産廃百物語A『無垢なる混沌』

作品集: 28 投稿日時: 2011/08/19 00:00:07 更新日時: 2011/08/19 00:00:07
 風もなく蒸し暑い日が続く。そんな夏の夜であった。
 この良き夜、我々は百物語を行っている筈であったが。
 さて、百物語をやろうと言いだしたのは誰であったか。
 境内の端に建っている平屋。玄関代わりの縁側を上がり、開け放たれたる障子の奥に広がる表座敷。そこから、早苗は座ったままの姿勢で外の様子を眺める。見渡せば、外を埋め尽くしているのはおなじみの顔ぶれ。一体何人いるのやら。まさか本当に百人いるのでは。
 「百物語だから、当然百人だぜ」
 今思えば、こんな事を平然と言ってのけた上に実現させてしまう連中の百物語が常識通りに進む筈がなかったのだ。そもそも今宵は新月ですらない。
 「百物語の怪が現れたら私が出ていってやっつける」
 外は酒席と化している。博麗神社の何処においても恐怖とは無縁の空気が漂っていた。要するに、百物語というのは酒宴を開くための方便であったのだろうなあ。
 外で、レミリア・スカーレットが裸踊りをしていた。彼女はカリスマのある紅い吸血鬼であって、人間ではない。“紅のカリスマ”は吸血鬼。
 人ならざる者が故に、月光を浴びた彼女の肉体は人並み外れた魅力を放っていたが、馬鹿馬鹿しい野次が見事にお人よしの道化を演出していた。
 月光というのは太陽の反射光であるから、月の夜なら外に出て来られる吸血鬼にとって太陽光というのは実は大した問題ではないのだろうか。いやいや、吸血鬼は伝染病のメタファーなのだから熱エネルギーが弱点なのは確かだろう。という事は、月光の持つ熱エネルギーがあまりにも低くて遷移状態に移り得ないだけか。早苗はそんな事を考えてみる。
 姉に負けじと、フランドール・スカーレットが裸踊りに参戦する。彼女の宝石のような羽が月光を気まぐれに反射して無邪気に輝き始めた。
 更に、館長の命によって部下達が乱痴気の場に引きずり出される。今宵の彼女らにはその場の流れに乗っかってやろうという酔っ払い特有の無意識な軽薄さが備わっている。
 百物語の行われている平屋では誰かが怪談話を終えた後、それに対する小休憩が暗黙のうちに設けられた。百物語を手段扱いしている酒飲み達が堅苦しさを嫌ったからだ。だから当然、酒が進むにつれて怪談を話す時間よりも下らないお喋りの時間の方が長くなっていく。
 早苗がその間、外の様子を眺めていたのは、百物語の風情を解さない不作法者をなるべく意識したくなかったからであった。
 「おう、お前ももっと飲めよ」
 早苗の右隣に座っているにとりが杯を寄こしてきた。早苗は杯を受け取ると、飲まずにその場に置く。どうせ相手は泥酔してしまっているから誰に話しかけているかも良く分かっていないだろう、ならば付き合うだけ時間の無駄だと早苗は思った。
 「もっと、飲め。もっと。私が初めて宴会に出た時はもっと凄かったぞ。あれ、あれ、何て言ったかなあ。ほら、あれだよ。本当にあれは凄かったなあ。だから、ここで上手くやっていきたかったらさ、飲んだ方がいいって絶対」
 百物語の場を壊す者と酒宴の場を壊す者はどっちが悪なのだろうか。ふとそんな事を考えてみる。
 「私も酒を飲んだ方がいいのでしょうか」
 「おう飲め飲め。じゃんじゃん飲め。若い時には沢山飲んだ方がいい。ほら、あれだよ。若い時の苦労は買ってでもしろっていうの。何度もゲロ吐いたり内臓ばんばん壊したりした方がいいんだよ絶対。そしたら色々分かるようになるからさ。だから、結局はそういう事なんだよなあ。失って初めてその大切さに気付く、みたいなさ。命を大切にしない奴は死ね、みたいなさ。ああいう言葉ってさ、ほら、下らな過ぎるから自分の身に起きるまで決して意味が分からないんだよ」
 やはりこの場は酒宴の場なのだろうなあと思い、早苗は杯を再度手に取り、酒を一気に飲み干した。体内でアルコールが電気と熱に変化し全身を流れる。頭がばちぃと痺れ、体の内がかあっと熱くなった。にとりが嬉しそうに、早苗の杯に酒を新しく注いだ。
 「怖い物っつったらさ、どうしても核兵器がベストになっちゃうよな」

 早苗の真正面、そして小傘の背に平屋と外との境目となる敷居がある。話を終えた者は一人一話の原則に従い敷居を跨いで外に降りる。そして、新たな参加者がひっそりと敷居を跨ぐ。十人前後の参加者が円陣を組んで座っていたので、飛び入りは円の欠けた場所を埋めるように座る。座興だな、と早苗は思う。
 早苗は、酒宴が始まったあたりから平屋に籠っていた。外に蔓延るあの不純な空気には近寄り難かった。正直過ぎる欲望に対する術を十分に備えていないと感じた。しかし、平屋にも問題があった。当てが外れたのだ。平屋にて行われる百物語に参加したまではまあ良かったのだが、百物語は真面目に行われなかったのだ。時折挟まれる百物語とは関係のない馬鹿話。外から絶え間なく入り込んでくる箍の外れた笑い声。蝋燭の火を消す酒臭い息。早苗は嘆息する。自分にはどうしようもなく、どこからも浮いてしまっている。何だか決まりが悪かった。怪談話の最中に小傘が酒を呷るのを見てしまい、早苗は熱を持ったやるせなさと微かな吐き気を感じた。
 「というわけで、この世は生きてる奴が一番怖いんですよ」
 この日何度か使われた言葉である。早苗としては超常現象の方が怖い。生きている者のやる事なんて大抵説明がついてしまうからである。現人神の自分なら生者の為す事なんて簡単に対処できる。所詮は児戯、常識の範疇である。早苗には、超現実の怪奇話の方が恐ろしく感じられた。嘘みたいだから、有り得ないから、非常識で非現実的だからこそ現実に起きてしまったときの事を考えると、恐怖は際限なく膨れ上がっていく。想像も及ばない出来事にどうやって対処すれば良いのか。ありのままの自分。等身大の私。無力と化した“東風谷早苗”への無限の恐怖。そんな事が頭から離れない夜を迎えたときは、現実には起こり得ぬ空想だと分かっていながらも、体の震えを止められなかった。
 「……う〜んと、次は……早苗にでも話してもらおうかな」
 今宵の百物語では、話す順番は特に決められてはいない。早苗は了承の意味を込めて頷き返事する。その時、左奥の座敷で、二十一の蝋燭の炎が誰の目にも留まらないほど幽かに揺らいだ。

 早苗は外界にいた時に人から聞いた話をする事にする。誰から聞いた話なのかは忘れてしまっている。それほどしょうもない話であった。早苗からは、百物語に対する期待や義理は失われていた。
 「じゃあ、とっておきの話でもしましょうか」
 左を見れば、興味ありげな顔が幾つかあったが、右を見れば、早苗と小傘から丁度同じくらいの距離にいる萃香が、瓢箪を咥えながら器用に舟を漕いでいた。いくら不真面目な奴らとはいえ話の途中に寝言やいびきを挟まれては我慢ならない。早苗は喉を鳴らし、萃香に呼び掛ける。
 「ん。それじゃあ話を始めますよ。いいですか萃香さん」
 早苗が言い終える途端、萃香が蒸し暑い夏の夜風のような速度で床に向かって垂直に立ちあがり、直ちに瞼を持ちあげる。真っ直ぐに伸びた背筋、床へ直進する両腕、その先の手、その先の指先が平行に並ぶ。見下ろした萃香の顔が早苗と直に向き合い、両目が早苗を直視する。それから直接何かを言うわけでもなく、微動だにせず直立している。
 早苗は萃香の眼光をまともに浴びてしまう。早苗は無意識に怯え、萃香の曖昧な表情の中に怒りを錯覚する。私は彼女を怒らせてしまったのだろうか。だが彼女が怒る道理は無い筈。私が彼女のうたた寝の快楽を邪魔したのは確かだがあのままでは彼女が私の話の邪魔をしたのも確かだ。早苗はただちに理論武装する。
 程なくして座敷内の空気が静まりかえった。王が沈黙を命じたかのような強引な静寂とは対照的に早苗の心臓は外の御祭り騒ぎよりも荒々しくさざめく。
 時間とともに空間内の音や自由が少しづつ剥奪され、代わりに早苗への敵意が満ちていくような、自分にとって都合の悪い空間に着々と作り変えられていくような居心地の悪さ。いつもならば、このような空想は所詮杞憂だと脳の片隅では期待している筈だが、今回はいやに現実感を伴って早苗に擦り寄ってくる。
 いつもとは違う感覚に、早苗はどうしようもなく苛立つ。もしかしてこの鬼は私を殺すつもりなのか。もしそうならば何故すぐに殺さないのか。私を追いこんでいるつもりなのか。私の苛立つ様子を見て楽しんでいるのか。早苗は確かな怒りを抱く。調子に乗りやがって。不愉快極まる。さっきから黙りくさったまま睨みつけやがる。糞鬼が。私は現人神だぞ。早苗は明確に萃香を憎みだす。逆に殺してやろうか。しかし今は道具が手元にない。現人神の私とはいえ素手で鬼に勝つのは不可能だ。だからこそ奴らは鬼と呼ばれるのだ。道具は神社だ。酒宴に仕事道具を持ちこむ奴がいたらそいつは間違いなく大馬鹿者だ。となると、私は無意識に百物語が酒宴になる事を予感していたのだ。だが道具は手元になく、こいつを殺すには神社に道具を取りに戻らねばならないという現実は変わってくれない。こいつが私の帰宅を許してくれる筈もない。必ずや追いつかれるだろう。外に降りる隙もなさそうだ。助けを求めて叫んでも助けが来る前に殺される。というより酔っ払い共がこの状況を理解してくれるとは思えない。早苗は己の不利を悟る。
 早苗は萃香の殺害を諦め、萃香を凝視し強く呪い始める。
 萃香は依然として敵意があるのかないのかはっきりせぬ顔つきで早苗を見つめている。
 他の者は強固な意志で以って我関せずを押し付けがましく貫き通し、とにかく火の粉が自分に降りかからない事を願っている。早苗はそんな黒子共にも呪いを掛ける。
 座敷内の空気が、筋肉が、次第に緊張していき、内圧が臨界点に達するか、だが私はただでは死なぬぞと早苗が拳を握り締めたのと同時に、にとりが素っ頓狂な声を上げた。
 「あれえ、みんなしてさっきからなんで固まっちゃってんの? なんで? 百物語、続きやんないの? それさ、ずっとそうやっててさ、……ってこりゃ如何ともし難いねえ、あははは」
 白痴め。早苗はにとりを激しく呪う。こいつは現状をまるで分かっていない。分かっている筈がない。思わず早苗は萃香から視線を逸らし、手を叩いて笑っているにとりを睨みつける。にとりは一体何を思ったのか、顔を歪めてしたり顔を作った。その時、早苗の視界の左端で萃香が音もなく着座した。その行動に対し、早苗は何か発言しようか悩んだが、止める事にする。自分が何か言うと折角安定になってくれた場がまたどこかへ傾いてしまう気がしたからだ。とりあえず問題が去ったと思われる今、早苗は怒りを葬り、懸命に役者を演じる事にする。
 早苗はにとりにも萃香にも声を掛けず、頭部を己の正中線上に戻し真正面を向く。その位置からは小傘が顔が見え、更にその向こうでは相変わらずの馬鹿騒ぎが繰り広げられていた。何故かこの数分の間にあの無礼講の宴がもはや手の届かぬほどの遠い存在になってしまったように思えて仕方なかった。無法な喧しさが物悲しくて仕方がなかった。まるで平屋と外との間に銀幕が出来たようであった。喧しさや騒がしさだけを向こうに通す半透膜のようであった。平屋が境内から隔離されたかのような疎外感を感じる。向こうで沸き起こる笑い声は見せ物へと化した私達への嘲笑に聞こえる。有り得ない妄想。誇大妄想だ。だがそれこそが早苗の恐怖の根源でもあった。早苗は決して慣れ親しむ事のない恐怖を味わう。早苗は己の血が凍りつく幻さえ見る。
 今や早苗の中に百物語に対する情熱は微塵も残っていなかった。早苗は騒々しさへの羨望を隠そうとはしなかった。百物語の語り手など放棄してしまいたいが、語り手を放棄する事はこの場の誰にも許されない。早苗は足枷を嵌められているような歯痒さを感じた。

 早苗は改めて辺りを見渡す。もはや誰からも不真面目な様子は見てとれないが、かといって真摯なわけでもない。にとりですら例外ではなかった。場は不気味なほどの静けさに包まれる。
 酔いが醒めたのであろうか。先程の言動を彼女は覚えているのだろうか。にとりへのそのような問いがちらりと早苗の脳裏に浮かんだが、すぐにその問いを闇に沈める。今の早苗にとって、この場で起こる全ての事は時間の無駄に他ならない。
 早苗は誰に向かって語りかけるでもなく、中空を見つめて語りだす。
 「話を始めます。いいですか、皆さん」
 時間にしてほんの一瞬。座敷、外野、水を打ったように静まりかえり、それから正しく全てが先程の再現。間近に揺らめく十の誘蛾灯と生温い清酒のような二十の眼球。彼方には八十九の蜃気楼がひっそりと漂い、新月の如き眼球はその更に倍。異様な圧迫感の前に早苗の悲鳴、筋肉、走馬灯さえもが金縛りにあった。
 早苗が意識を手放す直前に金縛りが氷解すると、忘れてしまわぬうちに、早苗は意識しながら数回深呼吸する。周囲の空気からは酒臭さが完全に排除されていた。
 早苗は己を奮い立たせ、猛然と思考する。まず、この事態の原因は私なのかという事。次に、これは先程の萃香の事件の拡張なのかという事。そして、私は何をすべきなのか。
 疑問の一つ目。どうやら自分が彼女らに語りかけた事に原因がありそうではあった。だがこれ以上の追及は恐らく呑気。呑気な問いは明日で良い。現在の最優先事項は何か。早苗は萃香が直立した事件を振り返る。あの時、にとりが空気を読まず萃香に話しかけたおかげで難を逃れた筈だ。因果の真相は分からないが実例があるのならばその東洋的解決法に自分もあやかるべきだ。
 早苗は自分の足元に置いてある杯に手を伸ばす。とてもじゃないが、素面のままでは波一つなき漆黒の水面に石を投げ入れる事などできやしない。もはや正気の沙汰ではないのだ。今やこの宴は誰のものとも分からぬ狂気に取り仕切られている。
 早苗の右手は震えていた。その振動運動は早苗を驚かせる程に激しいもので、そして徐々に大きくなっていく。
 左手で震える右手を抑えるが、その左手も震えていた。左手と右手の波長がぴったりと合わさり振動は倍の大きさに成長する。
 やがて早苗は痙攣する。畳に倒れ込み、右の拳が杯の縁を下から強く殴りつける。杯は奥に向かって宙返りし、酒が早苗と小傘に引っかかった。
 早苗は全身から汗を滝のように乾いた喉から洩れる息遣いは荒い脈拍の音が頭の中で激しく狂った叫び声を上げた。
 まるでその時を待ち望んでいたかのようであった。突然、蝋燭の火が一つ残らず消えてしまい、辺り一面が闇夜に覆われる。
 風もなく蒸し暑い夜の最中、佇む九十九の威光と射抜く百九十八の眼光がただ一つ、今宵最大の怪奇へと変貌する。それが早苗の自我を空白で塗り潰すと、早苗が虚ろな笑みを浮かべてゆらりと立ち上がる。それから境内の全てが闇に溶けた。
題名はモンスター・コレクションから。
あいつは全てがカッコよくて好きでした。カードカタログとPS版のゲームでしか見た事ないけど。
ただの屍
作品情報
作品集:
28
投稿日時:
2011/08/19 00:00:07
更新日時:
2011/08/19 00:00:07
分類
産廃百物語A
1. 名無し ■2011/08/19 19:05:41
百物語の怪が途中で現れちゃったわけですか
読んでると色々なものの境界が溶けて無くなってしまうような奇妙な感覚に襲われる話でした
2. んh ■2011/08/19 20:15:30
早苗の卑小さが段々狂気へと外化していくところが

>早苗は全身から汗を滝のように乾いた喉から洩れる息遣いは荒い脈拍の音が頭の中で激しく狂った叫び声を上げた。

この文章に結実してる感じがしてすごいと思いました
3. ヨーグルト ■2011/08/19 20:23:19
リアル体験談的なホラーではなく、進行的体験?みたいなお話ととらえますかね。
こういうのは好みです。
4. NutsIn先任曹長 ■2011/08/20 02:59:43
毎日が百鬼夜行の幻想郷。

現人神が常識から開放された瞬間、
彼女は語り手から、狂乱の参加者に格上げされた。
5. ウナル ■2011/08/22 14:31:52
本当の怪異とは知らず知らずのうちに忍び寄るのですね。
ちょっとした点が巨大な波紋へ。自分で気付けないのが本当に怖い。


後、題名が本当にモンコレだったとは……!
奴は本当に手に負えないカードでした。
6. 狂い ■2011/08/22 23:30:43
その「状態」へと落ちる早苗の心理と
宴会場が闇に呑み込まれていく瞬間。

読んでいた自分も怪異の世界に導かれているような錯覚に陥りました。
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