あの子供は誰だろう。
 細くて脆い骨の上に薄く白い皮を被っている。
 腕も首も弛緩し、ぐでりとしている。丸で化け物の見た目だ。
 遠くて明瞭とは判らないが、長い黒髪を見るに恐らく女児だろう。 能く見えぬ。一歩前に出た。
 泣いている。
 咽び泣いて此方に何か伝えようとしている。
 口を動かしているのは判るが、どうにも遠くて音が聞こえない。何か聞こえたような気もしたが、それが幻聴かどうかの判断もつかぬ。
 何度も繰り返し、同じように口を動かす。
 判らない。何と云っているのか。
 もう少し大きな声で云ってくれないと、何と云っているのか────、
 言葉が判らぬ。一歩前に出た。
 瞳が大きく赤い。
 充血しているのもあるのだろうが、元元赤色の瞳なのだろう。
 小さく痩せこけた白顔と均衡が合っていない。歪である。
 赤い孔の様な瞳から、止め処なく水が滴る。
 矢張り泣いている。
 未だ声は聞こえぬ。一歩前に出た。
 子供の腕がゆっくりと動いた。
 自らの腹に指を押しつける。皮と皮、その下の骨と骨が触れ合い、軋んだ音が聞こえそうである。
 子供は指で左右の肋骨辺りの皮を摘む。
 声は矢張り聞こえない。一歩前に出た。
 摘まれた皮が、
 丁度真ん中から、裂け────、
 腹の中が開いた。
「かあさま」
 声が漸く聞こえた。壊れた鈴の様な声である。
 腹が徐々に開かれる。
「おなかが、」
 腹の中は虚無で充たされている。
 あの中は屹度心地が好い。
「お腹が空きました」
 そう云うと子供は一層泣き出した。
 可哀想だ。あんなに小さな体にこんな大きな虚無を抱え。
 埋めてやらねばならぬ。腹を充たしてやらねば。
 あの腹の中に────私が入れば。
 屹度彼女は充たされる。
 充たしに行こう。
 一歩前に。