産廃百物語A『コウズテツジンヘイ』

作品集: 28 投稿日時: 2011/08/20 01:27:21 更新日時: 2011/08/27 18:50:11
 古来より戦場ではありえぬものが目撃されてきた。それは英国空軍を苦しめたグレムリンであったり大陸の戦線に表れた不死身の白い日本兵などだった。それら奇っ怪な化け物が現れるのはそこが血河屍山からなる黄泉の地だからか、はたまた極限状態で狂った人間が垣間見た幻なのか。兎に角それはここ幻想郷…外の世界の軍縮により流れてきた兵器を手に妖精たちが血みどろの大戦を繰り広げているこの地でも同じであった………








「おい、新入りお前の番だぜ」

 呼ばれ、焚き火に薪代わりの小枝を放り込んでいた私は顔をあげた。

「番? 私の?」

 訳がわからず問い返すと私を呼んだ妖精はそうだ、お前の番だ、と頷いてみせた。

「暇潰しに怖い話をしようぜ、って言ってたじゃないか。で、私もソイツもコイツも語ったあとだ。つまりお前の番ってことだぜ」

 妖精の説明で合点がいった。
 待機中暇だからと何かテーマを決めて話し合うのは少人数チームではよくある暇潰しだ。準備らしい準備が必要なく何かあってもすぐに動け、しかも、賭け事のように後腐れがないのがその理由だ。といっても腹をわって何でも話し合う訳ではない。後方の事務官に恋人がいるんだと語った奴が次の日に腸をぶちまけて死にたくないとのたまう。そんな場面を目にするには誰だってごめんだ。聞く方も聞かせる方も。必然、話の内容は当たり障りのない、ふぅんそうなのか、で済ませられるものになる。話のネタとしてよくあるのは前の部隊にいたみょんなやつ、自分の戦績、美味いレーションや野戦食のレシピ。それに怪談だ。殊更、この夏の暑い時期は平時と同じくそれが好まれる。

「そんな事をしていたの」
「してたんだよ」

 私が応えると彼女はそんな風に憤った。まったく、私の怪奇半魚人の恐怖を聞いていなかったなんて、と。まぁ、聞かなくても良かっただろう。その評価は隣の妖精があれは腹を抱えて笑ったね、と言っていることを鑑みるに押して知るべし。

「新入り、なにかないのか? トリなんだから飛びっきり怖いのを頼むぜ」
「そう言われても…それにうちの部隊にはもう一人、隊員がいたと思うけれど」
「ああ、アイツならもうとっくに終わらせて便所に行ってる」

 スケープゴートを求めたが無駄だったようだ。人前で話すことが苦手な私は出来ることなら怪奇譚を語って聞かせるなんてことは辞退したかったのだ。だが、部隊の連中はどこか期待がこもった目で私を見てくる。お前なら面白い話を知っているだろう、とその目が語っている。

「そうねぇ…」

 私はため息をついた。何か語って聞かせるしかないだろう。無為に和を乱すのも得策ではないと思ったからだ。もっともそれは別段、道徳上のことではなく私自身の生存確率を上げる為だ。同じ部隊のメンバーから仲間扱いされなくなった妖精がどうなるのか。そんなことを考えるまでもない。後退や救援を後回しにされ、補給をわざと忘れられ、最悪、誤射に見せかけて殺されてしまう場合もある。仲良し小好しがいいと思えるほど私は友好的ではないがかといって孤高の一匹狼を貫けるほど強くもない。もっと強くなりたいものだ。

 じゃあ、と私は姿勢を正した。

「あれは確か前の前の部隊にいたとき強行偵察任務を命じられたときの出来事よ」

 皆の注目が私に集ってくる。秋の日の陽光のように肌を照らす視線に僅かに気分の悪さを憶える。だが、仕方ない。私はあの時の記憶を反芻し、それを口頭語に変換、言葉にしていく。

「丁度、今日みたいな夜間の任務だったわ。ある森を抜け、敵陣営の大まかな位置を確認しろっていう任務。その最中、私たちは敵に…」

 襲われた、そう私が口にしたのとまったく同じタイミングであった。
 皆が息を飲み、私の話に飲み込まれつつあったその瞬間、何処からか…




―――うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!





 夜の森の静けさを打ち壊す悲鳴が聞こえてきたのは。








――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――







「畜生! なんだってんだ一体!」
「知らないわよ! 兎に角、逃げなきゃ」

 落葉を踏み締め小石を蹴飛ばし藪を掻き分け梢を払い月の光も届かぬ薄暗い森の中を私はツツジと共に走っていた。その走り方は酷く無様。暗く足元の覚束ない道をそれでも全力で安全性を無視し走っているのだから当然だ。時に木の根に足を取られつんのめり、顔から腐葉土に突っ込んでもなお頭についた枯葉や小さな虫を取り払おうともせずまた走りだす。危険極まりない走り方。けれど、やめられない。止まらない。我々は阿片で脳を蕩けさせた老人のように危険だとわかっていても走り続けなくてはならないのだ。


―――タタタッ!
ギャァ!!―――
「くそっ、また誰かやられたぞ!」



 敵から逃れるために。








 大休止中、小用で隊から離れ、なかなか隊に戻ってこない花妖精のサザンカを行動再開も兼ねて全員で探しにいったのが始まりだった。
 探しはじめて、そう探しはじめて、だ。捜索なんて重々しい言葉は使う必要がないほど軽い気持ちで我々はサザンカを探しにいったのだ。その軽い気持ちに応えるようサザンカはすぐに見つかった。汚れた尻を拭きもせず丸出しで、喉から血を流しつつ、自分がひり出した糞の上に倒れて。サザンカはトイレの最中、喉をかっ切られ一声の悲鳴も一発の銃弾も放てないまま殺されたのだ。敵に。

 そこから先、記憶の中の場面映像は断続的だ。軽い乾いた音が連続して聞こえたかと思うと部隊長が胸から血の花を咲かせつつもんどりうって倒れた。散れ、敵襲だ、と叫んだのはどの隊員だったのか。我々はそれから態勢を立て直す余裕さえなく夜の森を追われることになったのだ。




「うわっ!」

 走る我々の側に生える木の幹や地面に不意に穴が穿たれた。木片や土煙が舞う。撃たれたのだ。幸いなことに弾は私にもツツジにも当たらなかったが、連続してフルハウスを引かなくては負けるようなポーカーを私はしたくない。

「何処から撃たれた?」
「多分、左後ろ…でも」

 ちらりと振り替えるが暗すぎて何も見えない。敵が今もその方向にいたとしても見つけるのは至難の技だろう。無駄なことだと前を向いた瞬間、また火砲が放たれた。ぎゃっ、と僅かに先行していたツツジがバランスを崩しかける。その左手からは鮮血が散っていた。撃たれたのだ。
 畜生、と奥歯を噛砕かんほど歯を食いしばりツツジは悪態を垂れる。バランスを崩すままに足を止め、振り返り片手でAKのトリガーを引き絞る。バババッ! 夜の闇を僅かに照らすマズルフラッシュ。鳥たちの眠りを覚ます銃声。鼠も虫も食べられぬ熱い空薬莢が地に落ちる。ほとんど同時に着弾音。音速の弾丸の移動を感じ取ることなど不可能だ。木の幹が爆ぜ枝葉が千切れ森に痛々しい傷跡が刻まれる。だが…

「畜生! 何処だっ!」

 敵の身体を7.62×39mmの牙は捕らえられなかった。役目を果たせなかった鋼鉄の一撃は虚しく樹木を傷つけたに過ぎない。
 憤り尚も射撃を加えようとするツツジのだらんと垂れ下がった腕を私は掴んだ。敢えて傷口部分を。途端、処女のように悲鳴を上げるツツジ。

「なにすんのよ!」
「片腕射撃の練習なら暇で且つ安全な日にしなさい。メンスの次の日とかに」
「してないわよ! 殺すぞ!」
「アホやってないで逃げよう。当たりっこないよ」

 腕の痛みで多少は冷静な判断が出来るようになっていたのかツツジは私の話を聞いてくれた。畜生、とまた悪態をついたがその声はとても小さいものだった。

「クソ。向こうも撃ってきてんだ。こっちもすぐに撃ち返せば当たるだろ」

 暫く走っているとまた頭に血が登ってきたのかツツジは私にそう怒声交じりに話しかけてきた。

「当たるわけない。こんなに暗くちゃ貴女の眉間だって撃てるかどうか怪しいわ」
「私はお前をハチの巣にするから問題ないぞ」

 兎に角、今はこの猪突猛進の意識を自分の方へと向けさせておこう、とわざと挑発的な言葉を返す。冷静沈着な部隊長かおとなしいアオイハナと一緒に逃げればよかったと今更ながらに公開する。そのどちらともが既に死んでいるのだから無理な相談だが。

「向こうは…うん、たぶん、こっちのことが見えてるよ」
「あ? そんなバカな。ヘッタクソに木とか地面とか撃ってたじゃん」

 自分のことを棚に上げ嘲笑うツツジ。その腕の怪我とさっき枝打ちしてたのは誰かしら、と突っ込みを入れておく。

「あれは威嚇射撃よ。いたぶってるのよ私たちを。アイツは。自分だけがこの暗闇でも目が効くのをいいことに」
「………」

 状況証拠からそうとしか考えられなかった。この暗闇の中、隊長だけを正確に狙い、同じく正確に私たちの足元や直ぐ側の樹を狙ったのは――ツツジの腕にあたったのは運悪くだろうが、この闇の中でもしっかりと私たちの姿を視ているからだろう。

「光妖精かな。アイツらなら上手いこと月明かりを操って私たちだけ照らすなんてこと出来るだろうし」
「それなら私たちもその光を見ることが出来るわ。音かな…」
「音妖精ね。私たちに聞き耳立てながら機関銃ぶっぱなしてるてか? だとしたらそいつはもうツンボになってるぜ」
「光でもなく音でもなく…」

 どこか腰を落ち着けて考えれば何かつかめるかも知れなかったが今は走るのに手一杯だ。ああでもないこうでもないと言っている間に敵はまた攻撃を仕掛けてきた。兎に角、今は逃げないと。そう思った瞬間、

「うぉ…!?」

 先行していたツツジの姿が消えた。一体何がと思う間もなく踏み出した私の足はけれど柔らかな落ち葉も硬い木の根も踏みつけず宙にあった。しまった。暗くてまったく分からなかったのだが行く先は崖だったのだ。そのまま身体を止めきれず、私の身体は落下した。

「ぐぇっ!」

 カエルを潰したような声が喉から漏れる。上下左右の感覚が消失し、強かに撃ち付けた背中に遅れて激痛が走った。息が出来ずもがくしかない。

「立てっ! 逃げるぞ」

 誰かに腕を掴まれる。それがツツジだと理解するのに数秒を要した。立ち上がろうとするが体が思うように動かない。背中のダメージで体がしびれているのだ。見ればツツジも足を押さえている。落ちた時にひねったのか折ったのか、兎に角、無事な様子ではなかった。

「そこに…隠れよう」

 言って何とか指を指す。そことは今まさに我々が落ちてきた崖の下だ。高さは二メートルほど。崖というより大きな岩が山の中腹から飛び出しているだけの場所だ。これ以上は走れないと自分でも悟ったツツジは私を引っ張って崖の下まで連れていってくれた。岩の間に身を隠す私たち。

「具合は?」
「右足と左腕。あと銃を落とした。そっちは」
「背中がおもいっきり痛いわ。それ以外は別に」
「クソ、二飜ドラ一で私の負けか」

 よく分からないルールにより敗北を期しうなだれるツツジ。暫くの小休止といったところか。

「足が痛い。燃えてるみたいだ」
「火はついていないから安心しなさい」

 痛む足を押さえるツツジ。これはやはり折れているのかも知れなかった。手当が必要だがあいにくと手持ちの医療キットでは骨折の治療などできそうにもない。

「モルヒネでも打っとく? たしか、ここに…」

 そう言って医療キットを取り出そうと身体を動かした瞬間、後頭部に礫を食らった。知覚したのは後だったが同時に銃声も鳴っていた。狙われていたのだ。敵に。

「クソ、どこだ」
「馬鹿ッ! 顔出しちゃ!」

 途端、再び聞こえてくる銃声。すぐに上げた頭をツツジは押さえながら下げた。

「イテェ…破片が当たった」
「裏ドラ追加ね…」

 眉間から血を流すツツジに医療キットを渡してやる。後は自分でするだろう。しかし、恐ろしい正確さで敵は狙い打ってくる。夜目が利くなんてレベルじゃない。この闇の中はっきりと私たちを視ているのだ。
 さて、どうしたものかと、私は足元に落ちていた棒切れの先に自分が被っていたヘルメットをかぶせた。それをそろりそろりと上へつきだしていく。敵は狙撃が得意なようだが、実は私もだ。狙撃のセオリーは粗方覚えている。取り敢えず相手の出方を伺うため、私は相手が誤解して撃ってくれるよう撃たれても痛くない空っぽのヘルメットを突き出すのだ。けれど…

「不味いかな…?」

 ヘルメット全体が岩の陰から出るほどつきだしても敵は弾を撃ってこなかった。既に移動したのか。だとするとこちらも移動しなければ危ない。岩のこちら側から撃たれれば身を守る物など何もないからだ。だが、と虫の知らせめいた直感が動くのは不味いと教えてくる。根拠はない、いや、狙撃手としての感が今は動くなと言っているのだ。隣の馬鹿に意見を伺おうとしたがツツジは頭に包帯を巻くので手一杯だった。どうすれば、とちらりと岩から顔を出す。刹那、銃声が轟く。

「くッ!」

 すぐさま顔を引っ込めたのは偏に殺気を覚えたからだ。放たれた弾丸は私の鼻先をかすめあらぬ方向へと飛んでいった。もう一刹那でも遅れていたら私の鼻は無くなっていたところだろう。痛む背中に氷のように冷たい汗が流れる。けれど…

「その眼の仕掛けは分かったわよ」

 復讐の時が訪れたようだ。




 私は敵の視力確保の手段を説明し、ツツジにその打開策を提案した。手品のタネ明かしを聞いてツツジは俄然やる気を見せてくれた。タイミング良く闘士の炎を瞳に燃やし、やろうぶっ殺してやると体温を上昇させてくれる。

「うし、こんなものだろう。じゃあ、点けるぜ」
「いつでも」

 ツツジの合図に私は支給された銃のコッキングボルトを引いた。弾倉から薬室へ7.62mm54R弾が装填される。それだけで全身の神経が研ぎ澄まされたような感覚に陥る。木と鉄の部品の塊でしかない銃が私の腕の延長となり、私自身は余計な恐怖や躊躇いとは無縁な無慈悲な存在と為る。我は一個の兵器。敵に死を与える者だ。

 ツツジは私と二人で集めた枯葉に火を点けた。ぼっと最初は小さかった火は徐々に大きくなり、枯葉の上に交差するよう組み上げた枯れ枝に移る。枯れ枝は下から順に徐々に太くなるよう組まれ、そして、その最上段は崖にもたれかかっている倒木だ。上手く火が移ってくれよ、という私の願い通り、倒木は程なくして炎に包まれた。炎の舌が身を踊り狂わせ、真夜中の森に昼間の明るさが産まれる。同時に熱も。

「くぅ、熱いな。流石に」

 これだけの大きな焚火を間近で浴びているのだ。剥き出しの顔は照り焼きになり、服の下ではじんわりと汗が浮き始めていた。かなりの熱量。目を開けているのも辛くなる。…恐らく向こうも。私は目を閉じた。

「おし、反逆開始だな」

 言ってツツジは火の付いた枝を焚火の中から取り、それを我々が隠れている岩の上へと放り投げた。瞬間、その炎という熱を持った枝を狙い遙か向こうの暗闇からは敵の放った鉛の弾丸が飛来していた。岸壁を抉る着弾音。それを耳にしたとき、既に私は岩陰から身を乗り出していた。もっと言うならばツツジが枝を投げるより一瞬早く。敵がツツジが投げた火の付いた枝に反応するよりほんの少しだけ早く。モシンナガンを構えつつ目蓋を開いた私には敵の銃の口から放たれる燃焼ガスの炎がしっかりと見えていた。
 狙いをつけるのに三秒。初弾を放つ。レバーを上げスライドさせて空薬莢を排出。戻す動作で次弾を装填。この動作に七と半秒。再び狙いをつけ次の一撃を放つ。一連の動作をもう一度繰り返したところでそれ以上は欲をかかず、私は身体を岩の裏側へと戻した。

「首尾は?」
「わからない。でも、当たったと思う」

 一射目の直後、悲鳴のようなものを聞いた気がする。敵の断末魔だったらいいのだが。
 私は身体を落ち着かせた後、そっと腕を岩の陰から出してみた。反応はない。今度は大胆に肩の辺りまで伸ばしてみるがそれでも。もう一度、用心を重ねて顔をゆっくりと出し、闇に目を凝らすが見えている限り動いているものは皆無だった。

「大丈夫なようね。ちょっと様子を見てくるわ」
「あ、おい!」

 ツツジの声を無視し私はゆっくりと闇の中を進み始めた。姿勢を低く、木の幹になるべく身体を隠すように。もっともこれだけ身体を晒しておいて攻撃がない所を見るとおそらく脅威は去ったものと考えて差し支えないだろう。案の定、数十メートルほど進んだところで不自然に草が倒れている場所を発見した。

「薬莢…7.62mmNATO」

 同じくそこには三つ空の薬莢が落ちていた。触れるとほんのりと暖かい。裏返し、月明かりを頼り何とか刻印を読み取る。敵兵の普遍的な装備品の一つであるM-14ライフルなどに使用されている弾丸だ。間違いなく敵はここから私たちを撃ってきたのだ。だが、当の敵兵は何処へ?

「おい」

 私がなにか他に遺留品がないかと調べていると不意に足音が聞こえそんな声がかけられた。驚き、銃をそちらに向けるとはたしてそこにいたのは…

「お、脅かすなよ!」
「それはこちらの台詞です」

 ツツジだった。どうやら焚き火の側で待っていられなかったらしい。足を痛めているはずなのに、杖替わりの枝を見繕ってきてここまでびっこを引きながらひょこひょこやってきたようだ。

「で、殺ったのか?」
「ううん、死体がない所を見ると逃げられたみたいね」
「そうか。ああ、でも…」

 言ってツツジは杖で藪をかき分けた。何かを見つけたようだった。

「ダメージは与えたようだな」

 そこには土に吸われつつあるもののまだ触れれば暖かそうな鮮血が散っていた。見ればそれは森の奥の方へと続いている。私が放った三発の弾丸のうちのいずれかが敵を捕らえたのだろう。この血の量なら相当の深手を与えたはずだ。
 どうする、とツツジが目で問いかけてくる。私は拾った薬莢をポケットにしまうと血痕が伸びる方へと歩き始めた。

「行きましょう。あの敵が単騎だったとは思えない。仲間に合流される前に殺して、さっさとこんなところからはおさらばしましょう」









――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――








「クソ、クソ、クソ…」

 左腹部を押さえながら彼女は歩いていた。荒い息を付き、重そうにスプリングフィールドM-14ライフルを携えながら、青黒い顔をして。

「畜生、ぶち殺してやるあのクソ妖精」

 口からは威勢よく悪態と罵倒の言葉が吐き出されているがその身体は死に体だ。ふらつく足取り、徐々に遅れつつある呼吸、青黒い顔。腹を押さえている指の間から漏れ出している血も黒く粘つくタールのようになっていた。このままでは程なくして彼女は死ぬことになるだろう。なんの治療も施さねば。だが、彼女は運が良かった。もう少しだけ行けば彼女の部隊の集合地点へと辿りつけるのだ。それは彼女の生命がぎりぎり持つ距離でその場所ですぐにでも治療を受けられれば彼女は生き延びる筈だった。更に幸いなことに、これは彼女のあずかり知らぬことだが、後ろから追いかけてくるツツジたちの足ではそれまでに彼女に追いつくことは不可能だった。かくして彼女は生き延びるための条件を粗方満たしていた。ただし、やはり何事も万全とはいかなかった。残念なことに彼女は狙われていたのだ。ツツジたち以外に。そして、それは死出への旅立ちの迎えに来た死神のように確実に彼女の生命を奪う存在だった。

 Vow!

「!?」

 獣の咆吼のような声を聞き彼女は身を強張らせた。この鬱蒼と茂る森の中なら獣の声の一つや二つ聞こえても不思議ではないのだが、死を目前に緊張しきった彼女の耳には笹擦れの音でさえ軍靴が砂利を踏みしめる音に聞こえるのだ。
 血が噴き出すのも厭わず彼女は腹を押さえていた手を離すとヘルメットの側面へと持っていった。そこに付けられた機械のスイッチをONにする。起動を知らせる電子音が鳴る。

「ど、何処だ! 何処にいやがる!」

 血まみれの手で銃身を支え夜の森に向けて怒鳴り声を上げる。辺りは暗く何も見えない。梟の眼か―――もしくは彼女のように魔法の眼鏡でもなければ。

「……畜生、何処だ」

 視界は相も変わらず暗かったが彼女が使う魔法の眼鏡は敵…動き回る動物や妖精だけは確実に捕える事が出来る魔法がかかっていた。熱を持つあらゆる物ならどんな暗闇の中でも見通せる魔法が。サーマルゴーグル…体温、熱が放つ遠赤外線を検出し、他の光源が全くない完全な暗闇の中でも対象を捉えることの出来る特殊カメラ。それが彼女たち極地警備兼特殊装置実験部隊に与えられた魔法の眼鏡だ。

「何処だ何処だ何処だ」

 少々重いのが難点であったがその効果が折り紙付なのは敵軍の強行偵察部隊をワンサイドゲームでほぼ壊滅状態に出来たことからも分る。この暗闇の中、見えると見えないのとでは天地の開きに等しいアドバンテージがあるのだ。慢心などせずさっさとけりを付けていれば彼女も敵に手の内を覚られずあんな姑息な手を使われこんな深手を負わずにすんだだろうに。

「畜生! 何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だァ!」

 そう、それが彼女のターニングポイントだ。さっさと。遊ばずにさっさとツツジたちを仕留めておけばこんな事にはならなかった。逃がしてしまったらさっさと諦めればよかった。深追いなどせずさっさと自陣にもどっていれば良かった。今もだ。さっさと自陣に逃げ込んでいれば或いは…否、もう遅い。

「クソ!!」

 畜生、クソッタレ、ガッデム、サノバビッチ、と思いつく限りの悪態をつき、彼女は視線を走らせる。右に、左に。けれど、見えるのは無限に広がる闇ばかりだ。熱を捉えるサーマルゴーグルは何も映さない。声は勘違いだった、などと言うことはない。現に、ざっざっざっ、と藪をかき分け落ち葉を踏みしめ何者かが近づいているのだ。

 彼女は半狂乱になりながら頭を左右に往復し続ける。だが、何も見えない。何も見えない。まったく見えない。耳には恐ろしいほどその足音が聞こえるというのに、暗闇の向こうから明らかな害意を持った敵が近づいてきているというのに、闇夜を見通す魔法の眼鏡は何も捕える事はなかった。

「ちっ、近づいてくるなァ!!」

 叫び、彼女は腰溜に銃を構えトリガーを引き絞った。木の幹が爆ぜ枝葉が散り地面が抉れる音。散々、森の中で撃っていれば耳にする炸裂音。そこに異な物が混じる。

「あ…?」

 分厚い金属を撃ったような音。それが銃声の直後、すぐ近くから聞こえてきた。
 それと同時に彼女はサーマルゴーグルを外して肉眼でも敵影を探せばいいと言うことに気がついた。ああ、もう、失敗したな。そんな気楽な装いで彼女はするりとヘルメットごとゴーグルを外した。それが彼女がとった最後の行動だった。次の瞬間にはその行動を司っていた頭は上顎より上の部分で綺麗さっぱりとなくなってしまっていたからだ。

 下の歯を剥き出しに、断面から噴水のように血を吹き上げつつ彼女はその場に倒れた。彼女を殴殺したそれは腕に付いた血と骨片と脳漿の汚れを拭うことなくその場を後にした。








――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――









「…さっきのは銃声、だよな」
「ええ。ちょっと慎重に行きましょう」

 藪をかき分け静かに進軍していた私たちは不意に夜の森の眠りを覚ますような甲高い音に足を止めた。耳慣れた音だった。ツツジが聞いてきたのは確認と言うより間を作る為のものだったのだろう。私も律儀にそれに倣う。足を止めて様子を伺う間が必要なのだ。

 足を悪くしているツツジを連れゆっくりと進む。けれど、向かいから吹いてくる風には硝煙と血の香りが混じっていた。意図せずとも進むのを躊躇いたくなるような不穏な香り。それはある程度進んだところで、獣道の真ん中で上顎のない妖精の死体を見つけたことで真実になった。

「私らを狙ってた奴?」
「さぁ? でも、少なくともコイツからは狙われることはないわね」

 最大限の注意を払いつつ死体に近づいた。死体はまだ暖かく、死後間もないことがうかがい知れた。私は死体が手にしていたM-14をひったくるとそれをツツジに手渡した。ツツジは先程、崖から落ちた際、AKを紛失してしまっていたのだ。一応、サブにスコーピオンを支給されているが武器は多い方がいい。フルオートがいい、とツツジは文句をたれたが睨み付けて黙らせた。

「これか…」

 もう少し死体を検めていてもう一つ、鹵獲した方がよさそうな道具を見つけた。死体の手に握られていたヘルメットと備え付けの機械。我々を苦しめたサーマルゴーグルだ。

「こんなに小さい物で暗闇でも見られるようになるなんて。敵軍の技術もさるものね」
「持って帰ったら金一封だな」
「持って帰れればね」

 他にも使えそうなものがないか調べていく。レーションのチョコバーを見つけると半分に折りツツジと二人で分けて食べた。追い剥ぎのようで気が引けたが背に腹は変えられなかった。それ以外にもコンパスやこの森の地図などをいただいていく。地図は私たちも持っているが敵軍の地図となるとまた意味合いが違ってくる。もしかすると敵軍の巡回ルートなどが書かれているかも知れないからだ。案の定、私が死体を検めている間、ツツジに地図を調べさせていると彼女は敵の集合地点らしき赤マルを見つけた。このすぐ側のようだ。この死体はどうやらそこに向かっている途中だったらしい。もう少しで仲間の所に辿りつけたというのに。戦争の無常さを感じざるをえない。
 いや…

「なぁ」

 それまで地図とにらめっこして黙りこくっていたツツジが唐突に口を開いた。

「こいつ、誰に、やられたんだ?」

 極力、この敵兵の死について考えまいとしていたのだ。
 これでこの敵兵の外傷が腹の傷…おそらく私が与えたものだけだったら、こうも私は、私たちは怯えながら死体の装備を剥ぐなんて真似をしなくて済んだだろう。だが、こいつの死因は明らかに別にあった。綺麗サッパリ顎から上がなくなっているのが確実に死因だ。顎の上に乗っていたお粗末な脳みそとそれを詰めていた薄い頭蓋骨は今やそこいらの木の幹や草むらに飛び散ってしまっている。超至近距離で12番ゲージのショットガンを喰らってもこうはならない。一体、どんな攻撃を受けたのか。想像することすら躊躇われる。

「敵を倒したんだから味方、だよな」
「だといいけれど…」

 ツツジの言葉はどうにも納得できなかった。言っているツツジ本人でさえ質の悪い冗談だと自分でも思っているような口振りだった。この森に私たち以外の部隊が来ているなんて連絡は受けていないし、仲間内が持っていた武装でこんな事ができそうな装備はなかった。私のように生き残った仲間が機転をきかせてこの敵をこんな目に合わせた…というのが一番納得できる考え方だが、どうにもそれは信じられなかった。

「兎に角、もう行きましょう。こいつが死んだってんならもうこの森に用はないわ。さっさと帰ってお茶でも飲みましょう」
「禿同」

 死体の側から立ち上がる私。後は数十キロ近い森の中を敵に見つからず自陣まで逃げきるだけだ。言葉にすれば簡単だが、その道程は今まで同様厳しいものだろう。それを思うと気が滅入ってくるが、諦めたものから死ぬのもまた戦争の道義。
 そんなことを考えていると…ふと、

「………?」

 怒号のようなものを耳にした。

「クソ、この足で山中行軍とはついてないぜ。ん? どうしたんだ」
「しっ!」

 愚痴たれようとするツツジを制し、聞き耳を立てる。間違いない。人の声。それに地面を踏みつける足音。誰かが、それも複数こちらに近づいてきている!

「クソ、こいつの仲間か!? ツツジ、逃げ…」

 言ってそれは不可能だと気がついた。ツツジは足をやられているのだ。走って逃げることなど不可能。ツツジも当に現状を理解しており、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「…わ、私を置いて逃げ」「出来るなら当にしてる。もう。兎に角、ツツジ、貴女はそこの岩の後ろに陣取って。それとライター貸して」
「どうする気だよ!?」
「迎え撃つしかないでしょう」

 隠れてやり過ごせるような場所はなかった。それに相手にはサーマルゴーグルがあるのだ。隠れていてもすぐに見つかってしまうだろう。

 ツツジからジッポライターを受け取り、私は枯れ枝を手に取り火をつけた。十分、火が回ったところでそれを適当に投げた。それを何度も繰り返す。枯れ枝についていた火は辺りに燃え広がりちょっとした山火事になる。体温より高い熱源を発生させることで敵のサーマルゴーグルの機能を殺し、加え、炎の明るさで森の暗闇を照らしこちらとの条件を五分にする作戦だ。危険だがこうするしかない。後は防戦しつつ撤退すればなんとか逃げ切れるのでは、と希望観測。それでもこちらは手負いを抱え、おそらく数は向こうの方が多いだろう。完全撤退が勝利条件としても勝率は五分に満たない無謀な作戦だった。敵に撃たれるならまだしも自分がつけた炎にまかれ全身に火傷を負い真っ黒焦げになって死んでしまう、そんな唾棄すべき未来が見える。畜生、と震える己の膝を叩き、私も適当な場所に隠れる。舞い上がる炎で辺りは汗ばむほどの熱気に包まれていた。








――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――








「Go! Go! Go!!」

 行け行け、と隊長は叫んでいた。言われずとも部下は全力で走っていた。当にその場にいるのはそれが出来る者たちだけになっていた。つまり、五体満足なものだけ。傷つき全力で走ることが出来なくなってしまった者はその場に取り残された。兵士たるもの可能なかぎり之友軍を救うべし、と軍規にはあるがそれを守っている者はこの場には絶無だった。いや、可能な限り、というのが既にこの場には存在しないことになっているのだ。友軍を庇い足を止めれば、それが即ち己の死に繋がってしまうのだ。可能な限りとは自分の生命が脅かされない限りを指す。故に彼女らは別に軍規違反を犯しているわけではなかった。彼らの頭にそんな考えは毛の先ほども残されていなかったが。

「何…? 山火事?」

 サーマルゴーグルをかけ走る隊長の目に不意に目を覆うばかりの輝きが飛び込んできた。驚き、すぐにゴーグルを上げる隊長が目にしたのは一体を覆う炎の壁だった。

「クソ…」

 足を止め逡巡。このまま突き進むのはあまりに危険すぎる。迂回すべきだ。そう一瞬で判断を下し、隊長は部下どもに命令を下す為に振り返ろうとした。いや、振り返ろうといたように見えただけだ。前面に強力な一撃を受け身体が傅いたのだ。
 撃たれた、と気がついたのは第二射が顔のすぐ側を通り抜け鼓膜を揺さぶるようなソニックブームを残していったからだ。敵だ、と叫ぼうとしてけれど、隊長はその言葉を発することができなかった。








――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――








「ビンゴ!」
「撃ったのは私」

 炎揺らめく視界の向こうで先頭を走ってきた妖精が胸から血の花を咲かせて倒れるのが見えた。だが、やはりこの熱の中、正確に狙いを定めるのは難しそうだ。炎に炙られ舞い上がりうねる気流が容易く弾道を変化させてしまう。セオリー通り中心線を狙い身体の何処かに当たってくれることを祈るばかりだ。上手くいったのも今回だけだろう。迫る敵はこれで警戒心を露わに詰め将棋のようにこちらをじわりじわりと追い詰めてくるに違いない。こちらとしては炎を壁に限られた弾薬でなるべく多くの敵を倒さなくてはいけないのだが。離れたところにいるツツジはそんな私の慎重論などお構いなしに鹵獲したM-14をぶっ放している。

「節約してよ!」
「だってよ! どんどん迫ってきてるぜ!」

 言われて気がついた。敵が炎など諸戸もせずこちらにバンザイ突撃してきていることに。いや、バンザイはしていないが銃を乱射し雄叫びを上げながら身体に火が付くのも厭わず突っ込んできているのだ。ありえない。仮に敵の隊長が戦死し命令系統が滅茶苦茶になっていたとしてもあんな無謀な行動をとる兵隊がどこにいる。あれでは狼に追われ逃げ道がないにもかかわらず突っ走り崖から落ちる羊ではないか。一体どういうことだ。セオリーなら一端足を止め遮蔽物に隠れながら応戦するか、部隊を二つに分け一方で私たちを足止め、もう一方を後ろから回り込ませ挟み撃ちにするのが当然の戦略というのに。敵は無謀にも突撃してきている。

「いいから撃てェ!」

 ツツジの叫び声と近くの地面を抉った敵弾にはっ、と我に返った。私の悪い癖だ。今は思案の時ではなく闘争の時だ。コッキングレバーを引いて排莢/装填。狙いもそこそこにトリガーを絞る。二発目は外れた。けれど、悔やんでいる暇はない。すぐに再装填し撃つ。撃つ。撃つ。躊躇っている間はない。まるで氾濫した川の流れを押しとどめる様、迫る敵兵を撃って撃って撃ち倒す。

「チッ!」

 弾を撃ち尽くした。予備はあるが込め直している暇はなさそうだった。モシンナガンを背負い、スコーピオンのトリガーを軽く引き弾幕を放ちながら移動する。

「He Shot Me. Bang Bang. Bang Bang.」

 歌いながら狂気の笑みを浮かべつつトリガーを引き突けているツツジの側に近づく。後ろから羽交い締めに無駄撃ちを止めさせる。

「何よノってる時に!」「打ち止めよ!」

 戦闘の高揚に酔いしれていたツツジを引っ張り後退する。ツツジの戦闘意欲は分らぬでもない。炎、悲鳴、火薬の匂い。血が昂ぶる要素が全てそろっている。私でさえともすればトリガーを引き続けたい衝動に駆られるのだ。ウォーハイほどこの世にもっとも脳髄を痺れさせる麻薬はない。だが、それに酔いしれた者の末路は悲惨だ。激戦区の真っ直中、狂戦士として誰の者とも知れぬ血を浴び戦い続ける。骨が残ればマシな死に様だ。大抵は死地さえ分らぬまま朽ち果てる。下手をすれば妖怪と化し巫女どもに葬られる。そこに一切の救いはないのだ。そんな死に方はごめんだ。喩え我が人生の果てがそれだとしても、今はまだ死ねない。

「立って! 逃げるわよ!」

 足の悪いツツジを無理矢理立たせ出来る限りの速度で走り出す。後ろからは悲鳴と火の粉が爆ぜる音が聞こえてきていた。

「いいのか!? 撃ち続けてりゃなんとかなったんじゃねーの」
「かもね。でも、戦力差は如何ともしがたいわ」

 ツツジの肩に手を回し二人三脚の要領で歩き始める。一体、何人倒したのか分らないが逆に何人残っているのかも分らない。敵が混乱している今、何より距離を稼いで逃げることが先決だ。それに…

「それになんだか嫌な予感がする」
「そうなのか?」
「敵の動きがおかしすぎる」
「…言われれば。何が悲しくて炎の中に突っ込んできたんだアイツ等は」

 お陰で撃ち放題だったがな、とツツジ。私はけれどツツジほど敵の異常行動を楽観視していなかった。敵とは言え相手は自分と同じ妖精だ。未開の地の蛮族じゃないのだ。あの混乱と狂気の沙汰には何か意味があるはずだ。それが何なのか確かめる気には毛頭なれなかったが。

「何かから逃げてるみたいだったな」
「………」

 ぼつりとツツジが呟いた。それは私も考えていたことだ。ただ、応える気にはやはりなれなかった。応えればそれが真実になってしまう気がしてだ。けれど、ツツジはまだ戦闘の興奮が覚めやらぬのか、それとも恐怖のあまりか妙に饒舌になっており口を閉じる心算はないようだった。

「そうでなきゃ、あんな風に敵が待ち構えてる炎の中に突っ込むなんて真似しないぜ」

 テストが終わった後で問題の答えが分かったような口振り。つまり諦念がそこに混じっている。何に対しての諦念なのか。生きることに対して、と答えはすぐに出たがとても口には出せなかった。飲み込んだ言葉は憤りに替わり、悪辣な言葉となって口から質問の形で出る。

「何かって何? 敵より恐ろしい者が地上にいるって言うの? 空ならまだしも」

 空には私たち妖精から飛ぶことを奪い去った巫女たちがいる。アレのスコア稼ぎの的にされるがゆえに今や幻想郷の空はノーマンズランドならぬノーフェアリーズランドと化しているのだ。弱者はすべからず地に這い蹲るべし。現在の幻想郷の掟。それが地上にもやってきたとなるといよいよ持って我々の居場所なんてものはなくなってしまうことだろう。

「かもな…クソ、嫌な予感が止まらねぇ。さっさと逃げ…おい、なんだありゃ…」

 ツツジの言葉に振り返った。炎に包まれた森が見える。思った以上に火の手が強くこのままでは敵兵以前に山火事に気を付けなくてはいけないような状態だった。己の作戦立案の甘さを呪う。
 いや、そいつは、その考えは現実逃避だ。いっそそんな単純な現実だったらどれほどいいかと願わずにはいられない現実逃避だ。遠い視界の向こう、揺らめく炎を舞台に敵兵たちが踊り狂っている姿が見えた。煙に巻かれ炎に炙られ、暴れる敵兵たちの姿はどこか影絵のように見える。まるで現実味がない。いや、この光景を非現実のものにしている要因はたった一つだ。燃え盛る紅蓮の中央、身の丈2mはあろうかという巨人がたった一人、敵兵を相手に戦っているのだ。



Wow!!



 いや、あれは戦っているのではない。一方的な殺戮だ。数の上では圧倒的に兵隊のほうが多く、加え武器も持っているであろうにあの巨人は乱れ飛ぶ銃弾も荒れ狂う炎ももろともせずその二本の腕の一撃で敵兵を屠っているのだ。ぶん、と丸太のように太い腕を振るえば二、三人の兵隊の体が宙をまった。ずん、とバズーカー砲のような勢いで繰り出した突きを受けた敵兵は腰と胴体が永久にお別れすることになった。銃が効かず逃げ出そうとし、けれど、炎の壁に行く手を遮られた敵兵は後ろから頭を鷲掴みにされた。逃げようと藻掻くが次の瞬間には頭蓋骨は柘榴のようにかち割られてしまった。伝説に聞く鬼の様な怪力と強靭な体だった。けれど、あれは鬼ではなかった。身体に銃撃を受ける度に鳴り響く甲高い金属音。あれの身体は戦車や装甲車と同じく分厚い金属でできているのだ。

「何アレ? ウチの新兵器?」
「そんな訳ないでしょう。クソ…こっちに気がついた…?」

 驚きの余り足を止め巨人の動作を眺めていた私たち。それが不味かった。一方的な殺戮を繰り広げていた巨人は大方相手を殺しつくしてしまったと見るやいなやこちらに顔、を向けてきた。卵のような形をしたヘルメット。前面はマジックミラー張りになっており周囲の風景と炎の揺らめきを写しているだけで、その中にどんな顔が詰まっているのかまるで分からなかった。ただし、鏡の向こうで手負いの妖精の姿を見てあの巨人は舌なめずりしているのを私は確かに感じ取った。

「逃げるわよ!」

 にらみ合いもそこそこにツツジの足の具合も無視し私は走りだした。アレに銃が効かないことはわかっている。近づけばそれだけで死に直結することも。成程、そこに転がっていた敵兵の死体の上顎が無くなっていたのもアレの仕業だ。一瞬、自分の首が同じよう殴り飛ばされるイメージが浮かぶ。頭を振るってその悪い予感を振り払い逃げることに専念した。

 幸いか、足は私たちの方が早いようだった。巨人は背丈こそあれ、足は思いの外短かったのだ。代わりに腕が長くいかり肩でともすれば酷く不恰好な形をしている。このまま何とか逃げ切れるか。そう考えていた矢先、巨人は私たちを追いかけようとするではなく代わりに間近に生えていた火がついた木の幹に手をかけた。燃えるそれを両手で上と下で掴むと巨人は下方を押さえている手に力を込めたようだった。一抱えほどある木の幹がそれだけで押しつぶされ、私の腰の高さほどで木は分断された。何をする気だと思う間もあれば、巨人は握りつぶし分断した木を掲げると槍投げよろしく、それを逃げる私たちに向かって投擲してきた。

「!?」

 避ける余裕はなかった。投擲された木は絶妙のコントロールを持って私たちの頭上へと落ちてきた。

「ぐわッ!!?」

 悲鳴を上げたのは果たして私だったのかツツジだったのか。けれど、被害はツツジのほうが大きかった。私はすぐに身体を起こせたがツツジの方はとてもそうはいかなかったからだ。

「た、助けて…」

 私に向かって手を伸ばすツツジ。その顔は苦痛に彩られている。無理もない。ツツジの身体は飛んできた木の下敷きになってしまっているからだ。

「ま、待ってて!」

 自分の身体の痛みなど無視して立ち上がる。巨人は軽々とこれを持ち上げていたがはたして私一人の力でこれを持ち上げることは出来るのだろうか。躊躇っている暇はないと、手を伸ばした。だが、

「熱っ!」

 木に纏わりついている炎が持ち上げることさえ邪魔する。赤々とうねる炎はまるで悪魔の舌だった。悪魔の舌は私を寄せ付けず、そうして、

「ギャァァァァァァァァァァ! アヅイ! アヅイヨォォォォォォォォォォ!!!」

 ツツジの身体を嬲っていた。燃え盛る巨木に押しつぶされるツツジ。その苦しみは筆舌にしがたいものだろう。潰れた腹部は言いようもなく苦しく、その上から紅蓮の炎に焼かれているのだ。炎はあっという間にツツジの野戦服にも燃え移り、彼女の紅色のショートヘアーも焼いていく。褐色の肌に水泡がうき、爆ぜ、火に炙られた地肌がじゅうじゅうと音を立てる。吐き気を催す悪臭が煙に交じる。喉を焼かれたのかツツジの悲鳴はやがて人語とは似ても似つかぬものに成り果ててしまった。ツツジは手を振り回し、爪が禿げるのも厭わず地面をかきむしる。だが、重い木はまるで動かない。陸に打ち揚げられた魚のように暴れていたツツジはけれど、その動作を徐々にではあるが緩慢にしていった。私には為す術などなかった。

「ツツジ…畜生!」

 それでも部隊の仲間を見捨てては置けぬと私は手を伸ばした。火傷を負うのも厭わずツツジの身体を掴み引っ張ろうとする。すでにツツジの身体はぐったりとし全く動かなくなっていた。畜生、畜生、と涙が頬を伝わり流れ落ちた。その涙を流す私に影が差し込んできた。はっ、と顔をあげる私。はたしてそこにいたのは、あの巨人だった。

 とっさに私はツツジの身体からM-14をふんだくった。応戦しようだとかそんなつもりはまったくなかったが結果、それが私を即死から救ってくれた。掲げたM-14にめがけ巨人は鋼鉄の腕の一撃を繰り出してきたのだ。ひしゃげ折れ完全に破壊されるM-14。それを持っていた私の身体も強烈な衝撃を受ける。久方ぶりに空を飛ぶ、という感覚を私は味わった。

 重力の軛から解放されていたのは一瞬だけだった。乱立する木々より高く飛ばされた私の身体は運良く巫女どもに見つからずそのまま重力に囚われ、再び落下していった。何十本もの木の枝を折りながら落下する私の身体。それが落下の勢いを殺す手助けとなった。落下地点が森の中を流れる小川だったのも功を制したのだろう。落ちた私はなんとか即死だけは免れた。即死だけは。自分の体が水面に叩きつけられた瞬間、激しい衝撃により私の意識はブラックアウトしてしまったが。






「ッ!!!!」

 目覚め、息を吸い、酸素の代わりに肺に泥水を流し込んでしまい、むせ返りながら私は
身体を起こした。それも一瞬、凄まじい激痛に再び私の意識は消失しかける。それを何とかこらえて身体の具合を確かめた。息をする度に左胸に背中側から凄まじい痛みが襲いかかってきた。肋骨が折れ肺に刺さっているのだろう。吸い込んだ泥水を吐き出すために咳き込んだ口からは血も一緒に吐き出されてきた。それ以外にも身体のあちこちが痛み軋んだ。死んでないのが不思議なぐらいの重症だった。
 それでも生きているのならば生き延びる算段を立てなくてはならなかった。私は装備を確認した。宙を舞う寸前、ツツジから半ば奪いとるような形で頂いたM-14は何処かにいってしまった。一緒に飛ばされ何処かに落ちたのだろう。もっともひしゃげてしまい使い物にはならないだろうが。モシンナガンとスコーピオンはきちんと手元に残っていた。どちらとも余り弾は残っていないが。それともう一つ、敵兵から鹵獲したサーマルゴーグルも無事だった。
 火の手はもうこんなところまで迫っており、顔を上げればパチパチと爆ぜ赤い炎をまといつつある木々が見えた。程なくここも炎に包まれるだろう。そうなる前に川沿いに下らないと。そう逃走の算段を立てていたところで体がひしり、と固まった。強烈な敵意、殺意に当てられてだ。恐る恐る顔を上げればやはり、そこにはあの巨人が立っていた。恐ろしいほどの執念で奴は私を追いかけその短い足でのらりくらりとここまでやってきたのだ。

「畜生…」

 悪態をついて私は立ち上がろうとした。途端、膝から力が抜け落ち私は水面に突っ伏した。逃走に次ぐ逃走と戦闘のダメージで身体が限界にきているのだ。これ以上は一歩も動けそうになかった。

 自棄になり、もはや私は動かないぞとその場にへたりこんだ。殺すなら殺せ。どうせ、放っておいても傷が悪化するか煙にまかれるかで死ぬ運命だ。恨むよう私は巨人を睨みつけつつその場でじっとしていた。
 だが…

「…?」

 巨人はまっすぐこちらには来ず、あっちに行っては戻ってきてこっちに行っては戻っていってを繰り返していた。まるで私を探すように。大まかな位置しかバレていないのだろうかと私は訝しげに眉を潜めた。
 と、巨人がまだ火の手が回っていない方へ行ってしまった。炎がないせいで暗く見えにくい場所。あのまま何処かに行ってしまえばこちらはあの巨人の動きを観察する手段がなくなってしまう。と、その時私は魔法のメガネを持っていることを思い出した。サーマルゴーグルだ。使い方はおおよそわかっている。ゴーグルを嵌め、側頭部にあるスイッチを押すと電子音が聞こえ視界にいくつもぼんやりとした白い影が浮かび上がった。炎の熱を捉えているのだろう。これならあの私たちを付け狙っていた敵兵のように一方的に巨人の様子を伺うことが出来る。巨人が移動していった方に視線を向け、けれど私は疑問符を浮かべた。巨人の姿が見えないのだ。どうしたことかとゴーグルを外すと薄闇隠れつつあるものの巨人は確かにそこにいた。成程、とすぐに合点がいく。あの鋼鉄の体では体温なんてものは存在しないのだろう。そして、それは私の身体にも言えることだった。冷たい水に漬かっているるせいか酷く寒気を覚えた。体温が低下して行っているのだろう。このままでは程なくして私も物言わぬ死体に成り下がってしまうのだ。それでもあの巨人にやられたツツジや敵兵たちよりはマシな死に様だと思えた。凍えて死ぬ。まるであの彼女にやられたみたいだ。そんな死に方も悪くはないと自然と顔がほころんだ。脳裏に走馬灯がよぎる。妖精同士が争わず、楽しかったあの頃の思い出。

「チルノちゃん…」

 知らずの内に彼女の名前をつぶやいていた。
 もはや過去の記憶、夢の中、想像でしかない彼女が振り返り私に微笑みかける。




―――ガンバれ!







「っ!」

 はっ、と私は顔を上げた。サーマルゴーグルの視界に小さな点であったが白いぼんやりとしたものを認めたからだ。手を伸ばし、水中に半分沈み込んでいたモシンナガンを取る。身体は既に死に体だというのに染み付いた技が無理矢理身体を動かす。ポケットからクリップで纏めた弾丸を取り出し、弾倉に装填。ボルトを引いて初弾を薬室に込め、片膝を立てるとそこに顎を乗せ銃を構えた。距離は200。必中距離。照門と照星、その直線上に白い影を合わせる。

 そうだ。サイキョーだった彼女のイチバンの友だちである私があんな鉄の化物にやられる訳にはいかないんだ。

 私は息を吸い、吐き、また吸って息を止めると静かにトリガーを引き絞った。バッテリー切れを起こし、通常の視界に戻った先、もんどりうって倒れる巨人の姿が見えた。それが私が意識を失う前に見た最後の光景だった。








「………」

 辺り一面真っ白な大地を私は歩いていた。
 雪ではない。現に足下は底が分厚い軍用のブーツを履いていなければ火傷してしまうほど熱気が籠もっている。未だに燻っている倒木や立ったまま松明と化している木もある。
 降り積もっている白い物のは灰だ。一晩中、燃え続けた火事は結局、森全てを焼き尽くしたところでやっと止った。そんな業火の真っ直中にあって私が無事だった理由は他でもない。身体半分を水中に沈め、死んだように気絶していたからだ。そのお陰で私の身体は真っ黒焦げにならずに済み、生きているのか死んでいるのかギリギリの呼吸をしていたため薄い酸素と猛毒の煙の中、生き延びることが出来たのだ。結局、あの氷のように冷たい水が私の命を救ってくれたのだった。少しばかり、運命というものを感ぜざるえなかった。

「………」

 不毛の大地などこの戦争では見慣れた光景だが、その中を一人歩いているというのはどこか奇妙な気分だった。実は自分一人を残し全ての妖精は死に絶えてしまったのでは、そんな錯覚を引き起こしてしまうような孤独感―――を憶えた。終末の光景。全てが焼かれ、全てが灰の下に埋もれた世界。何もかもが終わった場所。そこにただ一人、取り残されている私。

 不意に私は出所の掴めぬ怒りに駆られ拳を握りしめてしまった。

 いや、怒りの出所は分っている。またあの氷精に助けられ自分一人だけが生き延びてしまった、そんな想いに駆られたのだ。実際はただの偶然だ。彼女は、もうこの世にいない彼女の力は小指の先の爪ほどにも働いていない。ただただ、彼女の幻影が私の胸にあるだけだ。けれど、そう想わずにはいられないほどの身を削るような孤独感を私は味わっていた。マスク代わりに宛がった布の下、血が滲むほど唇を強く噛む。怒りの逃げ場はなかった。

 と、小川の岸から斜面を登っていた私はある物を見つけた。倒木の下敷きになり、あの業火の中にあって未だに形をとどめている物体。太い腕。大きな身体。短い足。あの巨人の死体だ。こいつが生き物だったとすればの話だが。

「まさか、もう死んでるよね」

 自分の一撃で倒した、と豪語する気はないが森一つを焼いた炎の中に転がされていて無事でいられる道理はない筈だ。これでまだこれが動けるのだとしたらそれこそコイツは化物だ。妖精では決して倒せぬ怪異だ。
 不意にコイツが立ち上がり再び襲いかかってくるイメージが湧き、私は身震いした。そんなはずはない。現にこれだけ近づいてもコイツはぴくりとも動かないじゃないか。

「てゐ」

 それでも心中の不安は拭いきれず私は巨人の亡骸に足蹴を加えてやった。ガン、と予想通りドラム缶を蹴飛ばしたような音が鳴り響いた。身体の上に積もった灰がこぼれ落ち無骨な鋼鉄造りの身体が露わになる。焼け焦げてはいるもののその体には傷らしい傷は一つもついていなかった。

「………まさかね」

 傷一つ、そのフレーズが更に余計な恐怖心を呼び起こす。これで胸に大穴でも開いていれば私も安心しただろうに。結局、対人用のライフル弾では巨人には傷一つ負わせることが出来なかったのだ。唯一、熱源を発していた頭部以外は。それも通常時は強化ガラスだろうか、弾丸を弾きやすいよう曲面に仕上げられたヘルメットに守られていた。あの時、偶然にも私が攻撃できるタイミングで巨人は顔を晒したのだ。理由は分らない。機関部の放熱か、それとも…

 と、その時私はその頭が倒れた木の陰に隠れているのに気がついた。外傷は一つもないと見たが、或いはこの隠されている頭は私の一撃によって破壊されているかも知れなかった。

「一応、確認しておこうかしらん」

 確かめる必要はない。さっさとここから離れれば巨人が生きていようがいまいが私には関係のない話だった。それでも心の中に蟠っている恐怖をぬぐい去るには確かな確証が必要だった。窓の外に見えた白い影が実は取り込み忘れていたシーツであったように。奇っ怪な魔女の叫び声がただのすきま風だったように。私は巨人が死んでいるという確証を欲したのだ。
 炎に炙られ使い物にならなくなったモシンナガンを木の下に差し込み、梃子の原理を応用して木を動かす。多少位置取りに苦労したものの木は何とか巨人の上から退いてくれた。



 果たしてその下に隠れていた顔は…
 おっかなびっくり私はその顔を覗きこんだ瞬間、










『―――ワン!』











――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――








「……私はスコーピオンを手に取ると弾が切れるまで、弾が切れても巨人の顔目がけて引き金を引き続けたわ」

 焚火を前に円陣を組んでいた部隊の仲間たちは皆、私の話に聞き入っていた。誰もがタールのように粘っこい汗を流し、瞬きするのも忘れて私に注目している。その中には一人、間抜けにもズボンを穿いていない隊員の姿もあった。
 この話を始めた際、悲鳴を上げた馬鹿だ。トイレの最中、藪から出てきた蛇に驚き、自分がヒリ出した物の上へ尻を落としてしまったらしい。まったく人騒がせな奴だ。

「その後は別に語るまでもないわ。命からがら陣地まで戻り、これこれこういうことですと馬鹿正直に全部包み隠さず上官に話したら『せめてもっとまともな嘘をつけ』って怒鳴られたわ。鹵獲したサーマルゴーグルとそのとんでもない報告で私の評価はプラスマイナスゼロ。結局、仲間全員を失い全治三ヶ月の重傷を負ったっていうだけの話よ」

 余り暗いままなのも部隊の士気に関わるので〆は努めて気楽な感じにした。もっとも、効果の程があったかどうかは怪しい。全員が俯き、まさかな、でも…と顔をしかめている。と、その中の一人が、なぁ、と私に話しかけてきた。怪奇談をしろと私に言ってきた妖精だ。

「結局、その巨人の頭はどうなってたんだ。吠えたんだろ、ワン、って。機械だったのか? それとも…」
「………」

 私はすぐには応えず火が消えそうになっている焚火に薪代わりの枝を追加した。揺らめく炎の向こうにあの激闘が甦ってくる。
 できる事なら口にしたくないこの話のオチ。思い出すのもおぞましい。けれど、話してしまったからには口にするしかない。私はため息をついて口を開いた。




「巨人の頭は―――犬、の頭、だったわ」






「イヌ?」
「ええ。そこいらで見るような柴犬じゃなくってもっと凛々しいドーベルマン種の頭だったわ。それが身体から出てたの。鋼鉄の身体に犬の身体を詰めて首だけ出した、って感じじゃなかったわ。あれは一回、犬の首を斬り落して代わりに機械の身体に繋いだみたいだったわ」

 もしかするとあの最後の瞬間、サーマルに反応した生身の頭をさらけ出したのは暑かったからなのかもしれない。若しくはガラス越しではない自分の鼻で私を捜そうとしていたのかも。今更、いや、あの時でも確かめようのない事実だが。

「なんでったって犬の首がそんな所に…」
「知らないわ。でも、その後、兵器開発局の連中に話を伺いに行ったらもし、それが本当ならって前置きされた後、『兵器として改造されたのかも』って言われたわ。外の世界から流れてきた文献には犬に爆弾を括り付けて敵戦車の下へ潜り込ませたり、犬やイルカっていう魚を兵隊みたいに訓練して戦争で使うこともあるって書いてあるそうよ。もう少しえげつない使い方をすれば機械の身体に命令に忠実で賢い犬の首を繋ぐっていうのも無理のない話なのかもしれない」
「外の世界の連中はそうまでして戦わなきゃいけないような連中と戦ってる、って事か。くわばらくわばら。まだ、妖精同士で撃ちあってるウチらの方がマシかもしれんね」
「どうだか。ああ、それと…」

 本来のオチに持ってくるつもりだった話に無理矢理軌道修正する。

「その私が巨人と出会った森、っていうのはここの事だから」

 エに濁点を付けた声を上げ皆が顔をこちらに向けてきた。

「いや、だってお前の話だと森は焼け野原に…」
「それはもう2kmほど向こうに行った場所の話。全部が全部焼けてしまった訳じゃない。丁度、小川で区切られた一角だけが焼けたの。この辺りは火の手を免れてる。もっとも…アレの二体目、三体目が潜んでいない、とは言い切れないけれど、ね…」

 それで私は狗頭鉄人兵についての全てを語り終えた。もう一度、アレとやりあう羽目になった際、生き延びる自信は毛頭なかった。
















「まぁ、その巨人とやらに出くわしたときは頼んだぞ、“ザ・ビックワン” ダイアモンド将軍を殺したその腕前、見せてもらおう」
「………」

 隊長がそう期待の籠もった瞳をこちらに向けながらそう言ってきた。



 “ザ・ビックワン”

 第二次妖精大戦争が始まってから新たに皆が私を呼ぶときに使い始めた名前。まるでなじみのない新しい名。それ以外にも私は多くの渾名で呼ばれるようになってしまった。誰も彼もが私に馴染まない名前で私を呼ぶ。



『大ちゃん!』



 もう、その名前で呼んでくれる友人はいない。大ちゃん、と呼ばれていた妖精も。
 鉄人兵を殺し、将軍を殺し、敵を殺し、味方を殺し―――今ここにいるのはただひたすらに殺し続けるただの妖精兵士だ。あの首をすげ替えられた狗畜生となんら変わりのない。





END
ジンミントライム呑みながら書きました。

お盆やら仕事やらで書いてる暇ないと思ったけど、なんとかなるもんだな! 失ったものも多かったけれど(主に健康


>>11/08/27追記
わんわんメタルソルジャーの元ネタ。
http://karapaia.livedoor.biz/archives/51982854.html

鉄人はどっかの勢力が投入したものじゃなくって外の世界では禁止された邪悪な技術が幻想郷入りした、ってせってーです。これ以外にもダーティなボムとかアルカトラズにテロリストが持ち込んだ緑色の毒ガスとかアレをアレしたアレがひっそりと幻想郷入りしています。
sako
http://www.pixiv.net/member.php?id=2347888
作品情報
作品集:
28
投稿日時:
2011/08/20 01:27:21
更新日時:
2011/08/27 18:50:11
分類
ウォークン・フェアリーズ
1. NutsIn先任曹長 ■2011/08/20 05:58:43
息を呑み読ませていただきましたよ。
『狗頭鉄人兵』の話。

恐ろしい、恐ろしい。
不死身の殺人兵器が。
そういったモノを作った、妖精以外の連中が。
そういったモノの動作試験を行う、妖精以外の連中が。
そういったモノを売って、妖精間の戦争で稼いでいる連中が。

ロシアのリム付きライフル弾を使用するボルトアクションの狙撃銃とは……。
私は同じ弾を使用するSVDを愛用しますが、まさか、某大統領暗殺犯並みの速射を魅られるとは、恐れ入りました。

いつか、『ウォークン・フェアリーズ』シリーズの他の話や、
番外編として、この戦争で命を落とすことの無い、稼いだり楽しんだりする連中の話も読みたいです。
2. 名無し ■2011/08/21 12:38:58
わざわざタグつけたってことはシリーズ化を期待して良いのか?
期待したいなあ
適度な緊張感で進んでいく物語がイイ
ハラハラしながら楽しんで読み進めらるのはあなたの作風でひときわ素晴らしい部分だと思うのです
3. ハッピー横町 ■2011/08/21 18:17:21
まさかあの「ウォークン・フェアリーズ」の続きが読めるとは……戦場においての「恐怖」を描いたものがこの企画で読めたというのもちょっとびっくりです。
さすがのクオリティ、楽しませて頂きました。
4. んh ■2011/08/21 20:09:32
臨場感があってとてもたのしく読めました。
鉄人が一瞬鉄人足り得なかったことが生死の分かれ目ってというのが戦場らしい
5. エイエイ ■2011/08/23 00:46:36
ガンアクションかっこ良かった。
どこまでマニアなんだよ・・・あんたはw
後、なにやら私の作品とシンクロしている気がする。
6. 名無し ■2011/08/24 23:19:28
百物語でフーファイター的恐怖とは予想外!
狙撃兵は恐怖を与えるのも感じるのも、美味しい所取り――不味い所取り?――で、恐怖の両端に同時にアンブッシュしているMr.恐怖みたいな存在ですよね。
結局鉄人は何処の勢力だったのでしょうかね?技術力でいけば永遠亭辺りが怪しいですけども。
実は味方の実験兵器で機密が漏れるとまずいから発見した大妖精達も狙われ、報告も揉み消し……なんて妄想も広がったり。
健康にもお気をつけて!
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