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『産廃百物語B 「アステカの祭壇」』 作者: やくも型護衛館

産廃百物語B 「アステカの祭壇」

作品集: 30 投稿日時: 2012/08/21 14:58:43 更新日時: 2012/08/22 11:27:56
アステカの祭壇


湖北、妖怪山。
最優秀鴉天狗こと射命丸あやたんは妖怪の山の新聞記者。黒いショートカットの髪、背中に生える鴉の黒い羽毛の半妖翼。ハシボソ系で美しい高級鴉天狗の女の子だ。彼女は仕事柄、写真を撮る機会が多くカメラをよく使う。

「あやや・・・こんなんじゃ写真になりませんよぉ」

自宅にある現像所で現像したネガフィルムをチェックする文は、自分の撮った写真の一部に不具合が生じ、嘆いていた。
先日、霧湖で行われた花火大会の写真。8分の1程度の割合で変な写真が混ざっている。
写真全体、あるいは一部が赤い光に覆われ、いずれも光が台のような形に見える模様を浮かび上がらせていた。まともな写真はたくさん撮れているので新聞づくりには問題なかったが、やはり文としてはせっかく良い構図だった写真にそういう現象が起こるとショックであった。

この現象は今に始まったことではなく、少し前から、カメラをよく使う鴉天狗たちの間で話題になっていたことだ。最近、幻想郷でこの写真と同じような特徴を持つ異常写真が増えているという。文の写真がその被害を被ったのは今回が初めてであるが、流行の話題を文が放っておくわけはなく、当然この現象に関しての取材は以前にも何度か行ったことがある。
文の新聞の場合は半分趣味のようなものだが、任務として写真を撮っている天狗には深刻な問題だった。

当時まず矢面に立たされたのは、カメラやフィルムの製造元である河城重工であった。同じメーカーのカメラとフィルムを使う数人が撮った写真に、同じような異常が共通して見られた。これは製品の物理的な不具合に間違いないではないか。どうしてくれる、責任者は服を脱げ。と、ちょっとした騒動になった。しかし河城製を使っていない紅魔館や、外界直輸入のカメラにも同じ現象が起こっていることが分かり、河童にとりに責任はないことが分かった。

次に原因とされたのは写真を撮る妖怪自身である。妖怪の妖気がフィルムに何らかの影響を与えているのではないか、と。確かに妖怪が強い妖気を発した時、結果として可視光や赤外線などの電磁波を生ずることはある。しかし妖気そのものは電磁波ではなく、実験においても感光剤である塩化銀への影響は認められない。なにより彼女達偵察型鴉天狗は職業柄、フィルムの性質は熟知しているし、当然カメラやフィルムを扱うときは変な電磁波が出ないよう特に妖気には気を遣う。そもそも妖怪が扱う事を前提に作られる幻想郷産のフィルムに今さらこのような現象が起こるのも奇妙である。
実際、人間に写真を撮らせて人里の写真屋に現像させてみても同じ現象が起こったのだ。やはり妖気が原因でもなさそうだった。

「もしかしたら、何か霊的な力が原因かもしれません」

当時文は新聞記事に私見としてそう書いたにとどめていたが、今回自分の身にも起こったことで、文は本格的にこの異常写真事件の真相を探求しようと思った。


化学的なことならば紅魔のパチェなど理系の魔女に聞けばよいのだが、今回は心霊と言う事で守矢神社の巫女に聞いてみることにした。守矢は妖怪山の新しい神社であり、八坂と洩矢の二神が住まっている。その二柱に仕える巫女の東谷風早苗は神の子であり、唯一神である。早苗のほかに神無し。
一方最近の若い天狗達の間では、困った時やすごいものを見た時に「八坂アクバール(神奈子は偉大なり)」と叫ぶのが流行っている。しかし天狗達は守矢を真面目に信仰しているというよりは、ファッション感覚で信仰しているのが大半のようだ。
それはともかく、文は守矢神社にひとっ飛びで到着。神社は山の頂上にあるので大気が希薄で寒冷な気候である。
文が住人を探すと、早苗が神社宿舎の縁側にいた。緑の長い髪に蛇と蛙の髪飾り。独特の巫女服を着ている。

「早苗さん、こんにちは」
「文さん。どうなされました」
「少し見ていただけませんか。私の撮った写真なんですが」
「あら、心霊写真ですか。面白そうですね、さっそく鑑定してみましょう。ささ、どうぞ中へ」

文は畏れ多くも中に入ることを許され、和室に通された。そればかりか、早苗が文のために御茶を出してくださった。ありがたいことである。文はプリントした写真を肩書け鞄から取り出し机の上に並べた。幾何学的な形の赤い光が写り込んでいて、 写真の向きを変えるとそのいずれもが台(杯)の様な形に見える。

「これなんですが」
「紅いですね・・・。赤は怒りの感情、危険な霊であることを表しています。」
「この、台や器のような形のものは何でしょうか」

文は紅い光が作っている模様ついて尋ねた。

「おそらくこれは残酷な儀式に使う台ですね」
「残酷な儀式・・・というと、生贄ですか。しかしなぜそれが写真に写るのでしょう」
「えー・・・」

すぐには分からないようで、言葉に詰まる早苗。じっと写真を見て答えを探している。

「分からないんですか?全知全能の神なのに」

無邪気な声でいじわるを言う文。

「いいえ、分かります。ですがこういうことは専門の諏訪子様のほうが詳しいと思いますので」
「早苗さんは心霊の専門じゃなかったんですか?」
「薬の知識がある医者だって薬剤師の助けを必要とするでしょう?」

重箱の隅をつついてくる生意気な鴉のくちばしを、早苗は例え話によって上手くあしらった。

「どうしたんだい、早苗。おや、鴉じゃないか」

ちょうど諏訪子が部屋の前を通りかかり、文に気がついた。洩矢諏訪子はこの神社の真の祭神だ。肩にかかる金髪に和風シルクハット的な茶色い目付き帽子を被った少女の姿。

「こんにちは神さま」
「諏訪子様。この心霊写真なのですが、鑑定していただけませんか?」

早苗は諏訪子に机の上の写真を見せた。諏訪子は一枚を手に取る。すると、諏訪子の顔がみるみるうちに青ざめて行くではないか。きょとんとする文。一方、普段見ない諏訪子の表情で不安にかられる早苗。

「諏訪子様、どうなされました?」
「どうして日本でアステカの祭壇が写るんだ!!」

諏訪子はそう叫ぶと文に詰め寄った。

「この写真は一体どこで撮った!」
「こ、紅魔館で、8月20日の花火大会の日に」
「紅魔館だって?」
「いえ、紅魔館だけではなくて・・・。この現象は私が撮った写真だけではないんです。他の人が

別々の場所で、違う日に何を撮っても、同じような写真が出てくるんです」

「というと、あれか!最近よく聞く幻想郷で変な写真がって話は、この写真の事なのか!?」
「ええ、そうです」
「なんてこったい・・・!」

諏訪子は声を震わせる。文と早苗は状況がつかめない。文はもどかしく感じる。

「で、何なのですその写真の正体は。あなたがそれほど取り乱すとはよっぽどの・・・」
「言いたくない」
「え?」
「悪いけど帰ってくれ、この件には関わりたくないんだ」
「ちょ・・・あなたそれでも神様ですか!我々には知る権利があります!」

一丁前に権利を主張する文はかわいい。しかし神は口を閉ざしたまましゃべらない。早苗も神に願った。

「諏訪子様、私からもお願いします。どうか教えていただけませんか。お話するだけならよろしいでしょう?」
「ほらほら、早苗さんもそうおっしゃってますよ。教えてくださいよぉ。何でもしますから・・・」
「・・・」

神に色目を使う文。しかしその時、障子の後ろに立つ第三者が現る。

「アステカの祭壇」
「え」

御声を発せられたのは八坂神奈子、山の神だ。紫がかった青いショートの髪を持ち、神らしく背が高くがっしりと引き締まった体格、そして人々を包み込むにふさわしい豊かな胸を持つ美しい女神である。背中のしめ縄は蛙を呑みこむ蛇を象徴している。

「この時期に日本で、アステカの祭壇がこれほど多くの写真に写っていることがやばい」
「か、神奈子・・・」
「隠すのは良くない、諏訪子」

諏訪子より背が高く、見た目が年長者に見える分、まさに神らしい威厳を持つ。文は、すぐにしゃべってくれる情報源が現れ目を輝かす。

「アステカとは、新大陸にあった文明の事ですね。そこで生贄の儀式に使われた祭壇ですか」
「さすが天狗。異国の事にも詳しいようだね」

一方早苗も、かつて外の世界で教育を受けたので世界史はある程度覚えている。

「たしか中南米にあって、スペインのコルテスに滅ぼされたんですよね。太陽神を信仰していたとか」
「それで、なぜやばいのですか」

すると、黙っていた諏訪子が口を開いた。

「その祭壇はね、数え切れない人間の血を吸い心臓を食らってきたんだ。しかもそれを神へのエネ
ルギーとして捧げた。その蓄積した力は計り知れない。・・・正直怖い」
「うーん、しかししかし、なぜそれが今になって日本の幻想郷にあらわれるのです?」

諏訪子の抽象的な説明に、釈然としない文。神奈子が補足する。

「共通しているのはアステカも日本も太陽神を持つ国だと言う事。そしてお前達カラスは太陽の使い。だからその力に対し感受性の高い鴉天狗には、最初にこの現象が起こったんだ」
「ふむ」
「幻想郷は世界の境にあり、すべての時空と繋がっている。忘れ去られた過去の存在をこの土地は記憶している。メソアメリカの文明には、歴史は繰り返すという世界観があり、一定のサイクルで時代の区切りを迎え、一つの世界が終わるとしている。そしてもうすぐ第五の時代が終わる。神への生贄として捧げられた魂のエネルギーも、一つの周期を終えこの世界に戻ってくるんだよ」

文、問うて曰く。

「つまり、生贄にされた人の怨念が時代の終わりに帰ってくるということですか?でもでも、奴隷を除いてアステカの人々は生贄となることに誇りを持っていたと聞きましたが」
「いや、怨念では無い。彼らの精神は成仏して、もうこの世界にはいないのだから」
「んん?」
「この世に残るのは魂だ。例えるなら・・・物理的な面で見ると、死体を燃やせば炭素が出て大気を循環し、植物に吸収されたり海に溶け込んだり・・・人が死しても炭素という物質自体は永遠に地球を回り続けるだろう?それと同じだよ。精神や自我は消滅しても魂と言うエネルギーは残るということだ」
「個人の意思がどうであったかは関係が無い、と?」
「そうだ。問題は生贄が太陽神が滅ばないように捧げられたということ。太陽神ウィツィロポチトリって奴が本当にいたかは、私は知らない。だが捧げられた魂のエネルギーは、本当に神レベルになってしまった。本当に生贄のエネルギーが神そのものになってしまった。それが幻想郷にやってくる」
「す、すると、どうなるのです。何が起こるのです」

文は固唾をのむ。幻想郷に何が起こるのか。文と早苗が一番気になっていることである。すると、神奈子は今までの真剣な表情とは打って変わって、にっこり笑った。

「ふふふ、少し驚かし過ぎたか。幻想郷の人たちにはたいした影響はないさ」
「えっ?」
「諏訪子は心配性だからなあ。会ったことのない異大陸の神を怖がっているだけなんだよ。でも、たたり神やヤク神なんてこっちでは珍しくないだろう?もともと八百万の神々の国なのだし。幻想郷はすべてを受け入れる。よくある「災イガー」なんてことはないはずだ」

諏訪子は特に反論もせずじっと黙っているが、早苗は胸をなでおろした。

「なんだあ、そうだったのですか」

しかし、文はかなり残念そうである。まるで、首都直下地震で東京壊滅を期待するが結局何も起こらなくてがっかりする人間のごとく。特にマスコミとしては、むしろ大変なことが起こってほしいものなのだ。特に文など鴉の中でも不謹慎厨の最たるものである。神奈子が冗談交じりに忠告する。

「しかし、マスコミさんにも困ったものですな」
「え?」
「こういう事があると大変だ大変だと大騒ぎして。世間を騒ぎたてようとする。これからは少し自重した方が良いんじゃないのかい?」
「はあ、気をつけます・・・」

文はバツが悪そうに苦笑した。神奈子は楽観論から忠告だが、逆に諏訪湖の方は別の意味でもう一つ文に忠告した。

「神奈子はそう言うけどね。これは深入りしなければ、の話だよ。霊力が霊力だから、あまり関わらない方がいいのは事実なんだ。まあ普通に写真を撮って偶然写っちゃう分には良いけど、変なことすると何があるかわからないよ。これだけ言っておく」

取材が一段落して、文は諏訪子達に取材の礼を言うと守矢神社を後にした。

「ふーむ、オチは残念でしたがいろいろと貴重な情報が得られましたね。とりあえずこれを元にアステカの神の呪いが幻想郷に襲いかかるみたいな印象で書いてみますかねえ。太陽とカラスの話も絡めれば、鴉天狗たちの興味を刺激します。きっと私の記事が大きな注目を浴びるに間違いないです!」

神奈子と諏訪子の忠告など全く聞く気が無いようだ。

「とはいえまだ調べが足りないですから・・・他にも図書館で文献を調べたりいろいろやってみましょう。まあ、その前にお昼ご飯ですね」

飛んでいけば紅魔館までそう時間はかからないが、もうお昼前なので取材を続ける前にいったん山に帰ってランチタイムとすることにした。図書館には午後訪れよう。
妖怪山の盆地には鴉天狗のちょっとした集落があり、通称鴉の巣と呼ばれる。幻想入りしたコンクリの古い建物や、増築した木造の建築が立ち並ぶ。まるで鴉たちが住みつく違法建築スラムのような様相になっているが、一応通りは清潔でインフラは整っている。正式な地名では鴉宿と呼ばれており、ここに文の家もある。夏の青空の下、緑が生い茂り自然豊かな環境である。文が空から通りに降り立つと、そこで知り合いの鴉、ほたてと出会う。姫街道はたては文と同じ公家天狗で、高貴な生まれだ。(天狗社会において三文字の姓は公家天狗であることを表わす)。地位は上級鴉天狗で年齢も文よりも下だが、文は彼女を「ほたて」という愛称で呼び親しくしている。

「あ。文様!文様もあの例の写真を撮ったのですってね!」

実はほたても新聞記者で、彼女は念写による取材を得意とする。

「ええ?ほたて、あの台の写真ですか?」
「そうですよ、今話題のあれです」
「うーむ、まだ誰にも話していないのですが、どこから嗅ぎつけたのです」
「企業秘密です」
「ほたてぇ・・・」

企業秘密という言葉は文がよく言うセリフであるが、はたては冗談交じりに引用した。しかし文の写真をもう知られるとは、はたての情報力を少し過小評価していたようだ。

「ああ、私も早くあの写真を撮影してみとうございます」
「え?その写真機付き携帯電話で検索すると撮れるのではないですか?」

はたては携帯電話を媒体にして、誰かの撮った写真の画像を見つけ出して念写することができるのだ。見つけたい画像のキーワードを入力し検索する。

「確かにそうですが・・・2番煎じでは意味が無いのです。検索による間接念写ではなく、純粋な直接念写で撮りたいのです」
「ほお、良い心がけですねほたて。ではいいことを教えてあげませう。この異常写真に写る台のようなものは、かつて新大陸で生贄儀式に使われていた、アステカの祭壇と呼ばれる中央亜米利加文明の遺物なのですよ」

文は、先輩としての親切心からアドバイスをしてみた。

「左様でございますか!これをイメージすれば上手く直接念写できるかもしれませんね。貴重な報せをありがとうございます文様」

喜ぶほたて。されどその時文は一瞬、諏訪子の言葉を思い出した。諏訪子、文に忠告して曰く、”まあ普通に写真を撮って偶然写っちゃう分には良いけど” と。反して、ほたてが行う撮影は、普通に撮るものでも偶然撮るものでもない。あれを直接イメージし念写などして大丈夫なのかしら、と文は思った。その時たった一言、ほたてにそれを伝えればよかった。しかし文は後になって自分でも腹立たしく思うくらいに、なぜかそれを言いそびれたのだった。

「では、今夜さっそく、御山の上から撮影してみようと思います」
「ええ、よい写真が撮れるとよいですね、ほたて」

精神を集中できる環境を選ぶのだろう。ほたては文に別れを告げ帰路についた。文はその彼女の背中をいつものように見送った。


霧湖、紅魔館

文は資料を探すために紅魔館の図書館を訪れた。調べ物をするにはやはりここが最も品ぞろえが良い。とはいえここは恐ろしい吸血鬼レミリアの館であるので訪れるものは少ない。
図書館は地下にあり、レミの友人で魔女のパチュリーノーレッジが住まう。

「歴史学に興味でも?文だけに文系なのね」

パチュリーはつまらない言葉のあやを軽いジョークとして会話に交ぜる。アステカ文明について調べたいとパチェに頼んだ文。あんまりにも広い図書館なので、パチェに聞いた方が早いと思ったのだろう。

「まあ、取材の関係でしてね。人間の歴史と言うのも面白いものですよ、ええ」

写真の事については特に触れなかった。記事にする前にあんまり情報をべらべらと話すのも良くないだろう。文は図書館の上階に上がったところ、世界史や古代文明のエリアに案内された。

「そうねえ、彼らの神話とか宗教観とか文化的なことを調べたいのならここらへんの棚を調べるといいと思うわよ」

ここらへんといってもかなり広いが、あとは自分で探せるだろうと文は思った。

「ありがとうございます、じゃああとは適当に探してみますねー」

本棚をきょろきょろして物色する文はかわいい。目星の本を見つけるのは容易だった。古代アメリカ文明とかそういう関係の本を探していくつか読み漁ってみた。(世界史の時代で言うとアステカが栄えたのは中世であるが)。
アステカの人々が生贄を捧げた神は、ウィツィロポチトリ。太陽神であり、軍神でもある。アステカの人々は、ウィツィロポチトリが滅びて朝が来なくなることを恐れ、生贄として人間の心臓を捧げ続けたという。
また、アステカ神話にはウィツィロポチトリの母親としてコアトリクエという地母神がいる。コアトリクエとは「蛇の淑女」、「蛇のスカートをはく者」という意味である。コアトリクエのスカートはとぐろを巻いた蛇で出来ており、人間の心臓と手首をつなぎ頭蓋骨をつった首飾りをしている。彼女の食べ物は、人間を含むあらゆる生き物の生肉である。
豊穣の神であり母神でもありながら血肉を食らうという。「子供を飲み込む母親」を体現しており、生と死の象徴である。

「あやや、随分と恐ろしい神様ですねえ」

こうしてみると、生贄をささげられた太陽神よりも、その母神であるコアトリクエの方が恐ろしく思えた。コアトリクエは、山で羽毛の珠を拾ったことにより受胎。それを知ったコアトリクエの子たちは、母の懐妊に面目を潰されたと感じ、コアトリクエを殺害しようとした。しかし完全武装したウィツィロポチトリが誕生し、「トルコ石の蛇」という火の玉を使って兄弟の大半を滅ぼしたという。(Wikipediaより)

いろいろな本を読んでいたら、もうすっかり夕方になっていた。本来調べるつもりだったアステカ以外にも、マヤとかインカだの、他の古代文明も含めて色々な面白い話があり、つい読みふけってしまった。今日はそろそろ山に帰ることにしよう。

「パチュリーさん、お邪魔しました。お嬢様にもよろしく」
「ええ、どうも」

別れも早々に、文はそそくさと地下室から出ると、西館玄関を抜け正門を通り紅魔館を後にする。とりあえず、記事を書くのに必要な情報はだいぶそろった。長い間本を読んで少し疲れたようで、鴉宿の自宅に帰った文は夕食を済ませて早めに寝床についた。

就寝してからどのくらい経っただろうか。空は暗黒からわずかに青くなり始め、少しずつ明るくなっていく。気持ちよく眠っている文は、この明け方に予期せぬ訪問者に起こされた。ドアをどんどんと叩く音が聞こえる。こんな時間に非常識である。

「文様、文様」
「うう・・・誰です、こんな薄明時に」

髪に寝癖のついたまま、意識も朦朧にふらふらと戸口に向かう文。

「犯罪予告なんてしてませんよぉ・・・。私は潔白です」
「わたくしは姫海道家の小間使いの者です。検非ではありませぬ。早朝申し訳ありません、文女史様。至急、至急です」

声の主は、ほたて一派の下級鴉天狗だ。寝ぼけた文は視界がぼやけ、鴉天狗の緊迫した表情にまだ気づかない。

「いったいどうなされたのです」
「はたて様が、はたて様が大変なのです!」
「へぇ・・・?はたてが?」

当然、文は状況を呑みこめない。

「はたて様が発狂なされて、医者に運ばれました!」





鴉の谷、医療施設。
深い渓谷の奥に幻想入りした大きな建物があり、砦や医院などに利用されている。


「ひいいいいいいいいいいいい!!ほひひひひいいいいいいいいいいいいいい!!」
「はたて様、しっかりなさって!」
「鎮静剤を!」

ベッドの上には発狂したほたての姿。目を上に向いて、奇声を発し、鴉たちに取り押さえられている。文は戦慄しすぐさま駆け寄った。

「ひぃいいいいい!ひぃぃぃ・・・ふう・・・ふーっ」
「ああ!ほたて、どうしてこんな!」
「ふうー。ふう、ふ・・・」

鎮静剤が効いたのか、少し落ち着いたようだ。しかし意識は混濁し、会話できる状態ではない。文はその場の鴉天狗たちに事情を聞いた。

「いったい、何がどうなっているのです」
「それが、未明に大きな悲鳴が聞こえたので駆け寄ってみますと、谷の前で姫海道さんが錯乱しながら谷に飛び込もうとしていたのです」
「錯乱した理由は分かりますか?」
「いえ、ただうわ言のように祭壇が、祭壇がと繰り返すばかりでして」
「なんですって・・・」

思い当たる事どころの話ではない。原因は明白である。鳥肌が立って寒気がした。文は、自分がとんでもないものに触れてしまったのだとその時悟った。しかし何より、大好きなはたてをこんな目に合わせてしまったことがショックで、怒りと悲しみの気持ちの方がずっと大きくこみ上げた。

「私が悪かったんだ!!」
「あ、文様!?」
「私が面白半分にアステカの祭壇を教えたから悪かったんだ!!ああ、はたて!お前をこんな目に合わせるつもりはなかった!私が悪かった・・・!」

文は涙を流して後悔した。

「文様、とにかく今は彼女を安静にさせますので・・・」

部屋から出された文は、後悔に打ちひしがれた。今はただ、はたての回復を祈るばかりだった。しかし夜が明けると、そのいとますらも与えられない状況が起こった。


「見延のとこの娘がやられたぞ!」
「苗場も死んだって!」
「鴉天狗が4人も連続で殺されたんだ、新種の妖怪に決まっている!」

こんな時に取材など乗り気ではなかったが、さすがに事が事だ。はたての無事を祈りつつ文が現場に訪れると、天狗の野次馬やら官憲が集まりごった返していた。ここは鴉の集落に近いが、ニュースを聞きつけ白狼天狗達も来ている。木が生い茂る山の斜面の近くに、無残な死体の一つは転がっていた。両腕があらぬ方向に曲がり、胴体は潰れ、血にまみれ、舌が垂れた口から血を流し、その表情は恐怖と苦痛の様相だった。変わり果てた仲間の姿に泣きだす者もいた。文はとりあえず検非に事件の状況を聞きとる。

「お疲れ様です」
「ああ?射命丸か。聞いたぞ、姫海道の件。どうしていつもお前の身の回りには事件が起こるんだ」
「あやや・・・神の思し召しですかね・・・」
「神は神でも死神だろ。ん、どうかしたのか?」
「い、いえ・・・」

アステカのことは知らない検非は冗談交じりに言うが、事実そのままのことなので文はうろたえた。

「それで、どういった状況なのです」
「犠牲者はどれも体を捻りつぶされて全身の骨を砕かれ殺されている」
「巨大な妖怪にでも握りつぶされたとか?」
「いや、検視してみないと分からないが潰された跡を見てみると、なんていうか・・・こう、でっかい蛇にでも絞め殺されたような感じだな。それと・・・いずれも腹部がえぐられて心臓が持ち去られている」

文は、何だかうすら寒い思いがした。

「殺された4人は、どういった集まりなんですか」
「位も職も型もバラバラだ。今のところ共通点は無いな」
「そうですか・・・」
(みんなカメラをよく使う鴉なのではと思ったのですが・・・違うようですね)

しかし自分の勘が正しければ、この事件もはたての事件と関係がある可能性が高い、と文は思った。

(だとすると・・・守矢の鑑定ははずれではないですか。何もしてなくても影響ありまくりです。しっかしてくださいよ、神様)


文は情報を手帳にまとめると、ほたての病院に戻ることにした。さすがに今は新聞など書いては居られない。それは他の記者に任せよう。文が病院に着くと、天狗の医者が難しい表情で文に話しかけた。

「文さま。はたて様の意識が戻りました・・・」
「ほんとうですか!?」
「ただ・・・」

病室の前にははたての身内達がおり、文の姿を見ると一礼した。病室に入ると、確かにベッドの上にはたてが上体を起こしていた。しかし、これを意識があると言っていいのか、まるで魂の抜けた人形のようであった。目はうつろで、無表情のまま空を見つめる。

「ほたて・・・。ほたて、私が分かりますか?」
「女史様、申し訳ありませんが、やはりまだお話しできる状態では・・・」

はたてはまだ心の傷が癒えていない。あるいは、完全に壊れてしまったか。はたての身を案じる医者は文に控えめに伝えるが、その時、抜け殻と思われていたはたてが口を開いた。

「あやさま」
「は、はたて・・・」
「あやさま・・・私見たんです」
「な、何をです?」
「あの写真の正体は・・・。あいつに騙されてはいけません、あやさま。あいつの本当の正体は」
「あいつとは誰なのです?」

文は尋ねるが、はたてが正気に戻ったことで医者が廊下にいる彼女の親族を呼ぶ

「はたて様、無理しないで。みなさん、はたて様が気が付きました」

皆には聞かれたくないのか、それを気にするようにはたては口早に文に告げる。

「ここでは・・・申せません。でも・・・あの写真の真相、誰から」

直後に入ってきたはたての身内は、彼女の回復を喜んだ。文は、こういうときはやはり家族水入らずにするべきだろうという建前で、足早に病院を後にした。先ほどのはたてが言いかけた言葉の意味を理解したからだ。

「まさか・・・。そんなことが・・・?いや、確かにあり得ない話ではないですが・・・。確証がありません」

はたての言葉が本当に正しいのかわからない。あまりにも突拍子にない理論だ。まさにコペルニクス的転回というものか。八坂神奈子が、アステカの地母神コアトリクエだと。この異変の黒幕だと。とりあえずしばらくは、守矢の動向を伺いつつ調査を続行することとした。そもそも、アステカの神の目的は何なのだろうか?第一、仮にこの説が正しいとすると歴史的に辻褄が合わない。アステカ文明は12世紀から16世紀に栄えた文明。一方、八坂神奈子はそれより古代から日本にいるのだ。矛盾している。

「こういうことは誰に聞くのが良いのでしょうか・・・やはり歴史の専門家?それとも・・・」


翌日。人間の里。
文は上白沢慧音の自宅を訪れていた。慧音は半妖で、人里の学校の教師で、歴史の専門家である。

「・・・と、言うわけで、八坂とアステカの神についての因果関係を調査しているのです」文は、

隠さずストレートに仮説について彗音に相談した。利害関係の無い彼女になら話しても問題ないだろう。

「なるほど・・・。確かに時代の違いはあるが共通点があるな」
「古代日本の神が、中世にアステカの神になることはあり得るでしょうか?」
「ある国の神が形を変えて異国に渡るのは歴史的、宗教的に見てもよく見られることだ。人類がアフリカから東へ東へ移動してきたように、宗教観も輸出されたりしてな。実際、日本の神になった仏もいるだろう。また、太陽神信仰も世界中にみられるな」
「では、日本から一度アステカに渡った神が、アステカが滅亡した後に再び日本に戻ってきた、ということもあり得ますか?」
「根拠はないが、理論上は充分あり得るだろう。大気や海流が循環するように、宗教観や神、文明の中心なども形を変えて地球を循環していくものだ」

大気の循環という言葉を聞いて、文は神奈子が、魂を炭素に例えて話したことをふと思い出した。文は質問を続ける。彗音も文の仮説に興味を持ち、歴史を考察するのが楽しそうにも見える。人間でもそうだが、歴史家と言うのは大抵、空想好きなものである。

「八坂が新大陸に渡った要因として、何か考えられる歴史的な出来事はありますか?」
「もしお前の言う通り、アステカの神の目的が生贄の獲得にあるとすると、一応筋の通る説明はできる。人身御供という文化は、自然神崇拝の文化を持つ地域によく見られる。そういう点でも、日本とアステカには共通点があるな。特に古代日本では人身御供の話は多く残されている」
「ふむ」
「歴史は繰り返すんだ、文。つまり、アステカは古代日本の再現とも言える。アミニズム文化が強かった古代日本において、八坂は容易に生贄を得ることができただろう。しかし時代が進むと、生贄が行われる例は減少していくな。完全になくなるのはかなり後だが・・・」

理解力のある文は、ここまで聞いてピンときた。

「すると、中世に入ってアミニズム文化が薄まり、八坂は生贄が手に入りにくくなったということですね。だから・・・!」
「その通り。だから八坂は生贄を求めて新大陸に渡った。そこでアステカの神コアトリクエになったのだろう。そこで太陽神ウィツィロポチトリを含めた子供の神々を生んだ」

根拠は少ないのに二人の想像力だけでMMRばりにどんどん話が進んでいくが、確かに一応筋は通っている。彗音は話を続ける。

「そして1521年、アステカ文明滅亡。生贄の供給はストップした」
「だから、再び日本に戻ったのでしょうか?」
「ああ。だがそこが問題だ。日本に戻っても、その頃にはすでに生贄の習慣など一部の村にしかないだろう。あったとしても災害が起こった時だけだ。アステカのような定期性はない。もはや力を拡大することはできない」

この時代に八坂が日本に帰国したとして、幻想入りするまでの400年間どうしていたのだろうか。

「幻想入りするまでは、ずっと寝てたんでしょうかねえ」

仏教の勢力に押され、日本の神々は近代以前から色々と苦労してそうだ。

「まあ、そんなところだろう。次に、八坂が幻想郷で何をしようとしているか、だな」
「やはり妖怪を生贄に?」
「ああ、だが・・・なんか足りないんだよなあ・・・」
「どうしてです?」
「いやあ、なんかそれだけじゃオチとして弱い気がする、と。まあ、私の勘だがね」

彗音は歴史の考察は得意だが、それをもとに未来を予測するのはなかなか難しい。

「その件について、私からお話しさせていただきますわ」

突然女の声がした。脈絡もなく唐突に表れる妖怪、と言ったら一人しかいないだろう。幻想郷賢者で元征月大将軍でスキマ妖怪たる八雲紫女史である。空間の裂け目、スキマから顔をちょこんとのぞかせている。本人は可愛いと思っているのだろうか。

「八雲殿・・・」

いかにも紫らしい登場に、親しみとも呆れともつかぬ声のトーンで慧音は彼女の名を呼ぶ。
文は紫に尋ねた。

「八坂の目的について、八雲さんの考察はどうです」
「アラー、まだ彼女が天狗殺しの犯人という証拠はないでしょう?私はアダムスミスの言うところの公平な観察者ですのよ。容疑者の段階で犯人扱いは日本のマスコミの悪い癖ですわ。私はあくまで仮定として私見を述べさせていただきます」

紫ならとっくに真実がどうであるかは分かっていそうなものであるが・・・。まあ、紫というのはそういう妖怪なのだろう。文も慧音もなんとなくそれは察している。紫は単刀直入に述べる。

「あの例の写真・・・。実は幻想郷の外でも発生しているのですよ」
「ええっ?」
「不思議よねぇ・・・。幻想郷で起きるよりも結構前から、時代もバラバラなんだけど、最近アステカの祭壇として話題になっているわ」

疲れたのか、気まぐれなのか、なぜか途中から敬語をやめてタメ口になる紫。文は気にせず尋ねる。

「どうして外の世界でも同じ現象が?」
「この写真自体は、八坂が外の世界にいた時から撮られているものね。ということは、幻想郷でしか起こらないはずの「異変」というものが、外の世界でも発生していると言う事になるわ。ただ、外の世界では魔法や霊的な力が否定されている分、科学的に説明できる現象として現れているけどね。カメラ内部のフィルムをはさむ部品が、感光によって映し出される物理的な現象、ということでね。・・・んー、まあ簡単に言うとね、神の本当の狙いは外の世界なのよ」

慧音、紫に問う。

「どういうことです?」
「目的が外の世界の人間なのか、外の世界そのものの奪還なのかはよく分からないわ。ただ、私が予想したシナリオとしては・・・。まず、生贄が手に入りやすいこの幻想郷で妖怪や人間を食らい、そして多大な信仰を得て、霊力を蓄える。そして後に外の世界で、その世界に影響を与えられるほどの霊力を発揮することを目指しているのかしら」

文は手帳にメモを取りながら聞きとる。

「影響・・・とは?」

紫は具体的な結論を答える。

「外の世界の人間の世界観、価値観、あるいは社会システムを根底から作り変えること。妖怪や神が常に人間の隣に存在してきたということを、人々に思い出させること。神が支配する世界を再現すること。それが神の目的ではないかしら」

今の外の世界が具体的にどのようになっているか文は書籍でしか知らないが、高度な科学文明が発達した世界において、そんなことが本当に可能なのだろうかと思った。

「うーん・・・。しかし、外の世界は繁栄と衰退を繰り返しながらも、科学自体はずっと進歩を続けていますし。今さらそんなことが可能なのでしょうか。ましてや、世界は日本だけではありません。現に60年前、八百万の神々は西洋の一神に太刀打ちできなかったわけですし。いや、人間の戦争に神が関わるかは知りませんがね」

外の世界の実情を常に見ている紫は言う。

「どうかしら。生贄とは、自己犠牲。自らの意思で、自分を自然に還元してしまうことね。特にこの国には、昔から根付いているのではないかしら?」

確かに、今の外の世界を見ると、これからどんどん人々の意識に揺らぎが起きやすい状態に進んでいくのではないか、と慧音は思った。人は、絶望すると宗教や霊的なものにすがりやすくなる。だとすれば、今の日本は数十年前よりも、人と科学と迷信が近いステージにあるのではないか・・・。慧音はそれを踏まえて予想する。

「もし、死ぬことによって神、すなわち自然と一体になれると人々が認識したら・・・」
紫は答える。
「この国の行く末も踏まえて考えると・・・確かにあり得なくはないかもね。・・・まあ、少し話が脱線したわ。私が常に気にするのは、幻想郷がどうなるかということよ」

それはどちらかというと文も同じ気持ちだった。自分の世界と仲間のことが心配なのだ。

「それで・・・八雲さんはどうするのです。いざという時は力を貸していただけますか」
「持続可能な幻想郷の維持と言う点で見て、許容できない事態が発生したらね。基本的には不介入よ」

紫は、どこか割り切った冷たいところもある。紫は自分のスタンスについて文に事前に告げる。

「だからあまり深入りしない方がいいのではなくて?あなたが殺されそうになっても、私はただ見ているだけだから」

人間に近い慧音は、そう言う考え方はあまり好きではなかったが、紫の言葉に特に文句は言わなかった。文も同じだった。確かに紫が自分たちを助ける義務はない。

「とりあえず、ここまで分かれば後は私の仮説の証拠を見つけるだけです。慧音さん、八雲さん。ありがとうございました。では私はそろそろ・・・」
「ああ、充分なことはしてやれなかったが。お前との話は楽しかったよ。気をつけて帰るんだぞ」

慧音はまるで自分の生徒に言うように文の身を案じた。一方紫はというと、言うだけ言ってもうスキマで帰ってしまったのか、慧音が文を玄関で見送る頃にはもうとっく消えてしまっていた。

「ありがとうございます、ではまたいつか」

もう夕暮れ時。文は黒い翼を広げ妖怪山へと飛び立った。


あれから1週間、犠牲者はどんどん増え続けた。死ぬのは鴉天狗だけでなく、2日ほど前からは人間や他の妖怪にも被害が及び始めたと聞いた。殺され方も変化し、手首が切り取られたり、頭がい骨が取り出されていたりした。いずれも心臓が持ち去られていたのは同じであった。被害者のプロフィールに共通点は無く、あの異常写真を撮影したことのある無しは関係が無かったことも分かった。はたての容体も落ち着いたことで、文は調査と並行して新聞の編集も再開し、自宅で資料をまとめていた。

「だとすると、撮影した個人ではなく鴉天狗全体・・・あるいは幻想郷全体にかかった呪い・・・?はたてはそれと直接交信したからダメージを受けた・・・」

はたての見舞いに行った時、以前聞きそびれた話を聞くことができた。やはりはたては、八坂があの写真の黒幕なのだと言う。その時のはたての言葉を思い出す。

「「あんな奴を山の神にしてはいけなかったのです。受け入れてはいけなかったのです。天魔様は八坂に欺かれているのです!文様、このままではいずれ大変なことになります。みんなに知らせないと・・・」」

この異変、博麗の巫女は感づいただろうか?これはもう異変レベルであるし、さすがに博麗霊夢もそろそろ動いてもいい頃だ。明日、博麗神社に相談しに行こう。

そう思った射命丸さん。しかし、もう遅かったのです。

部屋のドアを叩く音。

「誰です」
「大天狗様の使いの者です」

ドアを開けると、鴉天狗が数人立っていた。

「大天狗様たちが是非あなたにお話を伺いたいと」
「なんですって」
「ささ、庁まで御同行願います。お急ぎくださいな」

突然そんなことを言われても困ると、文は躊躇する

「待ってください、もっと詳しいことを」
「来れば分かります」

鴉に囲まれ、半ば無理やり天狗の幹部のもとへと連れて行かれた文。官公庁らしく立派な建物。幹部たちが集まる会議室に連れて行かれた。一体何の用事なのか、文は不安な気持ちだった。きっと例の異変のことであるのは間違いないのだが。ほたての件で責任を問われるのだろうか。しかし、文は丁重に出迎えられ、まるで客人のようにもてなされ、良い席に座らされた。出迎えた大天狗たちも特に怒っている様子はない。

「射命丸文。昨今、幻想郷で起きている深刻な異変の事だが、原因がわかったよ」

そうか、大天狗様達はとっくに分かっていらしたのだ。きっと博麗の巫女や幻想郷の賢者と連絡を取って・・・。

「守矢の神、八坂様に相談したのだが」
「え・・・」
「この異変は、異大陸の神が本郷にやってきたことにより起こっているらしい」
「守矢の神によると、その邪神の災いを止めるためには、最も優秀な鴉天狗を捧げるしかないそうだ」
「は・・・?」
「そうしなければ妖怪や人間が死に続け、幻想郷は滅亡してしまう」
「ちょ、ちょっと」
「君は頭も運動神経も良く、容姿も美しい。最も優秀な鴉天狗だ。天魔様の許可もいただいている。まあ、よろしく頼むよ。その日までは、何でも望みをかなえ、好きなものを用意させよう。幻想郷のためだ」

文は、心拍数が上がり冷や汗が出て、足が震えた。まさか、ここまで容易に鴉天狗の上層部を欺くとは。先手を打たれた。本当に取り返しのつかない、とんでもない状況になってしまっていた。

「違います!!!」

文は大声をあげた。

「みなさんは騙されているんです!八坂神奈子の正体はアステカの母神コアトリクエです!アステカが滅びたから、彼女は新しい生贄を求めて日本にやってきたんです!信仰心不足で弱まった力を蓄えるべく幻想郷に!そしてそして・・・!」
「何を申している、射命丸。気でもおかしくなったのではないのか」
「八坂様がそのようなことをするはずないだろう」

幹部たちは聞く耳を持たない。神の力で強制認識でもされているのか。ねつ造された情報を信じ込んでしまった大天狗達に対し、文は血相を変えて叫ぶ。まるで冤罪で捕まった人間の如く。

「天魔様に会わせてください!天魔様ならわたくしの申し訳を聞いてくださいます!」
「だめだ、いくらお前といえどもそのようなことは畏れ多いではないか」
「天魔様のご聖断に逆らうのか」
「朝敵、逆賊と言われても言い逃れできまいが」
「お前には幻想郷を救う使命が与えられたのだ。誇りのある仕事ではないか」

半狂乱の文は、施設の中に軟禁された。最高級の食事や、上等な寝床や娯楽が与えられたが、全く楽しむ気にはなれなかった。墜落すると分かった飛行機の中で、映画を楽しむ者はいない。ましてや、真実が消されてねつ造された情報がまかり通っているのだ。屈辱で、くやしくて、まるで濡れ衣を着せられた罪人の気分である。もはやいつもの明るい文の姿は無かった。従者が文の体を丁寧に洗い、髪を整える。神にささげる生贄だからだろう。猶予の期間が一日あり、間をおいて運命の日が訪れた。文は妖怪山麓にある鉄道駅の遺跡に連れて行かれ、広場の平らな石のオブジェの上に仰向けでくくり付けられた。この遺跡が幻想入りする前は、噴水前のオブジェとして使われていたのだろうか。しかし今のその姿はまさに、生贄の祭壇そのものであった。文はここまで連れられる途中、仲間の天狗達に見送られたが、彼らにはすでに改ざんされた情報が植え付けられているのだろう。彼女らは口々に、「八坂は偉大なり、八坂は偉大なり・・・」と唱えているだけだった。文はもはや助けを求めることもしなかった。はたては、慧音は、紫は、助けに来てくれるだろうか?私が生贄となったことを知っているだろうか。ここは閉ざされた妖怪の山、その望みは絶望的だった。


日が昇りつつある夜明けの空。しばらくして、文の前に現れたのは、下半身が巨大な蛇の姿となった八坂神奈子の姿であった。その首には、犠牲者の手首や鴉天狗の羽根で作った不気味なネックレスがぶら下げられている。しかし顔はいつもと変わらず、八坂神奈子として振るまっている。その目には、冷たいとも慈悲深いとも分からぬ印象をたたえていた。

「やっぱりあなただったんですね。私は、やっぱり一流のジャーナリストでした」
「・・・・・・」
「全部演技だったんですよね。そうやって幻想郷中のみんなを欺いてきたんですか。諏訪子さんや
早苗さんをも今まで欺いてきたのですか?神が聞いてあきれます!一体何のために!そこまでして息子を生き延びさせたいですか!それともあなた自身の力を増大するためですか!」

文は普段見せなかった怒りの表情を見せ、強い感情を神奈子にぶつけた。黙っていた神奈子は口を開いた。

「お前は、死ぬのが怖いのか?」
「当たり前です。私は今までたくさん努力して、たくさん勉強して、たくさんの事を経験して、いろんな人に出会って・・・。これからもまだやりたい事や知りたいことがたくさんあるんです!こんなところで死にたくありません!」

それを聞いて神奈子は笑みを浮かべた。

「そうだ、そのお前の人生、知識、経験。今までお前が築いてきた全てのものと、この先お前にあるはずだった未来を食らう事が、私の最高の喜びだ」
「な・・・」
「この世界に来た時から、ずっと最高の生贄を探していた。今まで殺した者は、専ら我が息子に心臓を捧げるため。短期間で多く殺したのは、お前を生贄にさせる口実のためだ。だが、お前は本当に素晴らしい妖怪だよ。お前を見たときから目が離せなかった。私が食らうのはお前だけに絞り込んだ。優秀で、活力にあふれた、美しく、生意気な女。神の一部となるのにふさわしい」

文は、神に見初められたのだった。文は絶望したような、呆れたような気持ちになった。

「ふざけないでください。おとなしく食べられやしません。本気で抵抗しますよ」
「そうだ、生きようと必死にあがいて見せろ」

神奈子は文を縛っていたワイヤーを霊力で焼き切った。その瞬間、文は妖力のスラストを全開にして、自慢の幻想郷最速の能力を以て、全力で逃げようとした。溢れだす妖力により体の表面から青い可視光が生じる。本来ならグングニルの如く一瞬で空の彼方へ飛翔するはずだった。しかし神が文を逃がすはずはなかった。蛇が獲物を捕らえるような動きで上半身が一瞬で文に詰め寄り、文の胸ぐらをつかみ、そのまま石の祭壇にたたきつけた。

「あっ・・・ぐうぅ!」

文は衝撃でくぐもった悲鳴を上げた。起きあがる暇など許されるはずもなく、神奈子は蛇の下半身を文に巻き付け、締め上げた。文は苦痛で顔をゆがめる。

「ああっ・・・がああ!」

もうこうなっては終わりである。全く身動きがとれず、高貴な鴉天狗は全身を蛇の体に巻かれ無様な姿をさらしている。神奈子は文を締め上げたまま、愛おしそうに文の黒髪をさらさらと撫でた。

「さあ文。この祭壇をお前の血で染めようではないか。このまま絞め殺し血を流させてから丸呑みにされたいか、それとも少しずつ肉を食いちぎられるか、どちらがいい。選ばせてやる」

どちらも激しい苦痛を伴う終わり方だ。慈悲でもなんでもなかった。文は、少しでも痛くなさそうな前者を選んだ。

「ひと思いに、絞め殺してくださいな」
「ククク、ひと思いにという願いは聞けないな。最期に言い残すことはあるか?」

文は、幸せだった日々や友人たちとの思い出を、今になって急に懐かしく感じた。

「はたて・・・霊夢さん、魔理沙さん、レミリアさん、山のみんなにもう一度会いたかったです。もう一度あのころに戻りたいです。死にたくないです、死にたくない・・・」

文は涙を流した。命乞いと言うよりも、誰に向けたのかわからない感情であった。




「やっぱりほたての言ったとおりだった!!」

森の奥で誰かが叫んだ。神奈子は動きを止め、鋭い視線を横に向けた。森の中に隠れていた鴉天狗達がわらわらと出てくるではないか。

「私たちの文を殺そうとするとはどういうことだ!」
「神奈子は人間の屑!」
「八坂is not GOD!」

鴉天狗達は両翼から危害弾幕を斉射し、ドドドドンという破裂音共に神奈子に弾幕の雨を浴びせた。神は一瞬ひるみ、拘束していた文をほどき、後ずさりした。文は何が起こったのかわからないまま、すばやく救助された。神奈子は鳥たちに取り囲まれて取り乱す。もはや言い逃れしても取り返しのつかない状況だ。

「洗脳が不完全だったか。この私の力を、神の力を上回るとでも言うのか?・・・不愉快だな」

神は動揺を隠しながら悪態をついた。その時神がもう二柱現る。

「神奈子よぉ・・・少しおいたが過ぎるんじゃないのかい?」
「神奈子様、馬鹿なことはやめてください!」

声の主は諏訪湖と早苗であった。神は、鴉たちを完全に欺けなかった要因を今悟った。

「諏訪子、お前の仕業だったのか」
「これだけの動きをすれば、さすがに気づくわ、馬鹿め」

鴉天狗の一人は神に告げる。

「神よ、あなたを妖怪山から追放します。すぐに立ち去りなさい。さもなければ、神殺しの愚を犯すことも辞しませぬ」

神は、鴉の戯言など取るに足りないと言う風に、一笑に付す。

「ほぉ、私を殺そうと言うのか・・・」
「諏訪子様もおります。あなたに勝ち目はない」

それを聞く神は不敵な笑みをたたえながら、狂ったように笑い声をあげた。

「ハハハハハハハ・・・!そうか!私を殺すか!ああ、私の子供たちが、再び私を殺めようとしている!息子よ!こいつらを八つ裂きにしろ!」

神は子の軍神を召喚しようとする。鴉たちは躊躇した。戦闘に特化した軍神がもう一柱現れるのだ。ウィツィロポチトリの兄弟のように全滅させられてしまうのではないか。歴史は繰り返すのか。

「神同士が殺し合い?幻想郷が壊れるんだけど」

ところが、現れたのは太陽神ではなく、幻想郷賢者八雲紫だった。神は唖然とした。

「スキマ妖怪、呼んだ覚えはないんだがな」
「モンペが・・・」





異変は解決した。


幻想郷で撮られる写真に、もう祭壇が写ることは無くなった。守矢神社は残されたが、住まうのは諏訪子と早苗のみとなった。外の世界では、この現象はまだ続いているのだろうか?この話は、文が捕食されて締めくくられるはずだった。この世界では、文は死ななかった。これは文が生き延びた世界。

文は鴉宿の自宅で新しい記事を書いていた。机の隅に置いてある、紫から貰った外の世界の新聞を眺め、一言つぶやく。

「これが最期のオリンピックにならなければ良いのですが・・・」
やくも型護衛館
作品情報
作品集:
30
投稿日時:
2012/08/21 14:58:43
更新日時:
2012/08/22 11:27:56
分類
産廃百物語B
射命丸文
八坂神奈子
守矢諏訪子
妖怪の山
八雲紫
はたて
けーね
1. 紅魚群 ■2012/08/23 02:31:26
ありましたね、アステカの祭壇。昔は結構本気で信じられてた心霊写真だったそうですが、今となってはいやはや…。
産廃ではどうしようもない文ちゃんばかり書かれることが多いですが、これは良い文ちゃんですね。黒幕以外は優しい人ばかりだったからこそ、この異変は解決できたんでしょう。慕われてる文が斬新だと感じてしまうのも、ある意味悲しいものですが…w

命乞いをする文はかわいい。
2. あぶぶ ■2012/08/23 22:48:28
文ちゃんが生き残ったのは意外だった。酷い目にあうところが見たかった
3. 名無し ■2012/08/25 11:15:33
文ちゃんが写真を面白ろおかしく記事にして呪われる展開かと思ったら違った
文ちゃんは本当はいい子なんだよ。ただちょっとマスゴミなところがあるだけで
4. NutsIn先任曹長 ■2012/08/25 22:01:02
大山鳴動して蛇一匹。
あやややのジャーナリスト魂は、良い餌になりましたね。
あの手際の良さ、恐らく紫や幻想郷の重鎮達は水面下で動いていたんでしょうね。
霊夢も神殺しの修行を終えて、コックドピストル(臨戦態勢)で神社に待機していたりして。

天狗社会の設定、なかなかに面白かったです。
三文字苗字は上流階級とか。
文に神を上回る(狂)信者がいたりとか。

幻想郷の異変は解決したけれど、外界はどうなることやら……。
5. 名無し ■2012/08/28 17:26:44
紫さん外の世界に放り投げたりしないでください。
神奈子さんかっこいいなぁ。紫さんもだけどさ。
野心をもちすぎた神奈子さんかわいい!

……文が捧げられた世界もいいなあ。
6. 名無し ■2012/08/30 17:58:14
ストーリーはめちゃ面白かっただけに、展開や構成に物足りなさを感じる。時間が足りなかったか。
7. 名無し ■2012/09/02 12:12:47
キミタチ、オジョウサマダタノカ…

色々思うことはありますが他の方が大体言ってるのでこれだけ…
アステカの神々の名前&神話ってどうしてあんなに覚えにくいんでしょうね。
メガ○ン補正あってもツィツィミトルとテスカポリトカとケツァルコアトルの名前くらいしか思い出せませんよ。

公家はたて可愛い
8. ローゼメタル ■2012/09/04 21:56:04
KNK is not GOD
GO is not GOD
SWK is GOD
9. 名無し ■2013/10/22 19:38:06
神奈子…太陽…
ひょっとして、ウィツィロポチトリって地霊殿にいるんじゃ…
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