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『産廃百物語A『妖夢に可愛く迫られちまったぜ! ヒャッハー!!』』 作者: 変態牧師

産廃百物語A『妖夢に可愛く迫られちまったぜ! ヒャッハー!!』

作品集: 28 投稿日時: 2011/08/21 13:19:59 更新日時: 2011/08/21 22:19:59
冥界――――それは、幻想郷という閉世界の内側にある場所だ。
その場所には生命を持つ者は住んでおらず、現世とは生死を分かつ結界で切り離されている。
そして、其処に一歩踏み込んでしまったら、生命の無い亡霊に襲い殺される

――――と、いうことは別にない。

奇妙な話ではあるが、力のある者は、生きた人間であれ その結界を平然と 自由に行き来できる。
冥界に入った者がまず目にするのは、まるで人生そのものと思えるほど長い階段。
その階段の先には、白玉楼と呼ばれる、和風の屋敷が佇んでいる。
やはり奇妙な話ではあるが 一般にも公開されているその館は、冥界はもちろん幻想郷の中でも、宴会の場として名が高い。

夏は、暗くなってからの景観が素晴らしく、空一面に銀色の星粒がちりばめられる。
うっすらと月明かりに照らされた庭の景観は、夏の夜の熱気と相まって“風流”の一言に尽きる。

秋は、夕暮れの赤い空が庭園一面を朱に染め、はらはらと散りゆく枯葉が凩に乗って飛んでゆく。

冬に近づき、やや冷たくなった空気と相まって、何処か物寂しい雰囲気が楽しめる。
冬は、ひんやりと醒めた空気の中、音もなく深々と雪が降り積もり、館の景観を純白一色に染め上げる。
寒いため外に出ることは出来ないが、暖かい部屋の中から見える 月光に照らされた庭園の銀景色は素晴らしいの一言に尽きる。

そして、この館が本当の姿を見せるのは“春”だ。 それも、一年の中でも、ほんの1週間足らずの間。
二百由旬に例えられる広大な敷地内、一面に植えられた桜が一面に満開となるその時こそが、白玉楼の真の姿とも呼べる。
暖かな空気の中で、はらはらと降りしきる桜吹雪は、目にする者に一生その光景を忘れさせない。
それは、“幻想”を遥かに超えた美しさだ。

今、白玉楼には、報われぬ生を終え 静かに眠る亡骸の御霊と、その従者が暮らしている。
亡骸の御霊は、のほほんと暢気に暮らし、従者はそんな苦笑しながらも暖かな生活を送っていた。
それは、今でも変わらない。

いや、変わらないはずだった。 “その青年”が、住みつくまでは――――






…………

……………………

…………………………………………







青年の目に映るのは ―――― 一面に白砂が敷き詰められ、所々に桜の木々や灯篭が入り混じる庭園。
文人や墨客が死後に行く楼閣の名を冠するその場所は、もし、その者達がここにいるならば、人生を代表する一句を作ることが出来る可能性を持つ。
けれども、その誰もが、目にするであろう光景に、何か物足りなさを抱くはずだ。
画竜点睛と言う言葉があるが、例えば庭園に鳥や栗鼠でもいればもう少し温かみがあるだろう。
けれども、命を持つ者がいない冥界でそれを望むのは、あまりに無理がある。
其処は 誰もが皆 殺風景な印象を抱くに違いない。

ずず……

季節は春も間近な頃……ほんの数日前までは庭を白一色に塗りつぶしていた雪も、太陽の光によってほぼ融けている。
それでも、まだ身を凍えさせる寒気は周囲に立ち込めており、空にかかった雲からは天気雨ならぬ天気雪がちらほらと舞い降りていた。
そして、そんな光景を目にしながら、青年は湯飲みを傾ける。
縁側に座り、はらはらと降り積もる雪の一部が、湯の熱気に晒され、溶けながら湯飲みの内へと落ちてゆく。
冬ならではの冷たい空気に身体が冷やされるが、頬に当たる熱い湯気が心地よく、渋い味つけのお茶が舌を楽しませ、身体を暖かくさせていた。

「……相変わらずねぇ、寒くないの?」

振り返った視線の先には、薄青で纏められた、廊下を歩いてくる妙齢の女性が一人。
薄い青色に染め上げられた和装に、腹部のあたりに結われている同色の帯は、まるで蒼い蝶と見紛うようだ。
さらには、ナイトキャップのような奇妙な帽子と、その額の辺りに描かれた渦巻き模様が、和装ならではの堅いイメージを些か和らげている。
そんな衣装に包まれている女性のほうも素晴らしく美しい。 短いウェーブが項に届く程度の短い桃色の髪と、やや垂れ気味な大きな瞳。
豊満な乳房は胸部の衣装を盛り上げるほど自己主張し、むっちりとした太腿は服の上からわかるほど綺麗な曲線を描いている。

「本当に奇特な方だこと……どう? 此処での生活は慣れたかしら?
 ふふ、生活って言っても、私は生きて無いかしらね」

どこか飄々とした雰囲気ではあるが、その最中に時折見せる儚げな雰囲気が堪らなく麗しい――――けれども、薄い。
それは、身に纏っている衣服が薄いとか、そういうことではない。女性の姿そのものが、うっすらと透けて見えるのだ。
女性が口にした通り、冥界に住むものならではというべきか、彼女には既に生命は無い。
その証拠に、誰もが持ちえるはずの“影”は、女性の足元には欠片も無かった。
冥界の亡霊姫――――西行寺 幽々子は、扇を口に当てたまま、朗らかな笑みを浮かべる。
そして、そのまま頬を赤く染め、イタズラっぽい笑みを浮かべながら、身体を寄せてきた。

「ねぇ……」

背後から、亡霊ならではの冷たい両腕が首に回される。
それは、春夏秋冬常に途切れることなく青年に対し繰り返されてきていたパターンだった。
夏はもっと熱くなりたいから。 秋は人恋しいから。 冬は冷えるから……そんな言葉と共に、何度も、何度も。

「ふふふっ……そんなに緊張しなくても良いのに」

肌に当たる冷たい腕の柔らかい感触や、耳元に寄せられる唇の感触にも、もう慣れっこ――――なはずがない。
いつだって、その冷たい身体を寄せられると、身体は動かなくなってしまう。 最初は恐怖で、今では緊張で、だ。
はじめは、全ての存在を“死”へと誘う能力を持つ幽々子に怯えたが、何度も身を寄せられれば、恐怖は薄れてしまう。
人並みを遥かに超えた容姿の彼女に身を寄せられると、不本意ながら頬が赤く染まり、女性ならではの甘い体臭に胸が高鳴ってしまう。

「可愛らしい、人だこと……」

ただ、女性のほうもきっと本気ではないはずだ。
本気ならば――――幽霊が子を孕むかという問題はさておき――――主に女性の主導で、とっくの昔に子供の一人くらい出来ていてもおかしくは無い。
未だそれが無いのは、女性のほうが誘いながら待っているからであろうか……?
けれども、心に決めた女性がいるのにホイホイとその誘惑に乗るわけにはいく筈も無い。

「ほぅら、素直になって……」

そして、その女性に唇を寄せられると、いつものパターンで――――チャキ……ン――――と、喉元に白刃が突きつけられる。

「幽々子様から、離れろ」

凛々しい男のものを思わせる鋭い口調に、女性ならではのやや高い声……剣を携え、突きつけているのは、一人の少女だった。
緑の入り混じった上着。袖に膨らみのある白い半袖のブラウスに、膝の辺りまで伸びている緑のスカート。
銀色のストレートボブに、黒いリボンのついたヘアバンドが映えている。
歳は、幽々子よりも5つほど下であろうか。あるいは、もっとかもしれない。
胸の膨らみは控えめであり、何処かあどけない顔立ちともあわせて、“女性”というよりも、まだ年端も行かぬ“少女”という形容がふさわしいだろう。
そして、突きつけた剣から逃れるのを防ぐように、幽々子を挟んで反対側には、ふよふよと白い人魂のようなものが浮遊している。
背後から幽々子に抱かれ、左隣からは少女に凶器を突きつけられ、右隣には逃走を妨げる人魂……
女性に囲まれていると言う意味では“両手に花”だが、青年の置かれている状況は そんな生易しい話ではなかった。

「離れろ、と言っているんですが……聞こえませんか?」

二度目ともなる言葉とともに少女の腕に力が篭りはじめ、浮遊する人魂も脅迫するように眼前に迫ってくる。
けれど、離れるも何も無かった。 そもそも、最初に近寄ってきたのは幽々子のほうであり、今も両腕で首を締め付けるように身を寄せている。

「剣を収めなさい、妖夢」

白玉楼の主である西行寺 幽々子の剣術指南役 兼 庭師――――魂魄 妖夢は、主の命令にびくっと身体を竦ませた。
それっきり、暫くの間何も言わなくなったが、ふぅ、と大きな溜息をつくと、剣を引く。
チャキン、という音と共に鋭い刃を鞘に収め、大仰に身を竦めると、幽々子に向かって呆れたように口を開いた。

「幽々子様、もう少し自重なさってください。 あなたは、仮にも この白玉楼の主なんですよ? 主が居候を誘惑してどうするんですか」

「あら、じゃあ妖夢が誘惑するの?」

「なっ――――」

繋がっているようでいて、まるで繋がりの無い無遠慮な一言に、妖夢は息を呑んだ。
次いで、その表情が深紅に染まり、ワナワナと震え始める。
握られた剣の鞘がカタカタと震える最中、妖夢と視線が合い、まずい、と思ったが全ては遅かった。

ドゴン!!

「バカなこと言わないでくださいッ!! もうッ!!」

日々鍛錬を怠らぬ腕から繰り出される 剣の鞘の一撃が 脳を激しく揺らし、一瞬だけ意識が途切れさせた。
次に目にすることが出来たのは、砂利の上を走り去ってゆく妖夢の後姿だけだった。
頭蓋を割られた形跡はなく、ジンジンと痛む頭に大きな瘤が出来ただけで済んだのは幸運であった。
なお、幽々子は相も変わらず、背後から豊満な胸を押し付け、首にしがみ付いている。

「かわいい子ねぇ、ふふふ……あなたも幸せ者だこと」

姿さえ おぼろげにしか見えない妖夢を、幽々子は暖かい視線で見送った後で、意味ありげな視線を向けてくる。
“幸せ者”という言葉の意味は、わからなかった。





…………

……………………

…………………………………………




実のところ、青年は、妖夢に対してあまり良い記憶が無かった。
嫌われているのかはわからないが、峰打ちや拳で殴られることなど、日常茶飯事。
挨拶をしても、会釈をしてくれればまだいいほうであり、殆どの場合返ってくるのは沈黙だけ。
なまじ、彼女を好ましく思っているだけに、心無い反応に、幾度となく心が折れそうになる。
しかも、その矛先が、何故自分に向かってくるのかわからないから、滅法タチが悪い。

ガララララ……!

溜息の一つもつきたくなる憂鬱な気分のまま、青年は脱衣所の扉を開けた。 むわっとした湯の熱気が頬を擽る。
湯に当たるために身に纏った服を脱ぐと、つんと冷たい空気が肌を刺してくる。
青年は、滅入る気分を湯で洗い流そうと、風呂の扉に手をかけ、大きく開けた。

「……え?」

そのときに目にした光景を、青年は一生忘れることは出来ないだろう。
熱い湯煙に包まれ、視界の悪い一室の中央には、透き通るような白い肌。
瑞々しく、柔らかそうな肌からは、湯滴がぽたぽたと滴り落ち、塗れた髪が項に張り付いた様がとても艶かしい。
そして、その少し上には泡塗れの人魂。 そのいずれもが、凍りついたように硬直し、動かない。

「あ、あなた……」

生まれたままの姿で、目をまん丸に見開いた妖夢は、搾り出すように一言だけ、口にした。
見てしまった、見られてしまった、と言う違いがあるにせよ、いずれにしても状況はまずい。 と言うよりも最悪だ。
状況を把握し始めた妖夢の身体は、わなわなと震え始め、その表情には羞恥が宿り始めていた。
その羞恥の表情だけなら、どれだけ男心を情欲にそそらせるだろうか?
けれど、その心に底知れぬ憤怒が混じっていれば、話は別だ。

「こ、この……」

無論、それを覗くつもりなどなかったし完全に事故なのだが、弁解をしている暇はない。
下手に妖夢の目につくところに留まっていたら、本気で命を失う覚悟を決める必要がある。
無論、自殺志願者でもない青年は、謝罪の言葉もそぞろに、背後を向いた。

その瞬間――――

「不埒者ぉぉぉぉッ!!!」

――――キィンッ――――

一瞬だけ早く、頭を下げたのは第六感と呼ばれるものか、あるいは虫のなんとやらというものか。
一体、何処から刀を取り出したのかわからないが、ちょうど、目の前の壁際に設置されてあった陶器の花瓶が、生けられた花と共に横一文字に両断された。
飛ばされた花瓶の首は床に落ちて粉々に割れ、台の上に置きっぱなしの残った部分は倒れることなく、切断面から とぽとぽと水が溢れている。
けれども、青年はそれ以上 首を落とされた陶器に目をくれている暇はなかった。
一歩間違えば、自分の首で同じ光景が繰り広げられることになるからだ。

「たたっ斬ってやる! 大人しくそこへ直れぇぇッ!! 」

しかも、背筋が凍りついたのは、妖夢の位置からは物理的に剣が届かないはずなのに、花瓶を切り裂いたことだ。
“剣閃が飛んだ”としか考えられない。 少年誌ではあるまいし、と恐怖しながらも、脱兎の如く逃げ出す他は無かった。
いずれにせよ、留まったままでいれば死ぬだけであり、青年は荒々しく脱衣所の扉を開けると、なるべく曲がり角の多い通路に向かって走り出す。

キンッ――――!

刃の鳴る音と共に、袈裟掛けに飛んできた真空波のような斬撃を かわせたのも 奇跡的だった。
いや、完全には回避できず、膝の薄皮が切断され、体勢を崩し、もんどりうって転倒する。

「覚悟はいいですね……」

なんとか体を起こした青年の前には、いつもの衣服を纏った妖夢が仁王立ちになり、喉元に刀の切っ先を向けていた。
とはいえ、その衣装は殆ど着崩れており、肩口や胸元、果ては腹部や太腿までが露になっている。
茹った湯に熱せられて、怒りと羞恥で上気した肌に、幼いながらも均整の取れた肢体に、目を奪われてしまい、見惚れてしまう。

「〜〜〜〜ッ!! あ、あなたと言う人はァァ!! 」

その視線に気付いた妖夢が、声にならぬ悲鳴をあげる。
しまったと思ったが、次の瞬間脳内を駆け巡ったのは、妖夢や幽々子と出会った頃の懐かしい記憶だった。
ああ、走馬灯か、と考える間もなく、恐怖さえも置き去りにしながら、眼前の妖夢は刀を振り上げ、勢いよく――――

――――ガキィィンッ!!

「はい、そこまで」

冗談抜きで命を諦めるほどに、鋭い 唐竹割りの一閃――――おそらくは、手加減抜きの一撃を―――― 一本の扇が事も無げに止めていた。
次いで聞こえたのは、大人びた女性の柔らかな声。
一体、その扇は何の材質で出来ているかと、くだらない疑問もあったが、間一髪助けに入った幽々子の姿は、青年にとって神様のようにも見えた。

「ゆ……幽々子様っ、其処を通してください!! 」

流石に主に向けて剣を向けるわけには行かなかったのか、妖夢は携えた武器を引っ込めた。
対する幽々子は無言のまま、ちら、とこちらに視線を向けると、妖夢へと向き直る。
その様子だけで、現在の状況を凡そ理解したようだ。

「いいじゃない、減るものじゃないでしょう? 」

「減ります! いっぱい減ります!! 私の、おとめご……い、いや……その……とにかく!! 」

そこで、妖夢は大きく溜息をつく。
完全に毒気を抜かれたのか、力なく剣を鞘に収めると着物の襟を掴むと、半ば露になっていた身体を隠した。

「幽々子様……どうして、そいつの肩ばかり持つのです? 」

訝しげに問いかける妖夢の言葉は正しい。
確かに、この館に訪れてからと言うもの、とりわけ幽々子は暖かく接してくれる。
身を寄せてくるスキンシップものその一つだが、その心の奥底にあるのは一体どんな感情なのだろうか?
少なくとも、恋愛感情が無いことはほぼ間違いは無いと言えるが、飄々として掴み所の無い彼女の内面はまるでわからない。

「決まっているじゃない」

けれども、妖夢の問いに、いつもニコニコ顔であった幽々子の表情と口調が、幾分、真面目なものへと変わった。
ふわり、とまるで蝶のように宙に飛ぶと、背後に回り、後ろから抱きしめられるように両腕を首に絡めてくる。
そうして、頭を擡げ、妖夢に視線を送ったまま、艶やかな声で一言だけ告げた。

「気に入っちゃったんだもの。 それに、この子……結構引く手数多なのよ?
 紅魔の館の門番に、従者……主も狙っていたみたいだし……ね」
「――――ッ……!! 」

そのときの妖夢の表情は、きっと一生忘れることができない。
まるで、今にも泣き出してしまいそうな、弱々しく、縋りつくような悲痛な表情。
それは、今までに何度も未熟と呼ばれながらも、常に強く凛々しくあろうとしていた彼女が、一度たりとて見せることなかった表情だった。

「さ、行きましょうか」

幽々子に腕を引かれ連れ去られる寸前、妖夢は何か言いたげに、手を伸ばしてくる。
けれども、その腕は躊躇うように宙で止まり、妖夢の視線が落ちると共に、力なくだらりと下がった。
理由はわからないが、その仕草に、心がずきりと痛む。

「……ここまでね。 あなたも、そんなつもりは無いんでしょう? 」

曲がり角を右折し、妖夢の視界から消えると、幽々子は唐突に掴んでいた腕を離した。
強引に迫っておきながら、意味深な笑みを浮かべ身を引く幽々子の態度に、疑問さえ抱いてしまう。
ただ、“そんなつもり”、というのが幽々子の誘惑に乗ると言う意味であるならば、それは正解だった。
住まいを与えてくれた上、優しく接してくれることに感謝はしているが、恋愛感情を持って見ることの出来る対象は、一人しかいないのだから。

「ふふふ、人のモノを取るほど、野暮じゃないわよ。 そうねぇ、あと1〜2日ってトコかしら? 楽しみに、待ってなさい」

相も変わらず、何のことかわからないが、少なくとも幽々子も、そんなつもりは無いことが判る。
その時点になって、服を着ていないことに気付き、酷く赤面した。





…………

……………………

…………………………………………





そして、数日後――――
うっすらと開いてゆく目に映ったのは暗い天井の木目。
湯浴みをしてから、時間を置くことなく間もなく寝床についたため、布団の内側は暖かいままであった。
それでも、頬に触れる外気の冷たさが、その場から動く意思を根こそぎ奪い取ってゆく。
きっと、布団から出れば、肌を突き刺す寒さに凍えることだろう。
ふと、喉の渇きを感じ、枕元に置いてあった湯飲みに 竹筒で作られた水筒を傾けた。
幸運にも竹筒の中身は凍り付いておらず、障子越しの月明かりに白く輝く水が、とくとくと音を立てて器の内側へ注がれてゆく。
体感的に殆ど寝汗はかいていないものの、舌先で味わうそれは――――身体が冷えることを差し引いても――――心の底から美味しいものだった。
砂漠に水がしみこむかのように、するすると喉を通り越し、身体を潤わせてゆく。
そうして、器に注がれた水を全て飲み干し、小さく吐息をつくと、白い蒸気が口から溢れ、霧散して消えていった。
再び、眠気に襲われ、湯飲みを枕元に戻そうとしたが、そのときに青年はふと気付いた。
障子の向こう側に、かすかな月光に照らし出された影が映っている。
長い棒のようなものを持った人型のものが一つに、そのすぐ側をふよふよと浮遊しているモノ。
そのシルエットから 誰なのかはわかるが、何故か全く動く気配が無い。

「…………」

かなり長くの時間が経った後で、影の手が障子にかかり、かたん、と小さな音が響いた。
その音に、何故か、びくっ、と影が震える。
それから、倍近い時間が流れた後で、す、す、す……と桟に擦れる音と共に、障子が開かれてゆく。

「……………………」

如月も もう終わりに差し掛かり、春は間近ではあるものの、外は冷える。
そんな、つんと凍るような寒気を纏ったまま、一人の少女が部屋の中にそろりと入ろうとしていた。
白い無地の和服が、陶器のように白く、幼子のように瑞々しい肌によく似合っている。
二刀をそれぞれの腕に携え、差し込む月光に銀色の髪が、まるで絹糸のように輝き映えていた。

「……えっ……?」

少女――――いや、魂魄 妖夢は、こちらに視線を向けると、ほんの僅か慌てたような声をあげた。
控えめな胸が、呼吸と共に上下し、剣を携えた両腕が惑うように胸の前で重ねられる。
その仕草は、普段の彼女とは明らかに違う。

「起きて……たんですか……!?」

続いて、妖夢の喉から迸ったのは驚いたような声。
確かに、目を覚ましたのは偶然であったものの、そんなことに驚かれるのは疑問がある。
逆に、寝首でも掻きに来たのかと邪推してしまうが、彼女が纏う雰囲気にはいつもの敵意めいた感情は見られない。
と、言うより、妖夢が本気で殺すつもりなら、起きていようがいまいが大して差は無いはずだ。

「……いえ、その……」

何も喋らない妖夢に対し、青年も何も言い出せない。
妖夢の側には、鈍く白い輝きを放つ人魂……彼女の半身が居心地なさげに漂っている。

「…………」

普段の触れれば切り裂かれてしまいそうな、鋭い印象とは、まるで違う――――言うなれば思春期の少女のような物憂げな雰囲気。
夜風に妖夢の着物の裾が巻き上げられ、膝のあたりまでが見え隠れし、その佇まいがあまりに艶っぽい。
そんな沈黙の時間の最中にも、部屋の中には冷たい空気が流入しており、自分はおろか、妖夢までも湯冷めをしてしまうため、入室することを促した。

「このあいだは……ごめんなさい」

一瞬だけ、何を言われているのかわからずに呆けてしまい、次いで“この間”というのが何のことなのか疑問を抱いてしまう。
そもそも、妖夢に“いわれもなく”殴られたり、“理不尽”に疎まれたりするのは日常茶飯事。
それゆえに、思い当たる節が多すぎてどの事件のことを口にしているのか、わからないのだ。

「そ、その……恥ずかしくて、混乱しすぎてしまって……手加減、できなくて……」

そんな疑問を全て置き去りにしたまま、妖夢はぽつぽつと搾り出すように口にする。
言葉足らずでわかり辛いが、“恥ずかしくて、混乱しすぎてしまったこと”とは、おそらく先日の風呂で鉢合わせた件に違いない。

「そ、そうじゃないんです……その、え……と……」

けれども、何処か慌てたような、それでいてこれまでに一度たりとて目にしたことの無い可愛らしい仕草に、普段から抱いていた取っ付きづらい印象が薄れてゆく。

「……ダメですね、こうやって、あなたのところに行けば……勇気が出ると思ったんですけれども」

妖夢は自らの不明を苦笑しながら部屋の中に入ると、後ろ手に扉を閉じた。
静かな部屋に、す、す、す、と障子が桟に擦れる音が残響し、ぱたん、と閉じられた。
そして、剣を手にしたまま静かに歩み寄ってくる。
以前の彼女であれば、同じシチュエーションで迫られれば身の危険を感じたであろうが、今の妖夢は雰囲気が柔らかいため危機感を抱くことは無い。

「失礼、します」

妖夢は青年のすぐ傍にしゃがみこむと、震える腕で携帯していた刀を畳の上に置いた。
その瞬間、彼女の雰囲気が、どことなく張りつめたものへと変わった。

「…………い、しています……」

上手く聞こえない言葉を口にしながら、妖夢の身体の震えはカタカタから、ガクガク、へ。
その内面にある感情は、青年も目にしていて、はっきりとわかる。
緊張、羞恥、躊躇……けれども、心までは読むことが出来ないため、その原因がどこにあるのかはわからない。

「――――ッ」

どんっ!

妖夢の瞳がぎゅっと閉じ、その頤が下がり俯いたと思った瞬間―――― 青年の視界が、一瞬で引っ繰り返った。
寝巻きの胸の辺りが強く握られ、熱い吐息が頬に浴びせられる。
自分の身体が妖夢に押し倒されたと理解したのは、その十数秒後だった。
女性特有の甘い体臭が鼻をくすぐり、少し低い体温が直に当てられるが、不思議と冷たいとは感じない。

「お慕い、しています……あなたを……!!」

突然の愛の告白……唐突過ぎて、冗談なのか、そうでないのか理解できるはずもない。
けれども、彼女はそもそも冗談を口にするような性格ではない。
そして、障子越しの柔らかな月光に照らされた面貌に宿る、ただひたむきな想いの込められた瞳が告げていた……全て“本気”だと。

「……ごめん、なさい……!!」

短い、悲鳴のような謝罪の言葉と共に、妖夢の唇が青年のそれへと押し付けられる。
ただ、それ以上に何をして良いのかわからないのか、妖夢はそれ以上のことはしてこない。
二刀を事も無げに振り回していたとは想像さえも出来ない細い両腕が、青年の首に回される。
研鑽の詰まれ、鍛え上げられていた強い腕力によって、痛いくらいに抱き寄せられる。
普段から控えめでクールな彼女からは、想像も出来ないほど情熱的に、求められる。

「ん、はぁ……っ、はぁ……」

ほんの僅か、唇が離されると、妖夢は呼吸困難寸前の様相で、荒い呼吸を繰り返す。
唇を押し当てている最中、どうやら呼吸を止めたままであったようだ。
鼻で呼吸することは、思いつかなかったのだろうか?
そんなくだらない疑問が頭に浮かんだ瞬間、眉根を寄せた妖夢の切なげな瞳に射抜かれ、逆にこちらが息をすることさえも忘れてしまう。

「たまらないんです……あなたのこと、想えば想うほど、狂ってしまいそうになって……」

消え入りそうな声は、普段の凛とした彼女からは想像も出来ないほど弱々しい。
青年自身、心から恋焦がれながらも、その想いはかけらも報われること無く、むしろ嫌われていると思っていた。
けれども、本当は手を伸ばすことをせずとも、まるで転がり込むように――――
今はまだ、驚きのほうが勝っているものの、青年の心の奥底からジワジワと“熱”が湧き上がってくる。

「……あなただけは、渡したくない……! 他の全て、何もいりません……! でも、あなただけは、幽々子様にも――――」

沸騰した湯が吹き零れるように、切なげな妖夢の声が 溢れんばかりの想いを紡いでゆく。
半人半霊である彼女は、普通の人間よりも体温が低くいはずだが、その肌は羞恥と情熱で熱く火照り続ける。
あらん限りの力で締め付けられ、あまりに苦しく、ほんの僅か、妖夢を押し戻そうとしたとき――――

「おねが……い……はなさ、ないで……!!」

今にも泣きだしてしまいそうな悲痛な声に、青年の動きは完全に止められてしまう。
更に強い力で首の辺りを抱きしめられるものの、痛みを感じたのは身体のほうでなく、心のほうだった。
直に触れている妖夢の身体が小刻みに震えているのは、きっと寒さによるものではない。
……きっと、怯えているのだ。 拒絶されることに。

「ほんの、少しでも……私を、哀れに思うのなら……今だけ、夢を見させてください……おねがい……です!」

言葉を詰まらせながら、妖夢は胸に顔を埋めてくる。
青年の胸元には、ぽたり、ぽたりと熱い雫が滴り落ち、身体の熱で蒸発してゆくが、胸を襲う痛みは、気化することなく何時までも残っていた。
そして、これまでに妖夢と過ごした記憶が、まるで映画の総集編でも見ているかのように、断片的に、断続的に蘇る。
それは、決して暖かくはなく、むしろ冷たい関係ではあったが、今の彼女の姿を引き立たせるための演出だったとさえ思えてしまう。
邪険に接していたのは、想いを寄せる異性にどう接して良いのかわからないから。
逢うたびに暴力を繰り返していたのは、自分の本心を知られたくないという、照れ隠しじみた好意の裏返し。
やや自画自賛じみた考えであったが、そんな風にさえ思えてしまっていた。

「……あったかい……」

胸のあたりに頬擦りするように頭を寄せられ、柔らかい銀糸のような髪が肌を擽る。
シンと静まり返った部屋には、二人分の吐息と、うるさいくらいに繰り返される心臓の鼓動音、そして小さく身じろぎするたびに 互いの衣服がしゅるりと擦れ合う音が響く。

「いままで……邪険にしてて、ごめんなさい……」

静寂しきった部屋の中で、妖夢が ぽつりと呟いた。
青年は頭を動かし、胸に頭を寄せる妖夢に視線を向ける。
表情は見えないが、その声色からは、何かに吹っ切れたような、そんな印象を受けた。

「でも、どうして、いいのか……わからなかったんです」

先程、抱いていたはずの妄想めいたイメージが、紛れも無い事実であることを、妖夢は口にしてゆく。
……なんてことは無い、青年は、自分のほうから、その想いを口にすればよかっただけだったのだ。
けれども、妖夢の険悪な印象から嫌われていると思い込み、はっきりとした言葉で嫌われることに怯えて何も言い出せなかった。
“一寸先は闇”と言うが、ほんの少しだけ、手を伸ばすだけでよかったと言うのに……

「……わかってます、もう、遅いって……」

あまりにも弱々しい妖夢の姿に、胸がずきりと痛んだ。
常に凛々しく、強くあった彼女からはあまりにかけ離れたイメージに罪悪感を抱いてしまう。
嫌われていると勝手に思い込んだ挙句、恋愛に不慣れで不器用な妖夢を追い詰めてしまったのは、他でも無い自分なのだから。

「でも……私、一生……忘れません」

何時かは醒めてしまう“夢”で終わらせると口にしているものの、妖夢の腕は今も痛いくらいにしがみ付いてくる。
本意では、きっと終わらせたくは無いと考えているはずだった――――お互いに。

「ありがとうござ――――ひゃ……っ!?」

これ以上未練を残さないうちに立ち去ろうとした妖夢の視界は、先程青年がされた時と同じく引っ繰り返ったことだろう。
両腕で妖夢の肩口を掴み、仰向けに押し倒したからだ。

「な、なにを……!?」

状況が把握できず狼狽する妖夢に対し、両思いであることを証明する言葉を囁く。
そのまま、妖夢の唇に口付けんと唇を寄せた。

「え……え、ええっ……? や……ま、まって……待って!!」

先程まではアレほど情熱的に求めてきたくせに、と青年は内心で苦笑してしまう。
絹のような滑らかな髪を撫で上げながら、妖夢の要求通り、猶予の時間を与えた。

「いいん、ですか……私、で……?」

内側から湧き上がる何かを押しとどめるように、妖夢は言葉を詰まらせながら問いかけてくる。
青年は、もういちど、愛を確かめる言葉を口にする。

「……っ……」

その言葉にトドメを刺されたのか、妖夢の瞳に滂沱と涙が溢れた、
もう、耐えることもできないのか感極まり、妖夢はしがみ付いてくる。
凛々しかった彼女の想いに応えるように耳元から首筋へ口付けてゆくと、くすぐったそうに身を竦めた妖夢と、一瞬だけ、視線があった。

「あなたのこと……もっと、好きになりたい……だから、いいです、よ……」

その一言を最後に、妖夢は恥ずかしそうにそっぽを向くと、身体を布団の上に横たえた。




…………

……………………

…………………………………………



涼やかな夜風がひゅるり、ひゅるりと流れてゆく中、幽々子は柱を背にして妖夢が閉じた障子を眺めていた。
その表情には、どこまでも暖かな笑顔が浮かんでいる。

「……ようやく、くっついた……か。 随分と時間がかかったわねぇ……ふふふ、幸せになりなさいな、妖夢」

最愛の従者の幸福を心から願い、幽々子は喘ぎ声が溢れ始めた部屋から視線を外し、その場を静かに後にした。




…………

……………………

…………………………………………












後日談



END
いい話に見えたかもしれませんが
私が産廃でいい話を書くはずがないじゃないですか。
わはは。
変態牧師
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作品情報
作品集:
28
投稿日時:
2011/08/21 13:19:59
更新日時:
2011/08/21 22:19:59
分類
名無しMOB青年×妖夢
超ロングパス
1. NutsIn先任曹長 ■2011/08/21 22:59:12
私が産廃作家になって始めて読む、御大の『ヒャッハー!!』に、感激いたしました。

昨今の薄い本にありがちな、そっち方面に無敵の男とお堅い少女のラブストーリー!!





……ええ、そう思っていましたよ。
すっかり油断していましたよ。

愛する二人の輝ける未来への扉を開けたら、

そこにワイヤーが張ってあって、
最後に見た光景が、それに繋がったピンが死角に固定された手榴弾から抜け落ちるところ……、
っていうような気分でした。
2. 十三 ■2011/08/22 17:47:54
(^^
3. ウナル ■2011/08/22 21:58:33
こんな以前からトラップを仕掛けていたとは!
しかし、牧師さんのSSは相変わらずえろいです
4. んh ■2011/08/23 00:49:02
いつ豹変するのかなwktk→しかし描写が肉肉しい→あれ、もう終わりじゃね?→懐かしい……
でした
5. 名無し ■2011/08/31 02:38:44
イイハナシダッタナー
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