スケアリーモンスターズ

作品集: 22 投稿日時: 2010/12/15 01:13:54 更新日時: 2010/12/19 13:21:08
「ハァハァハァ…」

 幻想郷の葉擦れの山中。その中を男が走っていた。息を切らし、梢で手足を切りながら、それでもなお無我夢中に。藪をかき分け、石を踏み越え、木の根につまずきながらも。体力が続かないのか徐々に速度を落とし、僅かな物音に脅え、危ないだろうに、物音がした方を確認せずにはいられず、振り返って確かめては安堵と恐怖がない交ぜになったアンビバレントな表情を浮かべ、その最中も足を止めることなく走り続けている。

 その様は脱兎だ。ここ数年、全力で走ったことがないであろうひ弱そうな男は、この人の身ではまともに走れそうにもない道なき山中を全力で走り、逃げているのだ。



 男の格好は幻想郷では奇異に映る物だった。
 暗灰色のスラックスに臙脂のTシャツ。艶が消え失せ、底がすり減った革靴を履き、汚れた白衣を纏っている。山中という状況を除いても、幻想郷ではあまり見られない格好だった。
 そう言えば男の雰囲気も同じく、変わっている。
 日に焼けていない不健康そうな青白い肌。栄養失調、と言う程ではないが痩せた細長い手足。セットしてから何日経ったのだろう、耳が隠れる程の長い髪を多量のポマードで後ろになでつけ、顎には無精髭が枯れ野の低木のように伸びている。眼鏡の下の瞳はどこか澱んでおり、古き良き日の本の国の流れを汲む幻想郷の住人の瞳と違い、荒んでいる印象を受ける。片腕に大事そうに抱えている物も幻想郷ではまずお目にかかれないジュラルミンのアタッシュケースだ。

 幻想郷という閉鎖空間の事情を知るものなら、彼を見てこう答えたであろう。

『外の世界の住人だ』

 と。


 その通り、男は外の世界の住人だ。
 巫女が空を飛び回る幻想郷ではなく、飛行機だけが飛び回っている外の世界に住まう人だ。

 幻想郷には時折、外の世界から何かしら様々な物が流れ着くことがある。骨格模型や科学雑誌、携帯ゲーム機。それは何も物だけには限らない。時には人さえも流れ着くことがある。男はある日、目を覚ますとここ幻想郷の山中にいたのだ。

 男は多くの幻想郷に流れ着いた人間がとるであろう行動…これは夢だと思い、暫く自我呆然と己がほっぺたをつねってみたり、無意味に歩き回ってみたり、これが現実なのだと気がついて狼狽え、そうして、助けを求めて叫び、やり場のない怒りを誰とも無しに訴えてみたりしていた。唯一、携帯電話を取りだし、何処かに連絡を取ろうとしなかったところだけがセオリーとは違った。男は携帯電話を持っていなかったのだ。

 ただし、代わりに命より大事なアタッシュケースだけは持っていた。
 それを手に男は遙か彼方に集落の影を認め、そちらに向いて歩き始めた。ならば、この次に男の身に起こったこともセオリー通りだろう。

 幻想郷に流れ着いた多くの余所者は集落まで辿り着くことはない。彼らの多くの目的はもといた自分の世界へ帰ることなのだから当然だろう。明確な目的地があるのに違う場所に行くような者はそうはいない。

 運のいい者は集落に向かう道中、博麗の巫女に見つけられ迷ったのなら送ってあげましょうか、と言われる。ほぼ、全ての者が二つ返事でお願いしますと応える。稀にへそ曲がりが結構ですと応えるが、その場合は巫女にシバかれ外に放り出される。一応、彼らは幻想郷を覆う結界の外側…携帯の電波が通じる場所へ帰るのだ。

 ならば、運の悪い者は?
 それがこの男である。



 男は逃げていた。脱兎のように。身の危険を憶え。必死に。
 自ら霊長を名乗り、三千世界を統べた人類種が数万年前に失われた尻尾を振って同種以外から逃げることなどあまりないだろう。あるとすれば獰猛な獣か何かに運悪く狙われてしまうぐらいだろう。それもサバンナの平原かアマゾンの奥地にでも行かなければ体験しようのない出来事だ。幻想郷がある日の本の国はではまず起こらないだろう。
 だがしかし、ここは幻想郷。外の世界で失われたものが存在する場所だ。ならば成る程、確かに幻想郷には外の世界では数を減らしつつある熊やとうに姿を消してしまったニホンオオカミも生息している。男はそういった猛獣の類、或いは野犬にでも負われているのだろうか。
 否、

「畜生、なんだ…なんなんだ一体!?」

 その顔には獣に襲われているという純粋な恐怖だけが浮かんでいるのではない。不条理と不可思議。あり得ないものを目にした者が纏う困惑というものが浮かんでいたのだ。

「ひっ、ひぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 靴が濡れるのも気にせず、沢を渡っていた男の視界が一瞬で暗闇に包まれた。酸欠と高血圧で視界がブラックアウトしたのだろうか。それとも運悪く大量の落ち葉でも頭から被ったのだろうか。否、どちらとも違う。男を取り囲むように周囲、十数メートルの空間から光というものが消え失せたのだ。それは文字通りの暗闇、一寸先どころか己の手の平さえも伺えないような究極の闇だった。

「うわっ!?」

 当然そんな前後左右どころか上下の認識さえも危うい闇の中を動けるはずもない。男は見栄に沢の淀みに足を取られ頭から水面に突っ伏した。
 幸い、水深は浅く、僅かに水を飲み込んでしまっただけで男は顔を上げることが出来たが代わりに命よりも大事なアタッシュケースを手放してしまった。

「ど、何処へ行った!?」

 慌てて手探りで辺りを探し始める男。鋭い岩やぬめつく藻に触れ、水に沈めた指の上を蛙が泳いでいく度に男は腕を戻したい衝動に駆られたが、それを殺しアタッシュケースを探し続けた。

「おじさん、落とし物はこれなのかー?」

 と、不意に闇の中からそんな声が聞こえた。
 誰か、拾ってくれた人がいたのだろうか。だが、男の顔は感謝と安堵のそれではなく驚愕と絶望の表情に彩られていた。
 当然か。男が聞いた声は獰猛な獣、と同類の彼を追いかけていた者の声だったのだから。





 数十分前、まだ、男が息を切らしていない時の話だ。
 集落を目指して歩いている途中、男は不意に声をかけられた。振り返ると、いつの間に近づいてきたのだろう。こんな山中で不可思議なことに、小さな女の子がいたのだ。
 丁度良かったと男は幼い少女にここは何処なのか、誰か私の住んでいた場所まで案内してくれる人はいないか、と訪ねた。少女はそれに応える代わりにこう男に質問を投げかけてきた。

「おじさんは食べてもいい人類?」

 その時、少女の笑み半月を描く口から覗き見えた歯は鮫のように鋭かった。人ではあり得ない鋭さだった。
 瞬間、男は虎か豹に目をつけられた時と同じ本能的な恐怖を覚え逃げ出した。あんな小さな女の子から逃げる必要があるのかと理性は叫ぶが足は止らなかった。そうして、女の子もまた歯を打ち鳴らしながら男を追いかけてきた。追いつかれれば喰われるという恐怖は実際のものになった。





「………か、返してくれ。返せ」

 一瞬の躊躇いは恐怖に抗うための時間だったか。男は逃げようとする足腰を押さえつけ、闇に向かってそう応えた。
 そうして、返事と共に…

「だったら、おじさんを喰わせろー!」

 闇が一瞬で晴れ渡り、捕食者が姿を現した。
 悲鳴を上げる男。その顔を見るのは二度目だった。

 肩の辺りまでの金色の髪。黒い衣服に赤いリボン。同じく紅い瞳。可愛らしい小さな女の子の形をした、獰猛なケモノ。それがほんの数メートル先に男のアタッシュケースを持って立っていた。大きく開けた口から乱杭歯が覗く。

「ひっ、ひぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 男は大絶叫を上げ、匍うような姿勢のまま逃げ出した。ついに本能が理性を上回り、男自身が命より大切だと考えていたアタッシュケースを諦めさせたのだ。ジャバジャバと沢の淀みをかき分け逃げる男。立ち上がろうとしては水中に沈んでいる落ち葉や藻に足を取られて転び、顔を水中に埋めて泥混じりの水を飲んではまた立ち上がろうとして転けるを繰り返す。そんな逃亡者、喩えこの幼い見た目の少女でも容易く追いつくことが出来るだろう。

「どこいくのかなー?」

 水面から頭を出している岩を一つ、二つ、踏んで男の逃げる先に回り込む少女。逃げた先に女の子の可愛らしい靴の先を見つけ、男はおののきの声を上げた。

「かっ、返せ、返せ、それは私の、私の大切な研究の…!」

 混乱の極みにあってか、男の中でまた理性が優先されるようになった。腕を振り回し、駄々っ子のように吠える。

「これ? はい」

 そう言ってアタッシュケースを投げ返す少女。男は慌てて受け取る。

「たっ、大切に扱え!」

 その乱雑な受け渡し方が不服だったのか、男は血走った目を見開き、少女を叱咤する。最早二度と手放すまいと両腕でアタッシュケースを抱え、更に体を胎児のように丸めさせる。

「これが、人類にとってどれほど大切なものか…貴様、知っているのか!? これこそは私、狂気の天才科学者である私が作り上げた」
「うるさい。返したんだから、こんどは私がおじさんをもらうね」

 男の狂気じみた言葉を遮ると少女は歩み寄り、腕を伸ばした。細くて丸い手。クレヨンか鞠でも握っているのが余程に合うその小さな手で少女は狂気に魘される男の頭を掴むとそのままぎゅるり、とまるでろくろでも回すよう、男の頸を捻った。百八十度ほど。

「え?」

 その疑問符が男の最後の言葉だった。
 決して直接見ることが出来ない自分の背中の方の光景を目にしながら男は絶命してしまった。





「やったー、久々の新鮮なお肉だー」

 両手をあげて喜んでいるのはルーミア。この辺りに住み、幻想郷に迷い込んだ外の人間を喰って生きている常闇の妖怪だ。

 ルーミアは軽々と死んだ男の体を抱えるとそのまま飛び上がり、家まで運んでいこうとした。激しい運動の後、いきなり頸を捻られ即死したためか、所謂弁慶の立ち往生と同じく男の体は既に硬くなっていた。即時性死後硬直である。その腕にはがっちりとアタッシュケースが抱きかかえられていた。









――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――









「みすちーこんばんわなのかー」

 月が明るいある日の夜、ルーミアは友人のミスティが経営している八目鰻屋台へとやって来た。いらっしゃい、と串を返しながら挨拶するミスティの案内に従って長椅子の一番端に腰を下ろすルーミア。美味しそうな鰻の串焼きの匂いが届いてお腹を鳴らしている。

 ミスティの屋台は八目鰻屋台、と言っても最近は鰻は愚か他の川魚や猪や鹿、当然野菜も扱っており、鳥以外は何でも出してくれる屋台としてこの所評判だった。今日もルーミアが腰を下ろしたことで屋台の席は全て埋まり、そばの広場に木箱と丸太で作った簡易のテーブルも全て埋まっている。ミスティは注文を受けながらも手早く串を返し、アルバイトの妹紅がそれを各客席に運んでいた。なかなかに繁盛しているようだった。

「みすちー、ぼたん串頂戴♪」

 駆けつけ一杯の二級酒を吞みながらお気に入りの一品を注文するルーミア。基本肉食な彼女は鰻よりも猪の方が好きなのだ。

「あ、ごめんなさいルーミア」

 と、申し訳なさそうに視線を下げるミスティ。どうしたのー、と煙の向こうにいるミスティに問いかけるルーミア。

「今日はもみじとぼたんが品切れで…魚か鰻しか置いてないの」

 ごめんなさいね、ともう一度頭を下げるミスティ。妹紅もすいません、と遠くから声をかける。

「そうなのかー」

 じゃあ、鰻で、と。あいよっ、と先ほどの非礼を詫びるように元気よくミスティは応えた。捌いて置いておいた鰻に手早く串を通し、塩を振って赤々と熱を放つ炭の上へ。程なくして鰻の皮が焼け、脂がしたたり落ち始め、食欲をそそるような匂いが立ち始めた。ルーミアはつきだしのピーナッツを摘みながらコクコクとお酒を吞んで待つことにした。

「おまたせ」
「わー」

 ミスティが腕を伸ばし、ルーミアの前のカウンターに焼き上がったばかりの鰻を置く。鰻は熱々でまだ脂が泡立ち、焼けた皮が自らの熱気に煽られ揺れ動いていた。火傷しないように気をつけながらルーミアは鰻を口にする。

「うまうま〜」

 肉の方がルーミアは好きだったが、決して魚や鰻が食べられないと言う訳ではない。特にミスティの焼いてくれた鰻は絶品だ。一番好きなのは人肉だが。

「そう言えば何で今日はお肉ないのかな?」

 別段、その事に対して不満があるわけではなかったが雑談がてらそうミスティに話しかけるルーミア。
 次の注文を作りながらも、馴れた感じでミスティは応えた。

「今日はちょっと山の方の仕入れがなくって、それでね」
「ふぅん。たしか、アンタんとこの肉って猟師から直接仕入れてるんだっけ」

 そうミスティに言ったのはルーミアではなくその隣の席に座っていた博麗の巫女、霊夢だった。彼女は萃香と一緒にミスティの屋台に軽く一杯やりに来ていたのだが、当の萃香は向こうの席で集落の宮大工衆と意気投合したのかすっかり大宴会を開いていた。お陰で一人で吞む羽目になり、暇だったのか、霊夢はそう二人の会話に口を挟んできたのだ。

「妖怪にでも襲われて命を落としたのかしらねぇ。だとしたら、犯人の第一候補がここにいるわけだけど」
「ぶー、ひどいなー。ルーミアはそんなことしないのかー」

 霊夢の揶揄するような言葉に頬を膨らませるルーミア。ミスティは心情的には友人で妖怪仲間のルーミアを応援したいところだが、客でもあり巫女でもある霊夢を怒らせるのも恐ろしく曖昧な笑みを浮かべている。

「いえ、ちょっと、今回は獲物が捕れなかったって話です」

 肉が品切れの理由を説明するミスティア。ルーミアはそーなのかーといつもの口癖、霊夢はなんてことのない理由につまらなさそうに焼酎をすすっていた。

「でも、吞み屋で肴の材料が仕入れられないってのは結構致命的ね。まぁ、この店の名物は鰻だから無問題か」
「鰻もおいしいよー」
「そうですね。いう程には。でも、当の猟師さんはだいぶご立腹でしたよ」

 自分の腕のせいじゃないの、とグラスに口をつけたままの状態で霊夢が言う。

「いえ、それがですね。狙った獲物は逃がさないその道だと名の知れた猟師さんで、坊主…は釣果用でしたっけ、兎に角、兎も捕れなかったのは珍しい、ありえん(怒)って言ってました」

 SVDを愛用する元KGBって噂の猟師さんなんですけどね−、とミスティ。

「なんだか、山の雰囲気がおかしい。自分の知らない猟師が勝手に山に入り込んで猪やら鹿やらを獲ってるみたいだ、なんて言ってました」
「ああ、それこそこの肉食系幼女が犯人よ」
「だーかーらー、違うって。ルーミアはそんなことしない」

 おちょくればその分だけきちんと怒ってくれるルーミアの反応が面白いのか、霊夢は酔った赤い顔でかんらかんらと笑った。

「だいたい、生の動物のお肉はあんまり美味しくないの。お肉はこうやってー、焼いて食べるのが一番美味しいの。人の肉も焼いた方が美味しいし」
「あ、それには同意ですね」

 こう、お尻から太股にかけてのお肉を鉄板で焼いて、とミスティは竹串とトングでジェスチャーしてみせる。半ばまで囓っていた兎の尻の肉を皿に戻し、あげるわとルーミアの方へ押し出す霊夢。ありがとうなのー、とルーミアはもらった肉をさっそく頬張る。

「まったく、獣の肉も人肉も食べれるなんて、食物連鎖って話を知らないのかしらね、アンタら妖怪は」
「しょくもつれんさ?」

 一箇所消すと続けて違うところも消えるパズルゲーのテクニックなのか−、とルーミア。違うわよ、と霊夢はグラスを振るう。

「藻を魚が食べて、魚を鳥が食べて、鳥を獣が食べて,獣を人間が食べてって、そう言う話」

 テーブルの上に三角形を描いて霊夢はルーミアに説明する。けれど、ルーミアはよく分っていないのか疑問符を浮かべるばかりだ。

「えーっと、つまり、人間を喰べる妖怪が一番偉いってことなのか−?」
「その考えだと人間喰べた妖怪をシバく巫女さまが一番偉いってことになるわよ」
「その巫女を生け贄にする神さまがやっぱり一番偉いんじゃ…」

 あ、と自分の台詞に続けてきたミスティを睨み付ける霊夢。そんな感じでその日の夜は過ぎていった。









――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――









「ルーミア、起きてー、朝だよもう」
「んあー」

 ルーミアが目を開けると自分のすぐ上にミスティの顔があった。その顔に斜めに日が差している。どうやらもう、日はそれなりに高いようだった。
 あれからルーミアは霊夢と吞み続けていたのだが、その途中からの記憶がない。どうやら吞み過ぎて眠ってしまっていたようだった。ルーミアが体を起こして辺りを伺ってみれば自分以外に客はおらず、妹紅が黙々と屋台を片付けているだけだった。

「んー、よく寝たなー」

 ぐーっと体を伸ばすルーミア。固い長椅子の上で器用に眠っていたのに、体が痛くならないのはこんな形でも妖怪だからだろうか。よっと、軽やかに長椅子から飛び降りると帰り支度を始めた。といっても、乱れた着衣と髪型を直す程度の事だが。

「それじゃあ、みすちーまたねー」
「はーい、またよろしくー」

 大きく手を振って帰っていくルーミア。ミスティはそれを笑顔で見送った。その後ろに妹紅が少し怪訝そうな顔をして近づいてくる。

「ところでミスティ。代金の方はもらったのか?」
「あ」

  もらっていなかった。











「さて、お腹いっぱいになったし、たまには家に帰るかー」

 一人、道を歩いていたルーミアは足取りを自分の家の方へと向けた。
 ルーミアは山中に自分の家を持っているが毎日、そこへ帰っているわけではなかった。先程の出来事の通り、何処でも寝れる質だし、ミスティやチルノたちなど友人も多い。加えて放浪癖でもあるのか、二三日は家には帰らないなんて事もざらだ。だから、山中の家は家と言うより休憩所の一つ、と言ったところだ。今回は特に長く、一週間近く家には帰っていなかった。

 たまには帰って空気の入れ換えをしないと、それにこの前獲ったニンゲンももう危ないかも知れない、そんなことを考えながら帰路を急ぐ。
 川沿いの道を逸れ横道へ。だんだんと日の光が届きにくくなる両側を背の高い杉に覆われた山道を進む。

 風に揺れ、梢同士がこすれる音しか聞こえない静かな山道。枝葉の間を通して優しく光が降り注ぎ、深呼吸すれば健やかな空気が肺腑に広がっていくのが分る。何とも心地よい―――

「……?」

 いや、そうでもなかった。山中はいつもと同じく、静けさに満ちているはずなのに肌が泡経つようなそんな気配に満ちていた。梢のざわめきも何処か刺々しく、降り注ぐ弱い日の光も冷たく感じる。空気はまるで電気でも流しているようにぴりぴりしていた。ルーミアは気のせいだと思おうとしたが、歩けば歩く程違和感は募っていくばかりだった。

「なんか、へんなかんじ」

 嵐の前の静けさ、に何処か似た空気が漂っている。違うのは風が強くも、空が曇ってもいないことだけだ。それはつまり、嵐の代わりに何か起ると言うことなのだろうか、とルーミアは足りない頭なりに考えた。答らしきものは当然でなかったが。

 そう言えばと、歩いている途中、ルーミアは眉尻を下げて思う。
 今日は獣の鳴き声が聞こえないなぁ、と。

 いつもなら山中を歩いていれば何かしら生き物の息づかいが聞こえるはずだった。
 女の人の悲鳴のように甲高い鹿の声、遠雷を思わせる狼の遠吠え、精緻な吹奏楽のような鳥の囀り。そんな音がまったく耳に届かないのだ。
 山中は基本的に静かな場所だが、今日は流石に静かすぎる。風の音も何処かよそよそしい気がする。異様であることは雰囲気だけでなく、確かに現れていた。

「ん〜〜〜」

 けれど、気のせいかとルーミアは脳天気に鼻歌なんぞを謡いながら歩き続けた。

 と、

「……なんかへんな匂いがする」

 歩いている最中、ルーミアは僅かに鼻に湿っぽい森林の空気以外の匂いを憶え鼻をひくつかせた。乾いた糞と干し草を混ぜたような獣臭さと鉄と脂を混ぜた生臭い匂い。それが行く先から漂ってきている。何の匂いだろうと、鼻歌のリズムを崩しながら頭をひねり、そうして、

「んぁ?」

 ぴちゃりと、水たまりを踏みつけてしまった。慌てて飛び退くルーミア。確かにこの山道は穴ボコだらけで雨の後に歩くのには気をつけなくてはいけないのだった。

 けれどおかしい。
 この所、雨なんて一滴も降っていないのに。

 どうして、と自分の足を確かめるルーミア。水たまりは思ったより深かったのか、靴はぐっしょりと濡れ、白いソックスまでも湿っていた。

「あれ?」

 血の紅に。
 水たまりに嵌った時に切った訳ではない。見れば石畳に生える苔も血を吸って赤黒く染まっていた。水たまり自体が血溜りだったのだ。
 まるで屠殺場だ。こんな場所で猟師が獲物を捌いていたのだろうか。あり得ない話だ。猟師は通常、捕えた獲物は沢や川原などの水場で捌く。血糊の処理をしやすくするためだ。こんな水っ気のない場所で首を落とし逆さにし、毛皮を履くわけがない。現に辺りには猪のものと思わしき針金のような剛毛やぬめつく腸が落ちていたが当然、猟師はそんな乱雑な捌き方はしない。もう少し、視線を先に送れば胴体を中程で真っ二つに千切られた巨大な猪が道の真ん中で横たわっていた。明らかに人の手によるものではなかった。
 山に住む獣や妖怪たちでもない。彼らも彼らなりのルールで捕えた獲物は喰らうのだ。このように食い散らかすことなどあるはずがない。

 ならば何にあの猪は襲われたのだ?

「え?」

 答は、

「ぎゃっ!?」

 ルーミアにも襲いかかってきた。

 唐突に衝撃を受け、小石のようにはじき飛ばされるルーミア。円弧を描いて飛んだその小さな体は偶然にも猪の死体の上に落ちた。そのお陰か、ルーミアは猪の血まみれに形ながらも大した怪我も負うことはなかった。。

「な、なんなのらぁ…あ!?」

 体を打ち付けたせいか、今一呂律の回っていない声を上げながら衝撃の正体を見極めようとルーミアは体を起こし、そうして見た。

 この所、猟場を荒らしている密猟者の姿を。
 この猪を食い散らかした化物の姿を。

 **********…!!!

 石畳を踏み砕く大きな足。それに裏打ちされた巨体。両椀には翼のような膜があり、長く太い尾と首を持っていた。シルエットだけ見ればそれは幻想郷には生息していない翼竜の一種、ワイバーンのように見えた。けれど、コレを竜と呼び称す識者はいないだろう。形こそコレはワイバーンではあったが、その体には鎧を思わせる固い鱗も、射竦めるだけで獲物を麻痺させる鋭い瞳も、体の各所を飾る鋭い角もなかった。肌は皮を剥いだ鳥のように桃色をし、青白い血管を浮きだたせている。その表面は嫌な匂いのする粘液に包まれ、陽光を浴びてぬめり光っている。瞳のない顔には八目鰻を思わせる丸い口が、全周から生える乱杭歯をぎちぎちと打ち鳴らしていた。

 人語では言い表せぬ甲高い鳴き声を上げて迫る化物。
 魑魅魍魎が跋扈する幻想郷においてもその存在を許容されぬ化物の姿を見て、さしものルーミアも悲鳴を上げた。本来、ニンゲンやケモノを捕食する側の妖怪である自分が捕食される恐怖を抱いたのだ。

「なっ、なんなんだー!?」

 立ち上がると打ち付けた体の痛みも忘れ走り出すルーミア。幼女でも妖怪だ。体の作りは人間の比ではない。山道を全速力で駆け抜けていく。

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼…!!!!

 それを追いかける化物。石畳を踏み抜き、剥がれ落ちた苔や礫を蹴り上げ、口端から唾液を垂らしながら二本の足で走る。その巨体に似つかわしくなく、化物の動きは素早かった。己が食い残した猪の死骸を踏みつぶし、奇っ怪な咆吼を上げルーミアに迫る。

「うわわわわわわわ…!?」

 ルーミアが振り返るとその口がすぐ背中の傍まであった。一本に一本が独立しているのか、茶色く汚れた歯がてんで出鱈目に動いている。暗い洞を思わせる咽頭からは毒々しい赤色をした舌が伸びていた。

「ひっ!」

 手を伸ばせばすぐそこに死が迫っている恐怖に顔を引きつらせるルーミア。蹴躓きでもすればそれが即ち死に繋がる。今までとは逆の立場に恐れおののくしかなかった。

「そ、そうだ…!」

 逆の立場から発想が繋がったのか、ルーミアは両手を広げた。瞬間、霧が立ちこめるようにルーミアを中心に球状の闇が現れた。幻想郷に迷い込んできた人間を捕まえて食べる時に使う闇を操る能力を展開したのだ。山奥の道に暗闇のドーム場が出来上がる。

「こ、これで逃げれたのかー?」

 そのドームの頂き付近からルーミアが飛び出した。目くらましに闇を張り、その隙に飛んで空中へと逃れたのだ。
 安堵のため息を漏らすルーミア。

 □「」□「」□「」□「」□「」□「」…!!

 と、その隙を晒したルーミアを笑うよう、闇の中から化物も姿を現した。
 跳躍ではない。飛翔だ。あの巨体でルーミアは空なんぞ飛べぬと高をくくっていたのだが、どうやら甘かったらしい。薄く血管が透けて見えるあの腕翼はイミテーションなどではなかったのだ。

「嘘っ!? ぎゃァっ!?」

 虚を突かれ、ついに噛みつかれるルーミア。突っ込んでくる化物から逃げようとまた、闇を張るが無駄だった。よくよく考えれば当然だろう。化物には光を感知する目が始めから備わっておらず、最初から常闇の世界に住んでいるのだ。右に急旋回し化物の突進を避けようとするが遅い。逃げ遅れた左腕が噛みつかれる。

「くぁぁぁぁぁ、このぉ!」

 一張羅のブラウスの袖が血で真っ赤に染まる。肉を裂き、骨にまで達する傷にルーミアは泣き出しそうな顔をする。それでも尚、無事な方の腕を振り上げるとレーザーを放った。ゼロ距離。弾幕ごっこのルールなど糞喰らえだ。そもそもこれは合意さえもしていない純粋な闘争だ。ゲームなどではない。
 ルーミアの手から放たれた青白い光線は化物の頭を焼いた。けれど、化物は噛みつくのを止めようとはしない。更に強く顎に力を込める。ばきり、とルーミアの腕の骨が砕ける。撃痛。悲鳴を上げるルーミア。痛みのあまり出鱈目に攻撃を放つ。体のそこら彼処を焼かれながらも尚も化物はルーミアの手を離さなかった。焼けているのは体表だけで、レーザーでは大したダメージが与えられないのだ。ルーミアが放てる他の攻撃も似たような火力だ。スペカを取り出す暇があれば何とかなるのかも知れな知れなかったが、現状ではそれも適わない。

 だが、光線の一発が化物の翼を捕えた。流石に血管が浮いて見える程薄いそこは大した強度もなかったのか、レーザーは容易く皮膜を貫く。それを見たのか、偶然か、ルーミアは腕を振り回し、翼の穴を多くしてやった。片翼に穴を穿たれ、浮力を失い化物はルーミアに噛みついたまま真っ逆さまに地面へ落ちる。

 土煙を上げ、杉の木を押し倒し、二人は地面へと落下した。衝撃でやっと拘束を解かれ、ルーミアは化物から少し離れた位置へ落ちる。

「ああああああ…」

 片腕からぼたぼたと大量の血を流しながらも何とか立ち上がるルーミア。少し離れた場所では同じように、体の右半分を折れた杉の幹に抉られながらも化物が体を起こそうとしていた。青色の不快な血液を流し、耳を劈くような悲鳴を上げている。
 と、

C△NNNNNNNNN…ッ!!!

 一際大きな嘶きを上げると、化物はルーミアの方へ顔を向けた。一刹那、ない筈の視線が交差する。その時、ルーミアは読み取った。化物の途方もない憎悪を。

 化物は再びルーミアに迫ってきた。ルーミアも血を滴らせながらも逃げ始める。


 今度は怒りで我を忘れているのか化物は凄まじい勢いを持っていた。巨体を乱立する木や岩にぶつけながらも意に介さず逃げるルーミアを追う。山の木が化物の進行を遅らせルーミアを助けていたが、それでも逃げ切れるようなことはなさそうだった。肉を裂かれ、骨を砕かれた左腕はおろか、体の他の部位にも落下の衝撃で傷を負っている。まだ、走るだけの力は残っているのは流石は妖怪と言ったところだが飛ぶ程の力は残っていなかった。息を切らし、時折つまづきながらもルーミアは逃げる。

「はぁはぁはぁ…イヤ…イヤなのだ…た、喰べられるのは…ううっ…」

 恐怖からか、瞳から涙があふれ出してきた。
 今の今まで人を食ってきた罰なのか? まさか。食人は妖怪に科せられたルールだ。ならば、その妖怪を喰らうのがあの化物の役目なのだろうか。だとすれば、あの化物からは決して逃げられないのか。諦めの感情がルーミアの心に生れるが、生を渇望する本能はルーミアの足をひたすら前に前に出させていた。

 けれど…

「あっ…!?」

 これだけの傷を負っていつまでも走り続けられる訳がなかった。地面から飛び出している石に蹴躓くルーミア。両腕が無事ならば受け身もとれただろうが、重傷を負った左腕はその役目を果たしてはくれず、盛大にすっころぶ。運悪くその場所は川のすぐ傍でルーミアは一メートルほど下の川まで転がり落ちていった。二回転、三回転とし、顔面を飛び出た岩に強烈に打ち付けて止る。鼻が折れ、そこから下が血まみれになる。体を半分以上、水中に沈めたまま、最早動けぬと、ルーミアは自分の命運を覚った。岩にしがみつくような姿勢のままじっとする。化物の嘶きと川のせせらぎ、それに岸壁を流れ落ちる滝の水音を耳にする。その音がまるで三途の河の流れる音のように聞こえた。

「…あれ、おかしいな」

 けれど、いつまで経っても化物はルーミアの元にはやってこなかった。何処かに行った訳ではないのは確かだ。現にすぐ傍からあの奇っ怪な鳴き声や川の水面を踏みつけたり、岩を蹴飛ばしたりする音が聞こえている。まるでルーミアを探しているようだ。

「なんで、だろ…」

 僅かに頭をもたげ、化物の姿を探すルーミア。案の定、化物はまだそこにいた。けれど、ルーミアの予想に反して川下の方だ。そこで水面に顔を近づけては大きな顎門を繰り出している。まるで、そこに見えないルーミアの幻を視ているように。

「見えてないのかな」

 それはある意味当然の話だった。あの化物は目がないのだ。ならば、視覚的にルーミアを見つけることはそもそも不可能な話だ。だったら、どうやってあの化物は完全な闇の中、ルーミアを正確に捉えてきたのか。答は…川を赤く染めているルーミアの血にあった。

「………」

 化物を観察していれば分る。川下で化物が暴れているのはルーミアの血が流れている場所だ。そこに流れる水に薄まった血を感じてあの化物はそこにルーミアがいると誤認しているのだ。視覚ではない。聴覚もあり得ないだろう。流れる血は音なんて発していないからだ。それに化物の頭には耳らしき器官は見えない。あるのは大きな口だけだ。味覚で血は捕えられるだろうが、それはどうやら関係ない。触覚も同じだろう。ならば必然、状況証拠と消去法であの化物がルーミアの位置を特定していた方法は一つ、嗅覚だ。あの化物は川を流れるルーミアの血の臭いを嗅ぎとって、そこにルーミアが隠れていると勘違いしているのだ。川底に向かってしきりに頭を突っ込んでいるのはその為だろう。
 あまり頭の良くないルーミアもこと獲物を捕える事に関しては一言あるのか、すぐにそれは理解できた。そして、あの化物がいるのは滝のすぐ側だ。どうやればそこへあの化物を突き落とせるのかどうかも。

「ううっ…イヤだ、イヤだよ…で、でも、食べられるのはもっとイヤ…」

 水中に体を沈めながら体勢を変えるルーミア。もはや肩にひっついているだけの左腕を掴むとルーミアは泣きそうな顔になりながらも、必死に奥歯を噛みしめた。左から目を背け、更に固く目蓋を閉じる。そうして、

「ああぁ…っ、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!!!!!!!」

 力任せに左を引き千切った。あの化物と同じ、言葉に出来ぬ悲鳴が漏れ、ルーミアと同じ匂いを放つ一個の肉塊が出来上がった。

「ああっ、ああっ、左手が…ああっ、ああああっ!」

 洟をすすり、涙を流し、自らの物ではなくなった左腕を見るルーミア。それがまるで今生の別れだとでも言うように。そうして、ルーミアは左手を喪った怒りからか、一人遊びを繰り返す化物を睨み付けると引き千切った左を川下へと、タイミングと位置を考えて投げ捨てた。川の流れは速く、腕は瞬く間に流されていく。

 □■□■□■□■□■□■…?

 埋めていた水中から顔を上げると化物はすぐに流れていくルーミアの左腕に反応した。水に薄まった血よりも濃い獲物の匂いだ。化物はそのまま嘶きを上げるとルーミアの腕に向かって突進していった。水をはね飛ばし、川を濁らせながら獰猛に。がぁ、と大きく口を開けると化物は川の水ごとルーミアの腕を飲み込んだ。その場所は…既に滝が落ち込むその場所だった。

 中空へ飛び出し、真っ逆さまに落ちていく化物。不意に重力を感じ翼をはためかせるが、ルーミアに穿たれ更に落下の衝撃で骨格が折れた翼は最早その用途を成さない。そうしてそのまま化物は虹が架かる滝壺へと落ちていった。

 爆ぜる様に水煙が舞い上がり、一際はっきりと虹が浮かび上がる。だが、そこが見渡せぬ程深い滝壺から化物が浮かび上がってくることはなかった。










――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――










「た…ただいま…」

 ほうぼうの体でやっと我が家に帰り着いたルーミア。
 全身ずぶ濡れ、喪った左腕や体の各所から血の気を含んだ水を滴らせている。
 妖怪として人間とは段違いの生命力を誇るルーミアではあったが、流石に最早その体は死に体だった。血を失いすぎたのか青白い顔をし、足取りも危うい。早く傷の手当てをしないとさしもの妖怪でも死にかねない。そう、ルーミアは片方だけになってしまった腕で家の戸を開けた。鍵などかけていないのが幸いだった。

 と、

「…?」

 妙な匂いを感じ僅かにルーミアは疑問符を浮かべた。非常食に作ろうとしていた干し肉が失敗して腐ってしまったのだろうか。なにせ、一週間ぶりの我が家だ。何かしら腐らせていてもあり得ない話ではない。それに今のルーミアはそれどころではなかった。早く止血しないと、本当に拙い。

 ねちゃねちゃんと音をたて暗い今を横切り、とりあえず明かりをば、とマッチが置いてある棚の戸を開けようとする。
 だが、薄闇の中、指先に触れたのは真鍮の取っ手ではなくそれを覆う気持ちの悪い粘液だった。ナメクジでもはいりこんでいたのか、とルーミアは手についた粘液を拭い、引き出しからマッチを取り出す。部屋の中央に置いてあるランプの所まで戻り、四苦八苦しながら片腕でマッチに火を灯して…ルーミアはぎょっとした。

「な、なにこれ…?」

 そこは確かにルーミアの家ではあったがマッチの小さな火に照らし出された室内は見たこともないような有様になっていた。テーブルや椅子、家具の全てはおろか床や天井、室内の全てを何かしら妙な匂いがする粘液とそれが固まったゼラチン質で覆い尽くしていたのだ。
 先程、戸棚を開けようとして手についたのはこの粘液だった。ねちゃねちゃという足音も、扉を開けた時に憶えた匂いもこれが元だ。出かける前は多少、汚れていてもまだ一般的と言える部屋だったのに、今は外宇宙に住むエイリアンの巣窟のようになっている。

 いや…それは間違いではないようだ。

 **********…!!!

「えっ!?」

 最早二度と聞きたくないと思っていたあの奇っ怪な鳴き声が聞こえたかと思うとルーミアは床に押し倒された。髪の毛が粘液にへばりつく。不快な匂い。それに甲高い鳴き声。まさか、と思う間もあればルーミアは首筋を噛みつかれた。

「ひぎッ!? な、ウソウソウソ!?」

 見ればそこにいたのはあの、滝壺に落とした殺した化物――そのミニサイズ版だった。それがルーミアの腹の上に乗っかり、鋭い爪をお腹に突き立てながら、首筋に噛みついているのだ。
 それも一匹だけではなかった。

「ああっ、そんな…そんな…」

 口から粘液を滴らせながらあの化物の小型個体が数体、ルーミアを視おろしていた。あのデカブツの子なのだろうか。見れば粘液に埋もれるように作られた卵と思わしき異様に細長い楕円の物体の中、汚濁した羊水にあの化物の幼生体が身を浸している。それが部屋中に、孵化したばかりの幼体も同じく、片方だけになってしまったルーミアの手では数え切れない程の個数がいた。

「あーっ、あっ、ああああああ!!!!」

 ルーミアの悲鳴を合図に一斉に飛びかかる化物たち。
 助けを求めるよう伸ばしたルーミアの指にしゃぶりつき、暴れる太股を押さえるとそこへ噛みつき、左腕の傷口に顔を埋めては血をすする。最早、今では使い物にならないトイレからルーミアと同じぐらいの大きさの個体が現れ、先に首筋に噛みついていた個体の腹の下へその大きな頭を滑り込ませてくる。一噛み目でルーミアの服を引き千切る化物。真っ白なお腹が露わになる。

「やめ、やめるのだ…ああっああ!!」

 躊躇いもなくそこへ歯を突き立てる化物。柔らかな腹が破れ、その下の腸が露わになる。引き千切った腹の皮と肉をくちゃくちゃと音をたて咀嚼する大型の化物。奴らは内臓が好物なのか、ルーミアのお腹に開いた穴に生まれたての化物たちがまるで母親の乳に吸い付く獣の子のように群がってくる。頭を血で真っ赤に染めながら腸を引き摺り出し、引き千切る。糞便になりかけの消化物がドボドボと床に落ちる。腹を食い破られ、力が入らなくなったのかルーミアの股間部分に暖かな染みが広がった、失禁してしまったのだ。

「イタイ、イタイ、イタイ、イタイイタイイイタイイイタイチアタイチイアタイタイタイ!!!!!!」

 か細く呼吸を繰り返しながら悲鳴を上げるルーミア。体の随所を噛み千切られ最早逃げることも適わず、けれど、その生命力の強さ故か死ぬことも許されず狂ったように悲鳴を上げ続ける。
 首筋に噛みついていた化物はそこの味にはもう飽きたのか、今度はルーミアの衣服の胸の部分を腕翼で器用に引き千切った。未発達の薄い胸が露わになる。その先端の桜色の頂きも。それを旨そうだと思ったのか化物はルーミアの乳首に噛みついた。一帯の肉ごと噛み千切り、皮下の乳腺が露わになり、そうして自身の血で染め上げられる。
 胸に開いた穴に別の個体が首を突っ込む。肋骨を砕き、肺へ。息が出来なくなり、ルーミアは限界まで目を見開いたまま、丘に打上げられた鯉のように口をぱくつかせた。最早悲鳴もでない。腹の方では化物共が腸を引き摺り出し、肝臓にかぶりつき、腎臓を一飲みに。臍の方から頭を突っ込んで子宮を取り出そうとしていた。

 それでもなお、辛うじて死んでいないルーミアは虚ろになりつつある視線で自分の部屋を見ていた。粘液の向こうに出かける前に見た自分の部屋の映像が重ねられる。

 万年床のベッドに使い込まれ傷だらけになったベッド。ミスティからもらったランプ。あちらこちらで拾ってきたりもらってきたりしたガラクタ。そこに視線を向ける。

 その中には少しばかりではあるが外の世界の物が含まれていた。
 携帯電話やデジタル時計。ナイロン製の服。それにジュラルミンのアタッシュケース。

 汚れた白衣と一緒に置かれていたそれは…あろう事か内側から力任せに開かれていた。
 二週間前、ルーミアが捕まえ殺し喰べたあの外の住人だった男のものだ。


 男は幻想郷に迷い込んだのでも、誰かに連れてこられたのでもなかった。
 朱鷺や人体模型のように外の世界で忘れ去られたが故に幻想郷に流れ着いたのだ。

 男の職業は生物学者。いや、もっと正確にけれどウイットに富んだ言葉で説明するならこうだろう。

“マッドサイエンティスト”

 彼はその狂気に犯されてはいるが優秀な頭脳で何でも喰らいどんな環境でもすくすく育ち単性で繁殖する化物を作り上げたのだが、その瞬間、世界に否定され幻想郷へと、その悪魔の申し子ごと流れてきたのだ。

 冷戦が終わり、米ソ優劣の指標でしかなかった科学が人類の発展と恒久の平和のために用いられるようになった外の世界。そこにドクターストレンジラブを地で行くような世界を滅ぼさんとす狂気の科学者の居場所はどこにもなかった。

 今時、狂気の天才科学者など流行るわけがないのだから………








「あう…」


END
 今時、狂気の天才科学者など流行るわけがないのだから………
「そーなのかー」


 右を向いても左を向いてもモンハンの話題で持ちきりなのでむしゃくしゃしてやった。
 化け物のモデルはフルフル…でしたっけ、アレですが、いかんせん、私がモンハン未プレイなので描写は完全にイメージです。でも、モンハンの薄い本は買ってたりする。\ふしぎ!/


10/12/19>>追記
9さま>>すいません、あからさまな間違いですね。打ってるとたまにキャラ名がごっちゃになります。特に四人以上が同じ場面にいるとヤバイヤバイ。って、この場面、ルーミア一人じゃないか!?

10さま>>ググれ。そして、ドラグノフ狙撃銃のかっこ良さに濡れるがいい!
sako
http://www.pixiv.net/member.php?id=2347888
作品情報
作品集:
22
投稿日時:
2010/12/15 01:13:54
更新日時:
2010/12/19 13:21:08
分類
ルーミア
捕食
食物連鎖
1. 名無し ■2010/12/15 01:52:54
読んでた途中の印象はアメリカ版ゴジラでしたけどフルフルでしたか。
そういえばフルフル(の一部)が主役の薄い本があったような……
2. 名無し ■2010/12/15 03:19:34
科学は狂気よ
3. NutsIn先任曹長 ■2010/12/15 09:14:02
そっちの意味で食われるルーミアとは珍しいですね。

その後、異常事態を察知して、紅白巫女や黒白魔法使いを始め、ドラグノフ装備の猟師さん、
ルーミアの敵討ちに燃える屋台の女将さんとバイトの蓬莱人といった連中が山狩りを行い、
化け物共と死闘を繰り広げる様を想像しました。
4. 名無し ■2010/12/15 12:13:45
自分で自分を狂気の科学者と称するとは、この男は狂人としては二流だ。
5. 名無し ■2010/12/15 16:55:32
性質は平成ギャオスっぽい
6. 名無し ■2010/12/15 20:17:10
怪獣とはこういうものだと痛感した
言葉も通じず、ただ圧倒的な力でだけ襲い来る捕食者は怖い
7. 名無し ■2010/12/15 22:01:04
繁殖を始めてる時点で幻想郷を巻き込んだパニックホラーの危険性がでかくなってきた。
ルーミア以上の妖怪なんていっぱいいるけど、ある程度増えたらやばくなりそう。
ああ、あとまず間違いなく魔理沙は序盤のエジキですね
8. 名無し ■2010/12/16 01:03:06
ジョジョかと思ったらモンハンだったでござる
9. 名無し ■2010/12/16 01:39:31
>ルーミアからもらったランプ。
これは誤名かな?
10. 名無し ■2010/12/16 12:56:09
SVDってなんだ??
11. 穀潰し ■2010/12/17 00:13:49
フルフル幻想入りと想ったらコメントでネタバレされてた。
にしても補食とか俺得すぎて有り難い。
これは食人怪獣・昆虫共を幻想入りさせねばらなんね。
12. 名無し ■2010/12/17 00:24:52
ああ…次は魔理沙だ…
13. 名無し ■2010/12/17 23:05:19
透明化と消音能力が全く通用せず捕食される三月精まで想像した
スターは最初に頭と内臓を食われた状態で発見される役
14. 狂い ■2010/12/23 10:31:44
フェルディナンド博士が幻想郷入りしたかと思った
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