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『エンダーのゲーム』 作者: sako

エンダーのゲーム

作品集: 23 投稿日時: 2011/01/18 16:10:42 更新日時: 2011/01/19 01:10:42
 薄暗い部屋の中。頭から毛布を被り蓬莱山輝夜はひたすらにマウスをカチカチと操作し続けていた。ディスプレイに表示されているのは中世風の甲冑を纏った騎士と黒曜石のような輝きをしたドラゴンだった。輝夜がマウスを操作する度に騎士はその手の中の黄金の剣を振るい、ドラゴンを切りつけている。ドラゴンも負けじと炎を吐き、スパイクの生えた尻尾を振るってくる。それを機械的な動作で躱し、受けたダメージをアイテムで回復しながらまた隙を突いては攻撃する。その繰り返しを延々と輝夜はしていた。

「………」

 そうして…何百回目かの攻撃でついにドラゴンは倒れた。ファンファーレが鳴り響き、画面にはMisson Complete! の文字が表示される。けれど、輝夜は無感動だ。右クリックを連打してウインドウに表示されている文字列を送っていく。
 と、

「え?」

 不意にその動きが止った。マウスカーソルを動かし、ウインドウの過去ログを表示させる。マウスホイールをぐるぐると回してつい今し方、表示された文字列の中からある一文を見つけ、わなわなと震える。小さく開いた口からは、えっ、嘘、などとまるで夢でも見ているかのような言葉が漏れていた。
 今までの倍近い速度でクリックを繰り返し、さっさと文字列を消去する。自由行動が再開されると同時に輝夜はメニューを開いて今し方、自分が操作しているキャラクターの所持アイテム一覧を表示するよう、マウスを操作した。
 所持アイテムランの一番上、新規入手を意味する黄色く塗られたアイテム。その名前を見て輝夜はマウスを握りつぶさんほど力を込め歓喜に打ち震えた。

「いやったっ! キタコレキタ!!」

 日が昇る前の時間帯だというのに竹林の兎たちさえも目を覚ますような声を上げる輝夜。そのまま布団をはね飛ばし立ち上がると歓喜の舞いを踊り始めた。

「ラグナロクキタコレ! ひゃっはー! こいつ超レア! 超! 超だよ! 超!」

 見やがれ、などとここではない何処かへ叫びながら喜びを抑えきれず暴れ回る輝夜。

「あの…姫さま…」

 そこへ寝ぼけ眼の永琳が襖を開いて現れた。あっ、とやっと歓喜の舞いを止める輝夜ではあったがまだまだ喜びは心をみたしているようだった。

「ねぇねぇ、えーりん、見てみて。超・超・超・レアアイテムゲットしたの!」

 モニタの前まで永琳を引っ張っていく輝夜。だが、永琳は眠気と寝ているところを起こされた苛立ちでそれどころではなさそうだった。

「はぁ。朝早く起きられるのはいいことですけれど…そのもう少しお静かに願えませんか」

 怠そうにそう告げる。永琳が輝夜の部屋を訪れたのはその為だった。けれど、輝夜は目をパチクリさせると…

「ん? 寝てないよ私」

 そんなことを言った。ため息混じりに永琳は言葉を返す。

「……その台詞、昨日の明け方にもお聞きしましたが」
「うん。あれから寝てないの」
「その更に前の日あたり、ゲームは控えるよう私、言いましたよね」
「でもでも、レアアイテムが手に入ったんだよ! いいじゃないの別に」
「では、せめて静かにして頂けませんか? 姫さまが夜中に叫ぶ度に飛び起きるイナバが少なからずいるのです。このままだとPTSDを煩って死にますよあの子たち」
「うーん、でも、私、こう見えて感情的だがらゲームしてると絶対に叫んじゃうし」
「深夜のプレイを控えて頂くという選択肢はないのですか?」
「なして? あっ、そうだ。みんなですればいいのよ。面白いわよこのMMO。えーりんもしようよ。不眠不休で四日ぐらいやり続ければとりあえず二戦級ぐらいのレベルにはなるからさ」
「いえ、ですからゲームを止めろと言ってるんですよこのニートが!」
「ごめんそれ無理」

 瞬間、永琳は輝夜の首筋に毒々しい紫色の液体が入った注射器をブッ挿していた。









――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――








「で、本当にいいの?」
「ええ。姫さまゲームが好きでいらっしゃるから丁度いい機会でしょ」
「まぁ、貴女がいいって言うんならスキマを通して連れてくけど」
「よく言うでしょ。可愛い子にはゲームをさせろって」






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――








 降りしきる雨が生い茂る木々に降り注いでいる。青々とした大きな葉に当たった雨粒は枝を伝い幹を流れ、地に注がれる。それらは集い集まり、地面のくぼみに流れ込み大きな水溜まりを作っていた。水溜まりはミルクを入れた珈琲のように茶色く濁っており底は見えなかった。一匹の紅い眼をしたまだら模様の小さな蛙が久しぶりの天からの恵みに歓喜を示すよう、休んでいた低木の枝から水溜まりに向かってジャンプした。水溜まりからちょこんと頭を出している石か何かの上に着地し、ケロケロと歌い始める。
 と、

「!!!?」

 不意に自分が乗っていた石が動き始めた。慌てて逃げ出す蛙。ざばぁ、と泥水を滴らせながら蛙の足場だったものが浮かび上がってきた。獣かなにかだろうか。いや…泥水に濡れてなお美しい烏濡羽色の髪。水を含んで重たくなった衣服。白磁を思わせる絹のような肌と長い手足は人間のものだった。

「うぇつげほっげほっ、げほっ!」

 体を折り曲げて激しく咳き込む人型。蛙はもう何処かへ逃げてしまった。

「げほっげほっ…うぇー、泥水飲んじゃった」

 やっと咳から解放され顔を上げる。綺麗に切りそろえられた前髪を額に張り付かせ、肩を上下させているのは蓬莱山輝夜だった。口の中に溜まった砂利混じりの苦い水をぺっぺっと吐き出して舌を伸ばしている。

「えーりん、うがいしたいから綺麗なお水持ってきて…って」

 そういつものように永琳を呼びつけようとしてはた、と輝夜は固まってしまった。今、自分が見ている光景は見慣れた永遠亭の自室ではなく明らかに屋外と思える風景。それも屋敷の庭などではなく太い木々が乱立し、見たこともない形の葉っぱをつけている草が生えている森の中であった。何処か遠くから不気味な鳥の鳴き声が聞こえてきた。

「えっと…何処ここ?」

 雨が降りしきり霧が出ているのか遠くまで見渡せない。むせ返るような高い湿度に混じっているのは獣や落ち葉が腐った匂いで、風がないせいだとは考えられないぐらい熱かった。今は冬だったのに、と輝夜は肌で感じた気温に訝しげに眉を潜める。それになんというか、空気というものが今まで感じたことのないものだった。

「えっと、えーりん。えーりん!」

 大声を出すが聞こえるのは降りしきる雨の音だけで他には何も聞こえない。周囲を伺うが見えるのはやはり深い森だけで、永琳は愚か屋敷のイナバたちの姿も見えなかった。

「とりあえず、気持ち悪いし上がろうかしら」

 よっこいしょと水溜まりの中から立ち上がる輝夜。服は雨水を大量に吸い込んでいて重たかった。ぼたぼたと雨のように水が滴る。

「うぇー、ドロワまでずぶ濡れ。えーりん!!!!」

 某国民的すこしふしぎアニメの劇場版よろしく大きな声で叫ぶ輝夜。けれど、なじみのOPは当然流れず青たぬきも永琳も助けにはこなかった。
 と、立ち上がった拍子で輝夜は自分と同じように何かが沈んでいるのに気がついた。石や倒木ではない。明らかに人工物であるナイロン製と思わしき幅広の紐が水面から覗いていたのだ。なんだろう、と持ち上げてみる輝夜。水を滴らせながら出てきたのはナップザックだった。水が袋の中に溜まっていたのか非常に重く輝夜は一度落としてしまった。手探りで水溜まりの中へ落ちたナップザックを探し、肩紐を捕まえると今度は逆さまにしてから持ち上げた。ナップザックの口から泥水が流れ出てくる。ついでに袋の中身だったのだろう。銀色のラベルのないパウチがいくつかとペットボトルに入った清潔そうな水なんかがでてきた。プラスチック製のハンマー。杭を打つためのものではなく叩けばピコピコと音の鳴るおもちゃだ。なにこれ、とピコピコハンマーを拾い上げる輝夜。コレにも水が染みこんでいてちゃぽちゃぽと音が鳴った。

「まぁいいわ。水々っと」

 ピコピコハンマーを投げ捨て、代わりにペットボトルの水を拾い上げる。ナップザックの中には他にも方位磁石や地図らしきラミネート加工され三つに折りたたまれた地図などがあったが輝夜は目もくれなかった。ペットボトルの蓋を開け、一口目と二口目の水で口を濯ぎ、それからごくごくと喉を鳴らして本格的に水を飲んだ。

「ぷふぁー、生き返るわ」

 あながち喩えでもない言葉を吐いて口元を拭う。ペットボトルの水はもう三分の一ほどしか残っていなかった。

「さてどうしたものかしらん…ん?」

 輝夜はふと自分の首に違和感を憶えた。服の襟ではない何か妙なものが引っかかっているような。手で触れてみると固い感触が伝わってきた。何とか首を曲げてみてみるとどうやら自分の首に何か金属製の輪っかのようなものが取り付けられているみたいだった。

「ナニコレ。邪魔ね」

 金属の輪を引っ張って外そうとする輝夜。輪は繋がっているわけではなくそれなりに力を込めれば簡単に取り外せれそうだった。

 と、その最中、輝夜はガサガサと藪をかき分けるような音を耳にした。ついで荒々しい呼吸音とクソっ、という悪態をつく人の声。人がいたのね、やった、と輝夜は手を止めた。

「ねぇ、ちょっとそこのお人。ここは何処だか…」

 ごぞんじないかしら、と言おうとした輝夜の口がはたと止る。果たして藪から出てきたのは…

「あん?」

 割れた眼鏡をかけた三十前後の男性だった。ワイシャツとスーツパンツ姿だが、衣服は共に泥だらけで破けている。左手には輝夜の首についているものと同じ物だろうか、自信も同じものが嵌っている首の輪をいくつか持ち、右の手には固い物を思いっきり殴ったのだろう。ボコボコにへこんだ金属バットが。そして、その表面には明らかに人のものと思わしき血肉、それと毛髪がこびり付いていた。

 修羅の形相で割れたガラス越しに輝夜を睨み付けてくる男。ひぃぃ、と流石に輝夜は身の危険を憶え一歩後ずさった。恐らくその判断は正しい。金属バットと鉄の輪を携えた男はにぃぃぃと唇を円弧のように曲げると凄惨な笑みを顔に形作った。ただし、血走った瞳はまるで笑っていない。

「四匹目、めっけ…!」

 その顔は狂気に駆られた狩人の顔だった。その口から人の言葉が出てくることが信じられないぐらいだ。男は血まみれの金属バットを振り上げるとそのままいきりたったように輝夜に襲いかかってきた。

「きゃぁぁぁぁぁぁ! いやぁぁぁぁぁ! おそっ、襲われるぅぅ!!?」

 当然、一目散に逃げ出す輝夜。バシャバシャと水溜まりの水をはね飛ばし、男は追いかけてきた。悲鳴を上げ輝夜は逃げる足を速めた。だが…

「服が重っ…!」

 水をたっぷりと含んだ服はそれだけで重く、湿り気を帯びた布はぴったりと肌に張り付き動きを阻害する。まるで一種の拘束服だった。そうでなくとも男と輝夜では体力に差がありすぎる。殆ど一瞬で輝夜は男に追いつかれそうになってしまった。

「もう、なら! 『刻よ止まれ』!」

 走って逃げ切るのは無理と考えたのか、輝夜は自身の持つ力である『永遠と須臾を操る程度の能力』を発動。自身を10^-15秒であるフェムト秒の世界…第三者観測からすれば時の止った世界へ逃げ込もうとした。けれど…

「? なんで? ああっ、クソ。だったら…!」

 時は止らなかった。走っているから能力が発動できなかったなどと言うことはない。息をするように使えるから能力なのだ。それがどうしてか使えないらしい。だが、どうして、と考えている暇はなさそうだ。男はもうすぐそこまで近づいてきていた。
 ならば、と輝夜は振り返り男に向けて手の平を翳す。弾幕を放って追いかけてくる男を倒そうという魂胆なのだ。空も飛べないような相手に弾幕で攻撃をしかけるのは気が引けるが、そんな余裕がある状況ではない。ともすればおそらくは先の男の被害者のように自分も頭をかち割られてしまうのだ。それはさぞ痛いことだろう。痛いことや辛いこと怠いことは極力したくないのが輝夜の方針だった。男に向けた腕に力を込める。

「おっと、この先は…」
「あっ!?」

 だが、やはり弾幕は放てなかった。いや、今度の場合は先程と同じく何故か能力が使えない、といった現象に加えもう一つ輝夜の行動を邪魔する要因があった。

「嘘っ」

 不意に憶えた浮遊感。男に狙いを定めるために振り返りながら走っていたのが失敗の元だった。輝夜が走っていった先はちょっとした崖になっていて、前を向いていなかった彼女はそのまま足を踏み外してしまったのだ。慌てて空を飛ぼうとするがそれも無理だった。同じく不思議な力が働き輝夜の体はニュートンのリンゴよろしく重力に引かれ落ちていった。

「ぐぇつ、ぎゃっ、がッ!!?」

 斜面を転がり落ちていく輝夜。服が泥だらけになり、尖った岩に引っかけたのかあちこちに傷を負う。勢いを増しながら輝夜の体は崖の底まで転がり続け、そうして…大きな岩に頭からぶつかったところでやっと止った。首は…あらぬ方向へ折れ曲がっていた。明らかに首の骨が折れている角度だった。

「はっ、ははっ。自爆かよ」

 その様子を崖の上から見ていた男は嘲うようほくそ笑んだ。その後、きょろきょろと辺りを見回し、自分以外に誰もいないことを確認すると注意深く崖を降り始めた。崖はこの雨のせいか崩れやすくなっており、何度か男は足を踏み外しそうになった。その度にがらがらと石が斜面を転がり落ちていった。それがぴくりとも動かぬ輝夜の体に当たる。いや…

「んっ…」

 首の骨が折れているはずの輝夜が小さなうめき声と共に体をぴくりと動かした。男は崖を降りるのに必死でその事に気がついていない。と、輝夜の体が起き上がった。ただし、首はやはり折れたままなのかともすれば項垂れているような形のままだ。ザァザァと雨は降りしきっている。無造作に輝夜の腕が動き、ぶらぶらと揺れていた自分の首を捕まえる。そして腕はまるでペンのキャップでもはめるよう首を元の位置まで戻した。男はまだ気がついていない。

「あー、痛かった。死んだじゃないのもう」

 首を左右に振って具合を確かめ、そう声を上げる輝夜。リザレクションだ。輝夜は蓬莱の薬の力によって文字通り蘇生したのだ。
 その生き返った輝夜の声に、へ、と疑問符を上げて壁に張り付いている男が振り返った。一瞬、目と目が合う二人。

「なっ、なんで生きてやがる!? 手前ェ、首の骨が折れてたじゃねぇか! み、見間違いじゃねぇ。確かに、確かにそこで頭をぶつけて…ひっ!!?」

 わなわなと震え信じられぬものを見たと、見てしまったと顔を引きつらせる男。瞬間、その手をかけていた石が周囲の土ごとぐしゃり、と崩れてしまった。慌ててバランスをとるが無理だ。男もまた崖の中腹から落下する。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 男が落ちたのは輝夜に比べれば半分ほどの高さだった。余程運が悪くない限りは打ち身や怪我程度でなんとか済むような高さ。だが、男は運が悪かった。落ちた先に鋭く尖った岩の先が飛び出していたのだ。そこへ強かに首の後ろをぶつける男。深々と頸椎に槍のような鋭い岩が突き刺さった。男は体をぶつけた痛みに目を見開いたまま死んでしまった。

「えっ、ちょ、貴方…?」

 輝夜が躊躇いがちに男に近づこうとする。男は自分の命を狙っていた恐るべき相手でもあるのだが、話が通じない獣ではないのだ。ここが何処なのか、この首の輪っかは何なのかその断片でも情報が得られる可能性もあったのだが。男に近づいたものの何かできるわけでもなく、呆然と立ち尽くす輝夜。その時、さっさと立ち去っておけば良かったものの。輝夜は自分の頭の上の方で大きな石が今にも崖から崩れ落ちてきそうなことに気がついていなかった。先に小石が落ちてきてえっ、と顔を上げる輝夜。そこへ一抱えほどある石が落ちてきて脳天に命中した。頭蓋が砕け、ぼこりとへこむ輝夜の頭。その後、輝夜は二三歩、ふらついた後バタリと後ろ向きに倒れた。

 二人の亡骸に降り注いでいた雨は次第に弱くなり、曇り空の隙間から光が差し込んできた。

「………」

 そこへ一つ、第三者の影が現れた。背を小さく、周囲を伺いながら注意深く崖下を歩いている。

「へっへっへ、こう言うのを“漁夫の利”って言うんですね」

 得意げに笑むとその第三者は男の方へと近づいた。男の側にしゃがみ込むとまるで屍肉を漁るハイエナのように男の亡骸をごそごそといじくり回し始める。まず、首の輪を外し、次いで男が担いでいたナップザックの中身を開け中身を探る。地図やコンパスは捨て、同じく男が最初から持っていた鉄の輪を奪い取る。

「ちっ、食料は持ってないみたいですね。武器もバットだけですし…」
「…何しているんですか?」
「何って必要なものをってわぁあ!!?」

 不意に話しかけられ飛び退く第三者。見上げればそこにはリザレクションした輝夜が立っていた。

「えっ、なんで…貴女死んで…うん…? 見間違い?」

 信じられぬ出来事を兎に角そう結論づけて自分自身を納得させたようだ。輝夜は事情を説明するのも面倒臭いので黙っておくことにした。

「と、とりあえず殺さないで…私! 私っ!!」
「いえ、殺さないけど…巫女服? まさかとは思うけれど、貴女って幻想郷の人かしら?」

 腰を抜かし脅えた様子を見せる女の子にそう問いかける輝夜。幻想郷の住人である輝夜からすれば二人の間で死んでいるスーツパンツとワイシャツ姿の男よりはこの巫女服の少女の方が見慣れている格好だったのだ。それにどことなくその雰囲気が自分のような幻想の側の存在に感じられたのだ。

「えっと…そうですけれど」
「よかった。この人よりは話が通じそうで」

 ほっと、胸をなで下ろす輝夜。今一話が飲み込めず巫女服の少女は疑問符を浮かべるばかりだった。

「私は蓬莱山輝夜。永遠亭に住む月の姫だった者です。貴女は? 博麗の巫女…ではなさそうだけれど」
「あ、はい。私はえっと…山の上の守矢神社の巫女で…」

 東風谷早苗という者です、と早苗は頭を下げた。









「成る程」

 それから数十分、二人は注意深く森の中を進んでいた。先行く早苗は自分の分のナップザックを担ぎ、輝夜もあの男から拝借したものを背負っている。といっても中身は空っぽで金属バットを携えているだけだが。
 こんな異国の地で同郷の者に出会えたから、ということか二人は一緒に行動することになった。といっても半ば一方的に早苗が輝夜を誘ったわけだが。

「つまるところこれは小さな島一つを使ったしっぽ鬼だと」
「しっぽ鬼? なんですかそれ?」

 早苗の説明を聞いてしたり顔で纏めにはいった輝夜だったがどうやら早苗はその喩えに上げたゲームを知らなかったようだ。ジェネレーションギャップという奴かしら、と輝夜。

「兎に角、このゲームはこの首に掛かっている輪っかを奪い合うゲームです。輪っかにはセンサーがついていて首輪をつけている人がまだ生きていると爆発してしまいます。だから、輪っかを手に入れるにはまず相手を殺さなくっちゃいけません」

 そうこの“ゲーム”の趣旨を説明する早苗。ゲームの開催者は世界各国の大富豪や権力者たちの集まりだそうで参加を希望した者はある日突然、拉致同然の格好でこのゲーム場へと着の身着のまま連れてこられるそうだ。ゲーム開始時に与えられるのは最初に輝夜がナップザックをひっくり返して見たとおりのもの、僅かばかりの携帯食料と水。ゲーム場の大まかな地図と方位磁石。それと各参加者にランダムに選ばれた武器だ。輝夜の場合はおもちゃのハンマー。明らかに外れだった。ゲームには制限時間が設けられており、今回は僅か一日。その間に他の参加者を捜し、与えられた武器と己の知恵と体力、度胸を駆使して首輪を奪い合う。

「で、ゲーム終了時に持っていた輪っかの数の分だけ賞金がもらえるって言うゲームです」

 早苗のナップザックの中にはもう既に輪が六つも入っていた。と言っても内四つは先程男から奪ったものだが。輝夜にはそれを知らせてない。

「それにしても、どうしてルールを知らないんですか? 私は参加する前に再三、説明を受けたんですけど」
「あはははは…酔っている内に外泊届けだと言われてサインしちゃって」

 違ったんですか、と聞いてくる早苗にそう誤魔化す輝夜。ぐぐぐ、と拳を握って永琳許すまじ、とここにはいないあの天才に呪いをかける。

「しかし、ここは幻想郷じゃないなんて…ちょっと信じられない」
「でも、空も飛べず能力も使えず弾幕も撃てない。これが証拠ですよ」
「………」

 ふぅん、と輝夜は眉をしかめる。幻想郷内で少女が空を飛べ弾幕を放てるのは幻想郷が幻想の側であるから、という説があるということを輝夜は思い出していた。だとしても力の強い妖怪なんかはそんなことお構いなしに空を飛び弾幕を張れるし、輝夜自身も幻想郷の外に出たからと言って自分の能力が使えなくなるとはとても思えなかった。もとよりこの力は月の力だ。穢れた地上に堕とされてなお失われぬ月の輝きだ。

「ま、兎に角、いつもと勝手が違いますがコレもゲームですよ。美しく優雅に…とはいきませんが死力を尽くして勝利する。何も変わったところはありません」

 握り拳を作ってヤル気を見せる早苗。輝夜はめんどくさそうに顔をしかめた。

「でも、どうするの早苗? さっきみたいに都合良く他の参加者が死んでるところに出くわす、なんてことはないと思うけど」
「そんなころりころげた木の根っこみたいなことはしてられませんよ。こっちから打って出ないと」
「早苗は何か強い武器でももらったの? 鉄砲とか?」
「いえ。これですよ」

 そう言って早苗が見せてきたのはナイフだった。Tの形をしており、上の横棒が握り、舌の縦棒がナイフ。横棒を握り拳で殴りつける形で相手を刺すプッシュダガーと言うタイプの刃物だ。けれど、刃渡りは短く、武器として使うならまだ輝夜の持っている金属バットの方が強そうだった。

「…そんなので戦うの?」
「いえ。まぁ、コレも使いますけど、女の子は最初から一つ、超強い武器を持ってますから」

 ンフフ、と笑う早苗。その手に握っているプッシュダガーが鈍い輝きを放つ。人の脂に汚れた刃物が持つ輝きだった。








 適当に歩きまわっていた二人は少し離れた場所に一人で歩いている男を見つけた。二人は物陰に隠れながら男の様子をしっかりと確認する。先ほど出会った眼鏡の男より幾分年は若そうで、茶色く染めた髪にいかめしい顔。服装も柄物のTシャツにジーンズ、首の金のネックレスとどこかやくざ者の雰囲気があった。手には黒光りする拳銃が握られている。こんな森の中でなければ何処かの暴力団の鉄砲玉と思えるような雰囲気だった。
 クソ、暑いなと悪態をつく茶髪の様子を確認し、獲物発見、と早苗は舌なめずりする。

「じゃあ、まずは私が行ってきますから輝夜さんは荷物の番をしていてください。それと、もし、私が危なくなったら助けに来てください」

 背負っていたナップザックを下ろすと早苗は自分の着ている服の襟を左右に大きく引っ張った。大きな胸の谷間が顕になる。ついプッシュダガーでスカートを太ももの辺りがさらけ出されるよう上から下へ向かって切り裂いた。これで準備はOKです、と早苗。いまいち事情が飲み込めずも、取り敢えず分かったわと頷く輝夜。

「じゃ、ちょっと遊びに行ってきますね」

 そう言うと早苗はわざとらしく藪をかき分け大きな音を立てながら茶髪の居る方へと走りだした。

「きゃぁぁぁぁっ!」

 物音に反応し、びくりと体を震わせる茶髪。震える手で拳銃を構える。けれど、すぐに引き金を引かない程度の余裕は持ち合わせているようだ。

「動くなよ、 止まれ!」

 ドスの利いた声をあげる茶髪。ひっ、と短い悲鳴を上げて早苗は言うとおり足を止めた。そして、茶髪の武器が拳銃だと見や否や…という感じで両手を恐る恐る上げた。

「んだ。てめぇは…?」

 ざっと早苗の様子を確認する男。手ぶら。ナップザックさえなし。女。茶髪のシワの少なそうな脳みそは早苗が敵に値しないと判断する。狼ではなく羊だと。狼である自分の獲物だと。心に余裕が出来たのか、強張っていた顔が下賎なそれに変わる。

「い、いやっ、殺さないで…」
「動くなってんだろ!」

 後ずさりし逃げようとする早苗を一喝。

「テメェ、かばんはどうした? 武器は?」
「え、あ…その、中身を見てたら大男に襲われてそれで…そのままに…」
「間抜けだなぁ。ここじゃ武器が一番大事だってのによ」

 したり顔で茶髪は怯える早苗に話しかける。既に自分の中で優劣は決まっている。そういう態度だった。銃はかまえているものの大した狙いも付けず、無造作に早苗に近づいていく。

「ん? よく見たらなかなかいい女じゃねぇか。ぱいおつもでっけぇし」
「ひっ…!」

 下卑びた笑みを浮かべる茶髪。ケモノの様な欲望が視線に交じる。それを感じたのか早苗は自分の胸元を隠すよう身を捩った。けれど、手を上げているため効果は殆ど無く、その豊満な胸がいびつに歪んだだけだった。それが茶髪の劣情を催す結果になったのか、彼はゴクリと喉を鳴らした。

「だったら、話は変わってくる。殺しはしねぇ。お前みたいなべっぴんを殺すのはもったいねぇからな」

 今は、と言う言葉を噛み殺すのに苦労したのか、ヒヒヒと陰険な笑い声を茶髪はあげる。茶髪が何を考えているのか悟って、早苗はいや、と小さな悲鳴を上げた後、逃げ出すように又また後ずさりした。

「動くなってんだろォ! 殺すぞ!!」

 銃口が早苗の方を向く。

「いいか、言うとおりにしてりゃ殺しはしねえ。だから、黙って俺の言うとおりにしろ。分かったか?」
「………」

 涙を流しながらコクコクと自由意思なく頷く早苗。よしよし、と満足気に茶髪も頷いてみせた。

「じゃあまずはそこに座れ。俺のものをしゃぶってもらうからな」

 言われるままに早苗は腰を落とした。その早苗の前まで茶髪はやってくると銃を握ったままベルトのバックルをカチャカチャ音を立てながら外し、派手な柄のトランクスをずらすとぼろん、と野太い己自身をさらけ出した。興奮しているのか、まだ触れてもいないのにそれはそれなりに元気だった。

「ほら、しゃぶれよ」

 腰を突き出す茶髪。銃口は早苗の脳天に向けられている。早苗は僅かに躊躇った後、男の性器を手に取るとそれを口に含んだ。この蒸し暑い森の中を長時間歩いていたせいか男の体臭はきつく、口に含んだ性器は酷くしょっぱい味を早苗の舌は感じた。

「おら、もっと気合入れろよ」

 腰を突き出す茶髪。陰毛の茂みに早苗の鼻が埋もれる。悪臭に顔がゆがむ。それが気に食わなかったのか、それともむしろ加虐心をそそられたのか、男は銃口を早苗の頭にゴリゴリと押し当てた。

「スゲェ、俺、スゲェ。女に銃突きつけながらしゃぶらせてるぜヒャハハハ! ドラマ系のAVみてぇだ! ほら、そのでっけぇぱいおつも使えよ!」

 押し当てられた銃口が痛いのか早苗は顔をしかめる。けれど、その文句をいう口には男の剛直が収まっていた。早苗は言われたとおり、服の襟を広げるとそお大きな胸をさらけ出した。両手で左右の乳房を持ち上げ、それで男のモノを挟み込んだ。おおっ、と茶髪が陰茎から伝わってくる感触に顔を弛緩させる。早苗は力強く両乳房で陰茎を挟んだ後、体を前後させつつ、接吻するよう唇で男のモノの亀頭に刺激を与える。

「いいぞいいぞッ、そうだ…ああっ、うっ…」

 背筋を駆け上ってくる快感に茶髪は体をブルリと震わせると剛直から精を放った。勢い良く飛び出した白濁液が早苗の顔を穢す。

「………」

 白濁液を滴らせながら早苗は茶髪を睨みつけた。快楽の余韻が残っているためか、反抗的な態度の早苗に茶髪は乱暴なことはしなかったが、嘲るような笑みを浮かべて見せる。

「んだよ、その顔は? 言っとくが、オレはまだ満足してないぜ」

 そらよ、と茶髪は銃身で早苗の額を押した。バランスを崩して後ろ向きに倒れる早苗。

「次はぁ、本番だ! オラ、股開け、股ァ!」

 悔しそうに唇を血がにじむほど噛み締めながら早苗は言われたとおり両足を開いてみせた。だが、開きかたが気に食わなかったのか、茶髪は早苗の膝を押すと股関節が外れてしまうのではないかと思えるほど両足を広げ、その間に体を滑り込ませた。剛直はまだそそり立っており、早苗の唾液と己自身の精で滑り光っていた。

「こんなけ濡れてりゃ挿入るだろ」

 へへへ、と下賎な笑みを浮かべて茶髪は早苗のスカートをめくり上げると、続いてミントグリーンのストライプの入ったショーツを横へずらした。早苗の薄い茂みに覆われた女陰が顕になる。茶髪は己自身に手を添えると、早苗の女性器に切っ先を充てがい躊躇いなく腰を付きだした。ひうっ、と無理矢理、挿入させられ悲鳴をあげる早苗。

「いやぁ、いやぁ、抜いて、抜いてください…」
「あ、何が抜いてください、だ。お前アレだろ、そのカッコ、神社とかにいる奴だろ? ミコだっけか? 巫女が非処女でいいのかよ! ああ、この淫乱ビッチが!」

 顔を両手で覆い啜り泣くような声を上げる早苗の言葉を嘲り笑う茶髪。激しく腰を動かし、早苗の腰に自分のそこをぶつける。ぱしんっ、ぱしんっ、と肉を打ち合う音が森の中へ響き渡る。

「いやぁぁぁ! いやっ! いやぁぁぁ!」
「ひひっ、そら、もう少しで出るぞ。中にタップリと出してやんよ!」
「………いえ、外でお願いします。ええ、赤いのを」

 あ? と豹変した早苗の態度に声を上げる茶髪。否、その音は出なかった。人体の発声器官である声帯に深々と隠し持っていたプッシュダガーを早苗に突き刺されたからだ。早苗は突き刺したダガーの切っ先を少し捻りを加えてから引きぬく。動脈を貫いていたのだろう。茶髪の首から勢い良く血が吹き出してきた。

「▲■☓○!!」

 テメェ、だろうか、茶髪の唇が動く。だが、出てきたのは血で出来た泡だけだった。茶髪はあいてる手で切られた喉を抑えると逆の手に握っていた拳銃を早苗の方へと向けた。どんな素人でも外し様がなさそうな超至近距離。躊躇いなく茶髪はトリガーを絞った。だが…

「!?」
「アウトローっぽい方ですのに、銃の撃ち方も知らないんですね。オートマチックは最初、スライドを引いて初弾を薬室に装填し、ハンマーをコックした状態にしないと弾は出ませんよ」

 見れば確かに男が握る銃の撃鉄は下がったままだった。早苗は最初から茶髪が銃を撃つにはもうワンアクションが必要だということを見抜いていたのだ。茶髪は早苗の言うとおり遊底を引こうと手を伸ばすがその動作は酷く緩慢で、手を離したせいで傷口からはなおもどくどくと血が流れ始めた。柄物のTシャツが赤一色に染まり、茶髪の目から光が消えて行く。

「離れてもらえますかっ!」

 足を折り曲げ、力の抜けた男の体を踏みつけるように押し飛ばす早苗。男はそのまま後ろ向きに倒れ、陰茎もズルリと引き抜かれる。その表紙に再び、そうして最期の精が陰茎から迸った。茶髪の体に降り注ぐ白濁液。それは茶髪の血と混じりピンク色になった。

「ふぅ、ヤレヤレです」

 立ち上がり服の乱れを正し、袖で顔についた白濁液を拭いとる早苗。それをし終えてから屈み込むと茶髪の首輪を取り外した。

「なんというビッチ臭。その手際に憧れない痺れない」
「むっ、いいじゃないですか。女の色気は最期にして最強の武器ですよ」

 終わったのを見計らって近づいてきた輝夜は開口一番、労いも安堵の言葉もかけずにそう半ば呆れながら口を開いた。不機嫌そうに唇を尖らせる早苗。と、茶髪の陰毛が付いていたことに気が付き、嫌悪の表情をしながらそれをつまみとって捨てた。

「とまぁ、こんな感じでやっていこうかなと。どうです、簡単でしょ」
「うーん、まぁ、確かに」

 早苗のとった戦法は言うなれば餌を置いて罠に獲物を仕掛けるような手だ。ただし、餌も罠も自分自身というなかなかに度胸のいる戦法だったが。

「さっ、次は輝夜さんの番ですよ」
「ええっ?」

 素っ頓狂な声を上げる輝夜。まさか、自分もやらなければいけないなんて思ってもいなかったからだ。

「なんで私が…」
「私たちはチームを組んだんですから、お互いにお互いを助け合うのは当然でしょ」
「そうなの?」
「そうなんですよっ!」

 憤慨し声を上げる早苗。生れてこの方、お姫様生活を続けていた輝夜にはどうも他人を助けるという感情が欠落しているようだった。もっとも、この場合はその方が賢明ではあるのだが…

「それにゲーム終了時に首輪を持っていないと失格になってしまうんですよ」
「失格?」
「はい。多分、開始から終了までずっと隠れてゲームに参加しないっていうのを防ぐためのルールだと思うんですけれど、兎に角、終わった時に一つでも輪っかを持っていないと駄目なんです」
「ふぅん、じゃあ、一ついただけない、それ」

 そう言って早苗の手の中の首輪を指さす輝夜。慌てて駄目ですよ、と早苗は抱くようにそれを腕の中に隠した。

「これは私のですよ! 私が危険を冒してまで手に入れたんですから!」
「………」

 この茶髪から手に入れたものはそうかも知れないがその前の眼鏡から手に入れたものはどちらかといえば自分の手柄だと輝夜は思ったが頑なそうな早苗の瞳を見ていうのを諦めた。確かに能力を使えない自分一人では首輪は手にいられそうにない。ここはこの強かな巫女について行った方が得策だと輝夜は考えた。

「まぁ、分ったわ。次は私の番。そういうことで」
「ええ、分って頂いて何よりです。あ、輝夜さんが手に入れた首輪か武器は二人で山分けですからね」

 私の取り分が多いのは私がチームリーダーだからですよ、と悪びれもせずに言い張る早苗。輝夜は何かものすごく愚鈍で哀れな生き物を見たような心地になった。









「まぁ、いいけど…あ、来た来た」

 それからまた暫く経って、二人は注意深く移動を重ね次の標的を発見した。黒く分厚いレインコートを頭から被った人物で顔は伺えないが、その体格から男だろうと判別した。武器は見える限り手に持っているショットガンが一丁。輝夜は最初、あんな凶悪そうな武器を持っているから止めた方がいいんじゃないかと早苗に常識的に提案したが、早苗はそれを首を振って否定した。

「逆ですよ輝夜さん。あんな強そうな武器を持っているからこそつけ込む隙があるんですよ。ああいう凶悪な武器を好きこのんで持つ輩は大抵男根主義で、常日頃から男尊女卑の考え方で生きているもんです。それがあんな武器をもってみなさい。いつも以上に男の優位性を感じて、馬鹿みたいな行動をとるもんですよ。ほら、さっきの茶髪がいい例です」

 早苗はそう説明して、しっかりと握っている拳銃を見せびらかした。成る程、一理あると輝夜は頷いた。確かに早苗は遠距離から一方的に相手を殺せる武器…拳銃を手にれたことで少なからず有頂天になっていると輝夜は感じたからだ。

 レインコートの行く先に回り込み、足を挫いた風を装って輝夜は上着をはだけて近づいてくるのを待った。せっかく乾き始めたのに、濡れた地面から伝わってくる水分で服がまたじっとりと湿り始めた。その不快さを我慢し、輝夜は待った。

 そして…藪をかき分けレインコートが現れた。輝夜はたった今、彼の存在に気がついたように顔を上げああ、と泣きそうな声を上げた。

「よ、よかった。助けてください。足を挫いてしまって…」

 口調は少し演技がかり固かったが、それでも何とか考えていた台詞を口にする。その言葉を信じたのか、レインコートは無言のまま輝夜に近づいてきた。

「あ、ありがとうございま…え?」

 近づいたレインコートは大丈夫ですかと声をかけたり、かがみ込んで輝夜の足を診たりする代わりに、ショットガンの銃口を向けてきた。輝夜が疑問符を浮かべたその瞬間、無造作に、そして無慈悲にトリガーが引かれた。遠雷のような乾いた音に森の鳥たちは驚き、飛び立つ。

「………」

 レインコートは暫くそのまま倒れたままぴくりとも動かない輝夜の体を睥睨していた。レインコートのフードに隠れその顔色はうかがい知れない。
 至近距離で散弾を受けて抉れた胸元。砕けた肋骨。潰れた肺胞。飛び出た大動脈。それらがみじん切りにされたものが輝夜の胸に開いた穴に収められている。思っているほど血が出ないのはポンプである心臓が真っ先に散弾でつぶされてしまったからだろうか。男はその場にしゃがみ込むと手を伸ばし輝夜の胸の穴に指先で触れた。骨片と脂肪が混じった赤い液体が指先につく。

 と、男は唐突にズボンのベルトを外し始めた。カチャカチャと音を立てバックルの金具を外す。肩が激しく上下しているところを見ると相当に興奮しているようだった。震える手でズボンと一緒にゴムが伸びたブリーフまでを膝まで下げると皮被りの陰茎がボロンとこぼれだしてきた。青白いそれは作り損ねたソーセージのようで、おそらくは怒張しているのだろうがあまり大きくはなかった。加えその陰茎の付け根にはレインコートほどの歳ならば当然のように生えているはずであろう陰毛の茂みもなかった。
 レインコートは再び輝夜の胸の穴に手を伸ばすと今度はそこへ手の平を押しつけ、血糊をべったりとすくい取った。粘つくそれを自分の陰茎にすりつける。ぐもった荒い呼吸音がフードの内側から漏れる。レインコートは血まみれの手で輝夜のスカートをめくり上げるともどかしそうに下着を膝上辺りまでずらした。輝夜の無毛の地丘が露わになる。震える指先でそこを弄り始めるレインコート。白い肌に朱色の汚れがこびりつく。伸ばす血が足らなくなったと見るやレインコートはまた手を伸ばして輝夜の血を手に取った。またそれを秘所に塗りつける。何度かそれを繰り返し、もう十分だと思ったのかレインコートは身を乗り出した。怒張してなお包皮に隠されている亀頭を輝夜の秘裂に押しつけた。固く閉ざされた一本筋に僅かに陰茎の切っ先が入り込むがそれだけだ。レインコートは腰の位置を変え、手を己自身のものに添え、なんとか輝夜の膣内に挿入しようと奮闘する。

「おおっ…!」

 何度かの試行錯誤の後、やっと男の陰茎は輝夜の中へと飲み込まれた。歓喜のような、快楽の波に吞まれたような、おおよそ常人では味わうことの出来ない喜びに胸を見たし、レインコートはうなり声のような音を喉の奥から迸らせる。

「ああっ、ああっ、あああああ!」

 そのままレインコートは獣とも人ともつかぬ奇妙な嬌声を上げながら腰を前後し始めた。穴の開いた輝夜の胸に無色透明の雫がこぼれ落ちてくる。涙か? はぁはぁ、と荒い息と喘ぎ声を上げながらレインコートは無我夢中で腰を上下させ、輝夜の中へ肉棒を突きつけ続ける。その動きは早く、乱雑になっていく。興奮のボルテージが上がっているのだろう。そして…

「死にさらしなさいこのサイコパス野郎!」

 射精の直前、その常人には理解し得ぬ感性がぎっしりと詰った頭をレインコートは右側から金属バットで激しく殴りつけられた。レインコートの後ろにそっと忍び寄っていた早苗だ。早苗は右から左へ振り抜いたバットの柄を再び握りしめると返す刀で傾いていたレインコートの頭を再び殴打した。破けたフードの間から血を飛ばしながら倒れるレインコート。そこへ更に早苗はバットを何度も頭部めがけて振り下ろした。

「このっ! このっ!」

 何度目かの殴打で腕に伝わってくる感触が固い物を叩くそれから、砕けた固いものを叩くそれに変わった。止めにもう一度だけ早苗は金属バットを頭の上まで掲げるとそれを一気に振り下ろした。

「はぁはぁ…畜生」

 肩で息をしてバットの柄から手を離す早苗。からん、と音を立てバットが倒れる。その先は血まみれだった。

「殺してからレイプするなんて…腐れ外道ですね。まったく。レイプしてから殺すのならまだしも…」

 まったく、と額の汗を拭う早苗。ため息をつき、肩を落とす。

「……輝夜さん、死んでしまいましたか」

 レインコートと同じく倒れたままぴくりとも動かない輝夜の方へ視線を向け少しだけ悲しそうに早苗は呟いた。けれど、それも一瞬。まぁ、仕方ありませんか、と何の感情も込められていない言葉を吐き捨て、今まで同様、このゲームのルールに則りレインコートの死体からハイエナよろしく首輪を外し始めた。

「輝夜さんのも頂いておかないと。これでひのふの…コレで七個ですか。あと一つで十個の大台ですねフフフ」
「いま、五個じゃないの…?」
「いえ、九個ですよ。眼鏡から頂いたのが三つ。眼鏡自身のが一つ。茶髪から一つ。こいつから一つ。輝夜さんから一つ。それにその前に二つ、私は手に入れてってうわぁぁぁ!!

 悲鳴を上げ飛び退く早苗。見ればそこには輝夜が立っていた。服や体は血で汚れているものの怪我は見た目からはなさそうで五体満足な様子だった。

「えっ、輝夜…さん? 生きてられたんですか?」
「生きてたっていううか…」
「あ、ああ、ぼ、防弾チョッキとか…? ま、まぁ、何にせよ生きておられて良かったです」
「………」

 先程の独り言を聞いていた輝夜は両手を挙げて喜んでみせる早苗に白々しい視線を向けるしかなかった。

「あははははは、と、兎に角、次の得物を探しましょう」
「そうね。ん…」

 不意に口をもごもごさせる輝夜。

「虫歯ですか?」
「そのようなものよ」

 ぺっと、食道の奥の方から逆流してきた散弾の粒を輝夜は吐き捨てた。

「じゃあ、はいコレ輝夜さん。初ゲットですよね」

 誤魔化すためか、今度は言い訳も無しに早苗は手に入れたばかりのレインコートの首輪を輝夜に差し出してきた。少し面食らってから輝夜はありがとう、とそれを受け取る。

「これで、二人合わせて八つですね。終了まであともう少しっぽいですからそれまでに二つ、手に入れて何とか十個の大台に乗せましょう」

 意気込む早苗だったが、もとから自分でゲームに乗ったわけではない輝夜はクリア条件の一個を手に入れただけでもう満足だったが。

「運良く強力な武器も手に入りましたしね」

 レインコートの支給武器だったショットガンを拾い上げる早苗。構えるなどして具合を見る。十分使える代物だった。

「コレがあればどんな奴でもイチコロですよ。9mmなんて目じゃないです」

 まるで伝説の剣でも得たようにショットガンを高々と掲げる。

「はい、輝夜さんにも。これで攻め攻めモードでいけますから」

 そう言って先程の拳銃を手渡す早苗。受けとっとったものの輝夜はまるで汚いものでも渡されたように二本の指で拳銃を摘んだ。

「早苗、さっき貴女、こういう強力な武器を持っている時こそ隙をさらす、みたいなこと言ってなかったかしら」
「そうでしたっけ? でも、ちんけなナイフやバットなんかより断然やくに立ちますよ、鉄砲は」

 得意げにショットガンを上に向けて構えてみせる早苗。そうして…

「きゃっ!」

 不意に鳴り響いた雷音に輝夜は肩をすくませた。早苗が天に向けてトリガーを絞ったのだ。

「んー、いいですね。ズドン巫女なる電波を受信しましたよ」

 硝煙の香りに満足そうに早苗は頷いた。呆れ顔で輝夜はやれやれ、と肩をすくめる。

「無駄撃ちして。それに音で気づかれるんじゃないの?」
「ふふふ、もしそうなってもコイツの餌食ですよ」

 スライドを前後させ、排莢し新しいショットシェルを薬室に送り込む早苗。そのまま、水平にショットガンを構え片目を瞑り、狙いを定める真似をする。

「そのキレイな顔をフッ飛ばしてやる、なんて…」

 フッ飛ばされたのは早苗の顔だった。









「えっ」

 驚きの声。けれど、それは実際にはまだ発せられていない声だ。輝夜の眼球から伸びる視神経が脳に見た映像を伝え、それがシナプスを伝わり脳細胞を活性化。心という曖昧なものが動き、その動きが今度は逆に脳細胞にフィールドバック、シナプスを伝わり神経に生体電流を走らせ筋肉をひくつかせる。横隔膜が脈動、少しだけ肺に溜まっていた酸素が吐き出され、それとは別ルートで伝わっていた命令が声帯をEの音を発する形に変える。そして、発せられる驚きの声。その一連の動作の間に早苗の頭は爆散していた。
 永遠と須臾を操る程度の能力のお陰だろうか、輝夜の瞳は1/1000コマのスローモーション映像でその様子を捕えていた。得意げに銃を構える早苗の鼻の辺りが膨らんだかと思うと、上あごや下目蓋を伴い、その辺りの肉や骨が内側から押されるよう飛び出してきた。まるで熱帯地方の鮮やかな花が咲くよう、早苗の顔が内側から開く。飛び散る血と肉と骨。その開花の瞬間の映像の端っこ。1/1000でもほぼ捕えきれない速度で鏃のような小さな物体がフェードアウトしていった。

 徐々に元の早さを取り戻していく主観時間。風切り音が聞こえ、早苗の顔から直前場に生えていた木の幹が抉られる。撃たれたんだと輝夜が反応したのはかなりの早さだっただろう。けれど、早苗の体が倒れ、輝夜がどこから撃ってきたのだと振り返った時、もう狙撃手は輝夜の額に狙いをつけていた。

「シュート」

 後頭部から血と脳漿の花を咲かせ輝夜は絶命した。

「………」

 その様をスコープで倍加された視界の中、大妖精は捉えていた。









「………」

 スコープで周囲の様子を伺ったが、自分以外、あの二人を狙っていそうな人はいなかった。ワルサーWA-2000ブルパップ狙撃銃の銃身から頬を放し、ふぅ、と大妖精はため息をついた。顔を上げて太陽の位置を確認。予定されていた終了時刻まであと少しだとおおよその時間を読んだ大妖精はすぐに首輪の回収に取りかかることにした。

 WA-2000から弾倉を取り外し、薬室に装填されていた一発もコッキングレバーを引いて取り出す。放物線を描いて飛んだ.300ウインチェスターマグナムを中空でキャッチ。マガジン共々ポケットにしまう。

 そして、そのまま大妖精はその強力な武器をその場に置いたままにしてさっそく移動を開始した。先程の早苗の無駄撃ちの通り、森に響き渡る銃声はそれだけでいらぬ敵を呼び寄せる原因になりかねない。二人のターゲットを殺すのに丁度一発ずつ、二発撃ったわけだがその音を聞いて今まさにこの瞬間、他の参加者がこの場所を目指してやって来ているとも限らなかった。撃ち殺したターゲットの近くは念入りに調べたが、自分の周りはそうもいかずここは早々に立ち去るのが最良の判断だった。WA-2000を置いていくのはそれがもう必要ないからだ。七キロ近い重量を持つ高性能狙撃銃を持って森の中を進むのは余りに愚かであるし、終了までの残り僅かな時間に500m以上の狙撃をしなければならない場面も考え得る限り思いつかなかった。弾だけ持っていっているのはそれが必要だからではなく、寧ろ置いていったWA-2000を他の誰かに使わせないようにするためだ。置きっぱなしにした銃に気をとられて無駄な時間でも費やしてくれれば幸い、と言うところだ。
 最初に支給された水と食料、地図もあの場に残し最大限注意し、身を隠しながらも早苗たちの所へ急ぐ。

「………」

 森の中を足早に進む大妖精。狙撃ポイントから早苗たちがいた場所まで直線で500mといったところだった。ただし、あくまで直線だ。狙撃ポイントに選んだ小高い丘を下り、乱立する木々をくぐり、茂みをかき分けて進む。それも慎重に。何処に他の参加者が隠れているか分らないからだ。残り時間は短く、まともな参加者ならば今までに手に入れた首輪を下手に奪われないようにするため、何処かに身を隠しているだろう。だが、その隠れている場所の前を通りかかるとも、若しくは終了時間ギリギリまでゲームを続けようとする強欲な連中に出くわすとも知れない。そのせいで実際に大妖精が歩くことになる距離は1kmを大きく上回る。それだけの距離を集中しながら歩き続けるのは至難の業だろう。ましてや大妖精は開始からずっとあの場所に陣取り、銃把を握りしめ標的が現れるのを待ち続けていたのだ。並の集中力では成せぬ偉業。それでも大妖精は自分の身体にむち打ち、進み続けた。

「チルノちゃん…まってて。絶対にお金用意するから…」

 親友を…騙され、借金を背負わされ、そのかたに攫われたあの氷精を助けるために。







 長い時間をかけ、そうして、短時間でなんとか大妖精は早苗たちの所にまで辿り着いた。心に浮かんできた僅かな安堵を振り払い、大妖精は更に慎重に辺りを伺った。

「よし…」

 周囲には矢張誰もいなかった。さぁ、早く首輪を回収しよう。そうそれでもなお染みついた生活習慣のような慎重さで二人の亡骸に近づく。

「…こんなにたくさん」

 大妖精はまずは早苗の持ち物を漁った。ナップザックの中に七個、早苗自身が身につけていたものを含めれば八個だった。これだけあればチルノを助けるのに十分な額と換金してもらえるだろう。自分のナップザックは置いてきたため、首輪を腕に通して持つ大妖精。と、

「……あの人も持ってる」

 もう一人、輝夜が持っている方の首輪にも気がついた。手にしているのが一個。自身のが一個。奪い取った分を勘定に入れれば丁度、十個になる計算だった。

「………」

 動きを止め、僅かに思案する大妖精。自分の手の中には八つも首輪があったがそれは今はひどく軽い物の様に思えた。

「…もう一個か二個ぐらい、一応、手に入れておいた方がいいかも」

 そう呟く。けれど、その言葉は真実ではなかった。手に入れた首輪だけで十分、チルノの身代金は賄える金額だった。だからその言葉は欲だった。自分を納得させるための方便で、そして隙だった。
 大妖精は早苗から離れると無造作に倒れている輝夜の方へ近づいていった。まずは手にしていた方の首輪をとる。

「綺麗な人…ごめんなさい。でも、こうするしかなかったんです」

 ついで本人の分をとろうとして大妖精は僅かに躊躇う。
 早苗の方は後頭部から頭に当てたので、射出側の顔面はひどい有様だったが、輝夜は真正面から撃ったため顔だけ見ればいっそ死体は綺麗なものだった。そうして逆に綺麗すぎるからこそ生前の様子などを想像してしまい、ここに来て大妖精は一抹の情を抱いてしまったのだ。大妖精は小さく頭を下げるとそれでも躊躇わず輝夜の首の鉄の環に指をかけた。


 そうして、






「あれ、そう言えば…」






 額の傷/電子音/忌々しげに歪んでみせる輝夜の顔。






 輝夜の首から外された瞬間、首輪は爆発した。爆発は指向性を持っており、より内側へ破壊をもたらすようセットされていた。まるでギロチンのように輝夜の首を引き千切る爆発。それは首輪に引っかけていた大妖精の指も一緒で…

「わ、私の手が…!」

 親指一本だけになってしまった自分の手の平を押さえながら大妖精は飛び退く。焼けて焦げた断面からどくどくと血があふれ出し、第二関節の軟骨が今にも外れそうにぶらぶらとしていた。

「なんで…どうして…」

 説明されたルールを頭の中で反芻しながら輝夜の方へ視線を向ける。@ 首輪は無理に外そうとすれば爆発する A 身につけているものが死んでいればセンサーは反応しない。 B 首輪をたくさん集める それがルールだ。
 一瞬、もしかするとこの人は仮死状態だったからセンサーが反応したのかもとそういう考えが頭の中を過ぎったがそれもすぐに否定した。確かに見たのだ。大妖精は。その目で。スコープ越しではあるがこの綺麗な黒髪の女性の頭が音速を超えた速度で飛来した弾丸に穿たれたその瞬間を。脳漿と頭蓋と血の花を咲かせた瞬間を。死の瞬間を。
 だったらどうして、と狼狽える大妖精の前でゆっくりと、非常にゆっくりと首輪が爆発し二回目の死を迎えたはずの輝夜の体が起き上がってきた。手を伸ばし、スライドを引き、初弾の装填と撃鉄を上げる操作を行う。
 それをじいっと見つめ続ける大妖精。最早そこに恐怖も驚きもない。あるのは敗北感と、助けられなかったチルノへの申し訳のない気持ちだけだった。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 輝夜が何事かを喋った。けれど、喉が潰れているためそれは声にならなかった。しかし、恐らく彼女はこう言ったんだろう。

「かわいい人…ごめんなさい。でも、こうするしかなかったの」

 そうして、輝夜は早苗から手渡された拳銃のトリガーを絞った。胸から血の花を咲かせて大妖精は倒れた。

「………ハァハァ」

 紫煙立ち上る銃を構えたまま輝夜も項垂れるよう、体を倒した。リザレクションは著しく体力を消耗するのだ。つまるところ文字通り死ぬほど疲れるものなのだ。そうして、輝夜はそのまま気絶するよう、深い眠りについてしまった。









――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――







「いや、流石に自分の分の首輪を失ってるのに、十個手に入れたからといって換金はできないよ」






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――








 思えば端からおかしいゲームだったアレは。
 空を飛ぶことや弾幕攻撃を封じるのは分る。公平なゲームだ。一部のプレイヤーが徒手空拳なのに武器を持っているように攻撃できたり、自由自在に空を飛べればそれはゲームとしては成り立たない。だから、それらを禁止するのはゲームの観点から言えば当然の措置だった。
 技術的にも不可能じゃない。それなりに結界に関しての知識があればあの程度の幻想郷では普遍的な能力、幻想の側ではない外の世界なら簡単に封じることが出来るだろう。
 けれど、永遠と須臾を操る程度の能力を封じる――というのは合点がいかない。あの力は重力、電磁力、強い力、弱い力を超えた万物理論の更にその先、十一次元に属する強力な力だ。それをどうにかしようというのならばそれは自身の力を超える能力を持つ者でなければ不可能だ。そして、その出来る存在の筆頭はすぐ側にいた。八意永琳。そう、あのゲームは永琳が自分に罰を与えるために仕組んだ出来レースに過ぎなかったのだ。自分の先生でもあり、そうして愛おしい従僕でもある彼女の考えをさとり―――そこで蓬莱山輝夜は目を覚ました。覚まして開口一番に…

「えーりん! 絶対に許さないから絶対にだ!」

 まるで反省していない様子で声を上げた。うがーと、腕を振り上げ憤慨する。

「って、ここどこ…?」

 と、左右を見回す輝夜。そこは先程のうっそうと茂った湿度の高い森の中などではなく…妙にきな臭い匂いの漂う薄暗い部屋だった。壁も床も鉄で出来ており底冷えする寒さに輝夜は自分の腕を抱いた。
 今の輝夜の格好は森の中でも着ていたあの着物ではなくまるで囚人服のような薄いキルト地の上下だった。靴も見慣れぬ紐で縛るタイプのスポーツシューズを履かされている。体は一度、知らぬ間に洗われたのだろうか。それなりに綺麗になっていた。

「えーりん! えーりん! 反省したから許してよぉ」

 大きな声で叫んでみるが鉄の壁に反響して自分の耳が痛いだけだった。
 部屋の広さは10m四方で立方体の形をしており、輝夜は自分が箱の中に収められているお菓子のような気分を味わった。

「…なんなのここ?」

 今度は首に輪っかなどはめられてはいなかったが、代わりに武器も食料も地図も水さえもなかった。
 何とか大妖精を撃ち倒した後の記憶を思い出そうとするが霞がかかったように思い出せない。ぼんやりと黒服の男と二、三語何かを交わした程度の漠然としたイメージしか浮かび上がってこない。

「また、別のゲームってこと…?」

 輝夜は立ち上がると適当に一番近い壁の側まで歩いて行った。壁には一つ、大きなハンドルが取り付けられていた。見れば部屋の四隅…いや、天井と床の計六カ所、立方体のそれぞれの面に対し一つそのハンドルが取り付けられているようだった。
 少しだけ考えた後、輝夜はそのハンドルを回した。ハンドルは重たかったが回せないという程でもなかった。ガコン、とロックが外れるような音が聞こえ、僅かにハンドルが取り付けられていた一角が浮かび上がる。どうやらこれは船などにある機密扉と同じ仕組みのようだった。開いた扉をスライドさせると…

「同じ部屋?」

 壁の向こうには全く同じに見える部屋がもう一つあった。違いと言えば部屋の照明だけだろうか。輝夜が起きた部屋は白い照明だったが、その隣の部屋は赤い照明が灯っていた。
 少しだけ迷った後、輝夜は隣の部屋に移動することにした。あのままあの部屋にいても埒があかないと考えたからだ。僅か三段しかないタラップを昇り隣の部屋へ移る。

「………」

 移り終えると自動的に扉がしまった。センサーでも仕込んであるのだろうか。コツコツと足音を立てながら部屋の中央辺りまで歩く。
 部屋は先程、最初にいた場所からのぞき見たとおり、隣とまったく同じ作りをしていた。立方体をした部屋。壁プラス床プラス天井に取り付けられたハンドル。見れば、天井まで移動できるようそこにもタラップが取り付けられていた。雲梯の要領であそこまで行こうと思えば行けるはずだ。

「はぁ、何だってのまったく…」

 そい毒づくようにぼやく。
 そして、次の瞬間、

「え?」

 気がつけば輝夜の体は胴体部分ですっぱりと真っ二つにされていた。失敗した達磨落としのように輝夜の上半身と両腕が床の上に落ちる。続いて下半身も。

「あ、あ…?」

 すぐにリザレクションが始まるが体を真っ二つにされた状態では死と再生が断続的にくり返されるだけだった。分断された体はだんだんと近づいていくが完全再生にはまだ遠い。さらけだされた内蔵に空気が触れるその感覚をバーナーで炙られるような痛みとして憶えながら輝夜は完全に体が再生するまで絶えなくてはならなかった。

 と、それからどれほどの時間が経ったのだろう。自分がやってきた方から見て丁度、対面にあった壁の扉が音を立てて開いた。自分以外にもここにいる人がいたのか、と声も出せず、なんとか視線だけをそちらに向けた。

 向こうの部屋から現れたのは少女だった。見たことがある顔だった。アレは確か…と記憶を反芻しようとして、

「と、とりあえず大丈夫みたいだぜ」

 壁の向こうにいる仲間に無事を伝えた瞬間、彼女は輝夜と同じくなますに切られ絶命した。遅れて壁向こうの部屋から騒ぎ立てる声が聞こえてきた。

「クソ! 外れだこっちじゃない!」
「でも、他の四部屋も確かめたじゃない!」
「天井は電子レンジみたいに暑くなる部屋。右の部屋は毒液が噴き出してきて、左は串刺し。こっちはぶった切り。俺たちゃ料理の材料じゃねえってんだぞ畜生!」
「戻るしか…ないってのか…?」

 今死んだ彼女の名前は霧雨魔理沙で、恐らくこの部屋では大きな音を立ててしまうと体を切り落されてしまうのだろう。輝夜は隣の部屋の扉が閉まっていくのを眺めながらそう考えた。

 どうやら次は脱出ゲームらしい。
 ああ、どうせ、何度でもコンテニューできるクソつまらないゲームだと輝夜はため息をついた。ゲームは一日一時間、そんな言葉を思い出した。




END
この後ぐやは看守や囚人のロールをこなす疑似刑務所ごっこをやったり南極大陸で発見された謎の異星人文明の遺跡を調べに行ったりします。最近流行の電脳世界とかにも。
sako
http://www.pixiv.net/member.php?id=2347888
作品情報
作品集:
23
投稿日時:
2011/01/18 16:10:42
更新日時:
2011/01/19 01:10:42
分類
輝夜
早苗
大妖精
さなビッチ
ベレッタM92
イサカM37
ワルサーWA-2000
サバイバルゲーム
CUBE
1. 名無し ■2011/01/19 01:29:17
明日も生きていけそうです
2. 名無し ■2011/01/19 06:17:33
この早苗さんは孕ませられてもケロリとしてそうだ
3. 名無し ■2011/01/19 08:01:58
BTOOM!みたいだな
4. NutsIn先任曹長 ■2011/01/19 08:19:09
殺人ゲームも現場復帰のコンティニュー有りだと興ざめ。

最初はバトルロワイヤルやBTOOM!を髣髴とさせるサバイバルゲーム。
早苗の場馴れしたゲスな戦法は、『普通』の男性には有効と証明されました。ゲスに相応しい最後も良かった!!
Die妖精、相変わらずの悲しみを背負ったプロのスナイパーっぷり。最高!!
.308NATO弾よりも威力のある弾とな。sakoさん、マニアック。
魔理沙、なに、このかませっぷり。似合ってます。

輝夜はこのゲームの世界では、無間地獄の苦痛ではなく、クソゲーの退屈さを感じているようですね。
輝夜が本当に反省するのは、いったい何時になるのやら…。
5. 名無し ■2011/01/19 08:26:33
うわぁ…、最後のCUBEは見てみたい…
6. 名無し ■2011/01/19 15:37:00
次は輝夜を14ドットの高さで死ぬアマチュア洞窟探検家の世界に放り込みたい
7. 名無し ■2011/01/20 01:41:44
さなビッチよりも死姦で興奮する当たり立派な産廃住人だよなあ
きっとこのてるよは近い未来に幻想郷に侵攻してきた虫型宇宙人に対してゲームで鍛えた技術で立ち向かうに違いない
8. 名無し ■2011/01/20 10:06:41
この早苗さんには正直魅力と好感を感じました。
ビッチいいじゃない!
女としての力を十分に理解してるのは素晴らしいですよ。ちょっと暴行されたくらいでピーピー泣きながらレイプされるしかない軟弱ヒロインにはない力強さがある!
まあ、大ちゃんの健気さが可愛すぎてヒロイン枠はそっちに持ってかれたがねw
9. 名無し ■2011/01/20 23:00:40
是非輝夜にはモヒカンがヒャッハーしてる世界で切り詰めた水平二連片手にタンクローリーの護衛をしたり、荒廃した世界で郵便配達員の服着てサバイバリストと闘って欲しい所。
早苗はビッチではあったけれど輝夜を裏切ったりはしなかったので好感度の高いビッチでしたw
CUBEはひっかかるトラップの種類に拠っては無限ループで死に続けちゃいそうでヤバ気ですな
10. 名無し ■2011/01/21 16:53:21
>南極大陸で発見された謎の異星人文明の遺跡を調べに
キリーク・ザ・ブラッド?SJ107に乗ったぐーやとかちょっと見たいかも
11. イル・プリンチベ ■2011/01/21 20:52:03
ゲーマーのてるよにはこれが究極の地獄だと思いますね。
てるよっちの能力が使えない状態で、ロックマン2のクイックマンステージのレーザー地帯を進ませてみたいと思う俺はどうかしているなぁ。
12. 名無し ■2011/01/26 04:01:53
俺もBTOOM思い出したw
しかしバトロワ系で制限なしの不死はチート以前に、相手がネタ知らなかったらこうもこええのか
13. 名無し ■2011/01/28 15:32:14
>俺はどうかしているなぁ。
俺もむしろ、FC時代のTFコ〇ボイの謎やた〇しの挑戦状、頭脳〇艦ガルとか無理ゲーの世界に放り込みたいw
14. 名無し ■2011/02/02 18:58:30
色々なネタが盛り込んであって面白かったですw
リザレクションがチート過ぎるwww
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