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『風見幽香vs虫』 作者: ただの屍

風見幽香vs虫

作品集: 26 投稿日時: 2011/06/02 12:13:54 更新日時: 2012/01/30 19:14:14
 むか〜しむか〜し、ある所に風見幽香という妖怪がいました。と、昔から物語はこう始まる。
 この風見幽香という妖怪は考えられる限りの最悪な妖怪だった。正にサディズムの極地であり、周りの者からはアルティメットサディスティッククリーチャーと呼ばれていた。
 幽香が今までに犯した悪行は数知れず、ライフワークと称して雑魚妖怪を虐めたり、魔理沙という魔法使いがマスタースパークを使うと自分の技を盗んだ、著作権の侵害だと言って騒ぎ立てた。しかし幽香の初登場は花映塚なのでむしろ幽香の方が偽物である。幽香は、最高にカッコ良くてプレイヤーからの人気も抜群に高い魅魔様というキャラを差し置いて旧作から再登場したりもした。だから魅魔様が新作に華麗に再登場できないのは幽香のせいである。幽香はプレイヤーを苦しめるためだけに鈍足のふりもする。無論、これ以外にも山ほどあるのだが全てを書き連ねると1MBを軽く超えてしまうので詳しくは書かない。
 要するに幻想郷の悪事の原因は全て幽香の仕業なのである。しかし、これだけの事をしでかしているのならとっくに殺されていてもいいのだが、幻想郷の連中というのはどこか気が抜けているので幽香を殺したりはしなかったし罰する事もなかった。それに幽香は花には結構優しいらしく花達は幽香の味方をしていた。
 それでも、日頃から幽香に虐められている妖怪達は幽香の事をどうにか殺してやりたいと思っていたが、こういう奴に限って強いのが困りものである。雑魚どころかそこそこ実力のある妖怪でも幽香に真っ向から挑んでしまっては絶対に勝てない。殺すのなら策を練らなければならないが、失敗したらどうなるか分からない。幽香はサディストではあるがそう簡単には相手を殺さなかった。だが殺意を向けられた場合は別で、殺意には倍の殺意で返す。要するにチャンスは一度きりしかない。妖怪達は幽香に虐められながらもそのたった一度のチャンスが来る事を願ってただ耐え続けていた。
 幽香にはリグルというお気に入りの妖怪がいた。幽香のリグルに対する扱いというのはやはり酷かった。リグルは幽香の性欲を満たすためだけに無理やりペニスを生やされて童貞を奪われた。時には幽香がペニスを生やす事もあって、その時やはりリグルは処女を奪われた。しかも幽香は相手の事を全く考えない。自分一人が満足したら勝手に行為を止めて帰ってしまうのだ。幽香の家でセックスしていた場合だと、苛立った表情でリグルを窓から投げ捨てる。他にもリグルに無理やり虫を食わせたり、リグルを昆虫扱いして手足をもいだりした。リグルをゴキブリと呼んだのも幽香が最初である。リグルは妖怪なので手足がもがれても唾を付けとけば治る。しかし体の傷は治せても心の傷は治せないという言葉通り、リグルには並々ならぬ恨みが積もっていった。およそ100kb分の恨みであった。一々詳しく書いていくのは容量の関係上不可能である。

 さて、この日も幽香はリグルを虐めていた。幽香は辺りを見渡し、どうやってリグルを虐めるか考えた。昨日は豪雨だったので泥溜まりがいくつも出来ていた。幽香は意地悪い笑みを作って泥溜まりの一つを指さしてリグルに言った。
 「靴を汚したくないから私のために橋になりなさい」
 抵抗しても幽香が喜ぶだけなのでリグルは大人しく泥にうつ伏せた。もう無駄に逆らう気力はとうに失せていた。言われるままに幽香の言葉に従った。
 幽香はリグルが泥にきちんと寝そべったのを確認してからこう言った。
 「仰向けになりなさい」
 リグルは幽香から自分の顔が見えないのを確認して、一瞬だけ怒りに顔を歪めてから一言も発さずにゆっくりと仰向けになった。
 「まあ随分と汚らしい橋だこと」
 幽香は泥で汚れた腹に両足で飛び乗った。リグルは呻き声を発し、苦痛に顔を歪めた。幽香は腹上で嬉しそうに足踏みした。
 「タップダンスでも踊りたい気分だわ」
 間違ってもタップダンスとは呼べないような何かが始まった。幽香は両足を揃えて思い切りジャンプしたり、膝を肩まで上げて振り下ろしたり、靴の先でリグルの性器を踏み潰した。
 リグルは頭の中で幽香を殺した。手足を昆虫のようにもぎ取り、目をくり抜き、乳房を引き千切り、首を刎ねた。幽香から暴行を受けるとき、今までそうやって惨めに耐えてきた。
 リグルの呻き声、関節の外れる音、骨の折れる音、叫び声によるタップダンスは数十分続いた。幽香は爽やかな汗を拭って言った。
 「今日はもう満足したわ。最後に私の靴を舐めて綺麗にして頂戴。だから舐めやすいようにあなたの顔だけは傷つけなかったのよ。感謝してね」
 幽香はリグルの鼻先に泥と血に塗れた靴を差し出した。リグルはうう、と呻いただけ。幽香は顔を嬉しそうに歪める。
 「あら、顔を、舌を差し出さないと何時まで経っても舐められないわよ? ああ、あなたの両肩両股関節が脱臼あるいは粉砕している事を今まで忘れていたわ。私とした事がごめんなさいね。今舐めさせてあげる」
 幽香はつま先で思い切りリグルの口を蹴って靴を強引に突っ込んだ。リグルは10本もの歯が同時に折れた痛みで失神しそうになった。それから幽香が靴をぐりぐりとねじ込むのでリグルは折れた歯を吐きだす事もできず、血と涙で歯を無理やり喉の奥に流して飲み込んだ。

 幽香が満足して帰った後、リグルはとうとう我慢の限界を迎えた。溜めこんだ殺意が頭の中ではち切れんばかりに膨張を続けていく。発狂するのは時間の問題だと感じた。必ず幽香から解き放たれなければならない、そう決意した。
 それからリグルはその場で、体の回復を待ちながら幽香を完全に殺し切る策だけを考え続けた。
 夜明け前、リグルは驚くほど静かな目で幽香の家を草木の陰から見つめていた。何も知らない者は彼女が今から幽香を殺そうとしているとは絶対に気付かないだろう。いや、もしかしたらこれから殺しを行う者の目というのはこんなものなのかもしれない。
 リグルは静かに時を待った。
 夜が明け朝となる瞬間。朝日が差し込むとともに、潜ませていた幻想郷中の虫達が一つの殺意によって群れ固まり、一つの怒りへと変貌した。虫の大群が幽香の家へ差し込まれる朝日を遮った。一呼吸後、怒りが幽香の家を呑みこんだ。

 人間共が寝静まった夜中、幽香は家の中から空を見上げた。今宵の満月の堂々たる輝き。文句の付けようがない満点の空だった。
 蛙、鳥、虫。そのような生物達の鳴き声が幽香は大好きであった。人や妖怪はあまり自分から鳴いてくれないのでそんなに好きではなかった。草花や木が一番好きであった。これらはまず目を楽しませてくれる。そして風が木の葉を鳴らしてくれる。花は香りを届けてくれる。
 今夜は風のある夜だった。外に出て自然の音に埋もれながら月を眺めて酒を飲もう、と幽香は思った。生物達の鳴き声は調和も何もあったものではなく、風も好き勝手に吹いていた。ただの騒音だと感じる人もいるだろう。しかし幽香はそんな単純な乱暴さが大好きだった。
 幽香は一升瓶を探している時、違和感を感じた。虫の鳴き声だけが全く聞こえなかった。どの虫の鳴き声も聞こえなかった。そのせいか蛙も鳥もいつもより元気がないように思えた。いや、自分がそう思っているだけかも知れない。幽香は何だか興が醒めてしまった。今日はもう寝よう。きっと明日には元に戻る筈だから。幽香はベッドに入った。
 幽香は夜明けの時刻に最悪の目覚めを迎えた。幽香の目の前で轟音とともに家が紙切れのように破れた。幽香は家を壊した犯人である虫の大群を見た途端、激昂した。
 「リグルだな! 殺してやる!!」
 幽香は無意識に、叫んで吐きだした分の空気を吸い込もうとした。目を凝らさなければ見えないサイズの羽虫達が空気とともに幽香の口に吸い込まれ、食道に毒を撒いた。それが幽香の最後の呼吸となった。たちまち咽喉が腫れ、気道への道が塞がれた。幽香は目を見開いた。強靭な顎を持つ虫達が自分に取りついていた。虫は目、鼻、口そして全身に取りついていた。虫達は幽香の肉をくまなく食い荒らした。咽喉が塞がっているせいで声を出す事もできなかった。また、針を持つ虫達が、幽香が抵抗できぬよう様々な化学物質を幽香の肉体と反応させた。幽香は何とか暴れ回り大量の虫を殺したが、圧倒的な数の力によって、数十分後には肉体、内臓を一片も残す事なく虫に食い尽くされた。幽香は骨だけに成り果てた。幽香の虚ろな眼窩は、ずっと向こうにいるリグルを確かに捉えていた。

 妖怪の骨、それは正に妖怪を形作る物である。言わば妖怪の核と呼ぶべき物。妖怪の肉、それは単なる肉である。
 リグルは妖怪の図太い生命力を自身の身をもって知っていた。妖怪はそう簡単には死なない。幽香なら、なおさらである。
 (ここまでだ。虫では骨から肉を削ぎ落とすのが限度だ。これ以上虫を無駄に死なせるわけにはいかない)
 リグルは虫を引かせた。リグルは草木の陰から、骨だけになりながらも立ちあがる幽香を見た。感情を遮る肉は無く、己を剥き出しにした幽香から迸る怒りの奔流。リグルは本能に赴くままの凶暴な殺意と向かい合った。それはリグルの想像を遥かに超えていた。鎮めていた感情が無理やり叩き起こされた。リグルの体はぶるぶると震え出した。
 (だ、大丈夫だろうか。ちゃんと死んでくれるだろうか)
 幽香がこちらを向いた。リグルは頭蓋骨の眼窩から真っ直ぐに放たれる意志を感じ取った。先程の凶暴さが嘘のように抜けてひたすら静かで穏やかな意志がこっちを向いていた。地の裂け目を覗き込んだような恐怖。吸い込まれていく感覚。底の知れない未知なる感情。自身の想像外に位置する者。リグルは幽香という妖怪の本質を見た気がした。
 歯ががちがちと音を立てた。幽香という妖怪をここまで恐ろしく感じたのは初めてだった。リグルの全身の毛が逆立った。
 (い、い、今までのとは全然違う。急がなくては)
 リグルは幽香とは真逆の方向へ急いで走り出した。

 虫達が蜘蛛の子を散らすように幽香から退いていった。幽香は瓦礫の中から骨だけとなった体を起して立ちあがった。
 (この統率性。間違いない)
 怒りが体を満たす。
 (絶対に許さない。必ず殺す)
 幽香は莫大な魔力でもってリグルをすぐに殺してやろうと考えたが、別の自分がそれを窘めた。この周辺には幽香が手を掛けて育てた花畑がいくつもある。加減の利かぬ今の状態では花まで殺し尽くしてしまう。殺意に宿る凶暴さが冷静さに姿を変えた。幽香は眼窩をリグルに向け、ぎろりと睨んだ。
 (捕まえて殺す)
 突然、リグルが向こうへ逃げ出した。
 (逃げられると思うなよ)
 幽香が走ると骨と骨が直接擦れ合い、全身の関節から嫌な音が鳴った。
 (構わない。私は追う者だ。狩人だ。恐怖で獲物を狩る)
 幽香は止まる事なく、骨と骨をぶつけながら、そしてリグルの名を叫びながら草木の海に飛び込み、駆けていった。

 リグルは、始めは走って逃げていたが、音によって位置がばれると気付いた今は飛んで逃げていた。走って逃げてしまったのは本能的な咄嗟の行動だった。
 それに走って逃げたのだから幽香も釣られて走って追いかけてくるかもしれない。そしたら逃げるのも楽になるかもしれない。リグルはそう考えた。
 (しかし、幽香も飛んで追いかけてくるだろう)
 それは大きな間違いであった。幽香はわざと音を立てながら、そして確実にこちらへ向かっていた。草と骨との音。風と骨との音。骨と骨との音。リグルは恐怖した。
 恐怖はそれだけに留まらなかった。幽香は自分の名を叫んでいた。殺してやるだとか待てとは言わず、ただ自分の名だけを叫んでいた。幽香が自分の名をひたすら叫び続ける。それ自体が死刑の宣告のようであり、リグルには様々な記憶が恐怖とともに呼び起こされた。リグルは思うように飛べなくなった。風や草木までもが自分の敵に回ったかのようだった。
 (死ぬ! 捕まったら死ぬ! 追いつかれたら死ぬ!)
 リグルは泣きながら逃げた。
 (嫌だ、死にたくない、嫌だ、死にたくない。絶対に嫌だ、嫌)
 幽香の声が自分に纏わりつく。
 (早くあそこまで逃げないと!)
 リグルには策があった。策があるから逃げていられるのだ。もしも策がなければとっくに絶望して、ただぶるぶると震え続け、とっくに幽香に殺されていただろう。
 心臓が早鐘を打ち始めた。血液が血管を突き破って飛び出しそうであった。頭がくらくらして周りの音がよく聞こえない。幽香の声だけがはっきりと耳に届く。幽香がすぐ後ろにいるようであった。実は幽香は自分のすぐ側にいて、自分が必死に逃げているのをあのサディズムに満ちた表情で楽しんでいるのではないだろうか。自分が逃げるのを止めた途端殺されてしまうのではないか。
 とめどなく溢れる死の妄想。自分が生きているのか死んでいるのか分からなくなる一歩手前まで来た時、地面に空いた一つの大きな穴を見つけた事によってリグルは現実に戻ってこれた。
 (無事辿りつけた!)
 リグルは穴に飛び込み、自分の音を殺し、周りの音を探った。まず始めに自分の鼓動音が聞こえた。それから幽香の叫び声が遠くから聞こえた。まだまだ距離はある。すぐそばではなかった。リグルはようやく安堵して、手で涙を拭った。
 (よし、まだチャンスはある。しかし一度きりだ)
 リグルは息を潜めた。

 幽香はリグルの名を叫びながら地を走った。幽香はリグルの恐怖の残り香を頼りにして追跡していた。勿論、視覚も聴覚も存在しているが、骨身に自分の感情が一々響くせいで思うように外界を感じ取れなかった。慣れていないせいでもある。特に走りながらでは聴覚は殆ど機能していなかった。風が眼窩から入り上手く出ていかずに頭の中で暴れ回るため非常に喧しかった。いつもは大好きだった風の音は幽香を苛立たせ、幽香の足を鈍らせた。
 (もうすぐ、この森から抜けてしまう)
 それは幽香にとって好ましくない状況だった。この森の中においてリグルを捕まえられないなら一度帰ろう。幽香はそう考えた。それに、いつもは肉で遮っていた死という存在がいつもよりも身近に感じられたせいで、ほんの少しだけ死への恐怖を感じていた。
 (ああ、そうだ。私の家は壊されてしまったんだ。仕方ない、森を出た先にある花畑で眠ろう)
 幽香は自慢の花畑で眠る朝を考えて、リグルへの殺意と一旦心を鎮める準備とのバランスをとった。
 (リグルは絶対に殺す。同じ目に合わせる。奴は骨にする。そして恐怖で打ち殺す)
 リグルが恐怖に打ち震え自ら心臓を止める、その死に様を想像して幽香は笑った。
 森を抜ける手前まで来た時、幽香は、森と平地の境に立っている一つの木の陰に巧妙に隠された穴を見つけた。それは人間がすっぽり入れるくらいの大きな穴だった。幽香は穴の手前までやって来た。
 (落とし穴だろうか。しかし、偽装が施されていない。もしかしてリグルが隠れているのだろうか)
 幽香はリグルの恐怖の残り香を感じ取った。リグルがこの穴に入った痕跡は一切無く、森を抜けた先へとはっきりと続いていた。その事実は幽香を強く苛立たせた。
 (小便のように汚らしく撒き散らしやがって。糞ガキが。そんなにビビっているんなら初めから殺そうなどと思うな)
 幽香は森を抜けて自分の花畑へ向かった。幽香を迎えたのは全滅した花畑だった。愛する花々が一つ残らず枯れ折られ抜かれていた。間違いなくリグルの仕業だ。そう思った幽香は怒りや悲しみを表現しようとしたが、上手く表現できなかった。幽香の中にはもっと別の感情、絶望的な何かが大きく広がっていた。それは虚無だった。
 自分という存在が緩慢と活動を止めていく。幽香は虚無に呑みこまれていった。頭が朦朧として何も考えられなくなって次第に何も見えなくなって何も聞こえなくなって何も分からなくなった。幽香は背骨が、体の芯が折れるような感覚を味わった。次いで自分の全ての骨がバラバラになって崩落していくような感覚を味わった。幽香は何とも思わなかった。先程までの憤りや悲しみは嘘のように消え失せていた。自分の中をどこまで行っても虚無。もう何もかもが失われていた。これが死か。それが幽香の最期の言葉だった。

 リグルは穴の中でじっと息を潜めてチャンスを待っていた。リグルは落とし穴と呼ぶべき穴の側面に掘られたトンネルに潜んでいた。リグルは暗闇の中で顔を地上に向けた。その視線の先には地上への穴がある筈であった。それは森と平地の境に位置し、木の陰に巧妙に隠されていた。
 リグルは幽香が走る音を聞いた。もう目と鼻の先まで幽香は来ていた。リグルは虫のような呼吸を努めた。心臓の音が太鼓のように鳴り響く。幽香に聞こえてしまうのではと思うくらい心臓が強く打っていた。幽香の足音が再開する。先程よりもゆっくりな足音。幽香は歩いている。リグルの潜む穴の手前で足音が止まった。
 心臓の鼓動が更に速く強くなった。リグルは左胸に左指をくい込ませて心臓を握りつぶして止めようとした。間違って声が出ないよう右手で口を塞ぐ。リグルは己が生きてきた中で最大の恐怖に襲われた。確実な死がリグルに迫っていた。自分と幽香を遮るのはこの土塊だけ。リグルは左胸をぎゅっと握りしめた。右手に涙が伝わった。
 外で足音が再開した。その足音は森を抜け出た。リグルは左手の力を緩めた。爪は全て剥がれていた。爪は左胸に残っていた。
 リグルは爪を抜き取った後、体を浮かせて壁に触れないようにそっと穴を抜け出た。絶対に幽香に気付かれてはならない。最大限の注意を払い、物音一つ立てずに幽香の跡をつける。幽香が花畑を見た時の動揺を感じ取ると、全速力で突進して幽香の背骨に飛び蹴りを食らわせた。幽香の体はいとも容易く崩れ落ちた。リグルは手応えを全く感じなかった。まるで幽香が自分から崩壊したようであった。
 「これが死か」
 幽香がそう呟いた。幽香がその言葉を聞いたリグルは本能的恐怖と生理的嫌悪を味わった。
 幽香の残した言葉は絶対に幽香が残しそうに無い言葉であった。何故、幽香は最期にそんなことを言ったのか。自分も死ぬ時は、ああいう言葉をつい口に出してしまうような得体の知れない何かに取り憑かれてしまうのだろうか。幽香は幽香として死んだのだろうか。死が堪らなく恐ろしくなった。リグルは吐き気を感じた。
 「これが死か」
 それは呪いの言葉だった。リグルは幽香の頭蓋骨を蹴っ飛ばした。死を感じさせるものが自分の近くにいて欲しくなかった。
 幽香の頭蓋骨は不規則に転がり続け、どこまでも転がっていくかと思われた矢先に一つの大きな穴に吸い込まれて消えた。その穴はリグルが飛び出した穴に繋がっている筈だった。
 リグルはその場から全速力で飛んで逃げた。リグルは飛びながら吐き、そして泣いた。呼吸ができなくなるほど症状は酷かったがそれでも決して止まらずに飛び続けた。リグルは一度も後ろを振り返る事なく飛び続けた。

 この世には「パンを踏んだ娘」という童話がある。パンを橋の代わりして泥を渡った娘が地獄に落ちる、という内容なのだが、命ある妖怪を橋にしてその上でタップダンスを踊った幽香は果たして何処へ行くのだろうか。もしくは何処へも行かないのだろうか。

 幽香は己の目覚めを感じた。別に今まで眠っていたという感覚はなかったのだが、ただなんとなく自分は今目覚めたのだ、と感じた。幽香は館の前に立っていた。自分の知らない館だったがどこか懐かしさを感じた。そして自分はこの館の主である、と幽香は思った。館の門には門番が立っていた。その門番は刃が外を向いている大鎌を持っていた。幽香は彼女に近づいた。彼女が自分を傷つけることはない、と幽香は思った。幽香は門番の目の前まで来るとその門番の名を呼んだ。エリー、これが彼女の名であるはずだ、と幽香は思った。門番が頬笑みを返した。幽香は館を見上げた。その館を「夢幻館」と名付けた。きっとこの名が一番相応しい、と幽香は思った。幽香は空を見上げた。今は夜で空には満月が浮かんでいる筈だ、と幽香は思った。やはりそこには満月があった。素晴らしい満月だ、と幽香は思った。
 幻想郷には博麗靈夢という巫女がいた。それは勿論、博麗靈夢が自分は博麗神社の巫女である、と思ったからだ。
 幻想郷には霧雨魔理沙という魔法使いがいた。それは勿論、霧雨魔理沙が自分は普通の魔法使いである、と思ったからだ。
 幻想郷の博麗大結界は吉野杉の甲付で出来ていた。それは勿論、誰かがそう思ったからだ。
 博麗大結界の側面は榑と呼ばれる短冊状の小幅の板を円上に立てて並べたような綺麗な大真円の形をとっていた。地底の更に下には立派な底蓋があって、月の更に上には真ん丸の蓋があった。そして博麗大結界は更に外側から青竹の箍によって締め固められていた。その立派な佇まいは、「美しい」と誰もがそう思わざるを得なかった。

 ぼくは目の前にある甲付樽を眺めた。色白ですっきりとしている。吉野杉の美しい木目は何度見ても飽きない。結い竹も同様に美しい。本当に「美しい」酒樽だと思った。
 ぼくは吉野杉で出来た一合枡を右手に持ち、酒樽下部に取り付けられている呑み口の下に添えた。そして左手で呑みを外した。吉野杉の木香がついた清酒がとくとくと枡に注がれていく。
 ぼくは度々ここに酒を飲みに来る。今回で九度目だった。ぼくは枡にちらりと目をやり、呑みを呑み口へ戻した。ぼくは喧しい出来事を一旦忘れて、枡を口に付け酒を飲んだ。本当に美味い酒だった。ぼくは夜空を見上げた。今宵の月は格段に綺麗だった。綺麗な真ん丸の満月で、まるで吉野杉で出来ているかのように美しかった。ぼくは思わず溜息を吐いた。
 ぼくはその月をいつまでもいつまでも眺めていた。
ようこそ、あとがきへ。
ただの屍
作品情報
作品集:
26
投稿日時:
2011/06/02 12:13:54
更新日時:
2012/01/30 19:14:14
分類
風見幽香
1. NutsIn先任曹長 ■2011/06/03 00:01:41
全ては酒の魅せた夢。
全ては酒飲み過ぎたゆえ。

最強者は最弱者に屠られ、骨となる。
最弱者は最強者に呆けられ、呪われた勝利を得る。

最強者の屍は地に還り、かつての世界に帰る。
ただの屍は酒に酔い、かそけき世界を紡ぎだす。

最強者は空を見上げ、望み通りの月を愛でる。
酒飲みは杯を覗き、夢の続きを干す。



まだまだ飲みが足りない。
現実を生きる糧となるセカイを浴びるように呑みたい。
2. 名無し ■2011/06/03 07:37:55
風見幽香vsと来たら題名と内容が一致しないのが普通
3. 幻想保査長 ■2011/06/04 18:10:08
骨なのにどうやって声だしているんだろう・・・
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