産廃百物語A『炎上する最後の楽園』 前編

作品集: 28 投稿日時: 2011/08/21 18:10:04 更新日時: 2011/08/21 21:59:22
 
 






―――


 「今なにかが……。」
 
  そう呟いた霊夢は、口に運ぼうとしていた日本酒を持つ右手を反射的に止めた。
 霊夢のすぐの隣の縁側に腰掛けていた魔理沙はそんな彼女に気づき、不思議そうにそれについて問いかける。

 「なんだ、どうしたんだ?」

  博霊神社ではたった今宴会が始まったばかり。提灯に照らされた境内では、幻想郷中から集まった霊夢の友人知人たちが
御座を広げ、丁度今、乾杯が終わったところだった。

 「おーい霊夢?呑まないのか?」

  首を傾げる魔理沙。霊夢にはまったくその声が届いていないようだ。
 魔理沙はそっと酒の入ったおちょぼを縁側に置き、再び霊夢の方を見た。強く一点を見つめ、微動だにしない。
 まるで何かに取り憑かれたかのようだった。

 「霊夢!」

  境内の中から誰かが声を上げた。彼女は集まった群衆を飛び越え、縁側に座る二人の前に降り立った。

 「紫…今…。」
 「私も感じたわ。」

  スキマ妖怪八雲紫だ。主の異変に気付いた式神たちも、霊夢達の元へとやってきた。

 「なんだ、二人して。今から派手に騒ごうっていうのに。一体何があったんだよ。」

  魔理沙は何時になく真剣な表情を浮かべる霊夢と紫に少々の不安を覚えた。
 異変のときもどこか気楽なこの二人には珍しいことだった。なにやら余程の事態が発生したらしい。




 「何かが入って来た…。」
 



  霊夢はそう口にしたと同時に腰を上げ、日の沈んだ遠くの空を見上げた。 

 「何ってなんだぁ?服の中に虫でも入ったかー?」

 「そーじゃなくて結界を破って今何かが幻想郷へ侵入してきたってことよ。」
 「あぁ…。」なるほど納得と手を叩く魔理沙。

  紫は式たちになにやら合図をし、霊夢にこう告げた。

 「調査に行くわ。霊夢はどうする?」

 「私もちょっと見てくる。」

 「ちょっと見てくるってお前、宴会は?」
 「それどころじゃないわ。」

  集まっていた妖怪たちも彼女らの異変に気づき、席を立ち始めたようだ。
 なお、鬼と天狗はすでに酔いつぶれている。
  
 「何事かしら〜。」
 「どうしたっていうの。」

  
  ふらふらの幽々子とレミリアが霊夢の方を見て言った。
 
 「とにかく今から調査に行く。私が居ない間に、神社を荒らすんじゃないわよ。」
 
  そう言うが否や、霊夢は空へと飛び上がり、境内で騒ぐ者達の頭上を飛んでどこかへ消えてしまった。  
 
 「あら、霊夢ったら。どこへいくの〜」
 「幽々子さま、気を付けてください。真っ直ぐ歩けてませんよ。」

  紫はそんな幽々子に微笑を浮かべ、スキマの中へと消えた。




 「ちょ…待てよ…せっかく今から…。」

  魔理沙は膨れながら、縁側に寝転がった。
 
 「魔理沙。霊夢はどこ行ったのよ。」
 
  レミリアがそんな魔理沙を覗き込む。

 「調査だってよ。今日は一緒に酔い潰れようと思ってたのに。」

 「調査ですって?何の…」

  レミリアの体が突然持ち上げられる。

 「まぁ可愛い吸血鬼。」
 「ちょっと、何するのよ!」

  幽々子がレミリアを持ち上げて遊んでいる。そんな平和な境内を尻目に、魔理沙は霊夢の真剣な表情を思い出していた。



 「ちょいと様子を見るか…。」





  魔理沙がそう呟いてから数時間が経過。深夜の神社は、酔い潰れそのまま眠ってしまった者達の寝息と
 虫の声が僅かに響くだけの静けさとなっていた。

  そんな中に博麗霊夢が空から降り立つ。調査から帰還したのだ。しかし、彼女の表情は重々しい。
 
 「どうだった?」

  闇の中から声が聞こえる。一本の蝋燭に火が灯り、それが闇の中をホタルのようにゆらゆらと移動する。

 「魔理沙じゃない。酔ってないの?」

 「ほろ酔いってところだな。お前の言ってたことが気になったんで控えてたんだ。」
 「はぁ…。なるほどね。……今回のはちょっと厄介かも。」

 「どういうことだ?いつものお前らしくないじゃないか。なに弱気になってる?」

 「まぁ…そんなに心配することも無いかしら…でもちょっと嫌な予感がするのよね。」

  蝋燭の光に照らされた二人は縁側へと腰掛け、寝静まる境内と幻想郷を眺めた。

 「とにかく、調査は明日も引き続き行うわ。」
 「ふーん。じゃあ、私も明日に備えて寝るかな。」

 「帰るの?」
 「ああ。」

 そう言うと、魔理沙は置きっぱなしにされていた箒に跨り、ゆっくりと空に浮かびあがった。

 「じゃあな。おやすみ。」

 「おやすみ。」





―――
 



  朝はすぐにやってきた。
 自宅で目を覚ました魔理沙は頭を掻きながら歯磨きと身支度を済ませ、颯爽と玄関のドアを開いた。
 そこで魔理沙は今までになかった異変を感じることになる。そう大したことではないのだが。

 「おかしいな。」

  魔理沙はそういって左右上下を確認し、再び右を見て首を傾げた。

 「静かすぎる。真夏だっていうのに蝉の鳴き声一つ聞こえないぜ。」

  生き物に溢れる魔法の森では通常考えられないことであった。その日の朝は小鳥たちの囀り、五月蝿く泣きわめくセミたちの
 声、それどころか生き物の気配すらが忽然と消えてしまっていたのだ。

  魔理沙は箒に跨り、森の上空へと飛んだ。白い雲の隙間から青空が覗く良い天気だが、魔法の森は異常なほどに沈んでいた。
 
 「私も調査開始ってところだな。」





 
 

  魔理沙が神社に降り立ったとき、そこに巫女の姿は無く、昨日の宴会の後も綺麗に片づけられた後だった。
 
 「くそぅ。全く手がかりが掴めないから、神社に来てみたが…あいつも今、調査中か…。」
  


 「あ!魔理沙さんだ。」

  神社の裏の茂みから魔理沙の知っている幼い声が聞こえる。
 声の主たちはいつの間にか魔理沙のすぐ目の前まで移動してきていた。

 「おまえらか。霊夢がどこに行ったか知らないか?」

  魔理沙の前に立つのは、最近神社の近くに引っ越してきた三匹の妖精たち。彼女らはいつも通りの元気さだ。

 「気付いたら居なかったよね。」
 「ええ。朝まで寝てた妖怪たちもさっさと帰ったみたいよ。」
  ルナとスターがそう囁く。魔理沙は表情を鈍らせた。

 「もしかして異変ですか!!」サニーは興奮しながら魔理沙にそう言った。

 「どうやらそうらしいな。何かが起きてる。だが、具体的に何が起きているのかって言うと、ちょいと微妙だ。」

 「へぇーなら私たちも異変解決に協力しなくちゃね!」>サニー
 「これで妖精の地位も上がるはず。」>ルナ
 「私たちは何処を調べるー?」>スター

 「おいおい。」

  魔理沙は苦笑しながら彼女らの話に耳を傾けた。
 だが次の瞬間、空に走った閃光と共に妖精たちの陽気な声はピタリと止まった。
 けたたましい轟音が響き渡り、妖精たちは悲鳴を上げて魔理沙の後ろに身を潜める。どこかで近くに雷が落ちたようだ。

 「…びっくりしたぜ…結構近くに落ちたみたいだ…。」
 「わわわわ…なんでこんなに晴れてるのに…。」>サニー
  

  少しづつ、灰色の雲が空を覆い始めている。先ほどまで、真っ白と真っ青な空だったのだが…

 「天気が異常だぜ…。こいつは早急に解決する必要があるな。」

  そう言った魔理沙は、自分の足にしがみ付く妖精たちに目を落した。
 「おい、大丈夫か?」
  彼女らの震えが、魔理沙の足に伝わってくるのだ。雷が怖いのであろうか。


 「どうしよう…なんか、変だ…。」>サニー 
 「嫌な予感がする。」>ルナ
 「同じく…。」>スター

 「お前ら、さっきまでの元気は何処に行ったんだよ。たかが雷に一つや二つ!…」

 
  雲の間に眩い電気の波が走り、音を立ててそれが何本も地上に降り注ぎ始めた。
 突然の出来事に、その場にいた全員が一歩後ずさる。
 
 「おおおおおっ!なんだぁ!」
 「きゃあああ!」

  激しい雷が幻想郷を襲い始めた。空は不気味に唸り、灰色に包まれていく。

 「こりゃ…一雨…いや、大荒れになりそうだな…。おいお前ら、家が近くにあるんだろ?
  さっさと帰った方がいい。ずぶ濡れになるぜ。」


 「うわああああああ!」悲鳴を上げながら三人は茂みの方へと走って行った。
 それを見送った魔理沙は、急いで箒に跨ろうとしたが…。


 「あれは一体なんだ…?」

 

  灰色の空に真っ黒な影のようなものが蠢きながらこちらに接近してきている。
 蛇のように蛇行を繰り返し、『それ』はものすごいスピードで神社の頭上を通り抜けていく。





 「何なんだ…?」



 
  目を凝らして頭上を見上げる魔理沙の前方に何かが落下してきた。
 



  小さな小鳥だった。

  もうすでに虫の息のようで、魔理沙が駆け付けた時には息を引き取る寸前だった。
 再び空を見上げた魔理沙は驚愕した。その真っ黒な影の正体を彼女は知ったのだ。

 

  何千羽もの鳥が折り重なるように空を飛んでいた。

 違う種類の鳥も混じっているらしい。まさに鳥の混成中隊だ。
 何羽かの鳥が力を失い、その大群からポツリポツリと落下している。

 「冗談だろ…こんなものは生まれてこのかた一度も…。」


  鳥たちは何かに追われるように、どこかへ飛んで行ってしまった。再び雷が落ち、神社の近くから爆音が響いた。




―――



  降り始めた小雨はあっという間に豪雨となり、滝のように幻想郷全土を覆った。
 まるでそれは大空が子供のように泣きじゃくっているかの様だった。




 「なんてこった!家の商品が台無しだ!」

  人里では混乱が生じていた。朝の仕事を中断し、百姓たちは急いで家路へとつきはじめている。

 「これじゃぁ種が全部流されちまうよ!」
 「そんなことを言ってる場合か!」


  雨が降り始めてほんの数分。用水路はすでに氾濫し、漏れ出した茶色の水が里への砂利道を覆い始めている。
 里の中央通りでは馬に跨った保安官が住人達に避難を呼びかけていた。

 「すぐに家の中に避難しろ!!おい、そこの妖怪もさっさと帰れ!!」
 「ぎゃー水は苦手なのに!!!」

  寺子屋へ通っている生徒たちも、早々と下校をしているようだ。色とりどりの傘が開かれ、鋭い雨脚によってそれが
 ボツボツと重い音を立てている。


 「せんせー…お母さんが迎えに来ないよ…。」
 「きっと田んぼへ出ているんだ。私とここで待っていよう。」

  激しい雷の音が響き、子供たちは恐怖で目を覆った。教師をしている上白沢慧音はそんな子たちに声を掛け続けている。
 
 「慧音先生ー。大丈夫かね!」
 
  保安官が馬を下りて、寺子屋の様子を見に来た。豪雨に強風が加わり、彼が玄関のドアを開けた途端、
 不気味な風の音が室内を駆け巡った。


 「何人かの親が来ていません。私はここでこの子たちを見ています。」

 「わかった。この建物はそこらの家よりは頑丈だ。外が良くなるまでここで待機するほうが安全かもしれん。」

 「はい。あなたも気を付けて。」

  そう言うと保安官は再び玄関のドアを開けて、外に足を伸ばした。



  そんな頃、里の外れの命蓮寺でも大急ぎで雨と風への対策が行われていた。


 「ご主人…この雨戸硬くて閉まらないぞ…。」

 「あわわわわわ!雨漏りしてますよ!!」

 「あ、新聞が全部飛ばされちゃったー。」


  てんやわんやの命蓮寺はやっとのことですべての雨戸を閉め終わり、雨でぬれた住人達が居間へと
 肩を落としながら戻ってきた。

 「いったいどうなっているんだ。さっきまであんなに晴れていたのに。」
  毒づくナズーリンは台所から持ってきたタライを水の滴る床の上に置いた。
 水滴が桶やタライにぶつかる取り取りの音が、室内に響き渡っている。

    
 「台風でも来たのでしょうか…里へ行っている姐さんが心配です…。」
 
  雲居一輪は濡れた床を雑巾で拭きながらそう漏らした。

 「里の人々も心配ですよ…。何か大事があれば、我々が彼らを助けなければ行けません。」

  そんな時、廊下を数匹のネズミが走り抜け、驚いた寅丸が悲鳴を上げた。

 「きゃあ!ネズミがいっぱい!!」

 「ご主人…私もネズミですが…。」

 

 「ぎゃああああ!!」

  すぐに別の悲鳴が。そしてそのすぐ後に何かが崩れる音とガラスの割れる音。



 「まさか…ナズーリン!!」
 「はいご主人!」

  急いで雨戸を開き、暴風雨で荒れちぎる外を見た二人と、その後ろにいた一輪は絶句した。



 「物置小屋が吹き飛ばされたわー!」

  雨に濡れながらムラサが大声でそう叫んでいる。

 顔を見合わせた二人と一匹は、大きな溜息を残して嵐の中に飛び出した。




―――




 「なんて天気よ!身体中びしょ濡れだわ!!」

  大量の水を被った霊夢は、やっとのことで博麗神社へと帰還した。
 髪を束ねるリボンを解き、水を払いながら室内に入った霊夢は、
 台所へ向かう途中で霧雨魔理沙の箒が縁側に置きっぱなしにされていることに気づく。

 「……魔理沙ー!居るのー!!」

 「おう!じゃましてるぜー。」

  障子戸の奥から魔理沙の声が聞こえる。
 タオルで体を拭き、乾いた服に着替えた霊夢は居間で寝っころがっている魔理沙の元へ詰め寄った。



 「それで?何してるのよ。」
 「雨宿り。随分酷い天気だからな。」

  テーブルに茶菓子が置かれ、遅れて熱いお茶が魔理沙の湯飲みに注がれた。
 神社に強風が吹きつけ、閉められた雨戸がゴツゴツと音を立てている。


 「とっさに神社に隠れたんだが…ここは本当に安全なのかな。」
 
  霊夢は何も言わずに自分の湯飲みにお茶を注いでいる。
 
 「なぁ…お前、さっきの見たか?」

 「さっきのって?」
 「鳥の大群。空を蛇みたいに飛んでったんだ。いやぁびっくりしたぜ。」

 「見たわ。でももっとすごい物も…。」
 「もっとすごい物?何なんだそれは?てか、今日は何か収穫はあったのか。」

 「収穫って言っても、まだ朝の10時よ。神社を飛び立ってから数時間しかたってない。
  それでも興味深いものはいくつか見つかったわ。」

 「ほう。是非私にも教えてくれ。」

  霊夢は熱を持った湯飲みを撫でながら話を続けた。

 「虫の大群を見た。アリやダンゴ虫、ムカデ、その他もろもろ。あぜ道を縫うように移動していたの。」

 「ほう…。」

   相変わらず雷の鳴り響く外を気に掛けながら、魔理沙は茶菓子の包みを開けた。

 「暗くなって来たわね。ランプに火をつけるわ。」

   天井に吊るされたランプに火が灯され、茶の間の中がゆらゆらとその光に照らされた。
  何か腑に落ちない表情の霊夢は、座布団の上に腰掛け、ゆっくりとお茶をすすった。
 

 「虫や動物達の方が私たちより自然の変化に敏感だっていうよな。」
 「ええ。より自然と結びつきの深い彼らの方が、私たちよりも敏感なのは不思議なことじゃないわ。」

 「問題はその虫どもが何を察知してそんな行動に走ったかだよな。」 

 


 「そうね。」しばらくの沈黙のあと、霊夢がそう呟いた。

 「そう言えば霊夢。お前あの時、何かが入ってきたって言ったよな。そのことについてはなにか分かったのか。」
 「いいえ。どうやって結界を破ったのかも、何が結界を破ったのかも分からないわ。
  一切痕跡を残してない。結界は破損したあとすぐに修復されているし。強力な術を使った跡も見つからなかった。」

 「なるほど…。何も分からなかったってことか…。」

 「一つだけわかったことがあるわ。」

 「む、なんだそれは。」




 「それは、私たちに見つからないように、何かを幻想郷に送り込んだ奴がいるってこと。」




 「お前のカンはそう言ってるのか。」
 「ええ。」

  その時、天井から何かの擦れる音が響いてきた。おそらく瓦が何枚か外れかけているのであろう。

 「人里が心配…。皆仕事で畑に出ている時間帯よ。」
 「だろうな。外じゃ子供たちがはしゃぎ回ってる頃だ。」
    
  二人は少しのあいだ物思いにふけ、その後同時に口を開こうとした。

 「御先にどうぞ。」霊夢が言う。 
 「あぁ。お前からでいいよ。」

 「じゃあ言うわ。人里の様子を見てくる。」

 「やっぱりな。」

 「魔理沙はどうする?」
 「いつもぼんやりしてる霊夢を嵐の中一人で行かせるのは少々不安だ。」

 「どう言う気よ。普段は里に近づきたがらないくせに。」
 「嵐の日は興奮するのさ。」

 「あんたは野生児なの?まぁいいか…」

 
  と、言うと同時に神社の雨戸をゴンゴンと叩く音が聞こえてきた。
 霊夢が急いで雨戸をあけると、そこにはずぶ濡れのナズーリンが息を切らして立っていた。
 どうやら、白蓮の指令で神社に救援要請に来たようだ。

 
 「とにかく、里は大混乱だ。山へ出かけた猟師二人と、田んぼへ出ていた一家二人、その他行方不明者が数人。
  里へ続く橋が崩落し、帰ってこれない奴らもいる。彼らは空を飛べないから嵐の中で完全に孤立しているわけだ。」

  タオルで頭を拭きながら、ナズーリンは霊夢達に事の深刻さを説明した。

 「増援が必要なのさ。家の寺もえらいことになってるが、今はムラサ達に任せてある。
  ご主人は里の保安官事務所で救出作戦を始めようとしているが…妖怪でさえ尻込みするほどの大嵐だ。
  人では多いほうがいい。それもそれなりの実力を持ったやつじゃないと、嵐の巻き添えを食らってしまう。」

  そう言ってあと、くしゃみを一つ挟んで、ナズーリンは続ける。

 「助けてくれ。博麗霊夢。」

 「私もいるぜぃ。」

 「と、おまけの魔理沙。」

 
  霊夢は雨の吹き荒れる外を見た。
 覚悟を決めたように腕を握りしめると、霊夢は一人と一匹にこう言い放った。



 「じゃあ、さっさと行くわよ。ほら、カッパを貸してやるから!」

 「ちょい待ち。」魔理沙が食べかけの茶菓子を急いで口に突っ込んだ。

 「もう!」



―――




  紅魔館。
 
  主のレミリア・スカーレッドは雨に濡れる窓から妖怪の山を凝視していた。
 彼女だけではない。その傍らで紅茶を入れようとしていた咲夜も、図書館で本を読んでいたパチュリーも、
 屋内に避難していた美鈴も…全員が妖怪の山の中腹を見つめていた。


 「随分激しく燃えてるじゃない。さっきは大きな爆発があったし。」

 「雷が落ちたのでしょうか。」

 「おそらくね。落ちたところは弾薬庫の様よ。」


  妖怪の山の中腹には天狗達の築いた要塞が点在している。
 どうやらその内の一つに雷が落ち、保管されていた火薬や爆発物がものすごい勢いで炎上しているようだ。
 灰色の世界を淡く照らすその光は、闇に覆われた幻想郷をぼんやりと照らし、遠目にはそれがどこか神秘的に映っていた。
 

 「今日は本当におかしな天気ね。」
 「台風でしょう。毎年の恒例行事です。」

 「本当にただの台風かしら。数十分前は晴天だったのよ。」
 「そうですね…。少々気になりますわ。」

  暖かい紅茶が入り、窓から向き直ったレミリアは椅子に腰掛け、静かにそれを口へと運んだ。



 「ほかのメイドたちの様子は?」
 「相変わらずです。一体何に怯えているのでしょう。嵐なんて毎年何度もありますのに。」








 「…このお茶何よ…。」




―――



 
 「イテェェ!誰だよこんなところに壺なんて置いたの!」魔理沙が壺に足をぶつけた。
 「あ、ごめんごめん。邪魔だったもんで。」


  事務所内に響いたその声を聴き、待機していた者達は霊夢達の到着を知ることになった。
 奥で話し合っていた白蓮と寅丸が手を振る。
 
 「さぁて。詳しい状況を説明してもらいましょうか。」

  魔理沙を押し退けてやってきた霊夢が、保安官事務所の救出部隊に言い放つ。


 「よく来てくれました博麗殿。状況を説明します。」机を挟み、男たちと話し合っていた保安官が言う。

 「里から西へ行く道の橋が崩落しました。その先には水田が広がり、仕事に出ていた数人が
  取り残されていると思われます。予想が正しければ彼らは現在、農機具を保管する小さな小屋に避難しているでしょう。
  さらに、橋の向こうで老婆が一人、小さな家に住んでいます。
  独り身な上に体も弱い。もしものことがあったら大変だ。様子を見てきてほしいのです。」


 「分かったわ。空を飛べる我々が、彼らの救出を行うことにする。あなた方は?」

 「川沿いで行方不明になった男性の捜索を行います。その他にも、数名の行方不明者の捜索を。」
 「里からあまり離れすぎないようにね。助けに行って川に流されたりしないでよ。」

 「承知しておりますよ。そちらの指揮はあなた方に任せても?」
 「ええ。」

  飛行ができる霊夢と魔理沙、命蓮寺から助けにやってきた聖、寅丸が橋の向こうへ。
 保安官率いる里の消防隊が付近の捜索へ行くことが決定した。   


 「よしお前ら。気合を入れて行けよ。だが危ないと感じたらすぐに引き返すぞ。」

  笠を被った保安官はそう怒鳴りつけると、数名の所員と避難している住人を残し、仲間と共に嵐の中へと進んでいった。
 事務所に残った霊夢達も、出発の準備を開始した。

 「霊夢さん。ご助力感謝します。」

  すでに雨に濡れた白蓮は霊夢にそう礼を言うと、玄関のドアを開け放ち、嵐の中へ飛び立った。

 「魔理沙さん、こんな雨の中でも飛べるのですね。」飛び立つ寸前、寅丸は魔理沙を感心するように言った。
 「当然さ。魔法でちょいと雨を弾いてるからな。まぁすぐにびしょ濡れになるんだけど。」

 「流石です。ではナズーリン。お留守番を頼みましたよ。」

 「了解。」

  ナズーリンを残し、飛び立った三人は前を行く白蓮に追随し、崩落した橋を目指した。
 視界の狭いこの状況では、真っ直ぐに飛ぶのもままならず、四人は蛇行を繰り返しながらゆっくりと目的地へと向かった。



 「さぁてお留守番か。寺のみんなは大丈夫かな…。」

 事務所の隅で風雨に揺れる窓を眺めながらナズーリンは小さな机に腰掛けた。


 「あ、でっかいネズミ!!」

 「あ?」

  物陰からナズーリンに飛びかかる一匹の猫。

 「ちょ、なんだ君は!離れろ!」
 「わー!ネズミが喋ってるー!」

  大きな耳を生やしたその猫の妖怪は、なんだか嬉しそうにナズーリンにしがみ付き始めた。

 「何者だい君は…。」

 「私は橙。八雲藍さまの式で、人里の偵察中なのよ。」

 「なに、八雲藍だって!?」
 「だけど雨で式が半分外れちゃって、命令をよく思い出せないの。」
 
 「あぁ…そうかい…そりゃ厄介だな…。とほほ。じゃぁおとなしくそこに座ってな。」



―――



  木製の橋は完全に崩落し、その一部が川を塞き止めてしまっている。
 濁った濁流が土手を乗り越え、あたりの水田が徐々に飲み込まれていく様を霊夢達は上空から
 目を凝らして見ていた。

  しばらくして、白蓮の後に続く三人の視界に小さな小屋が入ってきた。 
 風で屋根の木が何枚も飛ばされており、土の壁には大きな亀裂が入っている。倒壊は時間の問題のようだ。
 真っ先に降り立った白蓮はぬかるむ土を踏みしめ、小屋の扉を押した。

 「おお!あなたは命蓮寺の!助けに来てくださったのですか!」

 「はい。みなさんよく頑張りました。こちら側で作業をしていた方々はここに全員居るのですか?」

  狭い小屋の中のは4人の男女が身を寄せ合って、雨と風を防いでいた。
 彼らの話では、別の水田で仕事をしていた老人が行方不明だという。

 「霊夢さん。魔理沙さん。私たち二人はこの方がたを里へと運びます。」
 「分かったわ。私は老人を探す。魔理沙、老婆の家に行ってきてくれない?」

 「ああ。任せな。」

 「気を付けてね。」
 「誰に言ってる?」一歩踏み出していた魔理沙は、振り向いて霊夢にそう言い放った。



  白蓮たちは避難していた者達二人に背中を貸し、しっかりとしがみ付いているように言った。
 それと同時に飛び立った魔理沙は、道の先にあるという老婆の家を目指し、嵐の中を疾走する。
 遥か彼方で燃え盛る妖怪の山の中腹を目撃しながらも、前方でわずかに光を発している家を見つけた魔理沙は、
 スピードを上げてそこに飛び込んだ。

  三度のノックのあと返事も聞かずに乗り込んだ魔理沙は、大声で老婆を呼ぶ。

 「おーい!居るかーー!」

  返事は無い。魔理沙はあちこちのドアを開け放ち、同様に老婆を呼ぶがやはり返事は得られなかった。

 「寝てるのか?」

  木造一階建ての室内では至る所で雨漏りが起きており、とてもではないが眠っていられる状況ではない。
 
 「おい!居るんなら返事してくれ!!」

  そう叫びながら台所へ向かった魔理沙は、そこで思わず息を飲んだ。
 老婆がうつ伏せに倒れていたのだ。白い髪が床に広がり、しわの入った手には弱々しくお守りが握られている。



 「…しっかりしろ!」

  老婆の肩を摩った魔理沙はとっさに彼女の首筋に手を伸ばした。
 生きている。だが、意識が無いということはどこか体に異常があるのであろう。 

 「まいった……こりゃすぐに医者まで届けないと…。」

  どこからかミシミシと不吉な音が響いてくる。激しい風にこの家が悲鳴を上げているのだ。
 魔理沙は倒れた老婆を起こして何度も声を掛けるが、依然として彼女からの返事は無い。
 
 「仕方ない。私が里まで連れて行こう。この家も危なそうだし。」

  思い立ったら即行動。老婆の痩せ細った体を肩に乗せ、よろよろと玄関に向かう魔理沙。
 玄関に水が浸入し、置かれていた靴がプカプカと浮いている。

  魔理沙は玄関に置かれた箒に手をかざすと、自身から僅かに湧き出る魔力、
 そして周囲に拡散する源泉から湧き出るエネルギーを魔力に変換し、一気にそれらをかき集め始めた。
 徐々に箒を魔理沙の魔力が包み始め、それはゆっくりと引き寄せられるように魔理沙の元へと移動を開始した。

 「いい子だ…。そのままこっちに来い。」

  プカプカと浮かぶ箒に集中しながら、魔理沙は老婆を抱き上げ、そっと労わるようにその体を箒の上に座らせた。
 それと同時に老婆の体も魔理沙の魔力に覆われていく。
 魔理沙自身は箒のバランスを崩さないように気を配りながらそのすぐそばに腰掛け強く老婆を抱きかかえた。
 すると魔法によってほんの少しだが、老婆が魔理沙の体にくっつき始めたのだ。
 箒から落ちないようにするための魔法の応用だった。
 

 「さぁいくぜ……。」

 




 

  箒はスピードを押さえて嵐の中を里に向かって飛んだ。魔理沙は箒に魔力を集中させ、さらに老婆を必死に抱き続けている。
 そのうえ、猛烈な雨が叩きつけるように二人を襲い、魔理沙は老婆の家から拝借した手ぬぐいで何とか視界を保ち続けていた。

  風が一層強くなり、目の前のヤナギの木が地面に伏せるように押し倒されている。
 もはや顔を覆わなければ息を吸うことすら難しい状況となってしまった。
 そんな中で一点に魔力を集中し続けるのは相当な労力の消費であり、まだたったの数十メートルの飛行にもかかわらず、
 魔理沙は既に息を切らし始めていた。

 「予想以上にキツイぜ…だがもう少し速度を上げようか…。」
 
  夜のように闇に染まった空を時より雷が照らし、真昼のような明るさになる。
 その光が、前方で崩落した橋の姿を魔理沙に確認させた。

  ゴールは近いと、気合を入れなおす魔理沙だったが、なんと急に老婆の体に力が入った。
 驚いた魔理沙はとっさに振り返り、雨に濡れた老婆を見つめる。


 「あ…あああ…あたしは…どうなって………。」

 「…おい、落ち着け!」
 
  老婆が意識を取り戻した。しかしそのタイミングは最悪で、今まさに濁流の流れる川を飛び越えようとしている時だった。

 「ああああああ!!」

  足元を見た老婆が悲鳴を上げる。彼女らは今地上から数メートルの位置を飛行しているのだ。
 老人には少々刺激的すぎる目覚めだった。

 「大丈夫だ!だから騒ぐな!落っこちちまう!!」
 「いやだぁ…怖い…怖い…離しておくれぇ!!」

  パニックを起こした老婆は泣きながら必死に魔理沙から離れようともがき始めた。
   

  老婆を抱く魔理沙は一刻も早く川を飛び越えようと箒に力を込める。
 だが、老婆はさらに激しく暴れ、箒のバランスは一気に崩れてしまった。

 「しまった!」

  魔理沙は悲鳴を上げる老婆を強く抱きかかえ、必死に叫んだ。

 「絶対に落とさないから!!」

  一瞬、真横に倒れかけた箒は瞬時に体制を立て直し、一直線に人里の保安官事務所を目指した。

 「大丈夫…。絶対落とさない…。もうすぐ人里に付くんだ…。」

  震える老婆の耳元で魔理沙は囁き続けた。老婆を打ち付けるように襲っていた雨粒が急に弱々しくなっていく。
 魔理沙が老婆を覆う魔力に一気に力を込め、シールドのようにそれを機能させたからだ。
 二人は箒の上で抱き合いながら人里の中央通に侵入した。普段は出店が並ぶこのエリアは酷い有様であり、散乱した商品などが
 道を舞い踊っていた。

  魔理沙の腕の中で老婆も震えながら必死に魔理沙にしがみ付いた。
 老婆の体温を感じながら、魔理沙は保安官事務所を目指して箒を進めた。
  


―――




  やっとの思いで、魔理沙は事務所の扉を開けた。
 待機していた数人が彼女に詰め寄り、ぐったりとした老婆を、タオルの敷かれたソファーに優しく寝かせた。

 「大丈夫か魔理沙。」
 
  ナズーリンがびしょ濡れになった魔理沙にバスタオルを差し出した。
 
 「はぁ…はぁ…暑かった…汗かいたぜ……。」

 「おつかれさん。一息つきなよ。」

  診療所の医師が事務所に待機していた。彼は急いで道具を広げると、老婆の診察を開始する。


 「なんてことだ…彼女には持病があったのだ。体も弱かったし…やはり一人にしておくべきではなかった…。」


  それを聞いた魔理沙は、雨水を滴らせながら不安そうに言った。
 
 「そのばあさん…大丈夫なのか…私が駆け付けたときから、意識がなかったんだ…。」
 

  魔理沙は息を切らしながらも、医師に当時の状況を説明した。老婆は目を閉じ、死んだように横たわっている。

 「ほんとうかね…。雷のショックで発作を起こしたのかもしれない…だが、今は薬がない…。
  永遠亭の医者もこの天気ではやってこれないだろう…。」


 「じゃぁ…死んじゃうのか…。」

 「そうと決まったわけではないが…年配の方だ…何が原因で命を落とすか分からない…。」

  


  老婆は低い声を上げ、ゆっくりと目を開いた。
 医師は、老婆に声を掛け続け、再び意識を失わないよう努めるが…

 「苦しいよ…苦しい…。」

  絞り出したような声で彼女はそう口にした。
 
 「しっかりしなさい。気を強く持って。永遠亭からお医者様が来ます。」

  老婆は苦しそうに嗚咽を漏らす。その痛々しい様に誰もが目を覆うほどだった。    
 
 「ばあさん…しっかりしろ…。」

  思わずそう漏らした魔理沙。
 老婆はその声に気づき、ゆっくりと頭を横に向ける。
 

 「ばあさん…。」

 




  老婆は、涙を流しながら魔理沙を見つづけた。そして今にも消えそうな声で一言。

 「…ありがとう…。」そう言った。

  魔理沙は、老婆の小さな手を握りしめ、強く歯を噛み締めた。







―――
  




 「魔理沙さん!無事ですか!」


  寅丸が事務所へと帰還したのは、それからしばらくしたあとであった。


 「無事に決まってるさ…。」

  聖たちは小屋に避難している者達をここへ運んだのち、霊夢のサポートに回っていたとのこと。
 外は相変わらずの天気であり、気の抜けない状況が依然続いていた。

 
  それから数分後、今度は消防隊を引き連れた里の保安官が戻ってきた。
 川のすぐ近くまで近づいていたのか、彼らの着ているかっぱのあちこちに藻のようなものが付着している。

  十数人の男たちは雨と風で冷えた体を温めるため囲炉裏の周りを囲み始めた。

 「異常はなかったかね…。」

  保安官は、事務所で番をしていた助手達に状況を確認している。

 「橋の向こうで行方不明になっていた人たちはまだ誰も見つかっていません…。」

  神妙な面持ちで、寅丸が保安官にそう告げる。
 溜息を一つおいて、保安官も言う。

 「こちらも誰も見つけられなかった…。川の水が堤防を越え始めたのを確認して急いで引き返してきたのだ。」

 「そうですか…霊夢さんと聖は依然捜索を続けています。私は聖にここへ戻って待機していろと言われました。」
 
 
  
 
  霊夢と聖が戻ったのはそれからもうしばらくしてからだった。
 聖の腕には、泥だらけの男が一人…。


 「お医者さまはいらっしゃいますか!!」

  老婆を見ていた医師が一目散に聖たちの元へと駆け付ける。


 「彼は一体どこで!?」

 「川に流されているのを霊夢さんが発見したのです。」

 「水を飲んでいる!急いで吐かせなければ!!わたしに任せてください!!」



  医師に男を預け、白蓮と霊夢は囲炉裏の側へと足を進めた。

 「寒かったわ…。」
 「着替えないと風邪を引いてしまいますよ。」

 
  囲炉裏に手をかざす霊夢はそのすぐ近ではソファーに老婆が静かに横たわっている。
 その手を優しく握り続ける魔理沙は、疲れが溜まったのかウトウトと舟をこぎ始めていた。

 「よう霊夢…無事だったか。」

 「当然でしょ。」

  霊夢の声を聴いた魔理沙は「そうか。」と小さく呟き老婆に寄り添い続けた。
 
  気づけば彼女らが人里に駆け付けてから2時間が経過していた。
 




―――






     
  嵐が力を弱め始めたのは、日付が変わってからだった。
 保安官事務所に避難していた者達の数人が自宅に戻り、聖をはじめとした命蓮寺の面々も寺へと帰還していった。



  さらに時は進み、時計の針が午前4時を指したころには、天気はいつも通りの平穏さを取り戻していた。
 

 「さて、これからが本番だぞ。」

  保安官が事務所に残っていた消防隊に命令を与えた。本格的な救出作戦が始めるのだ。
 事務所で一夜を明かした霊夢も、その声を聞いてこれから待ち受ける困難を頭の中に思い描いた。


 「魔理沙…大丈夫?」

  魔理沙はすでに冷たくなった老婆の手をただ握り続けていた。
 
 「あぁ…大丈夫さ…私は。」

 


  外から人々の声が聞こえてくる。
 
 人里は酷い有様だった。数件の家が崩壊寸前まで破損し、何本もの木が無残に横たわっている。
 
  寺子屋に避難していた子供たちの元にも、親が駆け付け始めている。
 だが、全員の迎えが来ているわけではなかった。



 「お母さん、まだ来ないのかい?」
  慧音の言葉に子供は小さく首を振る。目からは涙が零れていた。
 「きっと来てくれるさ…。」


  別の子供が迎えに来た両親と話している。

 
 「ねぇ、お母さんは?いつもはお母さんが迎えに来るのに。」

 「母さんはな…もう迎えに来れないんだよ……。」
 
 

  里のあちこちで遺体が見つかり始めた。
 愛する人を失った悲しみの声が各所から上がっている。
 灰色の雲がゆっくりと引いた、澄んだ青空の下で。






 




 「一旦神社に戻るわ。」

 「私も一旦帰る。調べたいことがあるからな。」


  霊夢と魔理沙は昨夜の疲れをどこかへと吹き飛ばし、確固とした意志を持って外へと足を進めた。

 「また後でな。」
 「ええ。」

  そう言って魔理沙と霊夢は別々の方向を目指して飛び立った。
 上空から見た人里は本当に酷い状態だった。

  魔理沙は、箒のスピードを上げる。
 崩落した橋を飛び越え、昨日訪れた老婆の家の側を通った。
 家のすぐ側に立っていた大木が屋根に向かって倒れ込んでいる。もしもここに老婆が居たなら、ただでは済まなかっただろう。



  魔理沙は首を横に振りながら、魔法の森に向かった。
 
 

  魔理沙の自宅も所々破損している部分があったが、堅牢なそれは依然健在であった。
 しかし、窓ガラスが割れてそこから大量の雨水が入ったらしく、台所の一部が水浸しになっている。

 「まいった…。」


  髪を整え、ナイフで雑に切った食パンを口に突っ込んだ魔理沙は早々に玄関の扉を開けた。

 「あいつは無事かな…。」

  魔法も森にも嵐の大きな傷跡が残っていた。
 魔理沙は低空飛行で、森の中を注意深く見回す。地面は茶色にぬかるみ、細い木々がボロボロに折れ曲がっている。
 泥色の水が流れる小さな川が幾つも森の中に走っていた。


  枝垂れた木々を潜り抜けると、二階建て木造の家が見えてきた。アリス邸だ。

 箒に跨ったまま、窓に掛かったカーテンの隙間から中を覗く魔理沙。
 その直後、玄関の扉が開かれ、アリスが顔を出した。

 「……。」

 「いや、無事かなっと思って様子を見に来たんだけど…。」


  とりあえず中に入れてもらった魔理沙は出された紅茶とクッキーに目もくれず、アリスに言った。


 「異変が起きてることには気づいているよな。」

 「ええ。」

 「何か解決の手がかりというか…糸口というか…分からないか?」
 「私はなんでも知ってるわけじゃないわよ。とりあえず紅茶でも飲んで。」

  そう言われた魔理沙は、ゆっくりとティーカップを口へ運んだ。クッキーも一枚口に入れる。

 「霊夢も手がかりを掴んでいないようだったぜ。」

 「へぇ。霊夢もお手上げってわけ。それで私のところへ来たんだ。」
 「ああ。」

 「いつもなら弾幕ごっこで情報を交換し合うけど、今日は素直に聞いてくるのね。
  まぁ、今回の異変はちょっと変だからね。呑気に遊んでも居られないか。」

 「何か知ってるな。」

 「知っているというか、感じたというか。」

 「教えてくれよ。魔法使いのアリスは何を感じたのか…。」

 
  魔理沙の向かいに腰掛けたアリスは、自身の紅茶を嗜みながら話し始める。


 「あの晩、私も神社に居て呑んでた。会ったわよね。」
 「ああ。」

 「そこで…何というか、一瞬だったけど、強い魔力の放出を感じたの。」
 「強い魔力?」

 「ええ。それも珍しいタイプの。ちょっと説明すると、魔法にはいろんな属性があるわよね。
  風とか炎とか。でも魔法の属性は必ずしも意識できるものだけじゃない。生活する環境や、世界。
  さらには性格や癖なんかで細かく分かれていくの。
  あの時感じた魔力の特徴は幻想郷の魔法使いのものじゃないわ。つまり、幻想郷以外の場所の魔力で
  なにか強力な魔法を発動させたってこと。」


 「…ほう。」

 「その魔法がどのような魔法なのかは分からない。
  でも、それが昨日の嵐と動物たちの異常行動に関わっていることは恐らく、間違いない。」

 
 「霊夢は、外から誰かが何かを送り込んだって。」

 「やっぱりね。」

 「で、アリスは誰が送り込んだんだと思う?」




 「そうね…かなり強力な魔法だったようだから、魔界…地獄…法界…こんなところかしらねー。」

 「そいつは幻想郷をどうする気なのかな…。」

 「うーん。侵略かしら…それとも、実験の失敗かも…はっきりとは分からない。」

 「そうか…。」

  魔理沙は紅茶をもう一杯口へと運ぶ。
 

 「なにか悪いことがあったの?」アリスは魔理沙の顔を見てそう言った。

 「ちょっとね…。」

 「あんまり落ち込まないでね。」

  何気なくアリスはそう言った。とくに深い意味は込めていない。 
 微笑むアリスに魔理沙も小さな笑顔を見せた。


 「これから、どうなると思う?」

 「よくないことが起こりそう。そうだ。見せたいものがあるわ。」

  手をポンと叩いたアリスは、椅子から立ち上がり、外を指差した。
 「ちょっと庭に来てくれない?」 
 


  庭に出た二人。風雨によって綺麗だった花壇がことごとく破壊されていたが…。

 「あれ見てよ。」

  
  庭の一角。

 一本の草が生えている。しかし奇妙だった。二人ともこのような植物を見にしたことなど一度も無かった。



 「なんだこりゃ…。」

 「見たところ食虫植物の様だけど。」

 「ここにあるの…歯か?」

  一メートルほどの茎の頭には真っ赤な花が閉じており、その花びらの隙間から鋭い牙の様な物を覗かせている。
 しかも、その花びらは呼吸をしているかのように、微弱に動いているのだ。


 「いつから?」

 「今朝見つけたのよ。それで、ちょっとした実験もしてもた。」

  
  アリスは家から細かく切ったパンの耳を持ってきていた。袋の中からそれを出し、アリスは魔理沙に言った。

 「見ててね。」


  アリスが、奇妙な植物に向けてパンの耳を放り投げた。


 するとその植物は不気味に蠢き、真っ赤な花を大きく広げ、その奥から鋭い顎を突き出した。
 顎はパンの耳を挟み込むと、ものすごいスピードで花へと吸い込まれていき、それを包み込むように花びらも閉じた。


  言葉を失う魔理沙。

 「すごいでしょ。」
 「なにが!」



 「とにかく、こんな植物始めて見たし昨日の朝はここには無かった。」
 「なんだと。」

 「何かしら…自然そのものが…おかしくなっている。」

 「自然そのものが…。」
 「私も調査する必要があるかしら。」

 「任せるぜ。」

 「パチュリーの意見も聞いてみるといいわ。私はこの庭を片づけなきゃ。」

 「分かった。じゃあな。」

  それだけ言うと魔理沙はさっさと箒に跨った。
 飛び立つ寸前、もう一度あの植物に目を移す。風に揺れているのか、それとも、自分で動いているのか…。
 帽子のつばを傾け、魔理沙は地を蹴った。アリスと話せてよかったと思っていた。





―――



  昼頃。
 魔法の森を一周し、紅魔館へ向かった魔理沙はそこで衝撃の事実を知ることとなった。


 「パチュリーが倒れただと!」

 「ええ。ってあなた門番は?」

 「居なかったけど。」

  エントランスで咲夜の話を聞いた魔理沙は、パチュリーが寝ているという寝室へと通された。
 ベットの上でパチュリーは青い顔をして眠っていた。その傍らには小悪魔が寄り添っている。

 「昨晩から体調を崩されまして…妖精メイドたちの様子も変で…やはり異変が起きているのね。」
 「ああ。パチュリーの話を聞きたかったんだが…今は無理だな。」
 
 
  紅魔館は驚くほど静かだった。
 館内にいつも溢れていた妖精メイドたちの姿は何処にもなく、数人の住人は広い館内でひっそりと生活していた。
 
 「霊夢は宴会のときから調査を開始していたようね。」

  魔理沙の背後に突然現れたのは、紅魔館の主、レミリア・スカーレット。

 「あの時から異変が始まったらしいぜ。」

  レミリアは、パチュリーの様子を確認すると咲夜に言った。

 「咲夜…パチェは大丈夫なのかしら。」
 「わかりません。永遠亭のウサギに来てもらおうと思います。」
 「そう…。」







  暗く沈む室内に突然、ガラスの割れる音が聞こえてきた。

 振り返った咲夜が廊下に出ると、そこには一匹の妖精メイドが横たわっていた。
 ガラスを破って館内に入ってきたようだ。

 「ちょっと!何してるの!」

  咲夜は妖精メイドの元へと駆け寄った。
 しかし、うつ伏せに倒れるその肩を持ち上げ、その顔を見た咲夜は思わず言葉を失った。


  なんと、妖精メイドの顔面がドロドロに淀み、所々の筋肉がむき出しになっていたのだ。
 
 「なっ!!」

  思わず飛び退いた咲夜。その声を聞いた妖精メイドがゆっくりと起き上がり始めた。

 
 「ああ…熱い…体…溶けるぅ…。」

  そう言うと同時に唇が剥がれ落ち、妖精メイドは歯をカタカタと鳴らしながら咲夜の元へと歩き始めた。

 「どういうこと……。」


 
  異常を感じたレミリアと魔理沙が寝室から顔を出す。

 「げ。」
 「なによあれは…。」   

  咲夜は後ずさりながら、ナイフを取り出した。

 「聞こえているなら止まりなさい!!」


  妖精メイドは依然ふらふらと足を進めている。


 「咲夜!始末しなさい!!」

  
  そう叫ぶレミリア。
 彼女が瞬きをしたあと、妖精メイドの頭部に深々とナイフが突き刺さる。 
 咲夜が時間を操り、瞬時にナイフを投げたのだ。
 妖精メイドは力なく倒れ、喉から絞り出したような悲鳴を上げた。


 「これはどういうことよ…。」

  無残な妖精メイドの残骸は煙となって気化し始めたのだ。
 数秒後、残ったのは紅魔館が支給していたメイド服と、飛び散った血液だけだった。
 驚愕の表情でそれを見つめていた三人の耳に、別の怪音が飛び込んでくる。


 「今の音は!?」叫ぶ魔理沙。

 「エントランスよ!」

 
  エントランスの方向から、激しい破壊音が聞こえるのだ。
 
 「咲夜!」

  時間が停止し、咲夜は一人エントランスに向けて走った。
 


―――



  エントランスでは戦闘の真っ最中だった。戦っているのは門番の美鈴、相手は… 
 
 「妖精メイドたち!!」

  ナイフを構えた咲夜が停止した世界の妖精たちに向けてそれを一気に投げつけた。 
 直後、時間の流れが復活。放たれたナイフの狙いは非常に正確だった。
 すべてのナイフが妖精たちの額に突き刺さり、バタバタと血を流しながら床へと落下していく。

 「咲夜さん…!助かりました…。」
 「いったいどうしたって言うのよ…。」

  妖精メイドたちの体が気体になっていく。

 「妖精たちが異常なんです…。さっきも湖の妖精たちに攻撃されました…。」 
 「なんですって…。」 

  次の瞬間、開け放たれたドアの向こうから高速の弾幕が館内に向けて一斉発射された。
 身を翻し、回避する二人。一発の光弾が天井に吊られていたシャンデリアを撃ち抜き、落下したそれが大きな音を立て、
 破片を周囲に飛び散らせた。
  数匹の妖精たちが館内に突入してくる。彼女らは体がぼろぼろに爛れ、訳の分からないことを叫びながら
 一心不乱に弾幕を周囲に振りまいている。

 「美鈴!始末するわよ!!」
 「了解です!」

  二人の攻撃が妖精たちに炸裂していく。
 悲鳴を上げて消滅していく妖精たちは一切の回避行動を取らぬまま二人を攻撃し続けていた。
 その狂気の言動は、戦い慣れている二人の心を焦らせる。
 腕が千切れようと、足が捥げようと、奇声を発しながら妖精たちは暴れ続けたのだ。


 「こいつら、どうなっているのよ…!」
 「今朝から、こんな調子です!湖はもっと酷い有様で…。」

 
  眼前の妖精をナイフで切り裂いた咲夜は、背後に迫る強い気迫に気付き、瞬時に回避行動に移った。
 途端に側に合った高級な壺が粉々に破壊される。

 「何者だ…?」

 
  エントランスの体感温度が一気に低下していくのが感じ取れる。
 二人がその存在に気付いた時、既に彼女らの息は白くなっていた。
 

 「チルノじゃないか!どうしたんだお前まで!」美鈴が叫ぶ。

  しかし、チルノの姿を間近で見た彼女は絶句した。
 体中が血塗れ。服はボロボロ。そして真っ赤に血走った目…。無邪気に遊びまわる氷精の姿は今や見る影もない。


 「!!」

  気づけば美鈴の目の前まで鋭いつららが迫っていた。


  防御しようと、腕を組んだ美鈴はいつの間にかチルノから離れた場所に移動していた。
 咲夜が時間を止めてチルノのつららを破壊し、美鈴を安全な位置まで移動させたのだ。
 
 「ぼんやりしないで!」

  チルノは唸りながら、周囲の温度を冷やし続けている。

 




  別のドアが開いた。顔を出したのは魔理沙とレミリア。

 「咲夜ーどうなってるのー。」
 「なんかすごい音がしたぜ。」


  突然流れ込んだ冷気に、同時に慄く二人。
 
 「なによこれは!!」
 「なんだこりゃ!!」そして同時に叫ぶ二人。


  チルノが奇声を発し、腕を大きく振り上げた。
 その途端、チルノの周囲360度に何百ものつららが生成され始める。

 「まずい!!」
  開けたドアを叩きつけるように閉める魔理沙とレミリア。


 「あれを避けるのはキツそうね…。」
  咲夜が弾幕で壊れかけの机を立てかけ、美鈴がそこに飛び込む。


 「あがあああああああああああああああ!!!」
  チルノが叫ぶと同時に、四方八方につららが発射された。
 つららは、紅魔館のエントランス中に突き刺さり、まだ辛うじて息のあった妖精の体をも穴だらけにした。
 魔理沙たちが閉めたドアからは鋭いつららの先端が顔を出し、立てかけた机にも何本ものつららの先端が顔を出している。
 咲夜たちのすぐ目の前までつららの先端は迫っていた。

 「あわわわ……。」
 「ギリギリだったわね…。」

  そう言った途端、机が別のつららによって破壊される。
 飛び退く二人に向けてさらに数十発のつららが発射された。

 「くっ…顔見知りとは言え、ここまでされれば…始末するしかない…。」

 「咲夜さん、私は避けられます!だから…咲夜さんは…。」

  美鈴とアイコンタクトした咲夜は自身の能力で時間を停止させた。  
 空中で静止したつららの間を縫うように移動する咲夜は一直線にチルノのもとを目指す。
 そしてナイフを取り出し、そっとチルノの首元にそれをあてた。

 「悪く思わないで。」

  一気にナイフを横に引いた咲夜は、止まっていた時間の流れを再生させる。
 チルノの細い首から真っ赤な血が噴き出す。
 美鈴は迫るつららを避けようと…、咲夜はチルノの崩れ落ちるはずの遺体を見て勝利を確信しようとしたのだが……。

 「ぐがああぁぁぁあああ!!」

  喉を裂かれたはずのチルノが信じられないような醜い声で奇声を発する。
 同時にすぐ後ろに居た咲夜にチルノが飛びかかった。

 「なに!?」

  チルノは咲夜に抱き着き、さらに大きな奇声を上げた。

 「止めなさい……!」

  咲夜はチルノに押し倒されてしまい、飛び散ったガラスの上に強く頭を強打した。
 もがく咲夜は必死にチルノを振りほどこうとするが、チルノはボロボロの腕で彼女を掴んで離さない。

  チルノの能力であれば、この距離なら確実に人間一人を殺害することが出来る。
 歯を噛み締め、死を覚悟した咲夜に圧し掛かり、チルノが大声を上げる。裂けた喉から血が噴き出ている。

 


 「……っ!!」

  その叫びを聞いた咲夜が大きく目を見開いた。



  チルノはピタリとも動かなくなってしまった。
 死んだように頭を垂れ、大量の血が咲夜のメイド服に滴っている。

  咲夜も動かなかった。ただ、先ほどよりも強く歯を噛み締め、手足を震わせていた。 
  
 

  魔理沙とレミリアが駆け出す。

  レミリアは高速でチルノに体当たりしてそのボロボロだった体を吹き飛ばした。
 チルノの体が壁に激突し、粉々に砕け散る。それと同時に、エントランスの温度が徐々に元に戻り始めた。


 「咲夜!大丈夫なの!!」

 「あ……お嬢…様…。」

  咲夜の体は冷たかった。チルノの冷気に冷やされ、体が勝手に小刻みに震えて熱を作り出そうとしている。
 しかし、彼女が震えている要因はそれだけではなかった。

 「咲夜!しっかりしてよ!」


  自らの力で起き上がる咲夜。そして粉々になったチルノの遺体の方を見た。



 「そんな…馬鹿な…こと。そんな…。」
 「咲夜…?」

 
  発射されたつららを見事に避けきった美鈴は魔理沙と共に咲夜の元へと駆け寄った。

 「咲夜さん!無事ですか!!」
  
 「生きてるのかー!」



  ぼんやりと咲夜も頭を垂れた。表情は暗い。


 「何があったのよ。言いなさい。」レミリアは強い口調でそう言った。
  咲夜はゆっくりと口を開く。
 

 「聞こえたんです…。」  
  
 「何が?」



 「チルノが私に向けて…『痛い。助けて。』と…叫んでいました…。」

  それを聞いた三人が同時に首を傾げた。






 「チルノは…私に抱き着いて泣いているようだったんです…。」 





―――




 
  幻想郷中の妖精の様子がおかしくなっている。
 それは恐らく幻想郷の自然そのものに何らかの異常が発生したということである。
 妖精に襲われている人間が居ないか確認しながら博麗霊夢は空をゆっくりと飛びながらその様を見ていた。

 「異変が自然に害を成し始めている。早急に解決しないと、大変なことになるわね…。」

  大変なことになるというのに、何時もの巫女のカンは今一パッとしないままだった。
 霊夢は幻想郷中を見て回るため、今朝から空を巡回していた。
 その間、異常行動を起こす妖精たちや、グニャグニャと伸びあがった大木など、奇妙な現象を霊夢は
 幾つも目撃していた。


 「ん、あれは…バカ妖怪どもかしら…?」

  妖怪の森にほど近い、小さな林にいつもつるんでいる妖怪のグル―プを発見した霊夢は、
 話を聞くために地上へ舞い降りた。


 「ちょっとあんたたち。調子はどうよ。」

  敵対心を持たれないように話しかけた霊夢は、そこにいた妖怪たちの様子がおかしいことに気が付いた。
 驚いた霊夢は、彼女らに声を掛けながらそのすぐ近くまで迫った。

 「どうしたのよ?」

 「霊夢か…ルーミアたちが大変なことになったのよ…。」

  心配そうな声でミスティアはそう言う。側に居るリグルとルーミアは苦しそうに地面に横たわっている。


 「酷い怪我じゃない!」

  ルーミアは怪我を負い、唸りながら腹を押さえている。
 見ると、左足首から先がバッサリと切断され、赤黒い血液がドロドロと流れ出ていた。
 リグルには怪我がなかった。しかし、その苦痛に耐える表情は尋常ではなく、喘ぎながら必死に助けを求めている。


 「二人とも、森で凄く強い『何か』に襲われたんだって…。」

 「すごく強い『何か』?何かってなによ。妖怪とか妖精とかじゃないの?」

 「それが分からないんだって…。すごく獰猛で、近寄ったらすぐに襲ってきたって…。」

  ミスティアの話では、ルーミアとリグルは魔法の森で謎の生き物に襲われ、命かながらここまで逃げてきたと言うのだ。
 いつも三人が落ち合うこの場所で先に待っていたミスティアはなんとか二人を助けようと奮起してたようだが…。

 「リグルはさっきまで普通に話すことが出来たのに…。どんどん苦しそうに…。」

  今にも泣きだしそうな声でミスティアは今までの状況を霊夢に訴え続ける。


 「その『何か』っていうのは、妖怪であるアンタたちが見ても何か分からなかったっていうの…?」

 「私は見てないから何とも言えないけど…リグルはそう言ってたんだ。」


 「みすちー…痛いよ…足が…痛くて…歩けないよ…。」

 「ルーミア!何にやられたの!教えて!」苦しむルーミアに向かって叫ぶ霊夢。

 「わかんない…でもそいつはすごく強かったんだ…。食べられちゃうかと思った…。私…食べられて死ぬのは嫌だ…。」

 「じゃあ姿は?どんな格好していたの?」

 「分からない……なにも見えな…かったもん…。」

 「なんですって…。」

  リグルが突然意識を失い、静かになった。それを見て悲鳴を上げるミスティア。
 霊夢は急いでリグルに駆け寄るが…。

 「何よこれ………。」

  洋服の下に隠れるリグルの肌の色が奇妙に変色していたのだ。
 まるで、全身の血液の流れを止められてしまったかのようだった。同時に腕に刺し傷のようなものを霊夢は発見した。

 「毒でも入れられたのかしら…とにかく医者に見せないと不味いわ。永遠亭の医者が里に来ているはずなんだけど…。
  そこでも怪我人が大勢居るわ…。永遠亭に直接行くしかないわね。」

 「そんな…とてもじゃないけどそこまで行けないよ…。とてもじゃ…ないけ…?」
  

  ミスティアが倒れた。あまりに突然の出来事に、霊夢は声を上げて驚愕した。

 「ちょっと!大丈夫なの!?」
 「体の調子が…朝から良くなくて…。」

  ひどい熱だった。ミスティアは体の不調を感じながらも、友人の側に付いていたようだ。
 
 「なんてことよ…。誰か呼んでこないと……。」








 「じゃあ私達が必要なのかしらー。」

  霊夢の背後から声がする。咄嗟に振り返った霊夢はその姿を見てホッと胸を撫で下ろした。


 「ごきげんよう。」
 「こんにちは。」

  そこに居たのは冥界からやってきた二人組、西行寺幽々子と魂魄妖夢だった。
 どうやら、先日の嵐を心配して様子を見に来ていたらしいのだ。


 「偶然妖夢があなたを見つけたのよー。」
 「奥の三人は大丈夫なのですか?」

 「大丈夫じゃないわ。すぐ病院送りにしないと。折角来てくれたんだから手伝ってくれないかしら。」
 
  顔を見合わせた冥界の二人は、倒れた三人の妖怪の様子を見て顔をしかめた。


 「あら、大変じゃない。」
 「わ…これはすぐに医者に見せなければ…。」

  妖夢は持っていたハンカチでルーミアの足を縛り、そっと抱きかかえた。
 霊夢は意識のないリグルを。幽々子は苦しそうに喘ぐミスティアを抱きかかえた。


 「この子は屋台をやっている夜雀ね。まだ死なれちゃ困るわ。」

 「…。じゃあ永遠亭まで行きましょうか。」妖夢が言う。

 「ええ。ようやく私のカンも働き始めたわ…。」 

 「それはよかったじゃない。っじゃ、急ごうか。」



  気楽な様子で幽々子がそう言うと、三人は永遠亭を目指して飛び立った。






つづく 
ホラーだけど怪談じゃない。
そんな作品を目指していましたが…

ここに至るまでの軌跡…
その他いろんなことは次回以降で。
十三
作品情報
作品集:
28
投稿日時:
2011/08/21 18:10:04
更新日時:
2011/08/21 21:59:22
分類
産廃百物語A
霊夢
魔理沙
その他
1. NutsIn先任曹長 ■2011/08/21 20:30:20
え!? 百物語で超大作!?

掴みはOKです!!

では、また続編で!!
2. 名無し ■2011/08/27 01:02:38
老婆を助けた魔理沙がカッコよかったです。
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