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『その瞳が、私の魂を』 作者: 小鎬 三斎

その瞳が、私の魂を

作品集: 24 投稿日時: 2011/02/16 23:57:46 更新日時: 2011/02/17 23:41:02
天の模様。それは所や品が変わっても、変わりゆく世界の中に確かにある、
決して変わらぬものの一つ。

晴れの日があれば雨も降る。夏は兎角暑いし冬は至極寒い。
そしてその冬場は重く冷たい雪も降る。それらの現象は人も妖も皆、
避けようの無いごく当たり前のものとして誰もが認識している。
だから曇りの日があるのも至極当然の事なのだ。時として、
冷たい雨や雪を伴わない雲が頭上にある事も。その日もまたいつものように、
幻想郷は澱んだ曇り空だった。一つだけ変わった事があるとすれば、
今日の雲は完全な綿の如き白でも灰色でもなく、夕映えのそれとも違う妙に赤みがかった……。
そう、緋色といえばいいだろうか、そんな雲だった。
幻想郷に住まう人妖達の間では凶兆としてすっかり定着した雲の色だ。
……そう、とある一人の少女の所為で。

ここに登場する一人の少女、姓は永江、名は衣玖。
幻想郷の最高神と言われる龍神の言葉を代弁し、天空に浮かぶ緋色の雲を介して
憤怒する大地の気を感じ取り、そこから根幹の部分だけを抜きとって
幻想郷に住まう人妖達に知らせて回るのを使命とする、龍宮の使いと呼ばれる妖怪の一種である。
今日も今日とて彼女は雲海を翔け、龍宮の使いたる者の務めを果たすべく、
ふわりふわりと雲間を翔け抜け翔け抜け、いつもそうするように幻想郷の人里に
降り立ったわけである。緋色の雲が告げる凶兆。その根幹を伝えるという使命の為に。

とはいえ…正直に言うと衣玖自身、これはあまり気の進む仕事ではない。
幻想郷に衣玖を歓迎するものは殆どいないからだ。
以前にこの幻想郷を龍神の代弁者(メッセンジャー)としての務めとして、
幻想郷に大地震が起きるという事を伝えるべく降りたった時。一部の人間たちは
地震を警告する衣玖の言葉をどんな風に理解したのか、
あろう事か衣玖自身を異変の犯人とみなして敵愾心を燃やしたのだ。
しかも人間のみならず、湖の辺に建つ紅い館の主たる吸血鬼の姫もその一人だった。
妖怪の中では穏健派に属するとはいえ決して弱くは無い衣玖は、
彼女をそれこそ壮絶な苦闘の末に打ち据えてやったが。あの時は
“こんな危ない事はよして下さい”と口を酸っぱくして念を押しておいたので、
もう彼女が衣玖に突っかかる事は無い…。衣玖は、そう信じていた。

「ふぅ…粗方終わりました……」
龍神の言葉…地震の訪れを伝えるという、龍宮の使いのいつもの使命。
朝もはよから西へ東へ、北へ南へと駆けずり回っているうちにとっぷりと日が暮れ、
全てを終える頃には空は宵闇差し迫る藤色に染まっていた。
人間の里の広場……。そこのベンチに身を預け、空を見上げて大きな溜息をつく。
最近は夜風が冷たくて仕方が無い。別に衣玖はこの使命を好いていないとはいえ、
どこぞの三途の渡し守のようなサボリ魔というわけではなく、かといって使命感に熱い
ワーカホリックというわけでもない。龍神の言葉のどの部分を伝えるかは
衣玖の胸先三寸だし、地震の警告という務めにおいても然程熱心にやっているわけではない。
基本的に衣玖は務めにおいてはフリーダムな女なのだ。
それはそうだ。幾ら緋色の雲が告げる凶兆、異変の前触れを人や妖に伝えて回っても、
彼女自身が感謝される事は殆ど無いのだから。衣玖自身の言葉の伝達方法にも
多少は問題があるかもしれないが、職務に対する拘りを持たない衣玖にとっては
全くの雲煙過眼であり、別段気にしてはいない。
そんなこんなで衣玖は衣玖なりに、龍宮の使いという自らの務めを
飄々かつ淡々とこなしつづけている。今日も明日も明後日も、何一つ変わり映えしない日々。
それを彼女は謳歌していた。
最近新しく人里に出来た珈琲の露店。そこで買ったカフェラテを一口啜って、
龍宮の使いはもう一度暮れなずんだ空を見上げる……。

「こらァ!!そこの妖怪!!」
突然に、衣玖の背後に怒号が鳴り響いた。思わず振り返るとそこには、
鎌槍やら棍棒やら松明やらで武装した男達が……少なくとも十数人はいるだろう、
ギラギラとした眼差しで衣玖を睨みつけている。明らかにその目には敵意が浮かんでいた。
「あ、あのう…何か御用でしょうか?」
いきり立つ者達を宥めるように、少々おろおろしながら衣玖は声をかける。
「お前…また大地震を起こすつもりだな!博麗神社をぶっ壊したあの時みたいに!!」
彼等の言葉の意味が分からない衣玖は目を丸くした。人間たちの言葉を要約すれば、
自分はまた地震で幻想郷を壊滅させるために地上に降りてきたという事らしい。
衣玖には彼等の言葉が理解出来なかった。そもそも博麗神社倒壊に端を発した
あの大地震の犯人は自分ではなく、天界の名門・比那名居家の令嬢兼大問題児である天子だ。
そもそも自分にそんな能力は備わっていないし、仮に持っていたとしても
自ら進んでそうした異変を起こすような危なっかしい性格も持ち合わせていない。
まぁ、天子のお目付け役のような者として、あの異変を防ぐ事が出来なかった事に
衣玖自身も責任は少なからず感じてはいたが。
ならば自分の不手際だけはしっかり詫びておかねばならないだろう…
衣玖はすぐさまそう判断する。
ビリビリした空気をすぐに感じ取り、すぐにでもこの場を抑えようと、
思考の回転速度を上昇させ、次の言葉を紡ぐ。
「そ、総領娘様の事でしたら幾らでもお詫び致します…ですから……」
「出鱈目ばっかり言うな!!」

…尤も、それは全て無駄な事でしかなかったわけだが。
衣玖の謝罪の言葉は大音量の怒号に掻き消される。
「お前等妖怪はいつもそうだ!好き勝手に暴れて人を襲っておいて、
 ヤバくなったらすぐさま謝って済まそうとする。本当、何処までも腐った奴等だよ!
 自分で事件を起こしてそれを記事にして人間を揶揄していた、あの鴉天狗もそうだった!!」
敵対者である妖怪に向けられた、人間達の鬱積した感情。それに気圧される衣玖。
目の前の男は得物の棍棒を蜻蛉に構えて鼻息を荒げている。
確かめるまでもなく標的は衣玖の脳天だ。
パニックになりかけた頭脳をどうにか駆動させ、精一杯彼等を宥める言葉を紡ごうと努める。
「あっ、あの…そんな物を振りまわしたら危ないでしょう…
 貴方達はいつかの巫女の真似事をしているのですか?
 でしたらすぐさまお止めになることをお薦めします。命が幾らあっても……」
「黙れぇ!!」

バシュウゥッ!!

突然に、衣玖の目を橙色の霧が覆う。それは鼻や口からも容赦無く侵入して、
彼女の感覚器官を怒涛の如く侵す。
「あっ!!うぁぁ……!」
皮膚に、粘膜に、焼けるような痛みが迸る。咳や涙が止めど無く溢れ出る。
あまりの苦しみに彼女は思わず蹲ってしまった。
先頭の男の手元に、外の世界から流れついたものと思しき円筒のスプレー缶が握られている。
催涙ガスだ……。もとは自己防衛用の道具だったが、
このモデルはあまりに強力過ぎるために外の世界で販売禁止になり、
そのまま幻想入りしてしまったモデルだろう。その威力は前述した通りである。
「さぁ、覚悟しやがれ人食い妖怪」
感覚器官を絶え間なく襲う痛みに動きを奪われた衣玖に、
男達は容赦無く、手にした得物を振りかざす。
打たれている。突かれている。炙られている…。橙の霧の所為で視力を封じられていても、
自分を襲っている感覚ははっきりと感じ取れる。その事実はかえって衣玖の苦痛を倍化した。

“どうして私がこんな目に”。
いつ終わるとも知れぬ暴力の洗礼。全身を襲う激痛と混濁する意識の中で、
龍宮の使いは、そんな事を考え続けた。

眼を醒ますと、見慣れない天井と見慣れない人物の顔が飛び込んできた。
赤と青のツートンカラーのワンピースに艶やかな銀髪が映える、
医者と思わしき背の高い女性が傍にいる。どうやら自分はどこかのベッドの上にいるらしい。
気を失っている間に誰がここまで運んでくれたのかは知らないが。
「あら…ようやくお目覚めみたいね」
「う、うぅ…ここ、は……」
「ここは永遠亭の診察室、私は薬師の八意永琳よ」
「は、はい……っ、…あぁっ!!」
目覚めたばかりの身を無理矢理起こそうとした衣玖の全身を、耐え難い激痛が駆け巡る。
全身を瞬間的に、且つ万遍無く襲った強烈な痛みに、
彼女はどうにか起こしたばかりの体を再びベッドに預ける事を余儀なくされた。
「無茶しないで。切創と打撲が併せて六十一箇所、火傷十四箇所。
 肋骨も四本くらい折れているのよ。私の弟子がここまで運んでくれて無かったなら
 今頃どうなってたかしら。そう……。甘く見て全治五ヶ月ってところね。
 全く、この程度で済んだのが不思議なくらいだわ……」
何ていう事だ。あの橙色の霧を目の前に吹きかけられて意識が混濁している間に
自分はそんなになるまで、あの人間達に痛めつけられていたのか。
いまだ全身を襲う痛みからか、それとも一方的に打ちのめされた無力感からか、
口元から小さく呻き声を漏らしてしまう。そんな彼女に永琳はそっと切り出した。

「永江衣玖さん、だったわね。貴女、一体どんな事をしたの?
 人間に滅多打ちにされるような悪い事」
「わ…っ、私は何もしていません!龍神様の言葉を民に伝えるという、
 自身の務めを果たしに来ただけなんです!!」
「はぁ…貴女本当に何も分かってないのね。“何もしていない”なら、
 何でこうして叩きのめされるのかしら?この世は全て因果応報、自業自得。
 自分で気付いてないだけで、貴女にも何かしら思う所があるのではなくて?」
人間達による一方的且つ理不尽な暴力。それを何故自分が咎められるのか…
衣玖には不可解な事でしかない。とはいえ、永琳の言う“思う所”という部分だけは、
ほんの少しだけ引っかかるところがあった。
「そんな、私は本当に……。恐らく彼等は私が妖怪というだけで
 襲ってきたような気がしてならないんです。以前の地震騒動…
 いや、異変というべきでしょうか。その時もそうでした。
 地震の発生を伝えるという私の務めが、人妖達に誤解を与えてしまったらしいのです。
 私が異変の犯人なんじゃないかって……でも」
「そう。それだけで十分なのよ、理由と言うものはね。真実の在処は問題じゃない。
 正しいか否かは関係無い。デマでも噂でも何でもいい、疑わしければそれだけで黒。
 嘆かわしいかもだけど、それが幻想郷というクソッタレな世界の常識よ」
永琳の言葉は、衣玖の中の世界の常識を大きく揺るがすには十分過ぎた。
衣玖は一連の言葉を薄い唇を噛んだまま押し黙って聞いているだけ。
自分は人間をそんな目で見た事なんて一度たりともないのに、人間にとって
龍宮の使いという妖怪である自分は敵。地上をうろつく他の雑多な妖怪のように
人を騙し食らったりするような者ではないと自分で分かっているのに、
人間は自分達妖怪を退治するという名目で、その存在を認めたが最後、
これでもかとばかりに叩きのめす。そう……仮に死んでも構わないという心持ちで。
実際、衣玖も一歩間違えば本当に殺されるところだったのだ。

「貴女の務めなら私も十分理解しているつもりよ。だけど、貴女はもっと
 自重という言葉を憶えた方がいい。務めだから、という下らない言い訳は、
 常に苛々の捌け口を求める気が触れた幻想郷の住人には通用しないのよ。
 安易に人間に近づこうとする限り貴女は誤解され、そして迫害され続けるわ。
 …妖怪は人間の敵という思想が覆らない限りね」
にべもない永琳の言葉に、衣玖はただ俯いたまま黙す事しか出来なかった……。

永琳の見たて通り、彼此五ヶ月くらい経ってようやく退院した衣玖。
元々頑丈な妖怪という事もあったのだろうか、その体は退院して数日もしないうちに
雲間を翔ける事が出来るまでに回復していた。
とはいえ…精神面もそうなのかと問われれば、そこは首を横に振らざるを得ない。
衣玖の脳裏には人間に対する恐怖心が嫌というほどに叩きこまれていた。
本来であれば人間が妖怪を恐れる筈なのに、彼女の場合は全く逆だった。
一体いつから人間はここまで凶暴な生物になったのだろうか…。
衣玖がそれを自問しない日はなかった。永琳の忠言、そしてあの一件もあってか、
それ以来衣玖が幻想郷に降り立つ日はめっきり減ってしまった。
彼女は…あの医者は分かっているのだ。ならば従った方がいいだろう。
衣玖はそう自分に言い聞かせて日々を過ごした。

だが…龍宮の使いとしての務めは、それを許してはくれない。
また大地震の予兆を感じとって再び衣玖は幻想郷を訪れる事と相成った。
いつものように幻想郷を翔け、住人達に伝えて回り、全てを終えて一息つく。
早めに済ませればいいだろうと、少々急いだ甲斐もあり、まだ日が沈まないうちに
務めを終えることが出来た。おかげで全身くたくただが、
あの時の様に滅多打ちにされるよりは遥かにましだ。
取敢えず少しいつもの場所で休んだら天界へ戻ろう……そう思い、衣玖はベンチに凭れる。

「妖怪め!また懲りずに来やがったか!!」
が、そんな僅かな憩いの時はすぐに終わりを告げた。
あの時の男達がまたしても武器を携えて衣玖の前に立ちはだかったのだ。
「ちっ、違います!私は前と同じように皆様に龍神様のお言葉を……」
やはりというか何というか、彼は衣玖の言葉に全く耳を貸そうとしない。
まさか、ここ最近異変続きだった所為で、疑心暗鬼にでもなっているのだろうか。
いきり立つ一人の男が衣玖の前に歩み寄り、大声で捲し立てる。
「テメェ…どこぞの青巫女みたいな事を言うな!どうせ大地震のドサクサに紛れて、
 避難騒ぎでドタバタしている俺達を騙し食らうつもりなんだろう!!」
「落ちついてください!私は本当に!!」
「五月蝿いんだよ、このクソアマ!」
大上段に得物である棍棒を振り上げた男に、衣玖は思わず目を見開く。
気がつくと彼女はその体を前に突き出し、同時に小さな両の掌を思いきり、男の胸の中心に
突き込んでいた。瞬間的に電撃が迸り、蒼白い閃光と弾けるような音が辺りに響く。
ほんの軽く打ったつもりだったのに、男は大きく後方に吹っ飛んで大地に蹲り、
低い呻き声を上げている。掌を打ち込まれた男の胸からはうっすらと白い煙が上がっていた。
「もっ、申し訳ありません!お怪我はありませんか……!?」
すぐさま男のもとへ駈け寄って介抱を試みる衣玖。はっ、と思わず息を飲んだ。
心拍が上がり、額からは冷や汗が止めど無く溢れ出る。
まずい事をしてしまった……。正当防衛とはいえ、安全が約束されているはずの人里で
妖怪が人間に手を上げてしまったのだ。このまま手を拱いていては、
自分は間違い無く幻想郷の守護者達を一斉に敵に回す羽目になるのは自明の理である。
おろおろしながら男に近づき、そっと右手を差し出す。だが男がそれを取る気配は全くなかった。
衣玖を見つめる男の目…。明らかに、その目は、怯えていた。
口元から不規則な呼吸が漏れ、全身を脂汗が伝っている。

ど く ん。

衣玖の耳に、一際大きな心音が響く。紛れも無い、それは自分の心の臓の鼓動音。
一体どうしてこんなにも、心音が大きく聞こえたのだろう?ふと思う。
続いて聞こえて来たのは震えた男の声。
「ひっ、ひぃい……やめてくれ…殺さないでくれぇ……」
言い知れぬ恐怖に怯え、命を乞う男の眼。明らかに傍の龍宮の使いに怯える
彼のその眼を認めた衣玖の中に、何かが沸々と込みあがってくるのが分かる。

“この男が憎い”。
“自分を痛めつけたこの男が許せない”。
“あの時受けた痛みを彼にも味わわせてやりたい”。

衣玖の心を負の感情が支配する。気がつくと彼女は倒れた男の顔面に
もう一発掌を叩きこんでいた。当然強烈な雷を纏った一撃だったので、
そのダメージは計り知れない。最高10万アンペア、1億ボルトの強烈な電撃。
相当な死線を潜った巫女や魔法使いなら兎も角、ただ鼻息が荒いだけのこの男が
耐えられる筈はなく、先程の一撃のもとに男はボロボロに傷ついていた。
彼の中に、最早抵抗という言葉はない。
「すまねぇ…っ。俺が、悪かった……だから、もう…助けてくれ……っ」
だが、衣玖の耳には先ほどの彼の命を乞う言の葉さえも、
“もっと俺を嬲ってくれ”という懇願の言葉に変換されて飛びこんできた。
「そう…ですか。もっと痛みが欲しいんですね……」
衣玖の口元に、妖しい笑みが浮かび上がる。

ドスッ!バシィ!ズバァン!

微塵ほどの容赦も無く、衣玖は得物たる緋の羽衣を、
男の顔に、四肢に、そして胴体に、鞭の如く叩きつける。
「ぐぁっ!うわぁ!!止めてくれぇ!!」
男の体は徐々に赤く腫上がり、それもいつしか内出血によって青く黒く変わっていく。
だが、それでもなお衣玖は彼を打ち据えるのをやめようとしない。

緋の羽衣を打ちつけるたびに、
小気味いい打撃音が辺りに響くたびに、
男の口元から大音量の悲鳴が上がるたびに…。

衣玖の魂はその狂喜のボルテージを上げていく。男の口から込みあがる悲鳴すらも、
彼女の耳には更なる痛みを懇願する叫びに変換されて飛び込んでくる。
それを聴く度に衣玖は俄然ヒートアップし、羽衣の打撃のみならず強烈な電撃までも
男に叩きこんでいく。全てが衣玖にとって、どんな果実より甘美な快楽だった。
だが、そんな衣玖のハードコアな攻め手の前に、男の体の方はとうとう音を上げたのか…。
無様に大地に突っ伏して、白目を剥き、ぴくりもしなくなった。
見っとも無く開かれた口からは舌がだらりと下がっている。
…わざわざ確かめるまでも無く、絶命していた。はぁ、と衣玖は大袈裟に溜息をついてみる。
「全く…失望もいいところですね。もう少し持つと思ったんですが」
男の髪の毛を引っ掴んでずるずると引っ張っていき、
そこにあった井戸へ乱暴に亡骸を投げ捨てた。
「さて…貴方方はもう少し楽しませてくれますよねぇ?」
「う、うわぁ、やめてくれぇ!!」
蜘蛛の子を散らす様に四方八方へ逃げさる男達。目の前で仲間が公開処刑されたという
事実を突き付けられたのだから、至極当然の反応といえようか。
「逃がすと思ってるんですか?」
だが、完全に魂が狂気に染まった衣玖はその羽衣を一閃し、その全てを打ち据える。
全身に痺れるような痛みを憶え、動を完全に失った男達を、龍宮の使いは
一人、また一人と締め上げ、叩き臥せ、痺れさせ……。
最後には精々派手に殺していく。衣玖にとっては誰も彼も全く物足りない相手であった。
全てが終わり、ぼんやりと天を仰ぎ、衣玖は小さく呟く。
「うふふふふ…貴女様なら、もっと楽しませてくれますよねぇ……」

「あ〜あ…。どっかに楽しそうなこと落ちてないかしら〜……」
天界。人の持ちうるあらゆる欲を捨て去った者、天人の住まう世界。
天界の名門にして第一級の不良一族・比那名居の娘である天子は、
今日も今日とて退屈していた。天人と成り得る為の功徳を何一つ積まぬまま天人となった
比那名居家の者は、未だに人間が持つ欲を捨てきることが出来ていない。
天子自身が、天人としての日常に退屈している事……それが何よりの証拠だった。
それを紛らわすために天子はかつて、異変解決の専門家たる霊夢に興味を示し、
自ら異変を起こして彼女に解決してもらおう…。きっと最高の退屈凌ぎとなり得る筈だ。
そう考え、幻想郷に大地震を起こして博麗神社を倒壊させた事があった。
…当然というか何というか、結果は霊夢に木端微塵に打ち据えられて終わりだったわけだが。
「あん時は流石にあの巫女を甘く見てたかもね。
 あいつを本気にさせるなんて私も焼きが回ったわ……」
まぁそれでも、あれはあれで十分楽しかった。しかし、生まれた時から全てを持っていた
天子の退屈はそうそう容易く紛れない。欲深い天人くずれの少女は、
自分を満たしてくれる何かを、広い天界に見出そうと今日もふわりふわりと翔けて回っている。

「………?」
と、突然に、何やら強烈な血の匂いが天子の鼻をついた。
何事かと思ってその方向に目をやり、すぐに彼女は言葉を失う。
屈強な天人たちが数十名、その全てが見るも無残に倒されていたのだ。
ある者は喉を抉られ、ある者は全身を黒焦げにされ、
またある者は内出血で真っ黒に染め上げられ……。
彼等が立ち上がる事は二度とない事は誰の目にも明らかだった。
「な…っ。何よ、これ……!?」
哀れな天人達の屍の中に立ち尽くす女が天子の存在を認め、
そっと口を開く。なんとも形容しがたい、言い知れぬ恐怖に見開かれたままの
天子の眼を釘付けにしている彼女は……。
「…遅かったじゃないですか、総領娘様。あんまり退屈だったから
 彼の者達と遊んでいたのですが……あぁ、全く丁度良かった。
 少々飽きが来たところでしてね」
「衣玖……っ!!」
紛れもない、永江衣玖その人であった。だがその姿は天子の知る彼女とは
あまりにかけ離れた…、服も帽子も羽衣も今まで殺めた者達の血により鮮やかな紅に染まり、
頭髪も全て銀色に摩り替っている。
「ちょっ、あんた…どうして、こんな事を……っ!!」
流石の天子も激昂している。そんな彼女を宥めすかすかのごとく衣玖は口を開いた。
「私は龍宮の使いとして人から感謝された事がありません。
 それでも今までは気にも留めていなかった。務めに私情を挟む余地なんて
 ありませんからねぇ。そう…感謝されないのは別にいいのです。
 ただ……どうしても我慢ならなかったんですよ。相手にされないのならまだしも、
 軽蔑や嫌悪の対象となるのはね」
そう語る衣玖の目は、冷徹さの中にも轟々と狂気が満ち溢れている。
「その点総領娘様はどうですか。何の苦労も努力もせず、
 ただ比那名居の娘であるというだけでその威光を振り翳して。
 それに対する先祖や御親族への感謝もろくにせず、全てを自分の力と誤認して。
 全く、腹立たしい事この上ないですね。私は己の使命の所為で、
 心無い人間達に打ち据えられたというのに!!」
「くっ、くぅうう……!!」
「でも…気付きました。人や妖は皆、誰かに傷つけられたいという願望を
 無意識のうちに持っている。 総領娘様…貴女様にもその心があるんじゃないんですか?
 苦行を乗り越え、真に天人と認められるほかの天人達に、貴女様は少なからず
 劣等感を持っていたのではないですか?無論今も…それを拭い去る事が
 出来ていないでしょう?でも大丈夫です。今からしっかり修行すればいいだけですから。
 ふふっ、ふふふふ……!!」
「狂ったか、永江衣玖!!」

普段のそれとはあまりにかけ離れた強烈無比な衣玖の殺気を瞬間的に感じ取った天子はすぐさま、
懐から得物である緋想の剣を取り出して正眼に構える。相対する者の気質を刀身に集め、
それによって必ず敵の弱点を狙い打つという、天人専用の武器たる緋想の剣。
この剣が手にある限り、天子に負ける要素は見当たらない。そのお陰で幾許か心に余裕が持てた。
一気に間合いを詰め、裂帛の気合と共に大上段から剣を面に振り下ろし、
天子は龍宮の使いを一刀のもとに叩き臥せる……。
筈だった。

ビュウン……。

天子の耳に最初に飛びこんできたのは、斬撃音でも衣玖の断末魔でもなく。
その手の緋想の剣…だったものが、虚しく空を切った音だった。
「嘘……っ!!」
天子のその手に握られていたのは緋想の剣の柄だけ。肝心の刀身部分は根元部分から
ボッキリと折れてしまっていた。
「危ないじゃないですかぁ……。全く、子供の玩具にしては物騒な物を持っていますね」
無残に柄から切り離された緋想の剣の刀身は、いつの間にやら衣玖の手元に移っていた。
それを彼女は適当に弄ぶとそのまま高々と放り投げてその身に纏う羽衣を一閃させ、
その一撃を受けた刀身はバラバラに砕け散った。
「そ、そんな…お前の羽衣にはそこまでの威力は…ない筈……!!」
一方の天子はというと、愛用の緋想の剣をいとも容易く打ち砕かれるその様を、
顔をひくひくと痙攣させながら怯えた眼で見つめているだけ。
恐怖による痙攣は両の足にまで及び、彼女は文字通りその場に釘付けの状態となっている。
そんな天子の鳩尾に容赦なく、衣玖は羽衣の鋭い一撃を叩きこみ、
天子の胸は大量の生の証により鮮やかな紅に染まった。
大量出血により朦朧とする意識の中、どうにかこうにか立ちあがって要石を構え、
抵抗を試みる天子。だが衣玖を取り囲む様に降り注いだ要石は彼女を押し潰す事はなく……
その全てが、周囲に展開した羽衣の無数の刺突により、
ほぼ一瞬にして粉々に砕け散ってしまった。
「もう…つくづくおいたが過ぎるんですから。少しばかり貴女様は
 その頭を冷やした方が良さそうです…あぁ、失礼。流石に無理のようですね。
 無い頭は冷やしようがありませんから……!!」
天子に向けて勢いよく放たれた羽衣はぐるぐると彼女の体に巻きつき、
体の自由を完全に奪い去る。じたばたと見っとも無く足掻く天子に冷笑の視線を投げ、
衣玖は羽衣に電撃を乗せて天子の体に注ぎこむ。
バチバチという小気味のいい音ともに、天子の体から大量の火花が飛び散った。
「ひばぁああああっ!!」
「流石は総領娘様…。お尻に“くずれ”が付くとはいえ、天人だけあって頑丈ですねぇ」
「ぐっ、ぐあぁぁ……!!」
服が彼方此方破れ、肌に真っ黒い焦げ目を大量に作っても、まだ天子の意識は途切れなかった。
彼女の体に纏わりついた羽衣は更にその締める力を強め、ギリギリと音を立てている。
全身から脂汗を垂れ流す天子の苦痛に歪んだ顔は衣玖の興奮を更に煽り立てる。
「あらあら、もっと苦痛が欲しいんですか。相変わらず欲張りさんなんですから…
 ならばお望みを叶えて進ぜましょう」

ブゥン!!

衣玖はそのまま手にした羽衣を右に左に薙ぎ払って、ぐるぐる巻きにした天子を
大きく振りまわす。その度に天子は実に情けない大音量の悲鳴を上げるが、
それはかえって衣玖という女が長年抑え込んでいた嗜虐心の火を
燃え上がらせる鞴(ふいご)でしかなかったようだ。天人の少女が絶叫を上げるたびに、
衣玖の羽衣の回転速度は右肩上がりに上昇する。とうとう天子が気を失った頃と
衣玖が彼女を弄ぶのに飽きたのが同時だったか、彼女は振り乱していた羽衣を
高々と天に向けて振り上げ、そのまま一気に振り落とし、天子を頭から大地に垂直落下させる。
「うっ、ぐぅ…げほ、げほっ……」
乾いた地面は天子の血による悪趣味なモダンアートのキャンバスとなったが、
それでもまだ天子は命を取り留めていた。それを認めた衣玖の焦点の無い眼は、
無常の悦びを湛えて天人の少女を見下ろしている。仰向けに倒れたままの天子の右目に容赦無く、
螺旋状になった羽衣の先端を捻り込んでいく。回転しながら襲う衣玖の羽衣は
天子の右目をずたずたに破壊し尽くした。
「うっ、うぁぁあああ!!!」
右目を捻り潰され、全身を襲う激痛にのたうつ天子。
そんな彼女に衣玖は抑揚のない乾いた声で語りかける。
「お慶び下さい、総領娘様。私の羽衣も貴女様の悲鳴を
 もっともっと聴きたいと噎び泣いております。それに……」
「ひっ、ひぃいい……」
「貴女様にとってもこれは好機ですよ。一切の抵抗をせず私にこうして打ち砕かれるという
 功徳を積む事によって、ようやく貴女様は幻想郷の、そして天界の誰もが認める
 真の天人となりうるのですから……」
衣玖は終始、その狂気じみた笑いを崩す事はなく。それが一層天子の中の
恐怖の風を轟々と強めている。最早天子の両の手足に力は無い。
彼女は身を震わせながら四つ足で這って後退さるのがやっとだった。
“どうして私がこんな目に”…。
あの時衣玖が想像を絶する痛みに耐えながら考えていた事を、何度も天子は自問する。だが……。

「あら……、驚きました。ここまでズタボロになってもまだ動けるんですねぇ。
 感謝しますよ総領娘様。貴女様はまだまだまだまだ楽しませてくれそうですからね……!!」
……それも衣玖の前では、全てが無意味だった。
今の衣玖を駆立てるのは、自分を見つめる誰かの、恐怖に怯えた瞳。
零れる涙は油になり、衣玖の中の嗜虐の炎は益々燃え盛る。
純なる恐怖に怯えた瞳、苦しみと痛みから来る大音量の悲鳴、
激しく舞い散る血の花弁…全てが衣玖にはあまりに心地いい。
一度それを味わうと、もっともっと欲しくなる。彼女の中の歪んだ欲は、
留まるところを全く知ろうとしない。

再び龍宮の使いの美しき緋の羽衣が、螺旋を描きながら哀れな天人の少女の胸に伸びる。
絹を裂くような甲高い悲鳴と、怒涛の如く吹き出す天子の生の証を浴びながら、
永江衣玖は胸打つ狂喜にその顔をほころばせた。肉が裂け、骨が砕け、
血が全身から吹き出しても…それでもまだ天子にその時が訪れる気配は無い。
天人は人間と比較しても、そうそう容易く死ぬ事は無い。その身を紅に染めた
龍宮の使いと相対している、今の天子にある運命はただ一つ。
衣玖の底無しの欲が悲鳴と恐怖、そして天子の血と苦痛で満ちるまで、
その身を抉られ、刻まれ、叩き潰されるという運命のみ。それを前にした天子の心の全てが、
黒より暗い絶望色に塗りつぶされる。
またしても、羽衣が、憐れな天人のもとへと勢いよく伸びていった。

……血みどろのサタデーナイトはまだ始まったばかりだ。
…とまぁ、普段真面目な奴ほどキレたらヤバイと。全く懲りずにまたしても悪堕ちネタです。
前回の魔理沙のように“その才能がある”伽羅を堕とすのもいいですが、衣玖さんのような淑女を堕とすのもまた乙なものですね。
やはりというか何というか、ビフォー&アフターのギャップが激しい方が惹かれるんでしょうかねぇ?
というか、一番深く堕ちていっているのは自分なんじゃないかなぁ、何て思ったりもするんですが。
小鎬 三斎
作品情報
作品集:
24
投稿日時:
2011/02/16 23:57:46
更新日時:
2011/02/17 23:41:02
分類
衣玖
悪堕ち
覚醒
惨殺
1. NutsIn先任曹長 ■2011/02/17 12:35:50
連中、衣玖さんが言いがかり通りの事をやるような妖怪なら、
フィーバーされる事ぐらい覚悟してたんですよね。

あぁ、クソ真面目な衣玖さんが堕ちる姿は美しい…。
野郎共や天子のような輩相手にフィーバーする分には良いんですけどね。自業自得だから。
でも、この快楽を知っちまったら、堕ちますわな…。

では、また素敵な堕ち物話、楽しみにしています。
2. 名無し ■2011/02/17 21:52:23
衣玖さんは大抵食料にされたりで
ろくな目に遭わないキャラなんだよな
3. 名無し ■2011/02/18 16:01:28
冷静に考えれば妖怪では衣玖さんが一番割に合わない人なんだよな。
身分保証ぐらいしてやれよ竜神と天人達…

悪堕ちと聞いて某柚〇〇氏が展開してるのを期待したけどこっちの方が好きだなw
4. 名無し ■2011/02/18 16:47:55
血みどろのサタデーナイトでコーラ吹いた
5. 名無し ■2011/04/14 04:29:52
確かにこんな扱いならぷっつんしちまうよな
そしてその分怖くなる
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