レイマリ荒野を行く外伝 〜ヨウキとヨウム〜

作品集: 31 投稿日時: 2013/08/04 06:05:09 更新日時: 2013/08/04 06:05:09
 クツクツクツ、トントントン、と、厨房では忙しない調理音が鳴る。数名の料理人が、客や自分たち下働きの者のために料理を作る。その量は決して少なくはない。
 そんな料理人達に混ざり、まだ幼ささえ見受けられる少女が包丁を奮っていた。その包丁捌きは見事なもので、他の料理人達に勝るとも劣らず。あっと言うまに食材が刻まれていく。
 だが、どうしたことだろう。少女の顔の左半分は包帯で覆われ、その愛らしい顔の景観を大きく損なっていた。
「ヨウムさん、こっちは仕込み終わりましたぜ」
「では、揚げ物の準備をお願いします」
「かしこまりました」
 なんと、大の大人である料理人が、少女に指示を求めていた。それもそのはず。少女はこの歳にして、使用人達をまとめる頭となっているのだ。掃除洗濯料理等家事全般は相当な腕であり、それに加えて周りからの人望も厚い。この若さで頭というのも頷ける。
「おや、忙しそうだね、ヨウム。手伝おうか?」
「いえ、大丈夫ですよあなた様」
 今、厨房の入り口から顔を覗かせ、ヨウムに声を掛けたのは、彼女の旦那である。彼はもともと旅の絵描きであったが、偶々訪れたこの街でヨウムと出会い、一目で恋に落ち、その半年後には両思いとなってめでたく結ばれたのである。
「それより、お仕事のほうはいいのですか?」
「うん。どうにも気分にならなくてね。経験上、こういうときは無理に筆を取らず息抜きするべきなんだ」
 そういって、ヨウムが刻んだ野菜を一摘み口に放り込む。ヨウムが注意するが、彼は既に厨房から逃げ出していた。まったくもう、子供じゃないんだから、とヨウムは楽しそうに笑った。
 ヨウムが二人の賞金稼ぎに命も心も救われてから、幾年か過ぎたころの話。


 サイオンジユユコの主な収入源は、交易である。両親が営んでいた貿易会社の経営を引き継ぎ、自宅から便りや使者でのやりとりで経営している。その収益は相当なものであり、ユユコの手腕は、同じ業界のものも一目置く程である。
 そんなユユコが、自室で便りを読みつつため息を吐いていた。

〜〜サイオンジユユコ様
 今回のキリサメ様との交渉についてですが、先方から断りの言葉を頂きました。契約破棄ではないと申されていましたが、現状では検討されている可能性もあります。打開策をご教授下さい〜〜

「これで、八件目……」
 ユユコはそう呟くと、再びため息を吐いた。ここ最近、交易の仕事を断られてばかりであった。
 原因は分かっている。最近、自分の貿易会社について妙な噂が流されているのだ。やれ、交易品を横流ししているだの、帳簿を誤魔化しているだの。そのような事実は一切ないが、なぜかそんな噂が山火事のように広がっていて収拾がつかなくなっていた。
 今はまだ経営自体が傾いたわけではないが、これが致命傷になる前に対策を練らなければならなかった。ユユコはそこに頭を悩ませていた。せめて犯人がわかればやりやすいのだが、それすら不明である。
「……今は先方に自ら掛け合って信用を得るしかない、か」
 そう決断すると、ユユコは早速旅支度を始めた。旅行カバンに着替え等を詰め込み、部屋を出る。玄関に向かう途中の厨房で、ユユコは働くもの達に声をかけた。
「みなさん、聞いてください。緊急の用事が出来まして、私はこれから暫く街を離れます。みなさん、屋敷のことをお願いします。そして、これを他の方々にも伝えて下さい」
「「はい、わかりました」」
 皆が声を揃えて言った。その言葉を聞き、ユユコは厨房を後にする。使用人たちは、互いに顔を見合わせて不安をあらわにする。
「ユユコ様がお出かけになるのか」
「外行き用の格好だったから、きっとお仕事の用事だろう」
「なにか、深刻なことが起きてるのかもしれない」
 口々に、憶測が飛び交う。不安が全員に伝染し、皆の思考が暗く沈んでいく。
「みなさん、しっかりしてください」
 凜、と透き通った声がした。皆がそちらを見ると、ヨウムが強い眼差しで皆を見ている。
「ユユコ様ならきっと大丈夫です。私たちは、お疲れになって帰ってくるユユコ様のために、出来るだけのことをしましょう。みんなでユユコ様を支えて差し上げるんです」
 不安にどよめく使用人たちの中にありながら、ヨウムは不安をはねのけ胸を張って言ってみせた。それを聞いた使用人たちは、はたとどよめくのをやめ、急に真摯な顔つきになる。当然だ。自分たちの頭に、それも年もずっと下の少女にそう言われれば、気を引き締めなければと思うもの。
 申し訳ありませんでした、と使用人たちは口を揃えて言うと、自らの仕事に戻っていく。ふう、とヨウムは一息つくと、包丁を握り直し、魚を捌く作業に入る。


「ふうぅ……さて、どうしようか」
 絵師は悩んでいた。描く対象は決まっているのだが、問題はどう描くかだ。描き方は重要だ。同じ題材を描いても、描き方一つで名作駄作に別れる。絵師は、今回の作品だけは傑作に仕上げたいと思っている。
 しかし、力めば力むほど柔軟な思考から離れ傑作から遠退いてしまう。力を抜かなければならないのはわかっていたが、上手くいかず、かえってやる気まで抜けていく始末。
「参ったなぁ……」
 伸びを一つし、真っ白なキャンパスとにらめっこをする。頭の中にいくつもイメージが浮かぶが、どうにもこれといったものにならない。
 少々ガッカリとしながら、何気なく中庭に視線を移した。そこに、奇妙なものが、いた。
「ん、人……?」
 黒いマントを羽織り、妙に鼻の長い怒り顔の仮面を被った人物が、立っていた。


「どちら様、ですか?」
 ヨウムは、警戒しながら、台所の入り口に立つ人物に話し掛ける。台所の入り口には、鼻の長い怒り顔の仮面をしたマントの人物がいる。ヨウムはその仮面に覚えがあった。天狗という、その昔、東洋にいたとされる仙人を模した面だ。
 その天狗の面は、ヨウムの問い掛けには答えず、代わりにマントから肉厚のカットラスを取り出した。ヨウムはそれを見た瞬間、反射的に包丁を握った。
「みなさん、自衛の用意を!」
 ヨウムがそう叫ぶと共に、天狗の面が襲い掛かってきた。カットラスを振り上げ、ヨウムに向かってくる。ヨウムはとっさに包丁を構え、迎撃の体制を取る。
 天狗の面が、振り上げたカットラスを振り下ろしてくる。ヨウムはそれを、包丁の腹で受け、滑らせるように軌道を変えて空振らせ、開いた体にあて身をする。天狗の面は短く呻くと、気を失ったのかその場に倒れこんだ。
 ヨウムは天狗の面からカットラスを奪い取ると、廊下に飛び出し様子を探る。なんと、同じ天狗の面をした人物が何人もおり、皆がカットラスを手にしている。
 迎撃のため構えを取った瞬間、奥から男の悲鳴が聞こえてきた。ヨウムがその声を聞き間違えることはない。その声は、今では毎日のように耳にする、愛しき男の切羽詰まった悲鳴だった。
「あなた様!?」
 ヨウムがそちらに気を取られた瞬間、天狗の面が背後から切り掛かってきた。しまったと思った瞬間、その間に割って入る影。ガキン、と金属のぶつかり合う音が響いた。
「ここは我々に任せて、ヨウムさんは早く旦那のところへ!」
 ヨウムを庇った使用人は、天狗の面を力で押し返し、自衛用に台所に置かれていたナタを構える。
 ヨウムは不安を覚える。自衛のために使用人たちには剣を教えてはいるが、実戦の経験などは皆無であり、この正体のわからぬ輩に単独で相手をさせるのはいかがかと。だが、先ほど聞こえた悲鳴のほうが気がかりであり、心苦しくもヨウムは使用人たちに謝罪し駆け出す。
「あなた様、どうか、どうかご無事で!」
 ヨウムは祈る思いで、廊下を駆け抜ける。途中、客室等から悲鳴や打ち合う音が聞こえてきて、屋敷全体が襲撃にあっているのだと知る。
 やっとの思いで、男の部屋に着いたヨウム。そこで目にしたのは、腕から血を流しながら、ナタを構える男の姿。そして、対峙する二人の天狗面。
「あなた様!」
「ヨウム!」
 助太刀せんとヨウムは飛び掛かろうとするが、どこから湧いたのか、新たな天狗面がヨウム目がけてカットラスを振る。それを避けて気を配れば、多数の天狗面に囲まれていた。
「ヨウム!」
 男がそれに気を取られた瞬間、対峙していた天狗面が男に切り掛かっていく。ヨウムは、それをただ見つめていた。咄嗟のことに、体が動かなかったのだった。


──あなた様!──


──……任せな──


 まさに刹那。その瞬間に何が起きたのか、理解できたものはいなかった。ヨウムがいた地点の床が割れてめくれあがり、男に切り掛かった天狗面の腕の肘から先が真下に向いている。
 皆が呆気にとられていると、腕が折れた天狗面の間抜けな悲鳴が響き、そこで意識が引き戻される。消えたヨウムは、天狗面と男の間にいた。
「ヨウ、ム……?」
「そこで待ってな腰抜け」
 ヨウムはそう言うと、カットラスを両手に構える。
「ち、無駄に重てえな」
「ヨウム……いや、違う。おまえはまさか」
 男が言い終わらないうちに、ヨウム──いや、ヨウムではない、別のなにかが、動いた。目の前のもう一人の天狗面に向かう。天狗面はあわててカットラスを振り下ろすが、彼女はにやりと笑うと、そのカットラス目がけて振り上げる。
 酷く耳障りな音が響き、天狗面のカットラスは三等分にされた。
「クソみたいな剣だな。たった一振りでもうナマクラだ」
 そう言う彼女のカットラスは、刃零れこそしているが折れてはいない。天狗面が怯んだ瞬間、回し蹴りがその頭を捕えた。中庭に吹き飛び、どうやら気を失ったようだ。
「……おまえ、もしかして」
「話は後だヘタレ。まずは屋敷のクズどもを片付けてからだ」
 男から彼女の顔は見えなかったが、相当酷い表情らしい。向かい合った数名の天狗面が、どよめいてあとずさる。
「てめえら、人ん家に土足で上がり込んで好き勝手やりやがって。少しばかり灸をそえてやらなきゃなぁ」
 彼女はそう言うと、天狗面たちに切り掛かっていった。あまりに素早い踏み込みに、天狗面たちは反応が遅れた。それが命取りとなる。
 素早く集団の中心に入り込むと、カットラスの峰で左右の二人の膝を砕く。それらが崩れ落ちる前に、前方の天狗面にサマーソルトキックを決め、その回転で背後の天狗面の首を足で捕まえる。そして、そのまま前転するように体を曲げ、勢いで天狗面の頭を地面に叩きつけた。
 あっと言う間に、この場にいた天狗面は全て倒されてしまった。男はその凄さに唖然とする。
「おいヘタレ。こいつら縛っとけ」
 少女はそれだけ告げると、この場から去ろうとする。
「ま、待て!」
 しかし、男がそれを呼び止める。少女は振り向きはしなかったが、その場で足を止めた。
「……ユユコさんの部屋に、ヨウムの刀がある。折れたのを新しく打ち直したらしい」
「なぜそれを俺に?」
 少女の問いに、男は少しだけ考える素振りを見せた。
「……さあな。……ヨウムを頼む」
「……へっ」
 少女は走り去っていった。後に残された男は少女に言われた通り、天狗面たちの体を縛り上げた。
「あれがヨウキ……でも、話に聞いてたのと随分違ったな」
 縛り終えた男は、腕の怪我を簡単に治療すると、急いで彼女の後を追った。もしもの時のために、愛しき妻との約束を果たす為に。


 この街にある馬貸しの小屋で、ユユコは馬車を手配していた。馬貸しの主が馬車に馬を繋いでいるのを見守っていると、小屋に誰かが来る音がした。主ともどもそちらを振り返ると、いかにも怪しい雰囲気のマントに天狗の面をした人物。
「……サイオンジ ユユコだな。共に来てもらう」
 声から察するに女性のようだが、驚くほどの長身である。ユユコは身の危機を感じ、とっさに駆け出した、が、振り返ったその瞬間に体を絡めとられ、首筋に刃物のようなものを当てられていた。小屋の入り口からはそれなりに距離があったはずだが、この長身の女は一瞬で詰め寄ったらしい。
「無駄な抵抗はやめてもらおう。指示に従えば、こちらも無駄な労力を使わなくて済む。店主、おまえもだ。おまえはさっさと馬の準備を済ませろ」
 隠しておいた猟銃を引き出そうとした主だったが、ユユコの首筋に刃物を押しあて軽く血を流させる天狗面を見て、諦めたように馬車の準備を進めた。抵抗すればユユコが危ないと悟ったのだ。
 かくして、この天狗面は自らの任務を全うした。準備された馬車にのり、悠々とユユコを拉致した。
 馬車が走り去った後、主は急いでユユコの屋敷に向かった。頼りになるたった一人の人物に助けを求めるために。


「……フン」
 少女は鼻を鳴らし、二振りの刀を鞘に納める。後には死屍累々と天狗面たちが倒れこんでいる。
「……たった一人で、これを……?」
 少女の強さは先ほど十分に思い知らされたが、改めてその驚異的な力に驚愕する。しばし呆然とした男だったが、はっとして天狗面の一人の生死を確認する。
「そんな血相を変えなくても、ちゃんと生かしてるよ」
 意地が悪そうないやみったらしい声色で少女が言う。たしかに、天狗面からは鼓動と呼吸を感じられる。
「ったく、面倒だったぜ。殺さねえように峰で打っ叩くってのはよ」
 そこで男は、初めて少女の顔を見た。普段しているはずの包帯は、争いの最中に解けたのかなくなっており、痛々しい傷痕の残る顔半分が露出している。さらに、無事な右側のほうは普段の愛らしい丸っこい少女のものではなく、抜き身の刀を連想させるような鋭い顔つきとなっており、とても同一の人物には見えなかった。
 ククク、と凶悪そうに微笑むその顔は、なるほど確かに退きたくなるほどの悪寒を感じさせた。まるで死を具現化させたような存在だ。
「……そうか、お前がヨウキなんだな」
「あ、違ぇよ」
 聞いていた通り、いや、それ以上に恐ろしい存在の正体を確認したが、本人はそれを否定した。男はそれが腑に落ちず、思わず顔をしかめた。
「人斬りヨウキは既に死んだ。ここにいるのは、ヨウムでもヨウキでもない、それらの命の掃き溜めから生まれた何かだ」
 そう答えると、ふと少女は何かに気付いたように顎に手を添え、考え込んだ。
「だがまあ、そうだな、名無しじゃやりにくいか。そうだな……ヨウキ、ヨウムときたら……」
 そこで何かをひらめいたらしい少女が、まるでヨウムのように無邪気に笑い、男に振り向く。痛々しい傷跡がむき出しの、常人なら思わず顔を背けるような面に、本当に無邪気な笑みを浮かべるその様を見て、男は思わず胸をドキリと高鳴らせた。
「ヨウチってのはどうだ」
「なんだそりゃ」
 その無邪気な笑顔から飛び出した名前に思わず脱力する。くっくっく、と笑うヨウチと名乗った少女の様子を見て、どこまで本気なのか男には測りかねた。
「……ハッ、どうやら本物か」
「ハァ、何がだ?」
 なんでもねぇよ、とヨウキは答え、そっと傷跡に手を添え、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。が、その表情は男には見えなかった。そうして、ヨウチは再び眠りにつこうと、精神世界で眠るヨウムを揺り起そうとしたとき、慌ただしく駆ける足音が聞こえてきた。新手かと身構えた二人の前に現れたのは、小さな少女だった。


「もう一度言いますよ。この契約書にサイン一つするだけでいいんですよ」
 いかにも高圧的に、真新しい紙にことこまやかに字が書きこまれたものを鼻先に突き付け、黒髪短髪の女は告げた。その言葉尻には信じられないという呆れの感情が散見される。その女の正面には、椅子に縛り付けられ、指に何かの器具をはめられた桜色の頭髪の女性がいた。
 椅子の女性は先程拉致されたユユコである。ユユコは気丈にも正面にいる女性をにらみつけている。その眼光は決して鋭くはないが、芯に決して折れぬ強さを持っていることをありありと伝えている。
 対する黒髪の女性はシャメイマル アヤといい、ユユコと同じく貿易を生業としているものだ。ただ、彼女に関していい噂は聞こえない。ユユコも彼女に関して、気を付けたほうが良いと同業者に注意を促されたほどだ。
「ハァ、わかりません、理解に苦しみます。そんなに強固な態度に出ても、痛みと苦しみを増幅させ長引かせるだけだというのに」
 やれやれ、と首を振るアヤを、キッとにらみつけるユユコ。
「……あなた、こんなことして恥ずかしくないんですか?」
「ハァァ?」
 ユユコの言葉に、眉間にしわを寄せるアヤ。そして、まるでめまいでも起こしたかのように指で揉み解すと、ズイとユユコに顔を寄せた。
「全っぜぇぇぇん! 恥ずかしくも何ともありまっせーん! むしろこうするのがこの商いでビッグになる近道でしょ? 恥ずかしがってたらお話になんないわよねーモミジ、一回転」
「はい」
 突然、名前を呼ばれた、全身をマントで覆った大柄な天狗面が、ユユコの指に取り付けられた器具のネジを回す。
「っっっ!!?」
 その瞬間、たとえようもない激痛が指から頭に突き抜ける。叫び出さなかったのは奇跡に近い。
「バッカ、そんな一気に回さないでよ。じわじわ締まってくるほうが精神的にクるのよ」
「申し訳ございません」
 そう素直に謝る天狗面の頭をくしゃくしゃと撫でると、アヤは再び契約書を突き付けた。
「ほら、まだ指が使えるうちに首を縦に振んなさい。あのサイオンジ ユユコ様が口で名前を書くなんて醜態、さらしたいわけ?」
 先程からアヤがひらひらとさせているのは、業務の譲渡のための契約書である。今回、アヤがこのような凶行に出たのは、大手の生産企業の生産物の輸出に、ユユコの貿易会社が指名されたためだ。もともとはアヤの経営している会社の得意先であったが、急きょユユコの会社に鞍替えしたのだ。大きな収益を予想していたアヤの会社は大きな衝撃をうけ、その怒りの矛先をユユコに向けたというものだ。そのような短絡的行為からもわかるとおり、アヤには経営者としての資質はない。あるのは親の七光りと、白を黒に、否を是に変えてくれる暗部だけだ。
 かたくなに首を縦に振ろうとしないユユコに、いよいよもって盛大なため息を吐いたアヤは、空いている左手をひらひらさせ、モミジに命じた。
「一回転」
「はい」
 モミジは、今度こそゆっくりとネジを回転させていく。それによって、ただでさえ激痛を伝え、壊死したかのように紫色に変色していたユユコの指は、いよいよプチプチと色々潰れる音を本人に伝えながらありえない形に変形していき、そしてついに、
「っっっぅああああああぁ!!」
 バキリ、と限界を超えた。
「あれ、折れた? ねえ折れた?」
「はい、そのようで」
 その報告を聞いた途端、アヤは狂ったような笑い声をあげた。
「アッハハハハハハハハ! あのお高くとまったサイオンジおばさんが、あんなにおっきな悲鳴あげて、恥ずかしくないのかしらぁ!」
「全くです」
 愉快そうなアヤに対し、心からそう思っていないようにモミジは冷静に返事をかえした。ユユコは、今まで経験したことのない激痛に、訳も分からず悲鳴を上げ続けた。やがてその悲鳴が呻きに変わったとき、アヤは悪魔のような表情でユユコの顔を覗き込む。
「どーぉ、意見変わったー?」
「……」
 軽薄なアヤに対し、ユユコはまだ芯の残る強い瞳で睨み返すことで答えた。それに対しアヤは大きく舌打ちし、憎いその顔に唾を吐きかけた。
「なんつー強情なババァだクソ」
 これでは時間がかかるばかりじゃない、と親指の爪を噛んで苛立ちを表現する。
 アヤは待っていた。ユユコ誘拐とは別に動かしていた部隊を。彼らにはユユコ宅を襲撃し、老若男女、住人客人問わず皆殺しにするように命じており、証拠にわかりやすい衣服などを持ち帰るように、と。アヤの計画は、それらを突き付けて「屋敷がどうなってもいいのか」と脅しかけるつもりであった。痛みになびかぬもなは大抵、そういった大事なものを縦取れば簡単に転ぶのだ。そうして奪った後にその大切なものを壊す瞬間は、彼女のもっとも好きな行いであった。人生すべてを投げ打って守ったはずのものを、目の前で打ち砕かれる絶望の表情は、彼女にオーガニズムを感じさせた。
「早く、早く、まだか!」
 そう叫ぶのと同時、簡素な取り付けの木製のドアが蹴破られる。アヤは驚いてそちらを振り向き、モミジは油断なく身構えた。
「ずいぶんお待ちかねじゃねえか。遅れて悪かったよ」
 そう言葉を発したのは、顔半分に醜い傷跡を刻んだ鬼のような笑みを浮かべる年若い少女、ヨウチだ。アヤはそれを見た瞬間、ヒッと喉の奥で悲鳴を上げ、腰を抜かしてしまった。すかさずモミジがかばうように正面に立つ。
「あ、あな、あなたは一体何!?」
「なんでもいいじゃねえか。とりあえず世話になってるうちのもん、返してもらうぜ」
 完全に恐慌状態のアヤを鼻で笑い、椅子に縛り付けられているユユコを解放しようとした。が、途端にヨウチは身をよじって後ろに下がった。刹那遅れてヨウチのいた空間を肉厚のダンビラが切り裂く。
「させない」
「……ヘッ」
 そこには、つい一瞬前までアヤの前にいたモミジが、ダンビラを振りぬいた恰好でいた。その距離はかなりのものであり、一呼吸で踏み込めるものではなかったはずだった。
「おもしれえ、やろうってのか」
「お相手願おう。おまえたち、アヤ様とこの女を連れて先に行け」
 そういうとモミジはユユコの椅子に縛り付けてある縄だけを切り裂いた。そして、どこからともなく現れた天狗面が二人、ユユコを担いでアヤを導き、裏口へ向かう。ヨウチはそれを黙って見届けている。
「……追わないのか」
「必要がないからな」
 片眉をあげて、怪訝な声を上げたモミジに返答する。その回答に、逃走経路に待ち伏せを潜ませていることを悟るモミジ。
「そうか。ならばさっさと貴様を始末してアヤ様を追わせてもらう」
 肉厚のダンビラを構える。小柄なヨウキに対し頭五つ分は違うモミジは、まさに巨人のようにも見え、かなりの重量であろうダンビラを片手で構える様はその筋力もうかがわせる。ここにきてヨウチの頬を、暑さなどに由来しない汗を流させた。 
 しばらく静寂な時が流れてから、動いたのはヨウチ。右手の刀を振りかぶり切りかかる。当然、これは易々と防がれる。それを布石に、左の刀を足元めがけて振るう。上下に分かれたこの攻撃は、剣一本ではとても防ぎきれないものである。たとえ防ぐなりかわすなりできたとしても、その体勢は大きく崩れ死に体となり、また次の斬撃への布石になる。ヨウチはこの戦いを手数と速さで押し切るつもりで先手を打ったのだ。
 だが、事態はヨウチの予想をはるかに超えた展開を迎える。モミジが、ダンビラを半回転させた。それだけ、たったのそれだけで、ヨウチの斬撃が無効化されたのだった。
「……は?」
 死に体となったのはヨウチのほうで、次の斬撃が迫るのもヨウチだった。ダンビラの刃が眼前に迫る。脳裏を過ったのは走馬灯のような半生ではなく、どうかわすかの思考だった。受けるか、いや、刀ごと真っ二つだ。ならよける。今からじゃ体がついてこない。そしてヨウチが考え、実行に移したのは、逸らしだった。右手の刀から手を放し、振り下ろされるダンビラの腹に掌底を当て、辛うじて軌道を逸らし、出来たかすかな安全地帯に体をねじ込む。
 見事に、ダンビラは空を切りヨウチの足元を抉った。すぐさまヨウチは距離を取り、あの瞬間に何が起きたのかを理解しようとした。
 まず考えるべきは相手の行動。視界ではダンビラが一瞬クンと動いてから右から左、反時計回りに回った。あれはおそらく巻き落とし。初期動作で素早く刀の位置を入れ替え、こちらの右の刀を巻き落としたのだろう。そしてそのまま左の刀も巻き添えに地面に叩き付け、ダンビラを振り上げたのだ。
 冗談じゃない。ヨウチはここにきて初めて、余裕を失った。いまのモミジとやらの動きは、人間の許容を超えた動きだった。自らも人知を超えた動きはできていると思っていたが、それと同等、いや、確実にそれ以上の相手に初めて出会った。そんなヨウチは、まるで有象無象の民衆のように小さくつぶやいた。
「化け物かよ……」
 左手に残った刀を両手で握り直し、改めて対峙する。彼我の実力差は、そのまま身長差に現れているようだった。
 次に動いたのはモミジ。十二尺はあろうかという間を一足で、一瞬で詰めてくる。とてつもない踏み込みの速さ。だが、ヨウチはこれに難なく対応する。余裕を捨て、全神経をモミジに集中させているため、予備動作や動体視力により動きを見ている。振り下ろされたダンビラをいなし、それを攻撃につなげる。相手はそれを避け、あるいは同じくいなして反撃する。そんな攻防をおよそ三秒。十度に渡る打ち合いの末、両者の距離は開いた。いや、開かされたのだ。モミジはその場にダンビラを突き出した体勢で残り、ヨウチは信じられないといった表情で後方に飛んでいた。
 何が起きたのか。単純な話である。モミジが突き、それを柄で受けたヨウチを弾き飛ばしたのだ。重量が軽いとはいえ、踏ん張りを効かせたヨウチは大の大人二人でも押し返すほどであるが、それをモミジは片手突きで吹き飛ばしたのだ。
 空中では何をするにも力が入らない、動きも制限されてしまう。もちろん、その隙を逃すモミジではない。突きの体勢から、さらに踏み込んで迫ってくる。さすがのヨウチも、いよいよ死の覚悟をし始めた。
 突き出されたダンビラを左足で受ける。いともたやすく刃先は草履と足袋を引き裂き、たおやかな足を二又に変える。ヨウチはその足でもって軌道を逸らし、ついでにさらに後ろに飛んで距離を取った。
「っつああぁぁぁぁ!」
 痛みに叫ぶ。だがそれはほんの少しだけ。すぐに堪えて構え直す。モミジはダンビラをマントで拭うと、天狗の面を脱ぎ捨てた。その顔は中性的であり、りりしくキリッと締まった輪郭が身長と相まって男性よりに見せている。
「……本気ってわけか」
「そんなところだ」
 言葉が途切れると同時、両者は踏み出した。ヨウチは雄たけびをあげ、モミジは静かに、すれ違った。モミジはぴたりと、ヨウチは刀を取り落としよったよったと歩き。


 そして、血を吹きだしたのはヨウチだった。見れば左腕がモミジの足元近くに転がっている。
「う、く、畜生……いつも左か……」
 痛みに呻き、とうとう膝を付く。先のが最後の一撃であり、これ以上の体力も気力も、この小さな少女の体には残されてはいなかった。
(悪いな、ヨウム……力及ばず、だ)
 静かに、自らに語り掛ける。
(全部、俺のせいかな。俺なんかが生まれなきゃ、お前をこんな目に合わせずに済んでたのかもな。俺がいなかったら、きっと、違う土地で、違うやつと、普通に暮らしていたかもな……。本当、俺は生まれてくるべきじゃなかった、すまない……)
 後方から聞こえる足音に、自嘲気味に笑う。
(俺の、せめてもの贖罪だ。ヨウム、お前は苦しみも痛みも知らずに、安らかにな……)
 いまだ自らの中で安らかに眠るもう一人の、本物の自分に微笑みかけ、そっと目を閉じた。
「……最後に、頼みがある」
 ピタリ、とダンビラを振り上げたモミジが止まる。
「おまえのご主人様を追っかけてった先に、男と女二匹がいるはずだが……男だけは見逃してやってくれよ。こいつの……“俺たちの”大事な旦那様、だからよ」
 無理も承知で、ヨウチは言う。そのあとに続く言葉はわかっていた。
「無理な相談だ」


──ダメッ!──


 タン。乾いた音が聞こえた。重傷の少女が地面を叩いていた。いや、ただ叩いただけではない。その勢いで体を反転させた。
 モミジは、それを見た。確かに目の前の少女は何も持ってはいなかった。落とした二本の刀は、それぞれ手の届かぬ所にあるのも確認済みだった。いまだ隠し持っている、という雰囲気もなかった。ならば、ならば今眼前に迫っている“それ”は何だ。
 何がどうなったのか、誰にもわからない。ただ、事実として存在するのは、目撃者のないこの決闘で、最後まで体に生命を宿していたのは、二又の左足を引きずり、失くした左手から今も血を流す、左半分の顔に醜い傷を負った少女だけということ。
「……はぁ……は、ぁ……あな、た、様……」
 しかし、その少女ももはや虫の息である。致命傷は避けていた。といってもこれほど重傷を負えば、出血量も相当量である。ましてや小柄な少女。致死量の上限は決して高くない。
(これはきっと天罰……多くの人を殺しながら、今までのうのうと生き、あまつさえ幸せになろうとした私への……。私は地獄へ落ちる。そして永遠に償えない償いに苦しむことになる。……それで、いい。そうなるべきだ……ただ……)
「最後に、一目……一目だけ、でも、お会いしとう、ございます……」
 ここがどこかもわからないはずの少女はしかし、正確に、愛しい夫のいる方向、アヤ達が逃げ去った方向に這い続けていた。
「あ、なた、さま……」
「ヨウム! ヨウムー!!」
 それは、夢か幻か、それとも神の最期の慈悲か、切望したその姿に、幸せな笑みを浮かべて、少女は眠った。



 サイオンジ商会が、ヤクモ商会と業務提携をした。はた目には対等な関係に見えるが、評論家や専門家の目には、事実上吸収合併したのだと見抜かれた。しかし誰一人として、その背後になにがあるのか、もしくはあったのかはわからない。


 モミジの死体が回収された時、それは奇妙なものだったと処理班は語る。何故ならば、着用していた衣服はそのままに、中の生身だけが頭頂部から股間まで真っ二つになっていたのだ。さらに検死をすると、それが刃物で切られたような跡ではなく、まるで細胞が自ら結合を解いて離れたかのようになっていたそうだ。なぜこうなったか、専門家たちは色々意見を飛ばしたが、結局なにもわかりはしなかった。
 アヤは、隠し通路から外に出た瞬間、待ち構えていたヤクモの親子のような私兵二人に易々と取り押さえられた。その時、現場に同行していたサイオンジの関係者の男性が、突然妻の声が聞こえたといってアヤ達の来た方向に駆け出して行った。耳には自信のある私兵二人にはなにも聞こえておらず不審に思ったが、彼を見失うのはまずいと小柄なほうが後を追っていった。
 サイオンジ ユユコについては、指の圧迫骨折以外には目立った外傷はなかったが、与えられた苦痛による精神的疲労が大きく、しばらくの安静が必要であると告げられた。


 そして、ヨウムは──


「ん、ここは……」
 画家は、絵を描いていた。以前のスランプが嘘のように。筆は止まることなく、キャンパスとパレットを行き来する。筆が走るたび、意味のない線や色に意味が、命がこもっていく。それはまるで魔法のようであり、彼が曲がりなりにも画家であると否応なく知らしめる。彼曰く、完成にはまだほど遠いらしいが、素人目にはなにが不足なのかわからない。それほどの出来である。
 流れ落ちる汗すら無視して、画家は一生懸命に作品に打ち込んだ。
「ほら、旦那様、汗が絵に落ちますよ」
「ん、おっと危ない。ってわっ! ユユコさん!」
 くすくす、と彼の汗を拭っている女性は、冷えた茶の入った湯呑を傍らのテーブルに置いた。
「少しはお休みになってくださいね」
「いや、休む間も惜しいよ」
「あなたのためではありません」
 ぴしゃり、と先程とは打って変わって冷たく言い放つ。それに彼は思わず筆を止め、カクカクとした動きで湯呑に手を付ける。
「全く、あまり無理をするものではありませんよ」
 そう言って、女性は画家の真正面、

──みごとな桜の咲き誇る木の下、そこに置かれた一脚の椅子──

「身重なのですから、ヨウム」

──そこに腰かける一人の女性──

「はい、すみませんユユコさま。旦那様があまりに楽しそうに絵を描くものですから、つい……」

──少女のように小柄な彼女は、左腕も左足の脛から下も失くし、顔の左半分を包帯で覆いながら、無事な右手で腹部を愛おしそうに撫でる──

「旦那様より、おなかの子が優先です」

──それは、あれから桜が二度咲き、二度枯れ、また咲いた、そんな年──

「そうだ、あなた達、子供の名前はもう決めたの?」
「はい、旦那様と相談して、二人で決めました。ねぇ、あなた様」
「うん、文句なしに最高の名前だね」
『この子の名前は──』



 もう二度と、生まれてこなければなんて、言わせない。思わせたりしない。だって、こんなにも、こんなにも素敵な出会いがあったんだもの。ありがとう──

『ヨウキ』
ヨ「ヨウキ、ヨウム、ヨウチ。ケツだけ読めばキm」旦「やめろ! あとヨウムの顔と声でケツとか言うな」ヨ「ほかにはヨウジョンイr」旦「ほんとにやめろ」

本編がなかなか進まない中、こんなんできました。本編が遅い理由は、加害者たちの過去回想的なシーンが引っかかって進まないからです。書かなきゃならんのに書けぬ…。ちなみに最後のモミモミ真っ二つは、昔読んでたSSにそーいうことした蛇のお姫様がいたんで、「あ、これかっこいい」と思ってやってもらいました。気迫と殺気で相手に死を錯覚させる、プラシーボ的な感じですかね?
最初はヨウムこんなに重傷にさせる気も、モミモミを縮地使いの化け物にする気もなかったんですがね、書いてたらこうなっちゃいました。
パワフル裸ロボ
作品情報
作品集:
31
投稿日時:
2013/08/04 06:05:09
更新日時:
2013/08/04 06:05:09
分類
東方どこいった
オリキャラ注意
うぜぇ丸
忠犬モミ公
1. 名無し ■2013/08/04 20:36:45
このモミジはきっとヴェアウルフの末裔
2. NutsIn先任曹長 ■2013/08/04 21:32:15
ガンファイトではなく、異形無形の剣術物とな!?
何でも有りだね、このセカイは……。
だが、それも良し!!

あの時の『残滓』でもかなりの戦闘能力を発揮する少女剣士!!
催眠術か何かを応用した、肉体に死を誤認させる必殺技!!
忠犬の不幸は、主人が屑だった事だった!!

アヤが、顔面をきめぇ丸にされる描写がないのが残念……。

本編の、対紅魔館組の話も続きを楽しみにしていますからね♪
3. 名無し ■2013/09/06 04:01:01
もはやサムライウエスタン。
いや、大好きですけどね。
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