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『今夜は焼肉』 作者: んh

今夜は焼肉

作品集: 25 投稿日時: 2011/04/20 15:44:29 更新日時: 2011/04/24 01:30:10
 
 
 


「ハツはいかがですか?」
「レバ刺しちょうだい」

姫の言葉に私は無言のままメスを取る。そして眼の前で仰向けになった肉塊に、その銀色のメスを当てた。月の技術で鍛えられた刃は一切輝きを失うことなく、血溜まりの中から正確に肝臓を摘出する。艶のある赤銅色の臓物は、網の上のあばら骨を箸で転がす姫の好物である。

「おいしいねー」

私の横で古明地こいしがにこにこと笑う。握りこぶしに串を突き刺したような箸の持ち方は、見た目そのままのあどけなさとおぼつかなさを感じさせる。

「こいしちゃんカルビ焼けたわよ。ほらお皿貸して」

こいしは朗らかな笑みを絶やすことなく、自分の皿を姫に手渡した。手馴れたしぐさであばら骨についた肉片をはさみで裁断すると、姫はこれまた満ち足りた笑みでそれを皿に盛る。

「はい。遠慮しないで食べてね」
「はーい」

その微笑ましい光景を横目に、私は肝臓の血抜きをする。特製の調理液に漬けると、汚れも血もきれいに落ちる。死後硬直も解け、さらに下味もつく。なんということもない。どんな薬も作れる私にとって、この位はお茶の子さいさいといったところだ。

「永琳も手ばかり動かしてないで食べたら?」
「いえ、私のことは構わないで下さい」

姫の誘いを断るのは忍びないものもあったが、それも仕方がない。今は両手が塞がっている。綺麗にすすいだ肝臓を一口大に切り分け皿に盛る。

「お待たせいたしました」
「まあ美味しそう」

供された皿に姫は眼を輝かせた。箸ですくった一切れを品よく口へ運ぶ。噛まずとも口の中で融けたそれを堪能するようにしばし眼を閉じていた姫は、やがてそっと皿の向こうに囁きかけた。

「やっぱり美味しいわぁ、妹紅のレバー」

肉塊は、ずっと姫を睨みつけていた。



よくある罰ゲームだった。殺し合いで負けた方が何でも言うことを聞く、だから負けた方が勝った方に食べられている、それだけのことだった。年に二、三回はあるだろうか。
生きたまま、という趣向を姫は好んだ。私がいるから、ということもあるのかもしれない。動きを封じたまま意識と痛覚だけを残すのはさして難しいことでもない。リザレクションの速度をコントロールするのはそれなりに骨が折れたが、数を重ねるにつれできるようになっていった。肉が余計な抵抗をしないこともあるのかもしれない。無駄に義理堅い女なのだ。



「ハツはいかがですか、姫」
「チレをお願い」
「おいしいねー」

こいしはにこにこ笑っている。どこからかふらりと永遠亭にやってきたこの覚妖怪は、最近姫のお気に入りのようだ。この晩餐に姫が他の誰かを招待するのは初めてのことだった。もっともウドンゲやてゐは、呼んでも来ないだろうが。

「そう。どんどん食べてね」
「はーい」

再びメスを手に取る。既に開かれた肋骨からは、肝臓以外の内臓がそのままの形で収められている。胃を切除し、一旦横に置く。後で姫が所望するやもしれない。
間を置くことなくその奥にある小さな臓器を取り出す。脾臓だ。回りの皮膜を丁寧に切除し、細かい血管を素早くかつ丁寧にメスで取り除いていく。技術のいるオペだが、私にとっては造作もない作業だ。そしてまた調理液ですすぐ。地上の餓鬼一匹分では、たいした量にはならない。

「お待たせしました、チレです」
「まあ綺麗」

早速姫はそれを網の上にのせた。じりじりと、肉の焼ける音が静かな部屋に響く。

「あと、シマチョウとハラミもお願いしようかな」
「ハツはいかがですか?」
「うーん、いいわ」

「おいしいねー」

まず大腸を切り取る。小腸を脇にどけて、その回りを取り囲んでいた大腸を取り外す。当然ながら中には糞便が詰まっている。それを一旦別の調理液で洗い落としてから、汚れと余分な脂を徹底的に落としていく。

「永琳、このチレ美味しいけれど、ちょっと仕事のしすぎよ。せっかくの風味が調理液のせいで逃げてしまっているわ」

そう言ってちょっとだけ唇を尖らせる。姫は臭みの残った臓物の方が好みらしい。そちらの方が"肉"を食べているという実感を得られるのだそうだ。
私はちらと声の方に視線を上げて、また下処理に戻る。こんな下賎な売女の穢れを、姫の口に入れるわけにはいかない。

「おいしいねー」
「どんどん食べてね」

穢れを落とした大腸を新しい調理液に沈めて、私は再びメスを手に取った。先ほどまで脾臓があったところから、横隔膜を引き剥がしていく。ずっと姫を睨んでいた肉塊の顔がわずかに歪む。肺に空気が入らないのだろう。
余計な脂を取り除きながら横隔膜を切り分ける。大腸の下処理も丁度頃合だ。

「シマチョウとハラミです」
「まあ美味しそう」

姫は間を置かずにその肉片を網を上に並べた。薄汚い肉がみるみる縮んでいく様を、うっとりした表情で見つめている。

「おいしいねー」
「シマチョウはじっくり焼かないとね♪ ハラミはもういいかなー」

生焼けの横隔膜を姫はゆっくりと口に運んだ。大腸が焦げる音に、咀嚼の音が混じる。ふくよかな頬が一定のリズムで小さく伸び縮みするのを、私はぼうっと見とれていた。やがて小ぶりで、それでも細く整った唇がゆっくりと開き、艶かしい吐息を漏らした。

「とっても美味しいわぁ、妹紅のハラミ」

そのままその唇が、あの土臭い肉塊に近づいて、そして

「妹紅にも食べさせたげるね」

呼吸困難に歪む忌々しい唇に重なって、絡まって――


「おいしいねー」


大腸の焦げる音に、唾液をこね回す淫靡な音が重なる。姫はゆっくりと時間を掛けて、口の中の肉片と酸素を仰向けに転がる売女に恵んでいた。長い黒髪の帳が頬に枝垂れかかるのをかき上げて、まるで私に見せ付けるように、じっくりと。
永遠ほどに感じた、それが終わる。姫の薄い唇からつぅっと銀糸が伸びた。光に反射して輝く唾液が二つの唇を繋ぐ。高きところからそっと笑みを浮かべる唇が、下で這い蹲る唇に囁きかける。

「ねえ、美味しい?」

ぶっ、と下品な破裂音が響いた。姫から口移しして頂いた肉片を噴き出した肉塊の眼には、やはり変らぬ憎悪と侮蔑の炎が燃えていた。
横隔膜を切除されて息を吐けないはずの醜女が、舌でも使って器用に飛ばしたのか、放物線を描いた横隔膜はたっぷりの唾液をまとって姫の頬ににちゃりと張り付いていた。神聖な唾液と、おぞましい唾液が混じり合って、ああ――


「おいしいねー」


横隔膜が頬から自然と剥がれ落ちるまでじっとアバズレを見つめていた姫は、やはり変らぬ笑みを浮かべていた。比肩するもののない、あの唯一無二の笑顔、私の笑顔――でもそれは私の方ではなくずっと下を向いていて、そしてまたあの忌まわしい唇の上に堕ちていった。
今度は唇を重ねるといった穏やかなやり方ではなかった。髪をかき上げることも忘れて、顎を押さえ込みながら姫は一心不乱に肉塊の口を啄ばんでいた。深く、深くへと。動揺の色を見せる売女の眼が、悲痛なものに変った。
再び顔を上げた姫の唇は赤く染まっていた。私の笑顔が、あんな泥棒猫の血で、ああ汚らわしい汚らわしい――


「おいしいねー」


ぺっ、と甘美な破裂音が響いた。姫の口にあった肉塊が、網の上へと落ちて醜く縮んでいく。

「やっぱりタンは欠かせないわね。永琳、塩とって」
「はい」

肉塊は血泡を吹いていた。もう間もなく事切れるのだろう。まあすぐ生き返るのだからどうでもいいが。
またちらと視線を上げる。
網にのせたままだった大腸と、火の通ってきた舌を頬をほころばせて食べる姫は、私の全てだ。
そしてその笑顔が私に向けられることは、ない。

「おいしいねー」
「ねえ永琳、やっぱり仕事のしすぎよ。妹紅の味をもっと感じたいのに、これじゃ香りが飛んじゃってる」

焦げた大腸を噛みしめながら、姫は渋い顔を向ける。私は眼を伏せた。

「卵とって」
「はい」

さきほど除けた腸の下にある生殖器を引き出す。子宮の横に引っ付いている卵巣、これも姫の好物だった。タレに溶かして薬味にするのだ。卵管の辺りから引きちぎって、まとわりつく血管を一つ一つ切り刻む。思い知れ、貴様にこんなものは必要ない。

「おいしいねー」
「どんどん食べてね」

こいしもまたにこにこと、変らぬ笑みを湛えていた。私の横で、むしゃぶりつくようにずっと私の顔を見ながら、供された肉に一切手をつけることなく。
そうだ、覚は人の肉ではなく心を喰う妖怪だ。こいつがさっきから味わっていたのは私なのだ。たいそう惨めで、だからこそとびきり甘露な。


「ハツはいかがですか?」
「コブクロとツラミにするわ」
「おいしいねー」



 
焼肉食べたいけれど財布が自粛を要請する…

てるこい書いたのは二度目ですがこのなんら必然性のない取り合わせはなぜか好きです

4/24感想ありがとうございました

>NutsIn先任曹長様
ありがとうございます。永琳はパルパルしてるのが好きです

>2様
頑張ってください。耽美は理想です

>3様
ムカつくやつの心臓抉り出して刻む妄想は昔はまりました

>4様
嗤い声とか悲鳴のような音以外の狂気をやりたいと思いつつ、難しいです
んh
作品情報
作品集:
25
投稿日時:
2011/04/20 15:44:29
更新日時:
2011/04/24 01:30:10
分類
永琳
輝夜
こいし
4/24米返信
1. NutsIn先任曹長 ■2011/04/21 01:47:01
蓬莱人の焼肉パーティーと聞いて、予想通りの展開でした。
こいしちゃんのご馳走は予想外でしたが。

永琳師匠が食い物にされるシチュは、本当に美味しいですね。
2. 名無し ■2011/04/21 08:40:59
ああ素晴らしい
耽美で甘美な朝を過ごさせていただきました

よし頑張ろう
3. 名無し ■2011/04/21 16:17:21
最初から最後までハツを勧める永琳に狂気を感じる

早く息の根を止めたいんだろうなー
4. 名無し ■2011/04/23 22:25:55
同じセリフを機械の様に繰り返し言うのってなんか恐いよね
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