狐軍奮闘する者に送るスキャット

作品集: 26 投稿日時: 2011/06/11 18:42:52 更新日時: 2011/06/26 07:05:05
今日は藍しゃまの誕生日!!

藍しゃまに内緒のサプライズ・パーティーの準備は現在進行中。

招待状は発想済み。
もちろん、秘密厳守で!!

手作り料理は完成寸前。
後は仕上げと、招待客兼料理人の到着を待つばかり。

会場の飾りつけも抜かりなし!!
藍しゃまに隠れて作った色紙の鎖。
紅白ティッシュで作ったお花畑。
河童に頼んで作ってもらった、唐傘お化けもビックリのお楽しみ。

もう準備完了?
ほんとに完璧?

心配心配。

最後に、私が藍しゃまに送るドッキリの確認をしておかなくては。

じゃーん!!

この箱、タネも仕掛けもございません。

……ここだけの話。
実は、タネも仕掛けもあるの。
藍しゃまには内緒だよ。

これからその確認をするの。

箱に入って、仕掛けをチェックして……。

あれれ?

何だか眠くなってきた……。
最近、徹夜ばっかだったから……。
あぁ、狭いところは落ち着くにゃぁ……。
うにゃあ……。
もう駄目……。

お休みなさ〜い。

Zzz……。Zzz……。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





遠目にも目立つ紅い屋敷、紅魔館。

その側にある湖の畔。

そこにはほぼ完成したキャンプ場があり、近日オープン予定である。
これは、幻想郷を統べる妖怪の賢者である八雲紫と紅魔館の共同事業だ。

この湖は太公望が釣り糸を垂れるか、闇妖や氷精が弾幕ごっこに興じる位の場所であったが、
観光資源としての価値に目を付けた紫が半ば趣味で開発を始めたのだ。

紅魔館当主のレミリア・スカーレットは紫の話に乗り、
キャンプ場の運営と維持管理を担当する事になった。

ロッジでは、メイド長仕込みの接客で高級ホテルのようなおもてなしを受けられ、
土産物屋には門番が手慰みで作った木彫りの置物が並び、
キャンプ場内の利用者の安全は保障される事となる。

紅魔館の面々は、ああ見えても周辺住民からは慕われているので、客寄せにもなるだろう。



まあ、これはオープンした後の話だ。

今現在はどうか?



キャンプ場の入り口。

そこに建つ管理事務所に、管理人を務める人間の老夫婦が住み込んでいた。

今、複数の男達に事務所内へ引きずられていく、二つの物言わぬ死体が、彼等の成れの果てである。



男の一人が事務所に入り、入り口を閉ざす遮断機を上げた。

二台のトラックと一台の大型トレーラーがゆっくり、敷地内に進入していった。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





午後、八雲藍はオープン間近のキャンプ場にやってきた。
今日は工事が休みの日なので、建築現場に付き物の金槌や鋸が奏でる騒音や大工達の活気溢れた怒声は無く、ひっそりとしていた。

管理事務所の受付に立てかけられた『現在、敷地内清掃中』の立て札に一瞥をくれ、
藍はロッジが立て並ぶ一角を目指した。

八雲邸での朝食の席で、紫から直々にキャンプ場の運営に関する打ち合わせを行なうと言われ、
藍は約束の時間に間に合うように、指定されたロッジを訪れた。

このロッジを始め、いくつかの建物は既に完成しており、
調度が運び込まれ、ガス、水道、電気、電話のライフラインも整っていた。

玄関のドアには鍵がかかっていなかった。
ノックの後、失礼しますと一言告げてから、藍は室内に入っていった。

しん、と静まり返る室内。
ひく、と藍は鼻を鳴らした。
一瞬、食欲をそそる香りを感じたのだ。



そして、複数の人間の気配。

そして、血と火薬の匂い。



「誰だっ!?」

藍の叫びに呼応するように、彼女がいる居間に通じる扉の一つから、
突撃銃を持ち、前掛けのようなマガジンポーチを身に付けた黒ずくめの一団がぞろぞろと出てきて、
藍を緩やかに取り囲んだ。

藍は、現状の情報が不足している事と、本気を出せは彼等の旧ソ連製の銃器など物ともしない事から、
今は彼等の好きにさせた。

「お前等……、外の世界の者か!?」

藍は、武装した男達を見渡し、そう質問、いや確認をした。

「ご名答。流石、幻想郷の支配者である八雲紫の側近である式神様だ」

ぱちぱち。

最後に部屋に入ってきた男が、白々しい拍手をしながら悠然と藍の前に歩み寄ってきた。

「貴様ら、私達の事を知っているのか!?」

藍は驚いた。



外界では幻想郷の名は、せいぜいオカルトマニアの与太話に出てくる程度だし、
正確には幻想郷の管理人であって支配者ではないのだが、紫の事も知っているとは。

外界でそこまで知っている者は、紫が経営する国際的大企業、ボーダー商事の社員、
それもかなり上位の幹部――幻想郷との連絡要員や、いざと言うときに武力介入する私兵、元・博麗の巫女等、
紫の信任篤い、一筋縄ではいかない者ばかりである。
藍の記憶にある限り、午前に会社であった会議では全員出席していた筈である。



「まあ、色々と。例えば、貴方が『傾国の姫君』と言われるほどの美貌の持ち主とか……」

集団のボスらしきこの優男は藍の前に来ると跪き、藍の右手を取り、
淑女に対する貴公子の如く、その手にキスをした。

ぱんっ!!

藍は、返礼として、
その手で男の頬を張った。

「無礼者!!」

藍は怒鳴ったが、男は意に介さず立ち上がり、頬を擦り、

どすぅっ!!
「ぐっ!!」

藍の鳩尾に拳をめり込ませた。

「所詮は尻尾が九本もある奇形の畜生。人間様の礼儀は分からんか」
「う、うぅ……!?」

藍は、腹を押さえて蹲り、先程感じた違和感の正体に気付いた。

妖の能力が無くなっている!?

本当なら、藍がビンタをくれた時点で男の首は360度回転している筈だし、
人間風情の素手の攻撃などでは我が身に傷一つ付けられない筈である。

「きっ貴様ぁ、私に何をしたっ!?」

男の手下二人に無理やり立たされた藍は苦痛と混乱に顔をゆがめながら、男に怒鳴った。

「貴方が室内に入ったと同時に、このキャンプ場全域に結界を張らせていただきました。
 この結界内では、化け物はその力を発揮できませんよ。
 したがって、現在貴方はか弱いレディであり――」

「ふ、にゃあぁぁぁ〜。良く寝た〜」

部屋の片隅にある大きい箱から、場にそぐわない暢気な声が聞こえてきた。
藍にはとても聞き覚えのある声であった。

「ちぇ……」

男が一瞥したので、藍は慌てて口をつぐんだ。

がたがた。

「あ、あれ? 開かない……」



男は揺れる箱に近づき、物入れとして使っているらしいマガジンポーチのポケットの一つから油性マジックを取り出し、

箱に『シュレーディンガー』と書いた。



「さて、ここで問題です」

男はマジックをポーチにしまいながら、藍に問いかけた。

「この箱の中の子猫ちゃん、生きているでしょうか、それとも死んでいるでしょうか?」

藍の優秀な頭脳は、即座に解をはじき出した。

「や、止めろ!! 止めてくれ!!」

藍の口からは答えではなく、それに至る行為を阻止する言葉が出てきた。

「はい〜っ、時間切れ〜」

藍の答えなど最初から聞く気の無い男は手下の一人から突撃銃を借り受けた。
男は銃床を畳んだ状態で右側面の安全装置を一段下げ、
重量が4キロ以上あるAKS−47突撃銃を、まるで電動エアガンでも扱うように軽々と箱に狙いをつけて構えた。

「止めろおぉぉぉ!! 何でもする!! だから、止めてくれえええええぇぇぇぇぇ!!!!!」
「え、藍しゃま、もう来ちゃった!? にゃ、いや〜ん」

叫ぶ藍。
寝ぼけて、事態を把握していない橙。
揺れる箱。



「正解はぁ〜」



タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタンッ!!

「ちぇええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!!!」



突撃銃から吐き出された30発の7.62×39弾は、
銃床が畳まれたままにもかかわらず、
きつい反動と共に銃弾をばら撒くフルオート射撃にもかかわらず、
男は正確無比な銃撃を行い、
全弾、箱に吸い込まれた。



「嫌ああああああああああああああああああああっっっっっ!!!!!」

藍は半狂乱になり、帽子を振り落とすほどにかぶりを振り、暴れたが、
人間の男二人に押さえつけられ、動きを封じられていた。



「――はいっ!! 箱の中の子猫は、これで死にましたぁ〜」



げらげらげら!!

ボスの物言いにバカ受けする手下達。

「あああああっ!! 殺してやるうっ!! 貴様ぁ、絶対に殺すっ!!」

「片付けろ」
「はっ」

藍の剣呑な剣幕を無視して、男は手下に前面を穴だらけにした箱を処分するように命じた。

「橙、橙、橙……」

ひとしきり叫び暴れた藍はすっかり脱力して、
ただ呆然と、赤黒い液体を滴り落とす箱が台車に載せられ、部屋から運び出されるのを見ている事しかできなかった。

「あららら、お気の毒。お詫びにこれを差し上げますので、機嫌直してください」

かちゃり。

男は藍に金属製の首輪を嵌めた。

「貴様……」
「あれ、気に入りませんでしたか? 結婚指輪ならぬ奴隷首輪ですが」

無気力状態から再び怒りの炎を瞳に灯した藍を茶化すボスの男。

「藍しゃま、数々の無礼をお許しください。
 実は折り入って頼みがございまして」

にやけ顔で、ふざけた口調で藍に語りかける男は、
藍の懐に手を突っ込み、彼女の豊満な胸を弄った。

「ぐっ!? 止めろ!! 下衆め!!」
「藍しゃま、ボインですね〜」

おぉ〜!!

ボスの言葉に、歓声を上げる手下達。

しっとりと手に吸い付くような膨らみと先端の突起の感触を楽しんだ後、
男がつかみ出したもの。

それは、携帯電話だった。

「放してやれ」

男が一言命令すると、二名の手下は藍から手を放し、一歩下がって突撃銃の銃口を藍に向けた。

よろよろと立ち上がった藍に、男は携帯電話を差し出した。

「すいませんが、貴方の主である八雲紫に電話していただけませんか?
 子分を殺された間抜けな式神の命と引き換えに、我々の言う事を聞いてくださいって頼んでくださいよ」

藍は男から携帯電話を受け取り、
それを窓目掛けて投げつけた。

ガシャンッ!!

携帯電話は窓ガラスを突き破り、外に飛んでいった。

はぁ……。

男はため息をついた。

「困りますねぇ、こう反抗的じゃぁ」
「紫様にそんな事言えるかぁ!! こうなったら、貴様だけでも殺してやるっ!!」

藍は決死の覚悟で手下の一人から銃を奪おうとしたが、あっという間に取り押さえられ、

どかっ!!
「う゛っ!?」

どさっ。

手下の一人が振り下ろしたAKM突撃銃の合板製銃床の一撃を首筋に受け、気を失ってしまった。




「やれやれ……」

男は呆れたように動かなくなった藍を見て、割れた窓を見て、部屋の片隅を見た。

「あの固定電話は使えるのか?」
「はっ、幻想郷内のごく一部に限られますが」
「携帯には繋がるかねぇ?」
「さぁ? そこまでは存じかねますが……」

手下と話した後、男は受話器を取り上げた。

「試してみるとしよう」

そう言うと、男はメモ帳片手に、黒電話のダイヤルを回し始めた。





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外界の武装集団に占拠されたキャンプ場。

彼らが来る直前。

橙の友人である火焔猫燐はパーティーに出席するために、一仕事してからキャンプ場を訪れた。

彼女は藍のお誕生会の招待状を気さくな老管理人に見せ、
遮断機の上げられた入り口から猫車を押しながらキャンプ場に入っていった。

会場のロッジはすぐに見つかった。
お燐は懐から取り出した懐中時計を確認して、まだパーティーには早すぎる事を知った。

ロッジの側にある売店。
まだキャンプ場はオープンしていないので店は開いていないが、店内の設備は完成していた。

少し待たせてもらおうと、お燐は鍵のかかっていない戸を開けて中に入り、
片隅に今日の戦果が積まれた猫車を置き、
飲食スペースのまだビニールが張られたままの長椅子に横になった。

彼女が寝息を立て始めた時は、まさしく橙が箱の中で同様に寝始めた時であった。

しばらくして、売店の前に止まった二台のトラックから降りた武装集団は二手に分かれ、
一隊はパーティー会場に入っていき、もう一隊は周囲に散開し、
兵を降ろしたトラックと荷台にカバーがかけられたトレーラーは何処かへ走り去った。

店内は彼等の死角になっており、お燐の存在は気付かれる事はなかった。



タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタンッ!!

「――――!!!!!」



何やら連続して破裂するような音と、誰かの叫び声で、お燐は目を覚ました。

「んにゃ……? 花火……?」

時計を取り出し時間を見るとまだ早いが、とりあえず顔を出してパーティーの準備でも手伝う事にした。
お燐は猫車を押しながら売店を出て、ロッジに向かった。

どさっ。

「?」

途中、ロッジの裏手で音がしたので、お燐は何の気なしにそちらに進路を変えた。



おかげで、お燐はロッジの入り口に立っている歩哨と出くわさずに済んだ。



そこにはゴミ捨て場があった。
まだキャンプ場はオープンしていないので、施設の建設時に出たらしい廃材や梱包材がいくつか束ねられて捨てられていた。

良く良く見ると、それらの影に異質なゴミがあった。

ほぼ正方形の箱の一つの面に無数の穴が開き、
そこから赤黒い液体を滴り落としていた。

そして、箱の側面が開いており、
そこから見覚えのある人影が、
やはり赤黒い液体に塗れて、
上半身を地面に横たわらせていた。

「ちぇ、橙!?」

お燐は猫車をその場に置くと、慌ててぐったりした人影に駆け寄った。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「ん、にゃ……」

「橙、大丈夫……?」



橙はうっすらと目を開け、自分を覗き込んでいるお燐と目が合った。



「お燐……? どうしたの……?」
「それはこっちの台詞さ!! 一体全体どうしたんだい!!」

施設の備品のタオルで橙を拭き清めていたお燐は、半身を起こした橙と目がちゃんと合うように座り直した。

「花火だか癇癪玉みたいな音がして、ロッジに行ってみりゃ裏手にあんたが血塗れで倒れているし!!」
「???」

橙はまだきょとんとしている。

「あんときゃ、あたい、びっくりしたよ〜。まあ、すぐにまがい物の血だって分かったけどね」
「あ、あぁそうだ……。私、手品に使う箱の点検してたんだっけ……」



橙は、藍の誕生パーティーで手品を披露しようと考えた。
それも、外界のプリンセス・テンコーにも負けない、スーパーイリュージョンをだ。

藍に内緒で紫に相談して、橙は串刺しマジックを行なう事に決めた。
箱の中に人が入り、その箱を無数の剣で串刺しにして、剣を抜き箱を開けると、中の人は無傷で出てくるってヤツだ。

紫は映画の特殊効果用の小道具を製作する会社に依頼して、マジックに使う箱を作ってくれた。
箱に剣を刺すと、本物そっくりの血のりが出てくる本格的な代物だった。
箱の中には、小柄な橙が身を潜める事ができる隠しスペースが設けられており、
そこはボディアーマーの抗弾プレートと同じ素材の板で囲まれている。
この頑丈な板は、真剣の刃どころか、ライフル弾だって防ぐ事ができる。
橙にもしもの事があってはならないと配慮した、紫の親心であった。

それらの仕掛けのおかげで、橙はお燐に発見されるまで安心して気絶していられたのであった。



そこまでお燐に話したところで、橙は自分が撃たれた事に思い至り、

「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
「うわっ!?」

大事な事を、ようやく思い出した。



「ら、藍しゃ……、藍様が!!」

「え!? 藍さんもいたのかい!?」

お燐は窓からロッジのほうを見た。

現在、橙とお燐は、お燐が休憩していた売店にいる。
気絶した橙をお姫様抱っこしたお燐はここに戻ってきて、さっきまで自分が寝ていた長椅子に橙を寝かすと、
水道の水で湿らせたタオルで橙の血のりを拭き取ってやっていたのだった。



二人は売店を出て、ロッジに近づくと物影に隠れて様子を窺った。

鉄砲を持った男達が屯して、そのうちの一人がなにやら話している。
一方的な会話の中に、藍や紫の名が出てきているようだ。
二人は猫耳を、お燐はさらに人耳をそばだてたが、内容は切れ切れにしか分からなかった。

ちん。

小さくベルの音がした。

八雲邸や地霊殿にも電話が引かれているので、それが電話の受話器を置いた音だと、二人ともすぐ分かった。



「……連中、藍さんを人質に、八雲様を脅しているようだねぇ……」
「紫様は、たとえ藍様を人質にされようとも、絶対に脅迫には屈しないよ……」

お燐の言葉に、いつもよりも若干冷徹な口調で、橙は答えた。

「じゃあ、藍さんは見殺しかい!?」

地霊殿の主、古明地さとりが養うペット達は、不遇な境遇を経験した者が多いせいか、仲間意識が強い。
以前、お空こと霊烏路空が守矢の神々からもらった八咫烏の力に溺れて暴走した時に、お燐が独断で地上に救援を求めたのも、
お空を秘密裏に助けたいと思っての行為であった。

「そんな事、しないよ」

橙はきっぱりと言った。



「藍様は、私が助ける!!」

橙は固い意志を示した。

「『私達が』だよ、橙」

橙の決意に便乗するお燐。

「お燐……、でも……、危ないよ?」
「水臭いね、橙。あたいに言わせりゃ、か弱い子猫ちゃんのあんたの方が危なっかしく見えるよ」
「お燐……、うん!! じゃ、手伝って!! 一緒に藍様を助けに行こう!!」
「おねいちゃんに任せなさい!! がっぽり、悪党共の死体を頂かせてもらうよ!!」



おーーーーーっ!!



二人の猫の妖は、

ひっそりと、ガッツポーズを決めた。



その心意気に幸運の女神が惹かれたのか、
橙にプレゼントが送られた。

「ん……、何だい、これ?」
「え……?」

お燐が指差したほう。
藪の中に、何か落ちていた。

「あ……、これ、藍しゃまの携帯だ」
「けゐたゐ?」

いつの間にか『様』が『しゃま』に戻った橙は、折りたたみ式の携帯電話を開いた。
笑顔の藍と橙のツーショット写真が待ち受け画面になっていた。

「……うん、壊れてないみたい」
「お山の天狗で、これと似たような写真機を持ってたのがいたね〜」
「カメラはおまけ。本当は電話機なんだよ」
「橙、使えんの?」
「大丈夫。前に藍しゃまに使わせてもらった事があるから」

橙は携帯電話の画面を確認する。
アンテナは三本。
バッテリーも十分。

「以前お空を懲らしめに来た紅白や黒白が持っていた通信機みたいなもんかねぇ〜?」
「ちょっと違うけど……、まあ、そういうもん。あ、紫しゃまの番号が登録されてる!!」
「うっし!! 橙、じゃあ場所を変えて電話してみよう」



ロッジにいるであろう藍の身を案じながら二人はその場を離れた。

その時、お燐は、はたと気が付いた。



「あれ? 猫車、どこ置いたっけ?」





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





「ちん、ちちちんちんち〜ん、ちちちんちちちちんちん〜♪」

焼き八目鰻屋の屋台を引いたミスティア・ローレライは、
『歌う夜雀』の二つ名に違わず、鼻唄を歌いながらキャンプ場を目指していた。

ミスティアはご機嫌であった。
友人である橙が主催する藍の誕生会の会場で料理を振舞って欲しいと、
屋台を借り切ってくれたのだ。

代金は友達価格で良いといったのだが、橙の主人の主人である大妖怪、八雲紫がかなりまとまった額を払ってくれた。
おかげで、屋台のイメージチェンジができた。

ミスティアの屋台の屋根に、パチンコ屋と見間違うような看板が取り付けられている。

『みすちーのおいしい八目鰻屋さん
 やすい!! うまい!! はやい!!
 八目鰻は夜目にききます。是非、ご賞味ください。
 お酒は各種とりあつかっています。(雀酒、入荷しました)』

内容は、まあ普通の宣伝文句であるが、
節電という言葉は幻想入りしていないためか、色とりどりの電飾によって、
日中にもかかわらず、横に立てられたミスティアの等身大ポップと共に照らされていた。



このド派手な広告付きの屋台は、キャンプ場の管理事務所の屋根に潜む狙撃手と観測手がいち早く発見した。

屋台の女将のステキなセンスに、二人は軽い眩暈を覚えた。



「ちん〜ち、ん……?」

ミスティアはキャンプ場の入り口に立つ、鉄砲を持った黒ずくめの男達に気が付いた。

「止まれ!!」

男の叫び声に、ミスティアは素直に従った。

キャンプ場まであと100メートル程の場所であった。

「な〜に〜? 貴方達?」

ミスティアはその場に屋台を止めると、男達のほうへ小走りで向かっていった。

「私、今日、ここに呼ばれているんですが? ちゃんと招待状と契約書の控えも……」
「悪いな、今日は俺達の貸切になった。誕生ぱ〜ち〜とやらは、中止だ」

ニヤニヤしながら男はそう告げた。

「ちょ!! そんな事聞いてないわよ!! 橙は!? 橙に会わせてよ!!」
「チェン?」
「あの狐女の『箱入り娘』じゃね?」
「ああ……、ん?」

不意に男達が左耳を抑えた。
よく見るとイヤホンが嵌っていて、それは無線機のスピーカーマイクに繋がっていた。

「何よ? まだ話は終わってないんだけど?」

憮然とするミスティアを手で静止して、しばらく無線のやり取りを行なう男達。

「――了解。……お待たせ、お嬢さん」
「独り言は終わった?」

無線機を知らないミスティアであった。

「じゃあ、子猫ちゃんに会わせてやるよ」

二人の男は、突撃銃の安全装置を解除した。

かち、かちり。
「!?」

見慣れない鉄砲だが、ミスティアはそれで撃たれる事を察知した。

「あの世に会いに行きな」

タタタンッ!!
タタンタタタンッ!!

男達は銃を短く連射して、鉛弾をミスティアの足元に打ち込んだ。

「ちっ!? ちんち〜〜〜〜〜ん!!」

ミスティアは悲鳴にもならない声を上げ、慌てて走り出した。
行きは小走り、帰りは全力疾走の100メートルであった。

こんこん。

男の一人が管理事務所の受付の窓を軽くノックした。

すると事務所の戸が開き、彼らと同じいでたちをした男が一人出てきた。

彼は他の者と違い、突撃銃を持っておらず、
代わりに大きな塊の付いた太い筒を担いでいた。

RPG−7携帯対戦車擲弾発射器。
これが、男の担いだ武器の名である。
実際は少し違うが、一般的にロケット・ランチャーと呼ばれる武器である。

ミスティアは屋台に駆け寄ろうとしたが、キャンプ場の方を振り返り、
大仰な武器が登場したのを見て、慌てて屋台から離れた。

突撃銃を持った男達は、RPG射手から離れた。
射手は弾頭から安全ピンを抜き、耳栓をすると発射器を若干上向きに構え、引き金を引いた。



ボシュッ!!!!!



ランチャーは盛大に後方噴射を起こし、弾頭を発射した。
折り畳まれた羽を広げ、炸薬の爆発力でしばしの滑空を楽しんだ弾頭はロケットブースターを点火、高速飛翔を開始した。



ヒィイイイイイイイイイーーーーーーーーーーンッ!!



ミスティアがそれほど走らないうちに、ロケット弾は屋台に命中した。



ボッ!! カアアアアアァァァァァァァァァァンンンンンッ!!



爆発。
爆風。
破片。

「っっっっっ!!!!!」

ミスティアの身体は、翼を使ってないのに宙を舞い、
続いて大地に叩きつけられた。

数秒、気を失った後、

「!?!?!?」

ミスティアは、音の無くなった世界に恐慌状態になった。
至近距離でのすさまじい爆音に、一時的に聴力を失ったのだ。

しばし、辺りをきょろきょろし、
ミスティアは、眼前に電飾付きの看板――だった物を見つけた。

道に突き刺さっていたそれは、原型を辛うじて留めていた。



炎に包まれたミスティアのポップが指し示す宣伝文句は殆ど破損しており、

『みすちーの・・・・・・・・・・
 や・・・・ ・・・・・ ・・・・・
 ・・・・・・・・き・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・とり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

としか読めなかった。



ぐいっ。

へたり込んだミスティアの腕をつかむ者。

屋台の常連客の一人である、白狼天狗の犬走椛であった。

「ぁ……」

ミスティアは不意に立ち上がろうとした。

タター…………ン。
ビシッビシッ!!

慌てて椛が彼女の頭を下げさせるのと、火達磨の等身大ポップの頭と左胸に穴が開くのは同時だった。

椛はミスティアを抱きかかえるようにして、道の脇の草むらに転がり込んだ。
そのまま這うように100メートルほど移動して、そこにあった地蔵の影に身を潜めた。



ミスティアと同じく、炎上する木っ端と成り果てた屋台を見る椛の目は、哀しみに彩られていた。

彼女がボトルキープしていた取って置きの芋焼酎は、残骸を燃やす燃料となったようだ。





「デモンストレーション、終了しました」

キャンプ場入り口にいる男の一人が、無線機になにやら話していた。

彼等はミスティアを恐怖と絶望に叩き込んだ、『わざと外した』攻撃の成果を報告しているようだ。

「……はっ、引き続き警戒します」

そう報告を締めくくった男は、周りの仲間に目配せした。

ドラグノフSVD狙撃銃を持った狙撃手は管理事務所の屋根の上に戻り、単眼鏡を覗いていた観測手の横にうつ伏せに寝転がった。
RPG射手は事務所内に引っ込み、すぐに湯気の立ち上るマグカップを二つ持って出てきた。
カラシニコフを持った二人は熱いコーヒーのカップを受け取り、その香りにリラックスした。
男の一人は、コーヒーを啜りながら前方を見た。
炎は消えたがまだ燻り煙を立ち上らせている、屋台の残骸が見えた。
ちら、と後方を見た。
屋根の上の観測手が手を伸ばし、RPG射手から二つのマグカップを受け取るところだった。

幻想的能力抜きで、銃火器を持った男達の守る入り口を突破するのは、少々難しそうだ。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





ピッ。

幻想郷の管理人である妖怪の賢者、八雲紫は苦々しげな顔で携帯を切った。

博麗神社。

幻想郷を守護する、楽園の素晴らしき巫女、博麗霊夢が住まう聖域。

藍の誕生パーティーに向かうため、霊夢は迎えに来た紫と出発しようとしたその時、

紫は脅迫電話を受けた。



脅迫電話の内容は、以下の通りである。

八雲藍の身柄は預かった。
返して欲しければ、現在占拠しているキャンプ場及び湖周辺を我々の支配地として認めること。
支配権を承認する書状は、紫と霊夢の二名が持ってくること。
その時に藍を開放する。

もし、我々のささやかな願いが聞き届けられない場合、
九尾の狐は、彼女の手下の猫が先に行っている、あの世に旅立つであろう。



とても呑める要求ではなかった。

これが、最初の電話。



しばらくして、紫の依頼で『ある調査』を行なっていた椛が、文字通りの鳥肌状態で憔悴したミスティアを連れて来た。
キャンプ場を占拠した連中の攻撃を受け、屋台を失ったそうだ。

ミスティアは、命が助かった安心感と友人である橙を失った絶望感で、
ちんちんと鳴き、いや、泣き崩れた。

まさにその時、二本目の脅迫電話がかかってきた。
今度の通話内容は、短い物だった。

我々の『挨拶』を託した『伝書鳩』は到着したか?
姑息な真似をすると、我々に危害を加えようとした者と人質の命は無い物と思え。

こうまくし立てて、電話は切れた。

これが、先程の電話だった。



携帯電話を握り締め、紫は肩を震わせていた。

そっと紫に寄り添い、霊夢は尋ねた。

「どうするの……?」
「……っ、決まっています。幻想郷にお呼びでない闖入者を、排除します」

紫は、普段霊夢に対するフランクな態度ではなく、余所行きのクソ丁寧な口調で答えた。

その態度で、人質の命は二の次だと分かった。

紫の側近中の側近である藍を易々と捕らえた連中だ。
キャンプ場に魔力や妖力を無力化する結界が張られている事は、偵察に出した式神の観測で判明した。
これで、キャンプ場内にスキマを開いて強行突入する手段は絶たれた。
外界の銃火器で武装している事も、先程の『挨拶』で分かった。

そして、

紫の家族とも言っても過言ではない、

前途有望な、式神の式神が、殺された、らしい。

もう、一刻の猶予も許されない。

しかし、彼らについての情報が不足している。

そこで、紫は妖怪の山の天狗勢力から、哨戒や追跡に定評のある、犬走椛を借り受けた。

彼女は、ミスティアを博麗神社に送り届けた後、依頼された仕事に戻っていった。

武装勢力の進入経路を調べる仕事に。



椛は道に這い蹲る寸前まで身を屈め、大地を舐めるように検分している。
犬のように鼻をひくつかせ、わずかな痕跡を手でなぞり、
そして移動。
数十メートル程移動して、また屈んでの調査。
それを数十回、ひょっとしたら数百回繰り返し、
先程から幻想郷では珍しい自動車の轍を辿り、東へ東へ移動して、
彼女は森の中の空き地に辿り着いた。
どうやら連中はここで数日間、逗留したようだ。
巧妙に隠された生活痕から、椛はそう判断した。

椛はさらに東へ移動していった。
もうすぐ博麗大結界の境界だ。
不意に椛は足を止めた。
そして、本日何百回目かの痕跡調査を開始した。

椛は、彼らの乗ってきた自動車は三台だと見当をつけていたが、
その内の一台が停車した後があった。
そしてそこから降りて、再び乗ったらしい数人分の足跡。
足跡は側の藪の中に続いていた。
用便か?
椛は藪の中に入っていった。
足跡と折れた草や枝を辿り、程なく、椛は開けた場所に出た。



「あら?」
「椛? 調査はどうしたの?」
「ちんち……ん?」



目の前に、博麗神社があった。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





ヒュ……。
ヒュイ……、ヒュイ……。
ヒュ……。
ヒュイ、ヒュイ、ヒュイ〜。

ヒュイ〜ヒュイ〜ヒュイ〜。
ヒュイ〜ヒュイ〜ヒュイヒュイヒュイヒュヒュヒュヒュイ!!

「……っと、ここにもあったよ」

椛が妖怪の山の麓からお姫様抱っこして急いで連れて来た河童のエンジニア、河城にとりは、
先程から博麗神社の中を、小型の機械を手に家捜ししていた。

出るわ出るわ。

極小の機械があちこちから。

これらは全て、盗聴器であった。

無力化された盗聴器が、居間のちゃぶ台の上に山を作っていた。

「……いつの間に……」

さらしとドロワ姿の霊夢は、神社中どころか巫女服にまで仕掛けられていた盗聴器に愕然としていた。

「なるほど、これで私と霊夢の会話を聞いて、藍の誕生会の事を知ったのね」

「でも、変じゃない? こんな事できるくらいなら、私とあんたがいる時に隙を突いて捕まえる事だってできたのに……。
 幻想郷内に一家を構えるなら、それくらいの『異変』を起こせば箔が付くんじゃない?」

「……連中の狙い……、最初から、藍だった……?」

「問題は、その理由よね……」



ちゃ〜ら〜ら〜らら〜、ちゃ〜ら〜ら〜らら〜ら〜ら〜ら〜……。



紫はビクッとして、独特の着メロを奏でる携帯電話の表示を見た。

藍の携帯からの着信だった。

藍の身柄を押さえた連中は、ロッジの電話を使っていた。

じゃあ、誰?



ぴっ。

「もしもし……」

恐る恐る紫は電話に出た。



『紫しゃま!! 橙です!! 紫しゃまぁ!!』



「「橙!?」」

霊夢と紫の声は、見事にハモッた。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





ぽち。

橙は電話を切った。

ぶぶぶぶぶ……。

ぽち。

橙は電話に出た。

『橙!! 無茶しないで!! 今迎えをよこすから、そこから脱出しなさい!!』

「紫しゃま、藍しゃまを助け出したらそうします!!
 もう敵の側まで来ていますので、しばらく電話しないでください!!」

『橙!! 待ちなさい!! ちぇ』ぽち。

橙は、藍の携帯電話で紫に、おっかない連中に藍が捕らえられた事と、自分とお燐が無事である事を一方的に伝えた。
電話を切った直後、連中を探るといった橙を止めようと、紫が電話をかけてきたが、橙は直ぐに切った。

しばらく待ったが、もう紫からの電話は来なかった。

いくら藍の携帯電話がマナーモードになっているとはいえ、鉄砲持った連中に気付かれかねない。

先程、キャンプ場の入り口の辺りから騒々しい剣呑な音と、ちんち〜んと夜雀の悲鳴が聞こえてきた。

こんな物騒な連中から藍を助け出さなければ!!

橙は少々あせっていた。



橙はそろそろとロッジの割れた窓の側までやってきた。

「どうですか? 賢者殿のお返事は」
「予想通り、つれない物だったよ」
「報告します!! 盗聴器からの発信が途絶えました!! 全て発見された模様です!!」
「まあ、予想の範疇だ。噂によれば、紫って女、かなりの切れ者のようだからな。流石、大企業の経営者だ」
「やっぱ、見殺しですか? あの女」
「断腸の思いってヤツだね。だから、ここで我々が折れれば……」
「食いつくでしょうね……」

ボスと手下らしい男達の会話が聞こえてきた。

がちゃ。

「ふぃ〜〜〜〜〜」
「あぁ……、太陽が黄色い……」
「どうだった?」
「最っ高でした!!」
「これは良かった。
 前の作戦が終わって直ぐにこっちに来たから、女を与えてやれなくて済まないと思ってたところだよ」
「化け物だらけの世界に来て丸五日、オナる暇もありませんでしたぜ」
「でも、たった五日であの女が一人きりになるチャンスにめぐり合えたのですから……」
「アッチのほうも優れているとは思いませんでしたよ。獣姦ってえのも乙なもんですね〜」
「で、本命の方の機能は?」
「順調だそうですぜ。この調子なら、後数時間で破れるそうです」
「そうですか、それは結構!! じゃあ、私も処理の高速化に協力してくるとしますか」
「きっと気に入りますよ」

橙は携帯の録音機能で、男達の会話を全て録音した。

さらにカメラ機能を起動して、室内に携帯を向けた。
上手いこと、この場の全員が画面内に入った。

橙は撮影ボタンを押した。



『カシャッ!!』



人工的なシャッター音は、思いのほか大きかった。

!!

橙は失念していた。

携帯電話のカメラ機能は、盗撮防止のために、撮影時にあえて音を出す事を。



一斉に窓のほうを向く男達。

その時には、既に橙は素早い身のこなしで姿をくらましていた。



「……!! おいっ、さっき捨ててきた『箱』を確認してこい!!」
「はっ!!」

ボスの一声で、手下が三人ほど部屋を飛び出していった。





売店。

「ただいま〜」
「おかえり」

橙は、店内で待っていたお燐の元に戻ってきた。

「やったよ〜。連中の会話と写真を撮ってきたよ〜。
 これを紫しゃまが調べれば、あいつらが誰だか分かるよ〜」

「あたいのほうも、適当な物をかき集めておいたよ」

お燐はテーブルの上を指差した。
建物の備品である防災グッズが山になっていた。
これらは紫が外界で調達してきた品々である。

「もっと武器や食べもんになるものが欲しかったんだけどね〜」
「仕方ないよ。まだ造っている途中なんだから」

この建物は殆ど完成しているといっても、まだ備品が完全に搬入されていなかった。
非常用グッズが設置されていただけでも良しとしなければならない。

お燐が既に調べた軽食コーナーを橙は見て回った。

冷蔵庫を開けると冷気が漏れ出てきたが、食べ物も飲み物も入っていなかった。
食器棚の中には、皿もナイフもフォークもスプーンも、割り箸すらなかった。
ガスコンロは火がつくが、その上に乗せる鍋も薬缶も無かった。
流しの蛇口を捻ると水は出るがコップが無いので、橙は蛇口に直接口をつけて水を飲まなければならなかった。

「……っと、紫しゃまにメール出さないと」

手で口を拭った橙はたどたどしい手つきで携帯を操作して、記録されていた紫のメールアドレスに、
先程の戦果である音声ファイルと画像ファイルを添付した空メールを送信した。





ロッジ裏のゴミ捨て場。

男達は、
死体が入っていたはずの空箱と、
死体が満載の猫車を発見した。

地面を見る。

フェイクの血のりの雫が落ちていた。

目で追ってみる。

血のりの破線は、売店まで続いていた。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





藍の携帯から紫宛に音声データと画像データが届いた直後、

今度は電話がかかってきた。

ぴっ。

「橙!?」
『紫しゃま!! メール、届きました?』

案の定、橙だった。

「橙!! 無茶しないで!! 今何処!?」
『お燐と一緒に安全なとこにいます!! 紫しゃまは送った写真であいつ等の事を調べてください!!』
「分かったわ!! 貴方は地霊殿の火車とそこに隠れていなさい!!」
『え〜? でも藍しゃまを……』
「キャンプ場全体に妖力を消す結界が張られています!! 幼子の力しか出せない貴方では無理よ!!」
『でもでも、それでも私は』『橙!!』『え』

ぱぱん!! ぱんぱん!! ぶっ……、ツ〜ツ〜ツ〜……。

「橙? 橙!? ちぇ〜〜〜〜〜ん!!!!!」

携帯電話への紫の叫びは橙には届かず、周りにいた霊夢達を不安にさせただけであった。





誕生会会場のロッジ。

その寝室。

藍の裸体は、芸術品と言っても良い、美しさだった。

だが周りの連中は、国宝級の裸婦像を自慰行為のオカズにするような冒涜を、藍に行なっていた。

黄金色のスポンジケーキに、生クリームを子供の悪戯のように出鱈目にかけたような有様の藍に、
男の一人が藍の尻尾を両手で手綱のようにつかみながら、己の肉棒を藍の秘所に突きこんでいた。
この有様は、まさに獣のまぐわいであった。

ずっちゅずっちゅずっちゅ……。

「おおお……、こりゃ、たまんね〜!!」
「ぁ……、ぁぁ……」

常人なら廃人になるほどの量の媚薬を注射された藍は、うつ伏せにされ、ただ恥辱を甘受するしかなかった。
藍から溢れる愛液と先客の精液のおかげで、膣の締まりと滑りは最高のコンディションだった。

「うっ、……っと、ふぃ〜」

男が射精感に恍惚とした表情を浮かべ、まだ若干の硬さを保ったままの逸物を藍から抜き取った。

どぷ……、こぷ……。

「あ、ぁ……」

光を失った藍の目に、一瞬、膣から精液が溢れ出た事による快感で淫靡な炎が灯されたが、直ぐに消えた。

男が事を終えるのを待っていた彼等のボスは、ぐったりした藍の耳元に囁いた。

「良いお知らせがあります」
「ぁ……?」
「チェン、でしたっけ? 彼女は生きていました」
「……ちぇん……」

藍の目に、僅かながら、光が蘇った。

「続いて悪い知らせですが……」
「……」
「私の部下達が彼女をお友達と共に見つけたそうです」
「……」
「遊んだら殺してよいと命じてありますので、あしからず」
「ぇ……、あぁぁ……、き……、さま……、ら……、ころし、て……、やる……」

続いて、藍の目に、怒りの炎が灯った。

ボスは、橙を人質にして藍を服従させるのではなく、
橙を殺して藍を絶望させるほうを選んだようだ。

「ボスぅ、あんまり『演算装置』にちょっかい出さないでくださいよぅ」

寝室の隅で一人、乱交に加わらず、ずっとノートパソコンをいじっていた年若い男がボスに苦情を言った。

「おぉ、悪い悪い。こんな美人ちゃん見ていたら、意地悪したくなってねぇ」
「まったく……」

パソコンの液晶画面に開いているウィンドウの一つ。
そこには、無数の、一見、規則性の無い無数の数値がびっしりとひしめき、常にその値を変えていた。

パソコン担当の男は、別なウィンドウのメーターらしき表示が減った事でしかめっ面になっていた。

その横に所在無げに立っていた全裸の男が、おずおずと口を開いた。

「ボスぅ、もういいですか?」
「悪い、もう終わったから」
「じゃ……、おらぁ!!」

じゅぶりっ!!

「あぅ……」

ボスが藍を言葉攻めにしている間、お預けを食っていた男は、
暴発しかねないほどに盛ったペニスを藍の蜜壷に突き入れた。

これにより、藍の瞳の光は掻き消え、
パソコンのメーターの数値が元通りに増えた。

これで、ボスのお遊びによるタイムスケジュールの遅延は巻き返せそうだ。

パソコン担当の男は、ベッドの上で汁塗れになった藍を一瞥した。



藍の首輪に埋め込まれたLEDは、不規則な明滅を繰り返していた。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





タタンッ!!
タタタンッ!!



銃弾に追い立てられ、橙とお燐は軽食コーナーの厨房に逃げ込んだ。

藍の携帯電話はカラシニコフから放たれた7.62mm口径の小銃弾によって粉々になったが、
お燐が集めた道具類は、予め二人で分配して携行していたので無事だった。

二人はそっと、厨房の出入り口から顔を覗かせる。

タタンッ!!
タタンッ!!
タタンッ!!

直ぐに引っ込める事となった。
ここから出た途端、銃弾を浴びる事が分かっただけで十分だ。

「お燐っ!!」

橙が指差した方向。
軽食コーナーが開店した時、商品の受け渡しをするであろう、カウンターがあった。
お燐は橙の言わんとした事を瞬時に理解して、カウンターに片手を着いて飛び越えた。

「橙!!」

お燐は厨房内でもたついていた橙に呼びかけ脱出路を探した。
いくつかの椅子とテーブルが並ぶ飲食スペース。

たったったったっ!!

誰かが――銃を持った占拠犯達に決まっている!!――走ってくる音がするのは、厨房と繋がっている通路だ。
外と飲食スペースを区切っているのはガラス窓、と思ったら引き戸になっていた。
天気の良い日はこのガラス戸を開け放ち、日の光を浴びながら寛ぐ事ができるのだろう。

お燐は取っ手をつかみ、引いてみた。
だが、鍵がかかっているらしく僅かに揺れるばかりであった。

お燐は直ちに迅速確実な手段を取った。



がしゃあああぁぁぁぁぁん!!



「お燐!! お待たせ!!」

テーブルを叩きつける事によって脱出口が開いたと同時に、ようやく橙が追いついてきた。

タタタタタタンッ!!
タタタタンッ!!
タタンッタタタタタンッ!!

二人が外に走り出した直後、
ガラス戸の破壊度合いをより酷い物にする三丁の突撃銃。

橙とお燐は芝生を走った。
もう少し行くと舗装した小道があり、渡った先にはまた芝生の広場、さらにその先には整備された林があった。
身のこなしが軽い二人なら、林の中でもスピードを落とさずに逃げ切れるかもしれない。

銃を撃ちながら飲食スペースと屋外の境界まで走ってきた男達の内、弾切れになった一人はその場に止まった。
彼は、空になったバナナのような弾倉を銃から抜き、胸のポーチに手を伸ばしかけたが止め、
代わりにその手を腰に吊るした大き目の物入れに突っ込んだ。

掴み出された物は、鉄板で作ったカタツムリのような物体だった。
これは、AKM突撃銃から発展したRPK軽機関銃と共用のドラムマガジンである。
これで、彼の銃の装弾数は30発から75発に増えた。
彼の突撃銃は、即席の分隊支援火器となった。

タタタッ!! タタタタタタタタタタッ!! タタタタタタッ!! タタタタタタタタッ!!

多弾数になった突撃銃から連射される銃弾が、芝生を掘り起こして線を引いていった。
緑の中の茶色の線は、橙とお燐の間を通り過ぎていった。

「きゃ!!」
「ひっ!!」

土が掘り返されていくのを見て、その場の転倒してしまった二人。

慌てて立ち上がろうとする橙達の目の前数メートルにある小道。
そこに、こぶし大の塊が転がった。

「伏せてっ!!」
「っ!!」

二人は三秒ほど小道と逆方向に全力疾走し、
四秒目に芝生の地面にダイブした。

手榴弾が爆発したのはきっかり五秒後だった。



どんっ!!



ぱら……、ぱら……。



橙はそっと目を開け、
耳を押さえていた両手を離し、
隣で同様の動作をしていたお燐と目が合った。

「……橙、大丈夫かい……?」
「……うん、何とか……」

手榴弾が撒き散らしたものは破片かベアリングか知らないが、
見た限り、二人に大した外傷は無いようだ。

二人はよろよろと立ち上がろうとした。
直ぐに、地面に仰向けに押し倒された。
眼前に、竹槍のように斜めにカットされた突撃銃の銃口があった。

追っ手が追いつくのに、十分すぎる時間が経過していた。



「こいつら、本当にバラして良いのか?」
「ああ、確かその前にヤッちまっても良いってボスが言ってたよな〜」
『早く済ませろよ。時間が無いんだからな。俺もシたいし』

十メートルほど離れた場所で、ガラスが粉砕された飲食スペースを背に椅子に腰掛けた男が、
無線で橙とお燐に銃を突きつけた連中の会話に参加してきた。

「あ、そうだ。あの狐女に子分がファックされている様を聞かせたら、仕事が捗るんじゃね?」
「そいつぁ良いね!! で、どっちがチェンだ?」

顔を見合わせる男達。

『猫耳に二本の尻尾』

離れた場所の男が教えてやった。

二人は眼前の妖怪娘をジロジロと見た。

「……二人とも、そうだよな……」
「ん〜、まあいいや。ともかくヤッちまおう」
『どうせ、殺した後で『証拠』をボスのとこに持ってくんだし』

結局、普通に橙達をレイプする事に決めた男達。
ふと、男の一人がお燐を見て、ある事に気付いた。

股間に棒状の物がそそり立ち、スカートでテントを作っていた。

「おぉ……、これがいわゆる『フタナリ』ってヤツか?」
「『男の娘』だったりして」

橙を舌なめずりしながら眺めていた男もお燐のほうを見て、ひやかした。

「……、まぁいいや。そんときゃケツにブチ込むだけよ」
「見境無しかい」
『俺もどっちだって良いぞ』

いよいよ男達のお楽しみタイムが始まった。

「お嬢ちゃん、かあいいねぇ。もう、交尾とかした?」
「やだ……、怖い……」

男の変質者めいた言動に橙は怯えていた。

「さて、お前さんの恥ずかしいとこ、見せてもらおうかね」
「止めておくれ……。見たら目が潰れるよ……」

お燐の言葉に興奮した男は、銃身でスカートをめくり上げた。



ボシュウッ!!



お燐は男が注目していたスカートの中に隠していた棒――建物の備品であった発炎筒を点火、男の顔面に押し当てた。

ジュウッ!!

「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
「あたい言ったよね!! 目が潰れるって!!」

タタタタタタタタタッ!!

顔面を焼かれた男は、引き金に指をかけたままの突撃銃を闇雲に乱射した。
お燐は左手で銃の向きをコントロール。

「ぎゃあっ!!」

橙から飛びのき、こちらに銃を向けた男を蜂の巣にした。
お燐は銃を奪おうとしたが、パニック状態の男は顔面を左手で覆ったまま、なおも撃ち続けた。

タタタッ!!
タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッ!!

離れた場所にいた男がお燐達を撃ってきた。
顔を焼かれた男は仲間の銃弾を浴び、永遠に苦痛から解放された。

お燐はようやく死体からもぎ取った銃を撃とうとしたが、弾切れになっていた。
もう一人の銃を拾おうとしたが、当たれば死ぬ弾幕に阻まれてしまった。

橙はお燐が落とした、なお燃え続けている発炎筒を、銃を連射し続ける男のほうへ投げつけた。

ひゅっ!!

発炎筒は男の元まで届いた。
が、男はひょいと頭を傾け、回避した。
発炎筒はそのまま建物の中に飛び込んでいった。

男は腰だめで銃を撃ち続けた。
男には、カラシニコフのタップダンスしか耳に入っていなかった。



だから、背後にある軽食コーナーの厨房の、
ガスコンロから外れたホースから発せられる、
気体が噴出される音に最後まで気付かなかった。



軽食コーナーの床に充満したプロパンガスに、発炎筒の炎が引火した!!



閃光。
轟音。

それらは一瞬であった。



ドッ、……オオオォオオオォォォオォォォ……ン。



橙は発炎筒を投げた直後にお燐を押し倒し、
衝撃と降り注ぐ破片をやり過ごした。



二人が恐る恐る目を開けると、
遠方にいた筈の男が眼前にいた。

二人はぎょっとして、その場を飛びのいた。

男は伏せたまま、動かなかった。



落ち着いて観察すれば、
男が絶命している事は、
死体を見慣れたお燐でなくても、すぐ分かった。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





『消毒』の終わった博麗神社では、

紫が携帯電話で、外界と頻繁にやり取りをしていた。



「――で、どう? ……ふふっ、苺ジャムを新鮮な苺に戻す研究よりやりがいがあるでしょう?
 ……え!? ウチが!? どこヤられたの!? 人事部!?」

紫の血相が変わるのを、霊夢はお茶を飲みながら見ていた。

「他には!? 貴方の『一五式危機管理システム』は『クロック・オレンジ』や『知恵のリンゴ』より優れているって、
 あれ、大法螺!?
 ……ええ、ええ。ええ、檜の箱どころか千両箱に詰めて、天然物の苺を進呈するわよ!! ドンピンも付けてね!!」

外の世界では、食べ物は殆ど『合成物』になっている事を知識でしか知らない霊夢は、
紫が外界から幻想郷に輸入して、安価に流通させている魚介類等が『天然物』である事もあって、
いまいち、電話している相手に支払う『報酬』の価値を理解できないでいた。

いや、相手が単なる苺好きであるかもしれないが……。

「――え? 貴方、情報を出し惜しみしていないでしょうね? 貴方の大学のサークルもヤられたのよっ!!
 ……ええ、じゃ、また何か分かったらメール頂戴。よろしく、『教授』」

ピッ。

紫はようやく長電話を終えた。

「調査を頼んだ外界の式神使いから追加情報よ」
「で、『てろりすと』が幻想郷で何やらかそうとしているの?」

霊夢は紫にざっくばらんに尋ねた。

橙が決死の思いで入手した情報は、大変役に立った。
画像データに写った人物は、外界のお尋ね者――『テロリスト』と呼ばれる者達だった。
紫曰く、『弾幕ごっこのような平和的手段でなく、暴力で主義主張を押し通す極悪人共』は、
こんな異世界で何をしようというのか?

「狙いは、藍、ね」
「藍? 何で?」
「それはまだ分からないわ。でも奴らの会話からも、これがただの篭城じゃないという事は分かるでしょう?」
「まあ、ね……」

確かに、録音された会話では、彼等は自分達の要求が通る事は無い事を察しているようだ。

ピポ〜ン。

紫はスキマからノートパソコンを取り出し、先程着信したメールを見た。

「……霊夢、実はさっきの報告で、ウチの会社のコンピュータ――式神をいじられた事が分かったの」
「それで?」
「その時、藍の情報が盗まれたわ。これは幸い、堅気向けの当たり障りの無い物だけれど」
「確か、そうなった時に何とかする事が出来るって言ってたわよね、紫?」
「私の配下の『何とかする』連中が不埒者のアジトを急襲したそうだけれど、もぬけの殻だったそうよ」

紫は両手を上げ、文字通りの『お手上げ』だというジェスチャーを霊夢に見せた。

「彼らは、必要な情報を手に入れて直ぐに、幻想郷に旅立ったのね。この迅速な行動、その目的は――」
「連中、藍に惚れているとか?」
「そうみたいよ」
「え゛!? ほんとに!?」

霊夢は冗談で言ったのだが、紫の返事にはおふざけが無かった。

「こいつ等、藍の『式神』としての能力に着目したようなのよ」
「え? どういう事?」
「ウチの他にも大学のオカルトサークル――幻想を調べる道楽団体ね――とか、
 やんごとない方の係累について、色々調べていたようよ。
 そして決定的だったのが……」

紫はネットに繋がっているパソコンを操作して、一つのウェブの画像を霊夢に見せた。

そこには、活版印刷された紐綴じ式の書物が表示されていた。

「!! 幻想郷縁起……」

「幻想郷に迷い込み、生還した者が持ち帰ったのね。
 これで奴らは幻想郷は実在して、『八雲藍』という優れた式神が存在する事を知ったのよ。
 連中、さらに博麗大結界を正規の手順で入る手段や、結界の張り方も習得したようよ。
 奴らが調べた資料の中に、大結界の原型を作ったクソ坊主の名があったわ。
 一味に、そっち方面に才能のある奴がいたのね」

「それで……、無理矢理ではなく正しい手順で入ったから、私に気付かれる事が無かったって訳ね……」

ぎり……。

霊夢は奥歯を噛み締めた。

「でも……、結局、奴らは何で藍に用があるのよ?
 外界にだって優れた式神はあるでしょう?」
「そこなのよ」

霊夢の疑問に、わが意を得たりと紫は身を乗り出してきた。

「奴ら、こっちに来る前に防衛省――外界の国の守りを司る役所の研究所を襲っているのよ。
 その時、ある『暗号』に守られた式神の存在を知ったのよ」
「……で?」
「この『暗号』を解くには、ただ算術に長けているだけでは駄目なのよ。当然、それは必要だけれども」
「外界の式神は無いけれど、藍は持っているモノね……。奴らの狙いは」
「そういう事」

紫は嬉しそうに話を続けた。

「テロリスト共が欲しているモノ。
 それは、『感性』――複雑な式を美しく組み上げる学者にして芸術家のセンス!!
 そんなモノ、堅物ばかりの外界の式神は持ってないわ!!
 この八雲紫が丹精込めて育て上げた、高位の妖狐に組み込んだ式を使いこなす、八雲藍しかあり得ないわ!!」

「はいはい、自慢はそこまで」

高揚した紫は、霊夢の言葉にクールダウンした。

「こほん。で、件の式神なのだけれど……」
「うん」
「アレが乗っ取られると、国中の情報が好き勝手にいじられる事になるわ。
 銀行の預金を勝手に引き出されたり、ネットゲームの設定を変更されたり、
 自動化された兵器群を国内国外に使い放題になったりするのよ」

霊夢の脳裏には、家計簿の数値を書き換えられたり、回覧板に『例大祭は中止ウサ』と偽情報を書かれたり、
弾幕ごっこがズルし放題になったりといった、いまいち危機感にかけた想像が渦巻いていた。

まあ、物騒な連中が暴れるくらいだから、大変な事なのだろうと結論付け、
霊夢は想像、というか妄想を打ち切った。

「まあ、そんな大事な式神だから『暗号』も一週間おきに変えているわ」
「……だんだん見えてきたわ」
「連中が『暗号』を知ったのが六日前、五日間幻想郷で藍の事を調べ、そして今日、藍の身柄を押さえた……」
「今日中に『暗号』を解き、外に帰らなきゃならないって訳ね……」

テロリスト共の目的は分かった。
キャンプ場の守りは完璧で、こちらから攻めるには時間がかかり過ぎる。

「!! でも、連中、どうやって『帰る』つもりなのかしら?
 私達がキャンプ場を取り囲めば、それはできないんじゃない?
 人質を盾にされたら別だけれど」

霊夢は紫の顔色を窺いながら尋ねた。

「奴らの会話では、何か譲歩する腹積もりのようよ。人質の事はとりあえず置いておいて」

紫の表情からは何も読み取れなかった。



ピピピピピッ!!



ビクッ!!

一瞬驚く霊夢。

紫の携帯に、ロッジから電話がかかってきた。



「はい。……ええ、え!? ……分かりました。約束しましょう」

ピッ。



「連中……、何だって?」

霊夢は、早速紫に尋ねた。



「……間もなく、投降するそうよ」





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





橙とお燐は、奪った銃器で武装して、ロッジの側までやってきた。

「……静かだね……」
「……そうだね……」

!!

二人は茂みの中に伏せた。

ぶろろろろ……。

二台のトラックが通り過ぎていった。

そっと様子を見てみると、トラックはキャンプ場の入り口で一端止まり、
遮断機が上がるとそのままキャンプ場から出て行った。

がしゃん。

ミスティアの屋台だった物を蹴散らし、トラックは走り去り、視界から消えた。

「あいつら、ここから出て行くつもり……?」
「藍しゃまもあの中に……!?」

橙はトラックのあとを追おうとして、
お燐に取り押さえられた。

「待って!! 何か変だよ!!」
「え!?」

お燐は橙を引きずり、再び藪の中へ。

お燐は黙ってキャンプ場入り口を指差した。
橙はそちらを見た。

入り口に立っていた二人の歩哨。
事務所から出て来たRPG射手。
屋根から下りてきた狙撃チーム。

彼ら五人は、外ではなく、キャンプ場の奥に向けて歩き始めた。

「奴ら、何で外に出ないのさ!?」
「トラックに乗らなかった……て事は!?」

橙は慌てて、無人のロッジに駆けていった。
お燐も彼女の後を追った。

橙は室内に飛び込むと、電話機に飛びつき、ダイヤルを回し始めた。

じ〜〜〜〜〜こ。
じ〜〜〜〜〜こ。
……。



『もしもし……』
「紫しゃま!!」
『橙!? どうしたの!? この電話、ロッジからじゃないの!?』
「今、トラックが二台出て行きました!!」
『ええ、知っているわ。テロリスト達が投降するのよ』
「気をつけて!! そのトラック、変です!!」
『変? 何が変だというの?』
「そのトラックに、入り口にいた連中が乗らなかったんです。それでこいつ等、キャンプ場の中に――」

パンッ!!

橙が握っていた受話器が破裂した。

否、狙撃されたのだ。

「ひゃ!? 橙!! あんたが使った電話は必ずぶっ壊れるけれど、それ、あんたの能力かい!?」
「んにゃ訳ないでしょ!!」

タタタタタッ!!
タタタタンッ!!

続いて、突撃銃による銃撃。

次は――。

二人は部屋の奥、台所に駆け込んだ。

その刹那、



どごおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!



居間にRPGが撃ち込まれた。

「入り口にいた連中!?」
「丁度良いよ!! とっ捕まえて、藍しゃまの居場所を吐かせてやるっ!!」

橙はガッツポーズをしながら勇ましく言った。

だが台所にあった、藍のためにたくさん拵えた稲荷寿司が、
テロリスト共に食い散らかされていた事に気が付き、悲しくなった。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





キャンプ場の入り口を警備していたテロリストのチームは、
トラックが出て行った後、所定の集合場所に向かっていた。
その時、仲間達が撤収したはずのロッジから猫耳がちらと見えた。
狙撃手の信頼すべき相棒である観測手の観察眼の賜物である。

本隊にその事を連絡したところ、
始末せよとの命令を受けた。

突撃銃を持った男二人がロッジに踏み込んだ。
荒れ果てた居間を検索し、
イカ臭い寝室をベッドの下やクローゼットまで調べ、
台所にそっと侵入したところ、
勝手口が開いていた。

フォワード二名からの連絡を受け、RPG射手と狙撃チームも移動を開始した。
狙撃手以外は突撃銃を手にして、三人は死角を補い合いながらロッジの裏手に向かっていった。

お燐はそんな三人に突撃銃の狙いをつけていた。
手が震える。
ゆっくりと慎重に、狙いを……。



狙撃手と目が合った途端、

お燐は立ち上がり、

何もできずに、

胸に一発喰らい、

弾かれるように倒れた。



勝手口から出た二人の男は、そろそろとゴミ捨て場の前を通過していった。
手品用の箱の残骸と、横倒しになった猫車から溢れた無数の死体。
見ていて気分の良いものではない。

ロッジの裏手から通りに出ようとした時、

タタタタタタタンッ!!

男達は背後から銃撃された。

「う、動くにゃっ!!」

死体の山に隠れていた橙の乱射同然の発砲で、
二人の男は銃弾を受け、言われなくても動けなくなった。

男の一人は心臓も動かなくなっていた。



ロッジ裏の銃声は、表通りの三人にも聞こえていた。

駆け出そうとしたら、目の前に何か落ちてきた。



ぼとっ。

「「「!?」」」

「さあ、存分にウタッておくれ」



ボッ!!



降って来た手榴弾の名は、M34白燐手榴弾――通称『ウィリー・ピート』。

この手投げ弾は、破片の代わりに白煙を周囲に撒き散らした。

高温を発して燃焼する白燐の死の煙を。



「ぎゃああああああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜!!」
「ぎぃやあああああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜!!」
「ひっひいぃいいいぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜!!」



燐によって致命的な火傷を負ってもがき苦しむ男達を、
お燐は恍惚とした表情で、彼らが死ぬまで眺めていた。

お燐の手は、胸元と秘所にそろりと伸びた。

胸をまさぐろうとした手に固い感触。

「……っと、いけないいけない」

お燐は服の下から、橙が入っていた箱から取り外した防弾版を取り出し、
投げ捨てると、橙の元に走っていった。



橙とお燐は、
瀕死の状態の男から、
テロリスト達の目的と脱出方法を聞きだした後、
ご褒美に、彼を楽に死なせてやった。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





博麗神社に向かう二台のトラック。

そのトラックと併走する銀の影。

調査後、『千里眼』でキャンプ場の監視を行なっていた犬走椛は、
紫の伝書式神が携えた、トラックを調査せよという命を受けたのだ。

椛は二台目のトラックの荷台に何とかしがみ付き、
そのまま幌をよじ登った。

椛は愛用の剣鉈を取り出し、幌に小さく切れ目を入れて中を窺った。
荷台には誰も乗っておらず、代わりに赤い光が無数に見えた。

椛は運転席に忍び寄り、二人の乗員を確認した。
全く生気が感じられなかった。
等身大の人形を乗員に見立てていたのだ。

恐らく、先頭のトラックも同様だろう。
無人のトラック。
荷台の怪しげな荷物。



爆発物を満載したトラックによる自爆攻撃!!

椛は、即、そう判断した。



直ちに阻止行動を開始すべく、椛はトラックの運転席上に立ち、先頭のトラックに飛び乗ろうと跳躍した。

がたんっ!!

外界と違い舗装していない道に、トラックは軽く跳ねた。

丁度、椛が飛び移ろうとした時だったので、僅かに荷台の上への飛距離が足りなくなった。
かろうじて、荷台にしがみつく事ができたが、
その姿は、運転席の人形に仕込まれたカメラを通じて、
トラックを遠隔操作しているテロリスト達の知るところとなった。





キャンプ場の広場。

キャンプファイヤー等の催し物を行なう事になるであろう場所では、
テロリスト達がトレーラーの荷台からカバーを外しているところであった。

その傍らに設けられたテント。

二人の男が端末でトラックを遠隔操作していた。

その内の一人、二台目のトラックを運転している男がボスを呼んだ。
端末の画面で、一台目のトラックの荷台後部に張り付いている椛の姿を確認したボスは、
たった一言命令した。

「潰せ」
「「はっ!!」」

一台目のトラックの速度は徐々に落ち、
二台目のトラックの速度は徐々に上がり始めた。





「!!」

椛は、無人のトラックが放つ殺気に慌てて荷台によじ登り、中に入ろうとした。
だが、丈夫な幌と同じ素材で閉ざされた荷台に入る事ができなかった。
剣鉈で切り裂こうとしたら、後方のトラックが遂に追突した。

ガンッ!!

あまり勢いがなかったおかげで、椛の体は幌と追突したトラックのフロントガラスの間に軽く挟まれるだけで済んだ。

二台のトラックの車間距離が開いていく。

キキィッ!!

ある程度開いたところで、椛がしがみ付いているトラックが急停車!!
さらに後方のトラックが急加速!!

ブオオオオオ!!

椛はその刹那に荷台の幌の上によじ登った。

身体を完全に幌の上に引き上げたその直後。

ガシャンッ!!

「っ!!」

最初の追突とは比較にならない衝撃!!

一台目のトラックの荷台は大きくへこみ、
二台目のトラックの運転席はフロントガラスが粉々になった。

再びトラックは走り始めた。
椛がしがみついているトラックは蛇行を繰り返し、椛を振り落とそうとした。
椛はそれに耐えて這うように運転席の上まで辿り着くと、ドアのガラスを蹴り破り、中に飛び込んだ。

椛は運転席の人形の上に腰掛けてハンドルを掴んだが、力を込めても操作する事ができなかった。
遠隔操作中は、運転席の操作を受け付けないようになっているようだ。

博麗神社までの死のドライブを、椛は運転を試みながら、特等席で楽しむ事となった。





キャンプ場の広場。

「敵襲――!!」

そう叫んだ歩哨は、全身から血を噴出しながらもんどりうって倒れた。

「ああああああああああっ!!!!!」
「ウラアアアアアアアアッ!!!!!」

橙とお燐は、突撃銃を乱射しながら広場に突入した!!

タタタタタンッ!!
タタンッ!! タタタタタンッ!!

歩哨の銃撃をかいくぐり、橙達は銃を撃ちながら広場中央に停められたトレーラーを目指した。

トレーラーの側のテントはあっという間に穴だらけになり、
当然ながら、中の男達と端末機器も同様の有様になった。





「!?」

急にハンドルが操作できるようになり、一瞬驚いた椛であったが、
直ぐに落ち着いてトラックの運転を始めた。

外界の自動車については、にとりの工房にあったレーシングゲームで遊んだ事があるので、
ハンドル操作とアクセル、ブレーキぐらいは分かる。

椛はアクセルを踏み込み、二台目との車間距離をある程度開け、
それを確認すると、今度はブレーキペダルを踏むと同時にハンドルを右に切った。

トラックは右向きになりながら道を滑り、横転した。
制御不能になっている二台目のトラックはそのまま突っ込んできた。

フロントガラスにはひびが入ったが割れるまでに至らず、
椛は左側、現在は上を向いているドアのガラスを剣鉈の柄で叩き割り、
ひっくり返ったトラックから脱出した。

もう、側まで二台目のトラックが迫ってきた。

椛は道を飛び出し全力疾走。
目の前の水田に飛び込み、
泥の中で耳を塞いでうつ伏せのままの姿勢を維持し続けた。



ガシャアンッ!!

トラック同士が激突する音。

一瞬の間。



ドッッッッッ。



衝撃。



カァアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ…………ンッッッッッ!!!!!!!!!!










……。
…………。
………………。



椛は泥からそっと顔を上げ、
軽く頭を振り、
全身を可能な限り見渡して、
泥まみれ以外の異常が無い事を確認して、
道にできたクレーターの中心で黒煙を吹き上げる鉄くずをじっと見た。



しばらく見物して、
トラックの自爆阻止に成功した事と、
自分が無事な事を確認した。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





「は〜い!! 子猫ちゃん達ぃ!! おいたはそこまでっ!!」



キャンプ場の広場。

トレーラーの前に、
後ろ手に縛られた、白濁塗れで全裸の藍を引っ立ててきて、
彼女に銃を突きつけたテロリストのボスが、
突撃してきた橙達を制止した。

ボスと藍を囲むように展開していたテロリスト達が銃を撃ってきたので、
橙とお燐は慌てて物陰に身を潜めた。

「急げ」
「はっ!!」

トレーラーから完全にカバーが取り除かれた。

荷台に現れた、ずんぐりした外観の回転翼航空機。

UH−1。

西側諸国を代表する、汎用ヘリコプターである。
外界では、彼等の使っているカラシニコフやRPG同様に、
運用を開始してから一世紀以上経過しているが、未だに現役である。

二人の操縦士が操縦席に潜り込み、ヘリの起動準備に取り掛かった。



ヒィイイィィィィ……ン……。



ヘリの回転翼が回り始める音が、橙達が隠れる場所にまで聞こえてきた。

藍を盾にされ、テロリスト達の銃撃で動きを封じられ、
これで、テロリスト達の脱出手段を破壊する事ができなくなった。

銃などいままで扱った事の無い橙達に、精密射撃など望むべくもない。
にもかかわらず、ここまでの戦果を挙げた事は奇跡としか言いようがない。

入り口守備隊が装備していた、破壊力抜群のRPGや長射程のSVDがあれば話は別だが、
先刻の『ウィリー・ピート』によって、共に使い物にならなくなり、
観測手の単眼鏡と突撃銃の弾倉を数本、それにAKM用の銃剣を入手できただけだった。



バタバタバタバタバタ……。



テロリスト一味と藍を乗せたヘリはトレーラーの荷台から離陸して、
見る見るうちに高度を上げていった。



「ちぇえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ…………ん」

「らんしゃまあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」



藍の叫びと涙を降らせ、ヘリは高空の小さな点となった。



「橙……」

テロリスト達は最早手出しできない所に逃げてしまい、
今すぐに連れ去られた藍を取り戻す術もない今、
とりあえず橙を慰めようと、お燐はそっと声を掛けた。



「……だ」

「え?」

お燐は、何かつぶやいた橙に聞き返した。

「まだ、だよ……」

「橙……?」



「まだやれる!!」

びくっ!!

橙の突然の叫びに驚くお燐。



「お燐!! 手伝って!!」

「な、何をさ?」



広場の側の倉庫に駆け出そうとした橙は、

振り返り、

不敵に笑った。



「藍しゃまの誕生パーティーの、メインイベントよ!!」





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





バタバタバタバタバタ……。

ヘリは高度を上げていくだけで、横方向には殆ど動かなかった。
眼下にはキャンプ場と湖、それに紅魔館が小さく見える。

「予定高度に達しました」
「よし」

月まで行ってしまうのではないかと思われた時、
ヘリはようやく上昇を止めた。

「じゃあ、『ドア』を開けてくれ」
「了解」

藍が輪姦されている間、ずっとパソコンを操作していた男は、
今回もパソコンを操作した。

頭上でなにやら起きたようだ。
藍の九尾がぞわり、と逆立った。

「キャンプ場の……真上に……!!」
「そう。キャンプ場からここまで結界を張りつつ、こっそり『非常口』を作っておいたんですよ」

テロリストのボスが自慢げに言った。

「貴方に様々な超常能力を付与する『式』。
 これはウチのブレインが開発したハッキングツールと相性が良いようで――」

年若いパソコン男は、少し照れたような表情を浮かべた。

「――骨董品をあさって調べ上げた術式を、誰でも使えるアプリケーションにしてしまいましたよ。
 おかげで幻想郷に『玄関』から堂々と入る事ができましたし――」

ボスは後ろ手に縛られた一糸纏わぬ藍の全身を見て、

「――スーパーコンピューターに匹敵する能力を持つ式神様を、外部演算器にできましたからね」

そう言った。

「!! 貴様っ!! それが狙いか!!」
「ご名答」

ノートパソコンのモニターを藍に見せてやった。

乱数のような数値の羅列が表示されていた。

「それは……!?」
「『外』の国のコンピューターネットワーク。それを支配する『開けゴマ』だとでも言っておきましょうか」
「ネットワークに接続された全ての機器に潜入できる『マスターキー』だと……!?」
「またまた正解」

ボスはオーバーアクションで驚いた。

「いや〜、この『鍵』は半ば人格のある人工知能――貴方のような式神みたいなものでしてね〜。
 こいつ、使用者の選り好みをするんですよ。どうも男が嫌いなようで、我々では埒が明かなくて困っていたんですよ。
 その上、一週間以内に解析しないと、パスワードが変更されるという鉄壁の防御!!
 折角、防衛省の研究所を襲撃して手に入れたお宝が一週間後にはゴミになってしまうところでしたよ〜」

狭い機内でのボスの寸劇は続く。

「そんな時、そこのファンタジー好きなコンピューター坊やが、興味深いネタを仕入れましてね〜。
 『幻想郷』とかいう桃源郷だか人外魔境だかがあって、そこの支配者は化け物を生体コンピューターとしているとか」

ボスは藍と目を合わせようとして、藍は嫌悪感から顔を逸らした。

「しかも、その支配者は我々の世界の大企業、ボーダー商事の創設者じゃないですか!!
 なぁに、幻想郷からの帰還者の証言にあった支配者の名で検索したら一発でヒットしましたよ。
 偽名ぐらい使ったらどうですか? ははっ」

紫達が偽名を使わないのは、幻想郷が実在する事を『あちら』の理解者に知らしめる為であり、
本気で追求しようする者がいた場合、相手の暗殺も含め、いくらでも誤魔化す事はできる。
ハッタリや暗躍は紫の得意分野であるから。

「ボーダー商事の人事部のファイルを検索して、八雲紫の右腕と言われる社員、貴方のことですよ藍さん。
 貴方の個人データがでたらめである事、幻想郷縁起とやらに掲載されている内容、
 これらから、貴方こそ、我々が求める存在であると確信しました!!」

テロリスト共は、藍を悪事の道具として欲していたのだ。

「会社や当局に気取られぬよう、即、我々は行動に移りました。
 あらゆる神社仏閣、皇族に仕えた陰陽師の資料、しまいには三流オカルトサークルの掲示板まで調べ上げ、
 ついに、結界と式神に関する術を解析、使用する事ができるようになりました!!
 ほんの少しがやっとでしたが」

ヘリの騒音にも負けずに、ボスは大声を張り上げる。
最後の言葉は小声になったが。

「即日、我々は装備を整え、幻想郷にお邪魔しました。
 重要拠点の割には貧乏臭い博麗神社に隙を見て盗聴器を仕掛け、
 現地住人に変装して聞き込みを行い、
 都合良く、貴方の誕生パーティーが行なわれる事を知ったのですよ」

我々は運が良い。
ボスと部下達は感慨に耽っていた。

「本当は八雲紫と博麗霊夢を爆殺して、その混乱に乗じてゆっくり帰還するつもりだったのですが……、
 色々とサプライズとハプニングがありまして、こういう慌しい出立になってしまいました」

ボスは藍の前に立った。

「本当は貴方を連れ帰って、今後も我々のために働いてもらおうと思ったのですが、
 メンテが大変そうですし、貴方を機械にするために放心させるための男達が腎虚になってしまいそうですから」

「はんっ!! お前の手下は細いし短いし早いし、その上虚弱と来たか」

藍の口から出てきた言葉は、その場の男達を激怒させるのに十分であった。

「この……」
「まあまあ」

ボスはいきり立つ男達を宥め、

ガスッ!!
「ぶっ!!」

拳で藍の頬を殴りつけた。

「代わりにやっておいたから」

これで男達の溜飲は下がり、
藍の口元から血が垂れた。



「なので、貴方を解放します」

ボスはヘリの側面ドアを開け放った。



「この場でね」

藍は大空に蹴りだされた。



藍は橙がいるであろうキャンプ場、その地べたまで、

刹那のダイビングを行なう事になった。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





飛行能力は結界によって発揮できず、
その結果、ただ地面目掛けて落ちるのみの藍。

藍は堅く目を閉じ、大地に叩きつけられるまで楽しい思い出に浸る事にした。

つい先日、八雲邸に泊まりにきた橙を含めた八雲一家三人の食事風景。

紫、藍、橙が両手を合わせ、いただきますを言ったところで、

藍はその身に衝撃を感じ、



ぼよよよ〜〜〜〜〜ん。



弾き返された。



「な……!?」

ぺたん。

藍の身体は一回バウンドした後に地面に無事軟着陸を果たしたが、
意識のほうはまだ宙を彷徨っているかのように現状を把握できていないようだ。



「藍しゃまぁ〜〜〜〜〜!!!!!」

ばふっ!!

藍にしがみ付き、豊満な胸に顔を埋める小柄な人影。

己の快感のためだけに藍の身体を貪ったテロリスト連中ではない。

ぎゅ。

小さな愛しい愛しい橙。

ぎゅ。

大きな愛しい愛しい藍。

二人は静かに抱き合った。

「橙……」
「藍しゃま……、藍しゃま……」



お互いの温もりをしばし堪能した後、
先に藍が我に返った。



藍は自分と橙がいる場所を見渡した。

空に浮く、巨大な手のひら?

先程から威圧感を感じる影のほうを見る。

空に浮く、巨大な、自分??



両手で棒を捧げ持つ、

巨大な、ディフォルメした藍。



谷河童のエンジニア、河城にとりが以前、一部に騒動を巻き起こした客寄せ巨大人形。

その名も『非想天則』。

その技術を応用して、蒸気の代わりにヘリウムガスを使用した人型アドバルーン。

橙が用意した藍へのサプライズの一つ。

落下した藍を救出するためのクッション。
そして、藍をビックリさせるという、本来の役割。

そして、主従の式神達の一時の安息の場所。

橙は藍の両手を縛る縄を銃剣で切断した。
縛られた箇所を擦る藍が寒そうにしていたので、
橙はポケットを弄り、非常持ち出し袋からお燐と分け合った品の一つである、
アルミ製のブランケットを取り出した。

ブランケットは手のひらサイズに折りたたまれていたが、広げると二人ぐらいは包める大きさになった。

藍はブランケットに包まり、橙を手招きした。
橙はそっちに向かおうとした。



バララララララララララ……。



そんな時に無粋な爆音。

藍を突き落としたテロリスト共のヘリコプターが、二人を殺すためにわざわざ戻ってきた。

スライドドアが開けられたままの胴体から突き出された無数の突撃銃。

橙は迎撃しようとして、
銃を忘れてきた事に気が付いた。

だが、橙は慌てない。

何故なら――。



ヘリと橙達の間、いやむしろヘリに集中して、

白煙を吐き出す無数の物体が、下から高速で飛来した。



「カチューシャ(旧ソ連製多連装ロケット砲)か!?」

緊急回避機動により混乱しているヘリの中で、テロリストのボスは叫んだ。

ロケット弾らしき飛翔体は、高空に舞い上がり、炸裂した。



色とりどりの閃光を撒き散らして。



これぞ、橙が藍の誕生パーティーに用意したもう一つのサプライズ。

打ち上げ花火である。

形状は外界で市販されているロケット花火の弾頭部を一抱えほどに巨大化させたようなもので、
それを無数の筒を束ねた発射機に複数発装填して、安全な場所からリモコンによる電気着火で打ち上げる物である。

だが今、これをテロリストが言ったようなロケット砲のように使用している。

発射を行なっているのはお燐であるが、弾道を絶えず補正するために、
彼女は発射台に取り付いて向きを微妙に変えつつ、リモコンではなく直接点火で撃っていた。

花火の発射炎によって、お燐の自慢の赤毛は見事なアフロと化していた。

「そらそらぁ!! どんどんいくよ〜!!」

お燐は発射後、すぐさま次弾を装填、台の向きや位置を補正、そしてまた発射。

十発単位で発射される花火の弾道は、徐々にヘリコプターに集中し始めていた。



集中砲火を浴び、アドバルーンから離れて回避を試みているヘリを見物しつつ、藍は橙に尋ねた。

「こんなに撃ちまくって大丈夫なのかい?」
「花火は藍しゃまの年の数だけ用意しようと思ったのですけれど……」
「?」
「考えたら藍しゃまのお年、幾つなのか知らなかったので、とりあえず千発ほど用意しました」

千発って……。
そりゃ、私じゃなくて紫様の年齢だろう。

藍はそう言う代わりに、共にブランケットに包まっている橙の頭を撫でてやった。



ヘリコプターは何発も被弾していた。

幸い、花火に機体の装甲を打ち抜くほどの威力はないが、
命中する度に凹みはできるし、機体の制御は覚束なくなった。

幻想郷の『出口』まで高度を上げようとしたが、メインローターにも花火を喰らい、出力が上がらなかった。

炸裂する花火の閃光、火花、煙が機内に充満しているが、
立つ事ができないほどの不安定な飛行により、乗員は開けっ放しの側面ドアを閉める事ができなかった。

一発の花火が右側操縦席の足元にある風防ガラスを突き破った。
花火は勢いを衰える事無く、先程から操縦桿に齧りついている操縦士の腹に突き刺さり、爆発した。

飛び散る血液と臓物が、計器類ともう一人の操縦士を彩った。
操縦士は恐慌状態になり、操縦桿から手を離してしまった。

運が悪い事は重なる物で、
花火は今度はテールローターに直撃した。
これで、ヘリコプターは完全に制御不能となった。

さらに、ヘリの中に花火が飛び込んできた。
悲鳴を上げた手下の一人が、手に持っていた突撃銃を乱射した。
彼と向かい合わせに座っていた頭脳労働担当のパソコン男は、
大事に抱えていたノートパソコンもろとも、銃弾によってズタズタにされた。

パソコンのハードディスクには、解析が完了した『マスターキー』と秘術を使いこなすためのアプリ、
それに幻想郷について調べ上げたデータが記録されていたが、それらは永遠に失われてしまった。



何で?
何で、こんな事になった?

ボスは墜落しているヘリの席にシートベルトをしっかり締めて座り、今回の失敗の原因を考察した。
いや、こんな状況下なので何も考えられない。
ただ、何で、何でと、疑問ばかりが炭酸水の泡沫のごとく浮かんでは消えて行くばかりであった。

頭は疑問で飽和状態になり、
視界は様々な光と煙に満ち、
口からは意味不明の悲鳴が溢れ、
耳には悲鳴と明らかに異常なヘリの駆動音しか聞こえてこなかった。



不意に、八雲藍の裸身が目に浮かんだ。



一度くらい、抱いておけば良かったな。



泣く子も黙るテロリスト集団のボスのそんな屑な未練と、
その他の屑共の命乞いの悲鳴は、
ヘリコプターが幻想郷の大地に叩きつけられる事で、無に帰った。





八雲藍の誕生日を祝う一千発の花火。

シメの千一発目は、

大地から立ち上る黒煙と赤い炎という、

極めて地味なものであったが、

今回の顛末を見ていた者達からは、ひときわ大きな歓声が上がった。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





んにゃ……。

少し寝ちゃった。



橙にとって、ふわふわ浮いたような気分で、温かいものに抱かれた至福の一時だった。



橙は、巨大藍しゃまアドバルーンの右手の上で、藍と共にブランケットに包まっていた。

そろそろ日が傾いてきたようだ。

天空の、テロリストが開けた外界への『穴』は、既に塞がっていた。

橙の眼前を、三人の人影が高速で横切っていった。
彼女達は武装した紅魔館のメイド妖精であった。
衣装や部隊章は、メイド長の十六夜咲夜直轄の親衛隊の物であるが、生憎と橙はそこまで詳しくはなかった。

「お〜〜〜〜〜い!!」

橙がメイド妖精達に手を振ると、彼女達も手を振り返した。
編隊を崩さず、高速で飛翔しながら。

もう、幻想を封じる結界は解けていた。
これで、今回の騒動は終結した事を藍と橙は実感した。





橙は単眼鏡を取り出し、高みからキャンプ場を観察し始めた。



入り口。

そこには大勢のメイド妖精達が屯していた。
遮断機が上げられたままの入り口から、
続々とメイド妖精達が列をなしてキャンプ場に入っていく。

その列は、紅魔館の方から延々と繋がっているようだ。

管理事務所の脇では、人一人を包めるような白い布が二枚、何かにかけられていた。
その上にはそれぞれ花束が置いてあった。



湖の畔。

さらしに褌姿の椛が湖の水で身体を洗っていた。
身体を洗い終えた彼女は、傍らのバケツを持って、野外炊事場に向かった。
バケツの中身は洗濯物?

野外炊事場では何人かのメイド妖精と共に、
何故か、長い帽子が特徴的な西洋料理人の格好をしたミスティアがフライパンで料理をしていた。
炊き出しの手伝いをしているようだ。
彼女の口の動きから、ここからでは聞こえないが、恐らく美声で鼻唄を歌っているのだろう。

そんなミスティアの傍らに椛がやって来た。
ミスティアは椛にコップを渡し、食材が積まれた台から取り上げた西洋酒を注いだ。
コップ半分ほど注がれた琥珀色の酒を椛は一息に飲み干し、軽く頭を下げると、コップを返して去っていった。
ミスティアは、酒を今度はフライパンに振りかけた。

青白い炎が天高く立ち上った。



売店。

全壊してなお燻り続ける建物に、メイド妖精達が湖からポンプで汲んだ水をかけていた。

そんな中、巨大な消火器を二本、肩に担いだ者が売店からロッジのほうへ駆けていくのが見えた。
あれは紅魔館の居眠り門番、紅美鈴だ。
彼女が周りに何か叫ぶと、何人かのメイド妖精が小ぶりの消火器やポンプから伸びたホースを持って、後に続いた。



ヘリコプターの墜落現場。

遊歩道の側の人工林に、木を何本か道連れにして、すっかり細くなった黒煙をたなびかせているヘリの残骸があった。
その側の芝生に、轍をくっきりとつけて、ヘリを積んでいたトレーラーが停められていた。

そのトレーラーの荷台とヘリの残骸をせわしなく行き来する人影が二つ。
ずいぶんとソウルフルなヘアースタイルになったお燐と、紅魔館地下図書館の司書を務める小悪魔だ。

荷台にはお燐の猫車がワイヤーで固定され、その周りに無数の黒い人型が積まれていた。
肌色が鮮やかな人型は、キャンプ場を訪れる前に手に入れたモノや、ヘリに乗らなかった連中だろう。

小悪魔がヘリからノートパソコンの成れの果てを見つけると、お燐に何か言って、その場を離れていった。

小悪魔が去っても、お燐の『収穫』の手は止まらなかった。
荷台いっぱいに死体を積んだトレーラーで、お燐は地霊殿に凱旋するのだろうな。



広場。

アドバルーンを固定するワイヤーの近くでは、紫と霊夢が紅魔館の幹部達と話していた。
霊夢が何か言うと、フランドールが日傘を振り回した。
それを諌めるレミリア。
スカーレット姉妹の後ろで瀟洒に佇む咲夜。
紫と話し込んでいたパチュリーは、パソコンの残骸を手にした小悪魔がやってきた事に気が付いた。

それから一同は何か話し込み、その後、パチュリーと小悪魔は残骸を持ってその場を離れた。

本来、キャンプファイヤーを催すであろう広場の中央。
そこには、テロリスト達が幻想郷に持ち込んだ銃火器や機材が積まれ、山となっていた。

小悪魔は山の頂上にパソコンを置くと、
パチュリーは別に除けておいた手投げ弾らしき物をその上に置いた。
橙は知らないが、それはテルミット反応で燃え上がる焼夷手榴弾であった。

二人が小走りでその場を離れた直後、
火柱が上がり、鉄の山は瞬時に燃え尽きた。





橙が地上の観察を終えた頃には、空は茜色に染まりつつあった。

藍はブランケットを裸身に巻きつけ、端を橙から借りた耳飾で止めた。

橙は空中に舞い上がり、アドバルーンの左手に移った。

藍は立ち上がり、アドバルーンの右手が持つ棒の端に移動した。

日が暮れる前にやらないと。

橙は棒の端にある紐に捕まった。
向こうの藍も、あちらの端にある紐をつかんだようだ。



二人は目配せを送り、

いっせ〜の〜、

せっ!!

アドバルーンの両手から飛び降りた!!



キャンプ場に浮かぶ、夕日に染まった巨大藍しゃまの雄姿。

その手に携えた棒から、垂れ幕が翻った。



墨痕淋漓、垂れ幕には書き手の想いが込められたコトバが書かれていた。





『らんしゃま、おたんじょうび おめでたう!!』




 
色々と忙しく、また皆さんの素敵な作品を読みふけってしまい、自分のSSが遅々として進まない事態になりましたが、何とか終わりました。

今回の作品はお馴染みになりつつある、銃器で武装した占拠犯と、能力を封じられた幻想郷少女が彼らに立ち向かうお話です。


2011年6月26日(日):コメントの返答追加

>ヨーグルト様
東方Projectらしからぬアクションを喜んでいただき、有難うございます。

>2様
藍の演算能力って、確か三途の川の幅みたいな情緒が要求されるような、
訳のわかんない物を算出できる程度の能力ですね。

>十三様
痛快アクション活劇を喜んでいただき、光栄です。
どうも私の書くオリキャラのボスは、何故か下衆になってしまうんですよね……。
私が投影されている……!?

>IMAMI様
私の趣味丸出しのアクション物を好いて頂き、感謝感激です。
貴方の作品のオリキャラも個性が有り、私は好きですよ。
NutsIn先任曹長
作品情報
作品集:
26
投稿日時:
2011/06/11 18:42:52
更新日時:
2011/06/26 07:05:05
分類
お燐
霊夢
ミスティア
旧ソ連製の銃火器で武装したテロリスト達
最後に紅魔館の皆さん
1. ヨーグルト ■2011/06/11 23:51:32
寝る前に一読。

いつも通りの激しい戦闘シーンのすばらしい描写、感動させていただきました。
やっぱり先任曹長様の作品はどれも素晴らしいですね。

次回も楽しみにしています。
2. 名無し ■2011/06/12 15:43:07
藍様の設定を混ぜ合わせていたので、文明の利器が出てきても違和感なく読めました。
藍様の演算能力って実際どんなものなんだろう、今のスパコンよりはすごいんだろうけど。


でもみんな仕事しようよ…
3. 十三 ■2011/06/12 21:05:34
孤立無援、そして絶体絶命の状況下、奮闘する二匹の猫のかっこよさ。
一昔前のアクション映画のような分かりやすいストーリー。 やっぱこれですね。
深く考えずに楽しめる素晴らしい娯楽作品でした。いやぁ〜アクション映画っていいなぁ〜。(SSです。

テロリストのボスが印象に残っています。
魅力的な敵は主人公たちを映えさせますよね。
最後の「一度くらい抱いとけばよかったな」とか。紳士的ながらも、人間的で『キレてる』キャラに好感を持てました。
(あれ、彼に好感持てる私って変人?)

本当に散々な目にあったけど、藍には忘れられない誕生日になったことでしょうね。
サンデーナイトに素晴らしい作品をありがとうございます。
4. IMAMI ■2011/06/12 21:28:52
気取らないアクション映画のようなあなたの作品が大好きです。
こういうオリキャラにしたかったのになぁ…
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