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『産廃百物語A『夢を見ていて』』 作者: 筒教信者

産廃百物語A『夢を見ていて』

作品集: 28 投稿日時: 2011/08/18 15:38:56 更新日時: 2011/08/21 08:46:49
 

 太陽光が燦燦と照りつける中、切り立った崖の上から、一人の少女が落ちようとしていた。
 何かに捕まろうと伸ばした手は、虚しく虚空を切るばかりだ。
 驚愕の表情を貼りつけたまま、頭を下にして落ちて行くのは霧雨魔理沙。彼女を突き落とした人物は、崖の上からその様子を見下ろしていた。
 飛べない。何度飛ぼうと試みても、飛ぶことができない。
 魔理沙は、箒がなくとも飛ぶことが出来るはずなのだ。あれはあくまで魔法使いの必需品だから、と使っているだけである。
 飛ぶことができないのなら、あとは地面に向けて真っ逆さまに落ちるしか無い。

『助けてくれ!!』

 そう叫んだはずだったが、口はパクパクと動くだけで肝心の言葉が出てこなかった。
 手足をジタバタと動かしながら、落ちて行く。
 ほんの僅かな時間だったはずだが、魔理沙はそれが永遠のように感じられた。
 地面がどんどん迫ってくる。あとは激突して、血と肉と脳漿をぶちまけ、真っ赤な肉の花を咲かせるだけだ。
 最期の時を前に、魔理沙はもう一度叫んだ。





「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 叫び声を上げて、跳ね起きた。
 目玉をギョロリギョロリとせわしなく動かしながら、自分の顔へと、恐る恐る手をやった。
 ぺたり、とそこに顔がある感触がする。潰れてなどいない。ぺたりぺたりと、唇や鼻を触ってから、溜息を吐いた。
 それから、自分が今何処にいるかもしっかりと確認した。崖の上なんかではなく、自宅のベッドの上だ。
 窓から外を見れば、まだ薄暗く、太陽が登り始めた頃なのだろうと霧雨魔理沙は思った。少なくとも、真昼間ではない。

「夢……だったんだよな」

 それにしては落ちて行く感覚が、やたらリアルな夢だった。
 風を切る感触、自分が死ぬのではないかという感覚。それに、自分を突き飛ばした誰かの手。それら全てを覚えている。
 本当に死ぬかと思った。思い出すだけで、体が震える。 
 地面に落ちる直前に目が覚めるぐらいなら、もっと前にしろよ、と悪態をついた。
 本当に死ぬかと思った。その感覚を思い出したのか、精一杯頭を振ってそれを散らそうとした。
 体中がベタベタするのは、暑くてかいた汗なのか、それとも夢のせいでかいた冷や汗なのか分からない。
 
「とても二度寝をする気分にはなれない……」

 タオルケットを退かしてベッドから降りると、汗を流すべく浴室へと向かった。





 ざぁ、と水の流れていく音がする。
 お湯を沸かしてはいない。あんな夢をみるほど寝苦しい日には、水がちょうどいいと思ったのだ。
 体に水をかけると、心地良い冷たさに体が震えた。体温だけではなく、室温も下がっていくのが分かる。

「まったく、これぐらいが過ごしやすいんだけどな。夏ってのは、暑すぎるとこがあるから困る」

 文字通り頭を冷やしたことで、大分落ち着くことができたようだ。まったく、まったく、と何時もの様に悪態をつくだけの元気が戻ってきている。
 ひとしきり悪態をついたところで、水を汲みながらあの夢のことを考えようとした。
 先ず、何故飛ぶことが出来なかったのか。これに関しては夢の中だったから、としか思えない。落ちている瞬間にも思ったが、飛ぶことが出来ない方がおかしなことなのだ。飛ぶことさえ出来れば、崖から落ちることなど無い。
 次に、あの場所に見覚えがあるかと聞かれれば、無いとしか言えなかった。

「妖怪の山にならあるのかもな」

 ポツリと魔理沙がこぼした。
 とはいえ、仮にあんな崖があると思しき危険な場所へ近寄ることは無い。彼女が妖怪の山を訪れるときは、大抵の場合河童のにとりか、守矢神社に用がある時だ。そして、河童の棲家や守矢神社には、険しいが一応の道がある。
 歩きならそこを使うだろうし、そもそも飛んでいくのが普通だ。崖に近寄ることなど先ず無いだろう。
 
「……予知夢の類でも無さそうだなぁ」

 ここまで不確かな予知夢も早々無いだろう。予知夢だったとしても、ただ怖がらせようとしているとしか思えない。 
 何より、自分を突き落とした相手の顔が分からないのだから、どうしようもないのだと魔理沙は思った。

「まぁ、気にしないことが一番ってことだな」

 寝苦しさが見せたただの悪い夢。魔理沙はそう結論づけることにした。
 ざぁ、と体を流す水の音が浴室に響いていた。





 髪の毛を引っ掴まれ、家の中をずるずると引き摺られている。
 ジタバタと手足を振り回してみたが、何故か相手に掠りもしなかった。
 なおも暴れながら、魔理沙はこの家に見覚えがあると思った。だが、ぼんやりとした頭ではそれがはっきりと思いだせない。
 声を出そうと口を開けるが、出ているのか聞き取れなかった。
 しばらくして引き摺っている誰かの足が止まった。引き摺られていた背中が少し濡れていて、ここは何処なのかと魔理沙は余計に混乱した。
 次の瞬間、魔理沙の首根っこをそいつは掴んだ。ギリギリと音がするほど強く掴まれることで気道が狭まり、魔理沙の口からひゅうひゅうとおかしな音が漏れ始めた。

『声がでないのに、何でこういうことは分かるんだよ』

 頭の片隅に残っていた理性で悪態をついた。視界が霞み始めていて、その理性も何処かへ吹き飛んでしまいそうだ。
 そいつはさらに、魔理沙の右腕を掴んだ。そちらも異常な強さで、呼吸の苦しさと合わせて魔理沙は顔をしかめた。
 更にぐぐっと体を持ち上げられた。首を掴む手を振りほどこうとするが、背後にいる相手に手が届いても力を込めることが出来ず、ジタバタと動かす足も相手に当たっているはずだがビクともしない。
 持ち上げられたことで、霞む視界ではあるが、自分が何処にいるか知ることができた。
 浴室だ。
 視界の片隅に、風呂桶が映っている。やはりこれにも見覚えがあった。だが、何故かそれはとても歪んで見えて、はっきりと思い出すことができない。
 いや、風呂桶だけではない。全てが歪んでいる。
 桶の中には一杯に湯が張られていた。恐ろしいほどに沸き立つ湯気が、どれだけの熱湯かを物語っている。
 やめろと魔理沙が言うより早く、そいつは魔理沙の顔を桶の中へ突っ込んだ。

――熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!

 顔を焼くかと思うほどの熱さが魔理沙を襲った。いや、実際火傷を与えるほどの熱湯だ。自分を拘束する手から逃れようと、壊れたからくり人形のように、より一層激しく手足を動かし始める。
 更に、さらに思わず叫ぼうとした口から、熱湯が次々と入り込んできた。それは魔理沙の口腔を焼きながら、体の中へと流れこんでいく。
 激しく動くことで消費されていく酸素を取り込もうと必死に喉を動かすが、ただただ熱湯を飲み込むだけだ。生きようとするための行為が、自身を死へと追いやっていく。
 熱湯は魔理沙の気管を焼きながら、やがて肺へと到達した。
 肺に水が入ると、血液中へ酸素を送る機能がたちどころに失われてしまう。あとは徐々に意識を失っていき、最期には心臓が止まるだけだ。
 魔理沙の暴れ方が徐々に弱々しくなっていく。最早、熱湯が与える熱さを感じることもない。
 最期に何かを掴もうと手を伸ばして、魔理沙の意識は暗転した。





 叫び声もなく目を覚ました。限界まで見開かれた目に先ず映ったのは、見覚えのある天井だった。
 横になったままギョロリと目だけを動かし、周りを見た。そこにあるのはどれもこれも、見覚えのある代物ばかりだ。
 手を動かせば、使い慣れたベッドの感触が伝わってくる。間違いなく、今寝ている場所は自宅のベッドの上だと分かった。
 滅茶苦茶に混乱している頭の中が、それでようやく少しだけ落ち着いた気がした。

「ここは……私の家か……」

 確かめるように発した言葉が、虚空へと消えて行く。

「夢……だったんだよな」

 尋常ではないほど荒い呼吸が、まだ自分が生きていると実感させてくれた。
 ゆっくりと上体を起こすと、呼吸を落ち着かせるべく深呼吸をした。
 何返か繰り返したことで、ようやく呼吸が落ち着いてくる。
 恐る恐る顔を触っても痛むことはなく、火傷を負っているわけではなさそうで、あれが夢だったとはっきり分かる。
 体中が汗でベタベタしていて、気持ちが悪い。だが、水で洗い流そうという気になることは出来なかった。
 今は、浴室や風呂桶を見たくないと魔理沙は思った。あんな夢を見た後なのだから、そう思っても無理はない。
 今が何時か確認しようと、壁掛け時計へ顔を向けようとして、首に走った痛みで顔をしかめた。
 自覚すると、ズキリズキリと、鈍い痛みが増してくる。
 ベッドから降りると、テーブルの上においてある手鏡を手に取った。
 ネグリジェをずらし、右手に持った手鏡でしっかり首を確認した。

「なんだ、よ……これ……!」

 左手で恐る恐るそこを触ると、微かに痛みが走った。これが首痛の原因なのだと、魔理沙は思う。
 魔理沙の首には、真っ赤な手形が付いていた。夢の中で掴まれていた場所と、まったく同じ場所……。
 
「そんなわけがあるもんか!」

 偶然だ。そう魔理沙は自分に言い聞かせた。夢のなかで起きたことが現実に影響するなど、ありえない。
 だが確かに、この痣は人の手のように見える。
 そんなはずがない。偶然に違いない……。ネグリジェの襟を上げて、それを隠した。乱暴に手鏡を置いて、もう見ないようにした。
 それでも、首の痛みは容赦なく、その痣のことを魔理沙に教え続けるのだった。





 油の臭がする。鼻がひん曲がるという程でもないが、普段嗅ぐことのない臭いに、魔理沙は無意識のうちに鼻呼吸を止めていた。
 がーん、がーん、と鉄を叩く音が響いている。魔理沙に背を向けている河童は、一心不乱に手を振り下ろしていた。
 魔理沙が居るのは、にとりの研究所である。洞穴を利用したそこには、あっちこっちに奇妙な機械が転がっていた。
 今日ここを訪れたのは、以前頼まれた実験に使うらしい薬を届けに来たからである。ついでに夢のことも相談してみようと思っていた。
 にとり、にとり、と呼んでみても反応はない。もっと大きな声で呼んで、にとりは漸く振り向いた。

「ありゃ、魔理沙じゃないか。何時のから居たの」
「さっきからずっと呼んでたんだぜ。何かに熱中してて、気がつかなかったみたいだけどな」
「んー? そうか、悪いね。で、どうしたのさ。わざわざここまで来るってことは、何か作った物が欲しいとか?」
「まぁ、そうなんだけどな……。ちょっと聞いてくれないか?」

 どうしたのさ、と言うにとりに夢のなかで起きたことを全て説明した。
 にとりは最初こそけらけらと笑っていたが、魔理沙の真剣な顔を見て首を捻った。
 殺される夢は珍しくはない、とにとりは思った。長年生きてきた彼女自身、そういう夢を何度か見たことがある。
 しかし、苦しいという感覚を感じるだろうか。にとりが見た、自分の殺される夢はそういう感覚を感じたことはなかった。
 何よりも、夢のなかで起きたことが、現実に影響をあたえるものだろうか。少なくとも、にとりはそういった話を聞いたことはない。

「うーん、たとえば、実際に誰かが首を締めてて、それが夢に影響を与えているとかは?」
「ゾッとする話だが、その後に止めを刺さないってのは何でなんだ? わざわざ首を締めるぐらいなんだから、最後までやらずに止めるってのは変な話だぜ」
「何かの警告とか……? うーん、でもやっぱり普通は締められている途中で目が覚めるなぁ。夢について詳しそうな……例えば魔理沙の知り合いの魔女とか良いんじゃない?」
「そう……だな。よし、

 何処か元気のないその後ろ姿を、にとりは心配そうに見送ることしか出来なかった。





 薪のはぜる音がして、火の粉が舞う。炎の中から吐き出される火の粉を足に受けて、魔理沙は熱さに呻いた。
 空を見上げると、雲はおろか、月や太陽すら無かった。そこにあるのは、異様に蒼い空だ。
 こんな空が幻想郷にあるはずがない。それに、先刻まで室内に居たはずなのだ。
 頭の中を漂っていた靄が吹き飛んでいく。そうか、また夢の中なのだと理解するのは一瞬だった。
 努めて冷静に、自分の状況を確かめた。両手両足はそれぞれ縛られ、木製の十字架へと貼り付けにされていた。動かそうにも、ビクともしない。
 ぱちぱちと足元で聞きなれた音がしている。暖炉に薪をくべた時によく聞く音だ。足元から熱さが昇って来て、魔理沙の顔から血の気が引いた。
 
――火が点いている!!

 墜落死、溺死の次は焼死かと魔理沙は絶句した。拘束から抜けだそうと手足を動かすが、ビクともしない。
 夢のなかでも、焼け死ぬのは嫌だった。万人がそうであるように、魔理沙も死にたくはない部類だった。自殺志願者ではないのだ。

――もしこれが、現実だったら。

 これが、夢のなかで起きているという確証はないのだ。魔理沙が寝ている間に何者かが彼女を拉致し、こうしているのかもしれない。
 そう考えて、魔理沙はより一層激しく暴れだした。だが、木が軋む音がするだけだ。
 ゆっくり、ゆっくりと熱さが増していく。それに合わせて号哭や懇願の叫び声が大きくなっていく……はずだった。
 昨日や一昨日の夢と全く同じで、声が出ないのだ。混乱しきった魔理沙はその事に気がつかず、声が出ていると思い込んでいる。
 その手の趣味を持つ人間には、実に物足りない光景だっただろう。声がないというのはそれだけで、そういう魅力が半減してしまう。
 魔理沙の視界に映らない場所に立っている人影は、そういう趣味の人間なのか、うっすらと笑みを浮かべていた。
 足に火がつき、徐々に体を飲み込んでいく。人影はそんな魔理沙に近寄った。
 熱さと苦しさから首をデタラメに動かす魔理沙は、それに気がつかなかった。だから勿論、

「………………………………」

 それが何を言ったのか、分かるはずもなかった。





「殺される夢……ねぇ。最初が転落死、次が溺死、昨日が焼死……」
「何か、分からないか? このままじゃ参っちまう。全然眠れないし」

 次の日、魔理沙はパチュリーの元を訪れていた。
 三日続けてろくに眠ることが出来ず、その目にはうっすらと隈が出来ていた。さらにその顔からは覇気がなく、出迎えた小悪魔が心配するほどである。
 魔理沙から夢の内容を説明されたパチュリーは、小悪魔に命じて本を取ってこさせた。
 それを開き、ページを捲っていく。その横には魔理沙が立っていて、真剣な表情で本を見つめていた。

「たとえばこれ。誰かに殺される夢はストレスや悩みが解消される兆しで、もし自分が殺されるときは自分の中のそれらが解消されるという意味……だそうよ。夢のなかで起きたことはこういう意味を持っていると考えると、悩まなくて済むと思うのだけれど」
「だけどさ、この本には溺死だの焼死だのには書いてないし、何より実際に死ぬかと思うほど苦しかったり熱かったり……」

 そこで言葉を区切り、身を震わせた。ここ三日間で見てきた夢は、現実ではないのかと思うほどのリアルさを伴っていた。実際に死ぬ瞬間は体験していない……いや、しているのを忘れているだけかもしれないのだ。
 その時の感覚を思い出して震えている魔理沙を見て、パチュリーは開いていた本を閉じ、小悪魔に渡した。それから夢占いの本ではなく、呪いについて書かれた本を持ってくるよう頼んだ。
 未だ震えている魔理沙に真新しいカップを渡し、「これでも飲んで落ち着きなさい」と紅茶を注いでやった。辺りにやわらかな香りが漂い始め、強ばっていた魔理沙の顔がほんの少し和らいだ。
 魔理沙の様子がおかしいと小悪魔が言うので、用意させたものだ。カモミールは気分を落ち着かせる効果を持っている。
 紅茶を一息に飲み干すと、魔理沙は息を吐いた。

「悪いな。あの感覚が恐ろしくて仕方が無いんだ。思い出すだけでも寒気が止まらなくなる」
「誰だって、殺されるような目に合えばそうなるわよ。魔理沙はそれが三日連続なんだから、仕方ないわね。もっと早くに相談してくれたら良かったのに」
「ああ、そうだな……。流石にこういうことに関しちゃ、先ずパチュリーだよな。最初からそうしておけば良かったぜ」
「……アリスには話したの?」
「いや、まだだけど。パチュリーの後に行こうとは思ってる。あいつもこういうことに関しちゃ詳しそうだ」
「そう……」

 とことこと、数冊の本を抱えた小悪魔が戻ってきた。それを受け取ると、ページを捲っていく。
 おぞましい挿絵と紹介文。その中に、対象者に悪夢を見せる呪いについての記述を見つけ、手を止めた。
 どれどれ、と魔理沙が覗き込んでくる。そこには古めかしい絵が載せられていて、ロウソクを頭に括りつけ、髪を振り乱した女が描かれていた。

「えーっと、丑の刻参り? ああ、これあれだろ? こんな格好をして木に人形を五寸釘で打ち込んでいくと、相手に呪いをかけることが出来るっていう」
「そうね。この方法で呪いをかけられた相手が、悪夢を見ることがあるそうよ。これでまずは一つ、あとは……」

 開いた本を机の上に置き、また別の本を手に取った。ページを捲っていき、手を止めた。だがこれにも丑の刻参りの事しか載っていない。
 机の上に置き、別の本を開いた。それを繰り返し、パチュリー愛用の机の上があっという間に本で埋め尽くされた。それらにも似たような内容ばかり載っている。
 最後の一冊を捲っていって、パチュリーの眉がピクリと動いた。魔理沙にもよく見えるよう、体をズラしてやった。それから内容を読み上げ始める。

「例えば、自分に向けられる強烈な殺意が呪いと成ることもある。所謂一般的な占いとは異なり、こちらを即座に呪殺するほどの力はない。だが、体に変調をきたすことがあれば、悪夢となってその殺意が襲ってくることもある。悪夢の中で自分が殺されたとき、脳が死んだと判断し、心臓の動きを止めてしまうことさえあるのだ。そして、なにより恐ろしいことは、確実に何者かが殺意を抱いているということなのである……ねぇ。これなんか、それっぽいと思わない?」
「誰かが私に殺意を持ってるって? そんな馬鹿な……。恐ろしい話だけど、殺されるほど恨まれてるとは思えないぜ」
「……本当に、そう思ってる? 誰かに殺される悪夢を見ているのは事実なんだから、丑の刻参りぐらいはされていると思わないの?」

 そう言って自分を見つめるパチュリーの瞳に、ほんの少し後ずさると微かに呻いた。
 そんな魔理沙に一言、「脅かすつもりはないわよ」と言って、視線を本へと戻した。だが「何時襲われるか分からないから、警戒はしておいた方が良いわよ。友人からの忠告として、素直に聞いておきなさい」と付け加えた。
 魔理沙はまた呻いたが、何かを思いついたかのような顔で、ポンと手を叩いた。

「結局誰かがやってるんだから、そいつを見つけて捕まえれば良いんだろ? それが分かっただけでも十分だぜ」

 魔理沙は大きなあくびを一つすると、帽子を手に取り出口へと歩き始めた。
 どうするの、と言うパチュリーに魔理沙は振り向くと、

「さっさと犯人を見つけ出して、とっちめてやる。まぁ凄く眠くなってきたから、一眠りしてからだけどな」

 そう言い残して、大図書館を出ていった。
 それを見送ったパチュリーはボソリと呟いた。

「……幽霊だとか、そういう存在の仕業とは思わないのかしらね」
「パチュリー様ー、もう良いんですか?」

 小悪魔が、また両手いっぱいの本を抱えて戻ってきた。

「ええ。悪いけど、それは全部戻しておいて頂戴。ここにあるのは、私が戻しておくから」
「分かりましたー」

 パチュリーは机の上に置かれていた本を積み重ねると、それを抱え、本棚ではなく大図書館の奥にある部屋へ歩いていった。



「あれ? ここにあった本がなくなってる。パチュリー様かなぁ。最近変な本ばかり持っていきますね……」



 魔理沙は、真っ白な部屋に転がされていた。
 霞がかった意識のおかげで、これが夢だと分かった。夢だと思いたかった。
 魔理沙の両腕は肘から下が無く、両足は太ももの真ん中から下が無くなっていた。所謂達磨という状態だ。
 断面からは骨や血管といった、通常では見えない部分が見えてしまっている。当然おびただしい量の血が流れ出していて、ぼんやりする頭は血が流れ過ぎたせいではないかと思ってしまった。リアルな夢なのだから、そんな影響が出てもおかしくはないと思ったのだ。
 だが、徐々に意識がハッキリとしてくる。それに合わせて、今まで感じたことのないほどの痛みが魔理沙を襲った。
 痛みのあまり四肢をバタつかせ、血が周囲に撒き散らされていく。そして、次の瞬間起きたことに、魔理沙は飛び上がらんばかりに驚いた。

「うわああぁぁぁぁっぁぁ!! あああっぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

 声が出たのだ。肺から息を吐き出し、声帯を震わせ、魔理沙の口から悲鳴が吐き出された。
 今までは声を出してくても出なかった。声が出たということは、本当にこれは夢なのか!? 現実に起きている出来事ではないのか!?

「嫌だ!! 嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 これは現実ではないのかという恐怖と、これは夢に間違い無いという願望が、魔理沙を混乱させる。
 滅茶苦茶に顔を動かす魔理沙の視界に、人影が飛び込んできた。
 助けてくれ、と叫びながら肘までしか無い腕を懸命に伸ばす。今の魔理沙に、その人物が自分をこうしたのだという考えは微塵もなかった。ただただ助かりたいという一心である。
 魔理沙の懇願をその人物は聞いているのか、さっぱり分からなかった。表情を読み取れるはずの顔は、何故か見えなかった。
 それがどうしてか、理由を考えるための思考能力は、痛みと混乱で魔理沙の脳みその中からすっかり吹き飛んでいた。
 血や涙といった体液を派手に撒き散らし、懸命に暴れる魔理沙の上にそいつは馬乗りになると、鋭く光る包丁を取り出した。
 それを魔理沙の胸の中央に突き刺すと、一息で手元に引き寄せるように動かした。

「い゛がいぃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 傷口から血が吹き出し始めた。魔理沙の体を赤黒く染めていくそれを浴びながら、そいつは傷口へと手を突っ込むと力任せに引き裂いた。
 出血が一層ひどくなった。肉のちぎれる音がして、それをかき消すような大声で魔理沙が叫ぶ。
 そいつは血濡れの包丁を投げ捨てたかと思うと、魔理沙の体の中へと手を突っ込んだ。

「げああぁぁぁっぁぁぁぁぁ!! や゛めでぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 ぐちゅりぐちゅりと、体の中をかき回す音がする。内蔵が圧迫されたことで、口から血と胃液の混合物を吐き出し、顔を汚した。
 激痛が止まらない。そいつの手から逃れようと、芋虫のように身を捩るが、手足のない今の魔理沙は文字通り芋虫だ。馬乗りになっている相手を退かす程の力はない。

「あ゛あ゛あああっ! う゛がぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 下手に暴れれば暴れるほど、傷口からの出血が増えていく。叫び声と一緒に、血を吐き出し、命を削っていく。
 血を吐きすぎたのか、魔理沙の意識が薄らぎはじめ、声が少し小さくなった。そいつはそれを察知したのか、腸を力の限り鷲掴みにした。

「ごぉぉぉぉぉぉあぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 鷲掴みにした腸を、体外へと引っ張り上げた。腸を出し終えると、次の臓器へと手を伸ばす。
 幾つかの臓器を引っ張り出されたとき、もう魔理沙は反応することがなくなった。
 魔理沙の目に最後に写ったのは、自分の物だった内臓に食らいつくそいつの姿だった。
 結局、見覚えがあるような気はしていたが、最後まで顔がはっきりと分かることはなかった。





 目をゆっくり開くと、まだ視界がぼやけていた。
 まだ夢を見ているのか、それとも寝ぼけているのか、魔理沙にはさっぱり分からなかった。頭の中も滅茶苦茶で、ろくに考えることができない。

「あ、やっと起きたのね」

 誰かが視界に入り込んできた。顔がわからない。
 何かを言っているようだが、それすらも分からなかった。何処か、とても遠い世界から聞こえてくるようだった。
 まだ夢の中なのかもしれないと思えるほど、意識が混濁しているのかと魔理沙は思った。
 いや、自分を覗き込んでいる誰かが分からないのだから、これは夢なのだろう。さっきもそうだったのだから、今回もそうであるはずなのだ。
 それなら、こいつは……。

「昨日、里で鉢合わせしたにとりから、魔理沙の様子がおかしいって教えてもらってね。気になって様子を見に来てみれば、家の前で倒れてて、びっくりしたわよ。そんなに眠れてないの?」

 また口が動いた。何を言っているのかは分からないが、ロクでもないことを言っているのだろう。聞きたくもなかった。
 
「パチュリーにも話したって、にとりは言ってたけど……。この様子じゃ、まだ来てないようね。あいつが来てたら、こんな呪いなんてたちどころに解決してるだろうし……。随分と薄情なものだわ」

 そいつはケラケラと笑った。
 自分をどうしてやろうか想像して笑っているのかと、思わず身震いをした。まだ頭の中はぼんやりとしていてる。

「なにか食べないとね。林檎でも剥いてあげるわよ」

 そいつが取り出したものを見て、魔理沙は目を丸くした。
 ギラリと光る、如何にもよく切れそうな包丁。
 頭の中にかかっていた靄が晴れていく。魔理沙は勢い良く布団をはねのけると、そいつに飛びかかった。





「魔理沙、魔理沙!!」

 自分を呼ぶ声で、魔理沙は目を覚ました。次の瞬間、体を揺らす手を振りほどくように、叫び声と一緒に勢い良く体を起こした。
 こは夢か!? 現実なのか!?
 次の瞬間、頭が割れんばかりの鈍痛が走り、思わず顔をしかめ呻き声が漏れた。
 鈍痛のおかげか、魔理沙の頭は意外と冷静に状況を判断することが出来て、自分を呼んでいた声の主がパチュリーだと気がつくことが出来た。

「パチュリー……?」
「やっと目を覚ましたわね。図書館を出てちょっとした所で倒れてたのを、私の部屋まで運んできてもらったのよ。丸一日寝ていたし、突然うなされ始めるし……」
「丸一日だって? 丸一日!? そんなに寝てたのか……ああ……」

 まだ痛む額を抑え、呻いた。今まで悪夢を見た後、ここまでひどい頭痛に襲われることはなかった。
 一度だけではなく、二度も続けて見たせいだろうか。
 落ち着いて周りを見渡せば、たしかにここがパチュリーの部屋だということと、自分が寝ていたのがベッドの上だと分かった。何度も来ているのだから、よくわかる。
 ゆっくりと、見た悪夢を思い出し始めた。最初は、腹を切り裂かれて内臓を喰われる夢。次は……。
 ズキリ、とまた頭痛がした。
 思い出してみれば、あれはおかしな夢だった。初めて自分を殺そうとする相手に反撃が出来た。
 問題は飛びかかった後、どうなったかである。それだけが思い出せない。それに、あれは一体誰だったのだろう。
 ズキリ、ズキリと頭痛が酷くなっていく。視界がぐにゃぐにゃと歪みだして、魔理沙は上体をよろめかせた。

「無理しなくて良いわよ。あれだけ寝ていたんだから」
「いや、心配かけたみたいだし、さっさと犯人を見つけないと……」

 魔理沙がなんとかベッドから降りようと、足を床に付け立ち上がろうとしたその瞬間、ぐにゅりと足を何かで滑らせ、頭痛でふらふらだった事も合わさったのか、ベッドへと倒れこんだ。
 倒れこんだ際に手が当たったのか、少し遅れて、ベッドの近くにあった台の上に置かれていた本が、バサリ、バサリとベッドの上へと落ちた。
 それを戻そうと本を手に取った魔理沙の目が、本のタイトルを捉えた。
 この本の内容は、主人公の女がある男に好意を寄せていたが、その相手が一向に自分を見てくれないことに業を煮やし、最後は殺してその死体を食うというものだったはずだ。所謂猟奇殺人犯を扱った話である。
「食べてしまえば、その人は私の中で永遠となる」という突拍子も無い台詞や、男の鈍感っぷりが記憶の中に残っていた。
 がちゃん、とドアの鍵が閉まる音がした。見ると、パチュリーがドアの前に立って魔理沙を見つめていた。
 ズキリズキリと、頭が痛む。そうだ、この本の主人公である男も、自分が死ぬような夢を見始め、最後は……。
 慌てて本から目をそらすと、何で足を滑らせたのか気になって、ベッドの下を覗き込んでみた。
 
「う、あ……?」

 そこにあったのは、血まみれの腕だった。これを踏んで、滑らせたのだろうか。

「……持ってくるのは大変だったのよ」

 パチュリーの声が遠く聞こえた。
 鈍痛の正体が分かったような気がした。思い出すなという警告なのだ。
 あれは現実で、自分が襲いかかった相手は……。

「ア、ア…………」
「ねぇ、魔理沙」

 ドアの前で、腕組みをしたまま立っているパチュリーが口を開いた。
 その声に心臓を鷲掴みにされるような感覚がして、魔理沙は呆けた顔でパチュリーを見た。

「私の中で永遠になってもらえないかしら」

 その顔は、おぞましい笑顔が張り付いていた。
お目汚し失礼しました。
筒教信者
作品情報
作品集:
28
投稿日時:
2011/08/18 15:38:56
更新日時:
2011/08/21 08:46:49
分類
産廃百物語A
霧雨魔理沙
1. んh ■2011/08/19 20:24:00
アリスかと思ったらもっとひどい夢見るヤンデレが側にいたと
2. ヨーグルト ■2011/08/19 20:51:27
今日は寝たくなくなりました。
それほどにこわい
3. 名無し ■2011/08/20 02:25:05
某眠気覚ましドリンクより効いた
これであと30時間は行ける
4. NutsIn先任曹長 ■2011/08/20 04:08:05
つまらなくなんか無いです!!
見事な作品でした!!

つまり、魔理沙は最悪の行動をして、最悪の結末を迎えた、と。
苦しみを打ち明けた相手が犯人で、
理不尽な恋愛感情を持っていた、と。
5. ウナル ■2011/08/22 16:18:12
愛ゆえに相手の時間を止めてしまうのですね。
この作品を読んでいると夢と現実がどんどん曖昧になってしまいます。
6. エイエイ ■2011/08/23 01:05:51
おおう・・・これは怖い作品ですね。
そして続きが気になる文章でした。
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