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『東方ゲロ娘『ゆうかちゃんさんちゃい!!』』 作者: ウナル

東方ゲロ娘『ゆうかちゃんさんちゃい!!』

作品集: 24 投稿日時: 2011/02/19 12:41:24 更新日時: 2011/02/19 21:41:24
※この作品は東方Projectの二次創作作品です。
※東方ゲロ娘参加作品
※この作品には暴力的・グロテスク表現がありますが、危険なので真似しちゃだめです。


















「はぁー……はぁー……」


日は暮れ宵闇の足音が聞こえる頃、一人の少女が人間の里を歩いていた。
年頃はまだ物心ついたばかりだろうか。
大人の半分にも満たない身丈に置かれた顔は暗い。
目には生気というものがないくせに、ぎょろぎょろと辺りを見回す様は獣のそれだった。
時折、まるで死人が背に張り付いたかのように怯え、狂ったように走り出す。


「っ!!」
「ああっ! なんだてめえは!!」


そしてぶつかる。よりにもよって最悪の相手に。
酒癖の悪いことで有名なこの男は、今日も今日とて泣き喚く妻を蹴飛ばして泥酔に走っていた。
爪に火を灯すような暮らしぶりとは思えぬ豪快さで酒を頼み、夕刻を過ぎた頃には財布はすっかり空になっていた。
金がなければもてなす理由も無い。
酒場から追い出された男は、財布を川へ投げ込み、とにかく酒にありつきたいの一念で里をさ迷っていたのだ。
素面だったのならばまさか怒りはしなかっただろうに、居心地と酒心地の悪かった男にはこの少女は悪鬼の使いにしか見えなかった。


「っらぁ!!」
「ぎゃっ!」


男の腕が緑の髪を掴み上げ、そして降ろした。
少女は人形のように振り回されて、地面へと激突する。
千鳥足で行うそれは決して人を殺せるようなものではないが、幼い少女にはそれでも相当に堪える一撃である。


「てめえか! てめえのせいか! ああっ!? てめえがオレから運を奪うのか!? オレに不幸を運ぶのか!?」
「――っ! いっ! ぐぅぅぅっ!!」


倒れた少女に男は恨みの念を込めて蹴りをくれる。
少女は堪らず腹を押さえて蹲るが、声は上げなかった。
まるで声を上げることが、相手を刺激することを知っているように。


「死ね! 死ね! 死ね!!」


容赦のない蹴りの嵐。
このままでは死んでしまう、誰もがそう思った。
だが誰も手は出さなかった。
夜のとばりは降り、妖怪を恐れる者は家へと帰ったとはいえここは人里。
まばらではあるが人影はある。
なのになぜ助けないのか。


理由は主に二つ。
一つ目はあの少女が妖怪だとする場合だ。時刻はすでに夜。やりたい放題されているのは実は博麗の巫女に対する正当防衛の主張のためで、隠された腕の中では鋭い牙が宿六の喉首を引き千切らんと研ぎ澄まされているのではないか。だとするならば、関われば自分たちも殺される。だから助けない。
二つ目は至極単純だ。男の凶行に巻き込まれたくない。だから助けない。


二つの理由に共通する項は一つ。
彼らは自らの身を案じた。
つまりは、我が身が可愛いから助けない。
見殺しにするのだ。


「うっ」


わずかに見えた少女の瞳。
それから目を逸らすようにして、周囲の人々は四散していった。
その背中にあるのは憐憫と自己愛のみ。
意志は何一つ、ない。


「そこの!!」
「あ?」


否。
ただ一人、居た。


「大の大人がなんだ! 酔って子どもに八つ当たりか? 恥を知れ!!」
「てめ……っ! ざけんじゃねえぞ!! 薄汚ねえ妖怪もどきが!!」
「戯れるなよ! この頭は文字通り石頭だぞ!!」


その女性の名は上白沢慧音。
人里の守護者にして寺子屋教師。
そして人間と妖獣の子。すなわち半獣。
他の妖怪たちと比べれば遥かに人間に受け入れられている彼女だが、男のようにそれを揶揄する者も確かにいる。
半端物。半妖者。妖怪もどき。死肉喰らい。
しかし、その嘲弄を受けてもなお彼女の意志は下がらない。
凛々しい眉を寄せ、砕けんばかりに拳を握り締め、男のもとへと歩いていく。
それはもはや戦場の早駆けだった。
対する男も泥酔と理性との間でもはや引っ込みなどつかなくなっていた。
自棄の思考をめぐらせ、どうとでもなれと手にした酒瓶に力を込める。


「慧音」


場を止めたのは凛とした少女の声だった。
その姿を認め、男も言葉に詰まる。
赤いもんぺを穿き、尻まで届く白髪をたなびかせる少女の名は藤原妹紅。
少女と侮る無かれ、妹紅は妖怪の跋扈する迷いの竹林に住まう焼き鳥屋なのだ。
見た目に反し、外法の業で千の時を生きるという彼女の眼孔は男を怯ませるのに十分だった。


「……けっ! 化物が揃い組みかよ! 二対一とは卑怯な連中だぜ!」
「誰か二対一と言った。たわけが。これは私の買った喧嘩――むぐっ!?」
「あーはいはい。わかったからさっさと行ってよ。慧音の頭に角が生える前にさ」
「ちっ! 今度会ったら叩きのめしてやる!!」


慧音の口を押さえつつ言う妹紅に、男は怯えの色を交えながら精一杯の啖呵を切る。
その姿が早々に路地に消えるのを確認し、妹紅はようやく慧音を離した。


「何をする妹紅! せっかくあいつに世の道理というものを骨髄まで刻み込んでやろうというのに!!」
「まったく慧音はこういうことになると好戦的だよな。満月でもないのに角が見えるぞ。それはそうとあの子はいいの?」
「あっ、そうだった。君、大丈夫か?」


慌てて慧音が駆け寄るが、すでにその子は気を失っている様子だった。
失礼かと思ったが慧音は少女の服をめくった。
男の蹴りのせいか、その腹はひどく腫れ上がり少女の白肌に痛々しい紫を添えていた。


「竹林のやぶ医者を引っ張ってこようか?」
「見せる相手をやぶ医者と呼ぶのはどうかと思うが、どうせ無駄だぞ」
「なんで?」
「永遠亭連中は全員揃って地底に温泉旅行に出かけたと聞く」
「っ!? だからか! 最近輝夜の奴が大人しいなと思ったら!」
「旅行と蓬莱山輝夜とどう関係があるんだ?」
「奴は他に暇つぶしができると私への嫌がらせをやめるのだ」
「子どもか!?」
「少なくとも頭の中はね。じゃあ当然永琳の奴も留守か。輝夜から離れるわけない」
「そうだな。だがとりあえず酷い外傷は無いようだし、この子は私が預かるよ」
「それが一番か。しかし……」
「どうした妹紅?」
「こんな子、幻想郷に居たんだな」
「だな。私も初めて知った」


少女の緑の前髪を上げてみれば、目を見張るほど整った顔立ちをしている。
まだ幼い造形ではあるが、将来はヒマワリの大輪のような華々しい美人になることだろう。
こんな子がいれば、妖怪であれ人間であれ気付きそうなものだが。


「ん?」
「慧音?」
「いや、どっかでこの顔を見たような?」
「そうか? じゃあやっぱりこの里の子なんだな」
「いや。この里の住人は全て記憶している」
「じゃあ他の里か」
「むー? そうか?」
「慧音が知ってて私が知らないならそうだと思うけど」
「ん、そうかも知れない……が」


どうにも腑に落ちないものを感じながら、慧音は少女を負ぶった。
とにもかくにも休ませてやらねば。名前や生まれはその後で聞けばよい。


「すまん妹紅。今日の飲みはキャンセルだ」
「いいよいいよ。状況が状況だし。一応家まで送るな」
「ありがとう」


そして、二人は夜の道を歩き出した。


「……………」


その背で少女はわずかに開いた瞳から二人を見ていた。
小柄な慧音に背負われるさらに小さな自分の身体。
それを思いながら、その肩に頬を擦り寄せた。





◆◆◆





食後のティータイムに紅茶を一杯。
それだけだったのに。










目覚めという意味で言えば、それは最悪の目覚めであった。
“今”という意味でも“これから”という意味でも。


「――っん」


重たい頭を振って、風見幽香は身体を起こす。
部屋の輪郭を隠す暗い部屋。鼻につくドブのような悪臭。
それらに顔をしかめ、幽香は腕で鼻を覆う。


「なによ、ここ」
「ボクの隠れ家ですよ。幽香さん」


突如として上がった声に幽香は振り返る。
部屋の影に溶け込むように座っていたのは蛍の妖怪、リグル・ナイトバグだ。
黒いマントにズボンといういつもの出で立ちで、喜色に染めた顔を部屋の隅に浮かべている。


「そんなところにうずくまってゴキブリの真似事? その黒い羽にお似合いね」


目覚めたばかりだったとはいえ、リグルに気付かなかったことに恥を覚えたのであろう。
幽香は嘲笑の眼差しと大言にてリグルをなじる。
リグルはただ沈黙。
顔の部品を緩めるような下劣な笑みを浮かべるばかりだ。


「……なにがおかしいのよ」
「いえ別に」


その余裕に幽香は苛立った。
普段のリグルならば幽香の凄みに気圧されて泣き言の一つでも漏らしているというのに、今のリグルはまるで虫かごの中を覗くかの如くだ。
殺したくなった。
風見幽香という人物は花を穢されるのと、自分の顔にクソを擦り付けられるのを一番嫌う。
動く。
リグルの元へと歩み寄り、腕を振り上げる。
狙いは顔面。とりあえず鼻を潰すつもりだ。
いつもの調子で力を込め、いつもの調子で腕を振るった。


当たり前の話だが、幽香の力は相当に強い。
単純な腕力だけなら幻想郷最強種と名高い鬼とさえ渡り合えるほどだ。
それに対しリグルは弱い。ひ弱い。
蟲を操る力は脅威なものの、本人は見た目そのままの少女程度の力しかない。
やろうと思えば人間でも組み伏せられる程だ。
力の差は歴然。幽香はその細腕で文字通りリグルを陥没させてきた。
その暴風のような力に地虫が逆らえるはずがない。


「――え?」
「くすっ」


呆けた声は幽香の物。嘲笑はリグルの物だった。
幽香の拳はリグルに捉えられ、その衝撃は易々と腕に吸収される。


「そんな! なんで、あんた如きに!!」
「バカですね幽香さん。ちゃんと自分の姿を確認しましたか?」


その言葉で幽香は冷水をかけられたかのように硬直した。
リグルに掴まれたその拳。それは妖精のものと見紛うばかりに小さくか細い。
リグルの瞳が怪しく輝く。
その中に映りこむ幽香の姿は、四季のフラワーマスターと呼ぶにはあまりに幼い。
短い手足、体に対し大きな頭部、それに引けをとらないまん丸とした瞳。


「気分はどうですか? ゆうかちゃん」
「――――っ!!」


そこで初めて我が身が幼くなっていることを幽香は自覚した。


「くっ!」
「おおっ」


リグルの手を振り解き、幽香は後ろに飛び退いた。
それに少々驚いたようにリグルは声を上げ、初めて立ち上がる。
いつもは見下ろすリグルの背が、今は巨人のように大きく見える。
この背、この腕、せいぜい三歳くらいだろうか。
羽根のように軽い身体に幽香は舌打ちした。


「冷静ですね。このまま突っかかってくると思ったんですが」
「……どういうつもり」
「世の中には随分都合の良いあるもんですよねえ。ねえ?」


質問には答えずリグルは一歩、幽香へ踏み出した。
堪らず幽香は引き下がる。
先ほどの一撃を持っても幽香の減力は明らかだった。
腕力も魔力も欠片ほど。
少女程度の力しか持たないリグルにさえ押し負けた。
これでは本当に幼女だ。


「っ」
「あの幽香さんが後ろに引くなんてね。なんかボク、楽しくなってきちゃいましたよ」


じりじりとリグルが歩を進めるたびに、幽香も歩を下げる。
とにかく体力勝負では話にならない。何かしらの打開策を考えなければならなかった。例えば、出入り口を探してそこに飛び込むとか。
だが何故かそれを考えるに至れない。
まるで頭の中をミキサーでぐちゃぐちゃにされたように考えがまとまらない。


「っ!!」
「ふっ!!」


わずかに幽香が視線を外した瞬間、リグルは一気に間合いを詰めてきた。
その拳は明確に幽香の腹を狙う。
そして、いつもなら容易く防げたであろうその殴打を、幽香は真正面から受けてしまった。


「――――っっっっ!! うっ! ぐぇえええっ!!」


およそ幼女の口から漏れるとは思えない獣のような声が溢れ出す。
まるで金属の玉が胃の中で転がっているようだった。
たまらず幽香は崩れ落ち、昼のサンドウィッチを床にぶちまけた。


「おげぇっ! おえええええっ!!」
「あー、いきなり強く殴り過ぎましたかねえ。もう少し優しく始めるつもりだったんですけど。ごめんなさい。ボク、人を殴るのに慣れてないもので」


目の前を埋める肌色の液体。
酸味にも似た異臭と、喉の痛みに出したくもない涙が浮かんできた。
胃液の流出は止まらず、それに合わせるように感情が身体の芯から溢れてくる。
それは止めなければならない感情だった。
止めなければ、こんな奴の前で。
しかし、小さな身体はそんな思いすら満足に受け止められない。
揺れる瓶から水がこぼれるように、幽香の体から嗚咽が上がる。


「うっ! ぐぅぅ! うぁっ! あああああああっ!!」
「あーあ。泣いちゃった。幽香さん、意外と泣き虫なんですね」


リグルの言に、幽香は身体が燃え上がるほどの悔しさを覚える。
だがそれだけだ。
ただ泣き喚く以外に何もできない。
記憶、認識は何も変わっていないのに、今は目の前に立つ妖怪への感情の整理がまるでつかない。
怒り、不安、憎悪、困惑。
それらが身体の中で暴れまわり、一向に行動として集約しない。


「あぐぅ!?」


幽香の頭をリグルが踏みつけた。
固い靴の感触、右頬に広がる生温かいゲロ。
そして目尻に広がる涙の熱さ。


「幽香さん。幽香さんに飲んでもらった薬は若返りとか、そういう単純なものじゃないんですよ。文字通り“幼女になる薬”なんです。精神構造から身体能力まで丸々三歳児程度に落とされちゃうんですよ。幽香さんだって駄々をこねる子どもくらいは見たことあるでしょう? それと同じ、道理を知っても我慢を知れない身体なんですよ」
「――――っ!?」
「だから、ほら」
「ぎゃぅっ!!」


ボールのように蹴り飛ばされ、幽香は壁に叩きつけられた。
息をする間もなく、リグルはさらに幽香の腹を蹴り続ける。


「こんなことされたら、堪らずに……」
「ふぁぁ……っ」


じょろじょろと幽香の股間から溢れ出す黄金の水。
スカートを濡らしてまだ余りあるそれは、床に広がりゲロと混じった。


「あの幽香さんがゲロ吐いた挙句にお漏らしとは。ははっ! 最高に良い気分ですよ!!」
「おっ! おっ! おっ!」
「ん? 何です? 何が言いたいんですかー?」
「おっ! お前なんか! お前なんか殺してやる! 殺してやる! 絶対に、絶対に!!」
「…………」


爪先がわき腹にめり込み、幽香は肺の中の空気を全て吐き出させられた。
再びえづく喉。腹の底からこみ上げる胃液の味。
その味を歯茎の奥まで擦りつけられながらも、幽香は死に物狂いでリグルを睨む。それだけが自分に残された最後の意地だと言わんばかりに。


「だからこそ」


それを見て、リグルは愉しげに笑った。


「――っ!!」
「だからこそ、ですよね。幽香さん。だからこそ」


薄闇の中で笑む妖怪少女の姿。
その姿に幽香は初めて恐怖を覚える。


「そう。だからこそ」
「――――――っ!!」


リグルの腕が、手が、足が、幽香を弄ぶ。
幽香にはただ耐えることしかできない。
かつて自分がそうしたように、強者の暴力をただ耐えることしかできない。
ぐるりと、白目を剥いたまぶたの中で真実にふれた気がした。
ここ数百年以上感じたことのない感触。
死。
死。
終わる。
命が終わる。


「あ……あ……っ!!」


血と反吐が混ざり合った味を噛み締めながら、幽香は底冷えする震えに恐怖する。
もしもこれが大人の身体だったなら、覚悟を飲み込み最後の屈服をしなかったかもしれない。
いや、普段の幽香ならそうしたはずだ。
己に殉じ、誇りに死ぬ。
それを選び、最後まで相手への嘲笑を口に死んでいったはずだった。
だが、今はそれができない。
ただ目の前の一事を何とかすることしか考えられない。
もはや恥もなにもあったものではなかった。
目の前の一事。ただそれから逃げたかった。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。


「……すけ……て」
「……はい?」
「たす……けて」
「……………」
「たすけて……ください」
「――――はっ!」


幽香の一言は、嘲笑によって迎えられた。


「あっはははははははははははははははははははハハハハハハハハハハハハハハっ!! 」


嘲笑の中でリグルは狂ったように幽香を蹴り上げた。
鞠のように幽香の身体が跳ねる。


「ボクはあなたを殺さない! 殺せない! 殺せるものか! あなたを殺すものがあるとするならばそれはあなた自身に他ならない!!」


幽香の髪を掴み上げ、自らの顔前までリグルは寄せた。
キスでも始めんばかりの距離に二人の顔が近づく。


「だから、死なないでください! 嗚呼! 死なないでください! この想いが遂げられるまで!!」


狂ったように笑うリグルの顔。
その姿を瞳に焼き付けながら、幽香の意識は闇へと落ちて行った。





◆◆◆



幽香はただあのおぞましき煉獄から逃げたかったのだ。
部屋の隅に積み重ねた自らの糞尿の山。
飛び散った爪と歯。
壁と床に染み込んだ血とゲロと汚物の匂い。
不定期に訪れるリグルは、幽香をひとしきり殴りなじり破壊する。
それは、心も体も幼少に戻された幽香には地獄と称して差し支えない時間だった。
もっともあの部屋でどれほどの時間を過ごしたのかは定かでは無いが。
そして、機は来た。幾重もの奇跡の上に。
幽香はまさしくゴミ虫のように隠れ家から這い出し、靴も無いまま森の中を走った。
幸運だったのは逃げ出せたのが昼であったことと、もう一つ。





「お。目が覚めたか?」
「あ……」


あまりにも懐かしくて、目がつぶれるかと思った。
光。光だ。


「ここ……」
「ん? ここは私の家だ。そして私は上白沢慧音という」
「……けいね」


その名は幽香も知っている。
人間と幼獣の混血。半端な半獣娘だ。


「随分うなされていたが大丈夫か? 怪我が悪化したり……ああくそ。やはりちゃんと医者に見せるべきだったか」


自責を口にしつつ、慧音は幽香へと手を伸ばした。
小さな身体にはその手はまるで入道のもののように大きく、幽香の全てを奪い去りそうで――。
あの妖怪のように。


「っ!!」


思わず、それを叩き落してしまった。
幼女のものとは思えぬ一撃は、慧音にとっても決して痛みを覚えぬものではなかったはずだ。
だが、慧音はじっと幽香を見つめた後、ふっと顔をほころばせた。


「うん。それだけできれば元気だな。さあ朝食だ。みそ汁の具は芋と豆腐とどちらがいい?」
「……え?」
「それとも粥の方がよいか?」
「……………」
「ああっ!? しまった! 君くらいの年ならまだ離乳食か!? いやいやそれとも母乳か!? くっ! あいにく私の胸は乳を出さないぞ!!」
「……普通の」
「そうか。待ってろ」


慧音は踊るように身を翻して台所へと戻ってしまった。


「いいかー。食事の前に顔と手を洗うんだぞー」
「……………なんなのよ、もう」


まるで父母のように言う慧音に幽香は小さく呟いた。
のそのそと布団から這い出したところで、慧音の叱責が飛んだ。


「出なくていい。お前は怪我人だ」


肩を押されて布団に戻された。
丁寧に肩まで掛け布団を乗せられ、ようやく慧音は幽香から手を離す。


「安静にしてろ。目をつぶって10数えるんだ。その間に飯を持ってくるからな」


勝手に頷き、慧音は再び台所へ戻っていく。
その背中に望郷のような念を感じ、幽香は顔をしかめた。
果たして何百年ぶりだろうか。


「……誰かと食事を取るなんて」





「ふーふー。はいあーん」
「……………」
「ん? まだ熱いか?」


はてとさじを戻し、慧音は再び白米に息を吹きかける。


「こんなもんでどうだ?」
「……………」
「んー? 気に入らないか? ふりかけもあるぞ。かけてみるか?」


幽香は無言。
じっと、さじを見つめて黙りこくっている。


(……わからない)


幽香にはわからなかった。
この無垢に笑む半獣の心理が。
人は無条件に子ども愛らしいと思うらしいが果たしてそうか。
幽香は慧音から見ればどこの誰とも知れぬ、いや人間とも妖怪とも知れぬ不審者だ。
普通ならば忌避するだろう。
あるいは昨夜の男のように排斥するだろう。
なぜならば、自分は侵入者でここは彼らの土地だからだ。
幽香はずっとそうして生きてきた。
侵入者は排除し、自らの土地を守る。
幽香の常識に照らし合わせれば昨日の自分こそどうかしていて、昨夜の男こそ正常なのである。


「……んで?」
「ん?」


だから幽香は問う。


「なんで?」
「ん? ああこうして息を吹きかけると熱くなくなるんだ」
「ちがう」
「なんだ違うのか」
「なんで私を助けた」
「……………」


沈黙するのは慧音の番だった。
しかし、その沈黙は幽香のものとは違い、明晰な思案のもとに訪れたものだ。


「助けちゃまずかった?」
「別に……」
「んむぅ。難しい年頃だなあ。第一次反抗期という奴か?」
「私は、理由を聞きたいだけ」
「理由、理由か……」


顎に手を当て、慧音はうーんと唸り始めた。
本気で幽香を助けた理由を模索している風である。
しばらく唸った慧音は、うんと一つ頷き、


「助けたかった、からかな?」
「私が妖怪だったら? あなたは襲われ死んでいたかも」
「それでも助けるさ。私自身半分妖怪みたいなもんだし」
「……割に合わない」
「合わないとまずいか?」
「……人は自分の領分に侵入した者を許さない。だから排除する。力を使ってそうやって生きてきた」
「まあな。歴史を紐解いてもそれは不変の真理だ。誰だって自分の庭が荒らされるのは嫌だ」
「なら……」
「ん? 君は庭を荒らすのか?」
「……っ」
「それにな、幻想郷は一つで大きな庭なんだ。少なくとも私はそう考えている。同じ家人が庭に入ったからと言って追い立てる道理はない」


口調は軽かったが、そこに明確な意志が込められていると幽香は幼心に理解していた。
半獣。
その二文字だけで慧音は相当に酷い目にあってきたはずだ。
今でこそ落ち着いてはいるが、幻想郷にも当然差別意識は根づいている。
とりわけ半獣、半妖という存在は忌み嫌われた。
妖怪でもあり人間でもある。
妖怪でもなく人間でもない。
それは住処を分けた妖怪よりも、人間たちを身近な恐怖に抱かせたはずだ。
なのに。
いや、だからこそ。


「ほら、あーん」
「……………」


幽香は口を開けた。
柔らかな白米が舌に乗る。
噛む。噛み締める。


「…………っ」


大粒の涙が瞳からこぼれ出た。
出した幽香自身が驚くほどの量だった。
このまま泣き続けたら干からびてしまうのではないかと言うほどに。


「や、やっぱ熱かったか? 嫌なら吐いて良いんだぞ?」


器を抱えておろおろとする慧音を幽香はひしと掴んだ。
精一杯の力を使って首を振る。
ちがうちがうとつぶやく。


「おいしいから……おいしいから……」
「……そっか」


米を噛む。米を飲む。
慧音の腕を掴んだまま、幽香は食す。


「ほら」


慧音の差し出すさじを口に入れる。
食べる。飲み込む。
生きる。
風見幽香は生きている。















「くすっ」





◆◆◆





思えば、人間もまた必死に生きていた。


「……………」


慧音に連れられて、歩く里並み。
そこは驚きの連続だった。
幽香とて人間の里で買い物くらいする。
だがそこにあるのは幽香の知らないリアルな暮らしだった。


「けんけんぱっ! けんけんぱっ!」


地面に書いた円を必死に飛ぶ子どもたち。
単調な遊びに飽きもしないのか何度も何度も繰り返して、ようやく終わったかと思えばまた違う円を書いて飛び始めた。


「……単純」
「純粋なのだ」


うんうんと頷き、慈しみの視線を子どもたちに向ける慧音。
そのままの動きで幽香の頭をぽんと叩いた。


「さ、仲間に入れてもらえ」
「なんでよ!!」
「おーいお前たち。この子が仲間に入れて欲しいそうだ」
「ちょ、ちょっと!」


反抗しようにも慧音にぐいぐいと手を引かれてはどうにもならない。
新しく買ってもらった靴の底が虚しく二つの直線を描く。


「おー? 先生だれこいつー?」
「髪が緑だ。変なの」


わらわらと子どもたちに囲まれてはとても逃げ出せる雰囲気ではなかった。


「子どもは風の子。元気の子だ」
「…………はぁ」


ため息一つ、幽香は腹をくくった。
それから三十分後。


「けんけんぱっ! けんけんぱっ!!」


幽香はすっかり夢中になっていた。
幼心のさせる技かただ単に幽香の中に眠っていた童心が帰ったのか、それはわからないが幽香はすっかり子どものお遊びに夢中になっていた。


「けんけんぱっ。けんけんぱっ」
「おお先生上手」


慧音も子どもたちにまじり、円の上を飛び跳ねる。
異様に滑らかなその動きは美しくすらあり、慧音がただ子どもに付き合うだけでこの遊日をしているわけではないことがわかる。
子どもたちと一緒に真剣に遊んでいる。
だからこそ慧音は子どもに心を開かれるのだろう。


「さて、そろそろ日が落ちる。帰る時間だぞ」
「んぅー、あとちょっとー」
「ダメだ。夜になればこわーい妖怪がお前らを食べにくるぞ〜」


わーわーと蜘蛛の子を散らすように、子どもたちは去っていった。
その際、こちらに手を振るのも忘れない。
夕日の中に駆けていく子どもたちを見ながら、幽香はふと息をついた。


「疲れたか?」
「少し」


だが先ほどの息はそれから来るものではなかった。
幽香に故郷など無い。
父も知らねば母も知らぬ。
幻想郷にいる古参の妖怪の多くがそうであるように、幽香もまた己が過去に興味などない。
ただ花を愛で花と共に生きる。
その存在意義だけで幽香には十分だった。
それで満たされ、それを踏みにじるものは叩き潰す。
それで良かったはずなのに。


「帰るか」
「ん」
「帰りに買い物に行くぞ。今日はコロッケだ」


慧音が自然と幽香の手を取る。
遊びで温まった手の平が、幽香の指先と絡み合う。
わずかに汗ばんだ二人の指先は強く握り合わされた。


(差し伸べられる手……か)


ふと思う。
もし、もしも、またあの生活に戻ることができたら。
花を育て、花を愛で、花と共に生きる生活に戻れたとしたら、私もそうするべきだ、と。
花畑に少し足を踏み入れたからといってなんなのだ。
ここは、幻想郷は――みなの庭だ。


「うん……それがいい」
「何か言ったか?」
「いや……。帰ろう」
「ああ。帰ろうな」


二人は歩く。
夕焼けに染まった街並みを、確かに繋いで手と手を振りながら。















そしてその晩。
上白沢慧音が倒れた。





◆◆◆



全ては元に戻り、幽香は暗い穴倉に戻された。
リグルの手によって。
重たい金属音が響き、扉が開けられる。
場違いな明るい声が部屋に響く。


「こんにちは幽香さん。いや、こんばんはかな? おはようございます? まあどれでもいいですけどね」
「……………」
「それ、まだ食べてないんですか? ダメですよ。生ものなんですから早く食べないと」
「…………あ」
「あー?」
「あんたは!! なんでこんなことができるのよ!!」


声の限り幽香は叫んだ。
水も与えられず、ガサガサになった喉は声を出すだけで血を吐く思いだったが、そんなものは憤怒の前には何の意味もなさない。
数日前に幽香と慧音をここに投げ入れ「食事はそれでいいですよね?」と言い残し姿を消した。
高熱を発していた慧音を看病する術を幽香には一切与えられなかった。
慧音は全身を襲う寒気と砕けるような関節の痛みに最後の最後まで苦しんで死んだ。
小さな腕に慧音の瞳には、もはや一切の光はない。


「何を言うんですか? それを選んだのは幽香さんですよ?」
「な、なにを!」
「恙虫を幽香さんにつけておいたんです。で、こう命令した。幽香さん以外を刺せ」
「っ!? じゃ、じゃああの里の人たちは……!」
「死にました」
「子どもも!」
「死にました」
「八百屋の店主も!」
「死にました」
「花屋のおばさんも! 隣りのおじいさんも!」
「死にました。死にました。死にました。子どもも大人も男も女も猫も犬も鳥もネズミも一切の差別無く、のたうちまわり血を吐いて、うめき、呪い、嘆き、生きたいと願いながら死にました」


リグルが部屋の隅に座る。
ぐちゅ、と音を立てて幽香の糞便が潰れるが気にした様子はない。


「全部、幽香さんのせいですよ。もしも幽香さんが逃げ出さなければ、逃げたとしても誰かを頼らなければこんなことにはなかったんですけどね。慧音さんも可哀想に」


困ったように手を振るリグルに、幽香は遂に弾けた。


「おっ! お前は――――――――――――――――――――――――っ!!」


がむしゃらに突っ込む。
策など何も無い。
ただ突っ込み、殴りつける。そして馬乗りになる。殴る殴る殴る。奴が死ぬまで、どんな懇願もどんな恫喝も聞いてやるつもりはなかった。
無論、そんなことができるかと聞かれれば疑問だ。
未だ幽香の身体は幼女のまま。
リグルに勝てる目算などあるわけが無い。
だが、それがどうした。
勝つとか勝てないとかそんなことはもうどうでもよい。
ただ殺す。その意志さえあればよい。


「ああああああああああああああああああああああああああああ――――――――っ!!」


生涯、最高の怒りを込めて幽香は拳を振るった。
リグルは笑みを崩そうともせず、それ受けた。
果たして拳はリグルの顔面を捉えた。
ぐちゅり、と何かが潰れる音がした。


「――――ッ!!」
「ギッヒッ!!」


リグルの顔が、半分潰れていた。
そこからうぞうぞと這い出す蟲、蟲、蟲。
腕に絡みつく細い足の感触に、たまらず幽香は身を引いた。


「な、あ、あんた……!」


リグルが蟲を使うのは知っている。
リグル・ナイトバグは蟲の王。幻想郷の蟲を一手に統べる少女だ。
だがこれは異常だった。
なぜ、なぜ、リグルの頭から蟲が這い出てくるのか。


「あー、やっぱり覚えが無い?」
「な、なにがよ」
「ボクね。もう死んでるんですよ。あなたに殺されて」
「―――――――――――――――――――――――――え」


ようやく出せた声はそれだけだった。


「あの日覚えてますか? ボクが幽香さんの花畑に入っちゃった日。幽香さん、すっごく怒ってボクをボコボコにしましたよね? あれで死にました」
「え? え? だ、だって」


確かに幽香はリグルを自分の畑から叩き出した。
傘で突き、拳で殴打し、弾幕で吹き飛ばした。
しかし、それは相手の生存を前提とした攻撃だったはずだ。
ちゃんと手加減し、急所を外し――


「ボクみたいなひ弱な妖怪は死んじゃうみたいですね。急所を外された分、かなり苦しかったですよ」


事も無げにリグルは言う。


「四半日のたうちました。四半日生と死をさ迷いました。四半日して身体が死に始めました。でも心は死にませんでした。そうして気付いてしまえばあら不思議、蟲の皆がボクの手足となって命を繋ぎとめてくれているではありませんか」


リグルの頬からずるりと蛍が這い出た。
触角をしきりに動かし、複眼でじっと幽香を見ている。


「――ひっ!」
「でも所詮は付け焼刃。わずかに死を先延ばしにしたに過ぎません。でも、せっかくの命、何かに使わないと損じゃないですか。そこであなたですよ幽香さん」


リグルの皮が剥げる。
白い皮膚がべちゃりと床に落ちそこから無数の蛆を這い出させた。


「あなたに殺されたとき、ボクは思ったんですよ。やっぱり素敵な人だなって。結ばれたいなって。でもそれは叶わない。だってボクは死ぬのだから。だから――あなたにボクを刻みこむ」
「――――ッ!!」


リグルが立ち上がる。
腕が落ちて百足が這い出た。
足が崩れて蛾が這い出た。
目玉が取れて芋虫の大群が溢れ出す。


「――――いっ!!」
「あなたの姿を壊す! まだ足りない! あなたの身体を壊す! まだ足りない! あなたの尊厳を壊す! また足りない! あなたの記憶を壊す! まだ足りない! あなたの想いを壊す! あなたの心を壊す! あなたの根源を壊す!!」


一歩、進む。
ぐちゃりと腰まで沈む。


「トラウマを! トラウマを! トラウマを!! 消えない記憶を刻み込み! 癒せない傷を刻み込め!! 童心の原点の奥底まで!! だからこそあなたは子どもに戻らねばならなかった!!」
「あ……あ……!」
「あなたはボクを殺した。あなたは慧音さんを殺した。あなたは里の皆を殺した」
「ち…が……!」」
「それでも幽香さん。あなたは生きてください。生きて生きて生きて」


にっこりとリグルは笑んだ。
顔面が根こそぎ崩れ落ちる。





「――――狂ってください」





「ぃっ!!」



声にならない悲鳴を上げたとき、リグルの姿はドロ人形のように崩れ落ちる。
途端、悪臭が部屋に充満した。
反吐以下の汚汁。
それが幽香に降りかかる。


「……っあ……ああ!」


呆然としている幽香の目に入るもの。それは瞳。
無数の複眼。
その一つ一つが幽香を見つめている。
リグルの中から。
這い出す。
無数の蟲が這い出す。
百足が、蝶が、蜂が、蟻が、蛾が、甲虫が、鍬形虫が、油虫が、螻蛄が、蟷螂が、髪切虫が、蜘蛛が、竹節虫が、天道虫が、そして――蛍が。


「――――――――っぃぃぃいい!!」


無数の蟲が幽香に襲い掛かる。
だがその顎で幽香を狙うわけではない。
幽香の手足を押さえ込むように、蟲たちは幽香に絡みつく。


「は、離して!!」
「――――――――」


蟲は無言。何の感情もない瞳で幽香を見ている。
やがて蟲たちの一団が幽香の身体を昇ってきた。
その顎には血の滴る肉塊。


「っ!?」


蟲たちの狙いに気付き、幽香は必死に口を閉じる。
だが無駄だった。
幽香の唇に強引に潜り込み、蟲は幽香の中に入り込む。
そして食われる。顎に肉片を顎に咥えたまま、蟲たちは幽香に飲み込まれていく。
何の抵抗もなく、するりと。


「ぐぅつ! おっ! おげえええええええっ!!」


途端、幽香の口から嗚咽がこぼれた。
肌色のゲロが一気に噴出した。
それに流される形で蟲も吐き出される。
胸を焼かれたような不快感が幽香を支配する。だがそれでも幽香はそれを食べるわけにはいかなかった。
蟲の顎にえぐられたもの。それは慧音の眼球であったからだ。


「く、くるなぁ……!」
「――――――――」


蟲は無言。
慧音のパーツを咥えたまま、蟲たちは幽香を見る。


死なせない。
こんなところで死なせない。
絶対に死なせてなるものか。


感情を持たないはずの蟲たちの瞳。
しかし、幽香はそこに明確な憎悪を感じ取っていた。


「くる……あ……ぁ………!」


何度でも蟲は立ち上がり、甲殻をゲロに塗れさせながら幽香の元へと寄って来る。


「やめ……ろ」
「――――――」
「やめ……て」
「――――――」
「お願いだから……」
「――――――」
「私を……私を…………」










その後、事態を察知した霊夢と妹紅により幽香は発見された。
幽香は生きていた。
幽香は生かされた。
リグルが死んだためか単なる時間経過のためか、薬の効果は切れ元の姿に戻り、部屋に倒れていた。
無数の蟲の死体の中で、無数の肉片に囲まれて幽香は震えていた。
霊夢たちを認めた幽香は、消えゆく蝋燭の火のように一言だけ言った。


「私を……壊して」



◆◆◆



幾らかのパーツを欠けながらも幻想郷は元へと戻る。
恙虫に冒された里も、年月と共に復興し今では元のように恙無く生活が送られている。


「……………」


幽香もまた元の生活へと戻った。
花を育て、花を愛で、花と共に生きる。
だが、


「わー!」
「チルノちゃん待ってよー!」
「かくれんぼなのかー」


太陽の畑を妖精が駆ける。
今や太陽の畑は見る影も無い。
草木の生い茂り放題にされた草原は、もはや畑とは言えない。
何もかも、幽香が花を守ることを止めたせいだ。


「……………」


部屋の窓から幽香は外を見る。
平原をかける妖精たち。
かつてなら怒髪に狂い、襲い掛かったであろう命。
だが、今ではそれができない。
想いと呪縛が幽香を縛る。


『幻想郷は一つで大きな庭なんだ。少なくとも私はそう考えている。同じ家人が庭に入ったからと言って追い立てる道理はない』


「くっ……」


後悔が身を焼く。
ジョウロを持つ腕が悪魔に取り付かれたかのように震えだす。


『それでも幽香さん。あなたは生きてください。生きて生きて生きて――――狂ってください』


「ぐっ……! うぅ……!!」


幽香の顔が歪む。
身体が震えジョウロを持っていられない。
聡明なはずの頭脳は何の役にも立たない。
道理をねじ伏せるはずの力は何も倒すことができない。

目の端にあるモノを認めた。


「――――――――っゅっぅぅぅぅぅ!!」



それは蟲。
小さな小さな甲虫だった。
葉先に止まるそれを見た瞬間、幽香の身体は世界を拒絶した。


「ごっ! おっげえええええっ! おげぇ! おええええええっ!!」


ブタの交尾のような悲鳴を上げる。
胃が捻り上がり、全てを否定せんとせり上がる。
半身をひねり出すように、幽香は胃の内容物を吐瀉した。


「げえええっ!! うげええええええっ!!」


朝食べたパンとスープが、半液体のペーストになって床に広がる。
胃酸のえぐい味。鼻を突き抜ける悪臭。
そして、その中に幽香は見た。


「――――ぃいっ!?」


キチキチと顎を鳴らしながら立ち上がる蟲たち。
転がりながら幽香を見つめる慧音の眼球。
そしてリグルの崩れ落ちた顔。
その全てが幽香に言う。





『――――狂い生きろ。お前には死すら生ぬるい』





「ああがががガガガがあががああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」



幽香は叫び、自ら吐き出した吐瀉物の中に顔を突っ込んだ。


「あ……ぐぇ……おおごぅっ!!」


ゲロをすすり、また吐き、またすする。
傍から見れば狂っているとしか思えない
しかし、幽香はそれを繰り返す。
何度でも何度でも。


「おおぅぅうっ!! 気えええっ! おぶぅっ!! おっおっ! じゅるるじゅるう!!」


それだけが自分にできる救いへの道だと信じているように。
風見幽香は死なない。
風見幽香は死ねない。





死なないまま狂っていった。
死なないまま壊れていった。











―おわり―
責めリグル、受けゆうかりんを書こうと思ったらなんかこうなりました。
肝心のゲロ部分が少ないような気がしますが、どうかご容赦を。
ウナル
http://blackmanta200.x.fc2.com/
作品情報
作品集:
24
投稿日時:
2011/02/19 12:41:24
更新日時:
2011/02/19 21:41:24
分類
東方ゲロ娘
リグル・ナイトバグ
風見幽香
グロ
ゲロ
1. NutsIn先任曹長 ■2011/02/19 22:04:43
…口に含んだ日本酒を吹きそうになり、飲み下しましたが、味が苦酸っぱくなりましたよ。

一寸の虫にも五分の魂。
蟲の王ともなれば、その妄執を以って、自らを蟲毒にして強者を屠れるか。

驕れるゆうかりんが子供に戻り、弱者の気持ちを理解して、ラストのような光景を優しく見守るかと思いきや…。
狂気というエッセンスをほんの一滴加えただけで、この作品は極上のディナーとなりましたね。

グロとゲロは似ている。目を背ける者と愛する者がいる点とか。
素晴らしかった!!
2. うらんふ ■2011/02/20 22:20:55
ちっちゃなゆうかりんが欲しいです・・・
3. 名無し ■2011/02/21 11:47:22
ゆうかりんかわいそう
4. ハッピー横町 ■2011/02/21 21:40:23
死すらも生温い程の責め苦。口で言うのは簡単ですが……なんとも、壮絶だ。
5. 名無し ■2011/02/22 12:50:36
くそっ・・・リグルめ!
もっとやれ!
6. イル・プリンチベ ■2011/02/22 18:48:58
ちびゆうかりんかわいいですね。
お持ち帰り死体でござるよ
7. 名無し ■2011/02/23 14:48:00
ちっびゆうかりん!
ちっびゆうかりん!
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