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『食べごろにゃんこ』 作者: おにく

食べごろにゃんこ

作品集: 最新 投稿日時: 2021/12/28 11:00:32 更新日時: 2021/12/28 20:01:29
普段から接していると、大きな変化も、かえって察知できないものである。

初潮を経験し、女としての成長期に入りかけていた。そのおしりからももにかけての肉が、しっとりと脂肪を帯びてきたようだ。その様子を見ながら考えたのは、今日の献立。そうだ、今日は肉にしようということだ。右手にきらめく包丁は、厚い生肉でも切り落とせるように、さきほどようく研いだところである。念入りに研いだ鋭い刃は、加減次第で、骨だって切り落とせる。今日を逃せば、いつ包丁を研ぐ気になるか。

気づけば、包丁右手に八雲亭の一室の襖を目の前に、じっと直立していた。

食欲に心臓が悶え、私の体は呼吸を繰り返し、だんだんと熱く熱を帯び始めている。若葉色の襖を開けて入る。部屋の中にある埃混じりのこもった空気が、私の鼻にまとわりつく。足にはやわらかな布の感触がある。踏みつけるたびに、私の両足をつつみこむように窪んでゆくのが分かる。布団からただよう、ねっとりとした猫の体臭が、布団を踏むたびに溢れる。私はそっとかがんで、布団の中を覗き込んでみた。真っ黒い毛並み、ふさふさの尻尾、それはまさしく、ただの猫であった。猫の少女の忠実な部下だ。

これじゃない。

私はその猫の首根っこを掴み、持ち上げた。そして五つの指に力を入れると、枝が折れるような音がして、息をしなくなった。その死体を、物音を立てないように、布団のそばにそっと捨てると、今度は大きな膨らみが目に入った。そこからも猫の臭いがする。すっぱい魚のような、猫の体臭がする。私は欲情した。またゆっくりと、膝を折り、気配を殺しながら、布団の中を覗き込んだ。

そこには、頬を赤くして、布団の暖かさに眠りこけている猫の少女の姿があった。鼻がひくひくと動く。幸せそうな笑顔で、熟睡しているにもかかわらず、何の夢を見ているのか、猫手で顔を洗っている。私はそっと、気付かれないように、ほんの少しだけ布団をめくった。

「んにゃ……にゃにゃあ」

猫に命令する夢か。少女の喉の奥から、ころころと高い声で、なんとも間の抜けた鳴き声が漏れでてきた。数秒思案した末に、私は包丁を床に置く。そして素手の両腕で、猫の少女の細っこい首を掴む。そうして猫にしてやったように、指に力を入れた。

きしむような音、寝顔は苦痛の色に染まった。少女はすぐに目を覚ました。

「がぁっ!? ぐ!?」

私はすかさず少女に飛び乗り、馬乗りになって、その抵抗を抑えようとした。ふとんに包まれた少女が、うつぶせになって、私の下でもがいている。両手両足がばたばたと暴れ、布団から抜けだそうとする。靴下の脱げた素足が、掛け布団から飛び出た。

「藍様っ!! ぐ゛ぁ、ら、ら゛んさまああああっ!!」

金切り声のような悲鳴だ。私の掴む細っこい首に、音の振動がぶるぶるとくるのを感じた。誰とも分からないものにいきなり首を閉められるのは、恐怖なのだろう。

「ああ゛ああぁ!! らんざま!!? らんざまっ!!?」

パニックになって、髪の毛をぐしゃぐしゃにして、それでもなお暴れまわる。その少女に乗るのは、ロデオのようで面白い。私は首を締め続ける。猫の少女は主人の名前をべらべらと叫んでいたが、やがでそれも止み、自力での脱出を試み始めた。その椛のような掌が、首を襲う私の手にかじりついてくる。引き剥がそうとする。しかし、いくら命がかかっていると入っても、腕力の差は明白であった。

あまりにも必死なので、私はつい情けを掛けたくなり、首を締める手を緩めてしまった。ぜいぜいと、酸素を取り込もうと、空気という空気を吹いこもうと呼吸をする少女、何度か荒々しく咳き込んだ。その隙に、私は床にほうっていた包丁を取り、振り上げた。鋭く光るのが見えた。少女は私に乗られ、しかも無防備だ。獲物を思い切り、猫の少女の右肩に突き刺した。

「い゛ぎゃああああああぁぁぁあああっっ!!!」

猫の少女の悲鳴にも構わず、私はさらに体重をかけ、ナイフを深々と突き刺していった。血が噴水のように溢れて、掌がべたべたする。ぬるぬるして、ナメクジになったみたいだ。その血を掬って飲んでみると、意外にも、グレープフルーツの汁のような、しぶみのある味がした。猫の少女は、叫び続けて酸素を失ったのか、ひいひいと荒く息をしている。そこには明らかに涙が混じっていた。突き刺さった包丁をぐりぐりと動かし、肉を抉ってやる。

「あぎゃあああああ゛ああぁあ!!!」

泡混じりの涎を吐きながら、のたうち、声を絞り出した。

猫の少女は刺すたびに跳ねた。跳ねまわって魚のようであった。しかしそれも、だんだんとおとなしくなる。少女の体は、痛みと苦しみによってか、汗でべったりに濡れていた。何度か突き刺しただけで、大量に失血し、その服など真っ赤に染まる有様だ。

「たすけ……、らんしゃまぁ……、ら、んしゃ、まぁ……」

一人前の式になるんじゃなかったのか。情けないほどか細い声で、ただただ主人の助けを求め続ける。私は再び、その細い首に着目し、包丁をかまえ、そこにそっと添えた。猫の少女の体がビクリと跳ねる。当てられているのもが何か分かっているのだろう。うつぶせ姿なので、ぐしゃぐしゃなはずの表情をうかがえず、それだけは残念であった。

「殺さないでぇ、くだ、さい、おねがぃ……、い、いこ、に……な……」

最後の方は、念仏のようで、もはや、何を言っているのかすら殆ど聞き取れない。しかし、私はかまわず、ノコギリの要領で、猫の少女の首に包丁を入れていった。すでに人の油で濡れ、包丁の切れ味は悪かった。もはやほとんど抵抗もなく、包丁は首の肉に食い込んでいった。解体されるマグロのように、不気味なぐらいおとなしかった。包丁が血で濡れ、そのうち濡れるですまないぐらい、びゅうびゅうと血が吹き出し始める。

「……ら、じゃびゃぁ」

水音混じりのごぽごぽとした断末魔が聞こえた。

やがて包丁は喉を切断し、首の骨に至った。首の骨は固く、容易には切断できそうになかった。そこで私はいったん包丁を取り外し、思い切り振り上げて、首の骨の部分に思い切り振り下ろした。ガンという音とともに、包丁は布団に食い込んだ。猫の少女の首は、怯えきった顔のまま床を転がって、そのまま壁にぶつかった。私は一仕事終え、肺の奥にたまった空気をふうと吹き出す。屠殺というのは、体力を使うものだ。今回のことであらためて、それを思い知らされてしまった。

その時、目の前の空間に、すっと一筋の切れ目が入り、むらさき色の穴が開いた。そこには無数の目がある。それはまぎれもなく、スキマであった。殊に紫に輝くのは、その見通すような両目。紫様は、初めから終わりまで、全てご覧になっていたのだ。

「藍」

紫様は面白い物を見た時に、いつもするように、口元を開いたセンスで隠し、笑い顔は見せなかった。

「あんなに可愛がってたのに、またずいぶんあっさり殺したわねぇ」
「ええ、食べごろだと思いまして。今日の晩にでもお出ししましょう」

その返答がたまらなく面白かったらしく、紫様の目尻がうっすらと上がった。

私は、首を切り落とされ、血まみれになった橙の体を台所に運んだ。そうして服を脱がせ全裸にすると、荒縄で逆さにして庭の竹竿に吊るしてしまうことにする。逆さにすると血が溢れてくる。首の断面口から、濁った赤色の無駄な血が、どぼどぼと何リットルも溢れ、庭の土を赤く染めていった。血の上には虫がたかり、その虫たちを狙って、ドブネズミが縄張り争いをし始めた。橙の首はポリバケツに放り込んだ。ごみの日には処分するつもりだ。

私と橙の最後の一日は、こうして幕を閉じた。
おにく
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2021/12/28 11:00:32
更新日時:
2021/12/28 20:01:29
分類
東方
斬首
命乞い
1. とても素敵です ■2022/03/01 22:30:46
ドキドキしてしまいました。初潮がはじまるまで大事に育てたのに食べてしまうために殺してしまうなんて…妖怪って相容れない存在なんだなと思いました
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