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『ふたしかたしか』 作者: ミルーシュカ

ふたしかたしか

作品集: 32 投稿日時: 2015/05/10 14:15:49 更新日時: 2015/05/10 23:18:47
※ホモ
※幻肢の別視点






 判っているのだ、判っていたのだ。判らないふりをしたかっただけなんてことは。

 ぎしり、
 ぎしり、
 ぎい。

 踏みなれた天井は、私が歩を進めるごとに迷惑そうに歯ぎしりのような音を立てる。ひとりぶんの食事を運びながら、なんとなく吐いたため息が、畳の方へ向かって伸びて行ったのを確認してから、布団に横たわっているそいつに声を掛けた。
「飯だぞ」
 私の存在が視界に入った途端、そいつは、針妙丸は笑う。これは毎度のことだ。どうしてか、私の姿を見るとこいつはふわっと花が綻ぶように笑う。無謀にも身じろぎをして起き上がろうとするので、それを手伝うように抱き起こした。一人では座っていられない身体を支えるように枕やら座布団を挟み込んで、どうにか座位を保ってやる。
開かれた小さな口に合わせて、私はそこに飯を詰め込む。親鳥のように甲斐甲斐しく、開かれたところに入れて、飲み込むのを待つ。今まで色々なものを作ってきたが、一度もうまいとは言われたことがなかった。食わせる前に味見をしても、普通にうまかったので問題はないはずなのだが。
 すべて平らげたのを確認してから、急須で水を流し込んでやる。ちうちうと吸っていたかと思うと、もういらないとばかりに舌で押し戻された。何を遠慮するというのだろうか、どうせ排泄の世話をするのも私なのに。小便の量の多い少ないなんて然程気にしてはいない。そう何度も告げてはいるのだが、針妙丸はあまり水を飲みたがらなかった。
 無理やり飲ませて布団が水浸しになったりこちらに吐きかけられるのも癪にさわるのでさっさと食器を下げる事にする。急須の水は後で時間をかけて飲ませればいい。


 井戸水はこの時期手に刺さるように冷たい。湯を沸かすのもそれを冷ますのも面倒で、結局その冷たい水に手を突っ込んで乱暴に食器を洗う。指先から冷えていく体温とは裏腹に、頭の芯がぼうっと熱くなるような気がした。すぐ近くの部屋で、針妙丸の息遣いが聞こえる。
 あいつには手足がない。だからこうして、世話をしてやっている。
 もちろん、先の異変(と、企てたものが言うのもおかしいかもしれない)の時には間違いなく五体満足で、まるで大きな蚤のように跳ね回る元気な少年だった。
 小槌の魔力を得るために、この腐りきった楽園に騙して連れてきた、鬼の世界から出たことのない小人。世間知らずで、単純な愚か者。
 先祖の一寸法師のような狡猾さも、神格を持った少彦名命のような知恵もない、言ってしまえばただ矮小なだけの存在。何せ、まだ騙されたことにも気づいていないくらいだ。下剋上の計画は失敗に終わったが、そんなのはいつものことだ。しかし、確実に野望には近づいている。
 なぜなら、ようやく「異変」として扱ってもらえるようになったからだ。今までの小さな悪事など、話題にすら昇ったことはない。それに比べると、大きな進歩には違いない。
 話が脱線してしまったようだ。
 では、戻すためにも少し昔の話をしてやろうと思う。



 私たちの、いや私の下剋上は失敗に終わった。その晩のことである。
 願いを叶える鬼の秘宝についての知識不足と、余計な邪魔が入ってしまったのが原因だろう。もう少し作戦を練っておけばあるいはと言ったところか。
 つまるところ、私が針妙丸を利用しきれなかったというだけだ。そしてどうやら、利用されていたことにすらいまだに気づいていないらしい。
 教えたら、どうなるだろうか。
 思い知らせてやりたい、と思いつつ結局計画が失敗に終わってからも言いだせないままでいた。
 針妙丸の第一声は、
「ごめんね」
 だった。私はその時、こいつが付き合わされてただなんとなく下剋上に参加していたわけではないことを知る。吹き込んだ嘘のせいではあるが、奴は本当に、弱きものが大手を振って歩ける世界を夢見ていたのだと。
「馬鹿らしい」
 大根に包丁を入れながら私はそう零した。
 本当に馬鹿なやつだ。本当に。
 私から見れば小槌を扱う「道具」として役に立たなかったことを悔いているようにしか見えない。鬼を退けた英雄の末裔がきいて呆れる。
 未だに鬱ぎこんでいる奴のために、夕飯はあいつの好物を作ってやろう。決して気遣うとか、そういう甘ったるくて生ぬるい感情ではなく。
「いつまでもうじうじしているのが気に食わんだけだ」
 まるで自分に言って聞かせるように私は呟いた。今まで騙してきた奴らを思い出す。ひどいやつだと罵られ、憎まれること。それこそが私にとってはなによりも尊いものだったはずだ。舌の上でとろける、最高の甘露であったはずだ。
 そうでなければならない。そうでなければ、天邪鬼として生きていくことができないからだ。
 だが、騙されていたことに気づいていないとはいえ、未だにそばにいるあいつのことを肯定的な感情で捉えてしまう瞬間がある。それは何気なく、たとえば食事を一緒にとっているとき、眠っている顔をただ眺めているとき――つまり、「どうでもいいとき」だ。
 頭の中が気持ち悪い。ぐらぐらと煮溶かされているようだ。私の価値観、存在意義、そして妖怪としての「私を形作る概念」までも。
 切り終わった大根を鍋にぶち込んでから、その不快感を何とかしようと頭を掻き毟ってみた。
 効果はなかった。
「……そうだ、小槌」
 打ち出の小槌だ。あれがあるから、私は針妙丸の存在を未だに振りきれずにいるのだ。
「あいつが、小槌を扱うから」
 そうだ、それさえなければ私は。
「私で、いられる」



 好物を出してやったのにもかかわらず、針妙丸の反応はひどく薄かった。そもそもこいつが私の作ったものを美味いと言ったことは一度もない。好物だというのも、かつて暮らしていた鬼の世界(の中の小人の集落というものがあったらしい)で食べていた味付けが気に入っていたのかもしれなかった。だとしたらこいつの住んでいた世界の食い物はさぞ美味であったか、それとも常識に囚われないぶっ飛んだ味付けに違いない。
 のろのろと箸で大根を摘まんでは、口に入れて咀嚼する。淡々とした食事風景だった。
「美味いか?」
「…………まあ、うん」
 そこでお世辞の一つでも言えばいいものを、食べられなくはないよという顔で返される。のろのろと食べ終わると、苦労知らずのやわらかい両手を合わせられた。ごちそうさま、と少し遅れて紡がれた言葉は相変わらず落ち込んでいるときの声音のままだ。どうやら相当参っているらしい。
 せっかく作ってやったのに。私はため息をついて、まずくはないはずの大根の煮物で舌を焼いた。
 その後はこれと言って機嫌を取る気にもならず、いつもと同じように風呂に投げ込み、敷いた布団に転がしてやる。風呂に入ったあたりから少し落ち着いてきたのか、私の冗談に対して言い返す程度には元気になってきたようだった。
 温めた砂糖入りの牛乳を飲み干していい感じに眠気が来たのだろう、眠たそうに眼を擦りながら布団へと潜っていく。飾り気のない白い浴衣を着た針妙丸が、布団の隙間に入っていくのを眺めてから、私も隣に敷いた布団に横になった。
 目は、閉じないままで。



 ほどなくして寝息が聞こえてきた。牛乳に混ぜた薬がよく効いているらしい。何度か揺り起こしてみたが、反応はなかった。
 よし。
 私はそっと、布団を入れていた押入れを開けて、中に隠しておいたものを取り出した。針妙丸が風呂に入っているあいだに布団を敷き、そこに隠しておいたもの。
 角鉈と呼ばれる大ぶりの刃物だ。木や竹を割るのに用いられているものだが、狩った獣の解体にも使われる。
 妖怪とはいえ、妖力も体力も人間とそう変わらない、ましてや少女の姿をとっている私にとっては少し重たく感じた。
 行燈の油がぢい、と音を立てる。薄明かりの中鈍く光る角鉈をゆっくりと持ち上げ、そこに映る自分の顔を覗き込んでみた。
 笑ったような、怯えているような。どちらとも取れるような妙な表情だった。しかし、それも此処までだ。これから私は、「私という名の天邪鬼」を取り戻すために――
「悪いな、針妙丸。どうか私を憎んでくれ」
 私がお前を捨てられない理由を、その両腕を。


 ――――切り落とす。


 どしっ、と重たい音に混じってめきめきと肉と骨の割れる音がする。痛みも衝撃も感じないのか、相変わらず眠りこけたままなのが恐ろしかった。不格好に切り離された腕はぞっとするほどに細く頼りない。切り口を二、三度撫でて「出血部位をその部分だけひっくり返して」血を止めてやってから、もう一方も切り落とす。片手でも小槌が振れるからだ。そちらも同じように止血してやる。
 赤く濡れた布団の上で健やかに寝息を立てる針妙丸を見下ろしながら、私はひどくいい気分で、狂ったように笑っていたことに気づく。腕を切り落としても起きないのだ、大声で笑ったところで起きることはないだろう。
「ああそうだ、逃げられたら困るからな」
 そうだ、例え小槌が振れなくなったとしてそばに居なくては意味がない。どんな感情が起因しているのかはわからないが、こいつが居ても天邪鬼でいられるかどうかが重要なのだ。
 それならば、逃げられないように脚を断っておかなくては。



 翌朝、奴の耳を劈くような悲痛な叫び声で目が覚めた。
 布団の中でろくに身動きもとれず、芋虫のようにのた打ち回っている針妙丸に、私はいつものようにおはようと告げてみる。怯えた目の色、ひゅっと細い喉の奥へ空気が逃げ込む音を確かめて、気分がよくなる。
「あ、あ……正邪、正邪っ!私の手足……っ、どこに」
 がたがたと震え、歯の根の合わない音を立てながら何とか絞り出された声に対し、私は淡々と
「ああ、美味かったよ」
 そう言った。
「右腕はそのまま、左腕は番茶と醤油で煮て、右足は刻んで粉と一緒に練り合わせて焼いた。左足は――」
 私はぺらぺらと奴にむかって、手足をどう調理したか、また味はどうであったかを身振り手振りを加えて語ってやった。怯えていた奴の目玉からその感情が消え去り、段々と諦めの色が滲んでくる。まともに取り合ってはもらえないと気付いたらしい。
 もちろん私は両手足など食ってない。本当は調理したものを目の前で食ってやろうと思っていたが、生のまま一口かじって、そのあまりの不味さにこれは無理だと悟った。そもそも私は肉を食べる妖怪ではない。精神を食らう種族として、必要以上に異種の血肉を体に取り込むことはできなかったのだ。また獣の肉もあまり得意ではない。
 切り落とされた手足は、薪と一緒にくべて燃やした。肉の焼ける不快な匂いを思い出すと吐き気を催すのでやはり食べなくて正解だったのだろう。
 切り落とされた針妙丸の手足の先は、馬鈴薯のようにつるんと丸い形をしている。まるで最初から無かったように収まりがいい。
 しかし、針妙丸は時折手足が痛いと訴えた。それも切り口ではなく、失われた手足が痛いと言って魘される。胴体から切り離され、火にくべられたその部位が何故痛むのか私には判らなかったが、熱を出して寝込むほどの痛みらしくさすがに放っておくわけにもいかず、竹林に住む薄気味悪い医者から買った(金は払っていない。何故ならいつまでも支払いを待ってくれるというからだ)鎮痛剤を飲ませてみた。するとどういうわけか、無いはずの手足の痛みは無くなったらしい。
 薬を受け取ったときに、竹林の医者は私に「幻肢痛(ファントム・リム)」というものについて説明してきた。
 曰く、原因は手足を切断したためであることには間違いないが、何故痛むのかは判らないと。
 そしてその鎮痛剤の正体は、憂鬱症の治療薬なのだと。
 それを知ったところで、どうしようもない。手足が生え変わるわけでもないのだ。
 私にできることと言えば、薬を持ってくることと、無いはずの手足の先を「そこにあるかのように」撫でてやることくらいだ。
 昔の話は、このあたりで終わらせておくことにする。



 手足を失った針妙丸は、食事も排泄も入浴すらも一人では出来ない。この城には使用人がいないため、必然的に私が世話をすることになる。最初の頃こそ一人でやる、一人でできると喚いていた奴も、最近では諦めて来たのか何も言わなくなった。
 風呂場まで連れて行くのが面倒で、ここ最近は盥に湯を張ってそこで湯あみをさせている。人並みの大きさになってはいるものの、手足がない分軽いことは間違いないのだが、台所の近い部屋に寝かせているため、湯を沸かして持って行ったほうが楽だからだ。
 食器を洗い終え、湯を張った盥を持って部屋に戻る。冷めないうちに洗ってやらねばならない。これ以上、あの「鎮痛剤」以外の出費(払うつもりもないが)をしたくないのだ。
 体に巻きつけているだけの豪奢な着物に手をかけ脱がす。同様に肌襦袢や湯文字も剥ぎとると、肋の浮いた身体が姿を現した。いつ見ても、あまり扇情的ではない。それも道理で、こいつも私も性別は同じ男同士だ。しかし私が女であったとしてもこいつの身体を見て股を濡らすことはないだろうし、逆にこいつが女だったとしても大してそそられる気はしない。
 濡らした髪にそのまま石鹸を擦りつけて泡立ててやる。雑な洗い方の割に、こいつの髪の毛は未だに瑞々しいままだ。そのまま手を滑らせて、身体を洗う。
 石鹸の匂いが部屋に充満して、広い部屋を湿らせていく中で、私はいつものように尻に手を滑り込ませた。
 いつからかは判らない。ここ数日のような気もするし、世話をするようになったばかりの頃かもしれなかったが、湯あみのあと、この芋虫のような男を抱くようになった。身体こそ扇情的とは程遠いが、呼吸以外の何もかも私に委ねている相手を征服するのが堪らないのかもしれない。「かもしれない」というのは、その理由すらよく判っていないからだ。手足のあった頃は思ってもいなかったから、きっと征服欲を満たすためだろうと自分の中で結論づけている。
 本来排泄するためにある穴に、石鹸の滑りを借りた指を潜り込ませる。少しずつ抜き差しをしていくと、不快感を逃がすためか息をつくので、なめらかな背を宥めるように撫でて、身体を預けさせるようにこちらに引き寄せる。バランスの保てない身体はいとも簡単に倒れ込んできた。温まって湿った身体の感触が服越しに感じられる。
「ふ…っう、ぁあ…はぁ」
 しばらく経つと、詰まっていた声が少しずつ心地よさそうなものに変わっていく。戸惑いを少しだけ孕んだ、欲に流されかけた喘ぎは耳によく馴染んで、心地いい。
「んくっ…んんん…っひ、あっ」
「…ん、柔らかくなってきた」
 後孔が刺激に慣れてきたのか、次第にゆっくりと綻びていく。固いのは入口付近くらいなもので、その内部はぬめついて柔らかい。押し返すような動きをしたかと思えば、甘えるように吸い付いてくる。ふいに零した私の言葉が針妙丸の耳に入ったらしく、それを切欠に箍が外れたように乱れだした。
「はっ…ぁ❤うぅあ……っひ❤んんんんっ❤❤」
 びくびくと身体を慄かせ、快感を享受する。蕩けきった表情は、うまみのなさそうな骨っぽい身体と違ってひどく扇情的だった。石鹸の立てる音すらも、耳に入ってしまえば快楽を増幅させてしまうらしく、わざとらしく大げさに音を立てるたびに女のような声を上げて悦んだ。
 しばらく穿ってから充分に解れたことを確認して、指を引き抜く。石鹸と腸液に塗れてふやけた指先の皺を眺めていると、針妙丸が信じられないとでも言いたげな顔をしてこちらを見ていた。
「せいじゃぁ…っなんでぇ…?どぉしてぇ?」
 媚びるように睫毛を濡らしてそう問われた。
「湯冷めするといけないからな」
 珍しく本当のことを言ってやると、芋虫のような身体を捩りながら不満そうな顔をする。盥の湯で軽く指先をすすぎ、無抵抗な身体を盥から引き揚げて手ぬぐいで拭いてから、新しい着物を着せ、元のように布団に寝かす。置いてかないでと縋るような目線を背に受けながら、私は盥の中の石鹸水を捨てるために部屋を出た。
 まって、いかないで。泣きそうな声が背中にへばりついてくる。手があるならば、服の裾にしがみついてきただろう。足があるならば、ここまで追いかけてきただろう。しかし、あいつにはそのどちらもないのだ。
 すっかり温んだ盥の中身を捨て、部屋に戻る。襖越しに私の名前を呼ぶ声がした。歯の根が緩みきった甘い声。
 せーじゃ。
 せーじゃぁ。
 置いて行かれた子どものそれに、少しだけ艶を混ぜ込んだらこんな感じなのだろうか。
「……そんな甘えた声出すなよ」
 私の名前をそれしか知らないとでも言いたげに繰り返す奴の顔を覗き込むと、待っていたかのように口元にむしゃぶりついてきた。
 少しだけ口を開けば、そこから薄っぺらい舌が入り込み、吸い付かれる。じゅるう、と下品な音を立てて誘ってくる。私の教えたとおりに、いやらしく。
「んっ❤あむぅ…んちゅっ」
 吸い付いていた部分がようやく離れたのを確認してから、私は奴の着せたばかりの着物に手を伸ばして乱暴に脱がす。湯あみを済ませてすぐに行為に及ぶのに、毎回丁寧に着せるのはその芋虫のような身体が豪奢な着物から覗く瞬間がこの上なく好きだからに他ならない。
 必要な部位が足りていない、洗練された造形はひどくそそられるのだ。まるでそのためにつくられた吾妻形のようで。自分が居なければ死んでしまうこのちんけな生き物を、私は――
 針妙丸の視線は、ある一点に集中していた。食い入るように見つめるその意図を知って口の端が歪む。べろりと長い舌を扱って、奴の好きな甘ったるくて意地の悪い声で舐めたいか訊いてやった。
 その問いにぞくぞくと身体を震わせながら、唾液まみれの唇が必死に言葉を吐き出す。
「なっ、にゃめたいっ…にゃめさせてぇ…❤正邪の半勃ちおちんぽ…お口の中で大きくさせてぇ❤❤」
 私を悦ばせようと、その気にさせようと蕩けきって使い物にならなくなった頭で考えたのだろう。
 それに敬意を表して(というわけではない、その気になってしまっただけだ)、スカートを捲りあげ、女物の下着からはみ出してしまっているそれを掴んで口元まで持って行ってやる。手がないために握ることも触れることもできない針妙丸ができることといえば、精々口淫くらいのものだ。小さな口をいっぱいに開き、銜え込む。即座にじゅるじゅると湧き出した唾液が口腔内に満たされ、私のそれを包み込んだ。
 やわらかく温かい口内の感触を味わい、ゆっくりと首を擡げていく感覚に堪らず息を漏らして、洗い立ての菫色を掴んでもっと奥までと催促すると、快く奥まで銜え込まれる。小さな口いっぱいに満たされた欲望と、そこから溢れる滑った液体でぐちゃぐちゃになった口腔内を征服しきったところで、針妙丸が口を離した。
 べとべとになった口の周りを唇には触れないよう舐めてやりながら、次の言葉を待つ。甘ったるい唾液に混じった自分の味が不快で、いつまでも口の中を泳ぎまわっていた。
 二つの菫色は、ぐずぐずに蕩けて今にもこぼれ落ちそうに揺らいでいる。
 つやつやとぬめった唇が開かれ、真珠色の歯列が少しだけ覗いた。
はあ、と一呼吸置いてから、その言葉は紡がれた。
「――――――――――――――」

そうして、私は思い知る。




「ねえ正邪、どうしてよ」
 行為の直後に、針妙丸はそう零した。恨んでいるわけでも、純粋な疑問の色を孕んでいたわけでもない。ただ只管に悲しそうな声音だった。
 湯あみの後ということもあって疲れていたのだろう、そのあとすぐに眠ってしまった奴のなめらかな背中を撫でながら、私はその問いに対する答えを口の中で丁寧に丸めて、舌で押しつぶす。
「どうして、か」
 襟足に掛かった菫色を指先で払いのけ、細い首の付け根に歯を立てる。噛みつきたいが、当てるだけにとどめておいた。そのままきつく吸い上げて、痕を残す。こいつはどうせ、腹ぐらいしか自分で見ることはできないのだ。この痕跡も、きっと気づくことはないだろう。
 それでいい、と思った。それを知られてはいけない、とも。
 あの晩、手足を絶ったときから、私は既に「天邪鬼としての私」の大部分を失ってしまっていたのだ。
 それこそ、修復できないほどに。

 小槌を持てなくても構わなかった。

 下剋上を再び企てようとも、思っていなかった。

 ただ、私から逃げられることが許せなかった。

 今ここにいるのは、鬼人正邪。
 生まれ持ってのアマノジャク「だった」もの。

「どうして私がお前の手足を奪ったのかって?そんなの」
 ぼろぼろと剥がれ落ちていく、私の存在意義。大鋸屑のように乾いた香ばしい匂いのそれを、ため息一つで吹き飛ばす。


 あれほど吐き慣れたはずの嘘は、今にも泣きそうな子どもが精一杯強がっているようなみっともないものだった。

「……そんなの、判んねえよ」
天邪鬼にとって好きって絶望だよね。
・正邪が「少女の姿をとっている私」と言っているのは仕様です。
ミルーシュカ
作品情報
作品集:
32
投稿日時:
2015/05/10 14:15:49
更新日時:
2015/05/10 23:18:47
分類
正邪
針妙丸
欠損
ホモ
1. 名無し ■2015/05/13 20:05:58
狂人ならばそこで満たされるものを
天邪鬼なればこそ人格欠損に転ぶ
2. 名無し ■2015/05/15 22:54:08
そこはかとなくロマンチック
3. 名無し ■2015/05/25 05:31:24
どっちの味覚がおかしいのか分かんなくて好き
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