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『Eternal Full moon 第五話』 作者: イル・プリンチベ

Eternal Full moon 第五話

作品集: 27 投稿日時: 2011/07/26 11:59:10 更新日時: 2011/07/26 20:59:10
―23― えーりん式姫様の教育法




 「永琳、これなんて読めばいいの?」


 輝夜は昨日教えた漢字の読み方を理解していなかったので、こんな事では次期の王としてやっていけないから私は輝夜の左側の頬を思いっきりビンタした。


 バシッ!


 輝夜の頬は赤く腫れるが、そんなこと気にしていられない。全ては輝夜が歴代の聖君と呼ばれた王として名を残していくために、私は非情に徹しているのだ。輝夜は近い将来に王の座について親政をしていかなくてはならないのだから、これぐらい簡単な漢字の読み方が解らないなんて話にならない。


 「輝夜!これは昨日教えたわ、なんでちゃんと復讐をしなかったのよ!これぐらいわからなかったら、王としてやっていけないわ!」


 輝夜の出来は悪くはないが、むしろ本人に王としてやっていく気があまりないのだろう。だが、今の王様とお妃さまの間には輝夜しか子供がいないので、王位継承権があるのは事実上輝夜しかない。


 王様は輝夜に甘すぎる!初めてできたわが子が可愛いという心情は理解できるが、事あるたびに輝夜の望むものをすべて与えるのはどういうことだろうか。これでは輝夜が稀代の暴君としてなお残す恐れがあると思うと、誰か一人は輝夜に対し厳しく接する必要があるのではないだろうか。


 私は誇り高き月の頭脳である八意永琳。王様から姫様の教育係を任命されたので、私の身命を賭けて姫様を名君として育て上げるのが私の仕事である。決して暴君や暗君になどさせはしない。いや、させてなるものか!




―24― えーりん式弟子の教育法と危険な人体実験




 私は月の都にある秘密の研究所にいる。弟子の綿月豊姫と依姫の姉妹と彼女達のペットである髪の毛が長い可愛らしい玉兎の娘を連れているのだ。


 「やめてください、八意様!豊姫様、依姫様、私の事をお助け下さいませっ!」


 髪の毛が長い玉兎一羽が涙を流しながら必死になって私に謝罪をしている。こいつが逃げ出せれないように全身をフェムトファイバーの縄で締め付けた上でベッドに寝かしつけているのは、弟子の綿月豊姫と依姫の姉妹が玉兎の改造実験のファイルを紛失するという失態をしでかしたからだ。


 「お師匠様、彼女は何の罪もありませんのでどうか私の事を罰して下さい!」


 「豊姫。あなたがやらかしてくれたポカの意味が解っているの?本当にマヌケなことをしてくれるんだから、師匠である私は弟子のあなたにお仕置きしなきゃいけないじゃないの!」


 バギッ!


 「ぐっ…」


 「お師匠様、改造実験の責任は私がすべて背負いますので、どうか彼女を解放していただけないでしょうか」


 バギッ!


 「うるさいっ!」


 「うっ…」


 「八意様、豊姫様と依姫様は何の罪はございません!どうか、この愚かな玉兎の私が代わりに罰を受けますので、不問にしてください」


 「あなたは近いうちに汚名返上の場を与えるから、今日のところはあなた達の代わりとなるペットの玉兎であるこいつに責任を背負ってもらう事するわ!」


 「豊姫、ジャックナイフを持って来なさいっ!」


 「依姫、吸血鬼の心臓をぶち抜ける大きな杭とハンマーを持って来なさいっ!」


 私は豊姫と依姫にジャックナイフと吸血鬼の心臓をぶち抜けるぐらいの大きな杭とハンマーを持ってくるように命令しました。それでも豊姫と依姫は一向に動く様子が見られないので、


 「豊姫、依姫!何ボサッとしてるのよっ!早く言われた通りの物を持って来なさいっ!」


 この場において使えない2人の弟子を怒鳴りつけてから、
 

 「豊姫!あなたはジャックナイフを持ってくればいいのに、なんで持って来ないのよ!こんな使えない弟子は修正しないとねっ!」


 私は怯えきった玉兎を置き去りにしてから豊姫のそばに近寄ると、右手の拳を握り締めて思いきり豊姫の左側の頬を殴りつけました。


 ハギッ!


 「ううっ!も、申し訳ありませんお師匠様…」


 地べたに這い付くばった豊姫は大人しく私に謝罪をしてきました。とりあえず豊姫の再教育は成功したのですが、この馬鹿弟子ときたら油断をするとすぐに怠けてしまう悪癖があるので、師匠である私がこうやって定期的に修正を施さなくてはなりません。


 豊姫の瞳が怯えきったことを確認すると、私は豊姫の修正作業が無事成功した事を確信したので、次に修正を施さなくてはならない依姫のそばに近寄ったのです。この時点で依姫は完全におびえ切っているのですが、ここで手ぬるい処置をするとまた同じポカをやらかしかねないので、私は心を鬼にして依姫を修正することにしました。


 「依姫!あなたは大きな杭とハンマーを持ってくればいいのに、どうして持って来ないのよ!ああ、もう!不肖の弟子を持った師匠の身になって御覧なさいっ!」


 ドガッ!


 「お、お師匠様。ご、御免なさい!」


 依姫の腹めがけてケンカキックをブチかますと、依姫は壁にぶつかってからその反動で地べたに這いつくばってしまいました。私の一撃が心身ともに大きなダメージを与えたと思えるので、依姫の瞳は完全に戦意を失った状態に陥ってしまいましたが、これで依姫の修正作業は完了しましたがこれで良しとしましょう。


 「大丈夫、痛いのは少しだけ。後は気持ち良くなるだけよ…。さぁ、これから楽しい楽しい実験の始まりよ♪」


 

―25― “蓬莱の薬”を姫様に作らされる



 「姫様いけません!それを作るというのはいくらなんでも姫様の命令とはいえ、臣下にすぎない私でもやることはできません!」


 私は敬愛している姫様の命令を拒絶しているわけがある。なぜなら姫様は禁断といわれる“蓬莱の薬”を私に作らせようとしているのだ。


 「永琳、私のいう事が聞けないっていうの?私は“蓬莱の薬”って奴を一度でもいいから飲んでみたいのよ」


 姫様は好奇心で蓬莱の薬を飲んでみたいと私に言うのだが、“蓬莱の薬”は一度飲むと飲んだその時から死ねなくなるだけでなく心身の成長を破棄してしまう恐ろしい薬である。


 「姫様。大変申しにくいのですが、“蓬莱の薬”を飲むと永遠の命を宿し死ねなくなってしまうのです」


 私は“蓬莱の薬”の危険性を知っているので、絶対に姫様に知られたくないからあえて教えなかった。それなのになぜ姫様は“蓬莱の薬”の存在を知ってしまったのだろうか。


 「永琳。私に“蓬莱の薬”の存在を教えていないのに、私がそれを知っているから驚いているんでしょ?」


 「この“禁断の秘薬”という本に“蓬莱の薬”の事が書いてあったから、どういうものか見てみたいし、飲めるものなら飲んでみたいのよね」


 姫様は私が隠していた“禁断の秘薬”という題名の本の“蓬莱の薬”が記述されているページを見せてきたのでした。


 「だからこそ飲んでみたいのよ!私は平凡な人生を歩むより、スリリングで面白い人生を選択したいわ」


 おそらく姫様は“蓬莱の薬”の効果がどれだけ恐ろしいかを知らないので、あえて飲んでみたいと面白半分で言ってることでしょう。


 「それだけはなりません!姫様が“蓬莱の薬”を飲まれた事で永遠に苦しみ続けてしまわれるのを思うと、私と致しましてはそれが耐えられないのです」


 実際に私は“蓬莱の薬”を飲んでいないのだが、以前興味本位で飲んでみたところによるとたちまち死ねなくなってしまい、その者は月の都から流刑されてしまったのだ。


 「だったら永琳も飲めばいいじゃないの。犯罪って奴は一人でやるより二人以上でやったら怖くないっていうでしょう?」


 所が姫様は私の忠告を聞くどころか、ともに“蓬莱の薬”を飲んで共犯者になろうと誘ってきたのです。


 「そういう問題ではございません!姫様になんと言われようとも、私は“蓬莱の薬”を作るわけにはいかないのです」


 教育係である私にとって姫様には聖君となってほしいので、どんなことがあっても“蓬莱の薬”を飲まさせてはいけない。だから、“蓬莱の薬”を作ることを拒否しましたが、


 「あっ、そういうこと言うんだ。私、見ちゃったんだよ?永琳が陰で玉兎の遺伝子操作をしていたり、禁断の実験をしていたりしていることを内部告発しちゃうよ?」


 「玉兎相手に禁断の実験を平気でやってる証拠がこれじゃないの!酷いなぁ…、永琳って私に偉そうにあれこれ言うくせに、自分はこんな事やってちゃ説得力ゼロだわ」


 なんと姫様は私が豊姫と依姫と一緒に“玉兎の改造実験”をしていた写真を見せつけてきた上に、私に軽蔑の眼差しをして意味深な笑みを浮かべてきたのです。


 「ひ、姫様がなぜそれを?その写真をよこしてください!それにこれは新薬の実験をただやっているだけであって…」


 私は姫様から写真を取り上げようとしたのですが、


 「人に聖君になれって言ってる奴が、こんなインモラルなことをやってちゃ世話ないじゃないの」


 「それにこんな面白いものを素直に渡す人がどこにいるっていうの?」


 姫様は私の事を茶化してから写真を胸元に隠してしまいました。このことを姫様に内部告発されると、最悪の場合だと地位と財産を失うだけでなく罪人として流刑されるどころか、八意家の一族全員が処刑されてしまうでしょう。


 「姫様、それを王様にお見せするおつもりですか?それだけは勘弁してください!」


 私はこんな事が原因で八意家の一族全員を処刑させるわけにはいかないので、姫様に禁断の実験をしている写真を王様に見せないように懇願したのです。


 「そうよね。“月の都”の創立に多大な貢献をした“八意永琳様”が、こんな玉兎を虐待しているなんて知られたら、今まで作ってきたイメージが台無しになっちゃうもんね」


 「玉兎をあれこれ改造手術してる噂は本当みたいだし、そのくせ出来損ないだったら容赦なく殺処分してきたんでしょう?」


 姫様は私の弱みを握ってしまったので、私が生き残るためにはここは大人しく従うしかないでしょう。


 「この写真を父上に見せられたくなかったら、大人しく“蓬莱の薬”を作りなさい。わかったわね!」


 「わかりました…」


 こうなった時点で私が出来る事といったら大人しく姫様に従う以外の選択は存在せず、禁断の秘薬ともいわれる“蓬莱の薬”を作らなくてはならないのです。


 この時点で私は全てを失う事を常に意識しないといけなくなりましたし、蓬莱の薬を一度でも使うと年を取れなくなるので、近いうちに王様に知られてしまう事になるでしょう。私にとってその日が来る事は望んでいないのですが、いずれは迎えるであろう“破滅の日”が怖くて仕方ありませんでした。
 

 「どうせだったら、私も月の都の歴史上に名を残す最大最凶の暴君か暗君になってみたいものだわ!私に小言を言う気に食わない家来をガンガン処刑して、権力を思う存分の行使して、贅沢の限りを尽くすだけ尽くして、世の中のすべてを自分の思い通りに動かしてみたらどれだけ楽しいだろうなぁ」


 なんと姫様は、自分が王位についたら権力を思う存分に振るい回したいと言ってのけたのです。王は民を幸せにするために正しい政治を行わなくてはならないのですから、私は姫様が暴君になって月の都を疲弊させるようなことがあってはなりません。

  
 「永琳って酷いよね。私がちょっとした間違いをしたら、顔を鬼のようにしてすぐ殴りつけたりけりつけたりするじゃないの」


 「それで事あるたびに私に聖君になれっていうけど、自分が権力を持ったらそれを最大限に行使してきた人が言ったって、説得力はないでしょうに」


 「豊姫と依姫が可哀相だわ。だって、師匠がとんでもないヒス持ちだしね。私だったら、こちらから師弟関係の縁を切ってやるわ!」


 私の教育方針が間違っていたのかどうかはわからないのですが、なんと姫様は月の都の歴史上に名を残す暴君になると言われてしまいました。ああ、何という事でしょう!このことが王様に知られてしまうと、私一人が官職を失うどころか八意家の一族全てが月の都から追放処分を受けてしまうのです。


 確かに私は輝夜がミスをすれば、自分の権限を最大限に行使して強制的に“修正”を施してきた事がいけなかったのでしょうか?輝夜には月の都の歴史上に名を残す名君になってもらおうと身命を賭けて教育をしてきたのですが、それもすべて月の都がより一層発展するためなのです。


 「姫様、私はただ姫様に聖君になっていただきたいために厳しく教育しているのです」


 本当に私は姫様に聖君になってもらいたいから、心を鬼にして厳しく教育しているだけなのです。超絶なスパルタ教育だと言われても構いませんし、私はこのやり方が今まで正しいと信じていたのですから。


 

―26― 不安な目覚め




 「はあああああっ!私ったら、またあの時の夢を見たのね。はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…、何度見ても嫌なものは嫌ね…」


 どうやら私は新薬の研究をしている時にいつの間にか眠りこけていたようだ。確かにここ最近まともに寝ていないので、いつも以上にピリピリしているようだ。


 しかも最悪なことに、月の都にいた時の夢を見てしまうなんてどうかしていると思うが、あの出来事がなければ今の私は存在しない筈だ。


 仕官するために科挙を受け首席で合格し、なおかつその上最速で昇進を重ねてきた私なので、このまま順風満帆に私の人生設計通りにいけば間違いなく王として即位した姫が幼いことを理由に私は王族を差し置いて、月の都の政権と軍権を手にした暁に私の反対派閥の奴らを全員粛清していただろう。


 「私ったら、寝ながら泣いていたのね。兎みたいに目が真っ赤じゃない」


 いつの間にか誰かが私に毛布をかけてくれたようだ。でも誰がやったかは見当がつかない。


 ウドンゲの馬鹿は今頃薬売りに言ってるし、姫様はたぶん藤原と“殺し合い”なんぞやってるし、てゐはどこで何をしているのかさっぱりわからない。


 「ウドンゲの奴が逃げ出したからいけないんだわ。新薬の実験を自分で試さないといけなくなったのだけど、何を飲んだのか自分でもわからないのよね…。まさか、胡蝶夢丸2のナイトメアバージョンを誤って飲んでしまったとか?」


 ウドンゲにもう一度胡蝶夢丸2のナイトメアバージョンを飲ますつもりだったけど、間違って妖怪用の薬を一応人間である私が誤って飲んでしまったのかと思うと、私も普通の人間同様ボケてしまったのか不安でならなかった。


 薬の効き目が強すぎたからより凶悪な夢を見たのだろう。そういう事にしておけば納得がいくのだから、ここは素直に割り切っておいた方がいい。姫様と一緒に蓬莱の薬を飲んで死ねない体になったとしても、これをどうやって皮肉っておけばいいのか正直言ってわからない。


 「姫様の“寿司パーティ”が明後日に迫ってるっていうのに、何一つネタが集まっていないわ。“月の頭脳”と呼ばれた私も地に落ちたものね」


 確かにここ数年間で自分の力量が急激に衰えてしまった感がある。というのも、以前吸血鬼一味とスキマ妖怪が不届きにも月の都に侵略しようとした際に、弟子の綿月姉妹に献策しておいたその時は事なきを得たと思ったのだが、後であの憎たらしい八雲紫によって私は月の古酒を飲まされるという屈辱を味あわされたのだ。


 「裏をかいたと思ったら、逆に裏を書かれてしまったのだから流石に笑えないわね。策士、策に溺れるとはこのことか」


 情けない…。私は相手が誰であろうとも相手の動きを封じれると確信が持てていたのに、今となっては自分の考えを相手に読まれる怖さを感じてしまうのだ。


 「私の力では外界の品物をかき集めることなんて不可能だ。鯉に薬を与えて鮪に変えても、食べて問題ないか正直言って自信がない。姫様に副作用がある危険な食べ物を出すわけにはいかない」


 私は数多くの薬を作ってきたのだが、副作用がなく安全が確約される万能な薬を作れたためしはない。現に昔作った胡蝶夢丸でさえ若干副作用があり、副作用を完全に取り除くことは天才ともてはやされたこの私でさえ出来ないのだから。


 ましてや他の生き物に変える薬を与えた生きものを食べた前例はないし、完全に成功させるには恐ろしく長い時間がかかるので、到底明後日の“寿司パーティ”に間に合う訳がない。


 「どうしよう…、本当にどうしよう…。このままでは姫様を失望させてしまう」


 私は姫様の教育係を王様から任命された事は、私の長い人生の間でこれ以上誇らしいものはないものだと思っていた。


 「私は天才。“月の頭脳”と呼ばれた偉大な八意永琳よ!今まで姫様の願いを叶えてきたし、今後も叶え続けるのだから」


 私が姫様を教育すれば、間違いなく後世にその名を残す偉大な聖君になると信じて疑わなかった。


 「私に不可能などないっ!この私が、“月の頭脳”と呼ばれた偉大な才能の持ち主であるこの八意永琳が、穢れた地上の妖怪どもに劣るわけがないっ!」


 実際は姫様が蓬莱の薬を飲んでしまうという大逆罪を犯してしまい、哀れにも地上へと流刑されてしまったのだ。

 
 「私は罪人じゃないっ!長い間地上にいても全く穢れてなどいないっ!」


 姫様が我儘になってしまったのは、王様がやっと生まれた子供をかわいがりすぎたのと私が姫様の性格を修正できなかったせいなのだ。それが故に私が永遠にその責任の全てを取らなくてはならないのは至極当然であり、それが私に与えられた唯一の罪の清算する方法なのだから。
 

 「どいつもこいつも揃って姫様を悪者扱いするっ!私はそんな輩どもから姫様を守らなくてはならないのよっ」


 たとえ蓬莱の薬を飲むという禁忌を犯したとしても、廃位されていない以上姫様は姫であるという事は変わらないのだから、月の都から離れた牢獄に入れておけばいいのではないかと思った。ましてや地上送りなど、残酷すぎるものがある。




―27― 最低最悪な現状




 姫様ご希望の“寿司パーティ”が明日に迫ったのだが、私とウドンゲが必死になって寿司ネタを手に入れようとするも成果はさっぱりだった。姫様の無理難題の要求をこなすのは月の頭脳と呼ばれるこの私でさえ難しい代物なので、凡庸な地上の民ではまず何も出来ずに終わってしまうと個人的に思う。


 確実に言えることなのだが、強力な結界で覆われた幻想郷で海にいる生き物を手に入れること自体がそもそも無理難題であり、それらを手に入れるためにはあの憎き八雲紫ごと“ゆかりん”に頼らなくてはならないのだ。


 それにこの間月の都を責めてきた地上の妖怪どもを撃退したと思ったら、私はあの憎たらしい“ゆかりん”に呼ばれて綿月家の家宝である“月の古酒”を飲まされるというこれ以上ない屈辱を味合わされてしまった。


 地上の妖怪ごときに純粋な武力だと負けることはないが、知力勝負ではことごとく私の考えを読まれてしまったので、この時私は妖怪の恐ろしさを嫌というほど痛感したのだった。


 “ゆかりん”を通じて寿司ネタを手に入れようとしても、今まで私達は姫様の方針でボーダー商事に対し敵対行為を取ってきたために、急に手を取り合う為に交渉を取ったとしても莫大な金額を支払わされるだろう。


 それに、永遠亭にいる私達全員はボーダー商事に対し税金を支払っていないので、一度取引したら事あるたびにとんでもない要求をけしかけられる恐れがある。


 私は姫様に「ボーダー商事と敵対するのは自殺行為なので、ここは大人しく我々の事業を認めてもらうためにあえて従属した方がいいでしょう」と忠告したのですが、「高貴な月の姫君であるこの私が、地上の穢れた妖怪どもに従わなきゃいけないなんて納得できないわ!」と言ってから私達はボーダー商事をはじめとした古参の組織と敵対することになるのだった。


 恐ろしい事に私達は人里の人間達に薬を買わせるのだが、人里の人間と交流を持っていないので幻想郷の人間社会においてコネクションというものが存在しない。私と姫様は地上の民を見下してきたので、必要最低限の会話すらしてこなかったのだ。血族のかかわり合いがあった月の都とはえらい差であることは間違いない。


 幻想郷においてまともな医療機関は存在していなかったので、私の診療所と配置薬業は人間と妖怪問わずそれ相応の評価を得たと思うのだが、ここ最近になって薬の売上は思うように伸びない上に外来の患者も著しく減ってしまった感がある。


 幻想郷に来ても私達がこうやって隠れ住むように過ごしてきたのは地上の民を見下しているのだが、逆に私達が見下されているのかもしれないと感じるのは、ここにおいて私たち月の民は圧倒的少数派の弱小勢力のひとつでしかないのかもしれないと思うと、何ともいたたまれない心情に陥ってしまう。


 このままでは私達の生活が破綻してしまう恐れがあるので、今までは地上にいる人間達を穢れたものとして見てきたのだが、そのような考えを改める時が来たようである。


 何せ今の私の商売相手は地べたを這いつくばっている地上の民であり、また私達も月人とはいえ今は地べたを這いつくばっている穢れきった民なのもしれない。


 月の都にいた時の私は常に権力争いの渦中にいて、狡猾で陰険な政敵が常に私の事を警戒し暗殺計画や追放計画などを企てている非常に醜い代物で、私もそいつらを蹴落とすためにあの手この手使ってきたのだから、私はそいつらを直接殺さなくてもこの手は血で染まっているだろう。


 この間博麗の巫女が月の都に行って住人達は皆幸せそうだと言っていたが、それは月の都に住めるのは私のような特権階級者や平民以上の民でしかなく、実際は都から離れているスラム街や地方都市やその他の農村部にいる奴婢達に重い税を課している有様で、彼らの瞳に共通しているのは皆輝きを失っているのだ。


 それでも私は誇り高き月の民なので、穢れた地上の連中とはまともに関わってはいけないと思っている。この考え方は間違ったものだとしても、月の民である私が幼い時から受けてきた教育によるものなので、たとえ月の都をはなれ地上で暮らしていようともそれは決して変わることがない。いや、変われないのだ。月の民が地上の民として生をうけない限り。




―28― てゐの増長




 姫様の要望である“寿司パーティ”を明日に控えたのだが、肝心な寿司ネタとなる魚は一つたりとも入手できなかった。私とウドンゲは日々の仕事をしながら食材を探したのだが、幻想郷で海にいる生き物を捕獲すること自体無理難題なのだ。


 私とウドンゲは姫様に食材を手に入れれなかった為に途方に暮れてしまったのだが、天は私達の事を見捨てていなかったのか、まったく期待していなかった地上の兎の因幡てゐが姫様がリクエストした寿司ネタを手に入れていたのだ。


 「寿司パーティのネタを手に入れてきたから、あんたらはあたしに最大限の敬意を示すんだね」


 てゐは寿司ネタを手に入れてきたので、生意気にも私とウドンゲにドヤ顔を見せつけている。やはり地上の穢れた連中に共通しているのは、自分があげた戦功をあからさまに自慢してくることだ。


 穢れた地上の兎が高貴な月の民の私に、こうも傲慢極まりない態度を取っているのはどうしても許せないのだが、私とウドンゲが出来なかった仕事をこうもあっさりこなしている。


 「てゐ、冗談でしょう!?なんで私があなたに頭を下げなきゃいけないのよっ!ふざけるのも大概にしなさいっ!」


 私は寿司ネタを手に入れたてゐの功績を認めるも、穢れきった地上の兎に永遠亭のヒエラルキーを崩されるわけにはいかないので怒鳴りつけた。てゐは一応永遠亭の住人だけど、穢れきった地上をルーツに持っているので、月人の私達と立場が違うという事を解らせる為にあえてそうしたのだった。


 「お師匠様のいう通りですっ!てゐ。あなた、正気じゃないからこんなこと言ってるんでしょ。今、何を言ってるのかわかってるんでしょうね!?」


 ウドンゲも穢れた地上の兎が高貴な月の民である我々に対し、こうも傲慢かつ尊大な態度を取ったことが許せないようだ。


 「あたしはいたって正気で、キチガイはあんたらの方さ。だからこそあたしはあんたらに頭を下げろって言ってるんだ」


 てゐは私達にひるむどころか、自分は正気だが私とウドンゲはキチガイしてきたうえになおかつ月の民である私達に頭を下げるように言ってきた。


 「地上の兎の分際で、偉大な月の頭脳である私に土下座をしろとっ!?冗談じゃない!!!!!」


 地上の妖怪でしかない“ゆかりん”にこれ以上ない屈辱を味あわされた後に、地上の兎でしかないてゐに地べたを這いつくばされる事を要求されたので、私はついカッとなって怒鳴りつけてしまった。非常に大人気ないが、これも仕方ないことである。


 「てゐ、土下座をするのはお師匠様と私じゃなくあんたの方でしょう!?」


 ウドンゲも私と同じのように逆にてゐに土下座を要求した。地べたを這いつくばるのは地上の妖怪や人間で十分なのだから、これも月の民である私達にとって正当な行為であるし地上の下衆どもはこれを受け入れなければならない。


 「あたしは真面目に言ってるんだ。姫様が欲しがっている寿司ネタを集めたのはあたしだし、何にも出来ない無能なあんたらはあたしに最大限の敬意を払うんだね」


 それでもてゐは私達の言う事を全く聞かず、自分の事がこの世の誰よりも偉いと思い込んでいるから私とウドンゲを侮辱してきた。その証拠として最大限の敬意を払う事を要求してきたのだ。


 「せっかくあたしがあんた等に変わってボーダー商事と取引して、頑張って限界の限界まで値引きして全部手に入れたというのに、あんたらはそろいもそろって今まで何をしていたわけ!?」


 「それなのにあんたらときたら、何もしていないし何も出来ていないじゃないの。地上に馴染む努力をしていないのに、月出身で自分たちが穢れてないと思いこんでるんじゃ救いようがないね」


 確かに寿司ネタを手に入れていたのはてゐの功績だが、地上の兎の分際でここまで傲慢不遜な態度を取ることは永遠亭では許されてはならない。私がこの“詐欺兎”に再教育を施してやろうと思ったが、ここは我慢をしなくてはならないと思った。


 「穢れた地上の兎のあんたが、お師匠様になに口答えするのよ!お師匠様に土下座をして謝りなさい!私にも土下座をして謝りなさい!」


 ウドンゲは私の心情を察知してくれたのか、生意気な態度を取っているてゐに対し私と自分に謝るように要求したのです。今まで不肖の弟子だと思っていた彼女は月の民の誇りを忘れていない上に、私の想像をはるかに上回るほど成長していたのです。


 「あんたらに謝る?はっ、冗談じゃないね!寿司ネタを手に入れたのはあたしの功績なんだから、それを素直に認めなよ」


 それでもてゐは自分の言動が正しいものだと思い込んでいるので、私達に対し一向に謝罪をしないのです。こんな事、あっていいのでしょうか?地上の穢れた兎の分際で、高貴で穢れない月の民である私達に向かって生意気なことを言うのです。


 「てゐ!」


 私はすっかり頭に血が上ってしまいてゐに怒鳴りつけたのですが、寿司ネタを手に入れてきた功績を嫌でも認めなくてはならないので、ここは大人しくてゐの要求を受け入れるしかないでしょう。ああ、世も末です。地上の兎が月の民を辱めるのは、あってはならないのですから。


 「それにあんたらは、地上のあたしらを穢れてるっていつも言ってるけど、本当に穢れているのはあんたら月人の方なんじゃないの?特に一番穢れてるのは引きこもりの無能な姫だなぁ」


 「兎にも角にも、明日の寿司パーティはあたしが取り仕切らせて貰うウサ。無能で使えないあんた達はおとなしく自重するウサね、ケケケケケケッ!」


 何という事でしょう。この地上の詐欺兎は私とウドンゲのみならず姫様までも穢れているとぬかしやがった上で、無能呼ばわりして軽蔑してきました。これぞまさに天地がひっくり返る出来事でしょうが、今後はもっととんでもない出来事が起こるんじゃないかなという嫌な予感がしてならないのです。
―あとがき―


 えーりん成分を非常に多くしたら、なんと姫様成分とウドンゲ成分とてゐ成分がかなり少なくなるという罠に陥りました。というかもとからそのつもりでやってまして、なんだかんだ言いながら今回はそういうお話になりましたとさ。めでたし、めでたし。


 ちなみにブラック企業物はそれぞれが独立したお話なので、他のお話とつながりは一切ありません。そして執筆するのが凄くしんどいってことが唯一の共通点であります。守矢神社や地霊殿や命蓮寺のお話を望まないで下さい。私、死んじゃいますよ。マジで。


 紅魔館を題材にして咲夜さんがおぜうさまの我儘っぷりに愛想を尽かす“隷属する血液”や、ボーダー商事を題材にしてゆかりんのセクハラに耐え続ける藍様の“自由をこの手に”や、白玉楼を題材にした妖夢ちゃんの過酷な日常生活を書きつづった“みょんなことにババァ二人にセクハラされるんです”は、それぞれ独立した世界(幻想郷)でのお話だという事をこの場で言わせていただきますので、読者の皆様にはその点をご理解していだだけたなら幸いです。


 
イル・プリンチベ
作品情報
作品集:
27
投稿日時:
2011/07/26 11:59:10
更新日時:
2011/07/26 20:59:10
分類
八意永琳
永遠亭
ブラック企業
1. NutsIn先任曹長 ■2011/07/26 23:43:30
え〜りん師匠、薬の副作用なのか、今回は一段と精神が参っているようですね。
今更後悔しているのか。一体、何千年前の話だか。
反省という物を知らない傲慢な者共の巣窟、永遠亭。
医療機関としても流行っていないのか!?
ゆかりんの裏工作だけじゃないですね、こりゃ……。

ハッピーエンドになるのか、永遠亭瓦解か、寿司パーティはどうなってしまうのか!?
マイペースで続きを執筆して下さい。
2. 名無し ■2011/07/27 01:30:58
てゐの増長っぷりww
3. 名無し ■2011/07/27 11:57:55
結局、永琳も同じ穴の狢だったか。
まあ、千年以上(億単位はともかく、少なくともかぐや姫の時代から地上にいるなら)その価値観で生きてたんだから、そう簡単に変わらないのもしょうがない?
やっぱ人里から良い印象持たれてなかったか。そりゃ、あからさまに見下してくる連中に身体預けたくないわな。
それにしても、綿月姉妹もよくこんな師匠の教えに従ったものだ。

てゐが増長云々言ってるが、「結果出せてない癖に偉ぶるな」という意味では当たってると思う。
とはいえ、目の前でこんな言い方されたら確かにムカつきそうだがw
4. 奈々氏 ■2011/07/28 17:17:35
自腹を切ってまで寿司ネタを購入したのは、下克上のための布石だったのか。

てゐの下克上は成功するのか、はたまた鎮圧されてしまうのか。
下克上が成功したとしたら永遠亭は変わるのか、あるいは第二の暴君が誕生するだけなのか見ものだな。
5. 名無し ■2011/07/30 14:16:23
この永遠亭の連中は全員、無能ではない(むしろ有能なんじゃないかと思う)し、心底から
良心のカケラもないクズってわけでもないんだけど、ただどこまでも不器用で、その上視野が狭いんだよね。
そのへんをうまくフォローしたり支えてくれる人と近づければ、みんな立派になれたと思うんだけど、
現状同じ穴のムジナ同士で固まっちゃってるってのが本当に哀れだ。
6. 名無し ■2011/10/13 23:51:45
復讐→復習
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