コーヒーロンド

作品集: 28 投稿日時: 2011/08/25 02:24:57 更新日時: 2011/08/25 20:55:17
くるくる回る、くるくる廻る

それは因果、それは運命

操ろうとも揺れるだけの、決して千切れぬ、輪廻の輪





「・・・怖い、のかも」

咲夜がそう、ぽつりと呟いた。
私は、その呟きには目玉があって私の足元から、じっとこちらを見ているような気分になった。呟いてみただけ、でも、本当は誰かに拾って欲しい言葉。素通りされてしまえばそれまでと諦めながらも、その実、寂しい気持ちになるような。
仕方がないから、私は置いておくつもりだったその言葉を拾い上げる。

「怖いって、何が?」
「…――え、と」

言葉のキャッチボールの始まりだ。楽しいけれど、ちょっと苦手。だって、時々すごく頭を使うし、今みたいに相手が黙ってしまう時はじれったくてしょうがないから。
私、フランドール・スカーレットに「我慢」の二文字は無いのである。

「悪魔の犬が何を怖がるっていうのよ。そりゃ貴女は人間だけれどね、そこらの奴とは違うでしょ?瀟洒で、綺麗で、時間も止めれる。紅茶も料理も美味しいわ。…まぁ胸は無いけどね。そんな貴女が怖がる物なんてこの世にあるの?あ、もしかしてアイツかしら?――いや、無い、無いわね。だって私見たもの。アイツがお尻叩かれて半泣きになってたところ!」

弾幕みたいに言葉が飛び出す。溢れる。飽和。そして沈黙。
私はなんだか気まずくなって、思わずテーブルに乗り出した体を椅子へと沈めた。ガーデン用のチェアは硬くって、私の背中の羽根は強かに痛んだ。庭でのお茶会は素敵だけれど、こればかりはイマイチね。
咲夜は私の硬い椅子とは反対に、優しいリズムで揺れるロッキングチェアに深く腰掛けて――体全体を預けていると言った方が正しいか――にこにこと私を眺めて笑っている。

「フランお嬢さまは本当に楽しいですわね」
「むー。それって楽しいじゃなくて面白いって言いたいんじゃないの?」
「さぁ…どうでしょうか」

ぎぃ、と木の軋む音がする。ずいぶんと軽くなった様子の咲夜の体でも、椅子は大げさに、さも疲れたとでも言いたげに、ぎぃとまた鳴く。

「…お嬢さまは、」

再び訪れた沈黙を珍しく咲夜が破った。

「すぐに私を困らせるんですよ。だからね、こう、パン、とねぇ」

沈黙という名の見えない壁の向こうから飛んで来たボールは、私の予想もしないところからやってきた。
咲夜は最近、時々こうだ。話の前後が繋がらない。それでも、やっぱり、レミリアの話をする時は嬉しそうな顔をする。私がずっと羨ましくて、欲しくって、けれど、手に入れられなかった物。

「アイツは結構子どもだからね。お尻くらい何発でも叩いてやりゃあいいのよ」

少し面白くなくなって、私はつっけんどんに視線を逸らす。そのままべたり、とテーブルに上半身を寝かせてみた。青い空が見える。白い雲が流れる。憎らしい太陽の日差しもあって、でも、そのお陰で庭の水を浴びたばかりの草や花はとても煌いている。
地下牢の中で思い描いていた世界。思い描いていたよりも、ずっと素敵で、ずっと愛らしい世界だ。

「――幸せ、ですか」

不意に聞かれた。私は即答する。

「幸せよ。例えばここに天秤があったとして、幸福と不幸が同等だとする。でもここには咲夜っていう重しがあるから、私の天秤は幸福に傾くのよ」

私は視線だけ上げて、咲夜に逆に聞いてみた。答えは返らないと期待して。
ほんの2・3秒、梢の小鳥が飛び立つ僅かな間に咲夜は口を開いた。凜とした、昔の咲夜のような張りのある声だった。驚いた。

「幸せです、私。フランお嬢様とこうして一時を過ごせて。レミリアお嬢様に愛されて。パチュリー様には知識を頂いて、美鈴はいつも傍で笑っていてくれた。小悪魔とは、チェスで勝負もしましたわ。妖精メイド達は相変わらずですけれど、あれはあれで可愛いものです。この紅魔館には思い出がたくさんあります。館の隅々まで駆け巡りましたから、そこら中で私を思いだしてくださいね」

嫌な話だ。嫌な話が嫌な速度で嫌なエンディングへと収束し始めている。
私は思わず耳を塞ぐ。でもそれも、咲夜のすっかり皺だらけになってしまった手で解かれてしまった。

「フランドールお嬢様、お願いがあります」

ここにきて、初めて咲夜の顔を直視する。

「大事な、大事なお願いです」

美しかった咲夜の面影は深く刻まれた皺に埋もれた。レミリアが老いた咲夜に会わない理由がわかった気がした。

――怖いんだ。

老いていく。死んでしまう。消えてしまう。十六夜咲夜がいなくなる。その現実がたまらなく怖いからアイツは逃げ出した。

「どうか私に安らかな眠りを」

右手をぎゅっと握りしめられて、私の体は硬直する。
どうすればいい。どうするべきだ。最善の選択は。

「愛しています、フランドール・スカーレット。私の最も愛しいレミリア・スカーレットの妹様」

猟銃を放ったような乾いた爆発音。
主を失っても、揺れるばかりのロッキングチェア。
青々と茂る芝生に赤い斑が付いたとて、世界はやはり、美しいままだった。
そこに、幸福は在りはしないけれど。
「これで良かったのかしら」

パチュリーが窓から庭を見下ろしながら言う。

「これ以外の結末があるとでも?」
「…随分と頑張っていたみたいだったから。でもやはり、人の死は避けられぬものね。私もホムンクルスの研究、中止にしようかしら」
「なぜ?」
「虚しくなりそうだからよ」
「…そうでもないよ」

レミリアは少し寂しげに笑い、淹れたてのコーヒーをいたずらに搔き回す。結局、駄目だった。運命の糸をいくら手繰っても、行き止まりの未来ばかり。

「ほんの少しの、愛しさが残るから」
「レミィらしくない台詞ね」
「私らしさなど、咲夜と会った時に捨てたよ」

妖精メイドが淹れたからか、このコーヒーはとびきり苦い。旨みの欠片も無く、ただ、苦い。
それでも底には溶け残った砂糖の甘さがある。

「それ、角砂糖の入れすぎよ」
「5つくらいなんて事はない」
「溶けてないじゃない」
「…溶かしたくないのさ」

一気に飲み干すと、涙が出るほどの苦さだった。紅茶を飲まなくなって久しいけれど、この苦さには慣れる事はない。
ぼろぼろ、ぼろぼろ、次から次へと零れてくる。

「パチェも、」
「間に合ってるわ」
「…本当ね」
「私はレミィほど不器用じゃないもの。涙を流すのに建前なんていらないわ」



始めまして。眠為(ねむい)と申します。
憧れの産廃に初投稿(><)
なんか咲夜さんは穏やかに死ぬのが似合わないなと思った故の作品です
誤字・脱字などありましたらご指摘よろしくお願いします
眠為
作品情報
作品集:
28
投稿日時:
2011/08/25 02:24:57
更新日時:
2011/08/25 20:55:17
分類
咲夜
フラン
老化
最後まで主に忠実な従者
1. NutsIn先任曹長 ■2011/08/25 06:48:47
ようこそ新人さん。
素敵な作品と節度ある投稿を切に願います。

咲夜さんは人間のまま生を全うするとは思いますが、
そう、運命を切り拓くレミリアではなく、
運命を終わらせるフランドールがやりましたか。

いかに咲夜さんが紅魔館の面々から愛されていたかが判りました。
美鈴は、こんな時でも仕事中?



さあお立会い。
夜の王の従者として忠義を尽くした使用人。
動けなくなり、瀟洒でなくなった彼女は願いました。

懐かしい思い出と共に、逝かせてください。

乱暴者の妹様が彼女に見せた、慈悲の物語。
2. 名無し ■2011/08/25 09:55:35
あぁ、なんだか自分がとても馬鹿馬鹿しく思えてきた

朝から素敵な作品に出会えて幸せです
3. 名無し ■2011/08/25 22:43:53
くるくるくるくる
そういえば
レミリアがスパンキングされる最高レベルのSSを読んだ事がある。
↑夜伽かどっかで
4. 名無し ■2011/08/25 23:51:42
フランちゃん切ねえなぁ

>>3
この産廃に投下されたやつじゃね?確か作品集1にあったと思うが
5. 名無し ■2011/08/26 08:29:13
せつなさみだれうち
6. 穀潰し ■2011/08/26 22:43:26
なんという美しく残酷なお話。
これだから産廃は辞められない。
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