目の前に女が立つてゐた。 髮は蒼く長い。肌は陶器の如く。瞳には光は喪く昏い。水墨畫のやうな女だつた。
手足は酷く瘦せ衰へて棒のやうに長ひ。腹だけが醜く脹れてゐた。子を宿してゐるのだらうか。
女は、
女は薄く微笑んでゐる。妖しい笑みだつた。
誘つてゐるのだらうか。何とふしだらな女なのだらう。
「此方に來てくださひまし」
女が云つた。鳥のやうな聲である。忌まわしかつた。
誘われるまゝに近付く。拒むことは赦されなひだらう。
女を見上げた。大きひ女である。
否。
此の女は母だ。大きくても不思議はなゐ。
女の膝に乘せられる。此の歲になつて女に抱かれるのは恥ずかしひが、子供なのでこれで良ひのである。
膨れた腹に耳を押し付けた。柔らかひ肉の感觸がした。
海のさゞ波のやうな音だつた。寄せては押し返す水の粒子らが、空氣を搖らして啼いてゐる。低い振動が蝸牛を傳つて腦を食む。氣味の惡い音だ。
「能く觀て下さひまし」
臍に孔が開いてゐる。中には何が入つているのだらう。
覗き込んだ。
眼が、
眼が會つた。
中から眼が覗いている。丸で半月の中に萬月が入つているかのやうだつた。
顏を上げる。此れは觀てはならぬものだ。
母が笑つてゐた。
「そんな顏をしてだうしたと云ふのです」
否、違ふ。此の女は、母ではない。
「もつと能く觀て下さひまし」
女に頭を捕まれる。强い力だつた。腹に眼を押し附けられた。
其の中にあるのは、
さうだ。私は、此の女を、
此の中にあるのは、
私の――。