落花流水

作品集: 26 投稿日時: 2011/05/20 07:16:57 更新日時: 2011/05/20 09:01:29
あれから、どれくらいの月日が流れただろうか。
最後に幻想郷に異変が起きてから、早いもので数年が経過していた。

この地に住まう妖怪たちは『異変を起こす』こと自体に飽きたのか、ここ暫くはとても静かだ。
そんな平和な日々をどう思ってか、かつて共に幻想郷を駆け巡り 共に異変を解決してきた親友の魔法使いは こう呟いた。


『久しぶりに、親の顔でも見て来ようかねぇ……』


幾らか心身ともに成長し、泥棒稼業からも足を洗い、落ち着いた雰囲気を醸し出せるようになっていた魔法使いは
それだけ言って、ひと月程前から霊夢の傍から姿を消した。

その後、風の噂で 人間の里の大手道具屋霧雨店の跡取り娘として働く彼女の姿があったことを知る
確かに、泥棒稼業や 平和になった幻想郷での妖怪退治職よりも遥かに安定した収入が得られる。
彼女の生活が有意義に、そして安全が保障されるものとなるだろう。

退屈に飽きた彼女が選んだのは、人間として生きる道であった。


こうして、魔理沙は里に居住を移し 嘗て様々な激闘が繰り広げられたこの地から退いた。


『人は変わるものね…』


博麗神社の縁側に腰掛け、空を見上げ お茶を飲みながら呟く
そのお茶を少し残したまま床に置き、霊夢は行動を開始する。

何をするわけもなく、ただ気になった。
この平和続きで 皆がどう過ごしているのかを。

博麗の巫女として 現在の幻想郷の動向を把握する
といえば聴こえは良いが、本人にしてみればただの暇潰しである。
宛てもなく ふらりふらりと空を飛び、各所の様子を見て回った。



霧の湖に佇む洋館。
魔理沙が居なくなってから、この館でも多少の変化が出ている。

侵入者として対峙する相手の殆どが魔理沙だった門番は
彼女が訪れなくなってからというもの、うたた寝する回数も時間も、メイド長に叱られる回数も増えた。

窃盗や器物破損に見舞われなくなった七曜の魔女は
邪魔される心配もなく ただ図書館に籠り読書に励み、魔術の研究に没頭し 魔導書を書き綴ることに余念が無かった。

その従者の悪魔は 少し前に纏めて返却された 山ほどの書物や魔法道具、無断で持ち出された材料等を元の棚に納めるべく
いまだに 広い図書館を駆け回っていた。

魔理沙が里に移住し、今までのように紅魔館に訪れなくなった事を知った吸血鬼の妹は
館から脱走して魔理沙に会いに行く『恋の迷宮・脱獄計画』なるものを企てなくなり
代わりに姉や門番、妖精達と共に仲良く遊んだりするようになった。

咲夜は侵入者(魔理沙)にナイフを投げつけるよりも メイド家業に専念するようになり
一方の主は 甲斐甲斐しく住人の世話を焼き、皆で花見やらパーティやらをしようと 色々と計画していた。

紅魔館なりの 平和で幸せな日々があった。


『………変わったわね』


やや遠めの空からその様子を伺っていた霊夢はポツリと呟き 再び放浪を始める。



迷いの竹林、永遠亭上空。
竹藪で殆ど覆われ 何も見えないため、霊夢は高度を若干下げ 永遠亭を視界に捕らえる。

そこには意外な光景があった。

永遠亭の縁側に並んで座る二人。
片や永遠と須臾を操る月の姫。
片や老化と死から開放された紅蓮の娘。

二人は寄り添い、お茶菓子を摘みながら談笑していた。

妙に仲が良い二人の様子に呆気に取られている霊夢。
二人は霊夢に気付き 手を振った。
このまま黙って去るわけにもいかず、少しこの二人に付き合うことにした。

軽い挨拶を済ませ 二人に習って座る。
再び会話に花が咲く。
先ほどと同じ様に 二人とも仲良く笑いながら…

一息ついた頃、霊夢は二人に聞いた。


『あんた達…そんなに仲良かったっけ?』


それは霊夢でなくとも疑問に思う。
彼女の記憶が正しければ、この二人は会う都度に口論をし やがて喧嘩にまで発展し
互いに不死である為に手加減無しの弾幕を撃ち合う、謂わば殺し合いを続けていた。

犬猿の仲と表すには生温い程、幻想郷中でも この二人の仲違いは有名である。

…筈なのだ。
故に、目前の光景を疑うのは至極自然なことでもある。


『何かと思えば、そんなこと?』

『ま、そんな質問だろうとは思ったよ』


輝夜も妹紅も、やれやれと言った感じの反応を示す。
相変わらず頭上に?マークを浮かべたような表情の霊夢に対し、二人は言う。


『私達は別に、相手が憎くて争っている訳じゃないのよ』

『そ。喧嘩も殺し合いも、私と輝夜の間柄では単なる暇潰しなんだよ』


憎くもない相手と 暇潰しで喧嘩や殺し合いをする…。
そんな狂気じみた発言も この二人が言えば、また別格である。


『老いもせず 朽ちもしないこの身体で 他人の何倍も生きるとね、平和な世界が本当に退屈なのよ』

『そんな退屈を紛らわす為の、言うなれば玩具だ。コイツは』

『あら、言うじゃない。妹紅だってあの時 私の玩具になってたじゃないの。口では嫌だ嫌だと言いつつも 身体ではあんなに悦んで…ムグッ』

『おいやめろ!それ以上言うなっ』

『…ゲホッコホンッ…何よ本当の事じゃない』

『時と場所を考えろ!…まったく…あぁ悪い、話を戻そうか』


二人のやり取りについて来れない霊夢の顔色を察した妹紅が 輝夜を肘で小突く


『あっと、ごめんなさいね…まぁそれでも、永い間争っていれば疲れるじゃない。だからたまには こんな風に休息を取る時期も必要なのよ。今や幻想郷も静かだし、私達も一時休戦ってことで…』

『生涯絶倫のお前が何言ってんだか…』

『ふふふ…跡で楽しみね。妹紅…』

『……悪かった』


喧嘩するほど仲が良いという言葉を聞いたことがある
それはまさしく この二人が発端で生まれた言葉ではないか とも思えた。


三人でまた暫くの世間話をしたのち、霊夢は二人に見送られて永遠亭を後にする。


『変わったわね。あの二人も……』


変わった と言うには 少し語弊があるかも知れないが、
霊夢が生きた年数から見れば 変わったと思う道理である。

珍しいものが多い幻想郷であるが、今日は特別に珍しいものが見れた気がした。
嬉しいと思う反面、どこか残念と思う自分がいた。

あの様子では永遠亭も そして紅魔館も、しばらく異変を起こしそうにないだろう。
それはつまり、自身の退屈を意味していた。

異変解決だけが自分の楽しみではないが、あの二人と同様、殺し合いとまではいかないが 多少なり刺激の強い経験が自分を満たしてくれていた。
スペルカード戦において最強の称号を欲しい侭にしてきた霊夢にとって、それを大いに発揮できる機会ともいえる異変が起きない以上、やはり退屈と言わざるを得ないのだ

いつの間にか自分が あのドタバタ騒ぎを望んでいたことを実感し
あの時、スキマ妖怪の申し出を断ったことを 少しだけ後悔する。

そんなことを考えばがら適当に飛んでいると、目前には妖怪の山が聳え立っていた。


『………山か』


意味もなく呟いたとき。ふと あることに気付き 辺りを見回す。
…が、何処にも居ない。

いつもなら空を飛んでいれば、必ずと言って良い程に新聞記者である鴉天狗に遭遇していた。
記事になる内容を探し 幻想郷中の空を文字通り東奔西走する彼女とは、下手すれば一日に何回も会うことがあった。

しかし、今日はまだ一回も会っていない。
正確に言えば、最近平和が続いてから 一回も…。

たまたまどこかに潜入取材でもしているのか、自室に篭って編集作業でもしているのか
いずれにせよ、久しく会っていなかった為に 少し顔を見たくなり、山へと進路を決めた。


川伝いに上流を目指す
途中で何人かの神様やら河童やらに出会いながらも、やがて広大な滝へと辿り着いた。

しかし、ここまで来ても あの鴉天狗は姿を現さなかった。
本来なら『人間がこれ以上立ち入るな、引き返せ』と 警告に来るべき領域なのだが…

もしや 文の身に何か?
ふと 変な予感が過ぎった時、頭上から声がした。


『そこの人間〜止まりなさ〜い』

『……へ?』


見上げると、自分に向かって白い何かが飛んできた。
否、落ちてきた。


『ちょっ!』


咄嗟に飛び退き 直撃は免れた。
たった今自分が立っていた場所に 音もなく着地したその『白い何か』が 顔を上げる。

その顔に見覚えがあった。
そしてその『白い何か』も 自分に事を知っていた。


『あれ……霊夢さん?』

『あんた…椛じゃない』


その『白い何か』は、守矢の一件で山を訪れた際に出逢った 白狼天狗の犬走 椛であった。

彼女との個人的な接点は皆無に等しく、せいぜい宴会を通じて文と一緒に居た椛と他愛ない会話をした程度である。
いつも文と一緒に居るために、二人きりで会うのは 数年前に初めて出会ったあの時以来だった。
まさしくこの場所で…。

そして文と同様、椛と会うのも何ヶ月ぶりかだった。


『久しぶりね。元気にしてた?』

『ぁ…はい。』


当然といえば当然の挨拶だが、椛は一瞬戸惑う。
きっとこの場所で二人きりというのが、あのときの記憶を呼び覚ましたのだろう。
弾幕によって霊夢にコテンパンにされた時の、痛い思い出。

それを悟ってか 霊夢は物腰柔らかに話す。


『安心して、別に今は 貴女を退治しようなんて思ってないわ』

『……ホ、ホントですか?』


おずおずと聞き返す。
そのあどけなさが なんとも可愛らしく思える。
文が気に入るのも当然だ。


『えぇ、ちょっと探してる…というか、久しぶりに会ってみたい奴が居てね。ここまで来たんだけど…』

『…会ってみたい奴?』

『えぇそう…そういえば貴女、いつも文と一緒に居たけど 今日はどうしたの?』


さりげなく 目的の人物の名前と居場所を聞き出そうとする。


『ぇ…文様ですか?…えーと…』


文の名を出した途端 急に汐らしくなり 視線を泳がす。
後ろめたい事情でもあるのだろうか?
先ほどの変な予感も合わせて 少し焦る。


『文の身に 何かあったの?』


一歩乗り出し 問い詰める。
若干口調が強くなっていたかもしれない。
文とはそれなりに友好関係を築いてきたので、やはり心配だ。

椛はそんな霊夢の反応に慌てて応える。


『あ!いえ違います!文様は元気にしておられます!ただ…』

『……ただ?』


文は無事だ。
霊夢は少し安心したものの、やはり椛の歯切れの悪い物言いには不安が残る。


『教えて。文はどうしたの?』


一息おいて いつもの口調で再び聞く。
椛がゆっくりと口を開いた。


『我々天狗の長である天魔様より直々に、文様へある通告が出されたのです…』

『…通告?』


響きからに良い知らせとは思えないが…
尚も椛は続ける。


『文様は以前より 新聞記者として幻想郷全土を中心に巡り、その出来事や現象に関して事細かに記録して来られました。今では天狗で最も幻想郷に関しての知識に長ける者として その労力と功績が評され、新聞記者としてではなく 報道部の編集長として 現在職に就かれています』

『………編……集…長?…文が?』

『はい!』


何故か椛が誇らしげに返事する。
以前より親しみ続けた先輩だからであろう。
確かに、この事実には私も吃驚だ。いつの間に 文も偉くなったもんだ。


『でも、それは私としても とても喜ばしい事なのですが…』

『…一体何なの?さっきから…』


かと思えば また汐らしくなる。
先程の返事から察するように、文と椛の間柄ではもっと喜ぶべきだろうに。


『以前、情報部門にお邪魔して 文様の職場を見学したんです。でも文様、とてもお忙しそうで…私に気付いてはくれませんでした』

『………………』

『文様が編集長になられてから、早一年と余月が経ちました。…その間 一度も文様とちゃんとお会いした事が無いんです…』


俯き加減に離す椛の心境を 霊夢は察した。
後輩として いつも一緒に居た先輩の出世はとても嬉しいし、心から祝福する。
その一方で、一緒に居られなくなってしまった現実に対して とても寂しい。という。

しかし、同じ天狗であれど 報道部と自衛隊、文には文の 椛には椛の在るべき処がある。
自分の我儘で 文に迷惑をかけるのは以ての外。
二度と会えないわけではない。

ならば 次会えた時に笑われないように、少しでも強くなっていたい……。と。


『…そう』


尚も俯いて、目に若干の涙を浮かべる椛。
絶対に頬を濡らすまいと 裾を強く握り 懸命に耐えている。
霊夢の前だからではなく、一概に 文の為に。

この一年余り、この娘がどんな気持ちで過ごしてきたか…
知らなかったとはいえ、先程の自分の詰め寄るような態度に 相応の罪悪感を感じた。

ふと椛が顔を上げ 何も言わずに霊夢に背を向け 数歩進む。


『あ…ちょっと…』


流石に椛には堪えたのか、文にかんする話題は これ以上しないほうがよさそうだ。
歩きながらも椛は言う。


『霊夢さん。お願いがあります』

『……?』


椛は霊夢と僅かに距離を取り 再び向き合い、数枚のスペルカードを取り出して構えた。


『!?』


その意図を理解してか 霊夢も臨戦態勢に入る。


『私と勝負して下さい』

『……………』


先程まで見せていた か弱い表情が嘘のように、今や気合と闘志に満ちた眼差しを霊夢に向ける。
しかしながらも 邪念や殺気の類は感じ取れず、寧ろ敬意さえ伝わってくる。

今の彼女の心境を察すれば 断る道理もなく、職業柄 妖怪から売られた喧嘩は買うようにしている。
久しぶりに身体を動かせると思うと、体中の血が沸き立つのを感じる。


『やるからには手加減しないけど、それでも良い?』


口は笑い、されど目は笑わず
待ちきれないと言いたげに指を鳴らす。
もしかしたら、霊夢の方こそ殺気を放っていたかもしれない。

下級な妖怪であれば そのオーラに圧倒されるだろう。
しかし 白狼天狗の自衛隊であり、日頃から鍛錬を重ねてきている椛は眉一つ動かさず、逆に 同様に笑いながら返した。


『お手数をお掛けします』


素っ気無い椛の反応に少し意表を突かれた霊夢は お返しにと言ってみる。


『またあの時のように コテンパンにしてあげようか?』

『もう あの時とは違います、あまり甘く見ないほうがいいです。でないと 霊夢さんが怪我をします』


売り言葉に買い言葉。
一触即発の空気の中 互いにスペルカードを手にし、構えた。

これだ。
平和続きの幻想郷で、暫し忘れかけていた この感覚…
周囲に緊迫が走る。


『………行きます!!』

『………行くわよ!!』


同時に戦闘開始の合図を叫ぶ。
滝の流れる轟音と水飛沫をものとせず、賭ける物無き戯れが始まった………



――――――――――



『ふぅ……今日も変わらず平和ねぇ』


白狼天狗との戦いから 一夜明けた。
博麗神社の境内の落ち葉を掃除しながら、半ば退屈混じりの溜息をつき 空を見上げて呟く。

集めた落ち葉を焚き火にし しばらく温まった後、鎮火を確認して室内へ戻る。
だらしなく仰向けに寝転がり、再び溜息。


『はぁ〜ぁ…疲れた…』


掃除に対しての 怠惰の感想ではない。
全身の力を抜き、伸びをする。


『くぅ〜〜………あふぅ』


こんなみっともない巫女を見たら、誰が信仰しようなどと思うだろうか。
そんなこともお構い無しに、霊夢はボーっと天井の一点を見つめた。

身体の節々が痛い……。
昨日の椛との戦いで 少し張り切りすぎたからだろうか。


『あの子、随分強くなってたなぁ…』


霊夢が椛と戦うのは 通産二回目だった。
始めてあったときの椛は まだスペルカードを所持しておらず、単純に弾幕のみで戦っていた。
また、目的地への道中だったために さほど本気を出さずに撃退させることが出来た。

しかし 昨日は勝手が違った。

白狼天狗の種を活かしたスペルカードを数多く所持し、弾幕の密度や威力も上昇しており
根本的な戦闘力も 比較にならないほど上がっていた。

平和続きで身体が鈍っていたこととは関係なく、一人の巫女として 素直に強いと感じた。
結果は霊夢の勝利で終わったが、柄にもなく それなりに本気で戦っただろう。


『変わったのね。…椛も…文も』


椛との一戦の疲れが残っているせいか
いつしかそのまま 静かに寝息をたてはじめた。



――――――――――



『今日も変わらず退屈ねぇ…』


いつもと同じ様に、縁側に座りお茶を啜る。
依然として、幻想郷は平和そのものだった。

唯一変わったといえば、毎日の如く呟くこの台詞が『平和』から『退屈』になったことくらいだろうか。
最後に楽しいと思ったのは 何ヶ月か前にやった、白狼天狗との一戦だった。

平和であることは良いに限るが 本当に『平和すぎる』為、これ自体が異変なのでは?
と 思いたくなるほどであった。


『あれから三ヶ月か…また山にでも行ってみようかな…』


湯飲みを置き 寝転がる。
今 参拝客が来ようものなら、確実に変な勘違いをされるだろう。
が、現状が現状なだけに 人々に『神社に参拝する理由』が無いのもまた事実。


『この神社、もしかして忘れられてない?』


特に危機感も無く言った。
椛との一件を終えた後も 幻想郷中を見て回った。
この際 人里にも出向いているため、霊夢(神社の存在)が 人々から忘れられる事はなかったからだ。


魔理沙が人里に棲み付いて道具屋の看板娘となって以来
元から黙っていればそれなりに可愛く 垢抜けた性格なためか、彼女に惹かれる男性が多く
交際を申し込む連中が後を絶たないという。

レミリアは 咲夜を連れてたまに遊びに来るが、その都度 お土産を持参し、多少の世間話をして帰っていくだけだった。
一度だけ、今の幻想郷と 今後について聞いてみたが…


『全ては運命のみぞ知る事。一人の人間、一匹の妖怪がどう足掻いたところで 世界の心理は変わらない。
 判りやすく言えば…そうね。
 例えば、咲夜が時間を止めても 支配者である咲夜だけはその中で動き続けられる。
 だけど、咲夜が不死でない以上『生物としての寿命』が存在するわ。
 時を止めたまま咲夜が寿命で朽ちれば 停止した時間は再び動き出す。
 仮に咲夜が不死になり この問題を解決したとしても、たった一人、孤独な世界で何を望む?
 どんな人であれ その心はやがて孤独に屈し、自ら時を動かし始めるわ』


自身の従者で例えつつ、レミリアは続けた。


『ただ、永遠と須臾を操る蓬莱人ともなれば 話はちと変わるね。
 不死のアイツが永遠を弄れば、まさに進みも朽ちもしない世界になる。
 それでもさっき言ったように、其処は孤独な世界になる。
 そしてやっぱり それに飽きた蓬莱人は いつかは自ら永遠を解除する。

 それはつまり 世界の時間、つまり寿命を止める事は出来ないという意味よ。
 世界が終幕を迎えれば、その世界にある全ての時間も終焉を告げる。

 果てには全ての世界が滅び 何も無くなる。
 そうなれば蓬莱人は 『不死』をどうにかしない限り、何も無い処で 自分の存在さえ曖昧な状態で生き続ける事になるわ。
 其処には人としての自我は無い、最早 生物として成り立たなくなるわ…

 不死というのも考えものね』


相変わらず 何を言っているのか判らない。
どこが判りやすくだ。


『あらゆる時間は永遠ではない。限られた時間を有効に、そして楽しむことに使いなさい』


その日の去り際、レミリアはもう一度言った。
だったら最初からそう言えと…


冥界の亡霊は何をする訳もなく、ただのんびりと過ごしていた。
時々顕界を訪れては、桜や蝉時雨。紅葉に月見 雪月花、虫達の輪唱…
いわゆる 風物詩を肴に杯を傾ける。


『どーせ暇なんでしょ?』


と、何度酒の席に引っ張られ、酔わされたことか…
そしてレミリア同様、異変を起こしたことのある幽々子にも聞いてみた。


『あんたはもう、異変は起こさないの?』


と。


『まるで異変を望んでいるかのような物言いね。巫女がそんなんで良いの?』


間髪入れず 突っ込んでくる。
いきなり図星をつかれた霊夢は 言葉に詰まった。


『そ…そんなんじゃないわよ。ただ、暫く大人しいから また変なことでも企んでるんじゃないかって思っただけよ』

『企んでいてもいなくても、やりたいときに異変を起こす。それは私に限らず 全ての者に言える事よ。
 貴女はただ 待っていれば良い。そして 異変を起こした者の期待に応えられれば それでいいの』

『……待ちぼうけってのも、結構しんどいのよねぇ…』


幽々子は鼻で笑いながら、一酌して言う。
霊夢も一酌しながら 愚痴る様に言った。


『ふふ。ゆっくりしていれば良いじゃないの。貴女も魔理沙も いつも外の世界で言っているのでしょう?』


意味が判らないが、どこか 暗に責められている気がした…


いつか椛に聞いた 文の出世に関して、祝がてら からかってやろうと文の職場に行ってみたものの
椛ですら会えないというだけあり、編集長としての仕事はそうそうたるものであった。

しかし、その表情からは 疲労の様子は微塵もなく、寧ろ 新聞記者の時よりも活き活きとして見えた。
やはり椛と同様、私に気付く事も無かった。
この様子ではしばらく、あるいはもう 神社に来る事はないかもしれない。
そう思うと、少しだけ胸が苦しくなるのを感じた。

…椛も こんな気持ちだったのだろうか。


以前神社を壊した天人も成長し大人しくなり、今では竜宮の使いに怒られながら
半ばサボりながらも 総領として天界の管理を行こなっている。

気が付けばいつからか 鬼達も再び地上から姿を消し、嘗てのような大宴会が開かれることは もう二度となかった。

地底の者達は 新たなるエネルギーを得てからというもの、更なる発展に挑もうとしており 地上に出る機会も随分と減った。

上空に出現した宝船も、新たなる地を求め幻想郷より出航し、
年々 新たに幻想郷に訪れる者も 現状の雰囲気に習ってからか、異変を起こそうとするものは誰一人として居なかった。


ここはもう、霊夢が知っているような幻想郷ではなくなていた。
望んでいた筈の 穏やかで陽気な日々は、霊夢にとっては呆れる程に退屈だった……



――――――――――


やがてそんな退屈な数年があっという間に過ぎ、霊夢は あのスキマ妖怪の申し出を受ける事にした。

洩矢の連中も、すっかり幻想郷に馴染んだ。
もう、彼女達に後を託しても大丈夫だ。
早苗なら 良い結界の巫女になれるだろう…


その日の夜。無縁塚に紫を呼び出す。

突如として空間が裂け、一人の女性が現れた。
長い金髪を風に靡かせ 少し手の込んだ装飾の傘を携えている。
月光が反射する白い肌、それに相反するように 綺麗な紅を差した唇は 小振りながらも瑞々しい潤いを保っていた。
凛として煌く紫色の瞳は、相手の全てを見透かし それでいて自分の底を見せぬような、吸い込まれそうになる程の暗闇を彷彿とさせた。

普段から彼女が着用する紫色のドレスは もとから細身かつ長身の持ち主のスタイルに合わせて作られていたが、
今では長い金髪と共に風に靡き、そのボディラインを一層と強調させている。

一言で表すならば『妖艶』だろうか。
見た目で言えば二十台半ばだが、その纏う雰囲気は 悠久の歳月を経た特有のものであった。
外見ならば霊夢も同じくらいであるのに、やはり内包される人生経験という差は歴然だ。


『久しぶりね、霊夢。貴女から呼んでくれるなんて 嬉しい事もあるものね。どうしたのかしら?』


整った唇が僅かに綻び 優しく微笑んで、透き通った声色で言う。
大方の見当はついているくせに、久しく会うなり早速これか…
と 呆れる反面、安心する自分もあった。


『言わないとダメ?』

『えぇ。訊きたいわ』

『判ってるくせに』

『それでも、貴女の口から直接訊きたいの』

『……………』

『……………』


妙なところで意地っ張りなのも変わっていない。
紫だけは、ずっと私の知ってる紫であってほしかった。

言われるまでもない。
霊夢が思ってる事は 手に取るように解るんだから…

そういうかの如く、暫しの沈黙の最中 紫は再び微笑んだ。

全てを見透かしたその微笑が 昔は嫌いだった。
だが今は、その微笑にどれだけ癒されるか…
やはりこの考えも 紫は知ってて微笑んだのだろうか?


『…あの申し出、受けることにするわ』

『…そう。判ったわ』

『判ってた。の間違いじゃない?』

『ふふ。何のことかしら』


こんな回りくどい会話ですら、いまでは楽しく感じる。



広き幻想郷といえど、無縁塚に数本しかないという 妖怪桜がある場所へと移動する。
私が無縁塚を選んだ理由の一つ。

二人の前には 年に一度の僅かな時間しか咲かないという、『紫の桜』と呼ばれる桜が
満開に 且つ幽玄に咲き乱れ、儚き花弁を散らしていく光景が映る。

桜本来のほのかな桃色と 月から降り注ぐ光が絶妙な波長で重なり、その名の通り 淡い紫色へと変色していく。
月光の届かぬ陰の場所は桃色を残し、月光に晒される陽の場所は紫へ…

まるで意思を持っているかの様に、桃と紫の配色を自在に変え 風に揺られながら その刹那の灯火を散らす。

初めて目の当たりにする あまりの美しさに、霊夢は言葉が出なかった。
いや、この桜の華の前では 言の葉が開ける筈などないのだ。

ふと紫が囁く。


『春の月の泡沫、仄かに零れる光
 浮き沈む温もりに 貴女を想う……』


いきなりの事だったので、霊夢は聞き逃してしまった。
それとも 感傷に浸るあまり、耳がその声自体 捉えていなかったのであろうか。

尚も桜に魅入っていた霊夢の手を 紫は引っ張った。

もう暫くの間、無縁塚が流す桜の涙に浸っていたかったが、いつまでもこうはしていられなかった。
程無くして この涙は枯渇する。
霊夢はそれまでの時間を把握していない。
その前に、終わらせなくてはならない。


『流石、紫と同じ名前だけあるわ…とても綺麗』


近くの樹に腰掛けながら、紫に言う。
紫はただ、ありがとうと言うだけだった。
精一杯の感情を込めて…


多少の談話の後、これまでの経緯を紫に話す。


『永い事生きてるとね、楽しい時間はやがて終わるって 思い知らされるのよ。でも、生きてさえいれば そういう時間は いつかまた巡って来るのよ』


つまりは 生きてさえ居れば、何度でも巡って来ると言うこと。
だったら、永く 生きてみるのも有りかもしれない。



『霊夢が人間であるうちに、一つ聞かせて。何故 あの時断った申し出を 今になって受ける気になったの?』


再会した当初と違って 本当に疑問に感じていることを聞く。


『別に…退屈のまま人生終わるのはつまらないなって思って』

『ふふ。いつもサボっている貴女らしからぬ発言ね』

『うっさいわね。それに、沢山の人が変わってく中 私だけ変わらないっていうのも、何か嫌だし…』

『私は変わらないわ。今までも、これからもね』

『私が変わっても、紫は変わらないで ずっと一緒に居てくれる?』

『勿論よ。ずっと一緒…』



いつか、不死者達が言っていたことを思い出す。

― 他の人より永く生きると、平和な世の中が退屈でね… ―

永く生きなくとも、今の私は退屈している。

輝夜には妹紅と永琳が
妹紅には輝夜と慧音が
共に過ごせる仲間が居るのなら、それは退屈ではないだろう。

ならば私は…
私が選ぶ仲間は…



いつか、吸血鬼が言っていたことを思い出す。

― あらゆる時間は無限ではない。限られた時間を有効に、そして楽しむ事に使え。―

楽しい時間はいずれ終わる。
退屈な時間もやがて終わる。

私の持つ寿命の中では それが廻る回数は少ないだろう。
ならば、『限られた時間』を少しばかり延ばしてみても良いかな…

と 思った。


『いままで御苦労様。そして、これからもよろしくね』


翳された手が操るのは、人妖の境界。
退屈に飽きた彼女が選んだのは、魔性の道。


『これからもよろしく。それから…はじめまして…』


桜吹雪に包まれる 多くの縁無き死者が眠るこの地で、また一人の人間が短い生涯に幕を降ろす。
同じくして、新たな光を宿した妖怪が 静かに目を醒ました。

金色に染まった瞳で 夕日に耀く見慣れた空を見つめた。
少しだけ いつもと違って見える。

彼女が有するのは、あらゆる地平から 空を飛ぶ能力。
正確に言えば、実在するあらゆる面から開放され、何事にも捕らわれず、何者にも囚われる事の無い能力。

その力で重力から解放され、少し色が変わった髪を靡かせ 紫と共に、いつもの空を飛んでみる。


幻想郷の博麗の血縁が 無縁塚にて途絶えた。
それは彼女がこの場所を選んだ もう一つの理由。

もはや彼女は 博麗の巫女ではなく、故に もうその名を冠する必要も、意味も無い。


『これからは何て名乗るのかしらね?』


隣で隙間に腰掛け、優雅に飛んでいる紫が言った。


『今まで通り霊夢で良いわよ。それに、だれも私の事「博麗さん」なんて呼んでなかったじゃない』

『血族としてではなく、貴女個人として好かれていた証拠よ』

『それに、この身になった以上、博麗を名乗るのは 御先祖様達に対して失礼だし』

『ふふ。妖怪と成る決心をした時点で、歴代博麗巫女達に失礼とは思わなかったのかしらね』


怪しく浮かべる微笑みを扇子で隠しながらも 紫は言った。
されどその眼差しからは『本当に後悔してない?』といった意思が感じ取れた。

それをなんとなく理解した霊夢は 紫に笑いかけてやった。

後悔なんてするものか。私はもう、あんたと一緒に生きるって決めたんだから…と。

紫は少し目を閉じた。
再び開かれたその目には もう先程の心配も消え、いつも通りの煌きを持ったまま 夕日の光を反射させていた。

言葉を発することもなく、時折相手と視線を交えたまま、二人の姿は夕日の光の中に消えていった。



彼女の名は霊夢。

新たなる大妖怪の 誕生の瞬間であった。



――――――――――End
落花流水:散り落ちる花と流れ行く水の意。去りゆく春の情景、転じて 物事が衰えること。
     また、落花が流水に乗って流れたく思い、流水は落花を浮かべて流れたく思う意から、
     花を男に 水を女に見立て、男が女を想えば 女も男を慕うという、相思相愛のたとえとも。

自分の好きな四字熟語をSSとしてやってみました。幻想郷は女性ばかりですが気にしない。色々と急展開ですが気にしない。
頑張る椛も可愛いです

ところで、ただでさえ強い霊夢が大妖怪化したらどうなるんしょうね
作品情報
作品集:
26
投稿日時:
2011/05/20 07:16:57
更新日時:
2011/05/20 09:01:29
分類
霊夢
レミリア
輝夜
妹紅
幽々子
1. NutsIn先任曹長 ■2011/05/20 08:12:23
退屈に勝る殺人兵器を、私は知りません。
あらゆるものを腐らせ滅ぼすこの非人道的兵器に抗う術は――、

変化するしかない、と。

あらゆる価値観、相違を区別するための線引きを行う者。
境界のあっち側、こっち側、或いは線上を自由に飛び回る者。
こりゃ、退屈などしないカップルだ。

霊夢は大妖怪となりましたが、別に幻想郷がどうかなってしまうとか、友人達を失うとか、そんなことは無いんじゃないですか?

だって、霊夢は霊夢、これは不変なのだから。

ここでいう『変化』とは、自分を新しくすることであり、別物に変えてしまうことではないのだから。
2. 名無し ■2011/05/20 08:15:14
朝から美しいものを見られてとても嬉しく思います
今度は霊夢が異変を起こす立場ですね
服は相も変わらず脇露出ですかね。
3. 名無し ■2011/05/20 17:29:39
異変を待つしかできない過去に別れを告げ、自ら異変=生きがいを
作り出せる身分へと……うん、素晴らしい。
個人的にはいきなり紫とのカプ話になったんがちょい違和感ありましたが
全体的にすごく面白い作品でした!! 
あと、もこたんが具体的にどう玩具になったのか教えていただき(ry
4. 名無し ■2011/05/21 18:45:44
確かにみんな飽きっぽそうだからなあ。現行システムがいつまで興味を惹けるのかってのは考えたことがなかった。
二十代半ばの早苗は落ち着いてるのだろうか
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