躓きのこいし

作品集: 27 投稿日時: 2011/06/26 06:53:03 更新日時: 2011/07/12 00:21:50
夜。

雨。

魔法の森。



闇と降りしきる雨と鬱蒼と茂った木々は、

追っ手の視界を遮り、

逃走者の匂いを消し、

逃げ隠れするには最適であった。



――筈であった。



追っ手は夜目が利き、

逃走者から流れ出す血液の濃厚な匂いは、この程度の雨では全然薄まらず、

追っ手達にとってこの森は庭であり狩り場であり、逃走者にとっては障害物だらけの場でしかなかった。



「はぁ……、はぁ……、うぅぅ……」

とさっ。

よたよたと、歩いてきた――本人は走っているつもりか――古明地こいしは、
比較的大きな木に背中を預けて、崩れ落ちるようにへたり込んだ。

こいしはずぶ濡れで、体中に獣の爪でできたらしい三筋四筋の切り傷が無数にできていた。
傷のいくつかはかなり深く、今でも血をだらだらと流していた。
服を脱がせて傷口を洗えば、そこから筋肉や骨が見えるかもしれない。
唯でさえ白いこいしの顔は、より蒼白になっていた。

ぱたっぱたっ。

木の枝葉から滴り落ちる水滴が、こいしのお気に入りの帽子の鍔に当たって音を立てた。
別に雨宿りをしようとしたわけではないだろうが、ここならあまり濡れずに済む。

今更手遅れだが。

「はぁ……、はぁ……」

こいしは若干は落ち着いたがまだ荒い呼吸を繰り返しながら、雨夜の景色を片目で眺めていた。
現在使えるのは右目だけ。
左目には額から流れ出た血が入り、開けていられない。
三番目の目は、ずいぶん前に『覚り』の能力と共に閉ざされ、現在も開かない。

不意に、こいしの頭から帽子が飛んだ。

ぞぶり。

続いて右肩に違和感。

「あ……?」

こいしは右目でそれを見た。

グルルルルゥ……。

犬だか狼だかを二メートルぐらいに巨大化させたような化け物が、こいしに喰らいついていた。

「い゛……、があ゛あ゛あ゛あぁあ゛あ゛あああぁあぁぁぁぁぁあ゛あっ!!!!!」

こいしは恐怖と苦痛で絶叫した。

絶叫しながらのた打ち回ろうとしたが、怪物の怪力を誇る前足がこいしの右腕と左肩を押さえつけ、
そのままぬかるんだ地面に押し倒されてしまった。
こいしは、無駄な抵抗すら許されなかった。

グルルルル……。
グルルルル……。
グルルルル……。

こいしの周りには、先程まで彼女を追い回していた怪物の仲間が集まってきていた。

どいつもこいつも醜悪な、血に飢えた面をしていた。
こいしの姉であるさとりも似た様な怪物をペットにしているが、
こいつらとは違い、ちゃんと言うことを聞く『良い子』ばかりであった。

ぐじゅじゅずぶ。

「あがあ゛っ!! や!! あ……、あぁぁ……」

こいしの悲鳴は徐々に小さくなってきている。
涎塗れで不衛生な怪物の牙が、こいしに深く食い込んでいった。
どうやら、生きたまま食い殺される事は無さそうだ。
ちゃんと息の根を止めてから、皆で仲良く、こいしの骸を貪るのだろう。

こいしは、そろそろ血が足りなくなってきた頭でぼんやりと、そう判じた。





おねえちゃん、ごめん。

こいしは悪い子でした。

でも、少しは褒めて。

私がこうならなかったら、彼女達がこうなるはずだったのだから。



……やっぱ、だめか。

やっぱり、こいしは、悪い子でした。

そもそも、私があんな事しなければ、こんな事にはならなかったのだから。

……ごめん……なさい……。



……。



……ま……さ……。



………………す……。





…………あ………………。



……ごめ……………………な……さ…………――。





こいしの目から、

光が、

消えた。





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こいしの姉である地霊殿当主、古明地さとりのペットの地獄鴉である霊烏路空が、
蛇と蛙の神様から力を授かったと聞いて、
自分のペットもパワーアップしてもらおうと、
こいしはその神々が住まう守矢神社にやって来た。

そこで彼女に出会った。

姉の言っていた、人形遣いの盗賊(シーフ)。

霧雨魔理沙。

生憎と神々は留守であったが、姉やお空を倒したコソ泥を捻り潰せば良い土産になる。



スペルカード・ルールでは、殺生はご法度だが、

事故なら――無意識のうちに急所を弾幕に晒してしまうとか、
無意識のうちに飛行高度を誤って大地や神社に乱立する御柱に高速で激突するとか――、

事故なら、しょうがないよね。

死んじゃっても、しょうがないよね。

地霊殿の玄関に飾るオブジェになっちゃっても、しょうがないよね。



こいしは笑顔を貼り付けたまま、心の中で舌なめずりをした。



結果は――、

こいしの惨敗であった。



笑えた。

笑った。

爽快だった。



殺る気満々のこいしが、

気配を消す事も相手を誘導する事もできる『無意識を操る程度の能力』が、

遊び感覚で挑んできた人間の魔理沙に、

敗れた。

コテンパンにされた。



その後、魔理沙は神社の境内に寝そべったこいしの手を取って立たせてくれた。
こいしが笑顔を絶やさず、難しい単語を使った脅し文句を言っているにもかかわらずだ。
魔理沙はいたずらっ子みたいな笑顔で、こいしの体中の埃を掃ってくれた。
しかも、箒に乗せて地霊殿まで送ってくれた。

地霊殿で頭を下げたさとりと下げさせられたこいしを見て、魔理沙は慌てて二人の頭を上げさせた。
その後魔理沙は、古明地姉妹、お燐、お空を交えて、皆でお茶を楽しんだ。
皆でいっしょにお風呂に入った。
皆でいっしょに夕食を食べた。

さとりは宿泊を勧めたが、
人形となにやら話し込んだ魔理沙は、
結局、地霊殿に泊まる事無く、星屑を撒き散らしながら地上に帰っていった。



魔理沙が去った後、こいしの第三の目がむず痒くなった。

それは、心地良いもどかしさだった。



それ以来、こいしはちょくちょく魔理沙の所に遊びに行くようになった。





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魔理沙は自宅のベッドの上にいた。

Tシャツとドロワーズのみの格好で胡坐をかき、
広げた布の上でなにやら解体した道具をいじっていた。

真剣な表情だった。
遊びに夢中な子供みたいだった。

こいしは、魔理沙の顔と作業を間近で見ていた。
見とれていた。

使い古した歯ブラシや綿棒で汚れを落とし、
稼動部分に油を差し、部品を組み上げ、
最後にウエスで全体を拭い、ミニ八卦炉のメンテナンスは完了した。

ふう。

魔理沙は軽く息をつくと顔を上げ、

「さて、お茶にするか。こいしもどうだ?」

ベッドの上で四つんばいになって、魔理沙の作業をじっと見ていたこいしに声を掛けた。

気配を消していた筈のこいしに、声を掛けた。



魔理沙の淹れてくれた紅茶は美味しかった。
お茶請けのクッキーも美味しかった。

茶葉とクッキーは、アリス・マーガトロイドなる近所に住む魔女から分けてもらったそうだ。
何でも彼女は、地霊騒ぎの時、及びこいしと守矢神社で弾幕ごっこをした時に、
人形の提供及び助言をしていたのだそうだ。

魔理沙のパートナーだし、
こんな美味しいモノをくれるヒトだし、

きっと良いヒトだろうと、こいしは見当をつけた。



後日、そのアリスが催したお茶会に魔理沙共々お呼ばれした時、

人形を従え、優雅に立ち振る舞う、魔理沙より若干背の高い、美しい彼女を見て、

こいしは、自分の見立ては間違っていなかった事を確信した。



こいしは、アリスとも親しくなった。





かつては地底や地上を当て所もなく彷徨っていたこいしであったが、

徐々に頻繁に立ち寄る場所――要するに友人の家――が増えていった。

さとりは、妹にたくさんの友人ができた事を喜んだ。





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霧雨魔理沙の古くからの友人であり、幻想郷の重要人物である博麗の巫女。

博麗霊夢。

博麗大結界の守護者にして、名うての異変解決人。

屠った妖怪は数知れず。



魔理沙には、人妖問わず、皆を惹きつける魅力があるが、

霊夢には魔理沙とはまた違ったモノがあった。

畏れ。

霊夢は人間よりも神に近い。
それも荒ぶる軍神だ。
幻想郷を守るためなら、躊躇なく死地に飛び込む殺戮マシーン。

霊夢の元には、そんな彼女と対等に付き合える実力者達、
要するに、幻想郷の重鎮達が集まってくる。
何を隠そう、こいしの姉のさとりもそんな一人である。

さとりの『覚り』を以ってしても計り知れない霊夢の胸の内。

さとりが霊夢の凄さを語る時、
恋する乙女の熱っぽい顔と、
首をはねられた瞬間の死刑囚の凍った顔を、
同時にしていた事をこいしは思い出した。



以前こいしは魔理沙の時と同じような理由で、笑顔で挑発しながら、霊夢に弾幕ごっこを挑んだ事があった。

負けた。

死ぬかと思った。

容赦がなかった。

恋焦がれない殺戮一歩手前だった。



それ以来、こいしは無意識のうちに霊夢を敬遠していた。





そんな霊夢が、

彼女を凌駕する『畏れ』である、

妖怪の賢者である八雲紫と恋に落ち、

やがて結婚した。





それから、霊夢はますます巫女稼業に精を出すようになった。

博麗神社の境内及び居住部は、素敵な賽銭箱のように隅々まで手入れがなされた。

暇さえあれば厳しい修行に精を出した。
八百万とまでは行かないが、百ぐらいの神々なら召喚できるようになったのではないか。

妖怪に対する対応も穏便なものになった。
不穏な動きをする妖怪がいれば、かつては即抹殺であったが、
今ではまず平和的に説得を試みるようになった。
聞き入れられない場合は、躊躇なく血の雨を降らせたが。

視察と称して人里や各陣営を訪ね、そこの重鎮と頻繁に意見交換を行なった。
酒食を供された場合、かつては一発OKであったが、
今では必ず二回は断るようになった。
つまり、三回勧められた場合は遠慮なく頂くという事であるが。



霊夢が博麗の巫女である限り、この生活は変わる事は無かった。










で、今日の霊夢は博麗の巫女ではなく、

魔理沙とアリスの結婚を祝う一友人として、

アリス邸で催された披露宴に良人の紫と共に出席していた。



「いや〜、めれらいっ!! まりしゃ〜、ありしゅ〜、けっこん、おめれろお〜」
「ふふっ、霊夢ったら、こんなにはしゃいじゃって。初夜以来ね」
「なんら〜、ゆかりぃ〜っ。……ヤるぅ?」
「これ、はしたない。……帰ったら、ね」
「んふぅ〜、ゆかりぃ〜、しゅきぃ〜」

祝い酒でへべれけになった霊夢が、紙ナプキンで包んだグラスを傾けていた紫にもたれかかった。
紫はグラスの酒を一口舐めた後、苦笑しながらもう一方の手に持った扇子で霊夢を扇いでやった。

この二人、魔理沙とアリスの結婚を祝いに来たのか、それとも熱々振りをパーティー参加者達に見せ付けに来たのか。



そんな幻想郷二大最強者兼重要人物の痴態を、こいしは呆れ半分、憧れ半分に眺めていた。

アリス邸の庭及び屋内は、現在彼女達の友人を招いての結婚披露パーティーの会場となっていた。

屋内では、フォーマルな薄紫のドレスに身を包んだパチュリー・ノーレッジがアリスの給仕を受けながら本を読んでいた。
アリスが何か話しかけると、パチュリーはむきゅむきゅと答えていた。
パチュリーの使い魔である小悪魔は、こあ〜っと大欠伸をして、久しぶりにパシリから開放されていた。

庭の一角に設けられたグリルでは、魔理沙がバーベキューを皆に供していた。
魔理沙は髪の毛をポニーテールにして、シャツとGパンの上にデニム生地のエプロンを着用していた。
軍手をした手でトングを握り、大量の肉、魚、野菜、キノコを炭火で炙っていた。



庭には大きなパラソルが中央に刺さった丸テーブルと複数の椅子の席がいくつか置かれており、
こいし達が陣取っているのも、そんな席の一つであった。

「どうしたの、こいし。紅白紫の淫霧に当てられたかしら?
 ……まあ、あの光景は子供には目の毒、お姉様には気の毒ね。
 もうこれは、『桃霧異変』とでも名づけましょうかしら」

紅魔館からの外出を特別に許可されたフランドール・スカーレットは、物憂げな笑顔を浮かべたこいしに話しかけた。
彼女は優雅に、トマトジュースに持参した小瓶の『希少品』を垂らした物をストローで啜っていた。

「ん〜、霊夢、普段は怖いくらいに巫女やってるけど、オフの時にはああやって紫しゃまに甘えるんだよ〜。
 分かるよ〜、紫しゃまに苦労かけまいとする乙女心!!
 そして、そんな霊夢を愛おしく思い、紫しゃまは霊夢をそっと抱き寄せ……、きゃ〜!! 分かんないよ〜!!」

八雲紫の式神の式神、橙はオレンジジュースをストローで吸ったり吐いたりしながら、
恋に恋する女の子みたいに瞳に無数の星を煌かせていた。

「はんっ、橙はおこちゃまだね〜。アレは大人のお楽しみの前段階よ。
 普段堅物な霊夢が甘えん坊になり、いざ八雲様の褥に潜り込むと、清楚な巫女から淫乱な雌に早変わり!!
 八雲様も骨抜きになるってもんさね〜」

ウサウサウサ〜、と下卑た笑いを浮かべながらニンジンジュースをゴクゴク飲んでいるのは、
この面子の中では最年長の因幡てゐであった。

「けけけっ。世の中に正体不明は数あれど、色恋沙汰ほど分からないもんはないね〜。
 この最大の謎を究明するために、聖や寺の皆に聞いてみたけど〜……、
 み〜んな、顔真っ赤になっちゃったよ〜。けけっ!!」

確信犯的な笑みを浮かべながら封獣ぬえは、ガチャガチャと長い匙でクリームソーダをかき回し、
アイスクリームとメロンソーダを渾然一体にしていた。



「……みんな……、大好き!!」

賑やかな友人達に何と言おうか僅かばかり考えて、結局、この一言に落ち着いたこいしであった。

ちなみに、こいしが飲んでいる物はミルクである。



「いよう!! 楽しんでるか?」

どんっどんっどんっどんっどんっ!!

五人の少女の前に、分厚いビーフステーキが乗った皿を置いていくのは、
今日のパーティーのホステスの一人である魔理沙であった。

「何、話してんだよ〜。私も混ぜろよ〜」

魔理沙はこいしに後ろから抱きつき、巨大なバストを彼女の頭に乗せた。
こいしは顔を真っ赤にして、困ったような、嬉しそうな笑顔を浮かべるしかなかった。

「どう、楽しんでくれているかしら?」

魔理沙と似たような事を言いながら、長身の魔理沙の背後からひょっこりと顔を出したのは、
魔理沙の生涯の伴侶となったアリスであった。

アリスは手に、色々なパンが山盛りにされた籠を持っていた。
全部、アリスと魔理沙が焼いた物である。

新婚さんの手によって、各人にパンが配られていく。

ほら、フランご所望のガーリックトースト、ニンニク抜きだぜ。
橙はツナマヨコーンで良かったわよね。具沢山だから零さないようにね。
てゐ、人参パンに丸ごとの人参をはさんだキャロットドックって、これで良いのか?
ぬえは只の食パン……? え!? 全種類のジャムや調味料をどうするつもり!? ……ぅぇ。

魔理沙とアリスは甲斐甲斐しく、わがまま娘達の面倒をみている。
こいしの堅く閉じられたサードアイが、また、ひくり。

「こいし、どうした?」
「こいしちゃんはどれにする? 何でもいいって言っていたけど」

「へ!? ……あ、え、え〜と」

こいしはボーっとしていたようだ。
慌ててアリスが手にした籠の中を覗き込み、適当に固めのコッペパンみたいなのを取った。

「ほう」
「なかなかの通ね」

魔理沙とアリスは唸った。

「このパンは、私達が育てたハーブを練りこんだ物なんだぜ」
「これ、お肉と合うから。ちょっとステーキの肉汁をつけて試してみて」

こいしは言われた通り、ステーキを切ってあふれ出た肉汁とグレイビーソースが混ざり合った物をちょんとパンにつけ、

ぱくり。

口中に溢れる清清しい香りと深みのある味わい!!

こいしの笑顔が恍惚とした物になった。

魔理沙とアリスは、にんまりとした。

それを見た、少女達。

我も我もとハーブ入りのパンを求めたが、

「ざ〜んねん!! ハーブが不作で、あれ一個きりなんだぜ」
「ごめんね。今度また作ってあげるから」

ぶ〜たれる面々。

こいしは、魔理沙とアリスの作った、たった一つの当たりパンを笑顔で咀嚼した。

サードアイの目尻が下がっているような気が……。



アットホームなパーティーは恙無く進行した。
……と言っても、主催者と参加者達が屈託のない笑みを浮かべながら食事やゲームを楽しんだだけだが。

こいしは初対面の美女とカードゲームに興じていた。
十二ヶ月の花々を描いたカードが舞う。
このチェック柄の服を着た緑髪のお姉さん、フラワーマスターと言われているそうだが、
花札を操るその手つき、二つ名に偽り無しであった。

こいしは『こいこい』なるゲームをお姉さんとサシで勝負した。
結果はこいしのボロ負けだったが、楽しかった。
お姉さんも楽しかったのか、こいしに負けない笑顔を浮かべていた。

この勝負を遠巻きに見守っていた他の面子は、どういうわけか、ホッとした表情を浮かべていた。





魔理沙とアリスの結婚披露宴は、成功裏に終了した。
参加者達は新婚さんを祝福する言葉を残し、三々五々、帰路に着いた。

こいし達を除いて。

彼女達は一晩、アリス邸にお泊りするのだ。
予め保護者の了解は取ってあり、お泊りセットも抜かりなく持ってきている。

夕食は、皆で協力して少々騒ぎながら作った。
以外なのは、地下室暮らしが長い、ある意味『箱入り娘』であるフランドールの手際が良かった事である。
彼女曰く、地下室にシステムキッチンがしつらえてあり、僅かばかりの自由時間に図書館で借りてきた料理本を紐解きつつ、
暇つぶしにおやつや軽食を偶に作っているそうである。

お子様達は騒ぎながら、指先を包丁で切りつつ(さすが妖怪、直ぐに跡形もなく治癒した)、
出来上がったのは、カレーに豚汁にクリームシチューという、材料がかぶったモノであったが、
皆してお代わりをしまくり、寸胴なべ三つは小一時間で空になった。



二つのベッドをくっつけて一つの特大ベッドを作り上げ、皆がその上に乗っかり布団にもぐりこんだ。
寝るにはまだ早い。

お休み前の余興の始まりだ。

新婚夫婦の愛の巣である寝室。
そこは今宵限定の劇場と化した。

ベッドサイドのスタンドを残し、全ての光源が落とされた。

ベッドルームの壁面に、一大スペクタルが展開された。

魔理沙が手を組み合わせたものを光にかざすと、それは狼の影となった。
魔理沙がむにゃむにゃと呪文を唱えると、影はあっという間に狼の群れとなった。

凶暴な狼の群れに立ち向かうは、
正義の騎士、上海と蓬莱!!

アリスが布団の中で手を動かすと、二人の騎士は影の狼をバッタバッタと斃していった。

二人の新婚魔女が紡ぐ冒険譚。

破壊を司る少女は、手に汗を握った。
二つの尻尾を持つ少女は、猫の目のように表情をクルクル変えた。
悪戯ウサギは、影や人形が眼前に迫る度に悲鳴を上げ、布団に顔を埋めた。
正体不明少女は、闇に踊る狼と騎士達の痛快活劇に、口をぽかんと開けて釘付けになっていた。

こいしは、笑顔を浮かべていた。
二つの瞳の中に、煌く宝石が見えた。

小さい観客のため息と拍手で、魔女達の余興は終了した。



さて、良い子はお休みの時間である。

大きな特設ベッドの寝る位置で一悶着あり、
じゃんけんで決める事となった。

こいしはこっそり、無意識操作能力を使った。

こいしは見事、ベッド中央、魔理沙とアリスの間の位置をゲットした。

皆布団にもぐりこみ、

魔理沙とアリスは、こいしの頬をつねり上げた。

皆、歓声を上げた。

バレていたのだ。



こいしも、不明瞭な声で、笑顔で、騒いだ。





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その日は、てゐが居住する永遠亭の宿舎で、他の因幡達とオールナイトで馬鹿騒ぎする予定であった。

だが深夜、急患が来たためそれは急遽中止となった。

慌しくナース服に着替えたてゐ達に帰る旨の挨拶して永遠亭を出ると、こいしはふらふらと幻想郷を彷徨った。



無意識のうちに、こいしはアリス邸――アリスと魔理沙の家に来ていた。

今夜はここに泊めてもらおう。

玄関側の植木鉢の下にある合鍵でドアを開け、こいしは静かに寝室に進んでいった。



そっと寝室の戸をあけた。

ベッドが二つあり、その内の一つは空だった。

もう一つのベッドに、二人はいた。



スタンドの光源に、二つの裸身が照らされていた。

壁に、二人の影が大写しになっていた。

――まりさ。

――ありす。

これ以外は、二人の口から意味のある言葉は出なかった。



二人のあえぎ声。

二人から分泌される粘液が擦りあわされる音。

これらの雑音が発せられる間隔が短くなっていき、大きくなっていき、

ピークに達し、

二人はベッドに倒れ伏した。



――まりさ。

――ありす。



――愛しているわ。

――私もよ。



普段通り品行方正な彼女から、

普段は無理した乱暴な口調の彼女から、

互いを愛し、思いやる、短い言葉が発せられた。

言葉を発した口は、

互いの口で、

ふさがれた。





そこまで見届けたこいしは、

寝室の戸をそっと閉め、

玄関の戸をそっと閉め、

合鍵を元の場所に戻して、

再び、魔法の森を彷徨い始めた。





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無意識に、こいしは霧雨魔法店――以前、魔理沙が一人暮らしをしていた家に来ていた。

今夜はここに泊めてもらおう。

ポケットから取り出した、魔理沙から預かっている合鍵でドアを開け、こいしは静かに寝室に進んでいった。



そっと寝室の戸をあけた。

魔理沙は今でも仕事や魔法の研究のために泊まっていく事があるため、
ベッドは綺麗に整えられていた。



こいしは服を脱ぎ、下着姿でベッドの上に乗り、体育座りをした。

先程見た、魔理沙とアリスが繰り広げた影芝居がこいしの脳裏から離れなかった。



『――まりさ』

『――ありす』



ぽふっ。

こいしはベッドに倒れるように横になった。



二人のあえぎ声。

二人から分泌される粘液が擦りあわされる音。



こいしは、記憶の音をなぞり、

自分の潤った股に恐る恐る指を這わせ、

同じ音を奏でた。



こいしは片手で膨らみかけの胸を弄り、

もう片手はなおも自分の股間を攻め続け、

徐々にその動きが激しくなり、

「〜〜〜〜〜っ!!」

達した。



こいしは、シーツにできた染みにハンカチを押し付けた。

ハンカチを退けると、染みは薄くなっていた。
乾けば分からなくなるだろう。

ハンカチを服のポケットに戻し、こいしはベッドに寝転がり、毛布に包まった。

直ぐに寝息が聞こえてきた。



『――まりさ』

『――ありす』



『――愛しているわ』

『――私もよ』



こいしの閉じられた三つの目のうち、

二つから、涙が零れた。





早朝に目覚めたこいしは、

寝室の戸をそっと閉め、

玄関の戸をそっと閉め、

合鍵をポケットにしまい、

帰路に着く前に、



ハンカチをそっと嗅いだ。



サードアイがひくりと動いた。

胸に鈍痛を感じた。





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魔理沙は元・自宅のベッドの上にいた。

黒レースのブラジャーとショーツのみの格好で胡坐をかき、
無数の紙片とにらめっこをしていた。

真剣な表情だった。
クイズに夢中な子供みたいだった。

こいしは、魔理沙の顔と体と作業を間近で見ていた。
見とれていた。

陰毛にレースのフィルターがかけられた魔理沙の股間の下。

こいしの記憶が確かなら、そこに『染み』があった筈だ。

ぴり、と、こいしの股間に刺激が一瞬走った。

ショルダーストラップが片方ずれ、魔理沙の豊満な胸がブラから零れそうになっていた。

美人とハンサムの比率が6:4の端正な魔理沙の顔を、こいしはまじまじと見つめた。

昔と変わらずキラキラ輝く瞳。
何時から魔理沙は化粧をするようになったのだろうか。
ちろりと唇を舐める舌が艶かしい。

品の良いルージュと唾液で潤った魔理沙の唇に、

こいしは引き寄せられ、

そっと自分の唇を――。



重ねる前に、魔理沙は紙片を箱にまとめ、ベッドを降りた。



ぼてん。

こいしは、魔理沙の温もりの残るシーツに顔を埋めるはめになった。



魔理沙は『魔理沙の魔道書 資料』と書かれた菓子箱を手にして、

「さて、お茶にするか。こいしもどうだ?」

ベッドにうつ伏せになり、しばし動きと息をを止めていたこいしに声を掛けた。

気配を消していた筈のこいしに、声を掛けた。



魔理沙の淹れてくれた紅茶は美味しかった。
お茶請けのクッキーも美味しかった。

茶葉は以前同様にアリスの物であるが、手のひらサイズのざっくりしたクッキーは魔理沙が焼いたそうだ。

食べ甲斐のある焼き菓子を、こいしはかけら一つ残さずに平らげた。



こいしは、魔理沙に地霊殿まで贈ってもらう事になった。

魔理沙はこいしがいる事も気にせずに下着を脱ぎ捨て、新しい物を身に付け、

とんがり帽子に、胸元が開き、スカートにスリットが入った、

いつもの妖艶な黒白魔女の衣装に身を包んだ。

「じゃ、行こうか」

箒を手にした魔理沙のいたずらっ子の笑顔は、昔から変わっていなかった。



空を飛ぶ箒。

横座りする魔理沙に、またがって魔理沙の腰にしがみ付くこいし。

こいしは何の気なしに、魔理沙の左手に自分の手を重ねた。

魔理沙の薬指に固い感触。

こいしは手を魔理沙の腰に戻した。



魔理沙はさとりと少し談笑した後、地霊殿を去っていった。

この日は久しぶりに、こいしはさとり達と夕食を共にした。
姉の手料理は、ホッとする美味しさだった。



温泉で汗を流し、パジャマに着替えたこいしは自室に戻ってきた。

かち。

無意識のうちに、部屋に鍵をかけていた。

こいしは自分の手を見た。

黒いショーツ。

魔理沙が着替えの際に脱ぎ捨てたのを拝借してきたのだ。

いつの間にか、こいしはパジャマも下着も脱ぎ捨て、全裸になっていた。

魔理沙の下着。

魔理沙の恥ずかしい場所に密着していた布切れ。

こいしの愛液が垂れた場所に触れていたモノ。



こいしは、左手に握り締めた魔理沙のショーツで鼻と口を覆い、

右手は股間の秘所に伸ばし、指でしとどに濡れた穴をかき混ぜた。



「ふぐっ……、う、うぅぅぅぅ〜〜〜〜〜っ!!!!!」

ジョロ……、ジョロロロロロ…………。



こいしは、今まで経験した事の無いエクスタシーで失禁してしまい、そのまま床に横たわった。



激しい絶頂の後。



『――まりさ』

『――ありす』



『――愛しているわ』

『――私もよ』



大好きな魔理沙の顔が浮かんだ。

同じくらい大好きなアリスの顔が浮かんだ。

アリスのこと、嫌いならよかったのに。



うつ伏せに寝転がったこいしの潤んだ双眸から、涙が止め処なく溢れた。



サードアイがひくりとした。

堅く閉じられた三番目の目は、涙を流す事すらできなかった。





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博麗神社。

境内の掃除の手を止め、霊夢は魔理沙夫妻と話していた。



「あ〜、先、越されちゃったわね」
「別に紫は反対していないんだろ?」
「それとも『巫女』を引退するまで待つつもり?」
「そんな事……、考えたこと無かったわね〜」

物陰から、こいしは三人を見ていた。

冷たい風が、こいしの体と心を冷やしていった。

「う〜、ちょっと冷えてきたな」
「そうね、じゃ、そろそろお暇するわね」
「悪かったわね。長々と引き止めて」
「じゃ、失礼するぜ」
「さよなら、霊夢」
「気をつけてね」

魔理沙とアリスは箒に乗って、神社を飛び立った。

「さて、と……」

霊夢は境内をざっと見渡し、もう掃除の必要は無いと判断した。



「こいし、アリスの懐妊祝い、付き合いなさい」



こいしはニコニコしながら杯を干していった。

早いピッチで、日本酒を一気飲みし続けた。

吐いてしまう事こそ無かったが、こいしは目を回して潰れてしまった。

結局、霊夢は八雲邸に帰ることを諦め、陰陽玉で紫に連絡をした後、
一晩中、こいしの看病をする事となった。





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アリスのお腹が大きくなるに連れ、

魔理沙とアリスの幸せも大きくなっていった。

こいしも我が事の様に喜んだ。



十月十日が経過した。

無事、女の赤ちゃんが誕生した。

涙を流してはしゃぐ魔理沙と、憔悴しながらも嬉しそうなアリス。

こいしを含めた夫妻の友人達及び人里や魔界から来た親族達は、
全員で声を揃え、万歳三唱をした。

だが、それを永遠亭の病院棟内でやらかしたものだから、
八意永琳から全員、こっぴどくお説教を喰らう羽目になった。

月の頭脳に叱られる人里の豪商と魔界神の写真は、この日の文々。新聞のトップに掲載された。

その次の日、射命丸文は担架で担がれて永遠亭を訪れる事となった。



赤ちゃんを交えた魔理沙とアリスの生活は、幸せに満ちていた。

こいしも魔理沙に似た赤ちゃんを抱っこさせてもらいながら、微笑を浮かべた。



ある日の朝、地霊殿の洗面所で顔を洗ったこいしは鏡を見て、短く悲鳴を上げた。

涙目で鏡をまじまじと見た。

涙目でまじまじと見つめ返す自分の顔が合った。

だが、確かにいた。



ヒトの幸せを憎む悪鬼が、確かに、いたのだ。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





曇天。

今にも一雨来そうな予感。

ただでさえ薄暗い魔法の森の中は、もう夜のようだった。



「や〜ね〜、こんなに暗くなるとは思わなかったわ……。
 雨が降る前に急がないと」

ダアァ……。

「よしよし、怖くないわよ。魔理沙ママが待ってるから早く帰りましょうね〜」

バブゥ。

アリスは、赤ん坊をあやしながら魔理沙の待つ我が家へと急いだ。

赤ちゃんを抱いた状態で雨に降られると大変なため、空は飛ばず、徒歩での移動であった。

急ぐあまり、不慣れな獣道のような山道を急ぐアリス。
この道は自宅への近道である……筈。
うろ覚えであるが、アリスは無意識のうちに、この道は正しいと判断して突き進んでいった。



そんな親子を、闇よりも暗い目で見つめる少女がいた。





「あっ……、あぁ、こいしか」

アリス邸を訪れたこいしは、居間であからさまに落胆した魔理沙に話かけた。

「どうしたの、魔理沙?」
「ん? いや、アリスが子供の健康診断で永遠亭に行っているんだよ」
「へ〜」
「今日は竜宮の使いの天気予報で雨が降るって言ってたから、ちょっと心配でな」

魔理沙とこいしは窓から外を見た。
もう、真っ暗だ。

「迎えに行ったほうがいいかな……」
「入れ違いになったら無駄足だよ。大丈夫、アリスは誰かさんと違ってしっかり者だから」
「誰かさんって、誰だよ……」
「お家で待っていよ。ね」

こいしは、魔理沙を引き止めようとした。

「ん……、そうだな」
「私がここでアリス達を待っててあげるよ。魔理沙は少し休んだら?」
「そうか……? こいしがそう言うなら……。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうぜ」

魔理沙は椅子から立ち上がった。

「私は寝室で昼寝させてもらうぜ。最近徹夜続きで寝不足なんだよ……」

魔理沙が赤ちゃんの面倒や魔法の研究や仕事の関係で忙しくて疲れ気味だという事は、こいしは魔理沙本人から聞いていた。

「お休み、魔理沙」
「お休み。ふ、わぁぁ……、何かあったら遠慮せずに起こしてくれよ……」

手を振るこいしに見送られ、魔理沙は足を引きずるように奥に向かっていった。





道に迷ったアリスは、いつもの倍の時間をかけて、クタクタになって家に帰ってきた。

赤ちゃんは機嫌が悪くなったのか、愚図っている。

外は小雨が降っており、二人は少し濡れていた。
いけない。このままじゃ風邪をこじらせてしまう。

こいしは予め沸かしておいた風呂に入るようにアリスに勧めた。
アリスは喜んで赤ちゃんを連れてバスルームに向かった。

丁度、昼寝から目覚めた魔理沙と会ったアリスは、遅ればせながら帰宅の挨拶をした。
心配した魔理沙に愚痴られ、ペロッと舌を出して謝るアリス。笑う赤ちゃん。

アリス達が入浴している間、魔理沙とこいしは夕食を作る事にした。
こいしは、魔理沙特製のキノコチャーハンを所望し、バスルームのアリスも食べたいと言った。

魔理沙はやれやれと言いながら、嬉しそうに腕まくりをしてキノコを豪快に切り始めた。
キノコやベーコンが刻まれ、それらの端切れはスープに使った。

食卓に並べられるチャーハンとスープ、それに自家製の糠漬け。

配膳が終わったタイミングで、ホコホコになったアリスと赤ちゃんがやって来た。

料理を褒めるアリスに、照れる魔理沙とはにかんだ笑みを浮かべるこいし。

笑顔が溢れる食卓。

こいしは笑顔で言った。

「みんな、だ〜いす――」





ここで、こいしは目が覚めた。

「ふぁ……?」

こいしは、ダイニングの食卓に突っ伏していた顔を上げた。

辺りを見渡し、置時計の表示を見た。

夕食の時間はとっくに過ぎていた。
当然、風呂など沸かしてはいない。

外は真っ暗。

どころか、窓ガラスを打ち破らんとするかのような豪雨であった。



アリス達は、まだ帰ってきていなかった。



悪気は無かった。

ちょっと、困らせてやろうとしただけだ。

『無意識を操る程度の能力』でアリスの判断を誤らせ、ちょっと迷子にしようとしただけだ。



魔理沙もアリスも、二人の愛の結晶である赤ちゃんも、

みんなみんな、大好きだ。

彼女達を不幸にする事など、望んでいない!!



深刻な事態になりつつある、或いはもうなっているかもしれない事ぐらい、

こいしでも分かった。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





がたっ。

びくっ!!

呆然としていたこいしは、玄関の物音に驚いた。

風……?

しばらく玄関のドアを見つめていると、

がたっ。

また物音がした。

こいしはそろりと立ち上がり、玄関に向かい、

ドアを少し開けて外を窺った。

誰もいない……?

見通しが悪いが、玄関前は照明が煌々と灯っている。
見落としがあるとは思えない。

そっとドアを閉めようとして、

何かドアに挟まった。

イターイ!!

こいしは慌てて足元を見た。

シャンハーイ!!

アリスの人形がドアに挟まり、ジタバタもがいていた。

こいしは人形を抱き上げた。

人形は泥に塗れていた。

服やリボンがズタズタに裂けていた。

本体は傷だらけ、手足には何かが噛み付いたような跡があった。

「……」

こいしは思考停止に陥った。

ボロボロの人形を見て、アリス達の身に尋常ならざる事態が起きた事は容易に想像できた。

どうしよう、どうしよう、どうしよう……。

そこで、こいしはフリーズしてしまった。

どうしよう……。



「どうした、こいし?」

こいしはビックリして振り向くと、そこには魔理沙がいた。
『能力』を使って、無意識に部屋から出る事を嫌がるようにしたはずなのに……。

「!! それは……!?」

魔理沙はこいしの手から上海人形をひったくった。

「おいっ!! 上海っ!! アリス達はどうした!?」

アリス、タイヘン!!

「何っ!?」

アリス、タイヘン!! アカチャン、タイヘン!!

「状況を報告しろ!!」

カイブツイッパイ!! アリス、タタカウノ、タイヘン!! ホーライ、タタカウノ、タイヘン!!

「あいつ等か……!?」

魔理沙の生業は、実質的な何でも屋である。
その仕事には、異変の解決や賞金稼ぎのような荒事も含まれる。

最近、自警団の詰め所で貰った手配書にあった、魔法の森に出没するという怪物の群れ。

狼だか野犬だかが魔法の森の瘴気で妖怪化、群れを成して旅人や隊商を襲っているとの事である。
被害が深刻になるようなら博麗の巫女に退治を依頼するそうだが、
なかなかに魅力的な懸賞金なので、その前に魔理沙が稼がせてもらおうと考えていた。

上海人形の拙い説明に該当する怪物といったら、奴ら以外に考えられなかった。

「上海!! アリス達の下へ案内できるか?」

シャンハーイ。

上海は万歳をして、できる事をアピールした。

その間に、魔理沙は出発の準備を整えた。

とんがり帽子にドレス。
愛用のミニ八卦炉。
使い込んだ箒。
アリスが精魂込めてメンテナンスをしてくれた、八体のオプション人形。

外套をまとった魔理沙は、箒に横座りではなく、馬のようにまたがった。

「上海!! アリス達はまだ無事か!?」

シャンハーイ!!

クイッ、クイッ!!

箒の先に鎮座した上海は、自分に繋がった糸を引いて見せた。

アリスは、この糸で人形達を操り、魔力を供給している。
まだ上海が稼動しているという事は、アリスは少なくとも生きている事を意味する。

この目視が難しい、細い細い糸は、文字通りのアリスの生命線である。

「上海、アリスを助けたらお前を直してもらうから、頑張ってくれ」

シャンハイ、ダイジョウブ。 マリサ、アリスタチ、タスケテアゲテ。

「ああ、任せろ!!」

魔理沙は、箒の先端に取り付けたライトを点灯した。

ボッ!!

前方が昼間のように明るくなった。
このライトは外界から流れ着いた、主に警察のヘリコプターに搭載されるサーチライトで、
にとりにパワーソースを電力から魔力に変えてもらった。
これで視界不良の問題は解決された。

「こいし!! お前はここで――」
「私も行く!!」

こいしは魔理沙が何か言い終わる前に箒にまたがり、魔理沙にしがみ付いた。

「私だって戦えるし、アリスが好きだし、赤ちゃんも好きだしっ!!」

こいしは魔理沙にしがみ付いたまま叫んだ。

「……分かった。あてにさせてもらうぜ!!」

後ろを振り向いてこいしの意思を確認した魔理沙は、前を、眩しいくらいに照らされた前方を見据えた。



「飛ぶぞ!!」
「ん!!」
シャンハーーーイッ!!



荒天の中、光は魔法の森上空に舞い上がると、一直線に飛び去った。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





闇の海と化した魔法の森。

光弾が見えた。

アッチ、アッチ。

上海人形が指し示す方角だ。

また光弾が見えた。
ずいぶん貧弱な弾幕だ。

上海の案内がなければ、雨にまぎれて見落としそうだ。

魔理沙はサーチライトを下に向けた。

いた。

アリスが片手に赤ん坊を、もう片手で蓬莱人形を操りつつ弾幕を放っていた。

照明から逃れる黒い影がいくつか。
かなり大きい。
件の怪物共に間違いなさそうだ。

魔理沙はアリスの真上に移動すると、
彼女を中心として360度回転しながら八卦炉からレーザーを照射した。

「マスター・スパァァァァァクッ!!!!!」

極太レーザーは木々と怪物の何匹かをなぎ倒し、地面に円を描いた。

怪物の群れがアリスの側から離れたのを確認すると、魔理沙はアリスの側に着陸した。

「アリス!! 大丈夫か!?」
「痛っ!! ええ……、赤ちゃんは、無事よ……」

確かに赤ん坊はおくるみに血や汚れが付着しているが、怪我はしていないようだ。

だが、アリスは満身創痍であった。
スカートやケープはあちこち破れ、汚れ、露出した肌には血が滲んでいた。

マタセタナ!!
オソイゾ、アイボウ!!
ワルイ、ビジンヲフタリ、ドライブニサソッテイタラ、チコクシタ!!

刃が半ばから折れた剣を持った、大破状態の蓬莱人形が悪態をつくと、
上海人形は親指で背後の魔理沙とこいしを指し示した。

「っ!!」

こいしが空中に弾幕を放った。

ギャンッ!!

人間サイズの畜生が穴だらけになって、地面に落下した。

「魔理沙!! 奴らが向かってくるよ!!」

「なっ!?」

魔理沙は箒のライトを周囲に向けた。

赤い光のペアが、ひのふのたくさん……。
ターゲット・リッチ!!
三人が弾幕を撃ちまくっても、全滅させる事は不可能。
先程のレーザーや弾幕にも臆した様子がないので、追っ払う事もできない。
怪物には分不相応な知能はあるようだが、喜怒哀楽といった『感情』は原始的な物しか持ち合わせていないようなので、
こいしの無意識操作能力による思考誘導は望めない。

化け物の群れは、目のくらむ明かりを向けられても怯まず、じりじりと包囲を狭めてきた。

フ、フヤ……。

赤ん坊が泣きそうになった。

「ごめんね、あと少し、辛抱してね」
「お家に帰ったら、ママ達がたっぷり遊んでやるぜ……」

両親の静かな懇願を聞き入れたのか、赤ん坊は口をつぐんだ。

いい子だ。

魔理沙は、八体のオプション人形を周囲に円を描くように配置した。

「アリス、こいし、いいか、良く聞け」

周りの化け物共を睨みつけながら、魔理沙の言葉に注意を傾けるアリスとこいし。

「これからオプションを一斉に起爆する。奴らが立ち直る前に離陸するから、私の側を離れるな!!」

魔理沙は箒のコンソールを操作して、全人形のボムの安全装置を解除した。

怪物の群れはじりじりと魔理沙達に迫っている。
アリスとこいしはいつでも弾幕を撃てる状態で、魔理沙の側に集まった。
魔理沙は箒にまたがり、起爆トリガーに指をかけた。

怪物共は、もう警戒線を構成するオプション人形の鼻先まで迫ってきた。

!!

「今だ!!」

左手で赤ん坊を抱きしめたアリスは、傷だらけの右手で魔理沙の腰にしがみついた!!
こいしは牽制の弾幕を放ち、箒の柄を握り締めた!!
上海人形は蓬莱人形に肩を貸しながら飛翔、魔理沙の帽子に取り付いた!!

それらを一瞬で確認した魔理沙は、トリガーを引いた!!



八つの閃光。

八つの衝撃波。

それらによって、怪物共の群れは、また同胞を数十匹失った。



魔理沙の箒は、ボムの閃光が収まるのを待たずに離陸した。

流石に定員オーバー気味であるが、直ぐに安全な高度まで達するだろう。



魔理沙は、あの化け物共には知能があると判断したが、それは間違いではないかと思い始めた。

じつは、氷精にも劣る愚か者ではないのか。



何故なら、



連中は、

ボムで身体を焼かれたにもかかわらず、

衝撃波で体のあちこちの部位を潰され、吹き飛ばされたにもかかわらず、



大挙して魔理沙達に飛び掛ってくるではないか!!



一匹、箒に飛び移ろうとした。

が、急に箒の上昇スピードが上がったため、化け物はそのまま落下。
後ろ足を二本とも失っていたため、バランスを取る事もできずに大地に叩きつけられ、絶命した。



「こいし!!」
「え!? こ、こいしぃぃぃぃぃっ!!」

こいしが箒から飛び降りたために、重量が軽くなったのだ。

こいしは両手をひろげ、スキップするかのように森の闇を走っていった。

怪物の群れは、手の届かない獲物よりも確実なこいしの方へ、全員が走っていった。



魔理沙親子が乗った箒は、しばらく上空に留まっていたが、
やがて雨の中を飛び去った。



こいしは、ちらと空を見上げ、

にっこり微笑むと、

弾幕を撒き散らし、

また一匹、怪物を血祭りに上げた。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





こいしの奮戦で、怪物は十数匹まで数を減らしていた。

だが、多勢に無勢。

こいしの傷は増えていき、
こいしの体力は減っていき、

もう、こいしは攻撃する事も逃げる事もできなくなった。

仲間や自分自身が傷つき死ぬ事を恐れぬ化け物の牙は、
遂にこいしの肩口に喰らいついた。

こいしは、自分が魔理沙に変な感情――恋慕まがいの我侭――を抱いたために、
幸せな家族を崩壊させようとして、

その報いを受けているのだなと、納得した。



魔理沙。

アリス。

赤ちゃん。



ごめんなさい。





こいしの目から、

光が、

消えた。





ばきゃっ。

ついでに、

こいしに喰らいついた怪物の頭も消えた。



ばらららら……。

赤い弾幕と青い弾幕が撒き散らされ、

それに巻き込まれた数匹の怪物が挽肉と化した。



ぐしゃっ。ぐしゃっ。ぐしゃっ。

巨大な杵を持った小柄な影が疾駆して、

その途上にいた怪物が粉砕された。



ひゅんひゅんひゅん……。

虹色に輝く飛行物体が襲来した。

その上に乗った人影が、雨雲立ち込める夜空に矢を放った。

矢は弾幕と化して化け物共の頭上に降り注いだ。





気が付けば、怪物の群れは全滅していた。





「こいし……、こいし……」

こいしの目に、弱々しい物であるが、光が蘇った。



こいしは、自分を見下ろす四つの人影に気付いた。

そのうち三人は見知った顔であった。

だが、一人は……。

「てるてる坊主……?」

こいしは、その人物の見た目を端的に言い表した。

「な!?」

ぷっ。
くすくす。
けけけっ。



ウェットスーツの上からぶかぶかの白い雨合羽を着込んだ人影は、
なにやら怒鳴り散らしているようだが、
こいしは気を失ったため、聞いていなかった。



雨は止んでいた。

てるてる坊主呼ばわりされた小柄な人物は、

過剰なまでの装備を脱ぎ捨てた。



にゅっと、

闇に怪しく光る、

宝石の翼が現れた。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





魔法の森を脱出した魔理沙一家は、最寄の勢力の本拠地である紅魔館を目指した。

取り残されたこいしを助け出すための助力を得るためである。



紅魔館に辿り着いた魔理沙達は、直ちに中に通された。

医務室でアリスの手当てが行なわれている最中、四人の少女が駆けつけた。

フランドール及び彼女の所に遊びに来ていた橙、てゐ、ぬえは、こいしのピンチを知ると飛び出そうとしたが、
雨具の準備ができるまで引き止められた。
水が致命傷となるフランや式神が剥がれ落ちてしまう橙がいる事もあって、素直に従った。

フランドールの最早雨具といえない重装備が整い、飛び出して行く四人。

凶悪な怪物の群れを皆殺しにして、なんとか彼女達はこいしを助け出す事ができた。



永遠亭に担ぎ込まれたこいしは、てゐが中心となって施した応急処置もあって一命を取り留め、
現在はてゐが手を回して確保したVIPルームで養生している。



どこか調子の悪いところは無いか、と診察に来た永琳に尋ねられたこいしは、
怪我は大丈夫だけれど別件で少し相談に乗ってくださいと告げてから、
魔理沙に『能力』の効きが悪くなってる事を、今回の件の事も含めて話した。

永琳はしばし考えた後、これは私見だが、と断ってから話し始めた。



覚り妖怪の『覚り』能力は相手の心を読み取る能力、で合っているわよね。
でも、貴方はその能力を封じたそうね。
私が思うに、貴方は能力を封じたのではなく、変質させたのではないかと思うの。

貴方が『無意識を操る程度の能力』と呼んでいるアレ。
実は、自分が望んだ姿を相手の深層心理に書き込んでいるのではなくて。

例えば、貴方が自分の事を道端の石の様な取るに足らないものだと思えば、
貴方の能力の支配下に入った者は、貴方を石ころのように気に留めなくなり、
相手を誘導したいと思った場合、貴方は相手に障害物か道路標識のように認識されているのかもね。

で、魔理沙にその能力が効かないそうですけれど、
それは簡単な事よ。

貴方の事を、心から大事な存在だと認識しているからよ。

霊夢のような実力者ともなると、まやかしが効かないという事もあるけれど、
少なくとも魔理沙や貴方のお友達に関しては、そう推測されるわ。

魔理沙を足止めできなかったそうだけれど、
彼女は奥さんが心配になって、目の前のバリケードを乗り越えたんじゃない?

ちなみに私は、貴方を治療すべき患者だと認識しているわ。
だから、貴方が回復して退院したら、貴方を知覚できなくなるかもしれないわね。

他にも貴方の事を愛おしいと思っている者がいるかもしれないから、おいたは程々にね。





永琳が退室した後も、こいしは呆然としていた。

自分は、道端の石のような、躓きでもしない限り、誰の気にも留められない存在だと思っていた。
だが八意先生が言うには、こいし自身がそう思っているから、相手もそう認識してしまうらしい。

こいしは自分の人生を省みた。

私達姉妹はかつて地上で酷い目に遭った。
そこで自分は躓き、立ち上がる事もせずに、ただ道端で愚図ついていただけではないか。
そうしていたから、姉のさとりは自分に愛想を尽かせて一人立ち上がり、先へと行ってしまったのではないか。

私は、誰にも相手にされない矮小な存在だと、自らを卑下していたのだ。

だが、そんな石ころを手に取る者が現れた。

自分は愛される資格がある事に、ようやく気付いた。
それに気付く事こそ、愛される資格なのだ。



がやがや。

なにやら病室の前が賑やかになった。

とんとん。

ノックの音より、外で待っている人達のほうが賑やかだ。

「どうぞ」

こいしが入室を許可した途端、

どっと、大勢がなだれ込んできた。

かなり広いVIPルームであったが、
見舞い客達が立っているのがやっとであった。

皆、こいしを案ずる台詞を、様々な表現で口にした。
中には、こいしへの見舞いの品を勝手に口にして、他の者に叱られる者もいた。

こいしのベッド脇、どころかベッドの周りに花と見舞いの品々が並べられた。
花屋やギフトショップができそうだ。売る気はないが。

怒涛のような見舞い攻勢。
このような場合、皆に感謝の言葉を述べるべきだろう。
だが、こいしはサードアイを閉ざしてからその言葉を忘れてしまった。

だから、脳裏に浮かんだ、簡単な言葉で済ませよう。



「みんな〜〜〜〜〜!!」

皆は静まり返り、こいしを注目した。

数百年ぶりの大勢の注目に、こいしは緊張した。

いつものように、いつものように……。



サードアイが、むず痒い。



こいしは、

笑顔で、

叫んだ。



「みんな、だ〜〜〜〜〜い好きっ!!!!!」




 
今回は、こいしが魔理沙とアリス、友人達との交流を通じて成長する話……のつもりで書きました。


2011年7月12日(火):コメントの返答追加

>IMAMI様
幸せな物語を書く事こそ、私のフリーダム!!

>2様
下手な本番よりもそそるでしょ?

>ふらいる様
こいしと同じく、貴方も心という物を学んだようですね。

>4様
古参のバディの雰囲気が出たかな?

>5様
こんな甘っちょろい作品を喜んでいただき、光栄です。
NutsIn先任曹長
作品情報
作品集:
27
投稿日時:
2011/06/26 06:53:03
更新日時:
2011/07/12 00:21:50
分類
こいし
魔理沙
アリス
マリアリ夫婦
こいしの友人はフランドール、橙、てゐ、ぬえ
霊夢
ゆかれいむ夫婦
『無意識を操る程度の能力』の独自解釈
1. IMAMI ■2011/06/26 17:48:20
ああざんね………よかったパッピーエンドだ。
みんな幸せも俺たちのジャスティス!!
2. 名無し ■2011/06/27 00:54:40
オナるこいしが可愛いすぎる・・・!
3. ふらいる ■2011/06/27 01:56:30
何だろ・・・
なんがっ泣げっ・・・
°・(ノД`)・°・
4. 名無し ■2011/06/28 23:44:27
上海と蓬莱が可愛すぎる
5. 名無し ■2011/07/07 03:57:26
なんだろ。この文体がすごく好きです。
6. 名無し ■2012/02/18 02:01:04
これって実際にありそうですね・・・。
自分が関心を相手に持ってないから、言動にそれが表れて相手からも気にされなくなっていく。

それはそうと、面白かったです!
ハッピーエンドもいいもんだ
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