タイガーランペイジ&レディサクリファイス

作品集: 28 投稿日時: 2011/08/28 15:59:39 更新日時: 2011/08/28 15:59:39
 さぁさぁ、お立ち会い。今宵はこの船長自らが皆の酒の肴に一つお話をして進ぜよう。一人の少女と一匹の虎の話だ。悲しい悲しいお話だ。涙無しに語れず涙無しに聞けぬお話だ。ツマミの塩がきついなんて事はない。辛口一献なんて事はない。そいつはお前さん方の涙でさぁ。たまにはしんみりと聞き入ってくれんなましい。





 さて、時は安土桃山時代。太閤秀吉が天下を取り、その野心を国外へ向け、大国明へ攻め入る足がかりとしてまず朝鮮半島へ出兵した頃の話だ。

 毎日のように武者たちや鉄砲を乗せた船が日の本を出発し、積み荷を降ろしては、朝鮮半島で傷ついた兵士や奪い取った宝物、捕虜などを乗せ戻ってきていた。話はその内の一隻、半島から国へ戻る船で起った出来事だ。

 船はかの加藤清正がもので、積み荷は半島での戦利品が殆どだった。物は白磁の器や井戸茶碗、多少の金銀財宝。どれも国に持って帰ればそれ一つで屋敷が建つようなお宝ばかりだった。

 その中でも特別目を引くお宝が船室の一番奥に収められていた。樫の木と鉄釘で作られた堅牢を思わせる場所にそれは収められていた。それは一見すれば人よりも一回りも二回りも大きく見える黄金の像に見えた。その見事さは煌めく金地だけでなくしなやかで力強い造りにも現れていた。明国や遙か南蛮の教主でも持っていないような品。そして、もっと驚くべき事にそいつは生きていたのだ。狭苦しい牢の中にいてなお威厳を失わぬその巨躯。この船、一番のお宝は虎だったのだ。話によれば清正大将が御自ら捕えられたというではないか。成程、その誉れと謂れ、まさしくこれはどの財宝よりも価値のあるものだった。



 その金色の毛並をもつ虎とは逆に白磁の茶碗の欠片ほどの価値もないものもこの船には乗っていた。もっというなら乗り込んでいた。密航者だ。少女だった。粗末な服とやせ細った身体。あまりまっとうな生活を送っていたようには見えない格好だった。おおかた新天地を求めてこの船に乗り込んだのだろう。あるいは最後まで見つからずにいればそうなったかも知れない。けれど、残念なことにそうはならなかった。狭い船だ。出航して半日も経たないうちに少女は見つかってしまった。古今東西、密航者の末路なんてものは悲惨なものだ。ある国では密航者は船を難破させる不吉な徴だとし海に投げ捨てられ、別の組織では運賃だと奴隷のようにこき使われる。そして、少女は女と言うだけで悲惨な目にあうようになっているのだ。











――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――









「っ…あ、ああ…」

 その扱われ方は物が同然だった。
 それも大切な扱われ方ではない。使い古しの雑巾のような乱雑な扱われ方。否、荒くれ者どもにとってそれは確かに薄汚れた雑巾が同じ扱いをしても構わぬものだった。

「XXXっ、XXXXェ!!」

 蝋燭の明りが一つっきりの薄暗い船室。時分は冬だというのにその部屋は酷く湿度が高く蒸し暑かった。当然か。その部屋にいる六、七人の男たちはそろいもそろって半裸で荒い息をつき多量の汗をかいていたのだから。

 その部屋の中央に彼女はいた。唯一の持ち物だった服はすっかり脱がされ完全に産まれたままの姿に。そうして、その身体は余すことなく汚されていた。
 あばらの浮いた身体にこびり付いた白濁。頬には涙の痕。身体にはそれ以外にも自分とも他人のものとも区別が付かない体液が付着していた。その中には乾燥し黒く染まりつつある朱もあった。血糊の出元は殴られた顔と、それと、秘裂。今も荒くれ武者にいきりたったモノを突き刺されている花弁からだ。

 少女は輪姦されていた。これ以上ないほど、一方的に。凄惨に。無情に。

 密航者の哀れな末路だった。殺されなかっただけでもマシだった、これが男なら袋叩きにされた上に海へドボンだ、などと少女の死んだような目を見て言える輩はいないだろう。汚らしいものを無理矢理咥えさせられ初潮もまだ迎えていない幼い割れ目に剛直を突き立てられ不浄の孔さえ犯され、わずかにでも男たちに逆らえば一撃で気を失うような暴力が待っている。死んだ方がマシだと言えるような辱めを少女は受けていたのだ。

「ウウッ、アァ、六発目だっ!!」

 少女の身体を抱え、一心不乱に腰を振っていた男は一際強く腰を突き出すと同時に果てた。少女の小さな孔に注がれる汚濁。だが、もはや少女はなんの反応も示さない。ぐったりと項垂れたまま虚ろな瞳で床板の木目を眺めているだけだ。精を放った男がそのまま手を離し、床に投げ出され手も少女はそのままだった。

「出した出した。もうでねぇや」
 萎えた陰茎をブラブラとさせながら男は満足気に呟いた。他の男達も同じような様子をしている。一遊び終えたような気怠い雰囲気に満ちていた。

「つまんねぇ船旅でとっとと帰りたいと思ったが、こんなおいしい目にあうならもう少し長旅でも構わなかったな」
「んだんだ」

 ニヒヒと下衆な笑みを浮かべ男たちは語り合っていた。みな既に使い終えた少女に興味などない様子だった。既に何人かは船室を後にしていた。出すもの出してさぁ、寝るか、そういう考えといったところか。どいつもこいつも床に倒れたまま身動きひとつしない少女に目もくれず思い思いのことをしていた。先ほどまでその興味の全てを少女の裸身に向けていたにもかかわらず。

「で、こいつどうする?」

 結局、ほとんどの男たちが部屋から出ていった後、真面目と書かれた産毛がぴょこんと生えているようなだけの奴がやっと少女の存在を思い出し、同じく船室に残っていた奴に尋ねた。残っていた男たちは顔を見合わせ、

「放っとけよ」

 投げ槍げに応えた。心底どうでもいいといった風だった。

「ってもよ、またどっかに隠れられたりしたら探すのに難儀するぜ」
「まぁ、折角手に入った手淫孔だしな。海にでも飛び込まれたりしたら勿体ない」
「どっかに閉じ込めておこうぜ」

 こんなカス共でも三人寄れば文殊の知恵なのかそれなりにまともな案が出始めた。だが、この船は運搬船だ。捕虜を運ぶ船のように簡単に使える牢なんてものはなかった。うーん、と男たちは腕を組んで考え始める。

「船倉につっこんどくか。鍵なら俺、鍵番だから持ってるし」
「んだんだ。そうするべ」
「っーわけでお前の寝床は船倉だ。良かったな。財宝と一緒に寝られるぜ」

 男の一人が倒れたままの少女にそう話しかけた。自分の境遇について話し合いが行われているというのにまったく声も上げなかった少女はやはり男に声をかけられても同じように動かないままだった。男は舌打ちする。無視されたのが腹立たしかったんだろう。

「ほら立てッ! 案内してやるからよ!」

 倒れたままの少女に足蹴を加える男。が、これでも少女は身じろぎ一つしなかった。まるで死んでいるようだった。そうでないのは僅かに上下する胸が教えてくれていたが、身体は兎も角心の方はというと…言葉にするのはいささかはばかれる。

「クソ、面倒かかるぜ」

 いくら声をかけて小突いても反応を示さない少女。仕方なく一番下っ端の男と鍵番の男が二人がかりで船倉に少女を運んでいくことになった。

「ところでよ…」

 重そうだな手伝ってやろうか、とすれ違った仲間に揶揄されながら男が少女を運んでいる道中、不意に鍵番が話を振ってきた。なんだよ、とずり落ちそうになっている少女の身体を支え直しながら男は問い返した。

「船倉なんだがよ、朝鮮から獲った皿とか財宝だけじゃなくって凄い物が入れられているらしいぜ」
「あぁ? 凄い物? なんだそりゃ」

 したり顔で話しかけてくる鍵番。手伝わないのなら雑談などうざったらしい雑音にしかならないのだが仕方なしに男は話にのってやった。が、

「それがよぉ…いや、どうせ見ることになるんだ。俺も見てねぇし。へへ、見てちびるなよ」
「あぁん?」

 話を振っておきながらもったいぶった鍵番の調子に男は眉をしかめた。なんだよ、と男がきつい調子で訪ねても鍵番はせせら笑いはぐらかすばかりだった。やがて、幾つか階段を下り、提灯なしではとても歩けぬような暗闇に包まれた船最下部の船倉へと二人はたどり着いた。

「こっちだ」

 鍵番の案内に従い更に奥に進む男。その口が真一文字に結ばれ黙りこくっているのは鍵番のつまらない話に腹を立てている…だけではないようだった。

「………」

 妙に肌にピリピリとしたものを感じ、怖気らしいものを覚えているからだった。この感覚に男は覚えがあった。戦場の、それも一進一退を続けるような激烈な戦場で感じるそれだ。飛び交う矢と礫。響き渡る怒号と剣戟。常に自分の後ろに地獄の赤鬼が立っているような錯覚を覚える死と隣り合わせの戦場。その空気と同じ物を男は感じ取っているのだった。口を噤んでいるのは余計なことをすればそれが即ち死に繋がってしまうから、そういう錯覚に囚われているからだ。

「おい…」
「ひやっ!」

 沈黙に耐え切れなくなったのかなんとはなしに鍵番に声をかけると素っ頓狂な悲鳴が返ってきた。

「お、脅かすなよ」
「す、すまん」

 どうやら鍵番も不穏な空気を感じ取っていたようだ。まるでお化けでも見たように驚きながら振り返る鍵番。男の方も気圧され、まともに言葉は返せないでいた。

「まったく…ああ、ここだ。この部屋だ」

 そうこうしている内に船倉にたどりついた。船倉の扉は他の部屋と同じく簡素な作りの扉だったが鍵だけは鉄製の南京錠が取り付けられていた。鍵の束を取り出し、一目では見分けがつかない鍵を選び、鍵穴に挿し込む鍵番。ガチャリと妙に重々しい音が鳴り響き鍵が外れた。

「っ…なんだ、この臭い…」

 扉を開けた瞬間、男は顔をしかめた。えも言えぬ妙な匂いが鼻についたのだ。潮の香りにやられていた鼻が反応したのだ。相当な匂いだった。

「………」

 いや、匂いだけではない。先程から感じていた産毛が総立ちになるようなあの感覚、それを凝縮したような心理的重圧を扉を開けた瞬間、強烈に覚えたのだ。

「お、おい、何があるんだよ」
「あ、ああ。一番奥にいるそうだぜ」
「いる?」

 あるではなくいる、と言ったのか。いや、成程。この匂いは確かに生き物の、獣の匂いだ。合点がいった、と男は頷こうとした。だが、そうはならず代わりにカラカラに乾いた喉を潤す為に生唾を飲み込まざるをえなかった。
 先行する鍵番の提灯明りを便りに立ち並ぶ木箱の間を進む。船の最下部、狭い船倉だ。数歩歩いただけで一番奥までたどりついた。奇妙なことにそこには木箱は詰まれておらず代わりに樫の木と鉄釘で組まれた強固な牢があった。

「取り敢えず、その娘っ子はそこへでも転がしとけよ」

 鍵番に言われたとおり少女を牢の側に乱暴に寝転がす男。扱いが乱雑なのは何も少女を蔑ろにしているからだけではないだろう。小娘になんぞ構っていられない恐怖が男の中にわだかまっているからだ。

「で? そ、その、凄いモノってのはどこにあるんだ?」
「どこってお前そりゃ…牢ン中に決まってるだろ」

 そら、と提灯を掲げてみせる鍵番。蝋燭のぼんやりとした灯りが牢の中を照らす。だが、明るくなったのは牢の半分程だけで残り半分は薄暗いままだった。だが、明るくなった部分には…

「なんだよ…な、なんにもいねぇじゃねえか」

 床板が見えるばかりで他には何も見えなかった。おかしいな、と鍵番が提灯をもう少し高く掲げた。瞬間、牢の奥の方、暗がりにいたソイツは威嚇するよう咆吼をあげた。

「「ぎゃっ!?」」

 次いで出た悲鳴は二人のものだった。男は脇目もふらず、鍵番も手から提灯を落としてそのまま一目散に船倉から飛び出していった。忘れ去られた提灯は運良く傾かず、辺りに淡い光を漏らしていた。







「んっ…」

 それからどれぐらいの時が流れたのだろうか。そう長くはない。いつの間にか眠ってしまっていた少女は頬に感じる妙な感覚に目を覚ました。生暖かくべったりし妙にざらつく感触。半覚醒状態の少女の脳裏に先程の凄惨な行いが甦ってくる。顔に押しつけられた陰茎の感触が今のそれとよく似ているのだ。けれど、少女は悲鳴を上げなかった。頬をなぞるその感覚に悪意らしきものは感じられず、どこか優しげであったからだ。少女はゆっくりと目を見開き、そうして…

「きゃぁぁぁっ!?」

 飛び起きた。目を開けた瞬間、人のものとは思えぬ凶悪で鋭い乱杭歯と毛むくじゃらの顔が見えたからだ。

「な、なにっ…?」

 少女は爆ぜる勢いで飛び退いたが、離れた距離は歩幅にして僅か一、二歩分だけだった。身体は極度の疲労と男たちから受けた暴行の為、思うようには動かなかったのだ。飛び退けたのは火事場の馬鹿力というか身の危険を感じて一瞬だけ身体の奥底に残っていた力を使い切ってしまっただけだ。少女は疲れ切った顔を上げて自分の頬を舐めていた人物の全体像を捕えようとした。

「…とら?」

 少女の頬を舐めていたのはソレだった。大型の肉食獣。金色に黒の縦縞が入った見事な毛並。少女七人分はありそうな大きな身体。鋭い爪や牙。そんな大きな獣が牢の中に閉じ込められている。虎は少女と目が会うとぐるる、と低く鳴いた。脅かしているというよりは挨拶した、といった感じだった。

「………」

 少女はそんな虎を見つめたままじっとしていた。怖かったわけではない。恐怖心は度重なる陵辱と暴力の果てで当に枯れ果てていた。それに頑丈そうな牢が自分と虎を隔てているのにも気がついたのだ。

「ここは…?」

 取り敢えず虎については大丈夫だと安心したのか、少女は船倉の中を見回した。出入口と思わしき扉を見つけたのでふらつく足取りで扉に向かったが外側から鍵がかけられているらしく、少女の力では開けることは叶わなかった。彼女のあずかり知らぬ事だが、鍵番たちが虎に驚かされて飛び出ていった後、落ち着きを取り戻した彼らが戻ってきて鍵をかけ直したのだった。

「…どうしよう。閉じ込められたみたい」

 少女はやっと自分の境遇を把握したようだった。絶望の余り、再び膝が折れそうになるがなんとかそれは堪えた。他に出入口はないものかしらん、と再び視線を巡らす。と、風もないのに提灯の灯が揺らめき、明るさが減じた。提灯の中の蝋燭がそろそろ燃え尽きそうなのだ。それに気が付き少女は慌てて床に置き忘れさられた提灯に駆け寄るが無情にも灯は消えてしまった。

「あっ、ああ!」

 驚きの声を上げ、少女は手探りで提灯を探そうとするが見つかるはずもない。やがて自分が何処にいるのかもわからなくなり、少女はその場に蹲るしか他なかった。

「暗いよ…痛いよ…」

 身を震わせる少女。暴力と陵辱で受けた傷が痛み始めたのだ。それに闇。自分の手の平さえ伺えないような完全な闇は人の心に恐怖をもたらす。気がつくと少女はすすり泣きを始めていた。辱めを受けた際、これ以上はもう涙なんてでないと思えるほど泣きじゃくったというのに。

「お父さん…お母さん…助けて…」

 知らずの内に涙声で少女は父母に助けを求めた。けれど、少女の父も母も助けに現れるはずがなかった。少女が今、陸から遠く離れた海の上にいるからというわけだけはない。既に父母共に遠い世界へと旅立ってしまっていたからだ。少女は天涯孤独の身であったのだ。

「うわぁぁぁぁん、うわぁぁぁぁぁぁん!」

 その事実を思い出し、ついに少女は耐え切れなくなったのか声を上げて泣き始めた。大粒の涙がこぼれ落ち、頬の汚れを洗い流していく。けれど、少女の心は綺麗にはならなかった。恐怖と絶望と苦痛でいっぱいだった。涙は止まらず、身体を震わせ、声を上げ続けた。

―――がぅ

 と、不意に少女の鳴き声に混じるよう別の声が聞こえてきた。

「あ…?」

 少女もその声に気が付き、少しだけ声のトーンを落とした。すると再び闇の向こうからがぅがぅ、と声が聞こえてきた。

「虎…さん?」

 声は虎だった。それ以外ありえない。少女が疑問を口に出すとそれに応えるよう虎はもう一度、がぅと鳴いた。

「何? 何なの?」

 少女が問うとまた虎はがぅがぅと声を発した。当然、意味は分からなかった。少女が黙っているとなおも虎は声を上げた。

「ど、どうかしたの虎さん…?」

 訳がわからぬまま少女は声が聞こえてくる方へそろりそろりと這っていった。暗くて立ち上がることなどとても無理だった。やがて、床に付けていた指先が何かに触れた。遅れて顔の側に獣特有の荒い息遣いを感じ、次いで、

「ひやぁっ!?」

 顔を舐められた。
 びっくりして離れる少女。がぅ、と虎は笑っているような声を上げた。

「…もう、なんなのよ!」

 少し怒り気味に声を上げる少女。もう、涙は出ていなかった。

「もしかして…慰めてくれたの…?」

 暫くの沈黙の後、少女が尋ねると虎はまた鳴き声をあげた。はい、そうです、と言っているようだった。少女は少しだけ恥じらうように視線を彷徨わせた後、ありがとう、と小さな声で返した。

 暫くの間、少女も虎も黙っていたが、沈黙は長く続かなかった。少女が顔をあげ虎に語りかけ始めたのだ。

「貴女も閉じ込められてるのね。私とおんなじね」

 虎の好意に、少しだけ打ち解けたのか少女はそう友好的な口ぶりで虎に話しかけた。がぅ、と少女の話を聞いているのか小さな声を上げる虎。

「でも、貴女は無理矢理連れてこられたみたいね。私は…ここに入れられたのは無理矢理、っていううか気絶している間に気がついたらだけど、船に乗ったのは自分からなの」

 それから少女はどうしてこの船に乗ったのかを虎に話しかけ始めた。
 少女はこの船が出航した港町に住んでいた、ということ。隙を見て積み荷の山に隠れ、こっそりと船に乗り込んだことを。どうしてそんなことをしたのかその理由を。

「私って、昔はもっと山奥に住んでいたの。お父さんとお母さんと三人で。貧乏だったけれど、しあわせっていうのかな、うん、楽しい毎日だった。お父さんは身体が悪くって、ずっと寝たきりだったけれど、お母さんが働きに出てる間にいろんなお話をしてくれたのよ。お父さんはね、昔、兵隊さんでぼうえきの船を守ったり、悪い海賊をやっつけたりしてたの。その話をいつもしてくれてたんだ。お父さんのお話を聞いてるとお母さんが仕事から戻ってきて、お母さんは疲れてるから私とお父さんでご飯の用意をして、それで三人でごはんを食べて、三人一緒に眠って…そんな毎日だったの。でも、ある日、大雨が降って家の裏の山が崩れてきたの。それで…」

 その時の惨状を思い出してしまったのか、語る少女の頬にっーと涙が流れ落ちていった。今日、流した涙の中で一番冷たく一番透き通った涙だった。少女自身も自分が涙を流していることに気がついていなかった。気がついたのは虎の方だった。また舌を伸ばすとぺろり、と少女の頬を舐めた。あっ、と少女はその時になってやっと自分が泣いていることに気がついた。

「ごめんね。うん、大丈夫。それでお父さんとお母さんは崩れてきた土砂に押しつぶされちゃって、私だけ何とか助かったの。でも、村には頼るれる人が一人もいなくって私…」

 少女の年頃では分らないだろうが、彼女の家は他の村民たちからある種の村八分的な迫害をうけていた。理由はなんてことはない。少女の家族が余所者だったからだ。彼女の父が寝たきりだったのは海軍での任務中、海賊に撃たれたからだ。一命は取り留めたものの、重傷を負った身体は最早、兵隊としては働けない身体になっていた。養い手が動けなくなった一家は少女が今よりも幼い頃、遠縁を伝って件の山村へと移り住んだ。だが、頼ろうとしていた親戚は既に亡くなっており、一家は村と何の関わりもない余所者も同然の立場だった。家は宛がわれたものの一家の末路が示すとおり村人は誰も住もうとはしない地盤の悪い危険な場所だった。暮らしが貧乏だったのも、唯一の働き手である母親にまともな仕事を宛がわれなかったからである。そんな村で両親が死に、一人残された娘の面倒を見てやろうという良心を持った輩などいるはずもない。いや、それはある意味では仕方のないことかもそれなかったが。余所者の娘を助ける―――それが閉鎖的な村ではどれだけ奇異に見えることか、そして、奇異であることとは多くの場合、集団生活において排他の対象に指定される事に繋がる。要は娘を助ければそいつも死んだ娘の両親と同じ目にあわされるということだ。胸くそが悪くなる話ではあるが村人たちは自らの生活を守るために良心というものを肥溜めに捨ててきたのだ。

「それで仕方なく、私、海が見える町まで行くことにしたの。大きな町だと私みたいな親なし子がたくさん住んでいるって聞いたし、それに私、どうしても船に乗ってみたかったの」

 語る少女の瞳に少しだけ明るさが戻った。船に乗りたい、その言葉が今や少女の原動力だったからだ。

「お父さんの話を聞いてずっと船に乗ってみたいって思ってたの。ううん、ただ乗るだけじゃなくってロープを引っ張って帆を張って、望遠鏡でだだっぴろい海を陸を見つけるために見回して、悪い海賊とか和軍とかと戦って、そんな船乗りになりたかったの」

 そこで少女は一端、言葉を切った。思い出話ではなく再び話は今現在のものに変わったからだ。

「でも、やっぱり、それはとっても難しかった。お父さんも難しい試験に合格してやっと船乗り兵隊さんになれたって言ってたもの。子供の私じゃ本物の船乗りさんの所に行っても怒られて棒で叩かれて追い返されるだけだった。だから、私考えたの。船に乗っちゃいさえすればもしかすると船乗りの…見習いの見習いぐらいにはしてくれるかもって。船には乗れたんだもの」

 でも、とまた少女は言葉を切った。今度は場面転換だけではない。語るのが苦痛な場面にさしかかったからだ。

「でも…やっぱり、上手くいかなかった。せっかく乗った船は和軍の船で、海に投げ捨てられそうになるし、泣いて嫌がったら…」

 そこから先の言葉は出なかった。代わりに嗚咽が漏れた。暫くの間、少女は涙を流し続けた。禊ぎの涙だった。

「………寒い」

 泣き声が止んで少し経った頃、ぽつりと少女は漏らした。前述の通り季節は冬だ。幾ら船内とは言え室温はとても裸で過せるような温度ではなかった。傷の痛みと限界にまで達している体力。加え寒さが少女の身体を蝕み始めた。ぶるぶると身体を震わせ、己の身体を抱く少女。寒さは一向に揺るがなかった。

 と、虎がまた声を上げた。はっ、と顔を上げる少女。

「何、虎さん…?」

 少女が問いかけると虎はすんすんと鼻を鳴らしもう一度声を上げた。暗闇で少女の目には見えなかったが虎は格子の隙間からめい一杯顔を出している用だった。この寒さでは熱いとさえ思える虎の荒々しい息が少女の裸身を撫でた。

「…こっちに来いって言ってるの?」

 問いかけに虎は、はい、と言わんばかりに鳴いた。恐る恐る手を伸ばす少女。細い骨ばった手が虎の顔に触れた。柔らかな毛並に指が沈み込む。

「あっ、暖かい…」

 触れた虎の肌は湯たんぽを入れたふかふかの布団のように温かかった。最初は片腕だけだったのを両手に、そしてついに虎の顔に身体を寄せる少女。

「ありがとう。こうしてれば暖かいものね」

 ぎゅ、っと格子の間から腕を差し入れ虎の頭を抱く少女。もう、寒さは大丈夫だった。

「…そう言えばまだ、お名前聞いてなかったわね、ふふ。私はミナミツ。貴女のお名前はなぁに………」

 最後にそう言って少女の意識は眠りの縁へと落ち込んでいった。
 がぅ、と虎は小さな声で鳴いた。









  翌日、眠っていた少女は脇腹を軽く蹴られ目を覚ました。寝ぼけ眼で見上げれば鍵番が何かを乗せた木皿を手に立っていた。

「起きろ、飯だ」
「xxx…」

 鍵番の言葉は分からなかったが、言っている意味は大体理解できた。鍵番が差し出した皿の上には粗末ではあるが食べ物が乗せられていたからだ。船の搭乗員の食事の余り物だろうか、干し芋の切れ端が乗せられていた。それが自分の分だと理解すると少女はさっと手を伸ばした。お腹と背中がくっつきそうになるぐらい空腹だったのだ。それに食べられる内に食べておけという不文律を少女は港町での路上生活で身につけていた。が、

「おっと」

 芋を掴むか否かというすんでのところで鍵番は皿を引っ込めた。与えられるかと思っていたものを貰えなかった少女は抗議がましい視線を鍵番に向けた。あ、と鍵番の顔が憤怒に歪んだ。

「なんだその目は!?」

 一喝、同時に足蹴が飛んだ。ぎゃっ、と顔を蹴飛ばされた少女は犬のような悲鳴をあげる。

「手前なんざ海に捨てても構わないんだぜこっちはよぉ。それを飯までやろうっていってんのに何だその態度はァ!」

 鼻血を流す少女の頭を鷲掴みに鍵番は顔を近づけ耳をつんざくような大声で怒鳴りつけた。日の本言葉などわかるはずもない少女は兎に角、怒鳴り散らす鍵番に怯え顔を蹴られた痛みに涙を浮かべた。その様子を見て鍵番は憤怒の顔から一転、下卑びた笑みを浮かべた。

「そうだよ、そうだよ。手前はそうやって泣いてりゃいいんだよ。泣いて、俺らを悦ばせりゃいいんだよ!」

 げへげへ、と男は笑うと自分の腰に手をかけた。帯紐を解き、下半身を露出させる。褌に包まれた陰茎は怒張を始めていた。ここでまた少女を犯そうという魂胆なのだ。何をさせられるのか少女も気が付き、昨日の出来事を思い出し、更に絶望的な顔をした。

「ほら、尻こっちに向けろよ」

 少女の身体を抑えつけようと腕を伸ばす鍵番。そのひょろ長くささくれだらけの汚れた手が少女の肌に触れようとした、その瞬間、

―――ガオ!!

「うわっ!!?」

 檻の中にいた虎が大きな声で吠えた。間近で不意に大砲でも放たれたような衝撃を受け、鍵番は驚きバランスを崩しその場に倒れてしまった。

「ひっ、ひぇ…」

 昨日の夜、驚かされたことを思い出し、すっかり腰を抜かしてしまった鍵番。虎はそんな鍵番を威嚇するよう双眸で鋭く睨みつけ、ぐるるると喉を鳴らしていた。

「な、何だっ…!」
―――ガゥ!!

 鍵番に向かって再び吠える虎。畜生、と毒づくと鍵番は立ち上がり、下を履き直した。ふくれあがっていた逸物はすっかり怯え今は干し柿のように竦んでしまっている。

「クソ。分かったよ。今はよしておいてやる。どうせまた夜になったらまた皆で犯してやるからな!」

 啖呵を切る鍵番。だが、負け犬の遠吠えにも等しい言葉だった。鍵番は持っていた皿を床に叩きつけるとそのまま肩を怒らせながら帰っていった。

「ありがとう、虎さん」

 暫く少女は呆然としていたが、気を取り直すとそう鍵番を追い払ってくれた虎にお礼を言った。いえいえ、とでもいいたげに虎はがぅと鳴いた。それを聞いて少女は嬉しそうに笑みを浮かべた。

「取り敢えず、お芋さん、食べようかしらん」

 鍵番が投げ捨てていった芋を暗がりの中、手探りで探し始める少女。入れ物が粗末な木皿だったのが逆に幸いしたのか、手を怪我することなく粗方拾うことができた。干し芋は固く何度もくちゃくちゃと噛まなければいけなかったが、久しぶりの食事はなんであれご馳走なのか少女の顔に笑みが浮かんだ。

「虎さんも食べる?」

 言って少女は干し芋を一つ、虎に差し出した。暗がりの中、少女は虎の口が何処にあるのか分からなかったが夜目が利く虎の方は舌を伸ばして、自分の歯で少女を傷つけないよう気をつけながら芋を頂いた。

「おいしい?」

 少女の問い掛けに虎はがう、と鳴いた。もう、意思疎通は十分できているようだった。

「虎さんなら鹿とか猪とか、お肉の方が好きなんだろうけど…我慢してね」
――がぅ
「私を食べちゃやーよ」

 船倉の暗闇の中、いつまでも干し芋をかじりながら談笑する二人の声が聞こえてきていた。









―――その夜も少女は男たちに連れていかれ、気絶するまで犯された。









「へへ、虎さんの身体は暖かくていいね」

 昨晩と同じよう、少女は虎に抱きついて暖をとっていた。望み通りの船乗りになれなかった少女にとって今やこの巨獣だけが心の支えだった。男たちにどれだけ殴られ叩かれ蹴り飛ばされても、男たちのいきりたった陰茎をを口、秘裂、菊座、何処に突っ込まれても、乱暴され辱められようともその心が絶望一色で塗りつぶされることはなかった。強くて優しくて暖かい虎がいてくれているお陰だった。

―――がぅ

 虎も少女に救われているようだった。
 捕らえられ無理矢理連れてこられた船の中。そこにいるのは右を向いても左を向いても敵ばかりだった。一匹二匹なら物の数ではないが、あの恐ろしい、熱い礫を発射する鉄の筒を持ちだされるともう手は出せなかった。それに自分の鋭い爪と牙を持ってしても絶対に破れない檻に閉じ込められているのだ。広い広い山とは比べ物にならない狭い狭い船倉の更に牢の中。船は波に揺れ足元がおぼつかない感覚に陥り、ともすれば虎は気が狂っていたかもしれなかった。それを何とか押し留めてくれたのが自分の敵に苛められ涙を流す少女の存在だった。敵に酷い事をされている少女は虎にとっては仲間も同然だった。生地の山から無理矢理連れてこられ、孤独感に苛まされている今ならばなおさら。

 虎と少女は互いに互いがお互いの心を支えあっているのだった。それは種族を超えた友情でもあり、そして、愛情でもあった。同じように虐げられている境遇の最中、それは十年来の付き合いのように生死を共にしたように深く確かな結びつきになった。いつまでもいつまでも続く深い絆となった。


 そして、それが壊れることは最後までなかった。








「っ………!」
「オラッ! もっと泣けよ! 叫べよ! 喚けよ!」

 少女の身体に馬乗りになり、膝で両腕を押さえつけ顔面に殴打を男は加えていた。少女が見つかってしまい男たちの慰みものにされて三日目。もはや、ただ単に犯し性欲のはけ口にするだけなのは飽きたのか、今度は少女に暴力を振い始めた。
 岩のように固く握りしめた拳を少女の顔に振り下ろす。ドシン、ドシン、と。鼻が潰れ、頬が裂け、唇が切れ、目蓋が腫れ上がる。男たちは少女の身体を傷つけ、それを心の底から愉しんでいた。元より彼らは兵隊だ。人を傷つけるのが仕事だ。それが戦線から退き、その内に宿る暴力を持て余していたのだろう。船という閉鎖空間内で少女というどれだけ乱暴に扱っても誰にも文句を言われない玩具を手にいれ、心のタガが外れそれらが発現したのだ。彼らは最早鬼だった。地獄の悪鬼だった。このままではいずれ少女はその幼い身体では耐えきれぬ暴力をうけ、陸地に辿り着けなくなることだろう。



 そうは、



「なんだ?」



(波とは明らかに違う力で揺らぐ船体)




 ならなかったが。






 立っていられなくなるほど大きく船が揺らいだ。何人かは堪えきれず床に膝をつき、少女の上に跨がっていた男も倒れた。男たちは床や壁にしがみついていたが、一向に揺れは収まらなかった。航海の途中、高波で船が大きく揺れることは何度もあったがここまで長い間、揺れが収まらないのは初めてだった。何かしら異常事態が起っているのは明白だった。男たちは顔を見合わせ、なんだなんだと口々に言い合う。何が起こったのか判明したのは今回の陵辱と暴力の宴に参加できなかった見張り番の男が慌てて船室にやって来たからだ。

「敵だ…! 朝鮮の船だ!」

 さっーと男たちの顔から血の気が引いていった。次いでまた船体が大きく揺れた。その直前には砲声も。大砲で撃たれているのだ。

「クソ! どうする!?」
「どうするったってこの船にゃ大砲なんて立派なものは付いてないぞ」

 船は戦艦ではなくただの輸送船だ。武装などあろうはずもない。狼狽え始める船員たち。兎に角、逃げるぞとの船長の一言で我に返ったがその顔からは動揺と恐怖が滲み出ていた。

「帆を張れ。それ以外の人員は応戦しろ!」

 船長が叫ぶ。だが、船にある武装と言えば火矢や火縄銃だけだ。向こうはそれらに加え前述の通り、大砲を装備している事だろう。勝ち目などあろう筈がなかった。船員たちもそんなことわかりきっているのか、苦渋に満ちた顔をしていた。


 甲板を上がれば黒くうねる海の向こうに朝鮮軍の船が見えた。日本軍の輸送船とは違い、各所を鉄板で補強した戦闘艦だった。南蛮製の物か巨大な砲が取り付けられ西瓜程もある大きな鉄球を腹の底から響きわたる炸裂音と共に放ってきていた。それ以外にも甲板の衝立の向こうから小口径の銃が火を吹いていた。大砲で船そのものを、銃で甲板に上がってきた船員を狙い打ちにする算段なのだろう。効果はてきめんで次々と日本軍は狙撃され海に落ちていった。大砲の弾も当然、脅威であった。当たらずとも船の近くに落ちればそれだけで船体が揺らぐ衝撃が発生した。その揺れは逃げるために帆を張る作業を著しく阻害した。当たらずともこうなのだ。当たれば、と誰もがぞっとした。その不安は程なくして現実のものとなった。

 ひゅるぅぅぅ、と風を切り円弧を描き船に向かって一直線に飛んでくる砲弾。誰かがそれに気が付き伏せろ、と怒鳴ったが遅かった。砲弾は甲板に命中。床板を撃ち抜き、その下の船室の床も壊し、最下層の船倉まで落ち込んでいった。当たったのはその一発だけではなかった。更に放たれた砲弾がマストを折り、舵を砕き、何人もの船員を海の藻屑にへと変えた。ものの数分で船は浮いているのが不思議なほどの損害を受けた。

 止めを刺すつもりか、それとも鹵獲して捕虜にするつもりなのか朝鮮の船が近づいてこようとした。万事休す、と誰もが項垂れた。甲冑を脱ぎ、自決の準備をする者も現れた。が、ここに来て僅かに天が日の本の軍勢を味方した。不意に夜空から星明りが消えたかと思うと雷光が暗い海面を照らし、大粒の雨が降り始めたのだ。風が大きく吹き、あっという間に波が高くなる。神風だ、と誰かが叫んだ。船に残された男たちは折れたマストに何とか帆を張り、脱兎の如く逃げ出した。朝鮮の船は追ってこなかった。この嵐の中、無理に進むのは危険だと判断したのか。それに逃げ出した日本軍の船は既に死に体。放っておいても嵐が片付けてくれるのだろうと思ったのだろう。神風だと、叫んだものがいたが、事態は敵の手で船が沈められる、から、嵐のせいで沈みそうになる、に変わっただけだった。果たして、船の運命は―――









「ん…っ」

 顔に落ちてきた水の雫で少女は意識を取り戻した。見れば部屋は水浸しになっていた。唇を舐めると塩の味がした。海水が船の中に入り込んできているのだ。どうしたことだろうと、痛みをこらえながら身体を起こす少女。部屋の中には誰もおらず、真っ裸の自分だけが取り残されていた。船は揺れが酷く、暫くじっとしていると少女は堪え切れなくなりその場で嘔吐した。口の中から出てきたのは胃液と無理矢理飲まされた男たちの精液だった。揺れ以上にそれが少女を酷く不快な気分にさせた。

 しかし、いったいこの有様はどうしたことだろうか。やっと身体が動くようになってきたのか少女は壁に手をつきながら立ち上がると船室からでた。廊下も船室と同じく水浸しだった。見れば甲板に上がるための階段からざぁざぁと水が流れこんできているではないか。船の中に大量の水が流れこんでくれば沈没してしまう。少女は父から教えられた船の知識を思い出した。船の上部にあるこの廊下でこれだけの水が流れこんできているのだ。一番下の船倉は今頃、風呂桶のように水が溜まっているのではないか。そう考え、少女はその船倉に誰がいるのかを思い出した。

「虎さんっ!」

 この窮地にあって共に助けあい支えあってきた最愛の人。人間ではないけれど、今や少女にとって誰よりも大切な彼女が船の一番下にいるのだ。少女は廊下にたまった水を蹴飛ばし下へ降る階段のある場所まで走った。その足が…

「ああっ…!?」

 踊り場の直前で止まる。それ以上走り用がなかったからだ。少女の記憶では階段があったその場所は今やまるで巨人の一撃を受けたように崩れ去っており、奈落にさえ思える黒い闇が広がっているだけだった。壁にあいた大穴からは雨が、廊下からは滝のように水が流れ落ちていた。少女は知らなかったが、そこは朝鮮軍の砲撃を受けた場所だった。

「そ、そんな…虎さん…」

 絶望し、その場で膝をつく少女。ばしゃりと水がはねた。自分の股の間を流れていく水に呆然と視線を投げかける少女。
 と、

「……?」

 その水に朱が混じった。少女は一瞬、自分の血かと思ったがどうやらそうではないらしい。確かに少女は怪我をしているがこんな流れる水を染めるほどの血が出るような大怪我はしていなかった。では誰が。はっ、と後ろに誰かがいる気配に気がつき少女は振り返った。

「手前ェ…この…手前ェ…」

 そこにいたのは傷ついた兵士だった。あの鍵番だった。頭から血を流し、半身を朱に染め、だらりと伸ばした片手に抜き身の刀を持っている。洋上での戦いでは役に立たない刀。だが、それでも抜かずにはいられなかったのだろう。一方的に蹂躙されるその屈辱に耐える為。俺も武器を持っているのだ、と虚勢をはるために。奮うべき相手がいない剣を。
 だが、ここに来て斬り捨てても構わない相手が目の前に現れたらどうする? 敵に責め立てられ命からがら逃げだし飲まされたばかりの煮え湯がまだまだ腹の奥底で泡立っている者がそれを見つけたら? 憎悪と憤怒のはけ口が、丁度、性欲と暴力のはけ口と同じように船の中にいたとしたら?

「テメェの国の奴らのせいで俺たちは…畜生、畜生ッ!」

 理由などどうでもいい。鍵番はただ胸に溜まっているその黒い感情を発散するためだけに少女を殺意を向けたのだ。

「殺してやる! 殺してやるぞ!」
「ヒッ…!」

 少女に鍵番の言葉は分らなかったがその殺意だけは理解できた。血走った眼。食いしばった顎。過剰に力の込められた身体。全身から立ち上る努気。光る凶刃。血まみれの姿と相まって少女の目には鍵番は地獄の悪鬼に見えた。後ろ向きに手足をすって逃げ出そうとする。けれど、すぐに手の平は虚空を押さえた。あっ、という短い悲鳴と共に奈落へ落ちそうになる少女。尻を付けていたのが幸いしたのか、落ちることはなかったがそれ上、逃げるのは不可能だと覚るのには十分な出来事だった。

「何だぁ、逃げないのか。まぁ、逃げられないようにしてやるよ!」

 言って鍵番は刀を逆手に持ち振りかぶると勢いよくそれを振り下ろした。落雷のように一直線に落ちてきた白刃は少女の太股を貫き、床板に射止めた。すぐに痛みは襲ってこなかった。だが、少女の涙が溜まった瞳が自分の足を貫く刃を見た瞬間、少女の口から声にならぬ悲鳴が漏れた。船体に叩きつけられる雨音波音さえもかき消すような叫びだった。







―――!

 “彼女”は悲鳴らしきものを耳にして覚醒した。気絶していたのだ。船が揺れたかと思うと天井から降ってきた大きな塊の衝撃を受けて。
 彼女は身体を起こした。幸い、気絶していただけで身体に傷らしい傷はなかった。いや、喩え身体が血まみれになるような大怪我を負っていたとしても彼女は起き上がっただろう。自分を暗黒の縁から呼び起こしたあの悲鳴。あの悲鳴の持ち主は自分の身を顧みずとも助けなくてはいけない大切な人の声だったのだから。彼女はその暗闇でもよく見通せる瞳で辺りの様子を伺う。船室は水浸しで、記憶にあるものから様変わりしていた。うずたかく積まれていた木箱は崩れ去り、壁には穴が開き、そうして彼女を閉じ込めていた強固な檻は壊れていた。彼女は好機と、唸り声を上げると入れられた時とは逆に自分の意思で牢から出て行った。崩れた木箱の山に登り身を屈め天井の穴に向け大跳躍する。久しぶりに力一杯動くことが出来た身体が歓喜の声をあげた。だが、その余韻に浸っている暇はない。彼女は水浸しの廊下を金色の颶風となって駆け抜けた。最愛の人を助けるために。






「アァ…くぅ…ああ!」

 意図せずして漏れる苦悶の声。それを耳に鍵番は下劣な笑みを浮かべていた。床に突き立てた刀の柄を握りしめ、波に揺れる船体に逆らうよう僅かに左右に力をこめているのだ。その柄の先から伸びる刃は少女の足を貫いていた。貫かれた箇所からは留処なく血が溢れ細い太股を紅く染め上げていた。

「どうだ、痛いかァ? 苦しいかァ? へへへ。だが、こんなもんじゃすまさねぇぞ。次は右足も刺してやる。その次は腕だ。耳も切り落してやる。鼻も削いでやる。眼も潰してやる! その後は腹かっ捌いて開きにしてやる! だが…口は最後まで残しておいてやるぞ! ずっとずっと悲鳴を上げていられるようにな!!」

 ゲタゲタゲタと狂気に満ちた笑い声を上げる鍵番。感極まったのか両手で柄を握ると大釜で煮ている粥でもかき混ぜるよう大きく刀を動かした。白目を剥き、顔を引き攣らせる少女。耐えきれるような痛みではない。神経を暴走させる痛覚に脳は沸騰し、ぎゃぁぁぁ、と口から人のものとは思えぬ悲鳴が漏れる。

「うひゃひゃひゃひゃ、そうだ、そうだ、もっと獣みたいな悲鳴を上げろぉ!」

 ガォォォォン、と鍵番の望み通り肺腑を奥底から奮わせる人声ならぬ鳴声が轟いた。少女の口からではなく、奈落の底から。

「あん?」

 顔を上げる鍵番。その血走った眼が捕えたものは、まるで軽業師のように崩れた階段や折れた柱、壁を足がかりに奈落の底を上ってくる虎の姿だった。ひっ、と鍵番は悲鳴を上げるが遅い。虎は上ってきた勢いのまま鍵番に体当たりした。数百キロ近い巨大重量の一撃を受け鍵番の身体はすっ飛ぶ。刀も鍵番が握っていたままでするりと少女の足から引っこ抜けた。

「ぐっ…この畜生が!」

 痛みを堪えながら身体を起こす鍵番。怒りと興奮のため既に虎に対する恐怖は失われていた。少女の身体を守りつつ体勢を立て直した虎を睨み付ける。

「かかってこいや! 殺してやる!」
―――ガォッ!!

 吠える双方。大きく動いたのは虎の方だけだった。腕を振り上げ、顎門を開き、敵めがけて飛びかかる。対し鍵番は腰を低く飛びかかってくる虎に向け刀を構えた。左手で柄を握り右手で柄尻を押さえる。そうして、虎の飛びかかってくる勢いを利用しその体に向け鋭い刺突を繰り出した。深々と虎の身体に突き刺さる刀身。きひ、と勝利を確信し鍵番の口元が歪む。

「なっ!?」

 だが、甘かった。
 繰り出した刺突の一撃程度では虎の突撃は止らなかったのだ。身体を刺し貫かれ、切っ先が背中の方から飛び出てもなお虎は鍵番に向け飛びかかった。肉薄。ゼロ距離。限界まで開かれた顎門が鍵番の肩口を押さえる。深々と鉄杭のように鋭い牙が身体に深々と突き刺さる。鋭い牙を前に甲冑も骨も筋肉も豆腐同然だった。鍵番は確かに自分の身体が断裂する音を聞きながら絶望に顔を歪めた。

「や、やめ…!」

 それが鍵番の最後の言葉だった。
 虎は噛みついたまま大きく身体を振うと鍵番の身体を投げ飛ばした。牙が引っこ抜け真横に飛んでいく鍵番の身体。そのまま鍵番は何処かに引っかかることなく飛んでいき、廊下の突き当たりの壁にぶち当たり、そうして…奈落の底へと落ちていった。それを確認し、ぐるるる、と虎は唸り声を上げた。そのまま地獄まで落ちていけ、そう言いたげな声だった。

「と、虎さん…」

 冷めやらぬ怒りを全身に纏っていた虎はけれど、少女の呼びかけに心を冷却させた。刺し貫かれた箇所を庇うよう、ぎこちない動きで少女にへと歩み寄る。船は尚も激しく揺れていた。甲板では男たちが流されないよう必死にしがみついていたが虚しい努力だった。嵐は収まる気配を見せなかった。









「いい天気。昨日の嵐が嘘みたい」

 翌日。傷ついた足を引きずりながら少女は甲板へとあがった。日差しは強く、冬とは思えないほど空気は暖かかった。

「誰もいないね…」

 そう、振り返りつつ声をかける少女。がう、と同意するよう虎は声をだした。朝鮮軍と嵐のせいで荒れ果てた船には二人以外、動いているものの影はなかった。死体でさえ波に流され、僅かに壁にめり込んだ銃弾や欄干に引っかかったままの弦の切れた弓がここに何人もの兵隊がいたことを示しているだけだった。

「ふふ、この船に残ってるのは私たちだけみたいね」

 あれから二人は船の中で一晩を過ごした。幸い、あの鍵番以外に誰かがやってくることはなかった。だが、時折、吹きすさぶ嵐に混じって人の悲鳴が聞こえたりした。雷鳴の轟き以上にそれが恐ろしく少女は耳を塞ぎながら過ごすほかなかった。そうして、一夜明け、二人は安全確認を兼ねて甲板まで上がってきたのだった。結果は言わずもがな。船の生存者は二人だけのようだった。

「ってことはこの船はもう私たちの物って言っても間違いないわね」

 少女は悪戯っぽく微笑んでみせた。虎も顔を顔を綻ばせる。

「じゃあ、私が船長ね。虎さんは副長。さぁ、碇を上げろ。帆を張れ。広大なる海原へ出発だ!」

 足の痛みも何処へやら高らかに演技めいた声を少女はあげた。ある意味で少女の望みが叶ったのだ。今日の空模様と同じく、少女の心は晴れ晴れとしていた。あはは、あははは、と笑い声を上げる少女。

「明国にも行って、天竺へ行って。波斯とか南蛮の方にも行って。渦潮や嵐を越えて、海賊や大王イカと戦って、金銀財宝、それに香辛料なんかを乗せて運んで、貴族さまやお坊さまの乗った船を守って、まだ誰も見たことがない秘密の島なんかに辿り着いたりして…うん、夢が広がるなぁ」

 ふらふらと足を運びながらそう思いついた事を次々口にする少女。その様子はまるで舞台で踊り歌っているかのようだった。叶えられぬ夢物語をせめて劇にして想いを馳せているような。そんな淡く切ない感じ。

 と、少女の身体がぐらりと揺れた。この三日間の暴行や昨日うけた傷が原因で身体はとても十全とは言えないのだ。立ちくらみを起こしたのか、それともバランスを崩しけれどそれを堪える力がなかったのか。慌てて虎は駆け寄ると倒れそうになった少女の下へ滑り込み、クッション代わりにその体を支えた。

「えへへ、ごめんね」

 申し訳なさそうに笑う少女。まったく、と言わんばかりに虎は鳴いた。そのまま少女は立ち上がろうとはせず、虎の身体に抱きつき気持ちよさそうに顔を綻ばせた。金色の毛並がまるで絨毯のようで気持よかったのだろう。

「でも、うん、そんな大冒険ばかりじゃなくてもいいかな。潮風を胸一杯に吸い込んで、甲板の上で日向ぼっこして、帆が張れるぐらい強い風が吹くのを待つの。そんなのんびりとした船もいいと思わない…ねぇ、虎さん」

 優しげに、今日の日差しの様に語る少女。金色の毛並に顔を沈め、虎の体温と日差しの温かさを存分に味わう。ともすれば眠ってしまいそうな心地よさ。けれど、少女は目蓋を閉じなかった。

「それはそうと…お腹空いたね」

 ぐぅぅぅ、と少女と虎は二人して腹の虫を鳴かせたのだった。





 その後、二人は食料を捜してボロボロの船の中を歩き回った。途中、折れた槍を見つけたので少女はそれを松葉杖代わりにしたが、食物庫は見つからなかった。浸水している船の下層部にあるのか、それとも砲撃で破壊されてしまったのか。調理場らしき部屋も見つけたがそこは火事があったのか真っ黒焦げになっていた。火は昨日の雨と高波で当に消えていたが、黒焦げた鍋や釜ぐらいしかそこには残されていなかった。

「…なんとかなるよね。海の上なんだから魚釣ればいいんだし」
―――がぅ

 希望観測に過ぎない言葉だった。
 
 それから二日ぐらいは二人は何か食べ物、或いは海鳥や魚を捕まえるための道具がないかと船内をくまなく探し回った。けれど、船の中には何も残されていなかった。兵士の死体さえも残っていなかった。戦いと嵐で全てが失われ流されてしまったのだ。三日目の夕方、火事を起こした厨房の片隅で辛うじて原型をとどめている魚の干物を見つけたのが唯一の成果だった。半ば炭化し固くなった、普段なら捨ててしまいそうなそれを二人は分けて食べた。美味しいね、と少女が言うととらはがぅ、と頷いてくれた。四日目辺りから二人はもう動くこともままならなくなり、甲板の上で一日中、じっとしていた。







「………」
―――………

 会話もなく、二人は互いにもたれ掛かったままじっとしていた。喋る気力もないのだ。少女の細かった指は更に細く、あばら骨はくっきりと現れ、澱んだ目は明らかに栄養失調の気を表していた。虎の方も一見すれば分らなかったが、よく見れば腹の皮がたるんでいた。中身がなくなった袋と一緒だ。やせ細り脂肪や筋肉が減少、なくならない皮だけがたるんでいるのだ。

「ねぇ、虎さん…」

 掠れた声。ひび割れた唇から流れる砂のような小さな声が漏れる。

―――…がぅ

 力なき受け答え。それでも彼女は最後まで少女に対しては誠実であろうとした。

「船、いいよね。波に揺れて、風は気持よくって、何処までもいけそうで」
―――がぅ
「私、ずっとずっと船に乗ってたいなぁ。ずっと、ずっと、ずっと」
―――がぅ
「………でも、虎さんは駄目だよね。だって、虎さんは山の生き物だもの。海の生き物じゃないから」
―――…がぅ
「うん。もう、帰った方がいいよ。虎さんは揺れる波の上じゃなくってしっかりとした地面の上にいた方が似合っているから」
―――………
「そのためにはごはんをちゃんと…食べないとね。帰るに…帰られなくなっちゃうよ」
―――がぅ?


 そう言うと少女は身体を起こした。その体は冬を前に枯れ始めた稲穂の様だった。収穫し忘れていた稲穂。小麦を収めていた小屋が焼け落ちたところにはっとあったことを思い出した何とか命を繋ぐための糧。いつの間にか少女の手には錆び付いた短刀が握られていた。乗船していた兵士の物だった。

「私を食べて、何とか山まで帰ってね。虎さん…」

 すっ、と少女は自らの喉元に刃を向けた。瞬間、虎は顔を上げた。吠えようとした。だが、もう何日も食料を口にしていない身体は思うように動かなかった。それでも虎は自分の命を削り立ち上がった。少女の自分自身に対しての凶行を止めさせるために。
 と、立ち上がった虎は少女の遙か後ろ、無限に広がる海原に何かを見つけた。まっすぐに伸びる水平線の上に置かれた黒い塊。陸地だった。

―――がぅがぅがぉ!!

 虎は叫ぶ。やめろ、と。すぐそこに陸地があると。そんな事しなくてもいいんだ、と。けれど…

「ありがとう虎さん。私を食べるのを遠慮してるのね。でも、このままだと二人ともきっと死んでしまう。だから、せめて、虎さんだけでも…」
「がぅ!!」

 赤茶けた刃の鋭い切っ先が少女の喉へとぞぶり、ぞぶりと音を立て吸い込まれた。
 糸が切れるよう、少女の身体は倒れた。虎は這うようにして少女に近寄ったが、その体はもうぴくりとも動かなくなっていた。顔を寄せ、頬を舐めても、前足で揺さぶっても、何をしても。
 虎は身体を震わせた後、天を仰ぎ見て鳴いた。泣いた。啼いた。おんおん、おんおん、といつまでも泣き続けた。天高く昇っていた陽が沈み、月が昇っても泣き続けた。やがて、昇った月が沈み始めた頃、やっと虎は泣くのを止めた。涙など流してもどうにもならぬと一昼夜かかってやっと理解したのだ。

 虎は鼻を鳴らすと大口を開けた。餓えてなおその牙は少女が使った短刀より余程鋭かった。苦もなく少女の亡骸に牙は突き刺さる。骨を断ち、肉を切り、腸を裂いて。虎は少女の肉を租借した。泣きながら、涙を流しながら。もう、涙を流すことの無意味さは覚ったというのに、それでも涙は止らなかった。食べたくはないと心が拒絶し、久方ぶりの食事に歓喜する肉体を呪いながら。それでも、少女の言うとおりにすることが彼女へのせめてもの弔いになるのだと信じて。こんな別れはあんまりだと天を呪いながら。それでも天に少女の来世が船乗りでありますようにと願いながら、虎は少女を食べた。食べ、尽くした。








 愛する者を食べ、虎は生き延びることが出来た。
 
 これはそう言う出会いと、別れのお話さ。









――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――







「その後、体力を取り戻した虎は自力で陸まで泳ぎきった。陸は日の本で虎はその後、徳の高い坊さんや貴族、武者なんかを食べ獣の道から外れ妖怪と化した。人語を解す妖怪に。あの時、せめて人の言葉が話せれば少女を止められるかも知れないと悔やんでの行動だ。やがて、虎はその地方でも一番の妖怪に成り上がったが…その後、虎がどうなったかは、また、別のお話と言うことで」

 語り終え、ムラサは喋りっぱなしで乾いてしまった唇を潤すため杯に口を付けた。顔には一仕事終えたような満足感が浮かんでいた。

 場は水を打ったように静まりかえっていたがやがて一角からぱちぱちと手を叩く音が聞こえてきた。

「ええ、いいお話でしたね」

 聖だ。目頭に涙を溜めながら軽く拍手している。心の底から感動しているという様子だった。

「捨身飼虎、という言葉がありますが、ムラサがしてくれたお話はそれに通じるものがありますね。二人の関係は相手が限られている愛や友情といったものですが、その先に万人に向けられる慈しみの心はあるのです。ええ、本当、いいお話でしたよ」

 ムラサの話に続き、皆に説法を聞かせる聖。末席で聞いていた響子は口をぽかんと開けたままほぉ、と感心した顔をしていた。
 が、そうでもない者もいた。

「いや、聖。確かにいい話だが…作り話だろうコレ」

 ナズーリンだ。じとーとした半目で聖を、次いでムラサを見据える。

「そうなのですか。てっきり私はムラサの体験談なのかと…」
「いやいや、聖がキャプテンを調伏したのは平安の頃だろ。鎌倉の幕府が出来るより前の話じゃないか。秀吉の出兵はそれから何百年も後の話だ。時系列がおかしいよ」
「そうですね。それにキャプテンは日本人でしょう。日本語、上手ですし」

 そうナズーリンについで反対意見を口にしたのは一輪だった。隣の雲山もうんうん、と頷いている。疑惑の目を向けられムラサはそっぽを向いてぎこちない笑みを浮かべていた。「ま、まぁ、お話だし、事の真偽は置いておきましょう」と弁明臭いことも口にしている。

「はぁ。それにご主人が朝鮮の出身だって話も聞いたことがないぞ。なぁ、ご主人」

 ため息をつきナズーリンは一人会話に参加せず美味しそうに振る舞われていた料理を食べていた星に話を振った。星はそうですね、と口の中の食べ物を租借、飲み込み終えてから口を開いた。

「まぁ、水蜜には悪いですけれど、作り話ですねコレ。だって、水蜜の処女は私が戴いてゲフッ!!?」

 聖の鋭いブローが星の腹に突き刺さった。身体をくの字どころかつの字に折り曲げ、身もだえする星。そんな星を余所に聖は立ち上がると場を仕切り直すよう二度、三度、強く手を叩いた。

「はい、このお話の真偽は実際の所、本題とは関係ありません。大事なのはこのお話がいいお話で、そこからどういった教訓を得るのか、という事です。それを無視して空気の読めない発言をするのはあまり褒められた行いではありません。ええ、今日の命蓮寺戒律『気をつけよう。暗い夜道、甘い言葉、空気の読めない発言』です」

 最後にそう締めくくり今宵の夕食会は終わりを告げた。
 はたして、ムラサと星の出会いが実際はどのようなものだったのか。それはまた、別の話で…



END
脅されながら書きました。
レアカップリングは難しいのぅ。

あと、学生時代、社会の授業はレッツ睡眠グスクールだったので歴史的考察はかなり胡散臭いです。突っ込みお待ちしております。
sako
http://www.pixiv.net/member.php?id=2347888
作品情報
作品集:
28
投稿日時:
2011/08/28 15:59:39
更新日時:
2011/08/28 15:59:39
分類
村紗水蜜
寅丸星
1. NutsIn先任曹長 ■2011/08/28 17:42:11
読み手はただ、この話を心のままに感動すれば良いのです。
突っ込みは無粋なので、まぁ、触れないでおきます。





無駄な足掻きはしたくない、と。
楽な生き方が好きだから。
さりとて、私にはその生き方を否定はできません、と聖様。

皆に自己犠牲など強いたら、この世が終わる。
仲間を思っての、仲間に対する最大の裏切りである、殉死。
醜くても、辛くても、あの世に逝くよりかはいくらかましなこの世。



ツキに見放された、大海原で一人ぼっちの貴方の往く道を示す、星明りとなりましょう。
2. 白米 ■2011/08/28 18:04:10
脅した甲斐がありました。最高です。
3. Aris ■2011/08/28 18:27:11
脅した人とsakoさんに拍手喝采スタンディングオベーション
こういった話は数あれど獣と人の友情かつ愛情物語をここまで書けるとはまさに脱帽
しかし星、最後の言葉をもうちょっと詳しく聞かせてもらおうか。
4. 名無し ■2011/08/29 22:46:15
結末は自己犠牲の尊さを説くものでしたが、その過程の種族を超えた友情に心惹かれました。
虎が朝鮮にいた頃のエピソードも読んでみたいと思いました。
あ、それとエッチなシーンももっと見たいです。とっても見たいです。
5. 名無し ■2011/08/30 19:10:20
最初見た時は嘘オチかよwww って思ったけど
後になってこういう作り話ができるような関係ってことに気付いたらニヤニヤできた。
6. 名無し ■2011/08/31 01:18:18
好きだわ、僕こういうの。
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