赤い実

作品集: 30 投稿日時: 2012/07/29 03:58:03 更新日時: 2012/07/29 03:59:06
川に晒しておいた小さな赤い実を、籠から一つつまみあげた。
透明な水を弾き、ちらりと輝くそれはなんの実だろうか。美しい実だ、と少年は思ったが、名前は分からなかった。

「ねぇ、これってなんていう実?」

少年は実をつまんだまま、横の少女に問うた。
少女は魚を捕まえるために川に足を突っ込み、長めの黒いスカートを端で結んで、水面をじっと見ている。

「しっ、静かに」

小さな声で少年を叱りつけると、変わらず少女は真剣な表情で水面を見つめ続ける。
どうやら魚が近くにいるらしい。それから数分、少女は凍ってしまったように動かないので、
痺れを切らした少年が水面を覗き込もうとすると、突然少女はバシャリと大きな飛沫をあげ、
水を攫うように手を動かした。それがあまりに素早いものだから、少年は驚いてしりもちをついた。
見れば、少女の手には魚が握られている。
身体をくねらせ、その手から逃れようとしているが、少女はしっかり握り離さない。
陽は傾き、そろそろ夕刻だというのにひどく暑い。
そんな中、長時間じっと魚を待っていたためか、少女の額には汗が滲んでいた。

「あっつー、やっと捕まえられた」

額の汗を袖でぐいっと拭い、少女はじゃぶじゃぶと川からあがり木陰に入った。
胸元をパタパタと仰ぎ、空気を入れ替える仕草に少し顔を赤くしながら、少年も木陰へ入った。
赤い実は一つつまんだままだ。
少女は、少年など見えていないかのようにきょろきょろと辺りを見回し、手頃な小枝を見つけると、
それをどうにも手馴れない様子で、魚の口から尾へと貫いた。へたな刺し方のおかげで、魚は血まみれだ。
少年は思わず顔を顰めた。
魚が刺さった枝を薪の近くへ用意すると、ポケットからマッチを取り出ししゃがみこんだ。
するとこれまたぶきっちょな手つきで一本マッチを折り、二本目でようやく火をつけた。
無視されている少年はムッとして、目線を合わせると再び問うた。

「ねぇ、これなんていう実?」

「ん、ユスラウメ」

少女は簡潔に答えた。淡白な返答だったが、けれど少年は気にした様子もなく、ユスラウメを見つめた。
赤く膨らんだ実はとても美味しそうに見える。このまま食べられるのだろうか。
見つめているうちに、少女は籠を水からあげて、木陰へ持ってきた。水を滴らせる籠の中には、
たっぷりのユスラウメが入っていた。きらきらと夕陽を反射している。

「ちょっと食べてもいいよ」

少女は少年の隣に座り込むと籠を傍らに置いた。食べていい、とはたぶんユスラウメの事だ。
魚を食べたらきっと怒るだろう。少年は実を口に放る。歯で噛んで潰れた途端、甘い汁が口の中へ広がった。
そして同時にちょっとだけ感じる酸味に、少年は目を輝かせた。
一つ気に食わないところがあるとすれば、一粒が小さい事くらいだ。
もう一つ、もう一つと食べているうちに時間は過ぎ、魚もいい頃合いのようだ。
皮が焦げ、白い煙とともに良い香りが漂ってくる。
思わず鼻をひくつかせていると、ぐう、とお腹が鳴った。そういえば、魚を獲った時、すでに陽は傾き始めていた。
空を見やると、空の端っこ辺りは群青に染まり始めていた。じきに、夜が来る。
少年は家に帰ろうと思い、少女に声をかけて立ち上がる。

「ぼくはもう帰るよ」

少年にとって、今日はいい日だった。
両親や寺子屋の先生は、妖怪は恐ろしいものだ、と口を揃えて言うが、そうでもないじゃないか。
昼過ぎ頃に始めた釣りだが、中々釣れず、場所を変えるうちに里を離れてしまった。
そんな時に会った妖怪、彼女はちっとも怖くなかったのだから。
彼女の名前は知らない。自分が妖怪だとは言ったが、名前は教えてくれなかった。
黒い上下の服、稲穂のような髪色と真っ赤なリボンと瞳。
そういえば、胸元にはちょうどユスラウメのような赤い飾がついている。
里人とは明らかに違う、妖怪らしい特徴的な姿をしているが、容姿はとても可愛らしかった。
少年と同じくらいの年齢に見えるが、里でもこんなに可愛らしい子はいまい。
そう思っていると、少女はくるっと顔をこちらへ向け、言った。

「だめだよ」

「え?」

少女はよっこらしょ、と腰を上げると、少年の首にゆっくりと手を伸ばした。
少女の小さな手が少年の首に触れる。手のひらから伝わる体温に少年が気づいた次の瞬間には、
少年の意識はなくなっていた。
少女は手のひらは握り締めたのだ。少年の首は中ほどまでが抉れるように骨ごと潰れ、
うなじあたりが文字通り首の皮一枚で繋がっている状態だった。
ばたりと人形のように倒れ込み、痙攣しながらだくだくと大量の血を流す少年を、
少女は大した感慨もない様子で見つめる。
ポケットからナイフを取り出すと、少年の身体に刺し込み、別け始めた。
まず、肩や手首などの関節ごとに外し、少年を数十に分割する。
この作業は難航した。人体はそう易々と解体出来るものではない。少女はよく知っていたが、
普段はこんなことをいちいちやらないので、余計に時間を食った。
数十分後、少年はようやくバラバラになった。一息をつき、少女は額の汗を拭う。
まずは腕を火にくべようとした時、少女は魚がくべっぱなしだった事を思い出した。

「あーっ! お魚!!」

パチパチと爆ぜるたき火の傍らには、真っ黒焦げの炭が出来ていた。
あれだけ苦労した魚が、見るも無残な姿になってしまい、少女はがっくりと肩を落とした。
更に、いっぱい集めてあったユスラウメが、知らぬ間に半分くらいに減ってしまっていることにも気づいた。
少年がだいぶ食べてしまったらしい。少女は腹いせに少年の頭を蹴とばした。

「ちょっとだけって言ったのに!」

頭はごろんごろんと思ったよりも転がり、ボチャンと川に落ちてしまった。少女が慌てて川を覗き込むも、
頭はぷかぷかと川下へと流れて行ってしまった。少女は呆然とする。
頭も食べるつもりだったのだ。頬肉や耳は柔らかくて美味しいし、目玉も脳も珍味だ。
久方ぶりに食べる人間の頭を、よもやこんなドジでなくしてしまうとは。少女はひどく落ち込んだ。
とぼとぼと火の場所に戻る。腕からは脂がポタポタと落ち、香ばしい香りが漂ってくる。
仕方がない。身体を食べられるだけ十分だ。少女は気を取り直し、食事を始めた。

「慣れない事するから、失敗ばっかりだよ」

肉を歯で剥ぎ取り、もぐもぐと咀嚼しながら愚痴を零した。
彼女は普段、調理などはしない。文化的ではないと知り合いの妖怪は言うが、彼女にとってはどうでもいい事だった。
時たま妖怪の領分に入り込んでくる人間をその場で殺し、その場で食べる。昔から、彼女はずっとそうしてきた。
調理を知らないわけではない。ただ、魚も豚も鳥も人間も、生で食べても美味しい。
今回、火を熾し焼いてみたのは、単なる気紛れだ。ばったり人間の子供と会ったから、
ただなんとなく、調理して食べてみようと思っただけだ。理由などは、何もなかった。

「美味しい」

焼いた肉はとても美味しかった。程よく脂が落ち、噛めば噛むほど肉汁が溢れ出る。
食べられる範囲は少ないが、子供は美味しい。失敗ばかりだったが、それが唯一の救いか。
部位をそれぞれ焼きながらぱくぱくと食べ進め、あっという間に少年は骨と食べられない内臓だけになった。
口元を手で抑え、けふ、と小さく息を吐く。大きな音でげっぷをしていけない、と
以前慧音に言われた事をしっかり守っている。
手を合わせ、頭を下げた。

「ごちそうさまでした」

食事とは、自然の命を頂くこと、日々感謝を忘れないように。これも慧音が言っていたことだ。
魚はその命を無駄に散らせてしまったが、少年は頭以外はしっかりと食べた。少女は感謝する。
籠から一つ、赤い実をつまみあげ、口へ放り込んだ。

「すっぱいー」

食後のデザートを楽しみながら、少女は明日の食事を考えるのだった。
そして、明日からはやっぱり調理などしなくていいや、とも思ったのだった。
初めまして。
昔、親戚の家の庭でユスラウメを食べた事を思い出しました。
渋くてあんまりおいしくなかったです。
はぎれっこ
作品情報
作品集:
30
投稿日時:
2012/07/29 03:58:03
更新日時:
2012/07/29 03:59:06
分類
ルーミア
食人
1. NutsIn先任曹長 ■2012/07/29 06:19:35
妖怪の『文化的』な食事の光景。
人間の少年の迂闊さ。
妖怪は、人間を食う。

命を大切にする妖怪と『領域外』で命を疎かにしてしまった人間の、甘酸っぱいお話でした。
2. 名無し ■2012/07/29 06:28:18
はじまらないボーイミーツガール
気を許すとすぐこれだ
3. 名無し ■2012/07/29 06:54:34
このまま甘酸っぱい恋が始まってもよかった
だがルーミアだ…
4. 名無し ■2012/07/29 20:35:41
ルーミアのカニバ話って何気にちょっと久しぶりな気が
大好物ですフヒヒ
5. 名無し ■2012/07/30 19:05:19
ルーミアちゃんかわいいなー
ぜひお近づきになりたいなー
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