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『KID A』 作者: ニンジンアヌスイモ

KID A

作品集: 30 投稿日時: 2012/05/11 17:28:15 更新日時: 2012/05/12 02:28:15
一束になった蛇が草むらにいて、彼女はその内の一匹を引き抜いて食べた。昼間は穴ぐらに隠れているようなやつを。彼らはわざわざ食べられるために這い出てきた? いいや、ただ単純な話、昼間は出掛けるなという禁忌を破ってみたくなっただけであって、別にエサになるつもりはなかった。これっぽちも。少女は取り返しのつかない勘違いをしてしまった。蛇は自分の腹の足しになるべくして這い出てきたと信じて疑わない少女。そして死んでしまうとは夢にも思っていなかった若い一匹。口元からぶら下がる長い背骨。イースター・デイのような典型的快晴日。しんでしまうとはなさけない! 情けがないのは彼女の方。例えばアナタ、空腹の意味はご存知?

フランドールちゃん。

「しらない」

彼女は金髪で、ここに来るまでに牛一頭をたいらげている。アナコンダのごとく丸のみで、食事を終えて腹一杯。それから凡そ三分後、この若い雄蛇をなんとはなしに口にした。鳥がせわしく巣を作る理由や、君達が一生懸命ネズミを狙う理由など、きっと彼女にはわからない。どうか許してやってくれ。蛇の残骸の傍らに腰掛け、代わりにおれが頭を下げた。黙祷とは自己満足だが、死者の魂は生者にこそ宿る。強い者として生まれたのならば、たくさん選択肢があって良い。それでも例えば路傍の花、歩く事すら出来ずに過ごす。祈るしかないじゃない。弱い者には、祈ってやることしかできないじゃない。黙祷とは自己満足だが、死者の魂は生者にこそ宿る。強い者として生まれたのならば、たくさん選択肢があって良い。蛇は自ら禁忌を破った。道から外れるという選択肢、それすらなければ祈るしかできない。祈るしかできないじゃない……



新しい日。誕生の日。醜い蛇が、白い龍になって空へと舞い上がる日。おれは路傍に腰掛けたまま、そんなエトセトラをぼうっと想っていた。この世に生を受けた瞬間、視界に最初に飛び込んでくるのは空気だろう。母親のつらじゃねえ。そんな屁理屈が自然と並ぶ。空気が目につくならば、それを掴んで引きずり込めばいい。そこで初めて呼吸を為す。呼吸とは、我々人間にとって不可欠だ。フランドールちゃん、アナタも例外ではなく、言ってしまえば二酸化炭素を吐き出して、代わりに酸素をもらっている。アナタが先程引き裂いた、蛇よりも弱い植物達に。弱い連中が、強い連中を生かしている。それも、気が付かない内に。一体どういうことなのか?

あれこれ考え込んでいる内に、日傘の彼女がおれを呼んだ。光を透かした水晶のように、彼女の声は良く通る。立ち上がって尻を払い、わざとらしく欠伸をする。石造りの段差は苔むしていて、ただただ不快な湿気だけが後に残った。最近は祈るやつというのが減ったなぁ、とおれはそう思う。宗教的な話は抜きにして、心根の、誰もが生まれた時から持ち合わせているものが単純に機能していないって問題だ。彼女は子供じみていて、おれは心身ともに成人している。成人しているが、完成はしていない。彼女は子供じみていて、おれは心身ともに成人している。成っているが、成っていない。二人で畦道を歩きながら、蛹から出て初めて大人になるという通過儀礼があれば我々人間、もう少しわかりやすいのになぁ、と、おれは昔、無責任なテレビ局がアナウンサーにそうさせたように、自ら田んぼに首から突っ込んで命を絶った。



フランドールは独り。太陽が若干西に傾げた時分、男は動かなくなった。だから独り。男は父親だった? 人拐いかもしれない。新しい日。誕生の日。風が稲に触れて、死体には野次馬が集まってくる。天国がヒーリング・スポットならば、人間はそこには縁がない筈。それは妖怪も同じことなの?

「しらない」

フランドールは二本の脚で歩いた。地面を踏み締めるという当たり前の感覚は、些細なあることをきっかけに当たり前ではなくなる。例えば、そこの男の人。首の骨を折ってしまえば、もうこの人の感覚はどこか遠い場所に行ってしまって、地面を踏み締める。そんな感覚はなくなってしまう。死んだあとも脚はしびれるのかね。肉体も所詮電気信号みたいなもんだから、脳みそから感覚が届かないと、からだは永遠に待つだけなのかしら? 待たせるというのは、結構残酷なことだと思います。待たせる時間が長ければ長いほど、待つほうも、待たされるほうも、鬼のような顔に変わってゆく。折り合いをつけて、赦し合う為に人はお墓を作る。一種の諦めがそこにある。受け入れるということは、同時に諦めてしまうということでしょうか? 人にとって一番残酷な死、人はそれに対してわりと冷静に折り合いをつけることが出来るんだね。半か丁か、いずれも死。ちょうど首の曲がった男が運ばれてゆく。皆、冷静なふりをしている。きちんと彼の目を見ればいいのに。フランドールは不思議に思う。きちんと目を見て相手を理解しろと、彼女は昔にそう教わった。葬儀屋に
手紙を送った。ミスター人の教養とは? 「教養とは商売の副産物ですv(^-^)v」 だとよ。お金さえ手に入れば、教養を捨てていいの? ダメでしょう? フランドールちゃん、近くにいた野次馬ババアの、農作業で泥んこになった頬を片手で握り締める。お前は祈るのだ。見ず知らずの命が消えた。こんなに悲しいことってある? 見知った命が消えるという事柄の次に悲しいこっちゃ、祈るべき。おっかなびっくりババアと男の死体を近付ける。彼、目を閉じていないの。死んだ人って、少しだけ、ほんの少しだけ薄目を開けてて、瞬きもしないの。景色も、心も、一番見るのに理想なお目々だよおばあちゃん。注釈、これは優しさです。彼女には優しさがあるから、見ず知らずの人に祈ることも出来るし、知らない男に身を捧げることだって出来た。そんな優しさを踏みつける奴が、この世の中にはたくさんいる。たくさんなのかな。たくさん、ていうか、殆どだね。しゃべらない男とギャアギャアやかましいババア。優しい人とは、寡黙なんだね。

「しらない」

夕方、フランドールちゃんは人里にきていた。でも人里のほうは彼女を呼んでない。寧ろどっか行けとか、なんかそんなマイナスなことを思っている。人間は弱いわりに優しくないし、それを無視してここにきた彼女も相当悪い子だ。人里の人間は、日傘と翼を持っているフランドールちゃんに対して、自殺しないかなぁ、なんて思った。彼女はまだ大人しくしてるんで、日傘のてっぺんが頭に刺さって死なないかなぁ、とか、なんかそんなユニークなことを思える程度にはまだ落ち着いている。フランドールちゃんは着物屋に入った。店の中は布ばかりだ。布と無機物と肉。だいたいこの三種類に分けれる。お店の人は妖怪がお店に入るのはあまり良い気分ではないらしく、あぁ、自殺しないかな、とフランドールちゃんに対して思った。死なれるのは気分が悪いので、自殺しないかなぁと。そんなところかね?

「しらない。これなに?」

フランドールちゃんはきれいな着物を乱暴に引っ付かんでお店の人に差し出した。着物、と、お店の人はめんどくさそうに言い捨てた。フランドールちゃんは躊躇なくそいつの頭を粉々に砕いた。へんな色のお味噌汁みたいなあれこれが木の床に溢れる。頭、頭にこそ魂は宿る。胸はフェイクで、人は煩悩のままに業を為す。自分の仕事にやり甲斐を感じられないならば、もう生きてても仕方ないじゃない。魂が腐る前に、魂が腐り落ちる前に。牢屋に閉じ込められた彼女の言い訳は、そんなところだった。

「言い訳していいわけ?」

「しらない」

なんか青い先生っぽい女の人が、うすら寒いことを言ってきたのでフランドールちゃんは無視した。先生はフランドールちゃんに説教という名の「死なないかなぁ音頭」を実践した。ソニーミュージックから発売されてる自殺促進ソングである。ウソ。死なないかなぁ音頭とは、説教とは名ばかりに「死なないかなぁ」と相手に言い続けて、相手に自殺を促すというとても便利な舌の魔法なんだ。先生が死なないかなぁと言えばフランドールちゃんはしなないと言う。ここ数十年間、日中はずっとそれの繰り返しである。逆に言えば夜は自由な訳で、粗末な布団の上で考える時間が出来た。私は悪い奴だ。仰向けに寝ながら手のひらを見る。悪魔の手のひら……悪いおててがヒトデのようにサンゴを食べ散らかす。人も妖怪も血が通っていて、仮に血液がガソリンでも代用出来そうなぐらいに適当な生き物だ。魂は一体どこ? よごれちまつた。不思議と悲しみはない。諦めた瞬間、感情が吹き飛ばされた。彼女が死なないかなぁ音頭に耐えきれたのも、感情を置いてきたせいでしょう。無感情で思考する。肯定、否定……流れ作業のように、こちらへ寄ってくる考えにリボンを結んで
流してゆく。その内何個かのリボンはほつれていて、そこで僕は、彼女には妥協という汚れきったものが備わってしまっていたと理解したよ。もう寝なさい。電気消しとくからね。はいおやすみ。おやすみなさい。ぼうっとしていたフランドールちゃんをとっとと寝かせた。もう仕方ないや。興味ないや。









フランドールは夢の中に活路を見い出していた。浅い睡眠の合間に浮かぶ素敵な夢。そこにはたくさんの子供達がいて、いつまでも自分と遊んでくれる。姉さんも優しいし、メイドの人も相手をしてくれる。皆優しくて、理解の及ばないものは一つもない。優しさすらも手のひらの上にあって、いつでもそれが手に入る。彼女とボール遊びをする子供達。優しげにそれを見る姉さんとメイド。新しい日。誕生の日。フランドールのイースター・デイ。彼女は優しさを頭の中に見い出した。自分と同じ顔をした子供達と共に。自分と同じ顔をした、姉さんとメイドと共に。みずうみ色の風が吹く。汗の浮かんだうなじを通り抜けるそれが心地良い。あまりに平和なここは天国かな? 夢の中、頭の中の小さな国。フランドールは火が見たくなった。ぜんぶを包む、巨大な火を。ここに火をつけたらどうなるかな。もしも全てが失われて、幸せが崩れてしまったらどうなるのかしら? 自分と同じ顔をした子供からボールを受け取りながら、フランドールは、それでも壊すことが出来なかった。彼女は優しくて、そして脅えている。もう何一つ壊せない。

それでいいの? フランドールちゃん。

「しらない。わからないよ」

薄目を開けたまま寝ていた彼女は、消え入りそうな声で呟いた。……
http://www.youtube.com/watch?v=1T1M1tmUbq4&feature=related
ニンジンアヌスイモ
作品情報
作品集:
30
投稿日時:
2012/05/11 17:28:15
更新日時:
2012/05/12 02:28:15
1. NutsIn先任曹長 ■2012/05/12 08:06:58
無知は罪。
無知は幸福。

少女は広いセカイで翼を広げ、罪を犯す。
少女は狭い牢獄でまどろみ、幸福を噛み締める。

少女は、結局、何一つ理解できなかった。

だから、少女は、幸せだった。
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