麗神社の巫女である霊夢は黒く濁った天を仰ぎ、小さく呟いた。
「あぁ、確かに随分今日は曇が濃いな。久しぶりに嵐の一つでも来そうな気がするぜ」
「そうね。それにこの風…何だか今まで感じた事の無い、禍々しい何かを感じるわ。
 それにこの気は、今まで相対した妖怪達のどれにも当て嵌まらない。というより…あれね。
 幻想郷から消えて近しい何かの気、といってもいいかしら。だけど……」
「だけど?」
「うぅ〜ん、はっきりとは分からないのよね。レミリアや幽々子の時とも全く違う何かが、
 幻想郷全てを覆い尽くしているような感じ。だけどそれを何かに例えようにも
 その言葉が見つからないっていうか…あぁっ、モヤモヤするわぁ……」
異変解決の専門家である霊夢は、ここ最近自慢の勘が鈍っている事を感じていた。
いつもの霊夢であればほんの小さな切っ掛けからでも、異変の犯人、彼の者の居場所、
そしてその意図を察知し、一点の迷いも無くそこへ到達していた。
仮に迷っても宛てもなく飛んでいれば必ず辿り着いてしまう。出鱈目もいいところだが、霊夢はそんな女なのだ。
そんな霊夢だから、この異変の予兆…幻想郷全土に立ち込める気の正体が掴めない自分に、
思わず苛立っていた。先程から本殿に吹きこんでくる風、その中の確かな邪気…。
異変の匂いだけはそこから強く感じるというのに。
「そうか…な。私はこの気に憶えがあるぜ?なんていうか、いつかは知らないけど
 それこそ肺一杯に吸いこんだ憶えが……」
「何よ、それ。まぁ詳しい事は分からないけど、嵐の前の静けさとも言うし。
 一応、調査する必要があるみたいね……。今のところ、人間の里には
 被害が無いみたいだから手がかりも何もないけど」
はぁ、と一つ溜息をつき、替わりの茶を用意するために拝殿の方へ立つ霊夢。
“この気に憶えがある……”先程の魔理沙の言葉に引っ掛るものを感じつつも、
どうせお得意の冗談だろうと、努めて平然を装いながら。
「うふ、うふふふふふふ……!!」
「なっ、何が可笑しいのよ、気持ち悪いわね……」
「うふふ、うふふふふ…きゃは、きゃはっ、きゃはははははは!!」
「…魔理沙……!!」

思わず霊夢は戦慄した。隣に居る魔理沙の突然の豹変に。
そして何より今の彼女自身から絶えず放たれる、どす黒い悪しき魔力に。
狂気じみた笑いと共に、突然にその口調を変えた魔理沙…霊夢はこの魔理沙には憶えがあった。
「博麗の巫女ともあろう者が鈍いわねぇ!遠くの風の気は判別できても、
 隣に居る私の気を感じ取れないだなんて。やっぱり今も昔も、
 貴女は修行嫌いで修行不足の霊夢ってことかしら!?」
その場に立ち込め始めた悪しき空気を全身で感じ取った霊夢はすぐさま幣と霊符を構え、
臨戦態勢を整える。
「あんた…魔理沙じゃないわね。何者なの!?正体を現しなさい!!」
「あら、失礼しちゃうわね。私は正真正銘の霧雨魔理沙よ?
 まぁ、決して昔の魔理沙ではないのだけれど……」
「……どういう事よ」
魔理沙は霊夢の問いに答えるつもりだったのだろう。突如として魔理沙を取り巻く黒い魔力は
炎となって少女を包み込む。暫らくしてその炎から、霊夢の知る魔理沙とは
あまりにかけ離れた…黒い翼と尻尾、長い耳と爪、彎曲した角、
病的な蒼い肌、そして全身に浮かんだ禍禍しい刻印……
漆黒のレザーのレオタードとロングブーツだけを纏った、悪魔の姿をとった魔理沙が現れる。
「嘘、でしょ…魔理沙……っ」
「驚かせてごめんなさいねぇ、霊夢。私、幻月様に本来の姿に戻してもらったのよ。
 この美しい姿、絶大なる力、幻月様が与えてくださった全てが私のもの。
 私…今、とても気持ちがいいの…うふふふふ」
「なん、です…って……!!」
「幻月様は貴女も憶えがあるでしょう?まぁ、忘れるわけ無いわよねぇ。
 いずれ新たな幻想郷の主となるお方なのだから」
「幻月…あの悪魔か……だけど残念ね。あいつ等の居場所はもう、今の幻想郷にはないのよ」
「知っているわ。だから、私は幻月様が統べるに相応しい幻想郷を取り戻す。
 そのために、貴女の力を頂きに来たのよ」
「くっ!魔理沙……。どれだけ捻くれていても貴女は決してそんな奴じゃないって信じてたのに。
 ……もういいわ。貴女は妖怪認定。この場で退治してあげるわ!!」

勢いのまま弾幕勝負を挑む霊夢。だが、脆弱な人の殻から解き放たれ、
心身共に悪しき魔族と成り果てた魔理沙の攻撃は苛烈を極めた。
左右から挟む様に放つ事で動きを封ずる速射弾と回転する特殊弾の複合攻撃。
数を頼りに無尽蔵に撃ち放つ回転ばら撒き弾。
直角に曲がり、そのまま垂直に落下する弾幕。
お得意のマスタースパークと高密度の大量の並列弾によるコンビネーション攻撃。
そして、遊びである筈のスペルカードルールを真っ向から否定した、
超高速、そして超高密度の全方位攻撃……。
もはや、力量差は歴然だった。霊夢は魔理沙に掠り傷一つ負わせる事も出来ぬまま、
半死半生の状態で石畳の上に仰向けに倒される。
「私程度の者も倒せないなんて……落ちるところまで落ちたわね、博麗の巫女」
「うぅっ…くっ、あぁ……」
「あぁ…そうか。人の形にいつまでも拘るから貴女は弱いのね……。ならば」
「そ、んな、魔理……沙っ」
「霊夢…貴女も私と同じ素敵な魔族へと作り変えて、素晴らしい悪魔の尖兵にしてあげるからね。
 その時まで、ゆっくりおやすみなさい。うふっ、うふっ、うふふふふ……!!」
光を失った眼の霊夢をその両腕に抱えたまま……魔族の少女は狂気の笑いを残し、
静まり返る本殿からその姿を消した……。

夢幻世界。そこは現在の幻想郷とは異なる次元にある世界。
博麗神社の裏の山にある湖の辺…主たる妖怪が去り、今は無人の廃墟となっている
大きな洋館が、その世界と幻想郷を繋ぐ境界(ポータル)の役割を果たしている。
夢幻世界の主たる悪魔の幻月、その双子の妹である夢月は、
神社で起きた一連の出来事を水鏡越しに見つめていた。
「ふふ…魔理沙ったら、巧くやってくれたみたい。初任務にしては上出来だわ」
「本当、見事なものね。博麗神社とその巫女…幻想郷制圧のための前線基地と新たな尖兵を
 同時に手に入れるなんて。もし万が一にも彼女を敵に回していたらって思ったらぞっとするわ」
「全くね。さて、無事に私達も拠点となる場所を手に入れたことだし。次は人間の里を襲わせましょうか。
 めぼしい人間達を全て捕えて、その全てを魔族とすればかなりの軍勢となるでしょう」
「姉さんもやはり悪魔の端くれね。姿はまさに天使そのものなのに……」
「あらあら、夢月ったら。それは褒めているの?……まぁいいわ。一足早く祝杯をあげましょう」
倉庫に残っていた年代ものの白いワイン。
夢月の手により二つのスマートなグラスにそれが並々と注がれる。
「もうすぐよ。もうすぐ幻想郷はその姿を変える…いや、真の姿を取り戻す。
 存在する事さえ許されなかった悪魔達が、太陽と月の下を我物顔で闊歩する…
 素晴らしいじゃない?」
「そうね。その全ては、あの魔理沙がいればこそ。この世界を統べた暁には、
 彼女には最高の栄誉と領地を授けましょうか」
「ふふ…っ、それも面白いわね。さぁ夢月、乾杯しましょう……。
 私達の忠実なる下僕、霧雨魔理沙に。そして、新たなる幻想郷の夜明けに」
「えぇ……姉さん」

二つのグラスが合わさる音。それは新たな幻想郷の始まりを告げる福音の鐘のように、
一際高く響き渡った。
いつか幻想郷は夢幻姉妹、魔の眷属となった魔理沙、そして霊夢の手により悉く蹂躙され、
悪しき力と心を持ち合わせた、生まれ得ざる者達の楽園の姿へと立ち戻っていくだろう。
だが、恐れる事は何一つ無い。疑問を持つ必要もない。何故なら、既に諸君等も……。

「「私達の、一部なのだから」」
どうも初めまして〜。本家の創想話にていろいろ書いた者ですが、
探してみたらこんなのもあるんだなと思い立ち、早速投稿してみました。

これは現在は閉鎖したとあるサイトで悪魔化した魔理沙のイラストを見て、それをヒントに
書き上げましたけど、創想話に上げるにはいろいろヤバイ作品になったので此方にupしたのです。
この手の変身物語は自分大好物で、高校時代獣化系とかTSF系とかの創作サイトにハマって、
そればっかり読んでいたのを思い出しました。
っていうか、夢幻姉妹知っている方はここにはどれくらいいるのでしょうか?
この二人結構好きなんだけどなぁ。検索かけても一件も出てこなかったし。

まぁこの機会に、これからもっと東方旧作が浸透しないかなぁなんて思ってます。
小鎬 三斎
作品情報
作品集:
21
投稿日時:
2010/11/21 20:51:09
更新日時:
2010/11/27 12:27:25
分類
魔理沙
幻月
夢月
悪堕ち
魔族化
グロ有
うふふ
旧作注意
1. 名無し ■2010/11/22 15:51:57
初めまして。
こちら産廃創想話では旧作勢はなかなか出てきませんね。出てきたら新作勢と組み合わさる感じで。夢幻姉妹を知ってる方もいらっしゃるとは思いますが、作品にはされてませんね。

作品に関しては、この作品くらいならグロ有のタグを付けなくてもいいほどここは…こう…産廃ってますので。自由にお書きくださいといった感じです。

楽しく読ませていただきました。私は詳しくはないですが旧作浸透するといいですね。
2. 名無し ■2010/11/22 21:25:35
確かにこの姉妹は幻想郷でも屈指の容赦なさそうな感じがありますね。なかなか絡ませづらいなあと思ってたりしますが。

ゴミクズが楽しそうでよかったです。
3. 名無し ■2010/11/22 23:34:11
む、言われてみれば確かに夢幻姉妹は初めてか
あなた様がヴァージン夢幻だ!
しかしこのところ有力新人ラッシュで嬉しい限りです
作品内での魔理沙が悪魔に向いている論は異様な説得力があり思わず納得してしまいました、面白かったです
4. 名無し ■2010/11/23 02:00:01
おー夢幻姉妹メインですか
細かい描写が素敵です
うふふと言わなくなった魔理沙に突っ込まない姉妹素敵です
旧作は難しいですよね、なんですかあの難易度

あ、ここで自分が好きな旧作が出てくるものは、魔界の母と悪魔の妹です
結構長編ですが読みごたえがあるのであとで時間があるときにでも是非
5. 名無し ■2010/11/23 11:21:09
やはり悪堕ちは最高ですね。

作者様GJ!
6. 名無し ■2010/11/23 21:42:54
すばらすい
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